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3-3 ハルへの頼み事

翌朝。シラセは早くから起きてきて、より早起きをして朝食の支度をしている瑞穂の元へ歩み寄る。瑞穂がシラセに「おはよう」と言うと、シラセが一声鳴いて応じた。

和室で寝ていたハルも目を覚ましたようだ。

「おはよう」

「ありゃま、もう起きたのね。おはよう、ハルちゃん」

エプロン姿の瑞穂が、振り返りつつハルに声を掛ける。瑞穂は慣れた手つきでごった煮を作っていて、流しの上ではくるんと丸められた厚焼き卵がゆらゆらと湯気を立てている。これね、ラッキーの卵だよ。佐々さんにおすそわけしてもらったんだ。瑞穂が楽しげに話す。ハルはその様子を、柱を掴んだままじっと見つめている。

「たっだいまー!」

朝食の準備が済んだところで、沙絵が玄関の戸を開けて家へ帰ってきた。ハルとシラセが出迎えると、スポーツウェア姿の沙絵が気さくに「おはよ」と挨拶をする。どうやら外で走り込みをしてきたらしい、ちょっとシャワー浴びてくるね、そう言って二人の横を通りすぎていった。

ハルとシラセが茶の間へ戻ると、瑞穂が朝食の配膳を始めていた。ちゃぶ台の隅に濡れ布巾が置かれていたのを見たハルが、手に取ってちゃぶ台を軽く拭う。

「ありゃま。ハルちゃん、手伝ってくれるの?」

「うちも、ちょっとでもええから手伝いせんとって思って」

「ありがとね。助かる助かる」

食べるものをすべて並べ終えて数分後、部屋着に着替えた沙絵が髪を拭きながら姿を見せた。おー、ごった煮だ、そう声を上げながら、昨日と同じ場所へ座る。その右に瑞穂が、そして瑞穂の右・沙絵の左にハルが座る。

「じゃ、いただきます」

「いただきまーす」

「……いただきます」

三人揃っての、二度目の食卓。ハルはまだぎこちなさを残しているけれど、今日は自分から料理に箸を付けた。瑞穂が白菜の浅漬けをすすめると、ハルは二枚ほど箸で掴んで茶碗へ移した。しゃりしゃりと音を立てて浅漬けを食べるハルを見つつ、瑞穂がさりげなく話を振る。

「昨日はよく眠れた?」

ハルが頷く。瑞穂の目を見ながら、ゆっくりと。

「うんうん。よく食べてよく眠る。これが一番だよ」

「だよねだよねー。ってわけで、お姉ちゃん、ご飯おかわりっ」

「ありゃま、もう食べちゃったのね。いいよ、いっぱい炊いてあるから」

空っぽになったお茶椀を差し出す沙絵に、瑞穂が笑いながらご飯をよそってあげる。シラセがハルの様子を伺う。やっぱりまだ戸惑いを残してはいるけれど、口元は少しだけ緩んでいる。瑞穂と沙絵のペースが掴めてきた、そう表現するのが正しいように、シラセには思えた。

朝食が済んで、瑞穂が後片付けに入ろうとする。そうだ、と立ち止まって、パジャマ姿のハルに服を手渡した。

「はい、これ。昨日のうちに洗濯しておいたからね」

服を受け取ったハルが、パジャマから私服へ着替える。着慣れた服に袖を通したことで、ハルも少し気持ちが落ち着いたようだ。ふう、と息をついて座布団の上へ座り直す。

後片付けが終わった頃になって、自分の部屋へ篭もっていた沙絵が二人の前に姿を現した。上下臙脂色のジャージに着替えていて、これからまたどこかへ行こうとしているようだ。

「お姉ちゃん、ハル。ちょっと出かけてくるから。夕方には帰ってくるよ」

「うん、行ってらっしゃい。あ、そうだ沙絵。忘れ物だよ」

出かけようとした沙絵に、瑞穂が小さな包みを手渡した。お弁当だろう。いっけなーい、と沙絵がおどけた声を上げて、受け取ったお弁当をスポーツバッグの中へ詰めた。行ってきます、と沙絵が言うと、今日も頑張ってね、と瑞穂が送り出す。戸が閉められて、家から沙絵が出て行った。

瑞穂とハル、二人目を合わせる。シラセは側に座って、その様子を見ている。

「さて」

先に口火を切ったのは、瑞穂の方で。

「ハルちゃんは、これから何かすることある?」

そう訊ねられたハルは首を横に振る。

「何もすること無いし、何したらええんかも分からへん」

どうすればいいのか分からない。ハルはそう答えた。

「うん、素直でいいね。きっとそうじゃないかって思ってたよ」

微笑む瑞穂。ハルは瑞穂の目を見つめる。

「あのね、ハルちゃん。ひとつ、お願いしたいことがあるんだけど」

「うちに……?」

「うん。ちょっとね、人手がいるんだ」

抽出しを引っ張って、瑞穂が中から折りたたまれたコーヒー色の布地を取り出す。

「喫茶店の、ね」

畳まれたそれは、エプロンだった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。