「こう、夜にちょっとアイスとか買いに出かけるのって、やけにウキウキしない?」
「なんかそれ、分かる気ぃする。今ちょうど同じこと思とった」
その日の夜。夕飯を食べ終えたあと、沙絵が「アイスとか食べたくない?」と口にしたのがきっかけだった。沙絵の提案に瑞穂もハルも賛成したが、あいにく家の冷凍庫にアイスは見当たらず。無いなら買いに行けばいいというわけで、ハルと共にアイスを買いに出た――というのが、今の状況だった。
「シラセは暗くても目が利くから、側に居てくれると安心だね」
「言わばボディーガードみたいなもんやな」
何かあったときのため、というわけではないものの、シラセも同行することになった。ハルと沙絵、それからシラセ。海岸沿いの道に列を作って、潮風を浴びながらのんびり歩いていく。
半袖半パン姿の沙絵がぐーっと伸びをしてから、隣にいるハルに声を掛ける。
「今から行くセブンイレブン、七月にオープンしたばっかりなんだよ」
「瑞穂さんから聞いたわ。榁に初めて出店したって」
「そうそう。今まで一軒もないのに、CMだけはちゃっかり流してたからね。宣伝する方はいい気分かも知れないけど、こっちはそれどころじゃないって」
長らくコンビニ不毛の地だったここ榁に、最近になってようやく第一号店が出店した。ハルと沙絵が向かおうとしているのは、まさにその店だった。
「でもねー、どっちかっていうと、地元の人向けって言うより、他所から来た人目当てなんだよね」
「ポケモントレーナー、か」
「そ! リーダーに挑戦しにくるトレーナーが増えたから、それを当て込んでの出店、ってわけ」
「ジムは簡単には無くならへんし、堅実言うたら堅実やな」
「まあね。理由はともかく、コンビニを引っ張ってきてくれたのは事実だから、リーダーには頭が上がらないよ」
雑談もそこそこに、歩くことおよそ十五分。暗い中でも煌々と明かりを灯すコンビニが見えてきた。向こうだよ、と指差して駆け出す沙絵に、待って、と言いながらハルが付いていく。自動ドアをくぐって店内へ入ると、えーっと、とキョロキョロする沙絵を横目に、沙絵さんこっち、とハルが店の右手奥にある冷菓コーナーへまっすぐ向かう。今度はハルが沙絵を引っ張る格好になった。
「おーっ、すごいすごい。アイスがぎっしりだね。じゃ、選ぶよ」
ハルがアイスケースの扉をさっとスライドさせる。ハルも沙絵もしばらく吟味してから、それぞれ商品を手に取った。
「私はコレ! ジャイアントコーン」
「瑞穂さんは『白くま』やっけ」
「それそれ。お姉ちゃん、これ大好きなんだ。賑やかな味がするって。ハルはどうする?」
「うちは『爽』にするわ。なんかこれ、好きやから」
「あー、そっちもいいなぁ。決めた、後で一口ずつ交換しよ!」
品定めが済んだところで、会計へ向かう。ハルが近くに会ったオレンジ色のミニ籠に三つのアイスを入れると、沙絵がポケットから古びたがま口の財布を取り出す。五百円あれば足りるよね、値段見たけど大丈夫やわ、沙絵とハルが言葉を交わす。しばらくもしないうちにレジ前へやってきたハルと沙絵だったが、
「すみません。未成年の方にお煙草をお売りするわけには……」
「えっと、あの……わたしではなくて、博士が……その……」
すぐさまお会計、というわけには行かないようで。アルバイトらしき店員と、背丈の低い緑色の髪の少女が何やら揉めている。会話から状況は簡単に察せられた。女の子は煙草を買おうとしているようだが、どう見ても未成年の女の子にそのまま売るわけにもいかず、店員がストップをかけている。状況としては、特段不自然なものでもない。
このちまっこさで煙草を買おうとしているのはどんな子だ、とハルが後ろから覗き込んで見ると、その姿には明らかに見覚えがあった。
「あれ。シラセシラセ、あの子……アルファさん言う子と違う?」
近くにいたシラセに耳打ちをする。シラセは頷き返して答えた。店員と押し問答をしているのは、朝方ペリドットをトキノミヤ博士と共に訪れたアルファ、その人だった。
と、後ろに立っていた沙絵がずずいと前に出て、アルファと店員の間に割って入る。
「すいません! ちょっといいですか?」
「あ、はい」
「この人はアルファさんって言って、見た目は子供ですけど、御年二十三歳の立派なロボットのレディなんです」
「ろ……ロボット!?」
いきなり「アルファは二十三歳のロボット」などという情報過多な一文をぶつけられて、店員さんは完全に目が点になっていた。ヌオーやメタモンのそれを思い浮かべていただくのが手っ取り早いだろう。沙絵は堂々と胸を張って、自分の発言に間違いはない、と言いたげな様子を見せた。
硬直している店員の前に、さらなる人物が登場して。
「アルファ、何かあったのですか?」
「ああ、ガンマ。すみません、博士に頼まれていたものを買おうとしたのですが、年齢を訊ねられてしまって……」
トキノミヤ博士をもう一回りほど若くしたような長身の女性が、アルファの隣に立った。パッと見たところ、アルファの保護者かそれに類する人物に見える。
「なるほど、そういうことでしたか。すみません。アルファの年齢については私が保証いたします。煙草を販売していただけないでしょうか?」
「あ……はい。分かりました」
店員に事情を説明して、どうにか煙草を買うことができた。アルファはほっとした様子で、胸をなでおろしている。
「上月沙絵さん。アルファを補助していただきありがとうございました」
「沙絵さん、ありがとうございました。沙絵さんのおかげで、お店の人も分かってくれたみたいです」
「どういたしまして。アルファさん、ガンマさん。また、ペリドットに遊びに行ってあげてね」
「ええ。博士にも伝えておきます。それでは、失礼いたします」
沙絵に礼を言うと、ガンマはアルファを連れてコンビニの外へ出ていった。
ハルと沙絵も会計を済ませて、二人並んで店を出る。アイスの入った袋を提げて歩く沙絵に、ハルがおもむろに声を掛けた。
「沙絵さん。あの……何やったん? さっきの」
「ん? アルファさんとガンマさんのこと?」
「せや。ひょっとして、あのアルファ言う女の子、トキノミヤ博士のロボットなん?」
沙絵はにやりと笑って、その通り、とハルに応える。
「アルファさんとガンマさんはどっちもロボットで、ハルの言う通り、トキノミヤ博士が作ったんだ」
「ホンマにロボットなんや。どう見ても人間そのものやのに」
「博士が人間そっくりに作ったからね。すごい技術がいっぱい使われてるって聞いたよ」
今の今まで人間だと思っていたアルファは、実はトキノミヤ博士が製作したロボットだった。これにはハルも驚きだ。アルファはどこから見ても人間の少女にしか見えない。動きも自然なら口調も流暢だった。それがロボットと言われれば、驚くのも無理はあるまい。
「背の低い方はアルファさん。正式名称は『トライポッド・タイプα』。名義の上だと、『朱鷺宮アルファ』さんって名前なんだって」
「じゃあ、ガンマさんは『トライポッド・タイプγ』で、『朱鷺宮ガンマ』さん?」
「お、その通りー! さすがハルは飲み込み早いね。それでね、見た目はアルファさんの方が子供っぽいけど、ガンマさんよりずっと先に作られたから、実はアルファさんの方が先輩なんだよ」
「えっ、そうなん?」
「うん。だからアルファさんとガンマさん、見た目と年齢が逆転してるってわけ。面白いよね」
アイスの入った袋をぐるんぐるんと振り回しながら、沙絵があっけらかんとした様子で言ってのけた。
「そうだ。ねえハル、明日暇?」
「明日……せや。瑞穂さん、明日はペリドット休みにする言うてたっけ」
「おっ、じゃあ大丈夫だね。ちょっとだけ私に付き合ってくれない?」
「沙絵さんに?」
「うん。ハルをね、面白い所に連れてってあげるから」
面白い所に連れて行く、とやけに得意げな沙絵に、ハルはちょっと気後れしつつ、首を縦に振ったのだった。
「さ、帰ろ。アイスが溶けちゃわないうちに」
「せやな。瑞穂さんも待ってるわ」
駆け出した沙絵を追って、ハルとシラセも走り出した。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。