八つの遺志の置き土産

著者:冬の終わりに

 吹雪の吹き荒れる中、イーブイは通常の9倍はあろうかという巨大なキュウコンを見据える。キュウコンの口元が青白く光るやいなや、イーブイは右へ駆ける。キュウコンから放たれた光線は地面へと突き刺さり氷塊を残し、イーブイは駆けながらスピードスターを放つ。しかしイーブイの体よりも太い白銀の尾がそれを叩き落とすと、その勢いのままイーブイへと迫る。咄嗟に進行方向の逆へ跳び辛うじてかわすと、今度はキュウコンの方向へと駆けてゆく。キュウコンは再びれいとうビームを放つが、イーブイは容易くかわしキュウコンとの距離を詰めてゆく。そしてイーブイがキュウコンの懐に潜り込もうという時、キュウコンは舌打ちし、跳んだ。イーブイの数十倍もある巨体を翻し、再びイーブイと距離をとる。イーブイがキュウコンへと向き直り再び駆け出すも、キュウコンは集中しイーブイへと狙いを定める。その時――キュウコンの脇腹へ氷の礫が突き刺さった。グレイシアだ。この吹雪に紛れ身を隠し、イーブイに陽動を任せ隙を窺っていたのだ。キュウコンは礫の飛んで来た方向へ視線を向け、再び吹雪に紛れようとするその姿を捉える。先刻から探し注意を向け続けていたそのポケモンを見失わぬ様、全神経を集中させる。突っ込んで来るイーブイも気にかけず、その姿を追った。イーブイは自分に注意が向いていない事を察すると、ここぞとばかりに至近距離から攻撃を叩き込み、キュウコンの巨体がぐらりと揺れる。それを見たグレイシアも吹雪に紛れ追撃へ向かう。その瞬間、白銀の尾がグレイシアを捉えた。鈍い音と共にグレイシアの悲鳴が上がる。それを聞いたイーブイはすぐさまキュウコンと距離を取り、グレイシアの名を呼ぶ。そして目の当たりにしたのは2本の尾でグレイシアを押さえつけ、他の尾の先へ冷気を吹きかけるキュウコンの姿。キュウコンの意図を察したイーブイはグレイシアを救助すべく全速力で雪上を駆ける。そしてグレイシアまであと少し、押さえつけている尾へと跳びかかろうとした、その時。不意に背後から押されたイーブイはグレイシアの元へ倒れ込む。そしてその2匹へ向けて、氷を纏った尾が勢い良く振り下ろされた――。


 イーブイ達の住む村に冬が訪れて9ヶ月、未だに冬は去っていない。その原因こそ、この巨大なキュウコンである。このキュウコンの周囲は常に吹雪いており、辺り一帯は冬となった。そして9ヶ月前に村の近くに現れて以来、冬と共に留まり続けていた。村のポケモン達もキュウコンがこの気候と関係がありそうだと気付き、村から離れる様交渉を重ねるもいずれも決裂。時間が問題を解決する事もなく、力ずくでも追い払わねば村を捨てざるを得ない状況にまで追い込まれた。そこで村の中でも腕が立つイーブイ達9匹がキュウコンの討伐へと向かったのだった。

 9対1、それでも敵わなかった。最初こそ優勢だったもののキュウコンが各個撃破を狙う様になると一匹、また一匹と犠牲となっていった。喰われた者、氷で貫かれた者――リーフィアも、エーフィも、ブースターも、皆キュウコンの前に命を落としていった。9匹だった討伐隊も残るはイーブイとグレイシアのみ。そして――。


 爆風と共にイーブイが宙を舞う。キュウコンの尾が振り下ろされる寸前、グレイシアがイーブイの足元へとシャドーボールを放ち、雪ごと吹き飛ばされたイーブイは尾の直撃を免れたのだ。しかし免れたのはイーブイのみ。キュウコンが叩きつけた尾を上げるとグレイシアだった赤い染みが晒され、吹雪が再び真っ白に覆い隠す。これで1対1。これまでの戦いでキュウコンも負傷してはいるが、距離を取って戦われると遠距離攻撃の乏しいイーブイに到底勝ち目はなく、キュウコンもそれを理解していた。勝利を確信したキュウコンはイーブイを見やると問いかける。

「どうする? まだやるの?」

 最初の1匹、シャワーズが殺された時にもキュウコンは同じ様に問いかけた。攻め入ったのはイーブイ達だ、逃げるのならば逃がしてくれるのだろう。それでもイーブイ達は戦う事を選んだ。村を捨てれば皆生きていられた。それでも戦い、犠牲者が出た。ここで退いてしまうと、その死が無駄になってしまう気がして怖かったのだ。勿論自分自身の死も怖かった。それでも、仲間の死が無駄になる恐怖はそれ以上だった。それからはもう後には引けなかった。犠牲者が増える度、その恐怖は増大していった。

 戦うと決意した以上、死を無駄にしない方法はキュウコンを倒す事しか残されていなかった。しかし今、イーブイの勝ち目はないに等しい。それでもイーブイの答えは変わらなかった。勝てると信じたから戦ってきた。勝てると信じてくれたから助けてくれた。自分を信じてくれた皆の事を信じたかった。勝てる、勝てると自分に言い聞かせる様に呟き、涙を堪え前を向く。仲間の思いを背負いまっすぐにキュウコンを見据えた、その時だった。イーブイのしていた首飾り――以前仲間達がお守りとしてくれた八面体の結晶が、輝いた。突然の出来事にイーブイ自身も困惑していると、宙に死んだはずの8匹の姿が浮かび上がる。予想外の何かが起ころうとしていると感じたキュウコンはその8匹目がけ攻撃するも、いずれもすり抜け意味をなさない。そして8匹の幻はそれぞれが強く輝き、光の束がイーブイへ向かってゆく。ならばとキュウコンはイーブイへと目標を移すも、ことごとくイーブイにかわされる。光に包まれたイーブイは皆の思いが、皆の力が流れ込むのを感じていた。やがて光は収まり、8匹の幻が消えると何が起きたのかキュウコンはイーブイを問い詰める。イーブイは答えない。イーブイ自身も何が起きたのか分からないのだから。代わりに返すは宣戦布告の言葉。託された皆の力と思いと共に、勝てると信じるイーブイはキュウコンを見据え高らかに叫ぶ。

「これが僕の――いや、これが僕等の全力だ――!」