SS「夢いじり」

586

朝が来た。

「あさ〜、あさだよ〜、朝ごはん食べて学校行くよ〜」

「……………………」

俺は無言で目覚まし時計を止める。時計を見ると、七時だ。普段ならここで起きて、朝の支度をせねばならないところなのだが……

「……しまった。今日は日曜日だった……」

いつものクセで目覚まし時計をセットしてしまったらしい。いつもなら間違いなく十時ごろまで寝るはずの日曜に、間違っていつもの時間に起きてしまった。

「……ぐぬぬ。なんか損した気分だ……」

せっかくゆっくり眠れる日に、間違っていつもの時間に起床してしまう。人生においてこれほど「損した気分」を味わえることも無いだろう。しかも、間違ったのが自分だけに余計に始末に終えない。俺の中に、言いようの無い怒りがこみ上げてきた。

「ぐおー。この怒りを誰かにぶつけねばっ」

俺はこの煮えたぎるような怒りをぶつけるべく、どかどかとした足取りで部屋を飛び出した。行き先は一つ。

「こうなったら名雪も起こして、一緒に損した気分にさせてやろう」

名雪の部屋だ。もはや理由が言いがかり以外の何物でもなくなっているが、俺の怒りは今MAX状態だ。そんな細かいことを気にしていても始まらない。名雪を無理やりたたき起こして、俺と同じく損した気分にさせる。今俺に出来ることは、それだけだ。では、早速任務開始。

「さて……どういう起こし方をしてやるかな……」

俺は拳をぼきぼき鳴らしながらドアを開けて外へ出る。そして、絶賛夢の中の名雪がいるであろう名雪の部屋のドアノブに手を

「あ、祐一。おはよう」

「……名雪?! お前、もう起きてたのか?!」

「うん。なんかすごく早く目が覚めて、さっき朝ごはん食べてきたとこだよ」

「……マジか」

……俺の計画は見事に頓挫した。名雪を叩き起こして憂さ晴らしをしようと思っていたら、名雪はすでに起きていた。起きていた人間を叩き起こすことはできないので、ここで全部終了だ。ひょっとして、俺の悪意が伝わってしまったのだろうか。

「ねえ祐一、わたしの部屋のドアノブを掴んでるけど、どうしたの?」

「えっ?! いや、お前がまだ寝てるだろうと思って、起こしてやろうと思って」

「わ、起こしに来てくれたんだね〜。う〜。それだったら、寝てたほうが良かったかも……」

ああ、名雪が本当に残念そうな目で俺を見ている。まさか俺が個人的な嫌がらせの意味で無理やり起こしに来たとは、夢にも思っていない表情だ。うう、俺はこんな純粋な子に嫌がらせをしようとしてたのか。俺は何てヤツだ。すまん、俺が悪かった。許してくれ。

「……自己嫌悪」

「えっ? 事故? どこであったの?」

「いや、なんでもない……」

俺はそう言うと、ドアノブから手を離した。ああ、余計に陰鬱な気分になってしまった。くっ、こうなりゃ、この陰鬱な気分を晴らす手は一つしか残されていない。最終手段だ。

「なあ名雪、真琴はもう起きたか?」

「ううん。まだ寝てると思うよ」

「……そうか」

ターゲット変更。あうーのまこぴーこと、真琴だ。あいつには常日頃からとんでもない目に……いや、どちらかと言うと遭わせ返してる方が多いけど、とにかくひどい目に遭わされてるから、この機会に復讐してやろう。ふふふ。

「よし。俺が起こしてくるから、ちょっと待ってろ」

「うん。分かった」

名雪を下に行かせ、俺は一人、真琴の部屋へと足を踏み入れる。

(ギィィ……)

部屋のドアを開け、電気を点ける。もちろん、こんなつまらないことで起こさないように、細心の注意を払ってだ。あいつはいつも俺の寝込みを襲ってくるから、復讐にはヤツが寝ているときがふさわしい。完璧な理論だ。

「あうーっ……もう食べられないわよぅ」

「……分かりやすい夢を見おってからに」

真琴は俺の予想通り、かえる柄のパジャマ(名雪のものだ)を着て、ぐっすりと眠っていた。にしし。チャンスだ。こいつに最悪クラスの朝の目覚めを提供して、俺の気持ちをスカッとさわやかにしてやるぜ!

ふっ。どうせ今は大量の肉まんにも囲まれた分かりやすい夢を見ているんだろう。だがな、それもそこまでだ! いつもいつも俺の寝込みを邪魔した罪、ここできっちり罰を与えてやるぜっ!

(そうだな……よし。まずはあいつの夢に干渉してみよう。ふふふ……)

俺はただ起こすだけではつまらないと思い、あいつの夢をこっちからいじくり回してやることにした。こう書くと難しそうだが、何のことは無い。こっちから適当な言葉を繰り返し言って、あいつの夢の中身を変えてやればいいのだ。真琴は精神構造が子供だから、絶対に上手く行くはずだ。では、早速開始。

「真琴。お前の好きなものは肉まんじゃない。たい焼きだ」

「あう……うぐぅ。そうだよ……ボクの好きなものはたい焼きだよ〜」

「……くくく……」

俺は思わず笑ってしまった。俺が一言言っただけで、あいつの中身があゆにすりかわってしまった。あの顔で「うぐぅ」とかマジで最高だ。もう爆笑物。

「あー、違った違った。お前の好きなものは、アイスだ。それも、バニラアイス」

「うぐ……えぅーっ……そうです。アイスは私の大好物です。冬でも食べます」

「ひーっ……ひーっ……あー、面白」

だーはっはっはっは! 何が「冬でも食べます」だ! 何言ってんだこいつは! どうしてここまで単純なんだよお前は!

「悪い悪い。お前の好きなものは、アイスじゃない。むしろアイスはお前の天敵だった。お前が本当に好きなものは、イチゴサンデーだ。それも、デラックスジャンボサイズのだぞ」

「えう……うにゅ。そうだおー。わたしの好きなものはいちごだよ〜。いちご〜いちご〜」

「くくく……」

お前は俺を笑い殺させる気か! ここまで完璧なヤツは見たことが無いぜ! あの謎のいちごの歌まで披露してくれるなんて……真琴、お前すごすぎるぜ!

俺はどんどんエスカレートしていく。こうなったら、行ける所まで行ってやるぜ!

「ばーか、何言ってんだよ。お前の好きなものはイチゴサンデーなんかじゃなくて、牛丼だろ? 熱々の白いご飯の上に、柔らかい肉と芯をわずかに残したたまねぎを秘伝のダシで閉じた、あの牛丼だ」

「だお……そう。私は牛丼を食べる者だから……」

駄目だ。このままこの部屋にいたら俺の腹が引き千切れる。こいつ最高だ。夢をいじくるのがこんなにも面白いとは思っても見なかった。今度名雪にも試してみよう。そうだ、あゆに試すのも悪く無いだろう。もう最高。

エスカレートした俺はもう止められない。止めようったって、もう止められないんだ。限界まで……飛ばすぜ!

「違うって。お前が好きなものは、牛丼じゃなくて牛乳だ。一文字違いで大違い。栄養だってこっちの方が断然あるぜ?」

「わた……そうだよもん。牛乳は毎日飲んでるけど、全然飽きないよ。大好き」

「だよもん……くくくくくく……」

あーもう最高! こんなに分かりやすい反応を返してくれるなんて、お前最高だよ! 同じ家に住んでいながらこんないいおもちゃがあったなんて、今までずーっと知らなかったぜ! 最高だ、最高!

「牛乳? それは冗談だろ。お前の好きなものはそんななまっちょろいもんじゃない。ワッフル、それも蜂蜜と練乳が間に挟まった超激甘、もう甘々でびっくりするようなヤツだ」

「だよも……そうです。それがどうかしましたか? こんなに美味しいのに、誰も食べてくれません」

うーむ。この切り替えの早さ。すごいぞ真琴。コレが起きてるときにもできたら、お前一人で二十役ぐらいこなせるのになあ。まったく、芸の幅が広すぎるぜ!

さぁーて、次はどうしてやろうかな?

「あー、駄目駄目。そんなのじゃ腹の足しにもならない。お前の基本はカレー五杯だ。ちなみに応用は十杯だぞ」

「私に構わないでくだ……そうだよ。それと、それはちょっと間違ってるかな。基本が十杯で、応用は青天井だよ」

「駄目だ……こいつ俺を笑わせようとしてるとしか思えない……」

すげぇ。ちょっと分かりにくいのでもちゃんと対応してくれる。俺は今、真琴を再評価し直しまくっている。あいつはあうーしか持ちネタが無いとばかり思っていたが、そんな事は全然無い。むしろネタの塊だ。何だってできる。俺とコンビを組めば、皇帝(エンペラー)のスタンド使いもビックリの無敵のコンビだ。

こうなりゃ、行けるとこまで行くしかない。

「バカだなー。そんなに食えるわけ無いだろ。お前は照り焼きバーガー一個が限度だろ」

「そうだ……みゅー。そうだよー。みゅーみゅー」

どうしよう。これホントに何かに使えるぞきっと。何でも対応できるぜ。これを路上において、「リクエストに何でもお答えします」って書いておけば、一日で億万長者も夢じゃない。ウッハウハだ。

面白い。面白すぎるぞこれ。みんなに見せてやりたいぐらいだ。俺はもう、病み付きになっていた。俺をここまで夢中にさせるとは……真琴、お主できるなっ。見直したぜっ。

「さて、次はどうするか……おっ、そうだ。これができるかどうかを試してみるか。ひひひ……」

俺は一旦真琴の部屋を出て、自分の部屋へと戻った。

「えっと……あったあった。これだこれこれ」

下敷きを敷いたルーズリーフとボールペンを持って、再び真琴の部屋へと戻る。今までは口だけだったが、今からはそれ以外のこともできるかどうかの壮大な実験だ。もしコレができれば、真琴は間違いなく世界最強の狐だ。間違いない。

再び真琴の傍へと座り、俺はルーズリーフとボールペンを床に置く。真琴はさっきの俺の言葉の効果か、ずーっとみゅーみゅー言い続けている。これはこれですげぇ面白いんだが、いつまでもやられてるとさすがに飽きてくるからな。この辺でまた別の夢を見てもらおう。

「はははー。何言ってるんだよ。お前はそんな安っぽい食い物で満足するような器の小さな人間じゃないだろ? お前は……そう。お寿司とかの方が好きなんじゃないか?」

「みゅ………………………………………………」

「なんだ? 何かいいたいことがあるのか?」

「……………………」(こくり)

「よしよし。それなら、これを使うといい」

俺は用意しておいたルーズリーフとボールペンを手渡す。真琴は寝てるはずなのにそれをしっかり受け取ると、俺の目論見どおり、そこに何かを書き始めた。

『そうなの』

「……やべぇ。お前最高だわ」

『お寿司が食べたいの』

「くくく……もう駄目だ……腹がよじれる……」

なんかもう上手く行き過ぎて逆に怖いぐらい。名雪顔負けの糸目で『お寿司が食べたいの』と書かれた下敷きルーズリーフを持った真琴。もうどこから突っ込めばよいやら。いや、突っ込む前に俺が笑い死ぬ。写真に撮って起きてる時の真琴に見せてやりたいぐらいだ。

もはや俺に怖いものなど何も無い! 行くぜ! 省エネモード!

「お寿司か……まあ、それも悪くないと思うが、やっぱり俺は白米が一番だと思うぞ。あの白さ、輝き、そして純粋な味。さあ、思い出してみろ」

「……はい。日本人は、お米族ですから……ぽ」

「で、例のものは無いのか?」

「……進呈、がんばったで賞……ぱちぱちぱち……」

「くくく……一体何を頑張ったんだ何を」

そう言いながら、さっきまで文字を書くのに使っていたルーズリーフとボールペンを俺に進呈する真琴。もう駄目。このままだと俺が変死する。なんでこんなに分かりやすいんだろう。真琴は面白いなあ。伊達に殺村凶子を名乗ってるだけのことはあるぜ!

……さあ、まだまだ行くぜ! 本番はこれからだ!

「白米? 冗談だろ? やっぱ日本人はハンバーグだろ。お前の好きなものもハンバーグだったはずだ。そうだろ? ちるちる」

「……んに。みちるはみちるっていうんだぞー。分かったかー。そこのヘンタイゆうかいまー」

「誰がヘンタイゆうかいまだっ」

(ごすっ)

俺は真琴を起こさない程度の強さでどついた。

「にょめれっちょ」

「……あー。コレ全部ビデオにとって、後で真琴に見せてやりてぇ。すっげぇ笑える」

もう俺は本当に死にそうだった。だってあれだぞ? 真琴の顔で「にょめれっちょ」だぞ? これなら絶対笑える。名雪だって笑えるに違いない。秋子さんもだ。もう駄目。マジで死にそう。

さー、次行くぞ次。まだまだ試したいのは山ほどあるからな。

「おいおい。そんなもんばっかり食ってたら、すぐに横長になっちまうぞ。そういう時はこれ。やっぱり流し素麺だろ。ほら、お前も好きだっただろ? 割った竹に水張って、冷たい素麺を流すんだよ」

「んに……そうだよぉ。かのりんの好きな食べ物はねぇ、冷え冷え麦茶と流し素麺だよぉ」

ふふふ。この寒いのにそんなもんを好んで食べるとは、真琴も変わったやつだなあ。それなら、今度秋子さんに頼んで、三食とも麦茶と流し素麺にしてもらおうか。そして俺はその隣で、湯気の立ち上る温かい料理を食ってやるのだ。あいつの悔しそうな顔が目に浮かぶぜ!

「え? かのりんだって? それはあんたの妹だろう」

「そうだ……ぞ。佳乃は私の妹だ。そこの君。もし佳乃に手を出してみろ。君は自分の手にさよならを言わねばならなくなるぞ」

「言ってる言ってる。メスも持ってないのにな、こいつ」

メスも無いのにそんなことを言っても、全然迫力が無いぞ真琴。お前もヘンなヤツだなあ。起きてるときはちっとも言うことを聞かないのに、寝てるときはどーしてこうバカ素直に俺の言うことを受け止めるかなあ。もう大爆笑。これビデオに撮ってどっかの番組に送ったら、よほどのことが無い限り百万円はゲットだな。

ふと、俺は

(適当なのを言っても、こいつはちゃんと反応するのか?)

という大いなる疑問に直面した。幸い真琴は無いメスを探してぐっすり眠りこんだままだ。ならば、今がチャンスだ。ふふふ。真琴よ。お前はこれに、ちゃんと反応できるか?

「あー、そう言えば喉が渇いたなあ。こういうときは……そうだなあ。あの独特の味がたまらなく嫌な大麦エキスと世界三大名水のひとつチョヂョン鉱泉水から生まれ、ビタミンが豊富に含まれたまったく新しいタイプかつ伝説の健康飲料、メッコールに限るよな」

「……………………」

さあ、真琴の反応は?

「……だお。そんなに飲みたきゃ自分で行って買ってくるんだお。つべこべ言ってるとぶっ殺すんだお」

「誰だお前は」

ちょっと待て。なんか名雪っぽいんだけど、ちょっと違うのになったぞ。これはどういうことだ? 大体、「ぶっ殺す」とかすげぇ危ないこと行ってるし。なんか心なしか目がビー玉みたいになってるような気もする。これは新発見なのか?

こうなりゃ、徹底的に調べつくしてやるまでだ。次は……これだ!

「んなもん飲めるか。危ない薬でもキめてるんじゃないのかお前は」

「だお……そうですね。私、薬はたくさん持ってますから。もっとも、一度使うとやめられなくなって、切れたときに取り返しのつかなくなる薬(クスリ)ばかりですけどね」

「このヤクCHUめがっ」

うーん……口調はどうも栞っぽいが、これも明らかに栞じゃない。むしろ「死折」みたいな感じがする。一体どうしてまたこんな反応を返すんだろうか。気になるなぁ。ホント気になる。

俺はさらに調べるべく、真琴に向かってこうささやいた。

「そう言えばお前、普段は土管に住んでるんじゃなかったのか? で、ファイアボールでしかやっつけられないみたいな」

「クスリ……なんだお前。このオレに何か意見しようっていうのか? このジョニー様に!」

「わざわざ名乗らないと分からないようなモノマネで返すな」

なんだか訳が分からなくなってきたぞ。こいつ、今どんな夢見てるんだ? ああ、こんなときあの人がいたらなあ。そう。あの青色のタヌキ型ロボットがいたらなあ。

「この……テメェ、誰が狸だ? ぶっ殺してやろうか? 死にたいんだろ?」

「本当に誰か分からないようなモノマネはやめろ」

「テメェ……オレを怒らせたらどうなるか分かってるんだろうな? 逝きたいんだろ? なぁ、逝きたいんだろ? ならこのオレが逝かせてやるよ!」

「あー、糸目でそんなこと言っても迫力出ないから。あと、声が真琴だから」

どうやら俺の悪癖、「思ったことが勝手に口に出る」が発動してしまったようだ。「狸」という言葉を聞いた瞬間、また別人になってしまった。なんだろう。こいつは一体誰なんだろう。

というか、さっきから様子がちょいとおかしくないか? 少なくとも、俺の近くにこんな言葉の一つ一つが包丁みたいに危なくて物騒なヤツなんか誰もいないぞ。

と、コレも口に出してしまったみたいで、

「うぐぅ……包丁、包丁持ってるんだねっ。じゃあ、それボクに譲ってよ。一緒に銀行強盗を手伝わせてあげるから。手伝わないと滅殺、だよ」

「そんなもん誰が手伝うかっ」

これは……あゆか? あゆなのか? いや、どっちかというとこいつはあゆというよりも「ぁゅ」みたいな偽物の香りがする。というか物騒にも程があるぞ。銀行強盗なんて誰がやるかっ。大体、今時包丁はないだろっ。やるなら装甲車で突っ込むぐらい盛大にやれよっ。

どうもおかしいな。さっきから、俺の知り合いの誰かによく似てるけど、性格はちっとも似てないヘン極まりないやつばっかりが出てくるぞ。一体何事だ? ひょっとして、ヘンなものでも取り付いたのか?

こうなったら……よし。直接聞いてみるか。

「お前……魔物でも取り付いてるんじゃないのか?」

「うぐ……違う。魔物はとり付くものじゃなくて、喰うもの……」

「物騒なことを抜かすな」

駄目だ。聞いたら別の人格がインストールされてしまった。これは……舞か? 魔物っていう単語に反応したし、イメージもそれっぽい。ひょっとしたら、あいつの夢に何か歪みが出たのかも知れない。まあ、面白いからいいけど。

じゃあ、これならどうだ?

「ところで舞、佐祐理さんはどうしたんだ?」

「私は魔物を……あははーっ。佐祐理に何か用ですかー? 用も無いのにこの人気キャラのまじかる☆さゆりんに声をかけるなんて、地味で惨めで哀れな雑草の分際でずいぶんいい度胸してますねーっ」

「駄目だ。もう手遅れのようだ」

すでに別人モードに入っていたようだ。これも口調は佐祐理さんのままだが、中身は断じて佐祐理さんではない。こんな佐祐理さんがいたら、モノホンの佐祐理さんに何をされるかわからない。そういう意味でも怖い。

それなら、とことん行ってやる。こいつが壊れていくさまを、俺は笑いながら安全地帯でゆったりと見物してやるのだ。まあ、どうせ起こせばすぐに元通りだろうし。

「へぇー。あんた魔法使いなのか。それなら、何でも覚えられるんだよな?」

「あはは……その通りだ! オレは天才だ! オレはどんな拳法も誰よりも早く習得できる! 媚びろ〜媚びろ〜! オレは天才だぁ!」

「後ろに下がらせて破裂させてやろうか」

ここまで来ると最早誰かも分からない。いや、分かってるけど、少なくともこの場に出てくる人ではないような気がする。ええい。こうなりゃやけだ。徹底的にやりつくしてやる。

「お前の好きなものは、なんたって鍵だろ?」

「天才……そうだ。鍵を侵害する者すべてを駆逐する。それも、合法的に爆滅」

「怖いことを言うな」

この「鍵」に何か深い意味を感じずにいられない。鍵キャラはすべてこいつの手によって保護されるのだー。だはははは。意味が分からん。

「違うって。やっぱり基本、ドラ焼きだろ」

「証拠隠滅……えっ?! ドラ焼き?! ねぇ、どこにあるの?」

「本当に分かりやすいなあ」

きっと今あいつの夢の中で、あいつは耳の無い青いタヌキ型ロボットに変身しているのだろう。ははは。本当に分かりやすい。いじくっていてこんなに面白いと思ったのは初対面の時のあゆ以来だぜ。

「そうじゃないそうじゃない。自分の好物も思い出せないのか? お前、焼きビーフンが好きだったじゃないか」

「ドラ焼きドラ……なんだこの階段はぁ?! せっかくだから、俺はこの赤の扉を」

「だーはっはっはっはっ! なんでお前がそれを知ってるんだよ!」

なんか真琴の反応がだんだん鋭くなってきてるから、試しにやってみるか。

「始まりの合図は……」

「やりやが……死神がドアを叩いてんだよ。分かったか、この『ピー』が!」

一人目クリア! 次行くぞ次!

「引かぬ! 媚びぬ!」

「砂になっち……省みぬ! 愛ゆえに人は苦しまなければならぬ! 愛ゆえに人は哀しまなければならぬ!」

二人目クリア! どんどん行くぞ!

「なんでちよちゃんは……」

「天帝は……飛ぶのん?」

三人目クリア! リハは終わりだ!

「な、何を……」

「ちよちゃんは……な、何をするだァーッ!」

四人目クリア! 遊びでやってんじゃねえんだぜ!

「まきますか?」

「ゆるさ……まきませんか?」

五人目(?)クリア! いけいけごーごーじゃーんぷ!

「俺のこの手が……」

「まきま……真っ赤に燃えるッ! 勝利を掴めと轟き叫ぶッ!」

六人目クリア! セレクトボタンとビーボタンでマップ出現だこのやろー!

「お、お前は……」

「ばぁぁぁぁく熱……ガイルか! ふっ、強くなったな……」

七人目クリア! チラシの裏にでも書いてろ! な?!

「おれは死なん……苦痛など……」

「ころし……意に介しているヒマも無い……必ずきさまを仕留めるッ!」

八人目クリア! もう手の施しようがないぜ!

「月を……」

「必ずイギ……を見るたび思い出せ!」

九人目クリア! ノンストップでゴーだ!

「分かったか? これが……」

「泣け! 叫べ! そして……『モノを殺す』ってことだ……」

十人目クリア! 真琴! お前は世界最強の狐だ! 今ここにそれが証明されたぜ!

「くっあーっ!」

「これで……うっおーっ!」

十一人目クリア! もはやお前の前に壁など無い!

「そこだ! そこで……」

「ざけんな……インド人を右に!」

十二人目(?)クリア! 上上下下左右左右BA!

「ざんねん!」

「確かみてみ……わたしの ぼうけんは これで おわってしまった!」

十三人目クリア! レッツゴー三匹!

「私は……」

「ああっ ひが……世界一不幸な美少女だぁ〜……」

十四人目クリア! さあ、前進制圧で突き進め!

「さあ、どんどん……」

「もうっ! ぷっぷの……しまっちゃうからね」

十五人目クリア! 真琴、お前は真琴の中の真琴だ!

「小便は……」

「悪い子はどんどん……済ませたか? 神様にお祈りは?」

十六人目クリア! あうーのまこぴーの底力を見せてやれ!

「やめて! その人は……」

「部屋の隅でガタガタ震えて……その人は私たちの……!」

十七人目クリア! やるときはやるぜ殺村凶子!

「終わりだよ……」

「……! アンダーソン君」

十八人目クリア! ものみの丘の伝承は伊達じゃねぇぜ!

「昇龍拳を……」

「それともネオといった方が……破らぬ限り、お前に勝ち目は無い!」

十九人目クリア! これでラストだ!

「な、なにを……」

「国へ帰るんだな。お前にも……なにをするきさまらー!」

二十人目クリア! おめでとう真琴! 君こそチャンピオンだ!

 

「あー、面白かった。もう最高」

真琴の部屋に入ってきたときの陰鬱な気分は、真琴の面白すぎる無意識モノマネによって完全に晴れた。

「しかし、真琴にこんな特徴があったとはな」

いやー、真琴がこんなに面白いヤツだったなんて、今まで思ってもみなかった。あうあう言って肉まんを食うことしか能の無いやつだと思っていたが、それは大いなる間違いだった。少なくとも、あゆよりかはよっぽど実用的だ。あうーはうぐぅより実用的。これ定説。

「さて、そろそろ元に戻してやるかな」

俺は元の目的をすっかり忘れ(確か、叩き起こすはずだったんだが)、真琴で遊んでいたのだが、そろそろ夢の内容も滅茶苦茶になってきた事だし、ここらで軌道修正してやることにした。

「まったく滅茶苦茶なヤツだなぁ。お前の好きなものは肉まんだろ?」

俺は、これですべてが元通りになると思っていた。そう思っていたのだ。

……ところが。

「肉まん……せや。わいの好きなもんは肉まんや。ピザまんとかカレーまんは邪道やでー」

……あれ?

あいつの好きな「肉まん」を吹き込んだはずなのに、何か……

「べ、別人になってる……!」

別人、しかも本当に知らない人になってしまった。ちょっと待て。なあ、これはどういうことなんだ。真琴。肉まんとあうーとぴろはお前のトレードマークだったじゃないか。真琴、ひょっとしてお前、悪いものでも食べたんじゃないか? 例えば……秋子さんのあれとか。

……いや、どー考えても、ここまでずっと遊びすぎた俺の責任だ。コレはマズイ。普通にマズイ。このままでは真琴が真琴ではなくなってしまう。あうー、肉まん、ぴろ。この三つの要素の無い真琴など、うぐぅと言わなくてたい焼きが嫌いな普通の身長のあゆと大差ないっ。それは嫌だっ。

とにかく、すぐに軌道を修正せねばならない。

「真琴っ。お前は真琴なんだっ。お前はそんなヘンな人じゃないっ」

「わいはアテ……あう?」

「おおっ。元に戻ったかっ」

「あうあうあうあう! あう〜あう〜!」

「だああっ! そんなの真琴じゃねぇっ」

「AUUUUU!!」

「叫ぶなっ」

駄目だ。一度狂った真琴の針は、なかなか元には戻らない。

「いいか? お前は真琴なんだ。そんなヘンな叫び声をあげるよう子に育てた覚えは無いぞ」

「AU……WWWRRRYYY!!! 貴様は今まで食べたパンの数を覚えているのか?!」

「んなもん覚えてるわきゃねえだろうがっ」

くっ……もはやこちらからの制御は不可能か?! ええい。やけだ。やれるところまでやってやるぜ!

「とにかく、お前は吸血鬼じゃないんだっ。もっと違う生き物なんだ」

「無駄無駄む……駄目駄目駄目駄目! 駄目ナ奴ハ何ヲヤッテモ駄目! 全力デ負ケテクレ!」

「すでに生き物ですらない」

「ソレデモ兵器カ!」

半ばロボット化してしまった真琴。ああ。俺が面白がっていじくったばっかりに、真琴が取り返しのつかないことになりつつある。でも正直見ていて面白いのは秘密だ。

しかし、今はとにかく一歩でも真琴に近づけることが先決だ。こういうとき、まずは大分類から入ると上手く行くことが多い。

「よーし真琴。お前に質問するぞ。この中からお前に一番近いキーワードを選べ。その一『えいえん』、その二『奇跡』、その三『青空』。さあどれだ?」

「きせ……えいえんは、あるよ」

「だあああああっ! よりにもよってそれを選ぶなっ」

「このせかいはおわらないよ。だってもう、おわっているんだから」

「やめろっ」

うぐぐ。しかし、一応大分類の大分類「鍵」にまでは引き戻すことができたぞ。こうなりゃ次の分類「奇跡」まではもう一歩だ。

「違うだろっ。別のやつだっ」

「えいえんは……開幕直後より鮮血乱舞、烏合迎合の果て名優の奮戦は荼毘に伏す! 回せ回せ回せ回せ回せ回せ……!」

「別のやつ、の意味を取り違えるなっ」

「ヒ、ヒヒヒ、平伏ス土下座ル末路ワヌ!切開無惨ニモ失敗シ無能名声栄光罪状コレ弐オイテ騎士ノ勲章ヲ我ニ我ニ我ニ与エ脳ハ腐敗シ魂魄初回ヨリ既ニ無ク第二生産、第二生産、第二生産、大量出荷!魂魄ノ華 爛ト枯レ、杯ノ蜜ハ腐乱ト成熟ヲ謳イ例外ナク全テニ配給、嗚呼、是即無価値ニ候…………!!!!」

「長いっ」

うおお。大分類からはみ出てしまった。なんか訳の分からないものがインストールされてしまったぞ。一体どうしてくれようか。

こうなりゃ、実力行使だっ。

「思い出せっ。お前の好きなものは、後味が嫌で喉に何かが詰まった感の残る、あの飲み物だろっ」

「カットカットカット……にはは。そうだよ。どろり濃厚」

「うっしゃーっ! 元に戻る希望が見えて来たーっ!」

一時はどうなることかと思ったが、これでどうにか元に戻せそうだ。では、早速……

「真琴、お前の好きなものは……」

「にはは。違うよ。わたしは観鈴。神尾観鈴」

「ははは。何言ってるんだ。お前は真琴で……」

「お母さん……わたし、もう、ゴールしても、いいよね……?」

「……………………は?」

……え、いや、あの、その、ちょ、おま、あの、えっと、これ、どういう、こと、なの、かな?

「この夏に一生分の楽しさが詰まってた……」

「すいません! 今冬ですっ! 冬真っ盛りですっ! ナウシーズンイズウィンターっ!」

「わたし、がんばったから……」

あの、どうして、寝てる、はず、なのに、立ち、上がって、こっちに、向かって、歩いて、来る、の、かな? ど、どうして、枕、も、抱え、て、るの、かな?

「お母さん……」

い……

「もう、ゴールしても、いいよね……?」

い……

 

 

「ゴールっ……」

「いややーっ! うちこんなオチいややーっ! 真琴ーーーーーーーーーーーーっ!」

 

 

最後にはどうか……

 

 

幸せな記憶を……

 

 

………………

…………

……

「祐一、どうしたの? なかなか出てこないし、さっきすごい声――」

……………………

「きゃああああああああああー! 祐一と真琴が死んでるうううううううううううううううううーっ!」

 

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。

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