「Limbo」

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ダウンロードが始まる。

真新しさの残るスマートフォンを手に、家へと繋がる道を歩く。九月を迎え、方々の木々が緋色の衣替えを始める中にあっても、暑気を伴う夏の匂いは未だ消えることなく、あたしに纏わり付く。

(ダウンロード中……識別ID:0001765 名前:アニモ)

ダウンロードの状況を示すプログレス・バーが、左から右へじりじり伸びていく。回線が混雑しているのか、いつもに比べて速度が出ない。

(ダウンロード中……識別ID:0001765 名前:アニモ)

ディスプレイに目を向けるたびに、識別IDと「アニモ」の名前が瞳の奥へ飛び込んでくる。視線を注ぐ毎に、繰り返し繰り返しあたしの中に入り込んでくる。

入り込んでくるばかりで、何を伝えたいのかは分からなかったけれど。

アニモがあたしの家にやってきたのは、あたしが生まれて一ヶ月も経たない頃のことだったという。

「これからは情報化社会だ。頼子には子供の時分から最新技術に触れてもらわなきゃな」

新しい物好きだったお爺ちゃんが、ピンク色と水色のベニヤ板を貼り合わせて作ったような妙なデザインの「ポケモン」を買ってきて、あたしの傍に置かせたのだ。

ベニヤ板、ではなくプログラムでできた体を持ち、電子空間に自由に入り込むことができる。情報通信企業のシルフ社が持てる最高の科学力を使い、ポケモンとしての仕様をすべて盛り込んだ、人類初の”人工のポケモン”。普通のポケモンとは、生まれも育ちもまるで違う。

その名を「ポリゴン」という。

お爺ちゃんはポリゴンをあたしに与えて、いわゆる情操教育に使おうと考えていたようだ。もっとも、それからも何に使うのか分からないモノをひっきりなしに買ってきていたから、大方ポリゴンも勢いで買って、情操教育という万能な理由をつけてあたしに押し付けたのだろう。そう考えるほうが自然だった。

情操教育の名目で我が家にやってきたポリゴンだったが、お母さんもお父さんもそしてあたしも、一度も「ポリゴン」と呼んだことはなかった。あたしが物心付いて、記憶をしっかり残せる歳になった頃には、もう既に別の名前で呼ばれていた。

「おはよう、アニモ」

――「アニモ」。「アニモ」が、我が家のポリゴンの名前だった。

夏は去っていったはずなのに、日差しは未だ強いままだ。夏が終わったことを認めたくない、それは間違いだとでも言いたげな、噎せ返るような熱気。

手の平で日差しを遮りながら、道の向こうに目を向ける。

「やれやれ、またヘソを曲げちまったか。待ってろよ、すぐ直してやっからな」

ボンネットを開けて、エンジンを弄くり回している男の人の姿が見える。時折流れ落ちる汗をタオルで拭いながら、工具を中に差し込んだり、水を注いだりしている。

「こいつにゃ魂が宿ってるからな。そう簡単に潰すわけにゃいかねえぜ」

車を修理する男の人は、生き生きとした表情を見せていた。

アニモの見てくれは、はっきり言っておもちゃみたいだった。カクカクだらけで、色合いはちょっとどぎついピンクと水色。目はボールペンで点を一つ打ったみたいな適当さ加減だ。

だから、あたしはアニモをおもちゃと勘違いして、よく叩いていた。

「アニモー、いっしょにあそんでー」

「……」

あたしに幾度となくぺちぺち叩かれても、アニモは無表情なままだった。遊んで、と言いながら叩いていたんだから、我ながら結構酷い。遊んで欲しいなら、せめて叩くべきじゃないだろう。

「こらこら頼子、アニモを苛めるんじゃないぞ」

「だって、アニモあそんでくれないんだもん」

「自分を叩くような子と、頼子は遊びたいか?」

「ううん。あそびたくない。やだもん」

「そうだろう? アニモだって同じさ。頼子やお父さんと同じように、アニモも生き物だからな」

「いきもの?」

「そうだ。見た目はおもちゃみたいだが、アニモは立派なポケモンだ。ピカチュウやプリンの仲間なんだ」

「バンギラスとかリザードンと、おなじ?」

「ああ、同じさ。妖精や怪獣のようなポケモンがいるなら、おもちゃのようなポケモンがいたっていいじゃないか。だから、アニモを叩くのはやめるんだぞ。アニモだって、痛いはずだからな」

アニモが痛がっていると言われて、あたしは急に不安になってアニモを抱き上げた。

「アニモ、いたかった?」

「……」

うんともすんとも言わなかったけれど、アニモから送られる視線は、いつもより少し寂しげだった。

「たたいてごめんね、もうたたかないからね」

「よしよし、それでいいぞ、頼子。これからはアニモと仲良く、な」

叩くことを止めたあたしがアニモを抱くと、アニモはほんの少し体を傾けて、あたしに体重を預けた。

カツン、と乾いた音が聞こえた。

「羽が折れちゃった。これじゃ、もう飛ばせないな」

路地で遊んでいる男の子がいる。足元には、ぽっきり折れた竹トンボの羽が横たわっている。

「いいや。またじいちゃんに作ってもらおうっと」

男の子は壊れた竹トンボを迷わず側溝に投げ捨てて、そのまま向こうへ駆けていった。

あたしが横を通り過ぎる様を、泥水を被った竹トンボが見つめていた。

定位置だったソファで、アニモは目を閉じたまま、いつものようにじっと座っていた。

「アニモ……もう、起きてくれないの?」

「……」

「あなた、ただ寝てるだけみたいじゃない」

外から見ると、何も変わりないように見える。実際、何も変わらない。

けれど、それは違う。アニモは変わった。変わってしまった。

”変わらないように、変わってしまった。”

アニモはもう、変わることはない。どんな言葉にも、どんな動きにも、アニモは反応しなくなった。

「起きてよ、アニモ……あたし、寂しいよ……」

予兆はあった。半年くらい前から、アニモの反応が鈍くなっていたのだ。動きも頼りなくて、右へ逸れたり左へ曲がったり。正確だった動きが、どんどん精彩を欠いていった。

だから、覚悟はしていた。

――アニモは、もうじき”死ぬ”んだって。

それほど段数のない階段の先、乾いた砂の敷き詰められた境内から、白い煙が立ち昇っている。

あたしはいつものように近道をするために、階段を上って境内を通り抜けていく。

「随分大切にされていたようですねえ」

「ええ。五つの頃に、母がくれたものなんです。いつも側に置いていました」

「いい心掛けです。人形も、貴方のような持ち主に会えて仕合せだったことでしょう」

三十代前半くらいだろうか、落ち着いた風貌の女性が、神主と一緒にぱちぱちと音を立てる火の前に立っている。

おかっぱ髪の日本人形が、赤々と燃える火に焼べられていた。

「人形はこうして供養してやるのが一番です。捨てるなど、もってのほか」

「捨てられた人形は、ジュペッタに生まれ変わると言いますから」

「さよう。かつて大切にされた人形ほど、手に負えない嫉妬を抱えるものなのです」

炎が人形の体を焼き、魂を天へ送る。持ち主が、灰燼に帰していく人形をじっと見守る。

「最期まできちんと供養してあげる。それが、我々の務めなのです。人形にも、魂がありますから」

人形供養の光景だった。

アニモが動かなくなったとき、あたしはちょうど一年前に先立った、お婆ちゃんのことを思い出していた。

あたしが動かなくなったアニモを見て、目を腫らして泣きはすれど取り乱すことはなかったのは、昨夏にお婆ちゃんを先に亡くして、”死に別れる”ことがどんなものかというのを心に刻むことができたからだと思う。

新しい物好きのお爺ちゃんとは対照的に、お婆ちゃんは古風な考え方だった。

「頼子、ものを粗末にしてはいかんよ」

「粗末になんかしてないもん。牛乳パックは生協に出してるし、あたし大根の葉っぱ好きだから」

「いい心掛けだね、頼子。古今東西、森羅万象には魂が宿ってるからね」

「何? シンラバンショって何?」

「し・ん・ら・ば・ん・しょ・う。この世にある、ありとあらゆるすべてのもののことだよ」

森羅万象には魂が宿る。何度も何度も聞かされた、お婆ちゃんの口癖。

「どんなものにも、魂があるってこと?」

「そう。お婆ちゃんの割烹着にも、頼子の鉛筆にも、このちゃぶ台にも、それから――」

皺の刻まれた指先の指し示した先、座布団の上に鎮座する小さな影。

 

「あーちゃんにもね、魂はあるんだよ」

河原沿いを歩く。斜面には、夏の日差しを浴びて背を伸ばした雑草がひしめきあっている。

目線を落とした先に、鮮やかな緑と対をなす、黒と錆色の塊が転がっていた。

「粗大ゴミを捨てないでください!」

白板に赤文字で大きく描かれた標語のすぐ後ろに、幾重にも積み上げられた”亡骸”が見える。

テレビ・戸棚・冷蔵庫――かつて家で使われていた”家具”たちが捨て去られ、”粗大ゴミ”として河原に横たわっている。

風雨に晒され錆びつき黴に塗れた姿で、ただ自然に還る時を待ち続けている。

「不法投棄厳禁! ゴミは自然を破壊します!」

……けれども、自然は彼らを受け入れてはくれないみたいだった。

「お受けすることはできません」

電話越しに聞かされたこの言葉を、あたしは今も鮮明に思い出すことができる。口調も声色も、そして受けた衝撃も。

「お気持ちはお察し致しますが、当方としては受理することはできかねるのです」

アニモが動きを止めてから二日後のことだった。あたしは受話器を持ったまま、呆然と立ち尽くしていた。

「送り火山では……機械であるとか、ロボットであるとか、そういったものは受け付けられません」

「でも、ポリゴンは……」

「ポケモンであると仰られる方もいます。ですが――」

先に大往生したお婆ちゃんは、さっきも言ったようにとても古風な考え方をしていた。けれど不思議なことに、最新技術のカタマリであるアニモのことは、しきりに「あーちゃん」「あーちゃん」と呼んでとても可愛がっていた。アニモもお婆ちゃんによく懐いていたから、一緒にいられるようにしてあげれば二人とも喜ぶ。あたしはそう考えて、送り火山の受付に電話を掛けた。アニモを、送り火山に葬ってあげたかったからだ。

アニモにも魂がある、れっきとした「森羅万象」の一員だと、命を持った生き物だと、お婆ちゃんはいつも言っていた。

「ポリゴンも、人の手が入った『無生物』だと、こちらは解釈しております」

その電話の結果が、これだ。アニモを送り火山に葬ることは、決められた方針でできない、とのことだった。

「申し訳ありませんが、受け付けることはできません」

「……」

無言で受話器を置く。しばらく、言葉が出てこなかった。

ようやく出てきた、喉の奥から絞り出した言葉は、

「アニモは……生き物じゃないって……っ」

熱い雫を、伴っていた。

ダウンロードは終わらない。

スマートフォンの背中が熱くなるのを感じながら、ディスプレイの上で紙をめくるようなジェスチャーをする。ダウンロードの進捗画面が引っ込み、アイコンの並ぶメイン・メニューの画面へ遷移した。

二段目右端にある、手帳を象ったアイコンにタッチする。

「【週末★プレミアム】架空の人物のお葬式?!」

インターネットで配信されるニュース、それを丸ごとスクラップして、端末に保存できるサービスがある。日付は今日から起算して十日前になっている。

「亡くなった方の冥福を祈るお葬式。実在した人にだけ行われると考えがちなんですが――」

「実は、架空の人物のお葬式が行われたことがあるんです。皆さんご存知でしたか?」

親指を繰って、記事を下へ滑らせる。

記事は、漫画や映画に登場した架空の人物の葬儀について書かれていた。ボクサーや拳法家、それに軍人。多くの人が参列して、実際に弔辞が述べられたという。

「――今となっては不思議かもしれませんけど、当時はそれほど大きな影響力があったということなんです」

「架空の人物にも、魂があるってことですね。なんだか夢のある話じゃありませんか?」

架空の人物にも魂はある。この記事はそう伝えている。

末尾に、漫画の広告が添えられていた。

あたしは、またしても電話口で固まっていた。

「では、手順をご説明いたします。お手元にマニュアルは――」

「ま、待ってください。今、なんて……」

「はい。お客様のポリゴンの、『再起動』の手順をご説明させていただきます」

アニモが動かなくなって四日後、あたしはお母さんに「シルフのカスタマーサポートに電話してみたら」と言われ、朝から電話をつなげていた。

カスタマーサポートの担当者は、あたしから二、三事情を聞き出すと、いきなりこう切り出した。

「でしたら、ポリゴンを再起動なさってください」

「再……起動……?」

再起動、という無味乾燥な言葉に面食らっていると、電話口の担当者はさらにこう続けてきた。

「停止したポリゴンは、一旦中のプログラムを初期化して、再起動する必要があります」

「簡単な手順で、クラッシュしたシステムの復元が可能です。製品出荷時の状態にリセットされます」

「ただ、お客様の蓄積されたデータは、申し訳ありませんがすべて削除されます。バックアップをお持ちであれば、そこから復元することも可能です」

停止。プログラム。初期化。クラッシュ。システム。リセット。データ。削除。バックアップ。復元。畳み掛けられるように耳へ投げ込まれる味のない単語が、アニモを”亡くして”まだ癒えきっていないあたしの心に、面白いように突き刺さっていく。

「もしよろしければ、弊社にて初期化作業を代行させていただきますが、いかがでしょうか?」

そうか、そうなんだ。きっと、そういうことなんだ。

ポリゴンを生み出した――あるいは作り出した人たちは、こう思っている。

”製品”。シルフの人たちにとって、ポリゴンは”製品”に過ぎない。

「……すみません。いいです、結構です」

それ以上の言葉は、カケラも出てこなかった。

あと数分で、住み慣れた家に辿り着く。目に焼き付いた辺りの光景を確認するように眺め、あたしは歩き続ける。

頃合いかな。そう考えて、カバンのポケットに押し込んでいたスマートフォンを引っ張り出す。

「Welcome to D.C.S.」

タッチしたディスプレイに、流麗なセリフ・フォントで書かれた文言が映る。ダウンロードが終わったみたいだ。

中央に配置された扉のアイコンに触れると、画面にワイプが掛かった。

デジタル・セメタリー・サービスをご存知でしょうか。お客様に是非お薦めしたいサービスとなっております――。

「先日は弊社にご連絡いただき、まことに有難うございました。至らぬ点が多々あり、申し訳ございません」

「あ、はい……」

……カスタマーサポートに連絡をして二日後、今度はカスタマーサポートの方からあたしに電話が掛かってきた。

「お客様のご愛顧を頂いたポリゴンについては、心よりお悔やみ申し上げます。お客様のもとで過ごした時間は、ポリゴンにとっても素晴らしいものであったと確信しております」

「はあ……」

以前の担当者から引き継いだという別の担当者は、いきなり恭しく挨拶したかと思うと、続けざまに「デジタル・セメタリー・サービス」なる聞いたこともないサービスについて口にした。

「デジタル……なんですか、それ」

「はい。弊社の提供する『電子霊園』サービスです」

「電子霊園……?」

担当者が言うには、”亡くなった”ポリゴンをシルフの管理するサーバに送り、そのサーバをポリゴンの霊園にするサービスらしい。

「お客様のポリゴンを『送信』していただき、弊社のサーバで管理いたします」

「インターネット接続が可能な電子機器があれば、世界中のどこからでも、二十四時間三百六十五日、いつでもお参りが可能です」

「維持費等は一切不要です。弊社が責任を持って、ポリゴンをお預かりします」

次々に謳い文句を並べる担当者と、判断に迷うあたし。

「今の姿を永遠に留めたまま、お客様のポリゴンに安らかな眠りをご提供いたします」

「お客様以外にも、多くの方が当サービスを利用されております」

「いかがでしょうか?」

感情にまるで整理がつけられない。何が正しくて、何が間違っているのか、判断ができなくなった。

……そして。

「……わかり、ました」

言われるがまま、あたしは――

田園に沿って道を歩いていると、門扉の近くに微かな黒い燃え滓のある家があった。

(送り火、かな)

送り火。お盆の最後の日に、霊界から訪れた親族の魂を、再び霊界へと送るための儀式だ。魂はお盆の間親族と共に過ごしたあと、送り火によって霊界へ送られていく。

生き物の魂は、死後霊界へと”送られる”。老若男女、人間であるかそうでないかは問わず、例外なく魂はそこへ送られる。

肉体から解き放たれた魂は霊界へと送られ、永遠の安息を迎える。お婆ちゃんからも聞かされた話だ。だから、きっと間違いない。

だけど。

だけど、どうしても分からないことがある。

「アニモ……」

……アニモは、これに当てはまるのだろうか。

お母さんにこっぴどく怒られて、あたしが落ち込んでいたときのことだった。

「……」

「アニモ……」

アニモがふわふわと近づいてきて、あたしのすぐ隣に降り立った。三角座りでしょげているあたしの後ろへ回り込むと、アニモはすっくと立ち上がる。

「(とんとん)」

「……肩?」

「(とんとん)」

後ろに回り込んだアニモは、前足であたしの肩をとんとん叩きはじめた。肩が凝っていると思ったんだろうか。よくお父さんの肩を叩いていたから、同じことをあたしにもしようとしたらしい。

「違うよ、アニモ。あたし、別に肩が凝ってるわけじゃないの」

違う、とあたしに言われたアニモは、一旦前足を下ろして座り込んだ。

「(ぐいぐい)」

「……腰?」

「(ぐいぐい)」

今度は腰をぐいぐい押し始めた。これはお婆ちゃんによくやっていることだ。いつも気持ちいいって言ってもらえるから、あたしにもしようと考えたみたいだった。

「腰も痛めてないよ。どこか、体が痛いわけじゃないから」

「……」

「いいよ、アニモ。肩も腰も、お父さんかお婆ちゃんにやったげて。今はいらないから」

腰を押すのを止めると、アニモはあたしの隣へふわふわ移動し、そっと床に座り込んだ。

すべてのダウンロードが完了し、今のアニモの様子がスマートフォンのディスプレイに映し出されている。

そこにいるアニモは、かつてとまったく変わらぬ姿で、あたしを見つめている。

(……分からない)

ポリゴンは無生物であるという。プログラムでできた存在であるから、生き物ではない。そう考える人がいる。その一方で、ポケモンとしての要件をすべて満たしているから、生き物だと主張する人もいる。

生物であるなら魂を宿しているし、生物でなければ魂はない。そう考えることもある。かと思えば、車や人形、架空の人物にも魂が宿ると言う人もいる。

生き物か、生き物でないか。魂はあるのか、それとも無いのか。すべてが中途半端でどっちつかずなポリゴンと。

(生き物なのか、プログラムなのか、あたしには分からない。分からなくなっちゃった)

(どっちつかずなのは、あたしも同じなんだ)

無数の声に振り回されて、はっきりと答えを出せない中途半端でどっちつかずなあたしの姿が、静かに重なり合っていく。

――隣に座ったアニモが、無表情な、けれどどこか温かみのある瞳で、じっとあたしを見つめる。

「アニモ、どうしたの? さっきから、ずっとあたしにくっついて……」

「……」

体をすり寄せ、時折首を揺らしながら、アニモはあたしから離れようとしない。

しばらくアニモの様子を見ていて――あたしは、やっと気がついた。

「心配、してくれてるの?」

「……」

アニモは何も言わず、あたしの体に体重を預けた。

「アニモ……」

脇腹に伝わる、アニモの確かな重み。硬くて、無機質で、角張っていて……けれどそこには、アニモの強い思いがある。

魂が、宿っている。

「ありがとう、アニモ。心配してくれてたんだね」

「……」

アニモが、あたしにそっと寄り掛かる。あたしはアニモが愛しくて、その硬い体をぎゅっと抱きしめた。

「そばに、居てくれるんだね」

こんなに安心したのは、初めてだった。

アニモはあたしの傍に居た。確かな重み、確かな存在、確かな思いを持って、あたしの傍にあり続けた。

あの瞬間、アニモは生きていた。魂を宿して、あたしの側に居てくれた。ずっと、そう思っていた。

(そう、アニモは生きてた)

……けれども、今は。

(でも、あたしは分からなくなった)

サーバへ送られたポリゴンは、カスタマーサポートの言った通り、動いていた頃の姿を留め、永遠にその存在が失われることはなく、サーバで終わりのない時間を過ごし続ける。

もし、そこに魂が宿っているなら――肉体を葬られることで解き放たれるはずの魂も、体と一緒に永久の時間を過ごすことになる。

天国にも、地獄にも行けないまま。

「……教えて。教えて、アニモ」

壊れそうになるほど強くスマートフォンを握り締め、あたしがアニモに問いかける。

 

「あなたは、生きていたの」

「あなたに、魂は宿っていたの」

「あなたをそこへ送ったことは、本当に正しいことだったの」

 

安定を失い、左右に揺れ続ける中で声を振り絞ったあたしの問い掛けに。

「……」

アニモはただ、いつもと変わらぬ、変わらないように変わってしまった視線を、あたしに送り続けるばかりだった。

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。

Thanks for reading.

Written by 586