「ミドリ! セイナ! なんやアヤしいもん見つかったか!?」
「は! 見つからないでありますやでアカネ隊長!」
「あるんかないんかどっちや!」
「ないであります!」
「どっちやねん!」
「もうええわ」
庭の片隅にあるずいぶん年季の入った倉庫の中で、アカネ、セイナ、ミドリの少女三人が何やらゴソゴソやっている。大声で叫んでいるのが元気印のアカネ、ないのにあるのがおっとりさんのミドリ、もうええわが頭脳派のセイナだ。
「なんとしても見つけ出すんや! 何の成果も得られへんかったら『ヒカリ団』のコケンに関わるで!」
三人は普段『ヒカリ団』と名乗り、ここヒワダタウンでご町内の平和を守る活動をしているのだ。なお主な活動内容はゲーム、鬼ごっこ、駄菓子屋へ行く、川に石を投げる、野生のニャースを探して撫でに行く等。治安維持はタイヘンなのだ。
「ところでコケンってなんなん?」
「しらん。おとんが言っとった。たぶんロコンとかの仲間やろ」
「沽券。土地・山林・家屋などの売り渡しの証文、二人の値打ち……やって」
「うおお、さすがヒカリ団のハッカー! 頼りになるわぁ」
「スマホで調べただけやのに」
「なんかそんな名前の映画あった気ぃする」
「これでまた世界の謎がひとつ解けたっちゅーわけや。ほな引き続きなんかアヤしいもん無いか探すで」
本日のヒカリ団のミッションはアカネ宅にある倉庫のガサ入れ。ずいぶん長い間ほっぽらかしにされており、何か面白いもの……もとい、キケンな物があるかも知れないと考え家宅捜索に打って出たのだ。母親からは「後で片付けやー」と言われているが、果たして今の三人がそのことをちゃんと覚えているかは甚だ怪しい。散らかすだけ散らかして終わりそうな気がしてならない。
倉庫をひっくり返してみるも、出てくるのは壊れた家具や電化製品、正真正銘ただのゴミなどしょうもないものばかり。アカネはへそを曲げて「おもんな」とぼやきまくり、ミドリは古い雑誌を見つけてふんふんと読み始め、セイナは「これ売れへんかな」と物品を次々写真に撮っては画像検索している。ガサ入れ開始からおよそ三十分、早くもグダグダである。
「あかん、全然おもんない。ウチのフブキちゃん触ってるほうが絶対おもろい。冷たいし一石二鳥や」
「はみ!」
「えー、うちのプニちゃんの方が触り心地絶対ええし。なあ?」
「らんらん」
アカネは早々に飽きてしまい、外で遊んでいたユキハミのフブキちゃんを触り始めた。アカネの相棒だ。一方のセイナはダブランのプニちゃんを抱いている。これまた彼女の相棒だ。
「自分のエクスカリバーは紙とかも切れるねんで。ほら、肌もツヤツヤやし」
「こま!」
そしてミドリの相棒はコマタナのエクスカリバー。ずいぶんと大層な名前だが、本人は気に入っている感じである。
「前々から思てんねんけどなんでエクスカリバーなん。伝説の剣やん、アーサー王やん」
「絶対名前負けしてる。百パー名前負けしてるって」
「ええやん。夢はでっかく伝説の聖剣ってことやで」
「コマタナってあくタイプやろ。聖剣じゃなくて邪剣やし」
「邪剣より魔剣の方がよくない?」
「いやいや邪剣やって」
「じゃ、中を取ってやっぱり聖剣で」
「なんでやねん」
アカネがちゃっかり自分の意見を通そうとしたミドリにツッコミチョップを入れるが、狙いの甘いチョップはミドリを空振りして近くに積まれた箱を直撃。アカネの「痛った」という声をかき消すかのごとくガラガラと崩れ落ち、中身が床へ散らばってしまった。あちゃー、という顔をするアカネだったが、箱から出てきたモノを見て「お?」と目を丸くする。
「なんやこれ、『円盤』やん」
箱から飛び出してきたのは謎の『円盤』だ。透明なケースに入れられていて、光を跳ね返して虹色にきらめいている。今までホコリっぽいゴミばかり見てきた三人は「おー」と声を上げる。
「これ、誰のやろ?」
「わからん。たぶん死んだおじいちゃんのやつやと思う。部屋にあったもん大体ここに突っ込んだ言うてたから」
「値札とかは貼ってないなぁ」
「どっかで売ってるんと違うんかも。非売品? レアもんとか?」
「マジか。せやったら売ろ、マルカリで値段付けて売ろや」
「マルカリでマル儲け~♪」
「どあほ。なんでいきなり売ろうとしとんねん。だいたい使い道も分からんのに売れるわけあるかい。あとみっちゃんは音痴すぎ」
音痴と直球で刺されつつもまるで気にせず、アカネが持っている円盤をしげしげと見ていたミドリが「あっ」と何かに気付いてポンと手を打つ。
「アカネちゃんアカネちゃん、これ『わざマシン』と違う?」
「わざマシン?」
「だってほら、表面に『41』って番号書いてあるし」
「マジや。そう言えばうちの従兄弟こんなん持ってたかも」
「あれか、ポケモンに使ったら新しい技覚えさせてくれるやつか」
「せやせや。通し番号みたいなん振られてるって聞いたし」
「ということは、これは『わざマシン41』ってことになるんかな」
倉庫で見つかった謎の円盤の正体は「わざマシン41」のようだ。ここまではいいが、使うと何を覚えられるのかは分からない。円盤の表面には「41」とだけ書かれていて他は何も分からないし、取説やパッケージも見当たらない。一体何が収録されているのだろうか?
「なあ、とりあえず使ってみよや。なんか分かるかも知れんし」
「案ずるより産むが易しって言うし、そないしよか」
「わざマシンはかざすだけ~♪」
アカネは早速ケースから円盤を取り出すと、相棒であるフブキちゃんに向けてみる。わざマシンを使ったことはなかったものの、ミドリが音程を外しまくりながら歌っている「わざマシンはかざすだけ」というフレーズがテレビや動画サイトのCMで毎日のように連呼されている。アカネも当然何も言われずともかざしてみた。
が。
「はみ?」
「どない? なんか覚えれそう?」
「あかん。ちっこい画面出てきて『おぼえられない』言うとる。フブキちゃんもさっぱりや」
「うーん。フブキちゃんは覚えられない、と」
「アカンかったかぁ。『ムゲンダイビーム』とか覚えてクロキをぎゃふんと言わせたろと思ったんやけど」
「それ、アカネがしょっちゅう見てるアニメに出てくる必殺技やん。無理やろさすがに」
「だってめっちゃ強いねんで? いろんな敵一撃でフッ飛ばすし」
ユキハミのフブキちゃんは覚えられないことが分かった。それならば、とセイナがプニちゃんに、ミドリがエクスカリバーに使ってみるものの。
「こらあかん。どっちも覚えへんみたいや」
「マジか。全滅やん」
「みんな種類違うし、誰かひとりくらい覚えてもええのに」
「電気とか草とか炎とか、そういう誰も使えなさそうな技なのかも」
「せや! うちのおとんとおかんのポケモンやったら覚えるかも。行こや」
わーっ、とアカネたちが倉庫を飛び出していく。もちろん中は散らかり放題のままだが、三人とも謎の『円盤』、もとい「わざマシン41」にしかもう目が向いていない。後でお母さんからお小言を言われるのはもう確実だろうが、我らヒカリ団はそんなしょうもないことで立ち止まるヘタレの集まりではないのだ。単に後先を考えてないだけとも言う。
「おとんミーコは!? ミーコどこ!?」
「おじゃましまーす」
「おジャ魔女はココにいる~♪」
「んー? なんやなんや」
リビングでくつろいでゴルフを見ていたアカネの父は、いきなり扉を開けてどかどか入ってきた娘とその友達に目を丸くした。下手くそな歌を唄っているのはもちろんミドリである。
「こらこら、今お父さんテレビ見てるんやで。遊ぶんやったら部屋か外にしてや」
「テレビ見ててええから、おとんちょっとミーコ貸してや。すぐ返すから」
「ミーコ? 隣におるで」
お父さんの隣で丸くなっていたエネコのミーコがすっと立ち上がる。にゃー、と小さく鳴いたのを見たアカネが早速わざマシンをかざす。ミーコはノーマルタイプのポケモン、この手のポケモンは意外な技を覚えたりするので、もしかすると覚えられるかも知れないとアカネたちが期待に胸を膨らませる――が。
「ダメや、やっぱり覚えへん」
「だめかぁ。いけるかもって思ったけど」
「駄目だねぇ、駄目よ、駄目なのよ~♪」
「なんやアカネ、それどこで拾ったんや?」
「拾ったん違うし。倉庫にあったやつやし」
「倉庫? ほなおじいちゃんのやつか」
「せや。おとんこれ何入ってるか知らん?」
「うーん、部屋にあったもんとりあえず突っ込んだだけやからなあ。お父さんにも分からんわ」
「なんやもう、ほな次行くで次」
あっさり見切りを付けられたお父さんは若干しょぼくれながら、ミーコともども再びソファに座り直してテレビを見始めた。一方アカネたちは家の中をどたどた歩き、今度は玄関先でお隣さんとお喋りしているお母さんの元へと向かう。
「おかん! おかーん!」
「アカネちゃんどないしたん。倉庫はもうええんか?」
「これな、倉庫で見つけてん。おかんチリちゃんどこ?」
「チリちゃん? ここおるけど」
「ちり!」
お母さんの隣からチリーンのチリちゃんが登場。こっちはお母さんのポケモンだ。今までのポケモンとはまた雰囲気が違うので覚えられるかも。アカネは待ちきれないといった調子でわざマシンをかざして、チリちゃんに使ってみる。果たして結果は……?
「ちり?」
「反応なしやなあ」
「チリちゃんも覚えられへんって。これホンマ何入ってんねん」
「それ、おじいちゃんが持っとったやつやんね。だいぶ前カントーに旅行したときに貰った言うとったわ」
「アカネちゃん、それわざマシンやんな? 番号分かったら何の技入ってるか調べれるよ」
「ホンマ!? 41番、41番やで!」
ここでお隣のおばさんが助け舟を出してくれた。おばさんがスマホですぐさま検索すると、画面をアカネたちに見せてくれた。
「わざマシン41『いちゃもん』。相手に続けて同じ技を使えなくするあくタイプの技、みたいよ」
「そっか、そういう技やったんか。みんなそないイケズなことせんもんな」
「うちのプニちゃんが覚えられへんのも納得、やな」
なるほど、なんとなく覚えるポケモンが限られていそうな技だ。そうなると今まで誰も覚えられなかったとしてもおかしくない。アカネとセイナは納得していたのだが、その隣で。
「んー? それあくタイプの技なんやんな? せやったらエクスカリバーが覚えてもええんと違う?」
「あ、ホンマや。おばちゃん、コマタナが覚えれるかって分かる?」
「えーっとコマタナコマタナ……あら、覚えるみたいやわぁ」
そう、ミドリの相棒であるエクスカリバーはあくタイプ。素直なエクスカリバーが覚えたがるかどうかは別として、こういうズルそうな感じの技はお手の物のはず。ところがさっき使った結果は「おぼえられない」。これはいったいどういうことなのか?
「なんのこっちゃ分からんでこれ。どういうことや」
「困ったな~♪ コマタナだけに、こまったな~♪」
「HUH?(訳:は?)」
「フブキちゃん、ちょっとボールん中入ろか。なんか寒なってきたわ」
ミドリのしょうもないギャグを二人して冷淡に流しつつ、アカネはいよいよ探求心に火が付いたようだ。
「こないなったら何の技覚えるか徹底的に調べ上げるで! 調査開始や! 続けものども!」
「おー」
「わー」
気合いの入っているアカネ、ヒマだしとりあえず付き合うかという感じのセイナ、元からおっとりしていて気が抜けているミドリ。ヒカリ団のデコボコトリオは「わざマシン41の正体を突き止める」という重大任務を達成すべく、門扉をくぐって颯爽と外へ駆けて行った。
「あ、ちょっとアカネちゃん! 倉庫ちゃんと片づけたん!? 散らかしたままちゃうん!?」
お母さんの声なんて、もちろん届いているはずもなく。
「うーん、ピカちゃんも覚えられへんみたいやなぁ」
「アカンかぁ。モエちゃんありがとうな、また今度!」
「はーい。何入ってるか分かったらうちにも教えてなー」
買い物帰りのクラスメートのモエギと別れ、アカネは難しい顔で腕組みをした。ヒカリ団の三人は通りすがった人がポケモンを連れているのを見ては声を掛けて手当たり次第にわざマシン41を使ってみるのだが、一向に技を覚えるポケモンに出くわさない。ここまでヤドン、カモネギ、ホシガリス、チェリム、そしてピカチュウに使ってみたものの全員ハズレ。姿かたちや種族、そしてタイプも見事にばらけているにもかかわらず、どういうわけか揃いも揃って「おぼえられない」のだ。
しゃーない次行こか、そう言って歩き出した矢先、前から同い年くらいの男子がひとり歩いてくるのが見えた。
「げっ、クロキ」
「アカネやん。こんなところで何しとん?」
歩いてきた男子はクロキ。モエギと同じくアカネたちのクラスメートだ。クロキを見たアカネはジト目を向けてあからさまに「ヤな感じ」と言いたげな表情をしている。アカネは幼なじみのクロキに何かと突っかかっていて、クロキはそれを軽くあしらう、という関係が小学校に入る前からずっと続いている。
「何って、別になんでもええやん」
「なんや水くさいなあ。どうせなんか面白いことやっとんやろ? おれにも教えてや」
「いややって。ウチ絶対教えへんもん」
一方、クロキの方はアカネのことを「おもろい女子」とでも思っているのだろう、結構好意的に接してくれている。まあそれが却ってアカネをムキにさせているのだけれども。
「クロキくん今な、アカネちゃんが倉庫で見つけたわざマシンに何入ってるか調べてんねん」
「いろんなポケモンに使ってるねんけど、誰も覚えへんからどんな技かもわからんのよなー」
「こらぁふたりとも! なぁに勝手に言うとんねん!」
「へぇー、おもろそうやん。せやったらロッキーにも試してみてや」
興味を持ったクロキが連れていたイワンコのロッキーをひょいと抱き上げる。ロッキーは何やら面白いことが始まるのかとうれしそうな顔をして、尻尾も左右にすごい勢いでぶんぶん振っている。セイナが「アカネちゃん貸してや」と言うが、アカネは意地を張って「いやや」とそっぽを向く。
と、そこへ。
「じゃあ自分がやる~」
「ええっ」
そっぽを向いたところを待ち構えていたミドリがひょいとわざマシンを抜き取ってしまい、アカネが「ちょっ」とか言っている間にさっさとロッキーに使ってしまった。普段おっとりしているのに割とどうでもいいところだけやけに頭が回るし異様に素早い、それがミドリなのだ。
さて、イワンコのロッキーにわざマシン41を使ってみた結果はと言うと。
「駄目かぁ」
「覚えへんみたいやなあ」
「ちぇっ、覚えへんのかぁ。ロッキー賢いんやけどな」
やっぱりNG。イワンコは今まで使ったポケモンたちとはまた違う種族だが、これまた覚えられないようだ。これでまた覚えないポケモンが増えてしまった。
「もうええやろ? さっさと次行くで次!」
「誰か覚えたら何の技やったか教えてくれよなー」
「いーやーや! 絶対教えへん!」
ミドリからわざマシン41をひったくり返すと、アカネはさっさと走って行ってしまった。セイナとミドリが「待ってや~」と言いながら後に続く。アカネの表情は最初から最後までずーっと不満げというかなんというか、クロキを前にするとどうも素直になれないのだった。クロキのことが嫌いなのとはまたちょっと違う、複雑な乙女心があるのだ。まあアカネに「乙女」とか言うと「何からかっとんねん」とグーで殴られそうなのだけども。
さてさて、通りがかる人に事情説明もそこそこにわざマシン41を使って回るヒカリ団たちだったが、またしてもアカネが何かを見つけたようで。
「見て! 鳥や! 飛行機や! いやオオスバメや!」
「そのフレーズひとりで全部言うんかい」
「せっかく三人いるのに~」
今度は前方からオオスバメを伴った女性が歩いてくるのが見えた。こういうのこそ分担すればいいのにひとりでさっさと全部口走ってしまったせっかちなアカネにツッコミを入れつつ、セイナとミドリもアカネにくっついて走っていく。
「そこのおばちゃん! ちょっと待って~!」
「こら! 先生に向かって『おばちゃん』は失礼やろ!」
「うわっ、コンノ先生」
「もう。ほな、罰としてアカネちゃんの通信簿から一点引いとくで」
「待って待って! それだけは、それだけは堪忍やぁ~」
出くわしたのは担任のコンノ先生だった。おばちゃんは失礼やで、と注意しつつも顔は笑っている。お休みの日に生徒の方から声を掛けてもらってうれしいのだ。なんだかんだで優しい先生である。
「それでどないしたん? セイナちゃんにミドリちゃんも揃って」
「あんな先生、ウチの家でこんなん見つけてん」
「円盤……わざマシン?」
「せやねん先生。でもな、いろんなポケモンに使ったけど誰も覚えへんのよ」
「それでなんの技が入ってるか、自分らで調べてるんです」
「よっしゃ。せやったら、先生のメイちゃんに使ってみ」
コンノ先生は近くを飛んでいたオオスバメのメイちゃんを呼び寄せる。アカネはこれ幸いとわざマシン41をメイちゃんにかざしてみた。今までのポケモンに鳥系のポケモンはいない。もしかすると覚えられるかも、期待しつつ行く末を見守るヒカリ団の三人、だったが。
「あかん。メイちゃんも覚えへんみたいや」
メイちゃんもやはり覚えない。えーっ、とセイナが思わず声を上げた。あらあ、とコンノ先生も残念そうだ。何が入ってたか分かったら教えてな、とコンノ先生に言われ、先生ありがとう、とお礼を言って三人が走っていく。またしても振り出しに戻ってしまった。
「それにしても」
アカネが謎の円盤、もといわざマシン41をジト目で見つめる。一向に誰も覚えないことが不審なのか、特に理由もなくぶんぶん振り回している。
「たいがい変なわざマシンやな、ホンマ」
「二十種類くらいのポケモンに使ってみたけど、だーれも覚えない……このわざマシン、なんか変……」
「うわ、あかんでそれ。もうクリハラさん呼ばなクリハラさん」
「これさぁ、もしかして壊れとるんと違う?」
「実はうちも最初それ思ったねんけど、スマホで調べたらわざマシンってちゃんと使えるかのセルフチェックができるみたいなんよ。プニちゃんに使うときちょっと試してみたわ」
「ということは……」
「そう、『壊れてない』って判定出たわ。つまり使えるはずなんよ、これ」
わからん、アカネがため息交じりに呟いた。果たしてこの『わざマシン41』に何が記録されているのだろう? アカネもセイナもミドリも揃って首を傾げるばかり。うーん、と唸りながらひとり歩いていくアカネだったが、ふと顔を上げると視線の先に何かを見つけたようだ。
んー? アカネが目を細めて見てみると、その表情がみるみるうちに険しくなった。続けざまに「大変や!」と声を張り上げて走り出した。アカネがいきなり走り出すのはいつものことだったが、今回はいつにもまして急だ。アカネちゃん! と二人が名前を呼びながら後に続く。それでもアカネは振り返ることもせず、視線の先にあったものへと一目散に駆けて行く。
「うわっ、こら大変や」
「アカネちゃん、あんな遠くからでも見えてたんやね」
走っていくうちに二人もアカネがダッシュし始めた理由に気付いたようだ。さらに大またでアカネとの距離を詰めていった。
「おーい、おばあちゃーん! 大丈夫かー!?」
腹の底から響く大声を張り上げたアカネの先には、道端で転んで「イタタ……」と足をさすっているおばあちゃんの姿が。特に面識があるわけではなかったが、おばあちゃんが大変そうにしているのは間違いない。まずアカネが追い付いて介抱し、ほどなくセイナとミドリも追い付く。
「おばあちゃん大丈夫? 転けたん?」
「すまんなぁ、歩いとったら石につまづいてしもて」
「脚くじいてもうたんや。歩かれへんのと違う?」
「せやねえ、足首をちょっとひねってもたみたいや」
「ちょっと冷やした方がええわ。よっしゃフブキちゃん、ほんのり、そよ風くらいで『こなゆき』したって」
ボールから出てきたユキハミのフブキちゃんは「はみ!」と気合いを入れると、おばあちゃんがさすっている足首の辺りにそよそよと冷たい風を送った。少しだが痛みが引いたのか、渋柿のようだったおばあちゃんの表情がちょっと和らいだ。三人が目くばせすると、アカネとミドリが「よいしょ」とおばあちゃんに肩を貸して立たせてあげる。
「せっちゃん。おばあちゃん歩くんしんどいと思うから、プニちゃんに手伝ってもろて」
「うちもそない思とったわ。任して」
プニちゃんがボールから登場すると、持ち前のサイコパワーでおばあちゃんを軽く浮かせてあげる。エクスカリバーも足元に転びそうなものが無いかしっかりチェックして、アカネとミドリが肩を貸す形で歩き始めた。
「おばあちゃん、家どっち?」
「ええっと、ここから歩いて行って……」
「ああ、ここやここ。この家なんよ」
「よっしゃー! 目的地のおばあちゃん家まで着いたで!」
「みんな、ホンマにありがとうねえ。帰ってこられてよかったわあ」
アカネたちはおばあちゃんの案内に従って歩いていき、無事におばあちゃんを家まで送り届けることができた。おばあちゃんに家の戸を開けてもらい、玄関に座らせてあげる。おばあちゃんはすっかり安心した様子で、ここまで送り届けてくれたアカネ、ミドリ、セイナの三人に代わる代わるお礼の言葉を口にした。
普段は天衣無縫、天真爛漫、自由奔放に遊んでばかりのヒカリ団だが、こうして本当にご町内に危機が訪れたとき、困っている人を見かけたときは一致団結して立ち向かう正義の心を持つ少女たちの集まりでもあったのだ!
「ヒカリ団、ミッションコンプリートや!」
「いぇーいゲームクリアー!」
「ええっとええっと……お、オーバーキルー!」
「みっちゃん、それ誰か死んどるやん」
「オーバーキルて。オーバーキルて。マジでどういうことやねん」
「ちゃうねん、こう、完全勝利な意味やねん。ちゃうねん」
ミドリいわく「ちゃうねん」らしい。
「おばあちゃんの家、こんなとこにあったんや」
「うちら普段この辺りまで来ることないもんな」
「さっき公園とか見えたし、こっちの方にも遊びに来よっかなあ」
「せやな。ヒカリ団は活動範囲を広げていって、ゆくゆくは全銀河を手中に収める予定やから」
「何年かかるやろ」
「わからん。五千光年くらいちゃうん」
「アカネちゃん、光年は距離の単位やで」
「えっ、なんで!? 年って付いてるから年の単位ちゃうん!? 詐欺やん詐欺」
玄関先でやいのやいのと騒ぎ立てるアカネたちをおばあちゃんは目を細めて眺めていたが、家の奥から誰かが歩いてきた。おばあちゃんがそれに気づいて顔を上げる。
「まあまあ、どうしたんですかフジコさん」
現れたのは割烹着を着たハピナスだった。どうやらこのおばあちゃん、もといフジコさんと一緒に暮らしている様子。ハピナスはこの辺りだと滅多に見ないポケモンなので、アカネは「おおー」と声を上げ、ミドリは「ふわふわしてる」とはしゃぎ、セイナは無言で写真を撮りまくっている。
「ああ、ミユキさん。すまんねえ、散歩してたら転んじゃって、この子らに連れてきてもろて」
「まあ! そうだったんですね。皆さん、フジコさんを助けてくださってありがとうございます」
「ええんやで! 人助けがうちら『ヒカリ団』のミッションやからな!」
「そう! ミッションインポッシブル!」
「ミドリ、それ『不可能な作戦』って意味やで」
「ええっ、トムクルーズ毎回無茶苦茶やってミッション成功させとるのに?」
「アレはアレや、トムクルーズが不可能を可能にするとかそういう意味やから」
「せやったらなおさら自分らにピッタリやん」
「ややこしいなあ」
ちょっと前の無いのかあるのか分からないやつを思い出させるやり取りである。ミドリはこういうしょうもないところだけ頭が回るのだ。
「あ、せや」
トムクルーズがどうのこうのと言い合っているセイナとミドリを脇に置いて、あの『円盤』を持っていたことを思い出す。目の前にはハピナスのミユキさん。アカネは手をポンと叩いてぱっと明るい表情を見せた。
「な、ミユキさんちょっとええかな」
「どうしました?」
「ウチらコレ使えるポケモン探してるんやけど、誰も覚えられへんで何の技入ってるんか分からんねん」
「あら、わざマシン。久しぶりに見るわねえ」
「それでやな、ちょっとミユキさんに使えるか試してみたいんやけど」
「いいですよ。使ってみてくださいな」
わざマシン41はまだハピナスには一度も使っていない。もしかしたら珍しいポケモンのハピナスなら覚えるかも、アカネの顔が期待でキラキラしている。ニコニコするミユキさんに向けてアカネが円盤をかざし、覚えられるか覚えられないかを確かめる。
すると……!
「……うわっ! おった! おったでみんな! 見つかった!!」
「アカネちゃん声デカいって」
「なんなんなんなん、どないしたん?」
「見て見て! 『おぼえられる』って出てる!」
ついに! ついにわざマシン41を使えるポケモンが見つかったのだ! うおお、と皆が声を上げる。これでようやくこの円盤に何の技が入っているのかが分かるのだ。
「――『タマゴうみ』、やって!」
「なーるほどぉ! そら他のポケモンには使われへんわな」
「そういうことかあ。むっちゃキレイに謎解けたやん!」
わざマシン41の中身は「タマゴうみ」。ラッキーとハピナスだけが覚えると言われているとってもレアな技だ。この技を覚えられるポケモンはとてもラッキーでハッピーと言えるだろう。三人ともそのことは知っていたから、今まで誰も覚えられなかったことにも納得して大満足の様子だ。
「懐かしいわあ。昔カントーで学校に通ってた頃、お友達が覚えさせてもらったって言ってましたねえ」
「ミユキさん、それってもうだいぶ前やんな?」
「かなり前ですよ。ざっと二十八年くらい前になるかしらねえ」
「うわっ、ウチらまだ生まれてへんやん。せやったらこれもうだいぶ古いやろ」
「へぇ、そんだけ時間経ってもちゃんと使えるんやあ。びっくりや」
「もう今は作られてなくて、それで別の技が入ったやつが同じ番号使ってたりするんやろな」
とまあアレコレ話していたのだが、わざマシンが表示する画面を見ていたアカネが「あっ」と何かに気づく。
「これ『おぼえられる』ってことは、今は覚えてないってこと?」
「そうなんですよ。結局その後も機会がなくて、タマゴと言えば近くのスーパーで買ってきちゃうから……」
「せやったら、これ使ったらどうやろ?」
「まあ! 使っていいんですか?」
「もちろんや! 誰かに使ってもろた方がおじいちゃんも喜ぶやろし」
ミユキさんは「タマゴうみ」をまだ覚えておらず、もし使っていいならぜひ、といった調子だ。アカネも誰かに使ってほしい気持ちがあったので、ここで使わない手はなかった。
よし、と頷いたアカネが画面を触って「おぼえる!」ボタンを押すと、円盤がクルクル回りながら光り輝いて、ミユキさん目がけて柔らかな光が降り注いでいく。わざマシンって使うとこんな風になるんやなあ、ミドリは横で感心し、セイナは例によって一連のやりとりをスマホで撮影している。
「おっ、これで終わったみたいや。ミユキさんどない?」
「頭の中がスーッとして、心地よい感じがしました……あら!」
「どうしたん?」
「効果てきめんね。ほら、見てくださいな」
ミユキさんが割烹着をめくっておなかのポケットを見せる。アカネたちの目がたちまち輝いた。
「タマゴや! めっちゃでっかいでコレ!」
「これすごいなあ、あっという間や」
「ミユキさん、前はタマゴ無かったんですか?」
「そうなんですよ。そういうものだと思ってたんだけど、タマゴがあるとこんな感じなんですねえ」
ポケットにはまるまるとした大きなタマゴがあった。「タマゴうみ」を覚えたことで早速タマゴが出てきたようだ。ミユキさんが満面の笑みでタマゴをなでて、その様子をヒカリ団の面々が負けず劣らずの笑顔で見ている。家の玄関で楽しそうにしている彼女らを見つめるフジコさんの表情なんて、もうほころびっぱなしだ。
足をくじいたところを助けてもらったフジコさん、覚えられないままだった「タマゴうみ」を覚えられたミユキさん。どちらも幸せにできて、ヒカリ団も大満足だ。
「せっかくだから、これを使って何か作りたいですねえ。きっとおいしい料理が出来ますよ」
「ミユキさん、うちに使わせてくれへん? ホットケーキ焼いたらええんちゃうかなって思うんよ。この子らに食べてもろて」
「とってもいいですねえ。さっそく作りましょう」
「ええん!? ウチらホットケーキ食べれるん!?」
「マジか! ホットケーキマジか!」
「いつの日にも同じ空の下で同じ夢を見よう~♪」
アカネたちヒカリ団が見つけた不思議な『円盤』・わざマシン41。いったいどんな技が記録されているのか? その謎を解くためにご町内を走り回った結果は、そして困っている人を見つけて迷わず手助けをしたその結果は――。
「何これめっちゃ甘い! めちゃくちゃおいしいこれ!」
「ふわふわや……!」
「ホットケーキに革命が起きた~!」
「はみ! はみはみ!」
「ゆに~!」
「こまーっ!」
「うふふ。うちがこんなに賑やかになったん、久しぶりやねえ」
「いいですねえ。また、いつでも遊びに来てくださいね」
とっても甘くてふわふわな、まーるい『円盤』みたいなホットケーキ――でしたとさ。
おしまい。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。