「……………………」
「あれ? わたし、どうしてこんなところで寝てるのかな……?」
起きてみると、そこはわたしの家で、わたしのベッドの上だった。
「うーん……どうしてかな……確か、海にいたはずなんだけどな……」
ちょっと思い出してみても、さっきまで海の近くにいたような気がする。でも、今はわたしの家のベッド。観鈴ちん、ちょっと混乱。
「……あれ? これ、何かな……」
ふと手元を見てみると、真っ白い布があった。そう言えば起きたとき、顔の上に何か乗っかってたような気がする。多分、この布。
「……うーん……ハンカチかな? うーん……」
考えてみたけど、ちょっと分からない。どうしようかな? このままにしててもいいけど、なんだかちょっと気になる。
「そうだ。お母さんに聞いてみよう」
そうだ。こういうときは、お母さんに聞いてみよう。お母さんなら、きっとどうして観鈴ちんの顔の上に白い布が乗っかってたのか、きっと知ってるから。にはは。観鈴ちん、ちょっと賢い。
「よいしょ」
ベッドを降りて、部屋を出る。
階段を下りると、すぐにお茶の間。お母さんは多分、お茶の間にいる。今日は一日お休みみたいだから。
「……………………」
あ、いたいた。お母さんだ。座布団の上に座って、背中を丸くしてる。どうしたのかな? 疲れて寝ちゃったのかな?
「あ。おかあ……」
わたしが声をかけようとすると……
「うっ……うう……」
「お母さん?」
「何でや……何で先にいってもうたんや……」
お母さんはしゃくりあげるようにして、顔をぐじゃぐじゃにして泣いてた。どうしたんだろう? 何かあったのかな? 観鈴ちん、すごく気になる。
「置いて行かんとってや……っ……うちを一人にせんとってやぁ……」
「……………………」
「これからやったのに……っ……うう……これから……ホンマの親子になれると思うてたのに……っ」
「……………………」
「うち……今まで何にもしてあげられへんで……これから……これからいっぱい色んなことしてあげるはずやったのに……っ」
お母さん、すごく悲しそう。きっと、何かすごく悲しいことがあったんだ。お母さんが悲しそうにしてたら、わたしもすごく悲しい。
だったら、お母さんを慰めてあげなきゃダメだよね。お母さんとわたしは、もう親子なんだからね。
「お母さん、お母さん」
「ぐすっ……なんや……? 観鈴……」
「お母さん、どうして泣いてるの? 何か悲しいことがあったの? わたし、相談に乗るよ」
「観鈴……っ! 聞いてくれるか……?」
「うん。お母さん、言ってみて」
お母さんは涙で顔をぐじゃぐじゃにしながら、わたしの目を見つめた。お母さんの目は、すっごく悲しそうだった。
「観鈴……観鈴が……」
「観鈴ちんが?」
「観鈴が……死んでもうたんや……っ!」
「えっ?」
「うち……うち……これから観鈴にいっぱいいろんなことしてあげたかったのに……何にもできひんままやったんや……! うち、母親として何にもしてあげられへんかったんや……!」
お母さんの話を聞いていると、観鈴ちんもすっごく悲しくなってきた。これからいろんなことをしてあげようと思った人が死んじゃうなんて、そんな悲しいことは無いって思った。
「ぐす……お母さん……わたしも悲しくなってきたよ……」
「そか……観鈴も悲しいか……うちも今、ごっつう悲しいわ……」
「お母さん……悲しい時はね、泣かないと駄目なんだよ……」
「せやな……観鈴、一緒に泣いてくれるか……?」
「うん……」
わたしはお母さんと抱き合って、喉が潰れそうになるぐらい泣いた。
「あんまりやーっ……! 何で先にいってもうたんやーっ……! 観鈴ーっ!」
「ぐす……お母さん……っ!」
「いややーっ! うちこんなんいややーっ! なんでこんなことになってもうたんやーっ! 観鈴ーっ!」
「お母さん……っ!」
お母さんの声、すっごく悲しそうだった。
だからわたしも、すっごく悲しくなった。
「これからはずっと一緒やと思てたのに……っ! うち……やっとホンマの母親になれたと思ったのに……!」
「お母さん、お母さんはわたしのお母さんだよ! わたしのちゃんとしたお母さんだよ!」
「観鈴……っ! せや、うちは観鈴のお母さんなんや……! うち……母親らしいこと何にもしてあげられへんかったけど、それでも……観鈴のお母さんなんや……!」
お母さんはたくさん涙を流しながら、叫ぶみたいにして言った。
わたしもいっぱい涙を流して、お母さんの声にこたえた。
「観鈴……うちのこと、慰めてくれるんか……?」
「うん……わたし、お母さんの子だもん……」
「そか……せやなぁ……観鈴は、うちの子やもんなぁ……」
お母さんはわたしの背中をぽんぽんとやさしく叩いて、わたしを強く抱きしめてくれた。
「せやのに……観鈴は先にいってもうたんや……」
「うん……お母さん、一人ぼっち……」
「うち……観鈴のことずっとほっぽらかしやったんや……うち……もっと早うにちゃんとしとけば良かったんや……!」
お母さんの目からは、止め処なく涙が溢れてた。
とても、悲しそうだった。
「せやけどな……観鈴と過ごした最後の時間、ホンマに楽しかったねんで……」
「うん……わたしも、今までで一番楽しかった……」
「ほんの少しの間やったけどや……うちと観鈴は、本当の親子になれたんや……!」
お母さんの抱きしめる力が、また強くなった。
だからわたしももっと強く、お母さんを抱きしめた。
「観鈴……こんながさつでずぼらでだめなお母さんやけど、お母さんって言うて良かったんか……?」
「うん……お母さんはね、お母さんしかいないもん」
「観鈴……っ! うち……もうあかんわ……こんなにええ子やったのに……もうおらへんなんて……!」
お母さんは目を真っ赤にして、またぽろぽろと涙を零した。
そんなお母さんを見てたら、心にトゲが刺さったみたいに、ちくちくと痛くなってきた。
「お母さん、泣いちゃだめだよ。わたしも悲しくなるよ」
「……せやな。うちがいつまでも泣いとったら、観鈴もいつまでも安心できひんやろな……」
「うん。観鈴ちんはね、お母さんに笑ってて欲しい」
「観鈴……」
「お母さんがね、明るく笑っててくれたらね、観鈴ちんも、笑っていられるから」
「……観鈴……っ!」
わたしとお母さんは、今までで一番強く抱き合って、たくさん、たくさん涙を零した。
「……ありがとうな。うち、ちょっと落ち着いたわ……」
「うん。良かった。観鈴ちんも、もう悲しくない」
「いつまでも泣いとってもしゃないな……観鈴の分まで、しっかり生きやなあかんな……!」
「うん。お母さん、ふぁいとっ」
わたしが応援してあげると、お母さんはもう、悲しい瞳をしなくなった。
「よっしゃ! うち、どれくらいかかるか分からんけど、絶対に立ち直ってみせるで!」
「そうだよ。お母さん、観鈴ちんのお母さんだもん。だから、絶対に強い子」
「せや……うちは観鈴のお母さんなんや……観鈴みたいに強い子なんや!」
「にはは。うん。お母さん、強い子」
お母さんは立ち上がって、晴々とした表情を浮かべた。良かった。お母さん、元気になったみたい。
「せや! うちは強い子や! いつまでもめそめそしてたらあかん! 観鈴のために、残りの人生もしっかり生きやなな!」
「お母さん、その調子。観鈴ちん、ちゃんと応援してるもん」
「観鈴……あんた、ホンマにええ子やなぁ……うち、あんたの親になったこと、一生誇りに思うわ……」
「うん。わたしもね、お母さんの子で、ほんとに良かった」
お母さんはわたしの頭をなでて、優しい笑顔で言った。
「観鈴……お腹空けへんか? うちがなんか作るで?」
「うん。何か食べたい」
「よっしゃ。観鈴が好きやったもん、いっぱい作るから……食べたいだけ、食べたってな……」
「うん」
わたしとお母さんは、一緒に台所に行った。
「わ、お母さん、すごくたくさん」
「せや……これ、みんな観鈴が好きやったもんや……」
「うん。これも、これも、みんな大好き」
テーブルの上には、わたしの好きな料理がいっぱい並んでた。飲み物はもちろん、どろり濃厚。それも、いっぱい。
「せやろ……こう見えても、うち、観鈴の好きなもんぐらい、知っとったねんで……」
「お母さん……」
「うち……何にもしてあげられへんかったけどや……せめて、これぐらいはしてあげたかったんや……」
「……………………」
お母さんは静かに椅子に座って、テーブルの上の料理を見た。
「さ……遠慮なく食べてや。うちを慰めてくれたお礼や。観鈴、遠慮したらあかんで」
「うん。お母さんもだよ」
「もちろんや。うちかてしっかり食べやな、観鈴が安心でけへんもんな」
「うん。一緒に食べよう」
「せやな。ほな、頂きますや」
「にはは。頂きます」
わたしはお母さんと一緒に手を合わせた。
「あ、これおいしい」
「せやろ? 観鈴、ちょっと薄味のほうが好きやったから、そういう味付けにしたんや」
「にはは。観鈴ちん、うれしい」
「そかそか。そういってもらえたら、うちもうれしいで」
「にははっ」
お母さんと一緒にご飯。すっごく久しぶり。
「あ、お母さんほっぺたにご飯ついてる」
「ホンマか? どこや?」
「にはは。取ってあげるよ」
「ありがとうな。観鈴ちんは優しい子や」
そんな風にして、ご飯はおいしくて、楽しかった。
「観鈴、お風呂入ろか」
「うん。一緒に入る?」
「せやな。うちが体洗うたるわ」
ご飯を食べてちょっと時間を空けてから、お母さんと一緒にお風呂に入った。
「わ、くすぐったい」
「ホンマか? ほな、もうちょっと優しくしやなな」
「後でお母さんも洗ってあげるよ」
「そか。ほな、頼もかな」
お母さんと体を洗いっこして、どっちも綺麗になった。
「うちの知らん間に、観鈴はこんなに大きくなっててんなぁ……」
「うん」
「ほんま……うちは観鈴のこと、何にも気にかけてやれんかったわ……」
「お母さん……」
お母さんが、またちょっと悲しそうな顔をした。
「えいっ」
「わっ?!」
「お母さん、泣いちゃだめだよ。わたし、泣いてるお母さんは見たくない」
「……観鈴……っ! やったなー! お返しや! ほい!」
「わっ!」
気がつくと、お風呂で水掛遊びをしてた。
わたしもお母さんも子供みたいになって、すっごく楽しかった。
「ふぅー……さっぱりしたなぁ」
「うん。観鈴ちん、さっぱり」
縁側に出てお月様を見ながら、ちょっと火照った体を冷やす。ひんやりとした風が気持ちいい。
「ほんまやったら、観鈴とこうして月とか星を眺めてたんやろな……」
「うん。わたしも、多分そうしてたと思う」
「観鈴は……あの星のどれかになったんやろか……」
「うん……空の向こうに、わたしはいるんだよね」
「……観鈴……ちゃんと、行くとこに行けたやろか……」
お母さんはため息を吐いて、ゆっくり言った。
「うち、観鈴が心配なんや。ちゃんと、行くべきところに行けたかな、って」
「大丈夫だよ。だって、お母さんの子だもん」
「……………………」
「お母さんの子だから、絶対に大丈夫だよ」
「……せやな。うちの子やもんな。ちゃんと、ちゃんと行けたやんな……!」
お母さんはわたしの肩をぽんぽんと叩いて、安心したような表情で言ってくれた。
それを見てると、観鈴ちんも安心できた。
「にはは。またお母さんの負け」
「ぐあー……観鈴……あんた強いわ……」
寝る前に、お母さんと一緒にトランプをして遊んだ。やったのは、わたしの大好きな神経衰弱。
「この腕があれば、ラスベガスは観鈴のもんやで」
「が、がお……それはちょっと……」
「謙遜することないで! うちが言うてんねんから! な?」
「……うん。お母さんに言われると、なんだか本当にそんな気がしてくるよ。にははっ」
「せやで。観鈴はうちの子なんや。きっと、どこへ行ってもちゃんとやってけるわ」
お母さんはトランプを並べながら、もうすっかり悲しさは消えた表情で言った。
「よっしゃ! もう一回やろか! 今度は、うちも負けへんで!」
「観鈴ちんも負けないよ」
それから五回ぐらい神経衰弱をして、楽しく遊んだ。
「……さ、結構疲れたやろ。そろそろ寝よか」
「うん。ねえ、お母さん」
「ん? どないしたんや?」
「一緒に寝てもいいかな?」
「ええでええで。布団敷くから、一緒に寝よか」
「うん」
お母さんと二人でお布団を敷いて、薄い毛布をかけた。お布団は、ぴったりくっつけてある。
「それじゃお母さん、お休みなさい」
「うん。お休みやで。観鈴」
最後にお母さんが電気を消して、わたしは目を閉じた。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
……………………
「……って、観鈴ーっ!!?」
「わ?! お母さん、急にどうしたの?」
「ど、ど、ど、どうしたもこうしたもあるかいっ!? な、なんで観鈴が普通に此処におるんや?!」
「え、えっと……お母さん、ちょっとびっくりしすぎ……」
「び、び、び、びっくりもへったくれもあるかいな! み、観鈴……あ、あんた、死んでもうたんと違うんか?!」
「えっと……気がついたら、ベッドの上で寝てた……」
「ね、寝てたやって?! ほな観鈴、寝てただけなんか?! ふ、普通に生きてるんか?!」
「う、うん……多分……」
「で、で、でもやで?! あの流れやったらや、ふ、普通死んだと思えへんか?!」
「え、えっと……が、がお……」
「こ、これは夢と違うか……たちの悪い夢と違うか……?!」
「えっと……お母さん、つねってあげようか?」
「ほ、ほな頼むわ……」
「……………………」
「い、いたたたたたた! いひゃいいひゃい、はなひてはなひて!」
「わ、お母さん涙目」
「いたたた……こ、この痛さはホンモノや……夢じゃ出されへん味や……」
「えっと……大丈夫?」
「うちは大丈夫やけど……とりあえず、観鈴、もう体とか大丈夫なんか?」
「うん。全然痛くないよ。すっごく元気」
「ヘンな夢とか見いひんか?」
「うん。全然見ないよ」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……あれや。もう夜も遅いし、寝よか」
「うん。そうだね」
「……………………」
「……………………」
「観鈴」
「どうしたの?」
「……何気にこれ、ハッピーエンドと違うか……?」
「……が、がお……」
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。