「……困ったわねぇ。どーこ行っちゃったのかしら……」
外に出てから軽く一時間ちょっと。結構あちこち見てるつもりなんだけど、姿一つ見つからない。道行く生徒を捕まえて聞いてみても、芳しい情報はナシ。
「窓はちゃんと閉めておかなきゃねぇ……」
今更後悔しても後の祭り。窓開けっ放しで作業してたこっちが悪い。……んだけど、さすがにこれだけ探しても出てこないとなると、ちょっとまずいような気がしないでもない。
「猫がいたら目に付くものだと思うんだけどねぇ……」
なんとなく分かるとは思うけど、探してるのは猫。んー……口で説明するような特徴がないのがつらいんだけど、とりあえず猫。気がつくと外にふらりと出ることはあったんだけど、ここまで見つからないのは初めてだったり。
「……ぼやいてても仕方ない、か。今度は向こうになるわねぇ……」
そう言って、止めていた足を再び動かす。結局、探すには自分の足を頼るしかないわけで……
「……今度からは気をつけるようにしなきゃねぇ……」
なんだかんだで、気になることは気になるのよ。
……猫のことが、ね。
「あぅ~……」
外に出てからそろそろ一時間。思いつくところは全部探したけど、ぴろはいなかった。それでも諦めきれなくて、同じところを回っている真っ最中。
「ぴろ~……そろそろ出てきてもいいじゃない~……」
外でこんなに歩いたのは久しぶりだった。本当はぴろと一緒に歩くつもりだったんだけど……今、ぴろはいない。
「出てこないと……大変な目に遭わすわよぅ……」
こんなことを言ってみても、やっぱりぴろは出てこない。
(あう~……あの時、ヘンなものが通り過ぎたのが悪いのよぅっ)
本当に、本当に一瞬の出来事だった。
ぴろを頭の上に載せて歩いていたら、何かが横切るのが見えて……
それでびっくりして「わっ」ってなっちゃったら、頭の上に乗ってたぴろが飛び降りちゃって……
「ぴ、ぴろぉ~! ど、どこ行くのよぅ!」
気がついたら、ぴろの姿は見えなくなっちゃってて……
……それで今、ぴろを探さなきゃいけなくなってる……
「もぅ~……ぴ~ろぉ~……出てきてよぅ!」
空を見ると、そろそろ夕方。早く帰らないと、秋子さんやお姉ちゃんが心配する……けど、ぴろも探さなきゃいけない。
(あぅ~……)
「……しっかし、どーこ行っちゃったのかしらねぇ……」
外に出てもうちょいで一時間半ぐらい。通りがかる子を捕まえて話を聞いてみたりはしたけど、猫の目撃者はゼロ。こりゃ、探すのには難儀しそうね。
「いつもはそんなに遠くに行きゃしないんだけど……」
今まで外にもあんまり出たことのない猫だったから、好奇心に任せてあっちこっちをふらついてるのかも知れない。そうなると、探す方としては余計に骨が折れるわけで……困った。
「……はぁ。困ったものね」
一際大きなため息を吐いて、改めて辺りを見回してみた。
……と、その時。
「ん? 美佐枝さんじゃない。こんなとこで何してんの?」
「あら? えーっと……確か、藤林だったかしら? 妹だったかお姉さんの方だったか……」
後ろから女の子に呼び止められた。三年生の「藤林」って子だ。確か双子の姉妹で、性格は綺麗に正反対だったはずなんだけど……どっちがどっちだったかしらね……
「杏よ。藤林杏。自分で言うのも何だけど、お姉さんの方」
「ああ、確か気が強い方が姉だったかしらねぇ……そうそう。そうだったそうだった」
「それ、どういう見分け方なのよ……」
藤林はジト目でこっちを見ているが、こういうのは気にしたら負け。その内、気にならなくなるし。
「それは置いといて……美佐枝さん、何かあったの?」
「そうねぇ……単刀直入に言うと、猫がいなくなったのよ」
「猫? 猫って、美佐枝さんが飼ってた?」
「そういうことになるのかしらねぇ……」
とりあえず事情を説明してみる。藤林は腕組みをして何やら考えていたようだけど、やがてふっと顔を上げて、
「ごめん、あたしは見てないわ……でも、そんな遠くには行ってないんじゃないの?」
「こっちもそう思うんだけど……これが見つからないのよ」
「……ま、猫を見かけたら連絡はするわ。気にはなるし」
「そうしてくれると助かるわ……はぁ」
「それじゃ、あたしはコレで。あ、今度からはちゃんと覚えてよ? あたしが杏で、妹が椋。間違えないでよ?」
「大丈夫大丈夫」
夕闇の中に消えていく藤林を見送りながら、
「……あたしも行きますか……」
再び歩き出した。
「あう~……ぴろぉ……出てきたっていいじゃないっ……」
あれからずーっとぴろを探してるけど、まだ見つかんない。路地裏とかも見てみたけど、やっぱりいなかった。
「出てこなかったら……承知しないわよぅっ……」
ほんとに……どこ行っちゃったんだろう……ほんのちょっと前まで、すぐ近くにいたのに……
「ただじゃおかないわよぅ……さっさと出てこないと……」
頭の上に乗って、一緒にお散歩してたのに……
「……出てきてよぅ……ぴろぉ……」
今出てきたら、ぴろの好きなものなんでもあげるから……
……だから、出てきてほしい……
「あう~っ……」
こんな風にして、肩を落としながら歩いてたら、
「あれ? 真琴? 真琴じゃない!」
「……藤林のお姉ちゃん?!」
藤林のお姉ちゃんと出会った。
「久しぶりじゃない。あれから元気でやってる?」
「うん。毎日行ってるわよぅ。藤林のお姉ちゃんは?」
「あたし? あたしは見ての通り。ま、てきとーにやってるわ」
藤林のお姉ちゃんは少し前に職場体験で保育園に来た人で、もんのすごく手際が良くてびっくりしたんだっけ。それで、いろいろ話してるうちに仲良くなって、今でも時々会ってたりしてる。
「んで、なんでこんなとこにいるの? 買い物?」
「あっ……ううん……実は……」
「何? 話してみてよ」
「……ぴろ……猫なんだけど、いなくなっちゃったのよぅ……」
「……えっ? 猫が……?」
「……うん……」
言い終わってから、ちらりと藤林のお姉ちゃんの顔を見てみた。
「……………………」
「……あ、あぅ?」
「……………………」
……よく分かんないけど、藤林のお姉ちゃんは目を閉じてむずかしい顔して、ちょっとの間低い声で唸ってたんだけど(ちょっと怖かった)、それからしばらくすると目を開けて、
「……ねえ真琴」
「何?」
「……今日、何月の何日?」
「え? 四月の二十七日……」
「……二月の二十二日じゃないわね……」
「あ、あぅ?」
藤林のお姉ちゃんが何かいきなりわけの分からないことを言い出したから、びっくりして変な声が出ちゃった。どうして二月二十二日なんだろ?
「……とりあえず、あたしは見てないわ……」
「あぅ……そう……」
「見かけたらまた連絡するから……っと、特徴聞いとかなきゃね。教えてくれない?」
「えっと……白い毛に、ちょっと茶色が混ざってて、しっぽが長くて……」
「……オッケー。メモしたわ。んじゃ、頑張って探してね」
「うん……」
だんだん小さくなっていく藤林のお姉ちゃんを見送って、また歩き出す。
(ぴろ……)
――およそ、三十分後――
「……どこ行ったのかしらねぇ」
ここまで探していないとなると……やっぱり、もっと遠くへ行っちゃったのかも。この辺りで見つかると踏んでたんだけど、どうも外れっぽい気が。
「……これは本当に困ったわねぇ……」
口に出してみたところで、状況は変わらない。早く見つけないと、下手をすると夜になる。……いや、もう半分ぐらい夜になりかけてるけどね。
「……はぁ」
最近、ため息の回数が増えた気がする。疲れてるのかも。
「……あら?」
そんな時、ふと目に入った人影が一つ。
それは辺りをきょろきょろ見回しながら、何かを探す素振りを見せまくっている。というか、あからさまに何かを探している。
よーく目を凝らしてみてみると……ずいぶん、お困りのようで。不安げな表情、おぼつかない足取りが、その人影――多分、女の子――の心情を雄弁に物語っている。
で、女の子の様子を眺めてるうちに……
「……あのねぇ、あたしだって探し物の途中なのよ? 二兎を追うものは一兎をも得ず、って言うじゃない。考え直しなさいよ……」
まぁた悪い癖というか、職業病みたいなのがひょっこりと顔を出してきちゃったわけで……
「あたしが手伝ったって、見つかるかどうかなんてわかんないでしょ? そうでしょ?」
……あの女の子の探しもの、手伝ってあげよっかなーとか思っちゃったわけで……
「……はぁ。あたしもずいぶん損な性格してるわねぇ……」
気が付くと、女の子の方に足を向けていたりなんかしちゃって……
(……もう、どうにでもなれ、ってとこかしらねぇ……)
……ただ、それだけってわけでもなくて……
(……なんか、引っかかるのよねぇ……)
……あの女の子に、妙に引っかかりを感じるのよね……いや、言葉で説明するのは難しいんだけど。
……どこかで見たことがあるような……そんな感じ。
(……はぁ)
心の中でため息を吐いて、歩き出した。
「何か探し物?」
「?!」
それは、いきなり聞こえた声。
振り向いてみると、そこには……
「あー、ごめんごめん。そんなに驚かなくても、悪戯しようとかそういうのじゃないから」
「あ、あぅ?」
「いやね、見るからに探し物してるみたいだったからさ、手伝ったほうがいいかなー、とか思って」
「……………………」
声をかけてきたのは、秋子さんよりちょっと若いぐらいの女の人。背は高かったけど、そんなに怖そうな感じはしなかった。
「で、探し物してるのよね?」
「えっと……うん」
「良かった良かった。ここで『違う』なんて言われた日にゃ……ねぇ……」
「……………………」
女の人は一人で納得したみたいに頷いて、何回も首を振っていた。
それはいいんだけど……この人、一体誰なんだろ……?
「それで、何をお探しで?」
「えっと……」
「……………………」
「猫……ぴろって言うんだけど……」
「……猫?」
「う、うん……」
ぴろを探してる、って言ったら、女の人の表情が微妙に難しくなって、ちょっと考え込むような姿勢になった。
……そう言えば、藤林のお姉ちゃんに「ぴろを探してる」って言った時も、同じような顔してたっけ……
「……奇遇ねぇ……」
「あ、あぅ?」
「実はねぇ……こっちも猫を探してたりするのよ……これが……」
「……えっ?!」
びっくりした。
声をかけてきた女の人も、猫を探してるみたい。
女の人はため息を吐いて、「困った」って感じの顔をしてる。
「どうしていなくなっちゃったのかしらねぇ……」
「……………………」
その顔を見て、ああ、本当に困ってるんだ、っていうのが、すごくよく伝わってきた。
見ているうちに、だんだん、女の人の気持ちが分かるような気がしてきた。
……猫がいなくなったのは、どっちも同じだし……
「……お互い、大変ねぇ」
「うん……ぴろ……」
俯いて返事をすると、女の人がさっと顔を上げて、
「……それじゃ、さっさと探しましょうか。そっちの猫も、こっちの猫も」
「一緒に探してくれるの?」
「そうなるわねぇ。ま、どっちかかたっぽでも見つかれば、御の字じゃない」
背筋をしっかり伸ばして、歩き始めた。
女の人の様子を見ていると、なんだかいてもたってもいられなくなって、
(真琴も行こう)
一緒について歩き出した。
「あ、そうだそうだ。名前、まだ聞いてなかったわね。なんて言うの?」
「えっと……沢……水瀬真琴」
「水瀬さんね。あたしは相楽美佐枝。近くの高校で寮母をしてるの。どこかは言わなくても分かると思うけどね」
「うん。確か、保育所の近くにある……」
「そうそう。生徒さんだったかしら?」
「ううん。保育所でお仕事してるの」
「……若いのに大変ねぇ」
「そうかなぁ?」
この隣の女の子……真琴ちゃんは、なんでもこの若いのにもう働きに出てるとか。世知辛い世の中とは言え、同じ年代の子が学校でてきとーにやってるというのに、大変じゃないかしらねぇ……
「それで……ぴろだっけ? その子は、どんな猫なのかしら?」
「えっと……白い毛に茶色が混ざってて、しっぽが長くて……」
「……なるほどね。大体、感じはつかめたわ。割とうちの子とそっくりね」
「そうなの?」
「……ま、実物を見てみたらそんなに似てなかった、ってのがオチだとは思うけどさ」
真琴ちゃんと一緒に、どこかに消えた二匹の猫を探す。人通りも少なくなってきたから、これからはもう完璧に自分らの力だけで探すしかなさそうね。
「あぅ~……ぴろ~……」
「……………………」
心配そうな表情。猫のことを本当に大切に思ってなきゃ、こんな表情できっこない。
「どこに行っちゃったんだろ……」
「……大丈夫だって。案外、すぐに出てくるからさ」
「うん……」
……それはまあ、いいんだけど。
……妙に引っかかる。
真琴ちゃんを見ていると、何故だか胸騒ぎがする。
言葉では上手く言い表せないんだけど、いつもと何かが違うのは妙にはっきり分かる。
……なんだったかしらねぇ……この感覚……
「ぴろ……」
「よっぽど大切な猫みたいねぇ……」
「うん……」
真琴ちゃんの口数が減っていく。それでも、どちらの猫も一向に出てこない。
「……………………」
「……………………」
沈黙。どちらかと言うと、気まずいタイプの。
「……………………」
「……………………」
それが、思っていたよりも長い間続いた。
「……………………」
「……………………」
多分、十分ぐらい続いた気がする。
「……………………」
「……………………」
……いい加減、口を閉じてるのにも疲れてきた頃。
「……前にもね、ぴろがいなくなったことがあったの……」
「前にも?」
「うん……いつも傍にいたのに、気がついたら……いなくなってた……」
「……………………」
真琴ちゃんの方から、先に口を開いた。
「それでね……」
「……………………」
「その時……真琴は……」
「真琴ちゃんは……?」
「……よく覚えてないけど、大変なことになってたって……」
「……?!」
「秋子さんやお姉ちゃん……祐一も……みんな……真琴のこと心配して……」
「……………………」
「その時のこと……ほとんど覚えてないけど……でも……何かあったのは……覚えてて……」
「……………………」
「それで……今はこうして元気でいられてるけど……でも……みんな……」
真琴ちゃんはまるで堰を切ったかのように、いろいろなことを話し始めた。
(……こりゃ、あたしには分からないような、とんでもなく複雑な事情がありそうね……)
引っかかりは、ここにあったのだろうか。
見た瞬間から、ずっと感じていた、心の引っかかり。
真琴ちゃんから、何か特別なものを感じるような、そんな引っかかり。
「それで、ぴろがいなくなったら、その時のこと……思い出して……」
「……………………」
ぽつぽつと言葉を紡ぐ真琴ちゃんの姿を見るために、ふっと視線を横へ移した――
――その刹那――
(――狐――?)
狐が見えた。
はっきりとは見えなかったけれども、それを狐と認識することはできた。
小さな子狐だった。
寂しそうに俯いた、小さな狐だった。
「……きつ……ね……?」
「えっ?」
それが見えたのは、本当に一瞬だけだった。次の瞬間にはもう、そこには真琴ちゃんがいた。
「美佐枝さん、狐がどうかしたの?」
「……いや、大したことないんだけど……どちらかというと、言っても意味の無さそうな事だし……」
「ふーん……」
真琴ちゃんはすぐにまた猫を探すために、視線をきょろきょろさせ始めた。
(……どうして狐なんかが見えたのかしらねぇ……)
何もかもすっ飛ばして、あまりにも唐突に現れた狐。
普通なら此処で、真琴ちゃんと狐の因果関係とかそういう難しいことを考えるべきなんだろう。
(……でも、何故かそういう気にはならないのよね……)
妙な感覚だったと思う。
自分でも、ちょっと納得できない部分もないわけじゃあない。
……けれど、おかしなことに。
(不思議と、違和感を感じないのよねぇ……)
真琴ちゃんと、狐。
それは、まるで……
過去に何処かで同じ光景を目にしたような。
むかし、同じ経験をしたことがあるような。
一瞬だけ、懐かしい物が目に映ったような。
……そんなものが、見えたような気がする。
それは、まるで……
何か、遠い昔に無くしたものが。
何か、手の届かないところへ行ってしまったものが。
……ほんの少しの間だけ、手元に戻ってきたような。
……そんな、感じ。
「……見つかんないわねぇ」
「うん……」
もうとっぷり日も暮れて、時刻はもうそろそろで六時ってとこ。まだ探したいけど、いい加減、時間切れね。
「……ま、その内戻ってくるわ。猫は一度家を覚えると、必ず戻ってくるっていうじゃない」
「……そうだよね。きっと……戻ってくるよね……戻ってきて……くれるよね……」
「……………………」
真琴ちゃんは口ではそう言っていたけれど、でも、やはり心配そうな表情に変わりはなく。
内心、こっちもそんなに安心はしてなかったりして……
(手の届かないところに行っちゃったのかしらねぇ……)
ふと、空を見上げる。
(……あたしが誰か好きになると、必ず、その人がいなくなるのよね……)
……不意に、そんなことを思い出した。
それを思い出したとき、今まで引っかかっていたものが。
……氷が解けるかのように、すっと消えていくのが分かった。
(……そういうことなのかしらね……)
自分でもよく分からない、この感覚。
あの猫は、ただの猫だと今でも思っている。
ただ飼っている、普通の猫だと思っている。
けれども。
けれども、時々、ふと空想することがある。
他人には言えないような、突拍子もない事だから、空想するだけだけど。
空想するだけだから、深く考えることもないけど。
……それでもその空想は、心の中で結構な領域を占めていて……
……時折、ふっとあの子の姿が見える瞬間がある。
好きだった人。
それは、過去形の人。
今はもうきっと、どこにもいない人。
どこにもいない。けれども、どうしてだか、すぐ近くにいるような気がする人。
そんな……人。
「……仕方ないわねぇ。そろそろ、帰りますか……」
「……うん……」
元気のない真琴ちゃんを連れて、暗い道をとぼとぼ歩く。
(……これだけ探しても見つからないとなると、こりゃひょっとすると……)
考えが一瞬だけネガティブな方向に傾きかけた……
……まさに、その時。
「あっ、お姉ちゃん、いましたよ!」
「そうみたいね」
聞き覚えのある声が、後ろから聞こえてきた。真琴ちゃんとあたしが、揃って後ろを振り向くと。
「あーいたいた美佐枝さんこんなところにって……真琴?!」
「お姉ちゃん、どうしたんですか……? えっと……すごく驚いてるみたいだけど……」
「椋……あとで事情を説明してあげるわ」
「……藤林?」
「藤林のお姉ちゃん?」
……そこに、藤林姉妹が揃って立っていた。
「まさか、美佐枝さんと真琴が揃って行動してたなんてね……」
「……もしかしてお姉ちゃん、あの猫の飼い主さんの『まこと』さんって……!」
「……当たりよ。今目の前にいるツインテールの子」
姉の杏は目を閉じてため息を吐きながら、椋――妹さんの方ね――に、それとなく事情を説明した。
「え、え、え、えっと……確かお姉ちゃんは、このお二人さんに別々に……」
「そう。あたしも妙なことがあるとは思ってたんだけど……まさか、くっついて行動しちゃうなんてね」
「たまたま見かけただけよ。困ってるみたいだったしね」
「あぅ……会ったのは少し前……」
「……自分の探し物があるのに、美佐枝さんらしいというか……そんなところね……」
杏は呆れるやら感嘆するやらで、微妙な表情を浮かべていた。
「それで、どうしたっていうの?」
話が前に進みそうに無かったので、こっちから先に切り出してみる。杏は空気を読んだのか、さっと表情を変えて、
「ふふん。お二人さんにいい知らせをもってきたのよ」
「……あー、それで大体分かったわ。どこにいたの?」
「えっと……それについては私が……」
椋が一歩前に出た。
「えっと……帰り道の途中で、二匹の猫がじゃれあってて、それは良かったんですけど……」
「……………………」
「えっと……そこ、車とかたくさん通ってて、危なかったので、まとめて家に連れて帰っちゃったんです……」
通りで探しても見つからないわけだ。所在が屋内だもん。
「で、あたしが家に帰ってみたら、猫が二匹増えてたから、もしやと思ってね」
「……なーんか、ずいぶん上手い形に話が収束したわねぇ」
事態は、極めてあっけなく解決した。
後で藤林の家に猫を引き取ることを約束して、藤林姉妹とはそこで別れた。
「……でもま、良かったんじゃないかしらねぇ」
「うん……ぴろ、見つかってよかった……」
心なしか、いや、明らかにうれしそうな真琴ちゃんを連れて、別れ道となる交差点まで歩く。
(不思議な気分だったわね……)
不思議としか言いようのない気分だった。
真琴ちゃんといただけで、何かこういろいろなことを考えたような、感じたような。
それは真琴ちゃんが、記憶の中にあった断片的なものを思い起こさせるような、そんな面影を持っていたからかも知れない。
(……初対面なんだけど、これに似た人はどこかで見たことあるかも知れないのよね……)
そんな、曖昧な感情だった。
(また、じっくり会う機会があればいいんだけどねぇ……)
ガラにもなく、そんなことを考えてみたりした。
そんな、すっかり夜の道。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。