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だおー

ふと気がついて時計に目をやると、時刻は午前零時を指していた。特にすることもなくだらけていたら、寝るのにちょうどいい時間になっていたわけだ。

「もうこんな時間か……トイレ行って寝るか」

俺はベッドから起き上がり、ドアを開けて外に出た。

すると、そこに。

「くー」

「……って、こんなところで寝るなっ」

糸目で幸せそうに座り込んで寝ている名雪の姿が。こいつは時折夜中に起き出したかと思うと、こんな謎の場所で寝ていることがある。母親である秋子さんの話によると、これはもう生まれてからずっとらしい。すげぇ。

「ほら、起きろって」

「くー……けろぴーはもう食べられないおー」

「食うな」

駄目だ。完全に寝ぼけている。こういうときは、このままほっとくのが一番だ。名雪は頑丈に出来てるから、この辺で寝ていても風邪を引くようなことは無い。こんなことはもう、一度や二度ではないからだ。

「ったく、明日ちゃんと起きろよ」

「くー」

俺は名雪をその場に放置して、一階にあるトイレに行くことにした。

 

「あれ……?」

トイレから戻ってくると、廊下で寝ていたはずの名雪の姿がなくなっていた。

「部屋に戻ったのか……?」

そう思い、名雪の部屋のドアを開けてみるが、

「いない……」

そこに名雪の姿は無かった。あるのは大量の目覚まし時計と、ベッドにうつぶせになって力尽きているけろぴー(かえるのぬいぐるみ)の姿だけだった。

「……ま、家の中にいるのは間違いないんだから、気にしないでおくか」

俺はそう思い、自分の部屋に戻った。

部屋に戻ると、さすがに時間が時間だけに、すぐに心地よい眠気が訪れてきて、俺はそのままベッドの中でぐっすりと眠りにつくことが出来た。

いつもは俺の安眠を妨害しに来る真琴も、今日は一度も来なかった。さすがに懲りたのだろう。

ベッドに入ると、すぐにまどろみが訪れてきて、そのまま……

………………

…………

……

 

「あさ~、あさだよ~、朝ごはん食べて学校行くよ~」

いつもの眠気を誘う目覚ましに起こされ、俺は新しい一日を迎えた。天気は晴れ、珍しく暖かい日で、俺の体調も良好。今日はきっといい日に違いない。俺はそんなさわやかな気分で着替えを済ませ、秋子さんが用意してくれる朝食を食べに、階下へと降りていった。

その途中。

「……やっぱりいないな……下で寝てるのかもな」

名雪の部屋を見たが、やはりそこに名雪の姿は無かった。寝ぼけて下まで降り、そのままそこで寝てしまったのだろう。俺はそう考え、そのまま下へ降りた。

「おはようござ……あれ? 秋子さん?」

階段を下りてみると、いつも台所に立って朝食の準備をしているはずの秋子さんの姿が無いことに気付く。

「ひょっとして、具合でも悪いのかな?」

俺はそう思ったのだが、昨日の秋子さんは特に変わったところもなく、むしろ元気そうでもあった。それに、秋子さんの事だ。急に具合が悪くなることなど、あまりないような気がする。

「おっかしいなー……とりあえず、秋子さんの部屋に行ってみるか……」

俺はそう思い、リビングにつながるドアを開けた。

まさかそれが、天国への扉(ヘブンズ・ドアー)になるとも知らずに……

 

「な……なんじゃこりゃあああああああああああ?!」

ドアを開けるなり、俺は大絶叫した。大絶叫したのも無理は無い、なぜなら、そこに……

「な、何でこんなにたくさん人が折り重なって倒れてるんだ?! こ、ここは死体処理施設じゃないぞ?!」

そこに、たくさんの人、それも名雪とほぼ同年代の女の子が約十五人ほど、折り重なって倒れていたのだ。全員憔悴しきった表情で、正直怖い。

「あ、祐一君! 起きてきたんだねっ」

「その声はあゆだな! おいあゆ、これは一体どういうことなんだ?!」

死体の山から、いつもの格好のあゆが顔を出す。あいつはこのホロコースト(大虐殺)から逃れることが出来た運のいい人間なのだろう。

「ボクもよく分からないよ……朝秋子さんに偶然を装って誘われようとゴミ捨て場の辺りを三十分ぐらいうろうろしてたんだけど、秋子さんが来なくてしょうがないから自分でここまで来たらこんな風になってたんだよ~」

「おお、なるほどって何が偶然を装って誘われようだ。お前は食い逃げの天才か」

「うぐぅ……」

「うぐぅだけで逃げるな」

いつものポーズでうぐうぐ言っている図々しいにも程があるあゆはさておき、とりあえずここに折り重なっている人を起こさなければならない。と、そこに。

「あ、秋子さん!」

「ゆ、祐一さ~ん……」

山の下のほうに、なんとあの秋子さんの姿が。まさか、秋子さんまで巻き込まれていたなんて。俺はとりあえず秋子さんを引きずり出し、ソファーに座らせた。そのお陰で山が少し崩れたが、特に問題は無いと思ったのでそのままにしておいた。

「秋子さん、大丈夫ですか?」

「え、ええ……なんとか……」

秋子さんの表情はこわばり、よほど何か恐ろしいことがあったに違いないと思わせるような、そんな表情だった。一体秋子さんの身に何が起こったのだろうか。俺は気になり、事情を聞くことにした。

「秋子さん、何があったか、話してくれませんか?」

「ええ……確か、昨日の一時ぐらいなんですが……」

……その時、私は二人が寝静まってから、いつものようにジャムを作っていたんです。昨日は特に上手く行って、これぞ私のジャム、というものが出来上がりました。

私が鼻歌交じりに出来上がったジャムをビンに詰めていると、そこに

「くー」

糸目でふらふらと歩く、名雪の姿がありました。こんなことは一度や二度ではないので、私は慌てず騒がず、名雪に言いました。

「あらあら。寝たまま歩いちゃ駄目でしょ。寝るときはちゃんと部屋で寝なさい」

「くー。お母さん、今日がお母さんの命日なんだおー」

「……え?」

私は名雪が何を言いたいのかさっぱり分かりませんでした。大体、名雪は寝ているはずです。目もしっかり閉じています。それなのに、どうして目の前に私がいるって分かるんでしょうか。

「名雪、どうしたの?」

「私はただのヒロインをやめるんだおー。今から私はお母さんを超越するんだおー。お母さんのジャムでだおー」

そういうと名雪は……名雪は……ああ、名雪は……!

 

「ど、どうしたんですか秋子さん?! 秋子さん?! 秋子さん!!」

秋子さんは話の途中でうずくまり、ぶるぶると震えだした。信じられない。あの秋子さんがこんなに怯えているなんて。あの一度車に轢かれて死に掛けたけど復活して、もう一回車(しかも、4tトラックだ)が突っ込んできたときはそれを片手で弾き飛ばした秋子さんが、こんなに怖がっているなんて。

「秋子さん、落ち着いて、落ち着いてください」

「す、すいません祐一さん……ちょ、ちょっと……取り乱してしまって……」

「少し落ち着いたら、何が起きたか話してください。大丈夫ですか?」

「は、はい……」

「その後、名雪はどうしたんですか?」

「名雪は……」

「名雪は?」

「名雪は……」

「名雪は?」

 

「名雪は……あのジャムを一瓶全部、おいしそうに食べてしまったんです……!」

ピシャアアアアアアアアン。バックに雷が落ちた。それも、めっちゃでかい。

「な……名雪があれを全部?!」

「はい……鍋に残った分も、ビンにこびりついていた分も、全部……!」

信じられなかった。あの名雪が、あの秋子さんのジャムを、おいしそうに全部食べてしまったなんて。ジャムに恐怖を、トラウマを、戦慄を抱いていたはずの名雪が、あれを全部食べてしまったなんて……!

「私からジャムを取ったら、後は何が残るんでしょうか……」

「秋子さん……」

「ああ……これでもう私は、ただの見た目が若いだけのおばさんですね……」

「……………………」

「ううっ……ジャムが……ジャムが私のアイデンティティでした……それが……ぐすっ……」

秋子さんは何かベクトルの間違った悲しみ方をしながら、がっくりと肩を落とした。俺はいたたまれなくなり、こう慰めの言葉をかける。

「秋子さん」

「……はい」

「秋子さんにはまだ、『了承』があります」

「……はっ! そう言えば……!」

「それに」

「はい」

「秋子さんは、おばさんなんかじゃありません」

おばさんなんかじゃありません

 おばさんなんかじゃありません

  おばさんなんかじゃありません

   おばさんなんかじゃありません

    おばさんなんかじゃありません(エコー)

ぱぁぁぁぁぁぁ(光が差し込む音)

 

「祐一さん!」

「わっ?!」

突然しっかと俺の腕をつかむ秋子さん。俺は驚き、まごついてしまう。

「祐一さん! ありがとうございますっ。秋子、うれしいですっ」

「は、ははは……秋子さんが元気になってくれるんだったら、それでいいですよ」

俺は突如豹変した秋子さんの態度にちょっと怖いものを覚えながらも、まぁ元気になったからそれでいいかということにしておいた。

「あ、秋子さん起きたんだねっ。おはようございます」

「おはようございます。あゆちゃん、今日も和食にするの?」

「うんっ。日本人は、お米族だからねっ」

唐突に現れ、唐突に訳の分からないことを抜かすあゆ。こいつはこんなキャラだっただろうか。ひょっとしたら、たい焼きの食いすぎで脳までたい焼きになってしまったのかも知れない。

「……その台詞は、私の台詞です」

「?! 今の声誰だ?!」

「うぐぅ、ボク知らないよっ」

不意に死体の山の一角が崩れ、一人の少女が起き上がった。それは長い灰色の髪をしていて、なぜか普通の服を着ていた。

「あ、あなたは誰ですか?」

「……遠野美凪という者です。なぎー、と呼んで下さい」

「は、はぁ……」

突如として現れたこの「遠野美凪」という少女。雰囲気は天野と舞を足して二で割ったような感じだが、発言はそのどちらとも似つかない。大体、なぎーって何だ。

「ところで……なぎーさんは、どうしてこんなところに?」

「……それには、実は海より深い理由があるんです」

「……と言うと?」

「……気がついたら、ここにいました」

うーん。深い。あまりに深すぎて、マリアナ海溝が浅く思えるほどだ。

って、全然分からないぞっ。

「……すいません。全然分からないんですけど」

「………………がっくり」

「いや、がっくりされても」

「……進呈、会話のキャッチボールが上手く行かなかったで賞……ぱちぱちぱち……」

そう言いながら、ポケットから謎の紙切れ……よく見るとそれは「お米券」だった……を取り出し、俺に進呈しようとするなぎーもとい遠野美凪。行動のすべてが、謎だ。

「あっ、ありがとうっ。大事に使わせてもらうねっ」

「……全国共通ですから、どこでも使えます…………ぽ」

そして会話に横から入り込み、お米券を強奪していくあゆ。今回のヤツは手強そうだ。食い逃げだけではなく、強盗までやってのける。

「……で、なぎーさん、最後の記憶はどんな感じなんですか? なんかこう、ここに来る理由になりそうなことでも」

「……確か……」

……確か私は、珍しく寝付けなくて、外に出て星を眺めていました。昨日はよく晴れていたので、星がよく見えました。

「…………星が欲しい、なんちって」

私のギャグも絶好調でした。こう見えても、誰かを笑わせる能力にかけては右に出るものなどいないと自負してます。

「んにー……来るなー、ヘンタイゆうかいまー」

「……みちるったら、面白い夢を見ていますね…………」

私の隣には、疲れて眠っているみちるの姿が。赤紫のツインテールがかわいくて、とても掴みやすい感じです。私もツインテールにして、ペアルックにしてみましょうか。みちるとペアルック。ないすです。

「……ぐっどあいであ」

そうですね。明日早速実行しましょう。そして、みちるに代わって私が本物のみちるになるのです。なぎーちるちる化計画の始まりです。壮大かつ壮絶なプロジェクトです。今から準備は怠れません。

「……まずは、情報収集。れっつごー、です」

私は寝ているみちるにそっと近づき、その髪の毛の一本一本に至るまで仔細に渡って調べようとした、その矢先でした。

「だおー」

「……堕汚雨?」

私の背後から、謎の声を上げながら近づいてくる糸目の女の子が出現しました。女の子はふらつきながら、しかし私に向かって着実に歩んできます。

「……なぎー、ぴんちっ」

神尾さんちっくに状況を説明しながら、私は慌てず騒がずファイティングポーズを取ります。そうです。私はグラップラー。向かってくる相手には、死、あるのみなのです。

「……ちるちるそっちよ」

私は得意気に左手の人差し指を天に掲げ、得意技であるちるちる攻撃をしました。いきなり得意技で攻めて、相手を圧倒。まさに基本です。

「んにー。みちるは……美凪の夢のかけらなんだよ」

「……しょっきんぐ」

大誤算。みちるは寝ていました。しかも、起き上がる気配もありません。そしてそれ以上に、何か恐ろしいことをつぶやいています。ネタバレもいいとこです。

「んにー。みちるは泣いてなんかないぞー」

「……なぎー、だぶるぴんちっ」

目の前には糸目の女の子、そしてネタバレ発言を連発するみちる。まさにだぶるぴんち。

と、その時でした。

「くー。いつでも頬を赤らめれば逃げられると思ったら大間違いなんだおー」

「……………………ぽ」

「くー。そこの幽霊ともども一緒に捻り潰してあげるんだおー。覚悟するんだおー」

その時、女の子の服の中から何かビンのようなものが取り出されて、急にそれが何かを吸い込み始めたと思うと、私は……

 

「……そんな感じです」

「……またあいつか!」

話を聞く限り、犯人はどう考えても名雪だ。しかし、名雪にしては何か恐ろしいことを言っている。おまけに、ビンに吸い込まれたって、どういうことだ。多分秋子さんもそれに吸い込まれたんだろう。なんと恐ろしい。

「ところで、そのみちるって子は?」

「……あれです」

そこには、真琴と栞……って、あいつもいたのか! とにかく、二人に押しつぶされて死に掛けているみちるという女の子の姿があった。何かやばそうだったので、とりあえず引きずり出す。

「んにー……」

「おい、大丈夫か」

「……およ? 美凪ー、ここどこだー?」

すぐに起きた。よかった。この家で死人が出られては困る。

「あっ、みちるちゃん起きたんだねっ。初めまして。ボクはあゆだよ。月宮あゆ」

「んに。よく分からないけど、よろしくだぞー」

一瞬で友達になる二人。ここに栞も加えて「まな板同盟」でも結成したらどうだろうかと本気で思う。

「……そんなこと言う人、嫌いです」

「おお、起きたか栞。どうだ、目覚めの気分は」

「えぅーっ……普通に流さないでくださいっ」

「なにぃ?! どうやって俺の心を?!」

「今気付いたみたいに言い直さないでくださいっ」

みちるを引きずり出したときに頭にみちるの足が直撃したのがきっかけとなったのか、次に栞が覚醒した。服装はなぜかいつものストールを羽織ったあれだ。何故パジャマじゃないんだ! 何故だ!!

「……そんなこと言う人、嫌いですっ」

「おお、本日二回目の『嫌いです』だ」

「えぅーっ……祐一さん、極悪です」

「それは名雪の台詞だぞ。で、どうしてお前がこんなところにいるんだ?」

「えっと……実は……」

私は夜に突然アイスが食べたくなって、お姉ちゃんを起こさないようにベッドから起きて台所に向かったのですが、冷凍庫の中に私の大好きなアイスはありませんでした。私の家なのに、です。こんなの許されるんでしょうか。

「こうなったら、あとで折檻です。元気になった私は強い子です」

今すぐ部屋に戻ってお姉ちゃんの頬をぺしぺし叩いてもよかったのですが、とりあえずその時はアイスが食べたかったので、お財布を持って外に出ました。お姉ちゃんは私の優しさに感動して涙を流すべきです。

「では、アイスを買いに行きましょう」

幸い私の家の近くには二十四時間営業のコンビニがあります。そこで目的のものを買えば万事おっけーです。バニラ味にしようか、いちご味にしようか、それともチョコ味にしようか、今から期待で胸がいっぱいです。

「迷ったら、全部買いましょう」

私は自分でも明晰だとしか思えない判断を下して、コンビニへと急ぎました。家からコンビニまでは約十分。歩いてもそんなにはかからないはずです。

と、その時でした。

「くー」

「……あれ? あなたは、二年生の……」

私の目の前に、お姉ちゃんと祐一さんと同じクラスの女の子・名雪さんが現れました。名雪さんは目を糸みたいにして、ものすごく不安定そうに歩いています。

「どうしたんですか? こんな時間に……」

「くー。そこの似非病弱系キャラの栞ちゃん。アニメで一人だけ報われなかった私の恨みを受けるんだおー」

意味が分かりません。何が似非病弱系キャラですか。私はちゃんと死の淵を彷徨いましたよ。確かに普通の人なら持つのがやっとのお弁当箱を平然とポケットに入れたりとか、冬の寒空の下平然と冷たいアイスをかっ食らったりしましたが、それとコレとは別の話です。大体、アニメで一人だけ報われなかったって、私と関係ないじゃないですかっ。

「どっちも言いがかりです。謝罪と賠償を求めるです」

「だおー。今から私が死の鉄槌を下してあげるんだおー」

そう言うと名雪さんは懐から謎のビンを取り出して、それを私に向けて……

 

「気がついたら、ここにいました」

「正直、お前の発言も十分怖い」

バイオレンスしおりんの発言に寒々しいものを覚えながらも、栞もまた名雪の犠牲者であることを確認する俺。一体、名雪は何をしているんだ。いちごの食いすぎで脳までいちごになってしまったのだろうか。

「あ、私のスケッチブックがこんなところに」

「なんだ。また持ち歩いてたのか」

「はい。私の一部ですから」

そう言いながら、死体の山の近くに落ちているスケッチブックを拾い上げようとする栞。

と、そこに。

「……あれ? 別の方向から手が伸びてるぞ。これ、ホントにお前のか?」

「……あっ、ちょっと待ってください」

そう言うと栞は、ポケットの中をごそごそ探り始めた。そしたら出るわ出るわ。どう考えてもあのポケットよりもでかいものがごろごろ出てきた。で、辺り一帯を使いどころが分からないもの(例:漬物石、工事用のパイロン、鳥かご等)で埋め尽くした後、

「あっ、ありましたー。ポケットの奥底で引っかかってましたよー」

「じゃあ、これは誰のだ?」

『これは澪のなの』

「うおっ?! いきなりスケッチブックを持った栞より恐らく若干背が低いと思われるリボンをつけた紫色の髪の女の子が!」

『説明的な台詞、ありがとうなの』

俺の目の前には、俺の台詞どおりの女の子がスケッチブックを持って立っていた。また死体の山の一角が崩れたので、きっとそこから這い出てきたのだろう。それにしても、スケッチブックに「説明的な台詞、ありがとうなの」と書いて突っ立っているその姿は、不気味を通り越してどこかシュールですらある。

「で、なんでスケッチブックに文字を書いてるんだ?」

『ちょっと事情があるの』

「……まあ、それならいいけど。で、お前はなんでこんなところにいるんだ?」

『さっきの二人と大体同じなの』

「……名雪か」

どうやらこの澪という女の子も、名雪の夢遊病の被害者の一人のようだ。なんとなく気になったので、事情を聞いてみることにした。

「何があったか、教えてくれないか?」

そういうと澪は頷いて、スケッチブックに何かを一心不乱に書き始めた。

………………

…………

……

約十分後。

『できたの』

「よし。それだったら、見せてくれ」

俺はスケッチブックを受け取り、非常に細かい字で書かれていて視力低下に一役買ってくれそうなそれを読み始めた。

 

『昨日の夜、一人でちょっと買い物に出掛けたら、そこで糸目で青い髪の女の子と出会ったの。その女の子、すごくふらふらしてて、危ないなーと思ってたら、急に澪の方に歩いてきたの。そしたら急にその子が「だおー。澪ちゃんだおー」って言ってきたの。どうして澪の名前を知ってるの? って聞こうと思ったけど、どう見ても目を閉じてます。本当にありがとうございました状態だったから、どうしたらいいか分からなかったの。そしたらその女の子の方が「うにゅ。スケッチブックを持った輩はすべからくこのNAYUKI様の夜の下僕となるんだおー」(原文ママ)って言ってきて、澪怖くなって逃げようとしたら、行きたい方向と逆に足が動いて、そのまま女の子が持ってたビンの中に吸い込まれちゃったの』

どう見ても名雪です。本当にありがとうございました。

「……って、あいつは一体何をやってんだ?!」

俺は思わず頭を抱えた。あいつに一体何があったんだ? 夢遊病で外にふらふら歩き出したと思ったら、大量の人間を瓶詰めにして持ち帰ってきた。しかも、当の本人がいない。一体、何が起きているんだ。

「魔物……そうだ! あいつに魔物が取り付いたんだ!」

「祐一君、ボクそれはちょっと唐突だと思うよ」

『非科学的なの』

「何とでも言え! 今考えられるのはその可能性しかない! 大体、言動が普段の名雪とは全然違うじゃないか!」

「う~ん……そういわれて見ると、やっぱりそうだよね」

『普段の姿を知らないから何とも言えないの』

「やっぱりあいつに魔物が取り付いているに違いない!」

俺はそう確信し、一体どうすべきか頭を働かせた。

「魔物が取り付いているなら……そうだ! 舞だ! 舞を呼ぶんだ! あいつに魔物を討ってもらおう!」

「あの~……祐一さん、ちょっといいですか?」

「ん? どうしたしおしお」

「えぅーっ……それだと、天野さんとの区別が付きませんっ。しおりんにしてくださいっ」

「で、しおりん。一体どうしたんだ」

「ここに倒れてるのって、ひょっとして……その川澄先輩じゃないですか?」

「何ぃ?!」

俺は栞の指差す方向に目をやる。するとそこには、わずかに舞のポニーテールとおぼしき髪の毛が見えた。俺は慌ててそれを引っ張り、死体の山から舞を救い出した。

「おい! 舞! しっかりしろ! 大丈夫か?!」

「……あ、祐一……」

俺が声をかけると、舞はゆっくりと目を開けた。良かった。これでまた一人死人が出るのを防ぐことが出来たわけだ。

「もしかして、昨日も学校にいたのか?」

「……………………」(こくり)

「ひょっとして、昨日は魔物じゃなくて人が来なかったか?」

「……………………」(こくこく)

「それは糸みたいな目で、青い髪の毛をしてて、猫柄のパジャマを着てなかったか?」

「……………………」(こくこくこく)

「第一声は『だおー』か『うにゅ』だっただろ」

「……………………」(こくこくこくこく)

「で、その後になんかえげつないことを言われただろ」

「……『抜き身のもの振りかざして女の子を襲おうなんて、大したケダモノっぷりだおー』って言われた……」

「……で……で、その後ビンに吸い込まれた……と」

舞はこくり、と頷いた。なんてことだ。あの百戦錬磨の手錬れの舞が、あのド素人の名雪にこうもあっさりやられるなんて。というか、名雪の言葉がだんだんえげつないものになってきてる。あいつの本性はひょっとしてそういう系なのでは無いだろうか。

俺がそんなことを考えていると、隣から声が聞こえてきた。

「ねえ祐一君。舞さんはどうして制服なの?」

「ああ、あゆは知らないんだったな。実は舞は、制服が大のお気に入りなんだよ。だから四六時中着てるんだよ。あまりにもお気に入りで、他の服はみんな捨てちゃったぐらいだ」

ずびしっ。俺の脳天に舞チョップが食い込む。なんかいつもより破壊力が高いような気がする。

「……冗談だ。舞、言ってもいいか?」

一応確認を取る俺。舞はこくり、と頷く。というわけで、俺が説明を始める。

「……というわけだ。分かっただろ?」

「うぐぅ……それじゃ全然分からないよっ」

「なんだよあゆ。普通は『……というわけだ』と言われたら『へぇ。なるほどねぇ』っていう風に返すもんだぞ」

「祐一さん、それは無茶だと思います」

しょうがないので、ちゃんと説明することにした。

「舞は深夜学校に現れる『魔物』を討つためにこんな格好をしているんだ。見てみろ。舞は剣を……」

「……剣? 剣なんかないよ?」

「……本当だ。なあ舞。剣はどうしたんだ?」

「……ごめん祐一。私、今無くなった事に気付いた……」

「おいおい、あれって真剣じゃなかったか?! 誰かが間違っておもちゃとかと勘違いしたら、結構危険だと思うぞ」

俺が舞の真剣の行方を気に掛けていると、

「そ、そこのアンタ! こ、こいつを止めてちょうだいっ!」

「いきなりかよっ!」

俺の背後で、いきなり不安が大的中していた。具体的に言うと、なんかスーツのようなコートのような茶色い服を羽織った茜色の髪の女の子が、濃い青色の髪の女の子に舞の真剣で斬りかかっている。で、それを竹刀で必死に受け止めてる状態。やばい、普通にやばい。

「おい! それは真剣だぞ! おもちゃじゃないんだっ!」

とりあえず状況を収拾すべく、茜色の髪の女の子の方へダッシュする俺。なんか朝から恐ろしいぐらいハードだ。

「離せって!」

「みゅ~」

「何が『みゅ~』だっ。これはマジで人が斬れるんだぞっ。血がどばどば出るんだぞっ。スプラッタだぞっ。バイオレンスだぞっ」

「みゅ~」

「意味が分からんっ」

しょうがないので、実力行使に打って出る。

(ぽかっ)

「みゅ~」

頭を殴ってひるんだ隙に、女の子の手から真剣を奪取する。女の子はそれがよほど悔しかったのか、俺に向かって短い手で必死に抗議をしてくるが、面倒なので頭を人差し指だけで支えて全部やり過ごした。

「はぁ~……助かったよ。恩に着るわ」

「こんなとこで流血の大惨事をやられちゃかなわんからな。ところで、お前は誰だ?」

「アタシ? アタシは七瀬留美。どうしてこんなところにいるのか分からない、まさに乙女の中の乙女ってやつよ」

「意味が分からんっ。で、こいつは誰だ? 知り合いか?」

「……まー、知り合いって言えば知り合いになるわね。そいつは椎名繭。基本的に『みゅ~』としか言えない謎の子よ」

「意味が分からんっ。何でこんなヘンなヤツばっかり瓶詰めにして来るんだっ」

「……それは、秘密です」

「知らんくせに会話に混ざるなっ」

「…………しょっく」

駄目だ。頭が痛くなってきた。今日は学校を休みたい気分だ。

とりあえず、状況を整理しよう。今ここにいるのは、俺、あゆ、秋子さん、遠野美凪、みちる(本名不明)、真琴、栞、澪(本名不明)、舞、七瀬留美、椎名繭。少なくともコレだけの人間がいる。一体何事だ?!

そして肝心の名雪はいない。一体どこに消えたんだ?

「あうーっ……」

「おうまこぴー。お目覚めか」

今まで眠っていた真琴が目覚めた。さあ、またややこしくなりそうなので、こっちから話をさくさく進めていくことにしようか。

「あ、祐一……あれ? 真琴はどうしてこんなとこにいんの?」

「その前に、お前が最後に見た光景を話してくれ」

「何よーっ。どうして祐一にそんなこと話さなきゃいけないのよぅ」

「話さないと秋子さんに頼んでジャ」

「わーっ?! 言うっ、言うわよっ。言えばいいんでしょっ」

「最初からそうすればいいんだ」

「えっと……確か……」

……確か、部屋で寝てたら、急にドアが開いて、誰かが入ってきたのよぅ。そしたら、電気が点いて、それで真琴も目を覚ましたの。

「……こんな時間に誰よぅ。真琴は眠いんだからっ」

起きて目をこすってたら、目の前にいる人が誰かはっきり分かってきて、それが、

「……あれ? 名雪お姉ちゃん? こんなところでどうしたの?」

名雪お姉ちゃんだって分かったんだけど、なんだかいつもと全然様子が違ってて、目が糸みたいになってたのよぅ。なんだかふらふらしてるし、手に何かビンみたいなのも持ってたのよぅ。

「な、名雪お姉ちゃん?」

「だおー。この家に存在していいヒロインはこのNAYUKI様だけなんだおー。狐はおとなしく毛皮にでもなってしまえばいいんだおー」

「わ、わ、わ、わああああああああああっ?!」

そしたら、急に視界が暗くなって、そのまま……

 

「……ビンに吸い込まれたのか」

「えーっ?! どうして分かるのよぅ」

「ここにいる人間の中で、俺とあゆ以外の全員が同じように名雪のビンの餌食になってるからだ」

「あうーっ……そうだったの……」

真琴はしょんぼりした様子で、その場に座り込んでいる。

「あうーっ……あの名雪お姉ちゃん、いつもの名雪お姉ちゃんじゃなかったよぅ……」

「だろうな。あんな過激な名雪は俺も今まで見たことが無い」

「まさか名雪、何かヘンなものをインストールしちゃったんじゃ……」

秋子さんが「インストール」という言葉を口にした、その瞬間だった。

「にょわーっ?!」

「?!」

あの遠野美凪とくっついていた小さな女の子・みちるが、

「ならばいっそ、わたくしの手で……」

手に黄色いバンダナを巻いた青色の髪の謎の女の子の手によって、今にも絞め殺されようとしていた。やばい。普通にやばい光景だ。

「やめろーっ! この家を呪われた家にするなーっ!」

「こらーっ! 家の心配をする前にみちるの心配をしろーっ! 美凪ーっ! 助けてーっ!」

「……………………がっつ」

「にょわーっ! そ、それは無しだぞーっ!」

「例えば、星の数……」

「しょうがない! 七瀬! 竹刀を貸してくれ!」

「あ、ああ。ほい!」

「サンキュ! せやーっ!」

(ばしーん)

(ばしこーん)

「にょは」

「しらほっ」

俺は続けざまに二発、みちるの首を締め上げていた少女の脳天に竹刀の打撃を食らわせた。女の子は謎の断末魔を残して、その場に倒れこんだ。

「こらーっ! 一発はみちるに当たったぞーっ!」

「必要経費だ。割り切れ」

「んにー。このボーリョク夫ー!」

「誰がお前の夫だっ」

と、俺とみちるがアホなやり取りを繰り広げていると、

「佳乃に何をする貴様ーっ!」

(ずどっ)

「うおおっ?!」

俺の足元に、磨き上げられた鋭利なメスが四本、等間隔に突き刺さった。こ、これはかなりの手錬れの業だ。メスは床のフローリングに深々と突き刺さり、もし俺に命中していれば確実に命は無かったことは明確だった。

「誰だ?!」

「貴様に名乗る名など無い!」

俺の目線の先には、白衣をまとった謎の女医らしき人物の姿があった。髪の色は、俺がさっき竹刀で叩き倒した女の子と同じだ。多分、お姉さんなのだろう。名雪も厄介なものを拾ってきてくれる。帰ってきたらタダじゃ置かないぞっ。

「貴様……佳乃をこんな目にあわせておいて、覚悟はできているんだろうな?!」

「こんな目も何も、人の家で子供を絞め殺そうとするようなヤツを叩いて何が悪いんだよっ!」

「問答無用!」

女医はメスを新たに四本構え、俺に向かって突進してくる。どうすればいい? 相手はフローリングの床にメスを突き刺さらせるほどの名手だ。俺がヘタに戦っても、返り討ちにあって血祭りにあうだけだ。では、どうすれば……

と、俺が考えを巡らせていると、

「祐一さん。ここは私に任せてください」

「あ、秋子さん?! 駄目ですよ! 秋子さんがケガしたら、それこそ一大事ですよ!」

「大丈夫です。私は、不死身ですから」

「妙に説得力のあることを言わないでくださいっ」

俺が止めるのも聞かずに、秋子さんは突進してくる女医の眼前に立つ。

「秋子さんっ!」

思わず顔を伏せる。ああ、秋子さんはあのメスの餌食になるのだろうか。そうだとしたら、これから先食事は誰が作ってくれるのだろうか。

「ボクが」

「炭は食べたくないし、食べられないし、食べない」

「うぐぅ! まだ最後まで言って無いよっ」

「言わんでも分かるわっ! ……って、秋子さん!」

その時、俺は信じがたい光景を目にすることになる。

「そこの女医さん……悪戯は駄目ですよ?」

秋子さんはいつものポーズから、少しだけ腕を動かして、

「めっ、です」

女医を叱った。

「……?!」

なんと、秋子さんは人差し指一本で、女医の突進をいとも簡単に止めてしまった。額に指を当てていたづらを叱る、あの「めっ」のポーズでだ。女医は完全硬直して、まったく動かない。すごい、凄いぞ秋子さんっ。

「……こうして秋子さんの手により、怪人ひじりんの野望は潰えたのでした……ぱちぱちぱち……」

『万事解決一件落着なの』

「ひじりん? その……なぎーさん。あんた、この女の人と知り合いなのか?」

「……はい。母を診てもらっています。霧島聖先生です」

うーむ。複雑な人間関係だ。この遠野美凪の母親は、ひじりんもとい霧島聖の患者らしい。何の病気かは知らないが、間違いなく言えることがある。この遠野美凪と言う人間は、母親を預ける人間を確実に間違えていると。

「…………ぽ」

「顔を赤らめるな」

と、その時だった。

「あれれ~? ここどこぉ?」

「あっ、起きたみたいね。さっきアンタのお姉さんが暴走して、大変なことになってたのよ」

「そうなんですよ。でも、秋子さんが一撃で止めてくれたんです」

「あうーっ……その前に、あんたも暴走してたわよぅ」

さっき竹刀で殴り倒した……確か、佳乃だったっけ? あいつの妹ってことは、本名は霧島佳乃になるのか。そいつが目を覚ました。打ち所が良かったのか、あまり痛みは無さそうだ。

「ああ佳乃! よかった。無事だったようだな」

「ねぇお姉ちゃん。かのりんとお姉ちゃんはどうしてこんなところにいるのぉ?」

「祐一さん、事情を説明してあげてください」

「分かりました」

秋子さんに促され、抱き合っている霧島姉妹に近づいていく俺。どうでもいいけど、この姉は妹思いを通り越して明らかに過保護だと思う。ある意味、誰かさんとそっくりだ。

「落ち着いたか? いきなりあいつの首を締め出すから、何事かと思ったんだぞ」

「んにー。死ぬかと思ったぞー」

「えぇ~? それ、どういうことぉ?」

「……ひょっとして、覚えて無いのか?」

「それについては、私が説明しよう」

冷静になった聖が、一歩前に出る。冷静になると、間違いなくこの中では一番クールな感じなんだが。一番最初に見たのが暴走状態だったためか、なんかこういまいちしっくり来ない。

「佳乃、向こうにいる子に挨拶をしてきなさい」

「うん。分かったよぉ」

聖がその場から佳乃を外すと、改めて話を始めた。

「……大きな声では言えないんだが、実はいろいろあって、佳乃には三百年ほど前の女性の霊が取り付いているんだ」

「……マジか」

「ああ。それが……白穂と言うらしいのだが、その白穂が時々表に出てきて、あんな風に近くにいる人を見境なく締め上げてしまうんだよ」

「恐ろしい霊だな……ということは、あんなことはもう一度や二度じゃないと?」

「ああ。どうにかならないかと思っているのだが……」

「そうして……白穂だったか。そいつが取り付いている間は、記憶がなくなるのか?」

「そうらしい。今までにも何度かあったが、その時起きたことはまったく覚えていないと言っている」

まさか、そんな事情があったとは。この聖という姉が過保護気味になるのも、ちょっと分かるような気がした。

「ところで、あんたもひょっとして、ビンに吸い込まれたのか?」

「ああ。確か……」

確か、私と佳乃が日課の夜の散歩をしていたときだった。

「今日は一段と星が綺麗だな」

「うん。そうだねぇ」

星を見ながら佳乃と歩くその時間は、まさに最高のひと時だった。こんな穏やかな時間が、いつまでも続いてくれればいいと思えるほどだった。

「明日はきっと晴れるねぇ」

「ああ。晴れるとも」

何気ない会話を交わしながら、私と佳乃は元来た道を引き返していた。いつもどおりの時間、いつもどおりの道、いつもどおりの私と佳乃。すべてがいつもどおりのはずだった。

……「あれ」が目に飛び込んでくるまでは。

「あれれ~? お姉ちゃん、あそこに人がいるよぉ」

「……こんな時間に、妙だな。いつもこの辺は人っ子一人いないはずなんだが」

私の視線の先に、一人の人間の姿があった。それはふらふらと歩いていて、よく見ると女の子のようだった。さらに近づいてみると、それは糸のような目つきをしていて、猫柄のパジャマを身に付けた、青色の髪の女の子だった。

私はそれを危なっかしいと思い、注意することにした。

「そこの君。寝ぼけているんなら、ちゃんと家に帰って寝たほうがいいぞ」

「そうだよぉ。この先には橋があるから、落ちたらただじゃ済まないよぉ」

すると、女の子が不意に口を開いた。

「うにゅ。見つけたんだおー。顔が似てないことで有名な霧姉妹ー(造語)」

「な、何を言ってるんだ?! 君は……」

「だおー。お姉ちゃんキャラはこのNAYUKI様の最大の敵なんだおー。貴様らをためらうことなく惨殺処刑して、不安要素を完膚なきまでに撤去するんだおー」

「わわわ~、お姉ちゃん、この人何だかヘンだよぉ」

「だおー。常時口調がヘンな人には絶対に言われたくないんだおー。言ったからには考えられうる最大級の罰を与えてやるんだおー」

そう言うと、女の子は懐から小さなビンを取り出して、

「このNAYUKI様の恐ろしさを身をもって知るんだおー。だおだおだおー」

「待て! 何をす……」

「わわわ~! 吸い込まれ……」

 

「……というわけだ」

「……あいつ、だんだん訳が分からなくなってきてるな……」

俺はすごい幼馴染を持った気がした。出来ることなら、今すぐにでも縁を切りたい。いや、マジで。

話が終わると、聖が少し頭を下げて、

「さっきは済まなかった。佳乃のことになると、どうしても神経質になってな」

「いや、こっちも悪かった。まさか、そんな事情があるなんて思っても無かったからな」

いい感じで和解が成立した。なんだ。話せばちゃんと分かる人じゃないか。少なくともさっきから俺の足元でみゅーみゅー言ってるヘンなヤツよりかは数百倍マシだ。

「みゅ~」

「いい加減にしろっ。これはおもちゃじゃないんだっ。舞、これを鞘にしまっといてくれ」

舞はこくり、と頷くと、俺から真剣を受け取り、それを鞘にしまった。やれやれ。どうしてこう問題が噴出し続けるのだろうか。というか、どうしてこんなことになったんだ?

と、俺が難しい顔をして思案していると、

「ねぇ佳乃さん、どうして腕にバンダナを巻いているの?」

「これ? これはねぇ、魔法を使えるようにするためなんだよぉ」

「魔法?」

「うん。大人になってからこれを外すと、どんな魔法でも使えるようになるんだよぉ」

『なんだか、うらやましいの』

「魔法ですか……私だったら、手始めにこの世の食物をすべてアイスに変えてみたいです」

「ボクはたい焼きがいいなっ」

「あうーっ……真琴は肉まん……」

童顔組が何やら楽しそうに話をしている。こっちの気も知らないで、いい気なものである。ここに名雪が入ったら、きっと「イチゴサンデーだよ」とでも言うに違いない。というか、アイスとかたい焼きとか肉まんとかイチゴサンデーしか食べられない世界とか、俺は絶対に嫌だぞっ。

「俺はラーメンセットだ」

「誰だあんた」

童顔組の会話に突如として参加する銀髪の男。まさか、こいつもか。こいつもなのか。

「俺は国崎往人。簡単に言うと、美凪や佳乃、聖たちと同じ町にいる人間だ。もっとも、そこに住んでるわけじゃなく、一時的に滞在してただけなんだがな。俺は人形師をしていて、各地を歩いて回っている。今は旅費が足りなくて、あそこに留まって路銀を稼いでたわけだ。ちなみに今厄介になってるのは……」

「すまん。一度に言われると俺も分からないし、多分読者の方も分からない」

「そうか」

異様に説明口調のこの国崎往人という男。見ると、俺より確実に二、三歳は年上だ。黒いシャツを着て、青っぽいジーパンを履いている。正直、目つきが怖い。あんまりお近づきになりたくないタイプだ。

「ところで、ここはどこだ? 見慣れん場所だが」

「そう言えば、アタシも気になってたんだよね。ここ、どこなの?」

『教えて欲しいの』

口々に言う往人・七瀬留美・澪(本名不明)の面々。そう言われても、ゲーム中で場所の情報が提示されて……違う違うっ。俺もこの街に越して来たばかりだから、ここがどこかとはっきり言うことはできない。

「それは置いといて、あんたはどうしてここに?」

「どうしてもこうしても、確か……」

……確か、夜急に目が覚めて、そのまま寝付けなかったから、気晴らしに散歩に出たんだ。

「……………………」

適当にあちこちをふらついて、少し眠気が出てきたから、家に帰って寝ることにした。ちょうど帰り道の途中だったし、ちょうど良かったわけだ。

「……………………」

元来た道を引き返していると、川に架かる端の近くで、三人ぐらいの人間が何かやり取りをしているのが見えた。俺は少し気になって、その方向へ歩いていった。

と、その時だった。

「このNAYUKI様の恐ろしさを身をもって知るんだおー。だおだおだおー」

「待て! 何をす……」

「わわわ~! 吸い込まれ……」

聞きなれた声が二つと、聞きなれない声が一つ、俺の耳に飛び込んできた。そしてその次の瞬間、俺は己の目を疑うような、異様な光景を目にした。

「び、ビンの中に人が?!」

聞きなれない声の主の女の子が向けたビンに、佳乃と聖が吸い込まれるのが見えた。

「……………………!」

俺は何も考えられなくなって、とにかくあの二人を救わねばと、ビンの主へダッシュして行った。

「おい! お前、何してんだ!」

「くー。こうして邪魔な人間を一人一人、確実に確実に、始末して行ってるんだおー」

「邪魔な人間って……お前と佳乃や聖の間に、どんな関係があるんだ? その前に、お前は誰だ?」

「だおー。鍵のヒロインは私一人で十分なんだおー。似非ヒロインどもはみんなこのNAYUKI様の忠実な下僕となる運命なんだおー」

「……お前、頭は大丈夫か? 聖に診てもらった方が……って、聖はその中か」

「うにゅ。カラスの分際でこのNAYUKI様に口答えするとは、なかなかいい度胸をしているんだおー。気に入らないから、貴様も惨殺処刑してやるんだおー」

「待て。カラスの分際って、惨殺処刑って……うおおおおおおっ?!」

 

「……というわけだ」

「あんたも災難だったな……というか名雪、カラスの分際って……」

ますます意味が分からない。確かに目の前の国崎往人という人間の着ている服は黒で、まぁカラスっぽいといえばカラスっぽいが、それだけのことだ。何も「カラスの分際」とまで言われる筋合いはあるまい。

「あーっ。往人君だぁ。往人君も来てたんだねぇ」

「来てたも何も、俺はお前らを助けようと思ってたんだぞ」

「ふっ。国崎君も、たまにはいいところを見せるじゃないか」

「まぁ、一応知り合いだしな」

霧島姉妹と国崎往人が、なんかほのぼのとした会話をしている。どうでもいいが、霧島姉妹は俺の近くにいる姉妹とある意味タイプ的には似ているような気がする。

「……じぇらしー……」

「なんだ遠野。お前もいたのか」

「……はい。みちるもいます」

「おうちるちる。今日もまっ平らだな」

「んに~っ。国崎往人はヘンタイゆうかいまのくせにーっ」

「そうなのか」

『そうなの?』

「ええっ?! みちるちゃん、それ本当なの?! それだったらボクが真っ先に狙われるよ~」

「その次は私ですね。私は妹キャラですし、年下ですし、なってったって病弱系ですから」

「ヘンタイゆうかいま……あうーっ、祐一ぃ、こんなの早く家から追い出しちゃいなさいよぅ」

「……私は魔物だけじゃなく、犯罪者も狩る者だから……」

「アタシを誘拐する気? それなら、まずアタシに勝ってからにしなさいよっ」

「みゅ~」

「へぇー。往人君はヘンタイゆうかいまだったんだねぇ。かのりん、ビックリだよぉ」

「やはり君を信頼した私が愚かだったようだな」

「揃いも揃って真に受けるなっ」

一人意味が分かっているのかどうかのレベルで怪しいヤツがいるが、とりあえず全員から一斉に攻撃される国崎往人。ひょっとしたら、俺と似たようなタイプなのかも知れない。

「あはは~。冗談だよぉ。かのりんは往人君を信じてるよぉ」

「うむ。佳乃が言うなら間違いない。私も君を信じているぞ」

「お前ら……」

「……どうでもいいけど、佳乃って一人称が『かのりん』なんだな」

「そうだよぉ。かのりんはかのりんっていうんだよぉ」

「かのりんか……なんか音的に、『かおりん』みたいだなぁ」

「相沢君。あなた、言っていい事と悪いことの区別ぐらい付く歳だと思ってたけど、そうじゃないみたいね」

「なんだ香里。お前もいたのか」

「そうね。気が付いたらここにいたわ。まったく、どういうことか説明して欲しいわね」

香里がちょっと不機嫌そうな表情をしながら、そろそろ人数が少なくなってきた(あと四~五人ぐらいか?)死体の山から抜け出してきた。夜に名雪に拉致られたはずなのに、なぜか私服だ。何故! 何故みんなパジャマじゃないんだ!

「ふざけたこと考えてないで、さっさとこの状況を説明してちょうだい」

「なんだ。お前も読心術の使い手か」

姉妹揃って読心術の使い手とは、恐れ入る。何か悪いものでも取り付いているのではないだろうか。白穂に対抗して赤穂とかそういう方向性で。

「まあそれは置いといて。ひょっとして香里、お前もビンに吸い込まれたのか?」

「あら、お前も、ってことは……」

「ここにいるほぼ全員が同じ被害に遭ったみたいなんだよ。栞もだ」

「やっぱりね……」

「で、お前はどういう状況で吸い込まれたんだ?」

「そうね。確か……」

……確か、夜にドアが開く音が聞こえて、気になったから隣の栞の部屋を見てみたら、栞の部屋のドアが開いてたのよ。いつも「見られたく無いものがあるから」って言ってドアを閉め切ってるのに、昨日に限って開いてたから、気になって見に行ったの。

「……いない……」

あたしがどういう気持ちだったか分かる? 夜中に突然妹がいなくなるのよ? 夜中に突然妹が! 分かる?! 分かるって言うの?! ねえ! どうなのよ!

「……栞……!」

あたしはすぐに部屋に戻って、適当にあった服に着替えて、コートを羽織って外に飛び出したわ。栞の部屋からストールがなくなってたから、きっと外に出たんだと思ってね。

「……もう、あなたを記憶の中から消したりしないから……!」

あたしがその時どんな気持ちだったか、あなたに分かる? ねえ! 夜中に突然妹が

「香里、頼むからそこはカットして話を進めてくれないか?」

「……悪かったわね」

……とにかく、あたしは栞を探しに外へ飛び出したの。栞が行きそうな場所は分からなかったけど、とにかく走ったわ。

「栞ぃー! どこにいるのー?!」

大体、十分ぐらい走った頃かしら。あたしの目の前に、見慣れた人の姿が飛び込んできたわ。

「だおー」

「……名雪? こんなところで何してるの? それより、栞見なかった?」

「見たおー」

「どこで?! ねえ、どこで見かけたの?」

「うにゅ。そんなに焦らなくても、すぐに一緒にさせてあげるから心配するんじゃないおー」

「……え?」

……その時の名雪は、寝てるときの糸みたいな目をしてて、正直恥ずかしいと思うようなピンク色の猫柄のパジャマを着てて、ふらふらした調子で歩いてたわ。いつもの名雪とは全然違うって、直感的に思ったわね。

「名雪……あなた、寝ぼけてるんじゃないの?」

「くー」

「ほら、やっぱり寝ぼけて……」

「わたしは寝ぼけてなんかいないおー」

「……え?」

「お姉ちゃんキャラ許すまじ、だおー。もちろん妹キャラも許せないんだおー。最強の座に着くのは一人だけで十分なんだおー。サブキャラはすべからくこのNAYUKI様の夜の下僕となるんだおー」

「な、名雪……? ちょ、ちょっと……いやあぁぁぁぁぁっ!」

 

「……というわけよ」

「……なぁ、縁切りの方法、誰か教えてくれないか?」

俺は本気で縁を切りたいと思った。正直、次のターゲットはどう考えても俺だ。あのビンの中がどうなっているのかは知らないが、少なくとも入ってみたいとは思わない。むしろ、一生係わり合いになりたくない。

「……で、栞。あなたどうして夜に家を出たのよ?」

「えぅーっ……夜中にアイスが食べたくなって、それで……」

「まったく……それならあたしに言えばいいじゃない。あたし、あなたのために常時百個のアイスを備えてるんだから」

「えーっ?! そんなの、初めて聞きました……」

「というか、どうやって保存してるんだ」

「ベッドの下に特殊冷凍庫を取り付けて、そこにまとめて入れてあるのよ」

「お前、キャラ変わって無いか?」

「栞のためなら何だってやるわよ。あたしは変わったんだから」

前の香里とは口調こそ一緒だが、中身は別物だ。あまりにも別物過ぎて、コレは香里じゃなくてロボ香里じゃないかと疑いたくなるほどだ。スーパーロボ香里セカンド2ダッシュデュアルレベル99とか、ミラクル香里サードインパクトカスタムショッキングレベル512クーポン券付きとかそういう方向性で。

「君の気持ち、私にはよく分かるぞ」

「……相沢君、この人はどなた?」

「ああ、名雪の被害者の一人の、霧島聖さんだ。佳乃という妹がいるんだ」

「こんにちはぁ。かのりんはかのりんって言うんだよぉ。よろしくねぇ」

「よろしく。そうね。やっぱり持つべきものは妹だと思うわ」

「うんうん。まったくその通りだ」

意外なところで意気投合する二人。妹二人は揃ってまな板だし、いっそのこと姉同士でも同盟でも組んだらどうだろうか。共通点が見当たらないのがガンだが。

「……………………」

「……? どうした? 遠野……」

「……いえ、なんでもありません」

遠野美凪が珍しく普通の返答を返してきた。普段遠野と行動を共にしている(であろう)国崎往人もこんな受け答えは珍しいのか、しきりに首を捻っている。

「ひょっとして、普通に返すのはヘンなのか?」

「ああ。いつもは俺でもよく分からない返答をするぞ」

「……だろうな。さっきまでそうだったし」

隣でみちるもちょっと難しい顔をしていたが、多分腹でも減ってるんだろうと思ってやり過ごすことにした。

「まったく……しおしお、お前はいい姉を持ったなぁ」

「えぅーっ……祐一さん、さっき言ったこともう忘れたんですかっ」

「しおしおはこの世のすべての食べ物がアイスになればいいとかそういうやつか?」

「相沢さん、さっきからそのあだ名は私に対する嫌がらせですか」

「ようみっしー。やっぱりお前もいたか。えらく遅いお目覚めだな」

いるだろういるだろうと思っていたら、やっぱりいた。真琴の親友の天野美汐だ。ここまで来ると、もう誰がいても絶対に驚かない。絶対に驚かないぞ。正直、何でもこいだ。

「そんな事はどちらでも構わないでしょう。とにかく、状況を説明してください」

「簡単に言うと、お前、昨日夜名雪に出会わなかったか?」

「名雪……ああ、水瀬さんですね。はい。出会いましたよ。夜少し用があって、外に出ている途中に出会いまして……」

「……ビンに吸い込まれたんだな」

「……そういうことです」

ああ、名雪。お前は一体何がしたいんだ。なぁ、教えてくれないか。俺が何か悪いことをしたか? ひょっとしてあれか? この前お前の愛用のいちごジャムに冗談でこっそり秋子さんのジャムを混ぜたこと、まだ怒ってるのか?

「あうーっ……みしおーっ。会いたかったわよぅ」

「ああ、真琴。もしかして、あなたも巻き込まれたんですか?」

「うん……」

「みゅー」

「あら……? 相沢さん、この方はどなたですか?」

「そいつか? 確か……七瀬留美だっけ?」

「七瀬留美はアタシよっ。そいつは椎名繭。アタシがもっとも苦手な相手の一人よ」

「みゅ~」

椎名繭は天野のことが気に入ったのか、妙に懐いている。やはり天野はそういうのを引き寄せるオーラみたいなのが出ているのだろう。伊達におばさんくさいわけではない。

「相沢さん。物腰が上品だと何度言えば分かるんですか」

「お前も読心術の使い手か!」

「そうです。これぐらいは、天野家では当然のことです」

「それならちょうどいい。今俺は名雪が何を考えているか猛烈に知りたい。ここにはいないが何とかするんだ」

「……そんな酷なことは無いでしょう」

「やっぱり駄目か……」

俺はがっくりと肩を落とし、天野にくっついて離れない真琴と繭を見つめた。ああ、いいよなあ。あいつらは子供で。この状況をどうするかなんて考えなくていいんだから。それにあの繭とか言うヤツ、頭に白いのと黒いのを乗っけて、すげー能天気そうだ。あー、俺もいっそあれぐらい能天気な人間に

「……って、なんだそりゃああああああっ?!」

「みゅー」

「『みゅー』で分かるかっ! なんだその白いのと黒いのは! 何で頭の上にそんなもん乗っけてるんだ?!」

「みゅ~」

「祐一君、これ、フェレットとカラスだよっ」

「フェレットは分かるとして……アンタ、なんでカラスなんか乗っけてるの?」

『後で食べるつもりなの?』

「……カラスさんを食べるのは、私が許さない……」

「んなわけあるかっ。なあ七瀬、フェレットは普通なのか」

「そうよ。たまに乗っけてるのを見るから」

「じゃあ、カラスは普通じゃないんだな」

「そうよ。乗っけてるのなんて見たこと無いから」

繭はフェレットとカラスを頭に乗せたまま、やはり真琴と一緒に天野にくっついている。七瀬の話だとどうもフェレットは標準装備らしいが、カラスは違うらしい。じゃあ、このカラスはどこから紛れ込んだんだ?

「あっ、そら。こんなところにいたんだね」

「かー」

「……また新しい人か……誰だあんた?」

「わたし? わたし神尾観鈴。観鈴ちん、って呼んで」

さぁ、もう誰が出て来ようが驚かないぞ。今度俺の目の前に現れたのは、金色の髪が綺麗な名雪と同年代くらいの女の子「神尾観鈴」だ。やはりこいつも、恐らく夜に拉致られて来たにもかかわらず、ピンクの私服を着てやがる。ちくしょう! 誰か一人ぐらいパジャマはおらんのか! どうなんだ! おい!

俺はこの押さえようのない怒りの感情を込めて、こう言ってやった。

「よーし分かった。かみかみって呼んでやるからな」

「あーっ、それはみちるが考えたあだ名だぞーっ。真似するなーっ」

「じゃあ、お前はちるちるだ。それで文句は無いだろう」

「にょわーっ! 全然関係ないぞーっ」

「が、がお……」

神尾観鈴が困ったようにそう言ったとき、俺の中の何かが弾けて、

(ぽかっ)

(ぽかっ)

(ぽかっ)

思わずその頭をどついた。そして俺以外にも二人の人間が、同じように神尾観鈴の頭をどついていた。どつくタイミングはまったく同じ。まさに三連コンボ、いや、三連同時当てだ。

「イタイ……どうして三回も殴るかなぁ……」

「その口癖は直せって言うたやろーっ!」

「俺は晴子に言われたからだぞ」

「なんとなくだ」

「うう……最後のは理由になってない……」

観鈴をどついたのは、俺、国崎、そしてピンク色の髪の毛をした関西弁を使う謎の女の人だ。往人の言葉から察するに、多分晴子という名前なのだろう。立場的には、観鈴の保護者っぽい。

「あんたは誰だ?」

「うちか? うちは晴子。神尾晴子や。この子のお母さんやで」

「そうだよ。わたしのお母さん」

「俺は今こいつらの家に厄介になってるんだ」

「さっき言いかけてたのはそれか」

「なあ居候、これ、どういうことや? 状況がさっぱり分からんわ」

「観鈴ちんも。ねえ往人さん、これ、どういうこと?」

「どういうことって……お前らがここにいる理由は俺には分からないぞ。俺は俺で気が付いたらここにいたわけだしな」

国崎が困っているようなので、助け舟を出してやることにした。

「なあ、観鈴に晴子さん。昨日の夜のこと、思い出せないか?」

「昨日の夜? そう言えば……」

……そう言えば、仕事から帰ってきて酒飲んどったら、なんか夜風に当たりたくなってきて、縁側に出たんや。

「今日は星が綺麗やなあ。なんか珍しいわ」

酒入って上機嫌やったんやろなあ。ちょっと大きい声で騒いどったんや。まあ、隣近所はすっかり寝てもうてるやろし、たまにはこんなんもええやろと思て、そのまま外におったわけや。

「でもま、うちには負けるけどな。ははははは!」

せや。うちの美しさには皆脱帽や。昔うちと付き合ってた男がおったけどな、そいつが別れ話を切り出してきたんや。うちはそいつに言ったった。「逃がした魚は、人魚やってんで!」ってなー。どや? おもろい話やろ?

「あ~。気分ええわ~。こんなに気分ええの久しぶりやわー」

昨日は珍しく雲も出てなくて、月も綺麗やったんや。こんな日、滅多に無いで?

「月も綺麗や。なんかごっつうええ気分やわ」

酒飲みながら見る月って、こんなに綺麗やったんやなあ。うち、ビックリしたわ。

「でもま、うちには負けるけどな。ははははは!」

せや。うちの美しさには皆脱帽や。昔うちと

「お母さん、そこ、さっきも言ったよ?」

「……せやったな」

……まぁとりあえず、うちは一人で酒飲みながら、星とか月とか空を眺めてたわけや。それで……大体、一時間はそうしとったかなあ。

「そろそろ寝よかー。明日も仕事やし」

寝ることにしたんや。酒も無くなったし、ちょっと眠とうなってきたから、ちょうどええと思うてな。ビン持って家ん中入ろうとした……その時やった。

……「ヤツ」が現れたんや。

「だおー。そこの関西弁とバイクしかアイデンティティを保つ術の無い女、止まるんだおー」

「誰が関西弁とバイクしかアイデンティティを保つ術の無い女やーっ! 喧嘩売っとんのかーっ!」

そいつはいきなり現れたと思たら、いきなり胸糞悪いことを平然と言ってきたんや。ミミズみたいな目しとってやな、霧島さんとこの娘っこみたいに青色の髪の毛で、観鈴の着てるのとよー似たパジャマを着とったんや。

「誰やあんた?! わざわざ喧嘩売りに人の家入って来たんかぁ?!」

「うにゅ。このNAYUKI様は貴様のような下等生物とは喧嘩しないんだおー。貴様のような下等生物はこのNAYUKI様の下僕となって二十四時間直立不動で立たされるような仕事でもしていればいいんだおー」

そいつはそんなわけの分からんことを抜かしながら、急に懐からビンを取り出してきて、そのまま……

 

「……吸い込まれたってわけか」

「せや。どういうことやねん。一体……」

名雪は本当に別人になってしまったようだ。一体何が名雪を変えたんだ? あれか? やはり秋子さんのジャムか? じゃむか? ヂャムか? 邪夢なのか?

「ところで観鈴、なんであんたもおるんや」

「うーん……お母さんと大体一緒なんだけど……」

夜喉が渇いて、冷蔵庫にジュース……どろり濃厚って言うんだけど、すごくおいしいんだよ。でも、往人さんもお母さんも「飲むな」「飲まない」「飲めない」って言うの。どうしてだろう? とにかく、それを取りに行ったんだけど、

「が、がお……全部無くなってる……」

全部無くなってたの。そう言えば、お風呂上りに二個飲んで、それで無くなったんだったって思い出したの。しょうがないから、いつも買いに行ってる自動販売機まで行くことにしたの。

「どの味にしようかな。やっぱりピーチ味かな。バナナ味もいいよね。いちご味も捨てがたいな」

ジュースを買うのって、やっぱり買うまでどれを買うか考えるのが一番楽しい。どれを飲むかを考えといて、実際には別のを買ったりすると、もっと楽しい。

「チョコ味も悪くないし、ぶどう味も好きだし、バニラ味もかなり嫌いじゃないし……どれにしようかな」

どの味を買うかを考えながら歩いてたら、すぐに自動販売機の前まで来たの。それでまずお金を入れてから、

「うーん……オレンジ味も飲みたいし、レモン味はさわやかだし、リンゴ味もおいしいし、カルピス味もいいよね。うー、どれにしようか、迷う。観鈴ちん、ぴんちっ」

どれを買うかもう一回迷うの。これが、一番楽しい。

「でも、しっかり決めないとね。今日はやっぱり、ピーチ味にしよう」

そう思って、ピーチ味のボタンを押そうとした……その時だった。

「だおだおだおー」

(ピッ)

「わっ?!」

急に後ろから手が伸びてきて、勝手にボタンを押したの。誰かと思って振り向いてみたら、全然知らない子。さっきお母さんが言ってたみたいに、糸みたいな目で、青色の髪の毛で、わたしと同じようなパジャマを着てた。

(ガコン)

自動販売機から出てきたのは、ピーチ味じゃなくて、いちご味だった。

「あ、あの……」

「うにゅ」

その子はいちご味のどろり濃厚をさっと取り出すと、ごきごきと一気に飲んじゃったの。お金出したの、観鈴ちんなのに……

「馴染む……実に馴染むんだおー」

「が、がお……」

女の子はどろり濃厚を全部飲んじゃってから、観鈴ちんのほうをむいて、

「うにゅ。ついに見つけたんだおー」

「ひょっとして、わたしのこと?」

「そうだおー。貴様こそこのNAYUKI様の最大最強の不安要因なんだおー。貴様の『ゴール』はあらゆるものを無に帰す核爆弾なんだおー」

「が、がお……何言ってるのか、全然分からない……」

「知る必要はないおー。貴様は黙ってこのNAYUKI様の手で惨殺処刑されておけばいいんだおー」

そう言うと、女の子は懐からビンみたいなのを取り出して、

「うにゅ。貴様のような不幸系キャラは確実に人気が出るから絶対に許さないんだおー。後、貴様のアニメ版の評価が異様に高いのだけは絶対に許せないんだおー。時間帯・プロット・その他諸々で大幅に不利だったわたしの積年の恨みを今ここで晴らしてやるんだおー」

「え、えっと……」

「だおー。死ぬがいいんだおー。この翼人めー」

「が、がおぉぉぉぉぉ……」

 

「……そんな感じで、今ここにいるの」

「……すみません。うちの従姉妹がこんなので……」

もはや平謝りしか選択肢が残されていないような気がした。正直、名雪がここまで訳の分からないヤツだとは思ってもみなかった。明日にでも役所に行って縁を切らなければ、俺の身に何があるか分かったものではない。

「ねえ秋子さん。名雪、やっぱりヘンですよ」

「そうね……今度、お医者さんに診てもらった方が良いかも知れませんね」

「それなら私が引き受けよう。今回は特別に割引サービス付きだ」

「そうしてくれると助かる」

腕組みをして堂々と立っている聖が、何故だか知らないがすごく立派に見えた。うーん、何故だろう。何故だろう。

「そう言えば観鈴、お前髪の毛増えたな」

「せや、そう言えば、知らん間にえらい長なっとるやん。どないしたんや?」

「えっ? わたし、何もしてないよ?」

「でも、実際すごく長いぞ」

「うん。ボクもそう思うよ」

「そうだぞー。みちるより長いぞー」

『うらやましいの』

「……なあ、お前ら、後ろに人がいることに気付かないのか?」

「えっ?」

往人、晴子さん、あゆ、みちる(本名不明)、澪(本名不明)が、同時に後ろを振り向いた。そこには……

「……私に構わないでください」

「……また新キャラか」

「わ、新キャラさん」

金色でなおかつ殺人的に髪の毛の長い、どこか無愛想な感じのする女の子が立っていた。ふっ。もはやこの程度では驚かないぞ。俺を驚かすことは最早不可能だ。

「とりあえず、名前を聞かせてもらおうか」

「……里村茜です」

「よし。そろそろ読者の方もだれてくるころだ。手短に話してくれ」

「……ぞんざいな扱いですね」

「しょうがないだろう。今までが丁寧すぎたと思ってくれ」

「……夜、人を待っていたら、さっき神尾さんが話していたとおりの子が来て、ビンに吸い込まれました。以上です」

「よくぞそこまで綺麗にまとめた。感謝する」

「……してくれなくて結構です」

この里村茜という女の子、よほど無愛想な感じなのか、必要なことを話すとさっさと部屋の隅のほうへ行ってしまった。まあ、どうせこれから会うことも無いだろうし、仲良くしたところで何かいいことがあるわけでも無さそうだ。

「とりあえず、その辺で適当にくつろいどいてくれ」

「……………………」

やれやれ。最近は妙な子が増えたなあ。つくづくそう思う。たい焼きが命の次に大切なヤツとか、お米券を進呈するヤツとか、魔法が使えると本気で信じてるヤツとか

「えーっ?! さゆりんも魔法が使えるのぉ?!」

「あははーっ。そうですよー。佐祐理も魔法が使えるんですよー」

「……佐祐理は特別だから……」

「……とうとう佐祐理さんも登場か……」

「あーっ。祐一さん。やっぱり、ここは祐一さんの家だったんですねー」

いつもの調子で俺に話しかけてくる佐祐理さん。いつか出てくるだろうとは思ってたが、やはり出てきた。ある程度予想はしていたので、別段驚くことも無い。ただ、何で名雪は俺の知り合いを的確に連れてくるのか。それだけが疑問だった。

「佐祐理さんもビンに?」

「はい。昨日舞にこっそり差し入れに行く途中に、水瀬さんに拉致られちゃったんですよ」

「……ひょっとしてその時、名雪に『うにゅ。魔法が使えるやつはこのNAYUKI様の忠実なる下僕となるんだおー』とか言われなかったか?」

「ふぇ……どうして分かるんですか?」

「なんとなくだ」

今のあいつなら、それぐらい平然と言ってのけそうだ。ああ、どうしちまったんだ名雪。お前に何があったんだ。頼む、教えてくれ。

「それにしても、にぎやかですねーっ」

「まあな。全然意図したものじゃないけど」

「どれぐらい、にぎやか?」

「そうですねーっ。大体、90点ぐらいですねー」

「結構、にぎやかそうね」

「こんなに人が集まるのは、滅多に無いですからねー」

「……で、実に自然に会話に参加なされているそこのあなたはどなたですか?」

俺は知らない間に佐祐理さんの背後に立っていた、ちょっと背の高い女の子に声をかけた。恐らくは俺の先輩、多分、舞や佐祐理さんと同年代の人だろう。きれいな顔に反して瞳がちょっと冷たい感じで、それがまた複雑なイメージをかもし出している。

「私? 私は川名みさき。あなたは?」

「俺? 俺は相沢祐一。みさきさん、でいいかな?」

「いいよ。それじゃあ私は、祐一ちゃん、って呼ぶね」

「ああ別に……って、それは変だと思いませんかみさきさん」

「可愛いのに……」

「可愛さは必要ありません」

俺はキッパリと言ってやった。そうだ。男はキッパリと言ってこそ男だ。

「じゃあ、祐一ちん」

『祐一様』

「両方却下だっ」

「が、がお……」

『残念』

祐一様はともかく、「祐一ちん」ってなんだ。俺に喧嘩を売っているのか。それだったらむしろ「祐一ん」の方が響きも良くていい感じだ。もちろん、いくら響きが良くても、それで呼ばれて答えるつもりは無いが。

「……で、みさきさんはどうしてここに?」

「……多分、夜風に当たってたら、みんなが言ってる子に吸い込まれたんだと思う」

「……多分?」

「私、目が見えないの。だから、細かいところは分からないんだ。ごめんね」

「ああ、そういうことですか」

「……驚かないの?」

「今はもう何が来ても驚かない自信がありますから」

ふっ。目が見えないぐらいでこの俺が驚くとでも思ったか。これだけ意味不明の現象が続いてみろ。もう何が来ようが驚きもへったくれもない。俺を驚かすことは、絶対に不可能だぜ。

と、その時だった。

「あっ、これがみんなを吸い込んでたビンだねっ」

最後にみさきさんが覚醒したことで、底になっていたビンがその姿を現したのだ。皆が一斉に、自分達を吸い込んでたビンへと駆け寄る。ついでに、あゆと俺も。

「そうですね。私やお姉ちゃん、それにみんなは、ここに吸い込まれてたわけです」

「そうね。名雪が帰ってきたら、ちゃんと説明してもらわないと」

「あうーっ……もう見るのも嫌よぅ」

「まったくです。一体どういうつもりなんでしょうか」

「……今すぐ斬りたい……」

「舞、ここはちょっと抑えるんですよー。これが後で重要な証拠物件になりますから」

「まったく。今度あいつに会ったら、絶対にぶっ飛ばしてやるわ!」

「みゅ~」

『やられたらやり返す、なの。ハンムラビ法典なの』

「……早く帰りたいわ……」

「どんな形のビンなのかな? 縦長? 横長?」

「んにー。ジャムを入れるみたいな形をしてるぞー」

「……瓶でびんびん、なんちって……」

「お姉ちゃん、こんな小さいのにみーんな入ってたんだねぇ」

「うーむ……信じがたいな……しかし、私も佳乃も実際に吸い込まれたわけだし……」

「それにしても、持ち主はどこ行ったんや? 会ったら絶対にしばき倒して耳に指突っ込んで奥歯ガタガタ言わさな、うちの気が鎮まれへんわ!」

「それより、ここはどこなんだ? 帰り道が分からないんじゃ、どうしようもないぞ」

「……あれ? ねえ往人さん、祐一さん、あのビンから何か出てない?」

「……何か?」

俺は観鈴に言われて、ビンの口に目をやる。見ると、口から何か白いものが出ているのが見えた。よくは分からないが、何かこう……軽そうなものには間違いない。

「なんだろうね?」

「……………………」

俺は意を決して、ビンから出ている「それ」を右手で掴んでみた。実際に掴んでみると、それは、まるで……

「……羽?」

羽のようだった。ビンから羽? ちょっと待て、意味が分からないぞ。中に白鳥でも捕まってるのか? それとも、ここにいるあゆは偽物なのか? 本物はこの中につかまってて、コレはあの羽リュックの一部なのか? そうなのか?

「うぐぅ……どうしてそんなこと言うかなぁ……」

「が、がお……それ、観鈴ちんの台詞……」

「にはは。あゆちん、怖い子」

「……うぐぅ」

「あ、それはボクの専売特許だよっ」

さて、アホにも程があるやり取りをしているあゆと観鈴の二人はさておき、

「……気になるな。よし。引っ張ってみるか」

俺はそれを両手で掴み、一気に引っ張ってみた。

……が。

「ぐ……何か引っかかってるな……すまん、国崎。ちょっと手伝ってくれ」

「分かった。お前を引っ張ればいいんだな」

「そうだ。頼む」

「よし、行くぞ。せーのっ!」

俺と国崎が同時に力を入れた……その時だった。

(すぽーん)

「うおっ?!」

「ぐあっ?!」

ビンの中から、「何か」が飛び出した。それは俺の手を離れ、そのまま……

「にょわーっ?!」

「みゅ~?!」

(ずどーん)

みちると繭を直撃した。まあ、あいつらには運が悪かったと諦めてもらおう。そうしよう。それが一番の早道だ。

その前に言わなければならない、もっと重要なことが、たった今出てきてしまったのだから。

「……なあ相沢。一つだけ言ってもいいか?」

「奇遇だな国崎。俺にも一つ、言いたいことがあるんだ」

そう、あいつらのことなどどうでもよくなるほどの、とんでもない事だ。あまりにもとんでもなさ過ぎて、正直俺はまた驚いてしまったぐらいだ。

もう、何があっても俺は絶対に驚かないに違いないと確信していたが、それがいかに甘いものだったか、目の前の光景がすさまじい勢いで教えてくれた。

「よし。それなら、一緒に言おうじゃないか」

「ああ、それがいい。それがきっと、一番無駄の少ない方法だ」

「じゃあ言うぞ。せーのっ……」

 

『なんであの子は羽なんか生やしてるんだ?』

前言撤回。俺今驚きまくってる。正直、目の前の光景がちっとも信じられない。だってあれだぜ? 俺の目の前にだな、いきなりなんかこう和服みたいなのを来て、髪の毛をくくって結わいてるみちるよりちょっと年上ぐらいの子がいて、その子が二つの羽を生やしてるんだぞ? なあ、信じられるか? この光景。

「うぅ……此処は何処だ? 余はどうしてこんな処に居るのだ?」

「……さて、どこから取り掛かるべきなんだろうか……」

「……なんだこの空間は……余は夢でも見ておるのか?」

「あえて言おう。それはこっちの台詞だ」

目の前の女の子は……妙な口調で口を開いたかと思うと、辺りをきょろきょろ見回し始めた。さて、本当にどうすればいいのか分からない。

「おい、そこのお主。余は何ゆえにこんな処に居るのだ?」

「……その前に、あんたの素性を教えてくれないか?」

「余か? 余は神奈備命(かんなびのみこと)。お主は何奴じゃ?」

「俺は相沢祐一。どこにでもいる、ただの高校生だ」

「高校生? 何物じゃそれは。新手の歌集か何かか?」

「……誰か、この方の担当者はおられませんか?」

俺は一瞬で音を上げた。こんなヤツと会話になると考える方がどうかしている。ああ、誰かどうにか……

と、隣にいた国崎が前に出て

「俺が何とかしてみよう」

「マジか」

「ああ。ひょっとしたら、俺の探し人かも知れないしな」

「マジか」

「ああ。とにかく、ここは俺に任せてくれ」

俺はその場を退場して、国崎に場を任せることにした。

「神奈備命……悪いが、神奈と呼んでもいいか?」

「苦しゅうない。好きにしろ」

「よし。神奈。お前はさっきまで、空の上にいなかったか?」

「……ああ。お主の言う通りだ。間違いなく、余は空の上におったはずじゃ」

「よし。それでお前は……何か、悲しい夢を見ていなかったか?」

「……お主はどうして、余のことが分かる?」

「なんとなく、だ」

「……その通りだ。余はずっと、柳也殿を失う夢を見続けておったはずじゃ。それがどうして、かようなことに……」

「……柳也ってのが誰かはともかく……なぁ、その夢の中に、青色の髪の毛と糸みたいな目つきをした、『だおー』が口癖の女の子が乱入してこなかったか?」

「……お主、ちと余について知りすぎではあるまいか?」

「……図星か……」

国崎はがっくりと肩を落とすと、大きく息を吐いた。会話の中身の半分ぐらいが理解できてない俺と、それ以上に意味が分かって無さそうな周囲の人間。どうしてくれよう、この空気。

「……その羽は本物なのか?」

「まことの物じゃ。余は世に伝わる『翼人』の最後の一人とされておったからな」

「……やっぱりあんたが、俺の探し人だったみたいだな……」

「よかったね。往人さん。探してた人、みつかって」

「それは……そうなんだが……」

どこか不満げな国崎。国崎の探していた人とは、どうやらこの神奈備命という少女のことらしい。一体、どういう理由で国崎と神奈がつながっているのか、俺にはさっぱり分からない。

「羽~、羽だよ~、本物の羽だよ~」

「すごいです。これは大発見ですね」

「栞が助かったのも、なんだか納得が行くようになってきたわ」

『本物なの』

「すごいわね……これなら、空中殺法も楽々だわ」

「……羽が跳ねた、なんちって……どうです? 面白いですか……?」

「……はちみつクマさん……」

「あははーっ。佐祐理もなかなかいいと思いますよーっ」

「わわわ~、すごいねぇ。神社にあったあの羽とそっくりだよぉ」

「そうだな……驚きだ」

「真琴のことがあった後です。今更このようなことには驚きません」

「あうーっ……真琴はビックリしすぎて訳が分からないわよぅ」

「みゅー」

「……どんなのか、ちょっと見たかったかな……」

「しっかし、世の中って分からんもんやなぁ。こんなのがごろごろしとるんやから」

「お母さん、私、ごろごろはしてないと思うよ」

「……どっちでもいいわ……」

「お、お主ら……こら、みだりに触るでない」

一同、口々に感想を述べ合う。ああもう人数が多すぎて、誰が誰かちっとも分からん。

と、端っこの方で立っていたみちるに神奈が目を向けて、

「……そこのお主」

「んに? みちるのこと?」

「そうじゃ。お主、まさか……」

「んに。みちるはみちるだよ。みちるはみちる」

「……そうか、お主が……」

「お前ら、会話に深みがありすぎてちっとも付いていけないぞ」

だんだんと収拾が付かなくなってきた。こういうとき、誰かがびしっと言ってくれればなぁ。

「さあさあ皆さん。朝食の支度が出来ましたよ。たくさん作りましたから、皆さん一緒に食べましょうね」

「あ、秋子さん……さっきからずっと台詞が無いと思ったら、そんなことを……」

「ええ。皆さんお腹を空かせてるでしょうから、それなら……と思って……」

……とは言うものの、ここには俺、あゆ、真琴、天野、栞、香里、舞、佐祐理さん、七瀬、繭、みさきさん、茜、澪(本名不明)、国崎、観鈴、晴子さん、遠野美凪、みちる(本名不明)、佳乃、聖、それから……神奈がいる。それに秋子さんも加わるから……ひいふうみい……おいおい。総勢二十二人の超大所帯だぞ? いくらなんでも、全員が席に着くのは……

「大丈夫ですよ。こんなときのために、三十人掛けのテーブルに変形できるように家を改造しておきましたから」

「さすがは秋子さん。俺が心配する必要なんてなかったですね」

「ええ。それが了承一秒の秘訣ですから」

さて、場も落ち着いてきたところで、

「それじゃあ、これから全員で朝飯を食うことになったんで、俺についてきてください」

「うんっ。分かったよっ」

「あうーっ……お腹減った……」

「それなら、お言葉に甘えて……」

「お姉ちゃん、行きましょう」

「そうね」

「……和食がいい……」

「あははーっ。大丈夫ですよー。さっきからお魚の焼けるにおいがしてますからー」

「それじゃあ、アタシも行きましょうかね」

「みゅー」

「……こっちで、合ってるのかな」

「……仕方ないので、行きます」

『いただきますなの』

「俺はラーメンセットだ」

「往人さん、朝からラーメンセットは苦しいよ」

「あー、二日酔いで頭ガンガンするわー。後で水もらお」

「……みちる、それでは参りましょう」

「んにー。分かったー」

「よく分からぬが、朝餉との事だな。余も行くとするか」

「決まりだねぇ。それじゃあ、あゆちゃんを相沢家朝食部隊隊員三号さんに、真琴ちゃんを四号さんに、美汐さんを五号さんに……」

「佳乃、全部やってると日が暮れて朝飯が夕飯になってしまうから、その辺にしておきなさい」

「わわわ~、それは大変だねぇ。それじゃあ、途中は飛ばして、神奈ちゃんを二十一号さんに任命するよぉ。ちなみに一号さんはかのりんで二号さんはお姉ちゃんだよぉ」

こうして俺たちは、自分達がそこにいる理由も満足に分からないまま、秋子さんの用意した朝食を取るべく、キッチンへと民族大移動を始めた……

……その頃。

「だおー。ついに見つけたんだおー」

「……あなたはだれ?」

「うにゅ。あいにく、貴様に名乗る名は持ち合わせてないんだおー」

「……ねえ。あなたは、ここがどこかしってる?」

「うにゅ。知らないわけが無いんだおー」

「……ここにきたら、あなたはもう、かえれないんだよ……」

「だおー。このNAYUKI様に行けない場所など無いんだおー」

「……このせかいはえいえんにおわらない……えいえんのせかい……」

「うにゅ。望むところだおー。貴様はビンを使わなくても、このNAYUKI様が直接仕留めてやるんだおー」

「……このせかいはおわらないよ」

「うにゅ」

「……だってもう、おわっているんだから……」

世紀の対決が、今幕を開けようとしていた。

「……えいえんは、あるよ」

「だおだおだおー」

その勝負の行方を知るものは……いない。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。