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おともだち

「……………………」

一人で風を感じていた。麦穂の間をすり抜けていく風が髪を揺らして、またどこか遠くへと飛んでいく。風で麦が揺れて、いつも感じている、ちょっとだけくすぐったい感触。風に揺らされる髪を押さえて、誰もいない麦畑をくるりと見回す。

「……………………」

誰かいないかな。そう思って見回した麦畑だったけど、そこにはやっぱり誰もいなかった。いるのはただ、わたしひとりだけ。広い広い麦畑の真ん中で、わたしはひとり座り込む。今日も、ひとりぼっちで過ごすことになるみたい。寂しいけれど……しかたない。誰もここに来ないなら、一人ぼっちでも仕方ない。

「だれか、こないかな……」

ぽつりとつぶやいた言葉を、吹き抜ける風がどこか遠くへと持っていく。誰かがその言葉を拾って、この場所まで来てくれたらいいのに……そうすれば、その人と一緒に遊べるのに。そうすれば、その人とお話ができるのに。そうすれば……

「……………………」

……一人ぼっちじゃ、なくなるのにな……

「……………………」

しゃがみこんだ地面のひんやりとした感触が、寂しさでいっぱいの心にしみ込んでいく気がした。

 

「……………………」

今日もまた、わたしは麦畑へ遊びに来る。そこに、やっぱり人影は無い。いるのは、わたし一人だけ。わたしはいつものように麦畑の真ん中まで走って、そこから、ここへ誰か来ていないかを確かめる。でも、そこに誰かが来た様子は無かった。

「きょうも、ひとりかな……」

麦畑を吹きぬける風は、今日も同じように髪を揺らして、どこか遠くへと飛び去っていく。あの風の辿りつく場所は、いったいどこなんだろう? そんな風なことを考えたりして、わたしは一人、麦畑の真ん中で時間を過ごす。

「……だれか、きてくれないかな……」

地面にお尻を付いて、ぺたんと座り込む。小さく息をついてから、真上に広がる青空を眺める。背の高い麦がわたしの周りをすっかり覆って、周りのことはよく見えない。そして周りからも、わたしのことは見えなくなっているはず。

「……………………」

見上げた空は、どこまでも広がる澄み切った青だった。その青空を、真っ白な雲がのんびりと流れていく。麦畑を吹き抜けていった風はまた、あの雲もどこかへと運んでいくんだろう。その行く先は、風にしか分からない。

「……だれか、きてくれますように……」

この言葉も風に乗って、どこか遠くまで飛んで行ってくれたらいいのに。

「……………………」

……今日もまた、一人ぼっちだった。

 

「……きょうもまた、いちばんのり」

次の日もまた、わたしはいつもの場所へ遊びに行く。もしかしたら、今日は誰か来てくれるかも……そんなことを考えながら、わたしは今日も、いつもの場所を目差して歩く。

「……………………」

わたしが麦畑に来た時に、そこには誰もいなかった。小さくため息をついてから、わたしはまたいつものように、麦畑の真ん中まで進んでいく。背の高い麦をかき分けながら、いつものように、奥へ、奥へ。肌に触れる麦の感触が、いつもよりもちょっとくすぐったい……

……そんなことを、考えてたときだった。

 

「あっ……」

「……!」

 

……知らない男の子が一人、麦畑の真ん中に座り込んでいた。

「えっ……? え、えっと……」

「……………………」

わたしは何も言えなくて、そこで足を止めてしまった。男の子は戸惑った様子で、わたしの顔をじっと見つめてる。お互いに何も言えなくて、ただ、時間だけが過ぎていく。ここにわたし以外の人がいるなんて思ってなかったから、どうすればいいのか分からない。

「あ、あの……」

「ご、ごめんっ! ちょっと、ぼくと一緒にしゃがんでてっ」

「えっ、えぇっ?!」

急に手を引っ張られて、わたしは男の子の近くにしゃがみこんだ。男の子はなんだかあわてているみたいで、わたしは今男の子がどうなっているのか分からなかったけど、とりあえず男の子の言われたとおりにすることにした。

「……………………」

「……………………」

お互い何も言わないまま、時間だけが過ぎていく。男の子の手は、わたしの手をしっかり握ったままだ。その手はなんだかあったかくて……ちょっと、不思議な気持ちになった。これから何が起きるのか、わたしは男の子の言葉を待ち続けた。

(ここで、何してるんだろ……?)

ここでわたし以外の人を見たのは、初めてだった。この子はここに、何をしに来たんだろう? 何かから隠れてるみたいだけど、いったいどうしたんだろう? わたしの心の中に、気になることがいっぱい浮かんでくる。わたしは、男の子の事が気になってしかたなくなりはじめた。

「……………………」

「……………………」

そうやって男の子と一緒に、しばらく麦畑でしゃがみこんでいたとき。

「ごめんね……急にしゃがませちゃったりして……」

「えっ? う、ううん。へいきだよ。でも、どうして?」

男の子が話しかけてきてくれた。わたしはちょっと慌てちゃったけど、ちゃんと返事をすることができた。こうやって誰かとお話しするのは、すごく久しぶりだった。男の子はわたしの顔をじっと見つめて、ほんの少しだけ時間を置いてから、こう、わたしの質問に答えた。

「……かくれんぼ、してるんだ。だから、見つかっちゃいけないと思って……」

「そうだったんだ……それじゃ、わたしもいっしょにかくれてていい?」

「うん、いいよ。ちょっと待っててね」

「うん」

男の子はちょっと笑ってそう言うと、ほんの少しだけ体を伸ばして、遠くから誰か人が来ていないか見始めた。その間もずっと、男の子はわたしと手を繋いだまま。わたしはその感触がうれしくて、繋いでくれた手に、ほんの少し力を込めた。

「……よし。誰も来てないや。これなら、ここに隠れてれば安心だよ」

「うん。ここ……みんながしらない、ひみつのばしょだから……」

「そうだよね。こんなところがあること、ぼくも最近知ったんだ」

わたしは男の子と一緒にいられるのが楽しくて、ずっとその手を繋いだままだった。ここにわたし以外の人が来てくれるなんて思ってなかったから、わたしは本当にうれしかった。誰かと一緒にいることがこんなにも楽しいなんて、想像もしてなかった。

「えっと……そういえば、まだ名前言ってなかったね」

「あっ、そういえば……うん。あなたのなまえ、なんていうの?」

「ぼくはりき。『直枝理樹』っていうんだ」

「りきくん?」

「うん、そうだよ。君の名前は?」

「えっと……わたしのなまえは……」

 

「……まい。かわすみ、まい……」

 

……自己紹介って、こんなにも緊張するんだ……

ただ名前を言うだけなのに、胸がすごくどきどきして、上手く言葉が出てこなかった。繋いだままの手から、胸のどきどきが伝わらなかったらいいんだけど……わたしがすごく緊張してること、りきくんにも伝わっちゃったかな……それだったら、ちょっと恥ずかしい。

「まいちゃんっていうんだ……ちょっと遅くなっちゃったけど、よろしくね」

「うん。よろしくね、りきくん」

りきくんは少しはにかみながら、わたしと繋いだ手をぎゅっと握り返してくれた。わたしはほっぺたの辺りが熱くなって、どきどきがさらに早くなるのを感じた。どうして、こんなにもどきどきしちゃうんだろう……? ただ、りきくんと手を繋いで、一緒にいるだけなのに……

「まいちゃんは、いつもここで遊んでるの?」

「うん。このあたりで、ひとりであそんでるの」

「一人で?」

「……うん。ほかに、おともだちがいないから……」

「……………………」

わたしがそう言うと、りきくんはちょっと寂しそうな顔をして、わたしの目を覗き込んだ。りきくんの瞳は透き通っていて、吸い込まれそうなほど綺麗な赤色をしていた。その瞳に映し出されたわたしは、どんな顔をしてただろう?

「……………………」

「……………………」

また、お互いに何もしゃべらなくなる。でも、わたしはすごく楽しかった。りきくんの側にいられるだけで、わたしはすごく幸せだった。繋いだ手があったかくて、いつまでもそうしていたいと思えるような……そんな感じ。

「ねえ、りきくんはだれといっしょにかくれんぼしてるの?」

「ぼくの友達だよ。四人いるんだ。ぼくも入れると、五人」

「よにんも?」

「うん。リーダーの恭介、その妹の鈴、力の強い真人に、剣道が得意な謙吾」

「そうなんだぁ……なんだか、すごいね」

「うん。本当にすごいんだよ、みんな……」

お友達のことを話すりきくんは、見ていてとても楽しそうだった。たぶん、それだけみんな仲がいいんだと思う。ずっと一緒にいて、仲がよくて、みんなのいいところ・すごいところがよく見えているから……だから、話す時も楽しそうにできるんだと思う。

「……………………」

……わたしもりきくんみたいに、仲のいいお友達ができたらいいな……誰かと一緒にいれば、きっとすごく楽しいと思う。今までみたいに、ここで一人で遊ばなくてもよくなると思う。一人きりでいるのは、すごく寂しいから……

(そうだ、りきくんにきいてみよう)

お友達がたくさんいるりきくんなら、どうすればお友達ができるか知っているかもしれない。それなら、早速聞いてみよう。

「……ねえ、りきくん」

「どうしたの? まいちゃん」

「えっとね……わたし、おともだちをつくりたいの」

「うん」

「でもね、どうすればいいのかわからないの」

「……………………」

わたしのことをじーっと見つめるりきくんに、わたしは続けてこう言う。

「だからね、りきくん。わたしにおしえてほしいの」

「……………………」

「どうすれば、りきくんみたいにおともだちができるのかな……」

「まいちゃん……」

「わたし、どうすればいいのかな……?」

りきくんはなんて答えてくれるだろう? 何か、すごいことを教えてくれるかな? そうすれば、わたしにもお友達ができるかな……? わたしはりきくんの瞳を覗き込んで、りきくんから答えが返ってくるのを待った。

「それは……」

「うん……」

「……………………」

「……………………」

りきくんが静かになる。何か、頭の中で考えているみたい。お友達を作るのって、やっぱりすごく難しいことなのかな……わたし、難しいことを聞いちゃったのかな……りきくんの顔を見ていると、わたしはちょっとずつ、不安な気持ちになってきた。

「……………………」

「……………………」

顔を俯けさせるりきくんに、わたしはどうすればいいのか分からなくて、ただ繋いだ手だけは離さないように、さっきよりももっと強い力を込めた。りきくんはそれでも黙ったままで、地面をじっと見つめている。そうやって、時間だけが過ぎていく。

「りきくん……」

不安な気持ちになって、わたしはりきくんの名前を呼んだ。すると、りきくんが顔をあげて、

「……まいちゃん、あのね……」

わたしの顔を見て、何か言おうとした……

……その時だった。

 

「理樹っ! こんなところにいたのか!」

「恭介?!」

「!」

 

知らない男の子が、りきくんとわたしの前に現れた。りきくんがその子の名前を呼んだ時、わたしはその子がりきくんの友達の「恭介」くんだということに気づいた。そういえば、さっきお話したときに、名前を聞いたっけ……

「なかなかいい隠れ場所を見つけたな。お前で最後だ」

「ということは、もうみんな……」

「ああ。後ろにいるぜ」

そう言って、恭介くんが後ろを指差す。そこには……

 

「理樹、どうしてこんな場所があるって教えてくれなかったんだ。あたしもここに隠れたかったぞ」

「やるじゃねえか、理樹。恭介からここまで逃げたのは、お前だけだぜ」

「ここなら、隠れる場所もたくさんあるな……よし、次からはここも候補に入れさせてもらおう」

 

……女の子が一人と、男の子が二人。この子たちもたぶん、りきくんが話していたお友達の人だろう。

「さて、次は誰がオニになる――と言いたいところだが、理樹。その前に一つ、お前に聞いておきたいことがある」

「えっ? 何? 恭介……」

「お前と手を繋いでる、その子は誰だ?」

「えっ?!」

急に目線を向けられて、わたしは戸惑って言葉を詰まらせる。どうしよう、なんて言えばいいんだろう? 名前を先に言った方がいいのかな、それとも、ここに来た理由を言えばいいのかな……どういうことを言えば、一番いいのかな……

「えっと……えっと……」

……頭の中がまっしろになる。言いたい事、言わなきゃいけないことがたくさんあるのに、それがどんどん消えていく。何から話せばいいのか、何を話せばいいのか、何が一番大切なことなのか……どうしよう、どうしよう……どんどん、どんどん消えてっちゃう……

「あ……えっと……そ……の……」

だんだん小さくなっていく声。声を出そうと思っても、のどに力が入らない。掠れていく声。体がかちかちになって、手も満足に動かせない。気が遠くなりそうになる。どうすればいいのか分からなくて、だんだん胸が苦しくなってくる。胸の中がいろいろなものでいっぱいになって……涙が出そうになる……

「……………………」

「どうした?」

どうすればいいのか分からなくて……

(なにもいえない……いわなきゃ……いけないのに……)

……わたしが、顔を俯けさせたときだった。

 

「こ……この子はまいちゃんっ、ぼくの友達だよっ」

「えっ……?」

 

隣にいたりきくんが、そんなことを言った。わたしはびっくりして、りきくんの顔を覗き込む。

「りき……くん……」

「そうか、理樹の友達だったんだな。俺は恭介、お前と同じ、理樹の友達だ」

「きょうすけ……くん?」

「ああ。恭介って呼んでくれ。まい、だったか?」

「……うん。まい、かわすみ、まい……」

詰まっていた言葉が、少しずつ出てくるようになった。わたしはうれしくなって、だんだんと胸が軽くなっていくのを感じた。

「いつもここで遊んでるのか?」

「うん。きょうもあそびにきたんだけど、そのときに……」

「理樹と出会った、ってわけか。納得したぜ」

恭介くんは笑って、今度はりきくんに目を向けた。

「でも理樹、お前に友達がいたんなら、どうして紹介してくれなかったんだ?」

「えっと……今日、ここで知り合ったんだ。ぼくがかくれんぼをしてるときに、後からここへ来たんだ」

「そういうことだったのか。それにしちゃ、ずいぶんとお似合いだと思うぜ」

「!」

「き、恭介……」

恭介くんにそんなことを言われて、わたしは急に顔が熱くなった。たぶん、ほっぺたとかも赤くなってたと思う……どうしてだろう? こんな気持ち、はじめて……

「さて……気になることも片付いたし、次のオニを決めようじゃないか」

恭介くんはそう言って、周りにいたみんなを一箇所に集める。

「まい、一緒にかくれんぼしないか? 人数が多い方が、盛り上がるからな」

「えっ……?」

「せっかくだから、この麦畑だけを隠れ場所にしようか。それなら、俺たちもまいも平等だ」

「……………………」

そう言われて、わたしは迷った。みんなと一緒に遊べたら、それはすごく楽しいことだと思う。でも……

(……急にわたしが入って、みんないやじゃないかな……)

……不安だった。わたしが入ってみんながいやな思いをしたら、どうしよう。わたしはみんなにとって知らない子なのに、本当に一緒に遊んでも大丈夫なのかな……

(……やめておいた方が、いいのかな……)

そんなことが頭をよぎりかけた、そんな時。

「まいちゃん、一緒に遊ぼう」

「りきくん……?」

「まいちゃん、友達を作る方法を知りたいって、ぼくに聞いたよね?」

「えっ? あっ、うん……」

「だったら、ぼくたちと一緒に遊ぼうよ。友達になりたいなら、一緒に遊ぶのが一番だよ」

「りき……くん……」

そして、りきくんは言う。

「ぼくは、まいちゃんともっと仲良くなりたいんだ。だから……」

「……………………」

「みんなと一緒に……遊ぼうよ」

……その言葉を聞いて、わたしは……

 

「……うん! わたしも、もっとみんなとなかよくなりたい!」

もやもやが全部吹き飛んで、晴れ晴れとした気持ちになった。

「決まりだな。じゃあ、早速始めるか」

「六人になったわけか……こりゃあ、腕が鳴るってもんだぜ」

「まい、こいつには気をつけろよ。怪我させられそうになったら、あたしに言えばいつでも蹴っ飛ばしてやるからな」

「困ったときはお互い様だ。よろしくな、まい」

「うん……みんな、よろしくね」

一人一人の顔を見て、わたしはその度にうれしくなる。みんなと友達になれると思うと、飛び上がっちゃうくらいうれしかった。

「おっと、言い忘れてたな。まい、お前はこれから、俺たち『リトルバスターズ』のメンバーだ」

「『リトルバスターズ』……?」

「ああ。悪を成敗する、正義の味方さ」

「正義の……味方……」

その言葉に、わたしは胸がきゅんとなった。なんだか……すごく、すごくかっこいいなって思った。その「正義の味方」のメンバーに、わたしも入ってる……そう思うと、心が熱くなってくるのが分かった。自然と、体に力が入る。

「よし! それじゃあオニを決めるぞ! じゃーんけーん……――」

――その日は。

『ぽんっ!』

――わたしにはじめて、お友達ができた日だった。

 

それからは、毎日みんなと一緒に遊んだ。

「まさとくん、みーっけ!」

「何ぃーっ!? ちょ、ちょっと待てまい! 今のは無し、無しにしてくれっ!」

「お前が無くなれ!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

真人くんと鈴ちゃんは、いつも喧嘩ばっかりしているように見える。でも、二人ともすごく楽しそうだ。真人くんはいつも鈴ちゃんに蹴られているのに、それでも楽しそうにしてる。不思議だったけど……でも、一緒にいて楽しかった。どうしてかな?

「まい、こいつはばかだから、変なこと言ったら蹴ってもいいぞ」

「えっ……?」

「変なこと教えてんじゃねーっ! 蹴られるのはお前からだけで十分だ!」

「わっ?!」

「声が大きい! まいがこわがってるだろ! このぼけーっ!」

「のわぁぁぁっ!?」

鈴ちゃんはおねえちゃんみたいに、わたしにいろいろなことを教えてくれた。わたしもうれしかったけど、わたしと話してる時の鈴ちゃんもすごくうれしそうに見えた。鈴ちゃんは男の子みたいに見えて、すごく頼もしかった。本当に、おねえちゃんみたいな子だった。

「なんだ真人、また蹴られっぱなしか?」

「うるせーっ! いつもいつも蹴られてるみたいに言うんじゃねーっ!」

「でも、まさとくん、おとといもきのうも……」

「まいぃぃぃぃっ! 少しは俺に助け舟を出そうという気持ちになってくれーっ!」

「お前は泥舟にでも乗ってろ!」

「はぁぁぁぁーっ?!」

謙吾くんはすごく落ち着いていて、真人くんのライバルみたいな存在だった。剣道を習っていて、それがとても上手なんだって。なんだか、かっこいいな……。

「なんだなんだ、もう全員見つかっちまったのか」

「俺はまだ見つかってねーっ! まだだ! まだ終わらんよ!」

「いいから終われ!!」

「うがぁぁぁぁぁぁ!!」

リーダーの恭介くん。恭介くんはみんなをすごく上手くまとめていて、いろいろな遊びを考えるのが上手だった。恭介くんと一緒にいると、本当にちょっとしたことでも、楽しい遊びに変わってしまう。みんなのリーダーには、ぴったりの人だと思う。

それから……

「真人も見つかっちゃったんだね……すごいよ、まいちゃんは」

……りきくん。わたしをみんなと会わせてくれた、わたしのはじめてのお友達。

「えへへ……ここは、わたしのあそびばだから……」

「すごくいい場所だね。広いし、誰にも邪魔されないし……」

「うん……おきにいりのばしょ」

みんなと遊んでいると、すごく楽しかった。今まで一人きりでいたのが信じられないくらい、にぎやかで、さわがしくて、でも、楽しくて……毎日が夢みたいだった。わたしがずっと「そうなったらいいな」と考えていたみたいな日が、毎日続いた。

「よし……じゃあ次は、鬼ごっこと行くか!」

――すごく、楽しい時間だった。

 

そんな、ある日のこと。

「りきくん、ひとりだけ?」

「うん。今日はみんな、都合が悪いんだ。恭介と真人はおじいちゃんと一緒に山へ行ってて、鈴は町へ買い物に。謙吾は今日一日練習だって」

「そうなんだ……」

いつもはみんな揃ってここに来るはずだけど、今日はりきくん以外みんな都合が悪くて、来ることができたのはりきくん一人だけだった。わたしとりきくんは麦畑の真ん中まで歩いていって、そこに二人で一緒に座り込んだ。

「じゃあ、きょうはふたりきりだね」

「うん。初めてここで会った時と、同じだね」

りきくんの隣に座って、その顔を覗き込む。りきくんは穏やかに笑っていて、わたしのことを見つめ返してくれる。そうしているうちに恥ずかしくなって、わたしはちょっと目線をそらす。なんだか、不思議な気持ち。

「いつもにぎやかだけど、きょうはしずかだね……」

「うん……ちょっと寂しいけど、でも、たまにはいいかな」

「……うん」

どうしてだろう。りきくんとおしゃべりをしていると、なんだか胸がどきどきしてくる……顔が熱くなって、頭がぼんやりしてくる。これって、一体何なのかな……? 真人くんや謙吾くんと話してる時は、そんなことないのに……

「……………………」

「……………………」

わたしもりきくんも何も言わないまま、少し時間が経った。

(……そういえば……)

そうしているうちに、わたしは少し気になることを思い出した。

(りきくんは、どうやって恭介くんたちと知り合ったのかな……?)

それは、前から気になっていたこと。りきくんと恭介くんたちが、一体どうやって知り合ったのか。今はちょうど、りきくんだけが側にいる。せっかくだから、今のうちに聞いてみようっと。

「ねえ、りきくん」

「どうしたの?」

「りきくんは、どうして恭介くんたちと知り合ったの?」

「恭介たちと……知り合ったこと?」

「うん……どうして?」

わたしが問いかけると、りきくんは一瞬顔を俯けさせた。

「……………………」

「……りきくん……?」

そうしてから、遠くの空を見上げる――ちょっと前のわたしが、そうしたみたいに。

「……………………」

「……………………」

また、お互いに黙り込む。麦畑を吹きぬける風が、わたしとりきくんの髪を揺らしていく。

「……………………」

「……………………」

それが、さっきよりも長く続いた後だった。

「……まだ、まいちゃんには言ってなかったよね……」

「えっ……?」

「ぼくと……恭介たちが知り合ったいきさつを……」

りきくんは静かに、静かに呟く。わたしは隣で、りきくんの言葉を待ち続けていた。いつもとはちょっと違うりきくんの雰囲気に、わたしは少し、不安な気持ちになった。一体、どうしちゃったんだろう……。

「まいちゃんには、言ってなかったけど……」

 

「……ぼく、少し前に、お父さんとお母さんを亡くしちゃったんだ」

「……………………!」

 

わたしはびっくりして、何も言えなくなった。急にそんな話をされるなんて、思ってなかったから……

「それでぼく、一人ぼっちだったんだ。すごく辛くて、悲しくて……」

「りきくん……」

りきくんの話を聞いて、わたしは胸が詰まった。何か言葉をかけてあげたかったけど、出てきたのは……りきくんの名前だけ。何か言おうとしても、言う前にのどにつかえちゃう。こんなに苦しい気持ちになったのは、初めてだった。

「……ずっと、一人で泣いてたんだ。世界中から取り残されたような気持ちになって、すごく、寂しかったんだ」

「……………………」

昔のことを話すりきくんは、見ていてすごく辛そうだった。苦しさが直接伝わってくるみたいで、聞いているわたしもすごく辛かった。どんどん胸が苦しくなって……言葉が出てこない。

「ぼくは一人ぼっちで……それが、ずっと続いていくんだと思ってたんだ」

「……………………」

「でも……」

 

「そんなぼくを、恭介たちが助けてくれたんだ」

「えっ……?」

 

急にりきくんの声のトーンが変わって、わたしは思わず顔をあげた。見つめたりきくんの顔は、さっきまでの悲しい顔とは全然違う、穏やかで優しい表情をしていた。

「一人ぼっちだったぼくを、恭介たちが救ってくれたんだ」

「恭介くんが……りきくんを?」

「うん。本当の話だよ。恭介たちのおかげで、ぼくはまた、こうやってみんなと遊べるようになったんだ」

りきくんの瞳が輝く。恭介くんたちの話をするときの、りきくんの目だ。その目を見ていると、詰まっていた胸が急に軽くなって、またどきどきし始めた。体が熱くなって……だんだん、りきくんのことしか見えなくなってくる。

「ぼくは、恭介たちに助けてもらったんだ」

「……………………」

「だから……」

そう呟いてから、一瞬間を置いて……

「……ぼくも、だれかを助けたかったんだ」

「えっ……?」

「恭介がぼくにしてくれたみたいに、ぼくも誰かを助けたかったんだ」

「……………………」

「だから……」

 

「まいちゃんが一人ぼっちだって聞いたとき、ぼくはまいちゃんのことを助けたいと思ったんだ」

「!!!」

 

りきくんからそう言われた時、わたしは一瞬、頭がまっしろになった気がした。

「うまく言えないけど……とにかく、まいちゃんを助けたかったんだ」

「りき……くん……」

りきくんの気持ちがうれしくて、胸がぼっと熱くなる。うれしい気持ちがいっぱいになって、わたしの中に広がっていくのが分かる。

「りきくん……!」

「まいちゃん……」

わたしはりきくんの手をとって、初めて会ったときみたいにしっかりと繋ぐ。りきくんもそれに応じて、わたしの手を強く握り返してくれた。

「えへへ……りきくんのて、あったかいね……」

「うん。まいちゃんの手も、あったかいよ」

……繋いだりきくんの手のあったかさが、わたしの手にも伝わってくるのが分かった。

 

……それから、しばらくして。

「……ねえ、りきくん」

「うん。どうしたの? まいちゃん」

今度は、わたしが話す番だ。りきくんが話をしてくれたのに、わたしが何もいわないのは、ずるいと思ったから。

「わたしがひとりでいたりゆうを、りきくんはしってる?」

「ううん。まだ、そのことは聞いてないよ」

「そう……それじゃあまだ、わたしのことは、『ふつう』のこだとおもってくれてるんだね……」

「……どういうこと?」

……そう。

 

わたしは、『ふつう』じゃない。おかしな、おかしな子だ。

 

不思議そうな顔をして見つめるりきくんに、わたしは話を続ける。

「わたしはね、ちょっとかわったこなの……」

「変わった子?」

「うん……ふしぎなちからがつかえるんだ……」

「不思議な……力?」

「そう。ほかのひとにはない、ふしぎなちから……」

自分の手を見つめながら、わたしは思い出す。たくさんの記憶の中に、その光景はあった。

 

――犬さんと遊ぶわたし。

――苦しそうに息をするお母さん。

――遠くの動物園。

――頭をなでてあげると、犬さんが喜ぶ。

――吐き出される白い息。

――眠っているお母さん。

――動物園はまだ遠い。

――近くの雪を集める。

――冷たくなる手。

――雪を丸めていく。

――痛くなっていく手。

――それでも、あきらめずにがんばる。

――がんばって、がんばって、がんばって……

――たくさんのうさぎさんのなかに、わたしがいた。

――本当は、もっとたくさんの動物を作りたかった。

――でも、うさぎさんしか作れなかった。

――うさぎさんと、犬さんだけの動物園。

――でも、おかあさんはよろこんでくれた。

――今まで見たこと無いくらいの、うれしそうな顔をしてくれた。

――お昼にしようと、バナナを取り出すお母さん。

――バナナをあげて、犬さんと一緒に食べる。

――それを見ているおかあさん。

――うれしそうな顔。

――眠っているみたいだった。

――楽しかった。

――おかあさんとおでかけできて。

――動物園に来ることができて。

――犬さんと一緒に遊んで、バナナも一緒に食べて。

――すごく、すごく……

 

……記憶は、どんどん今に遡っていく。

 

――不思議な力だと、誰かに言われた気がした。

――人にはできないことが、わたしにはできた。

――目に見えないものが、たくさん見えた。

――知っているはずのないことを、いっぱい知っていた。

――何かを強く強く頑張って信じれば、それが叶う。

――それは、神様がくれた「力」だと思った。

 

――死んじゃったはずのおかあさんが、また、元気になった。

 

――いろいろな人に、名前を聞かれた。

――しらない所に連れて行かれて、「力を見せて」といわれた。

――いつまでも帰してくれなかったから、見せてきた。

――それからだった。

 

「……あちこちにひっこして、そのあちこちで、おかあさんもわたしもいじめられて……」

「……ずっと、そんなひがつづいたの」

思い出す。色々な場所でされた、いろいろな悲しいことを。

「……わたし、へんなこだから……」

「こわい『ちから』をもった、きみのわるいこだから……」

思い出すたびに、胸がいっぱいになる。苦しくなる。

 

「『あくまのこ』だから……」

 

今までよりも、ずっと、ずっと。

「そんな『ちから』なんか、なかったらよかったのに……」

「みんな『ちから』のせいだって……」

「わたしが『ふつう』のこだったら、いじめられることもなかったのにって……」

わたしがひとりでいた理由。

それは……

「……だからね、ずっとひとりでいたんだ」

「ひとりでいれば、『ちから』でだれかをきずつけたり、こわがらせたりすることもないから……」

「だからね……ここで、ひとりぼっちでいたの……」

ひとりぼっちでいれば、誰も怖がらせずに済む。そうすれば、いじめられることもない。

ひとりぼっちでいれば、誰も傷つけずに済む。そうすれば、おかあさんもいじめられない。

ひとりぼっちでいれば……誰にも、迷惑をかけずに済むから……。

「でもね……」

「ホントはね……」

「ほんとうはね……」

……でも。

……分かっている。

……それは、ホントの気持ちじゃない。

「……だれかといっしょにいたかったの……」

「……わたしのことを、『ふつう』だっておもってくれるひとと、いっしょに……」

「そのひとと……いっしょにあそびたかった……」

……そう。

……それが。

……わたしの、ほんとの気持ち……。

 

「……それが、わたしがひとりぼっちだったりゆう」

「……………………」

「……これで、わたしのはなしはおしまい」

そこまで言って、わたしは話を止めた。

(話してよかったのかな?)

話し終わってから、不安な気持ちが湧き起こってくる。

(りきくんにこんなこと話して、ホントによかったのかな……?)

その不安は、どんどん大きくなってくる。りきくんはわたしの話を聞いて、わたしのことをこわがっちゃったかもしれない。

もう、今までみたいに、一緒に遊んでくれないかもしれない……

「ごめんね、りきくん……やっぱり、こんなはなし、しないほうがよかったね……」

「まいちゃん……」

そうだ。

最初から、こうなるはずだったんだ。

やっぱり、夢だったんだ。

わたしが誰かと一緒に遊べるなんて、夢の中の出来事だったんだ。

「こわいよね、そんな、へんな『ちから』をもったこなんて……」

「……………………」

忘れよう。

いままでのこと、みんな忘れよう。

すごく楽しかったけど……

夢みたいに、楽しかったけど……

「ごめんね、いままでいわなくて……でも、もういっちゃったから……」

「……………………」

……でも、もう終わりにしなきゃ。

これ以上一緒にいても、りきくんたちが怖がるだけ。

……わたしはやっぱり、ひとりぼっちのままいなきゃいけないんだ。

……もう、おしまいにしなくちゃ。

「だから……だから……これで、さ――」

わたしが、お別れの挨拶をしようとした――

 

「まいちゃんは普通だよ。普通の、普通の女の子だよ」

 

――その時だった。

「……えっ?」

「不思議な力があるとか、そんなの、そんなの関係ない」

「……………………」

「まいちゃんはぼくの……いや、ぼくらの友達だよ」

りきくんはわたしの手をしっかり握って、立ち上がろうとしたわたしを引っ張った。

「まいちゃんは、友達がほしかったんでしょ?」

「う、うん……でも……」

「それなら、ぼく達がいるじゃないか。そんなことくらいで、ぼくたちはまいちゃんをいじめたりなんかしないよ」

「……!」

りきくんの言葉が、わたしの心の中で響く。

「約束する。ぼくたちは、ずっと友達だよ」

「りき……くん……!」

「何かあったら、必ず助けに来るから。だから……もう、一人になろうなんて考えないで」

「うん……」

「まいちゃんをいじめるような人がいたら、ぼくたちがやっつけてやる。ぼくたちは、正義の味方なんだ。誰かをいじめるような人は、ぼくも恭介たちも絶対に許さない」

「うん……うん……!」

「だから……まいちゃん。これからも、友達でいようよ」

「うん……! りきくん……ありがとうっ……!」

わたしはりきくんの胸の中で、泣きじゃくった。

涙で顔がぐじゃぐじゃになっちゃったけど……でも、うれしかった。

 

わたしも、誰かと一緒にいていいんだ。

わたしも、お友達と一緒にいていいんだ。

わたしも……一人ぼっちじゃなくていいんだ。

 

それがうれしくて、わたしは泣いた。

りきくんはわたしの背中を、ずっと優しく撫でてくれていた。

……その手は、いつもと同じように、とってもあったかかった……。

 

「……りきくん、きょうは、ほんとにありがとう」

「ううん。気にしなくていいよ。まいちゃんの気持ち、ぼくにもよく分かったから」

「うん……えへへ……」

夕方になって、わたしはりきくんと一緒に、麦畑を後にした。

「……手を繋ぐのって、結構緊張するね……」

「うん……でも、わたし、いますごくうれしいよ……」

「……うん。その気持ち、ぼくにも分かるよ」

……りきくんと一緒に、手を繋いで。

 

それからは、みんなと一緒に遊ぶ毎日が続いた。

「てめぇ! そこは俺の陣地だって言っただろっ!」

「うっさい! お前の陣地なんかあるかっ!」

「んだとてめぇ……来やがれ! ぶっ飛ばしてやるぜ!」

「お前が吹っ飛べ!」

「どわぁぁぁぁぁ!!」

鈴ちゃんは相変わらず真人くんを蹴っ飛ばして……

「ちくしょう……だんだんと蹴りが強くなってやがるぜ……」

「ふん……何度でも蹴っ飛ばしてやるから、かかってこい」

「言われなくてもやってやるぜ! うらぁぁぁぁっ!」

「このぼけぇ!」

「はぁぁぁぁぁあ!!」

真人くんは蹴っ飛ばされても、すぐに元気になって……

「あの野郎……今度あったらただじゃおかねぇ……」

「その台詞は聞き飽きたぞ、真人」

「んだとてめぇ! こうなったら実力行使だ! お前らまとめてかかってこい!」

「謙吾、真人を捕まえろ」

「……仕方ないな」

「なっ?! お、おいちょっと待て! 二人がかりってのは卑怯だろ!」

「お前は三歩歩けば忘れる鳥頭か!」

「ぎゃあああああああああ!」

謙吾くんはそんな二人に突っ込みを入れたりしながら……

「やれやれ、今日も賑やかだな」

「恭介、お前からも一言言ってやれ。こいつきゅーきょく馬鹿だぞ」

「だれが馬鹿だ! 馬鹿って言ったやつが馬鹿なんだよ!」

「いっぺん死ね!」

「がああああああああああああ!!」

恭介くんが、うまくみんなをまとめていく……

それから……

「なあ理樹、最近お前、まいとばっかり一緒にいないか?」

「えっ? そうかな……」

「確かに、最近二人を一緒に見かけることが多いな。何かあったのか?」

「う、ううん……な、なんでもないよ、なんでも……」

……りきくんも、一緒に。

 

そんな日が、ずっとずっと続いていく。

 

……そう思っていた、ある日の朝だった。

 

「……………………」

……夢を見ている。ぼんやりとした意識の中で、おぼつかない足取りで歩いている。

「……ここ……は……?」

ぼやけていた風景が、だんだんとくっきりとしてくるのが分かる。おぼろげだった輪郭がはっきりしてきて、次第に形が見えてくる。曖昧だった色の境目も、きちんと別れていくのが分かる。そうして浮かび上がってきた光景は……

「……麦畑……?」

いつもみんなと一緒に遊んでいる、あの麦畑の風景。風に揺れる麦穂も、抜けるような青空も、いつもと変わらない。少なくとも、最初はそうだった。今までと何も変わらない、いつも通りの風景――。

――それが。

 

(ザシャッ!)

 

無数の麦穂が無慈悲に撥ねられ、実がぱらぱらと地面に落ちる。わたしはびっくりして、ぼんやりしていた目をこすり、麦畑に目を向ける。

すると、そこには……

「……まっ……」

 

(魔物……魔物がいる……!!)

 

真っ黒い体に大きな爪を携えた、禍々しい姿。それが麦畑を闊歩しながら、気まぐれにその爪を振り下ろす。

(ザシュッ)

(バシュッ)

爪が空を切るたび、無数の麦穂が宙を舞う。空中で無惨に形をなくして、ぱらぱらと地面に降り注いでいく。それを、魔物は楽しそうに眺めている。恐ろしい形相で、落ちてくる麦を掴み、滅茶苦茶に引きちぎる。引きちぎられた麦穂の悲鳴が、わたしの耳に聞こえてくるようだった。

「や……」

魔物は地面を踏み荒らし、麦穂を次々に踏み潰していく。そこには、慈悲の欠片も感じられない。

「や……やめ……」

闇雲に爪を振るっては、麦を宙へと舞い上げていく。あまりにも無意味な、残酷な破壊。

「やめてっ! これいじょう、ここをあらさないで!!」

わたしが声をかけても、魔物は気にもかけずに、麦畑を壊していく。

「やめて!! どうして……どうしてそんなことをするの?! やめてったら! ねぇ!!」

わたしの声は届かない。

 

麦畑が、思い出が、記憶が……

みんな、壊されていく。潰されていく。

魔物が……みんなの遊び場を、壊していく……

 

「いやぁぁぁああぁぁっ!!」

……目覚めた時、体中に汗をかいていた。胸の鼓動が高鳴って、今にも飛び出してきそうだった。布団は汗をいっぱいに吸い込んでいて、すっかり冷たくなっていた。

「あ、あ……あぁ……」

怖い光景が何度も何度も蘇ってきて、その度にひどい寒気がした。夢とは思えないような、あまりにも怖い夢。

「……………………」

……その時。

「……まさか……」

……わたしの中で、恐ろしい考えが浮かんできた。

(もしかしたら……さっきのは……!)

 

もしかしたら。

さっきの夢は。

 

(……夢じゃ……ないかもしれない……)

 

昨日家に帰る途中に、こんな話を聞いた気がする。

 

「もうすぐこの辺りに、学校ができるらしい」

 

その時は何も関係ないと思って、ただ聞き流した話だった。わたしは別の学校に通っていたから、全然、関係のない話だと思っていた。

(でも……)

わたしはもう一度、よく考えてみた。この辺りに学校を作るっていったって、場所はどうするんだろう? この辺りで何か建物が建てられるくらい広い場所なんて、どこにもないはずなのに――

(……!)

――でも、一つだけある。たった一つだけ、学校を建てられるくらい、大きくて広い場所がある。

(……!!)

――そこはとても広い上に、だれの持ち物でもない。ただ一面に野生の麦が広がっているだけで、誰も気に留めない、だだっ広い場所。地面をまっ平らにして建物を建てるのには、とても都合のいい場所。

(……!!)

――麦畑。

 

「だめ……! そんなの……そんなのっ……!」

気がつくと、わたしは布団を飛び出していた。部屋を出て、電話のある玄関へと急ぐ。

(急がなきゃ……急がなきゃ……!)

早くしないと、間に合わない。もう、時間がない。

「電話……電話っ……!」

わたしは受話器を上げ、知らない家の番号を回す。これも「力」の一つだ。りきくんの家はどこか分からなかったけれど、「力」に任せれば、勝手に番号を入れてくれる。今は、とにかく急がなきゃ。

「……………………」

番号を回し終わって、誰かが出てくれるのを待つ。それがりきくんであることを、わたしは強く願った。

「お願いっ……早く……誰かっ……」

……そして。

 

「もしもし?」

「りきくん?! りきくんだよねっ?!」

「……まいちゃん?」

 

りきくんが電話に出た。りきくんはわたしがいきなり電話をかけてきたことにびっくりしたみたいだったけど、今はもう、そんなことは気にしていられない。

「ねぇっ、りきくんっ、たすけてっ!」

「ど、どうしたの? まいちゃん、どうしたの?」

「こわされちゃうの……みんなのばしょが……あのばしょが……!」

「どういうこと?! あの場所って……麦畑のこと?!」

「まものが……」

「魔物?」

そう、魔物だ。

思い出を壊しに来る、記憶を奪いに来る……

……恐ろしい、魔物だ。

「いつものあそびばしょにっ……!」

「魔物って、どういうこと? ねえ、まいちゃん? まいちゃん?」

「うそじゃないよっ……ほんとだよっ……ゆめをみたのっ……!」

「……夢?」

「まものがおそってきて……みんなのあそびばをめちゃくちゃにするのっ……!」

本当のことだ。わたしの「力」が見せた夢だから。

今まで、ずっとわたしを苦しめてきた「力」……

今度だけが嘘なんて、ありえない。

「ほんとうにくるのっ……わたしだけじゃまもれない……たたかえないよっ」

「まいちゃん、ごめん、言い忘れてたけど……今日はぼく達、遊びにいけないんだ……」

「いっしょにまもって……おねがいっ……!」

「そろそろ、帰る準備をしなきゃいけないんだ……だから……」

「みんなのばしょだからっ……たいせつなばしょだからっ……!」

「……………………」

「まってるから……ひとりで……たたかってるからっ……!!」

わたしはもう返事も聞かずに、そこで電話を切った。

「……っ!!」

いてもたってもいられずに、わたしは走り出した。

 

「……うそ……」

片隅に立てられた看板。そこに書かれている内容を見て、わたしは全身の力が抜けていくのを感じた。

「……ほんとに……ほんとだったんだ……」

……再来月から、ここで工事を始めるという内容。昨日までは、こんな看板は立っていなかった。でも、今はもうこうして、この場所に立てられている。あの夢の内容は、本当だったんだ。

「いや……」

夢の中で見た魔物が、目の前に現れた気がした。

「いやだよっ……」

魔物が麦畑を切り裂いて、何もかもをまっ平らにしていく……背の高い麦も、背の低い麦も、みんなまとめて、ばっさりと刈り取っていく。刈り取られた麦穂を、魔物は無造作に飲み込んでいく。

「いやだよっ……そんなの……いやだよっ……!」

わたしがどんなに泣きついても、魔物はその動きを止めない。まるでわたしをあざ笑うかのように、麦を踏み砕いて、土地を滅茶苦茶に荒らしていく。まるで嵐のように、風景を作り変えていく。

「だれかっ……だれか、たすけてっ……!」

声を上げても、わたしを助けてくれる人はいない。いるのはただ、わたし一人だけ。

 

(りきくん……)

 

絶望でいっぱいになりかけた心の中に、りきくんの姿が浮かび上がる。それは一瞬、わたしに希望を与えてくれた……けれども。

(……きてくれるはずなんか……ないよね……)

それは急にしぼんで、また、一つの絶望になっていく。

(ゆめのはなしなんて……しんじてくれるわけないよね……)

地面にへたり込んで、そのまま視線を地面に向ける。もう、どうしようもない。

(それに……りきくん、そろそろかえらなきゃいけないって……)

そうだ。そんなことも言っていた。りきくんはこの町に遊びにやってきていて、そろそろ自分の住んでいる町に帰らなきゃいけないって。それで、今日はその準備をしなきゃいけないから、ここには来れないって……

(……また……ひとりぼっちになっちゃうんだ……)

麦畑が壊されて。

りきくんたちが帰って。

わたしはまた、ひとりぼっちに逆戻り。

 

また……誰もいない場所を探して、一人で遊ばなきゃいけないんだ。

 

「……いやだよっ……! もう、ひとりになるのは……いやだよっ……!」

地面に涙が零れる。目の前がぼやけて、何も見えなくなってくる。辛いこと、悲しいことがいっぱい蘇ってきて、止め処なく押し寄せてくる。それを止めようとしても、止めるための楽しい記憶が、大切な思い出が、どんどん魔物に切り裂かれていく。

「うっ……うぅっ……いやだよっ……ひとりはもう……いやだよっ……」

どんなに泣いたって、もうどうにもならないんだ。

わたしはまた、一人ぼっちになっちゃう。

大切な思い出の詰まった麦畑も、跡形もなく消えちゃう。

「うっ……ぐすっ……ううっ……いやだよぅ……いやだよっ……!」

これから一人で、どうやって生きていけばいいんだろう。

これから一人で、どう過ごせばいいんだろう。

これから一人で……どうして――

 

 

「まいちゃんっ!!」

「……!!」

 

聞こえるはずのない声。

 

「来たよっ!! 助けに来たんだっ!! まいちゃんを、助けに来たんだよっ!!」

「りき……くん……?」

 

その声は、こっちに近づいてくる。

「まいちゃんっ! そこにいるの?! 今行くからっ!」

「あ……あぁ……」

その姿も……こっちに近づいてくる。

「まいちゃん! 大丈夫?! 怪我はない?!」

「りき……くん……」

嘘みたいな光景。

目の前に、りきくんがいる。

わたしのすぐ側に、りきくんがいる……

「りきくん……きて……くれたんだっ……!」

「電話が切れた後、すごく不安になったから……でも、もう大丈夫。ぼくが助けに来たよ。安心して」

「……っ!」

りきくんの優しい手が、わたしを抱きしめてくれた。それがすごくあったかくて、わたしは――

 

「理樹だけじゃないぜ」

「?!」

 

――安心したわたしを、さらに別の声が呼びかける。

「魔物ってのはどこだ? 見つけ次第、俺が地獄の果てまでぶっ飛ばしてやるぜ!」

――真人くん。

「こんなときこそ、鍛えぬいた剣の技が活かされるな……魔物でも化け物でも、どこからでもかかってこい」

――謙吾くん。

「まいっ! 魔物ってのはどこだ?! 今すぐ蹴っ飛ばしてやるから、場所教えろ!」

――鈴ちゃん。

「まい! 安心しろ! 俺たちが魔物を片付けてやる!!」

――恭介くん。

「ぼくだけじゃない。みんな、みんなここにいるよ」

「……!」

「みんなまいちゃんのことを心配して、家を飛び出してきたんだ。いてもたってもいられなかったんだ」

「……っ!」

「でも、もう大丈夫。ぼくらが、悪い魔物をやっつけてやる」

「……りき……くん……っ!!」

「ぼくらは正義の味方……リトルバスターズだ!!」

 

――一人ぼっちの女の子がいた。

――その子は不思議な力を持っていて、みんなから怖がられていた。

――悪魔の子だ、呪われた子だと、みんなからいじめられていた。

――いつも、一人ぼっちだった。

 

――女の子は麦畑が好きだった。

――誰もいないその場所が、女の子の遊び場だった。

――そこなら、誰にも迷惑をかけないからと、自分に言い聞かせて……

――女の子は一人、寂しさを抱えていた。

 

――そんな女の子に、友達ができた。

――頼りになる男の子、お姉さんのような女の子――

――力の強い男の子、いつも落ち着いた男の子――

――そして……いつも女の子の味方をしてくれる、優しい男の子。

 

――女の子は夢を見た。

――仲のいい友達と、一緒に麦畑で遊ぶ夢。

――それは、本当に楽しい夢だった。

――いつまでも見ていたくなるような、素晴らしい夢だった。

 

――女の子は夢を見た。

――みんなの遊び場の麦畑が、魔物に壊される夢。

――それは、本当に恐ろしい夢だった。

――それは夢ではなく、本当の話だった。

 

――女の子は声を上げた。

――たすけて、ちからをかして、おねがい――

――泣いているような声で。

――男の子にそう言った。

 

――麦畑に集う、六人の子供達。

――女の子を守るように、ぐるりと周りを取り囲む。

――彼らの目的はただ一つ。

――この場所に巣食う魔物を、退治することだ――

 

「うっ……ぐすっ……うわぁぁぁああぁあん……!」

「まいちゃん……」

わたしは……大きな声で泣いた。

「ぐすっ……ひっく……りきくん……りきくんっ……!」

「怖かったんだね。大丈夫だよ。ぼくもみんなも、まいちゃんの側にいるから」

「うん……うんっ……!」

みんなが来てくれたことがうれしくて。

わたしはもう、一人じゃないんだってことが分かって。

りきくんが、約束を守ってくれたことがうれしくて……

「ん? こいつが魔物か?! よしお前ら、ちょっとどいてろ。俺が根元から引っこ抜いてやるぜ」

「よし真人、引っこ抜いたらあたしに回せ。ぼこぼこに蹴ってやる」

「その後は……俺が三枚におろしてやるとするか」

「最後は派手にどかんと打ち上げてやるぜ。フィニッシュにはもってこいだ!」

……みんなの気持ちが、ただうれしかった。

 

その後、みんなに事情を説明して、この場所がなくなるかもしれないということを伝えた。

りきくんの提案で、恭介くんのおじいさんにも同じ話をした。

 

……それからしばらくすると、計画は白紙になった。

 

何がどうなったのかは分からないけど、でも、麦畑はそのまま残ることになった。

あの場所はいつまでも、いつまでもそのままの形で残ることになった。

 

……願いが、叶ったのだ。

 

「……りきくん」

「どうしたの?」

りきくんが自分の町へ帰る前の日に、わたしは二人きりで、りきくんと話をした。

「わたし……じぶんの『ちから』を、すきになれるかもしれないよ……」

「本当に?」

「うん……だってね……」

 

「みんなのあそびばがのこってほしいって、つよくつよくおねがいしたら……ほんとうに、のこっちゃったから……」

 

「……だから、じぶんの『ちから』を、すきになれるかもしれない……」

「……うん。きっと、その方がいいと思う。自分のことを嫌いになるなんて、やっぱり、悲しいことだからね」

「……うん。りきくん、ありがとう……」

「いいよ。ぼくはただ、まいちゃんと友達になりたかっただけだから」

……ううん。それが……

……わたしには、一番うれしかったよ……

「……また、あそびにきてくれる?」

「もちろんだよ。冬になったら、またみんなを連れて遊びに来るよ」

「やくそく、してくれる?」

「うん。約束する」

夏休みは、これでおしまいだけど……

……でも、また会えるから、わたしはもう大丈夫。

……また、あの場所で……

……みんなで遊ぼう……

 

 

……約束、だよ……

 

 

――それから――

 

「ふっ……ふっ……筋肉、筋肉……」

「真人君、また筋トレしてるの?」

「ああ……空き時間は常に筋トレに割り当ててるからな。お前もどうだ?」

「わたしはいいよっ。女の子なのに筋肉ついちゃったら、大変だもん」

部室の片隅で筋トレに励む真人君を見ながら、わたしはふと、自分に筋肉がついたら、なんて考えちゃう。

「……う~ん。すごく不気味だと思うよ。わたしに筋肉ついたら」

「そうか? 割と似合ってると思うぞ」

「そんなことないよっ! そう思うのは、真人くんだけっ」

こんなのももう、いつものやり取りだ。でもこうしていると、すごく落ち着いた気持ちになれる。とっても、あたたかい気持ちに。

「大変だ舞! 剣道部のキャプテンが、お前をスカウトしに来たぞ!」

「えっ?! 鈴ちゃん、それ、どういうこと?」

「この前お前が謙吾と遊んでた時に、チャンバラごっこになっただろ。そのときの様子を、キャプテンが見てたんだ」

「まさか……それでかな?」

「『あの謙吾とまともに打ち合えるやつがいるなんて……!』とかいって、滅茶苦茶……いや、くちゃくちゃ感動してたぞ」

「ど、どうしようかな……わたし、剣道にはあんまり興味ないよ……」

騒がしい日常。賑やかな日々。その中に、今の私はいる。

「おっ、今日は全員揃ってるみたいだな。これで練習にも身が入るってもんだ」

「恭介っ! 今度は柔道部の主将が来たっ! 追い払えっ!」

「えっと……わたし、行かなくても大丈夫かな?」

「気にすることはない。主将には後で入部の意志がないことを伝えておくから、気にするな」

周りには、あの時知り合った友達と。

「でも、舞ちゃんすごいよね~。謙吾君と引き分けになるなんて、舞ちゃんくらいだよ~」

「えっ……? で、でも、あれは遊びだし、謙吾くんだって手加減……」

「川澄女史。無闇矢鱈と自分を卑下するものではないぞ。あの時の謙吾少年の目は、本気だった」

「川澄さんには、いつもお世話になりっぱなしです。また何かお手伝いできることがあったら、どんどんいってくださいですっ」

「そーそー! まいちんはみんなの希望の星っ! この調子でもって、リーダーの地位もがっつりゲットしちゃうといいと思いますヨ」

「……その暁には、私を参謀として採用するといいことがある……」

「……えっ……?」

「……かも、知れませんよ?」

それに負けず劣らず、明るくて賑やかな人たちが、大きな「輪」を成している。

それから……

……それから。

 

「舞ちゃん! 練習が始まるから、そろそろ行くよ!」

「……うん! すぐ行くからっ!」

 

……理樹くん。理樹くんがいる。

「よーしみんな! そろそろ練習の時間だ。行くぞ!」

『了解っ!』

みんなが、揃って駆け出す。

 

――一人は寂しいから、二人で手を繋いだ。

――二人じゃ寂しいから、輪になって手を繋いだ。

――その輪は、どんどん大きくなっていく。

 

――今はもう、一人ぼっちじゃない。

――誰かが必ず、自分の側にいてくれる。

――一人ぼっちの寂しさを、みんなが知っているから。

 

――さあ、前へと足を踏み出そう。

――やがて来る過酷な日々も、みんなとなら乗り越えられる。

――さらなる未来へと、前へ、前へ。

 

……さよならを言おう……

……麦畑で、一人寂しく泣いていた……

……小さな、わたしに……

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。