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ゆきうさぎ

「……寒いな、相変わらず……」

雪の降り積もった町を、あてども無く歩き続ける。空には薄い雲がかかり、そこからひらひらと雪が舞い降りてくる。時折吹き付ける北風が、その雪をどこかへ吹き飛ばしていく。

「外に出てきたのはいいが、これじゃ凍えるだけだぞ……」

何もすることが思いつかずに外へ出てきたわけだが、これといって時間を潰せそうなものも見当たらず、ただただ体が冷えていくばかりだった。道ゆく人の数も少ない。この寒さなら、それも当然のことか。

「かと言って、家に帰ってすることも無し……どうすりゃいいんだ……」

名雪は香里と一緒にどこかへ出かけ、真琴とあゆは天野の家に。そして秋子さんは仕事に出かけ、水瀬家には俺一人が残されたというわけだ。どうしてくれようか。

「北川も出かけてるし、つくづくやることが無い……」

一人そんなことをぼやきながら、あてもなく町をさまよい歩く。心なしか、降って来る雪の量が増えつつあるような気がしてきた。風も同じで、体は風と雪とでどんどん冷えていく。コートとマフラーを羽織っているとはいえ、この寒さでは頼りない。

(諦めて帰るか……)

そう考え、水瀬家に繋がる道を選ぼうとした時だった。

「ん……?」

ふと目に飛び込んできた光景に、俺は思わず足を止めた。目線の先にあるのは、町外れの小さな公園。たまに栞と散歩しに行く噴水のある公園とは、広さも見栄えも天と地ほどの差があると言わざるを得ない、平凡で目立たない児童公園だった。

「あんなところで何やってるんだ……?」

そこにいたのは、俺のよく見知った顔だった。「彼女」は公園でしゃがみこみ、何やら作業をしているように見えた。何をしているのかまでは、この距離からでは分からなかった。

「……行ってみるか」

することもなかった俺は、「彼女」のところまで歩いていくことにした。

 

「こんなところで何やってんだ、舞」

「……祐一?」

雪の降りしきる公園に座り込んでいた舞に声をかけると、舞はゆっくりとこちらに顔を向けた。うさぎをモチーフにした桃色の耳当てと手袋が、妙に子供っぽく見えた気がした。

「こんなに寒いのに外にいたら、風邪引くぞ」

「……祐一も外にいる」

「いや、俺は風の子だからな。風邪とは無縁なんだ」

「……風の子?」

「ああ、風の子だ」

「……………………」

「どうした?」

「……ヒトデさん、もう一個ほしい……」

「いや、そんな真顔で懇願されてもな……」

真顔で「ヒトデさんが欲しい」と迫ってくる舞。マイペースなのは相変わらずだが、心なしか表情が豊かになったような気もする。そう言えば、例の木彫りのヒトデはどこにやっただろうか……確か、本棚の上に積んでたら「ガタッ」って音がして、それ以降見ていない気がする。

「それはともかく、こんなところで何やってるんだ?」

「……………………」

俺からの問いかけに、舞は無言で目線の先を指差す。舞の目線と指先が示しているところに、俺は目を向けてみる。すると……

「……雪兎?」

「……(こくこく)」

公園の地面に十体ほど並んだ、紅い目と緑の耳が付いた小さな雪兎たち。丸く小さな体ではあったが、どれも今にも動き出しそうなほど活き活きとしていた。これらをすべて舞が作ったのは、もはや訊くまでも無いだろう。

「そうか。雪遊びをして遊んでたんだな」

この雪だ。寒さをものともしない舞なら、雪兎を作りたくなったとしても不思議ではない。俺は単に舞が雪兎を作って遊んでいたのだとばかり考えていた。

……のだが。

「……遊んでたんじゃない」

「違うのか?」

「……(こくこく)」

口をへの字に曲げてちょっと不機嫌そうな態度を見せた舞が、「遊んでたんじゃない」と珍しく言葉で否定の意志を見せた。俺は意外な感じがして、思わず舞に問い返した。

「じゃあ、何のためにこれを作ってたんだ?」

「……プレゼント」

「……プレゼント?」

「……(こくこく)」

「プレゼント……? 誰のだ? 今日は何かの記念日なのか?」

「……………………」

俺が訊ねると、舞は無言で自分自身を指差した。くいくい、くいくいと自分を指差す姿はどことなく滑稽だったが、何の記念日なのか? という俺の問いの答えにはなっていないように見えた。

「どういうことだ? 舞、お前と何か関係があるのか?」

「……今日は、私の誕生日だから……」

「……舞の誕生日……?」

今日は一月二十九日……ああ、そう言えばそうだった。言われてみて初めて思い出したが、今日は舞の誕生日だった。一月は真琴もあゆも誕生日で重なっていたから、舞のことはすっかり忘れてしまっていた。

「それは思い出したが……何でお前の誕生日にお前が雪兎を作ってるんだ?」

「……プレゼントだから」

「雪兎が……? まさか、自分で自分のプレゼントを作ってるのか……?」

その問いかけに、舞は答えなかった。視線を地面に落とすと、また雪兎を作る作業を再開した。俺は呆気に取られ、舞にさらに言葉をかける。

「プレゼントって言ったって、自分で作ってもしょうがないだろ」

「……そんなこと無い」

「それにしたって、自分で自分にプレゼントなんて寂しいだろ。そんなことしなくても、佐祐理さんが……」

そう言い掛けた時、俺はふと気が付いた。

「そういえば……舞、佐祐理さんはどうしたんだ?」

「……別の場所にいる」

舞の答えは、実に素っ気無いものだった。

「別の場所って……いつも一緒にいるじゃないか」

「……今日は違う」

短く言葉を返しただけで、舞は黙々と雪兎を作り続けている。まるで、佐祐理さんのことなどどうでもいいと言わんばかりの様子だった。

(何かあったのか……?)

舞と佐祐理さん。それは切っても切れない、固い絆で結ばれた関係だったはずだ。それが今はどうだろ。舞は佐祐理さんのことなど気にも留めずに、ただひたすら雪兎を作り続けている。二人の間柄を知っている俺からすると、まったくもってありえない光景だった。

「舞、佐祐理さんと何かあったのか?」

「……何も無い」

「何も無いって、俺にはそうには見えないぞ」

「……何も、無い」

むっとした表情を向け、俺をじとりと睨む舞。本当に何も無いのなら、今こうして一人で雪兎を作っている理由が分からない。そもそも、自分へのプレゼントを自分で作るというのが理解できなかった。

「なあ舞、一体どうして……」

「……祐一、うるさい」

舞は声を低くして、もうこちらに目を向けることもしなかった。そうしている間にも、舞は黙々と雪兎を作り続けている。

「……分かったよ」

俺は半ば諦め、遠巻きに舞の作業を見守ることにした。

 

「……………………」

「……………………」

俺が公園に来て早三十分。その間舞はまったく休むことなく、ひたすら雪兎を作り続けている。その数はもう二十を超えただろうか。公園の一角が、雪兎たちによって占拠されているのが見える。

(一体どうして、雪兎なんか……)

舞は動物が好きなことは知っている。前にも雪兎を作っているのを見たことはある。が、幾らなんでもここまでたくさん作ったのは見たことが無い。どういうつもりで、舞は雪兎を作り続けているのだろうか。

「……………………」

「……………………」

そして、俺が舞の様子を見ていて思ったこと。

(……なんだか、楽しそうじゃないか?)

先ほど俺に見せた表情とは裏腹に、雪兎を作り続ける舞の様子は、心なしか楽しそうに見えた気がした。雪を集めて押し固め、形を作って目と耳を付ける。その作業を、舞は熱心に繰り返している。舞は雪兎を作ることに夢中になっている――俺にはそう見えた。

(しかし、プレゼントって言ったって、自分のプレゼントを自分で作るもんか……?)

そう。そこだけが引っかかっていた。今日が舞の誕生日なのは、さっき思い出したとおりだ。だが、自分のために自分でプレゼントを作ったりなどして、本当に楽しいものなのだろうか? 舞が雪兎を作る理由が自分の誕生日にあるのだとしても、それは俺には到底解せない理由だった。

「……………………」

「……………………」

公園のベンチに腰掛け、ただ雪兎を作り続ける舞。それを遠巻きに見つめる俺。

「……………………」

「……………………」

そんな光景が、かれこれ一時間近く続いた後だった。

 

「舞ーっ、連れてきたよー」

 

不意に、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。はっとした俺が、声の聞こえた方向へ顔を上げる。

「あ、祐一さんだーっ! こんにちはーっ」

「佐祐理さん……どこ行ってたんですか?」

現れた佐祐理さんは朗らかな笑みを浮かべ、こちらに向かって歩いてくる。その様子はいつもとまったく変わりない。戸惑う俺をよそに、佐祐理さんは俺のことを見つめている。

「えっとー、ちょっと用事があって、人を探しに行ってたんです」

「人を探しに……?」

「はい。舞に連れてきて欲しいって頼まれたんですよーっ」

そう言いながら、佐祐理さんが指差した先。

「すいませーんっ。こっちですー」

そこには……

 

「あら……舞、こんなところにいたの?」

 

舞とよく似た面影を持つ女性が一人、ゆったりとしたペースでこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

「時間をとってしまって、どうもすいません」

「いえいえ。倉田さんこそ、どうもすみませんね。そちらの方はどなたですか?」

話を振られて、俺は慌てて会釈をする。

「あ……あぁ、相沢祐一です。舞の、友達の……」

「相沢さんでしたか。いつも舞がお世話になっております」

「いえ、こちらこそ……」

さりげなく隣にいた佐祐理さんに近づき、耳元でそっと話しかける。

「佐祐理さん……あの人、もしかして……」

「はい。舞のお母様です。舞がお母様に見せたいものがあるって言うから、佐祐理が代わりに連れてきたんですよー」

「見せたいもの……?」

俺は佐祐理さんの言葉に疑問を抱きながら、舞の元に向かってゆっくりと歩いていく母親の姿を見つめていた。これから一体何が起きるのか、俺にはまったく予想も付かなかった。

(何を見せたいって言うんだ、舞は……)

そんなことを考えながら、俺は舞と母親を見つめ続ける。

そして……

「舞。見せたいものって、何かしら?」

母親が、舞に声をかけた。

「……………………」

座り込んでいた舞がゆっくりと立ち上がり、母親の目を見つめる。

「えっと……」

「どうしたの?」

「……おかあさん」

 

「……今日が何の日か、覚えてる?」

「もちろんよ。舞、あなたの誕生日ね」

「うん……私が、この世界に生まれた日……」

 

「……おかあさん」

「どうしたの?」

「えっと……」

 

「……今日は、私が生まれた日」

「……おかあさんが、私を産んでくれた日……」

「だから……」

 

「……私からおかあさんへの、『誕生日』のプレゼント……」

「私のこと産んでくれて、ありがとう……」

 

そう言って、舞が手を広げた先には。

「あら……これ、みんな舞が作ったの?」

「うん……おかあさんに、見て欲しかったから……」

 

……たくさんの雪兎たちが、仲良く寄り添っていた。

 

「……ありがとう、舞。とっても可愛いわ。動物園に来たみたい」

「うさぎさんしか、作れなかったけど……」

「本当に素敵よ。舞、お誕生日おめでとう」

「……ありがとう、おかあさん……」

舞の母親が、舞の頭を優しくなでてやるのが見えた。

「……………………」

その光景を見て、俺はすべてを理解した。

「……そうか。そういうことだったんだな」

「はい。佐祐理も最初、舞がどうしたいのか分からなくて戸惑ったんですけど……」

「ああ。舞の『プレゼント』ってのは、自分じゃなくて、自分を産んでくれた母親に向けてのものだった……そういうことですね」

「そうですねー。これもまた、お誕生日の一つの形だと思います」

「誕生日、か……」

雪兎に囲まれ、笑顔を浮かべる舞と母親。舞の誕生を祝う母親と、自分を産んでくれた母親に感謝の気持ちを伝える舞。

(そうか……単に、俺が誤解してただけだったんだな……)

なんてことはない。舞は舞なりに、自分の誕生日を祝おうとしていただけだったのだ。それは普通に思い浮かべる「誕生日」と形こそ違っていたけれども、俺が今見ているのは紛れも無く、誕生日を祝う母と子の姿だった。

「この子が田中さんで、この子が佐藤さんで……」

「あらあら、一人一人に名前もあるのね。この子はなんて言うのかしら?」

「えっと……」

舞と母親は雪兎たちと共に、とても楽しそうな様子を見せていた。

「楽しそうですね……」

「そうですねー。せっかくですから、このまま見させてもらいましょうー」

「それがいいですね」

わざわざ邪魔する必要も無い。このまま、二人の様子を眺めているのが一番だ。相変わらず外は寒くて、雪は止むことなく降り続いていたけれども。

「この子は鈴木さんで、この子は工藤さんで……」

「いい名前ね。みんな舞がつけたものなの?」

「うん……」

訳も無く、少し心が暖まったような気がした。

 

「……舞、誕生日おめでとう。これからも、よろしくな」

 

……そんな、一月二十九日だった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。