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3-2 夕餉

緑中心の野菜サラダに、マママートで買ってきた揚げたてのコロッケ、マトマの実をアクセントに使った洋風のスープ、それからお決まりの白いご飯。準備が整ったところで、瑞穂と沙絵が食卓を囲む。

そして、二人の間に入るかのような位置に座る、ハルの姿も。

「沙絵、サラダいる?」

「うん。ありがとね、お姉ちゃん」

ハルがいてもまるで気にすることなく、いつものように夕飯を食べる二人。当然のごとく戸惑うハル。シラセはお皿へ盛られた蒸し鶏と温野菜を食べながら、対照的な二組の様子を交互に眺めていた。

「ハルちゃんも、サラダ食べる?」

「あ……はい」

瑞穂はハルにもサラダを取り分ける。ハルはどうしたらいいのか迷いつつも、食欲はそれなりにあるようで、サラダやスープにおずおずと箸を付ける。一度食べ始めると少しずつ食事に没頭し始めて、だんだんと食べるスピードが増していく。コロッケを箸で切って口へ運び、ご飯を一口ずつ噛み締めていく。

ハルの様子を見た瑞穂が口元に笑みを浮かべて、そっとハルに語りかける。

「おいしい?」

上目遣いで瑞穂の目をチラリと見てから、ハルは素直に頷いた。それからまたすぐ食事へ戻ったところを見るに、お世辞の類では無さそうだ。瑞穂はハルの取り皿へサラダと半分に切ったコロッケをプラスして、ハルが食べるに任せた。

シラセが沙絵のすぐ側まで寄る。沙絵はそっとシラセに目配せしてから、ハルに視線を投げかけた。ハルは沙絵から見られていることに気付いていない。シラセが座ってハルの様子を見ていると、沙絵がシラセの背中へそっと手を置く。シラセは小さく息をついて、沙絵に撫でられるに任せた。

食事と後片付けが済んだところで、少しの間居間を離れていた沙絵が戻ってきて声を上げる。

「ハルちゃん、お風呂沸いたよ」

「えっ」

沙絵から声を掛けられて、思わず声を上げたハル。畳み掛けるように、というわけではないにしろ、瑞穂もそれに続いて。

「外暑かったと思うし、汗流してきたら?」

「着替え、私のお古あったよね。押入れだっけ?」

「二階の押入れだったかな。後で私も見にいくよ。さ、ハルちゃん、お先にどうぞ」

沙絵と瑞穂から薦められたハルが、瑞穂から手渡されたバスタオルを持って浴室へ向かう。ハルが服を脱いで浴室のドアを閉めたことを確かめてから、沙絵が瑞穂に歩み寄った。

「静かな子だね、ハル。今はまだ、ちょっと緊張してるのかな」

ハルの様子を見た沙絵が呟く。瑞穂は沙絵の背中を抱いて「そうだと思うよ」と返す。

今はまだ。その言葉に、沙絵がいくらかの意味を込めていることに気付かない瑞穂ではなく。

ハルに続いて沙絵と瑞穂が湯浴みを済ませて、三人揃って何とは無しに茶の間で過ごしている。シラセはハルの側に寄り添っていたが、ハルは眠気がわいてきたようで、ゆらゆらと眠たげに船を漕いでいる。

瑞穂がハルの側まで寄って、ハルにそっと声を掛けた。

「ハルちゃん、お布団敷いたよ」

目を半開きにしたハルが前にいる瑞穂と沙絵を見る。ちょいちょいと沙絵が指差す先には寝室があって、そこには真新しい布団が敷かれている。眠かったら寝ていいよ、瑞穂にそう言われたハルがこくりと頷き、のっそりと立ち上がって寝室へ向かった。布団に入ってしばらくもしないうちにハルは眠ったようで、すやすやと寝息を立て始めた。

沙絵が瑞穂に目配せして、寝室の襖をそっと閉めた。瑞穂は麦茶を注いだグラスを二つ持ってくると、茶の間へ載せて沙絵の前へスライドさせた。

「長旅で疲れちゃったみたいだね、ハルちゃん」

「遠くから来たっぽいからね、疲れちゃうのも分かるよ」

話題は当然のことながら、夕方になって家を訪れた少女・ハルのことになる。

「それでね」

瑞穂が軽く前置きしてから、沙絵に向けて口を開く。

「ハルちゃんなんだけどね、私たちの妹なんだって」

沙絵は小さく息をついた。驚いたと言うよりは、やっぱり、とでも言いたげな様子だった。麦茶を一口飲んでから、沙絵がグラスをコトンとちゃぶ台へ置いた。

「今までもさ、何人もトレーナーの子が泊まってったけど、ハルはなんだかそうじゃなくって、ちょっと別の理由でうちに来たんじゃないかなって思ってたんだ」

「沙絵には分かっちゃったか。別に、隠すようなことでもないんだけどね」

「私より年下ってことは、お母さんの子かな」

瑞穂が頷いて、ハルが抱えていた風呂敷包みを解く。ハルちゃんが持ってきてくれたんだ、そう言いながら、沙絵に骨壷を見せた。

小さな壷。目の当たりにした沙絵が、しばし言葉を失う。思ったよりも長めの間が空いてから、ため息混じりに呟く。

「あー……そういう、こと……」

瑞穂が頷く。

「二週間前、七月の七日に亡くなったんだって」

「七日、土曜日かぁ。私が忍と焼きそば食べてるときに、お母さん、向こうへ行っちゃったわけだね」

「お葬式ももう済ませたんだって。お骨になってるから、言わなくても分かると思うけどね」

「実感湧かないよね。これがお母さんっていうか、この中にお母さんがいるんだってこと」

沙絵がぺたぺたと骨壷に触れてから、そっと慈しむように撫ぜる。しばらくしてパタンと茶の間へ手のひらを落として、そしてするすると腕を引っ込めた。

「それでね、沙絵。ちょっとお願いがあるんだけど」

「ハルのこと、だよね」

「そう。ハルちゃんのこと」

一拍置いて、瑞穂が続ける。

「これからのことはハルちゃんが決めればいい、私はそう思ってる」

「ハルの人生は、ハルのものだからね」

「そう。沙絵の言う通り。でも、それはそれとして、しばらくうちに居させてあげたいなって」

沙絵がしきりに頷いている。瑞穂の言う通りだ、そう言わんばかりの様子で、何度も何度も首を縦に振っている。

「もしお姉ちゃんから言われなかったら、私から言おうって思ってたんだ。ハルを家に居させてって」

「沙絵と私、こういうところはお互いそっくりだね」

「まぁね。けどよく考えたら、お姉ちゃんが言わないはず無いかって、そういう風にも思ってた」

「落ち着ける場所があった方が、ハルちゃんだっていいだろうしね。沙絵もハルちゃんのこと、気になってるみたいだし」

「うん。ハルってさ、多分いい子だと思う。だけど、今はまだどうしたらいいのか迷ってるんだよ。私も迷ってるし。だから、時間が欲しいなって」

「落ち着いたら、ハルちゃんと話したいこと、いろいろあるしね。沙絵、ちょっと協力してね」

「ちょっとじゃなくて、いっぱい協力するよ」

二人はハルを迎え入れて、家に居させることに決めたのだった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。