May 5, 2000
今日からアルフの遺跡に配属されることになった。先輩は気さくな人で、僕にいろいろと教えてくれた。
初日にあたる今日は簡単な概要説明に、施設や周辺を軽く見て回ったくらいだ。
こんなところに警備員を入れる必要があるのかどうか疑問に思うくらい、静かで穏やかな場所だ。
先輩はしきりに時間を気にしていたようだったけど……何かあったんだろうか。
May 6, 2000
これといって不審な人物も現れず。訪れる人の数もまばらで、時間が経つのさえゆっくりに感じる。
あえてここに書いておくことがあるとすれば、昼間見かけたあの緑色の服を着た職員たちだろう。
真っ黒なゴミ袋と、やたらと大きな掃除機を引きずるようにして持っていたけど、何に使うんだ?
施設の清掃は毎日早朝に終わると聞いているが……
May 7, 2000
昼からは非番だったので、遺跡の周りをちょっと歩いて見てみることにした。
思いのほか広くて驚いたけれど、僕の目を引いたのは、詰所から西へ歩いたところにある遺跡の壁だった。
見たこともない形のアンノーンが所狭しと描かれていた。あんな変わった形のアンノーンは見たことがない。
大昔には、あんな形状のアンノーンもいたのだろうか。
May 8, 2000
先輩から連絡が来て、十四時から十八時にかけてアルフの遺跡を全面的に立ち入り禁止にしてくれと言われた。
理由を聞くと、遺跡のメンテナンスや状態チェックの時間が必要らしい。
この遺跡ができてからもうずいぶんになるらしいから、仕方のないことなんだろう。
まばらにやってくる観光客に事情を説明しながら、交代までの時間を過ごした。
追記
立ち入り禁止にするほんの少し前、小学生くらいの子供が入って行ったような気がしたんだけれど、ちゃんと
出て行ってもらったのだろうか? 少なくとも、こっちではその話は聞いていない。
May 9, 2000
今日は巡回担当の日だった。詰所には同期のウヅキが入ったが、随分疲れているようだった。しっかりしてくれ。
遺跡内部を見て回ったが、不審な人物や事柄は何も見つからず。たくさんのアンノーンがうろついているばかりだった。
昨日のメンテナンスのおかげだろうか。遺跡の床が徹底的に磨きこまれていた。汚れ一つない、という表現がしっくり来る。
六日に見かけた職員たちは、恐らくこのメンテナンスに当たっていたのだろう。
May 10, 2000
先輩からいろいろと話を聞かされた。今日は観光客の数も少なかったし、ほとんど一日喋っていたような気がする。
何でも先輩によると、アンノーンには一つとして同じ形はなく、それは毎日少しずつ入れ替わっていくそうだ。
今は何がどう違うのかは分からないけれども、先輩のようにずっとここで働いていれば、それが分かる日も来るだろう。
それにしても、この辺りはヤミカラスが本当に多い。それも一日中、ひっきりなしに鳴いている。
何か気になるものでもあるのだろうか? ヤミカラスは光物、あるいは自分の餌になるものに目がないと言うが……
May 11, 2000
どうやらまたメンテナンスがあったらしい。この前立ち入り禁止にして行ったばかりだと言うのに、えらく感覚が短い。
緑色の服を着た職員の顔も見かけたけど、以前とは顔ぶれがまったく違っていた。当番制だろうか?
今日の立ち入り禁止は二十時にまで及んだ。幾分疲れたので、さっさと仮眠を取ることにしよう。
……おっと、書き忘れていた。今日はチャンピオンに会った特別な日だったっけ。もったいないし、きちんと書いておこう。
あんな幼い子がポケモンリーグを制覇するなんて……ポケモン界の未来は明るいな。
May 12, 2000
詰所には監視カメラの映像を見るための専用の部屋がある。それはいいんだけど、監視カメラの数がちょっと尋常じゃない。
初めてその部屋に入ってみたけれども、ざっと見ただけで三十は画面があった。少なくとも、それよりは多いだろう。
映像を見てみたが、メンテナンス中はシャットダウンされるみたいで、昨日の二時から八時にかけては何も写っていなかった。
メンテナンス中にシャットダウンして、本当に大丈夫なんだろうか?
May 13, 2000
先輩と誰かが揉めていたので後で話を聞いてみたら、どうやらテレビ局の人間だったらしい。
アルフの遺跡はマスメディアの取材を例外なく拒否していて、今回も取材をめぐって揉め事があったみたいだ。
研究中の成果が露出することを恐れてのことだ、と先輩は言っていたけれども、そんなに秘密にするような研究があっただろうか?
僕が知っているのは、せいぜいアンノーン文字の研究くらいだ。そこまで重要な意味があるとは、僕には思えない。
May 14, 2000
都合で同僚に携帯で電話をかけようとしたら、いくらやってもつながらなかった。ディスプレイを見てみると、「圏外」の文字。
先輩に聞いてみたところ、アルフの遺跡一帯では、あらゆる通信機器が使用できなくなっているとのこと。ただし、警備員同士の無線は例外だとか。
どういう原理か聞いてみたけれど、先輩は言葉を濁すばかりで、はっきりとした答えを聞くことはできなかった。
まあ、急ぎの用事じゃなかったし、今度からは電話のお世話になるようなことが無いようにすればいいだろう。
追記
今日もメンテナンスが入った。今日は十六時から二十時まで。こんなにしょっちゅうしょっちゅうメンテナンスをしなきゃいけないほど、
この遺跡はガタが来ているのだろうか? 妙な事故でも起きなきゃいいんだが……
May 15, 2000
今日は遺跡の中の巡回。これといって変わったことも無く……この日誌に書き付けることも特にない。
強いてあげるなら……ミツヒロとコイントスで遊ぶのはやめておけ、ということくらいだ。おかげで千円も献上するハメになった。
あとは……遺跡の中は完璧な防音処理が施されていることに気づいた、ってことくらいだろうか。中の音はすべて中で吸収され、外には届かない。
昔の人の技術というのは、僕らの想像をはるかに超えて高度なものだったらしい。
May 16, 2000
またしてもメンテナンス。前のメンテナンスは一昨日だ。いったいどれくらいのペースでメンテナンスをすれば、この遺跡は安心して維持できるんだろうか?
それは置いておくとして、今日もまたチャンピオンにお目にかかる機会があった。改めて見返してみたけど、ごく普通の子供そのもの。
そんな子が頂点を勝ち取るんだから、ポケモン界の流動性たるや凄まじいものがあるんだろう。僕にはとても想像の付かない世界に、あの子は生きている。
もし僕に子供ができたら……やっぱり、あの子のように旅に出たがる子供になるだろうか?
May 17, 2000
警備に当たっていたところ、女の子のトレーナー(確か「マナ」って名前の子だった)が「怪我をしたアンノーンがいる」と詰所に駆け込んできた。
その場に急行してみると、そこには確かに、血だらけになっているアンノーンの姿があった。ただし、元気そうに動いていたけれど。
どうやら他のポケモンの返り血を浴びたみたいで、本人には傷一つ付いていなかった。念のために体に付いた血を洗って、遺跡の中へ戻しておいた。
遺跡に戻す段になると、何故だかずいぶんと嫌がっていたように見えたが……アンノーンの棲家はあそこなのに、変わったやつもいるものだ。
May 18, 2000
遺跡の周囲を散策するときに気をつけなきゃいけないのが、時折草むらに潜んでいる「ドーブル」というポケモンだ。
こいつは「スケッチ」で相手の技を学習し、そっくりそのまま使うという珍しい特徴を持っている。コピー能力は完璧で、どんな技でもあっという間にラーニングできてしまう。
それはいいんだけれど、この辺りのドーブルは他の地域に生息しているドーブルよりもはるかに危険だ。
こちらを見つけるや否や、「じしん」「れいとうビーム」「10まんボルト」「シャドーボール」「サイコキネシス」……ハイレベルな戦いで使うような技を、平然と繰り出してくる。
今日も一匹の野生のドーブルに、あろうことか「エアロブラスト」なんて大技を食らいかけて、慌ててその場から立ち去ったくらいだ。
いったい、あいつらはどうやってこんな技を習得したんだ? この辺りに、そんなとてつもなく強力な技の使い手はいないはずなのに……
May 19, 2000
朝からメンテナンスが入った。信じられないことに、終わったのは夜の七時半だ。その間ずっと、僕らは遺跡の中に人が入り込まないようにしなきゃいけなかった。
来る人の数は少なかったからよかったけれども、こんなに何度もメンテナンスが入ったんじゃ、いろいろとまずいような気もする。
ヒグチから聞いた話だが、今日もチャンピオンがここを訪れていたらしい。この辺りに、何かあの子の興味を引くものがあったのだろうか?
ひょっとすると、あの強い技を習得していたドーブルを捕まえにやってきたのかもしれない。
May 20, 2000
何気なく詰所の棚を整理していたら、妙なものが保管されていた。「メイラックス」なる薬剤だ。見つかったのは三箱分。一つは箱が空いていて、残りは新品だった。
ウヅキに聞いてみたところ、どうやらマイナートランキライザー(抗不安薬)の一種だとか。何だってそんなものがここに保管されているのだろう?
何か事情があるのだとは思うが、使いどころがどうにも思いつかない。遺跡付近で情緒不安定を起こして暴れだした人を落ち着かせるため? そんなケース、想定するほうが難しい。
いずれにせよ、触らないで置くのが一番だろう。元の場所に戻しておいた。
May 21, 2000
今日は詰所で警備。例によって何の異常も無し。あまりにすることがなかったので、ミツヒロが持ってきていた求人情報の本を読んでみた。
すると、「アルフの遺跡メンテナンススタッフ募集」なる求人情報が目に留まった。中をよく読み込んでみると、どうやら例のメンテナンスのスタッフを募集しているらしい。
メンテナンスにやってくる緑服の職員の顔ぶれが毎度のように変化しているのは、恐らくよほどきつい仕事で、すぐに辞めてしまう人が後を絶たないからだろう。
しかし、給料は僕ら警備員よりずっといいし、きついと言ったって、そうそうのことじゃ人員の入れ替わりは無いはずなんだが……それにしても、あの給料は高すぎないか?
時給三千円なんて、破格中の破格だと思うんだが……ま、給料のことをぼやいても仕方ない。仕事仕事、っと。
May 22, 2000
またしてもメンテナンス。どうやらこれは割と頻繁に起きることのようだ。前回とはまた違う緑服の職員がやってきて、遺跡を完全に封鎖してメンテナンスを始めた。
毎度毎度六時間近くの間ぶっ通しで作業なんてしてるから、音を上げて辞めてしまう職員が多いんじゃないだろうか。例によって、今日も二時から八時までだった。
そう言えば、五時ごろに先輩の無線に連絡が入ったんだけども、その後急に僕らは外回りに行くよう指示されて、ゲートの警備は先輩が一人で担当することになった。
あそこは最低二人が詰めていないとダメだったはずなんだけど……何も無かったようだし、気にするほどのことじゃないだろう。
追記
六時ごろになって救急車のサイレンが聞こえてきたけど、職員が倒れでもしたのだろうか? 少しくらい、休憩を挟んでもいいと思うんだけども……
あとは……外回りをしていた時、遺跡の裏に小さな墓標のようなものを見つけたことを思い出した。墓標には二十六種すべてのアンノーンが彫り込まれていて、できてからまだ
そう時間は経っていない物のように見えた。見た感じ、アンノーンを慰霊するような印象を受けたけれども……いったい、誰が作ったんだろうか。
May 23, 2000
先輩と話をしていたとき、「好きな言葉と嫌いな言葉」という話題が出た。僕はふと思いついた「飛べない鳥も鳥」というのを、好きな言葉として挙げておいた。
嫌いな言葉は特に思いつかなかったので先輩に聞いてみると、先輩は渋い顔をして「努力」という言葉がどうにも苦手だと僕に言ってくれた。
確かに僕も、「努力」だけでどうにかなる、なんて力任せの理論を振りかざす人は好きじゃない。先輩にそう言っておいたら、それが正しいよ、と返してきた。
先輩の嫌いな言葉は「努力」……僕自身口にする言葉じゃないけど、憶えておいて損は無いだろう。
May 24, 2000
定例メンテナンス。例によって緑色の服を着込んだ職員がやってきて、遺跡のメンテナンスをするために遺跡を全面封鎖した。もちろん、僕はその間詰所で警備だ。
この遺跡に詰めて研究をしている研究員の噂を小耳に挟んだ。どうやら、チャンピオンのあの子がまたここを訪れていたらしい。僕は気づかなかったけれど、間違いないそうだ。
熱心にここを訪れてくれるのは歓迎だけど、何だってここなんだろう? やっぱり、例のドーブルを捕まえにやってきているんだろうか?
いずれにせよ、ここに興味を持ってもらえるのなら、ありがたいことだ。
追記
書くのを忘れていたんだけれど、メンテナンスの日になると必ず、何かが焼け焦げたような臭いがする。ごみを焼却しているのかと思ったけれど、そもそもそんなにたくさんの
ごみが落ちているとは思えない。それに……なんとなくだけども、ごみを焼いているような臭いではなかったような気もする。何なんだろうか。
May 25, 2000
遺跡の中の巡回。する意味があるのかどうか疑いたくなるほど、中はまったくの異常なし。昨日メンテナンスが入ったおかげか、床や壁は不自然なくらいぴかぴかに磨きこまれていた。
概ねそんな具合だったのだけれど、何箇所か、赤いシミのようなものがこびりついている壁を見つけた。こすってみたけれど、ずいぶん前からこびりついていたのか、削ることすらできなかった。
あれだけのメンテナンス人員を投入しても、やっぱり消せないものは消せないんだろう。色が色だけに、まるで血のように見えてどうにも不気味だった。
そういえば、中にいたアンノーンが僕を見るなり逃げ出す……なんていうちょっと悲しい出来事もあった。何もした憶えは無いんだがな……
May 26, 2000
今日はちょっとした揉め事があった。遺跡内にガーディを連れて入ろうとした観光客との間に起きたことだ。忘れないように、ここにメモしておく。
この遺跡にはちょっとした規定があって、一部のポケモンを連れて遺跡の中へ入ることはできなくなっている。それは多数に及んでいるけど、大雑把に言うなら「獣」系のポケモンは軒並み禁止だ。
どうしてかと近くにいた研究員に聞いてみたら、自分も詳しい理由は分からないが、以前遺跡の中にデルビルを連れて入った観光客が、デルビルが異常なほど興奮して抑えるのが
大変だったと言っていた、なんていう話を聞くことができた。その一件があって以降、遺跡の中に連れて行けるポケモンに制限が加わったらしい。
観光客には最終的に納得してもらったけど、いつもうまくいくとは限らない。気を引き締めておこう。
May 27, 2000
不可解なメモを拾う。先輩の机の近くに落ちていたものだ。
(63002-25600)/48≒780
何かの数式のようだけど、一体どういう意味なんだか……これの意味を考えているうちに、一日が終わってしまった。
どうしてこんなことを考える余裕があったかって? 今日もメンテナンスがあったからだよ、この日誌を読んでいる、未来の僕。
May 28, 2000
ふと、以前戸棚の中にしまってあった精神安定剤のことが気になり、誰かが持ち出したりしていないかどうか調べてみた。
見てみると、三箱あった鎮静剤が二箱になっていた。誰が使ったのかは分からないけれど、少なくとも僕の知っている限りで、精神安定剤のお世話になるような出来事は起きていない。
まあ、それはそれとして……さっきまで見ていた映画はなんとも言いがたいものだった。何も、あんなに大量の血を演出に使う必要は無いだろう。
人間はあまりに大量の血や死体を見ていると発狂してしまうと言うけど、あそこまでやられちゃ、興ざめもいいところだ。
もっともこれは、映画だから言えることなんだろう。実際に一瞬でもそんな光景を目にしてしまったら……やめだやめだ。寝る前に小説でも読んで、気分を変えておこう。
May 29, 2000
アンノーン同士には何かお互い惹かれあうものがあるのか、時折何匹かで寄り集まって、単語のようなものを形成していることがある。
もっとも、それは僕らの読めるものではないから、あくまで「単語のようなもの」としか言いようが無いんだけれどね。
この間は八匹のアンノーンが寄り集まって、そいつらが揃って僕らに目を向けていた。あまりにも面白い光景だったから、どのアンノーンがいたかは僕もよく憶えている。
アンノーンと文字の対応表を突き合わせてみると、あの場にいたのは、「E」が二匹で「D」「O」「N」「I」「C」「G」がそれぞれ一匹ずつ。
並び順がめちゃくちゃで単語の体は成していなかったけど、面白い光景だった。
職務怠慢といわれそうだけど、今日もメンテナンスが入ったんだから、仕方の無いことだ。何でも今日もチャンピオンの子が来たらしいけど、お目にかかることはできなかった。残念だ。
追記
ヤミカラスがたくさんいると前にも書いたけど、それは今になってもちっとも変わっていない。特に、メンテナンスの日になるとその数を増しているように見える。
何につられてここにやって来ているのやら……カラスなんて、一匹で女の子の肩にでも止まっている方が、よほど可愛げがあるというのに。
May 30, 2000
明日、先輩から何か重要な話があるらしい。この仕事に関して、伝えたいことがあると言っていた。
何を言われるかは分からないけど、遅刻したり寝過ごしたりするわけには行かない。今日はもう寝ることにしよう。
(これ以降、この日記に何かが書き付けられた形跡は無い)
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。