あるところに、チルットのチルチルちゃんがいました。
「よしよし、チルチルちゃん。すっかり綺麗になったわ」
「ママ、ありがとう!」
チルチルちゃんはママに毛づくろいをしてもらって、とてもうれしそうです。ふわふわの羽をパタパタさせて、すごく喜んでいます。
「チルチルちゃん、いい子いい子」
「えへへっ」
毛づくろいが終わるまでおとなしくしていたチルチルちゃんを、チルチルちゃんのママが翼でなでてあげます。
「ママの羽、すごく硬いね!」
「そうよ。ママの羽は『はがね』でできてるから」
よく見ると、チルチルちゃんとチルチルちゃんのママは、色も形もぜんぜん違います。チルチルちゃんは水色でふわふわな羽を持っていて、チルチルちゃんのママは銀色で、とても硬そうな羽を持っています。
実は、チルチルちゃんのママは、チルチルちゃんの「ホントの」ママではありません。ママはチルチルちゃんの入っていたタマゴが落ちていたのを拾って、いなくなってしまったチルチルちゃんの「ホントの」ママの代わりに育ててあげているんです。
「ママ、いつも撫でてくれてありがとう!」
「いいのよ。チルチルちゃんのためだもの」
でも、チルチルちゃんにとってママは「ママ」以外の何者でもありません。チルチルちゃんのママも、チルチルちゃんをホントの子供のように思っています。ですからチルチルちゃんもママも、血のつながりとか、そういうことは全然気にしていません。
大事なのは、心がつながっていること。チルチルちゃんもママも、それをよく分かっていました。
「ねえ、ママ」
「どうしたの? チルチルちゃん」
ママのきれいな翼でふわふわ羽をといてもらいながら、チルチルちゃんがママに尋ねました。
「ボクも大きくなったら、ママみたいに硬い羽になるの?」
チルチルちゃんからこう訊かれて、ママはちょっと難しい顔をしました。
「たぶん、チルチルちゃんの羽は、ずっとふわふわなままよ」
「じゃあ、ボクはママみたいに硬くならないの?」
「そうね……でも、ママはチルチルちゃんのふわふわな羽も、素敵だと思うわ」
ふわふわ羽をなでながら、ママがチルチルちゃんに言いました。
(そっか……ボク、ママみたいにはなれないんだ)
チルチルちゃんは、ママのような硬い羽にならないと聞いて、少ししょんぼりした顔を見せています。今はふわふわの羽も、大きくなればママみたいに硬くなる――チルチルちゃんはそう思っていましたが、どうやら違ったようです。
「ごめんね、チルチルちゃん。ママ、何もしてあげられなくて……」
「ううん。ボク、ママがそばにいてくれるだけでいいよ」
顔を寄せるママにチルチルちゃんは目を細めて、ずずいずずいとママの硬い体に何度も頬ずりしました。
それからチルチルちゃんは、どうすればママのようになれるか考える日が多くなりました。
「ボクがママみたいになるには、どうすればいいんだろう?」
ふわふわ羽をぱたぱたさせてみますが、チルチルちゃんの羽はやっぱりふわふわのままです。ママのような、がっちりした硬い羽にはなりそうにありません。
「うーん……」
難しい顔をしながら歩くチルチルちゃん。考え事に夢中で、周りの様子が見えていないようです。
……と、そこへ。
「あっ、危ないっ!」
「えっ?!」
突然、木の上から声が飛んできました。はっと見上げてみると、上から何かが落ちてくるではありませんか。
「うわぁっ?!」
チルチルちゃんはどうすればいいのか分からなくなって、あわててふわふわ羽で自分の体を覆いました。けれども、ふわふわ羽は見た目どおりふわふわで柔らかい羽です。上から落ちてきたものを防ぐことなんて、できるはずがありません。
ああ、小さなチルチルちゃん。可哀想なチルチルちゃん。上から落ちてきたもので、ぺちゃんこになっちゃう。そこにいたみんなが、そう思っていました。
――ところが。
(ぽーん)
何やら軽い音がして、上から落ちてきたものが大きく跳ねていきました。チルチルちゃんはまだふわふわ羽で体を覆ったままです。
「……あれ?」
チルチルちゃんが恐る恐る目を開けてみると、チルチルちゃんはぺちゃんこになるどころか、ケガ一つしていませんでした。ふわふわ羽に葉っぱのかけらがついただけで、チルチルちゃんは無傷でした。
「おーい、大丈夫だったか?」
「あっ、クヌギダマさん!」
上から声を掛けてきたのは、木にぶら下がっていたクヌギダマさんでした。チルチルちゃんが顔を上げると、クヌギダマさんが心配そうにチルチルちゃんを見つめています。
「一匹重くなりすぎたみたいで、糸がちぎれちまったんだな。怪我がなくてよかったよ」
「そっか、落ちてきたの、クヌギダマさんだったんだ」
チルチルちゃんが隣に目を向けると、少しミノの壊れたクヌギダマさんが一匹、地面に転がっていました。あれこれミノに付けたおかげで、重くなりすぎてしまったようです。
「しかし、すごいなあ」
「え?」
ぶら下がったクヌギダマさんに「すごい」と言われて、チルチルちゃんはきょとんと首をかしげました。
「あの重たいのに降ってこられて無傷だったなんて、その羽、よっぽど硬いみたいだなあ」
「ボクの羽……?」
ふと、チルチルちゃんが少し前のことを思い出します。上からクヌギダマさんが降ってきて、あわててふわふわ羽で全身を覆ったこと。けれどもそのおかげで、重くなったクヌギダマさんに潰されずに、無傷で助かったこと。
順繰りに思い返しているうちに、チルチルちゃんははっとひらめきました。
「……そうだ! ボク、こうすればよかったんだ!」
さっきまでとは打って変わって、チルチルちゃんはとても嬉しそうな様子を見せて、飛び跳ねるように歩いていきました。
「ママーっ!」
「あらあら、どうしたのチルチルちゃん。そんなに急いで」
チルチルちゃんはすごく興奮した様子で、巣で待っていたママに飛びつきました。ママははがねの翼でチルチルちゃんを抱きとめると、優しく地面に下ろしてあげました。
「あのね! ボク、ママみたいになる方法を見つけたんだよ!」
「えっ? チルチルちゃんが?」
「うん! 見てて!」
そう言うと、チルチルちゃんはさっきクヌギダマさんが落ちてきたときと同じように、ふわふわ羽で体を覆いました。もこもこの羽で覆われたチルチルちゃんは、まるで綿あめみたいです。
「ほら! これでボク、すごく硬くなるんだよ!」
「……本当だわ。ふわふわ羽が、とっても硬くなってるのね」
ママがはがねの翼で触れてみると、確かにチルチルちゃんの羽はとても硬くなっていました。ママのビックリしている顔を見て、チルチルちゃんが得意げに笑ってみせます。
「ママ! ボク、これでママみたいになれるよ!」
「そうね! チルチルちゃん、本当にすごいわ!」
綿あめのようにもこもこになったチルチルちゃんを、ママがぎゅっと抱きしめます。チルチルちゃんの幸せそうな顔といったら、もうたまりません。とっても嬉しそうです。
「チルチルちゃん、いい子いい子」
「えへへ……♪」
ママに抱かれながら、チルチルちゃんは顔を綻ばせるのでした。
こうして、チルチルちゃんは大好きなママのようになる方法を見つけることができました。
めでたし、めでたし。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。