よくは分からないが、電車に乗っている。乗客は皆ダグトリオだ。勿論、私もダグトリオである。一つの席に事実上三人で座っているので、少しばかり窮屈である。まあ、それは皆同じことなので、誰も文句をいう者はいない。ちなみに、私は真ん中である。左右は疲れて寝てしまったようだ。
私も寝ようか、と思っていたら、不意に声が聞こえてきた。
「困ったぞ。君と私の距離は約十センチメートルしかない。インチに直すと四インチだ。君は嫌ではないのか?」
「いや、俺は別に嫌じゃないけど……」
「ならいい。なんなら、あと九センチほど距離を詰めてもいいぞ。その方が無駄が無いし、お互いの呼吸をより感じあえるだろう」
「な、何言ってんだあんた?!」
「僕は嫌だよっ! こらっ! そこのダグトリオっ! 僕の姉ちゃんに近づくなっ!」
「そんな事言ったって、これで精一杯だぞ……」
「ダメだよ左……右お姉ちゃんを困らせちゃ……うっ! ごほっごほっ!」
「というか、私真ん中と壁に挟まれて息できないんですけど……」
「俺真ん中だからどっちでもいいやー」
どうやら、相席に腰掛けている二匹のダグトリオの間で何か揉め事があったらしい。どうやら通路側のダグトリオは三つとも男であり、窓側のダグトリオは左と真ん中が男の子、右が女の子のようだ。そして、右の女の子が通路側の左に話しかけているという状態だ。ややこしいので説明しよう。
つまり、「左中右左中右」とあり、一番最初の「左」が弟、次の「中」が虚弱体質な男の子、次の「右」がいわゆる素直クール(世間では「クールデレ」とも言うらしい)の子のようだ。そして、その次の「左」が素直クールに話しかけられて戸惑い気味の男であり、その隣の「中」がどっちでもいいやーであり、最後の「右」が息苦しくて死にそうになっているヤツである。ご理解いただけたであろうか。ちなみに、書いている私も相当混乱している。
「これ以上僕の姉ちゃんに近づいたら、ひっかいて顔を台無しにしてやるぞ!」
「というか、むしろお前の姉ちゃんが率先して距離を詰めてるんだが」
「ごほっごほっ……」
「あっ……真ん中、大丈夫? 苦しくない?」
「う……うん。大丈夫だよ左。これぐらい、いつものことだから……」
「あのー、私息できないんですけどー」
「これで私と君の距離は約五センチメートルだ。ちなみに、インチに直すと約ニインチだ。これはダグトリオの『きりさく』でできる爪の跡の間隔とほぼ同じだ。まさに阿吽の呼吸の距離だ。これならごく自然にお互いに触れ合うことができよう」
ずいぶん楽しそうである。ただ、通路側の右が呼吸困難に陥っているのだけは少々気がかりである。あと、窓側の右は少々強引過ぎるような気がする。
と、私が勝手な感想を抱いていると、今まで寝ていた左が起きた。ダグトリオである私は左右とも感覚を共有しているので、起きたときは「起きた」という感覚が伝わってくるのだ。
「よっす……なんだか騒がしいから起きちまった……」
「おはよう左。今ちょうど面白いものを見てたところなんだ」
「ああ、あれか……窓側の真ん中と通路側の右が見ていて本当の意味で痛々しいな」
「私もそう思う。真ん中は今にも吐血しそうな勢いだ」
「だな。でも虚弱体質キャラは吐血が標準装備だし、いいんじゃね?」
「それもそうだな」
「……おい、それよりあっち見てみろよ。もっとすごいのがいるぜ」
左が鼻を使い、私にその方向を見るよう促した。すると、そこには……
「おお、確かにあれはなかなか見るべきところがあるな」
「ああ。滅多に見られるもんでも無いぜ」
「非常に珍しい光景だな。写真に収めておきたいぐらいだが、何せカメラを持っていない」
「その前に、買っても使えないしな」
「それはそうだがな。しかし、珍しい」
「ああ。ピンのダグトリオなんてな」
一匹だけでちょこんと席に腰掛けている、ディグダ……いや、ピンのダグトリオの姿があった。本来そこは相席のはずなのだが、空席なのか座っているのはあのピンのダグトリオ一匹だ。そのため、余計に目だって見える。
「この電車、ダグトリオ専用のはずだよな」
「ああ。他にもエンテイ専用、ピジョン専用などがあるらしいが」
「ということは、あれはダグトリオだよな。間違ってもディグダじゃないよな」
「ああ間違いない。あれはダグトリオだ。間違ってもディグダではないはずだ」
「でも、どう見てもディグダだよな」
「ああ。どう見てもディグダだ」
私はしばし、左と共にそのディグダ……いや、ピンのダグトリオの姿を眺めていた。それはどう見てもディグダだったが、この電車はダグトリオ専用なのでダグトリオしかいないはずだ。よって、あのピンのダグトリオは間違いなくダグトリオだ。でも、どう見てもディグダだ。
「さあ君。現在私と君の距離はゼロセンチメートル、インチに直すとゼロインチだ。これはもう、愛を育むしか選択肢が残されていないと私は考える。どうだ?」
「いや、愛を育むて言われても、ここ電車だし」
「そうか。ならば場所を変えよう。具体的には」
「この小説の対象年齢を強引に上げようとするなっ! 開発元が見たら俺らに明日は無いぞっ!」
「かはぁっ!」(吐血)
「真ん中! こらぁっ! 真ん中をいじめるな!」
「俺、真ん中だし」
「頼むからさー、もうちょい向こう寄ってくれない? 俺、今右半身感覚なくなりかけてるんだけど」
向こうからは相変わらず楽しそうな話し声が聞こえてくる。ちなみに、我々ダグトリオはダグトリオ語で会話する。人間の言葉に直すとイタリア語に近いらしいが、もちろんそんな設定は筆者が適当に付けたアンオフィシャルかつノンサポートな設定なので、本気にしないでいただきたい。
と、そこに。
「あのー、すみません」
一匹のダグトリオが、私に声をかけてきた。
「はい。どうしました?」
「えっと……」
「……?」
「ホテル、ここですか?」
「は?」
私は思わず聞き返した。ここは電車の中だ。ホテルなんてあるわけが無い。
「それは、どういうことなのかね?」
「いや……さっき交番で、『ホテルどこですか』って聞いたら、『ああ、ダグトリオの正面だよ』って言われたので……」
「ああ、なるほど。それなら仕方ないな。でも君、私の正面を見たまえ」
私は鼻を使い、自分の前を見るよう指示した。私の前に、ホテルなんかあるわけが無いということを、目の前のダグトリオに証明するためだ。もちろん、私は最初からホテルなど無いということも分かっている。
「ええ。ホテルなんかありませんね」
「そうだろう。その前に、ここは電車だ。君はきっと、乗る電車か聞く人間を間違えたんだよ」
「はあ、やはりそうですよね。どうも失礼いたしました」
「なぁに。構わないよ。今度出会ったら、一緒に錆び付いたマシンガンで今を撃ち抜こうじゃないか」
「ええ。その時が来ることを心待ちにしています」
ダグトリオは一礼して、その場を立ち去った。さて、今度あのダグトリオに出会ったときのために、どこかから錆び付いたマシンガンを大量に入荷する必要がありそうだ。私はサブマシンガンが好みだが、ひょっとするとあのダグトリオはライフルが好みかも知れない。いろいろ揃えておくのが無難だろう。
だがその前に、私は銃を使う免許を持っていないし、銃自体も持っていないし、銃を撃った経験すらない。そもそも、手の無い私にマシンガンを撃つこと自体が不可能な話だ。この話は無かったことにしよう。
私が一人で納得していると、今度は私の後ろ側から話し声が聞こえてきた。
「もうずいぶん前のことなんだがな……俺、物凄い勘違いをしてたことがあるんだ」
「なんだ? 言ってみろ。俺とお前の仲じゃないか」
「じゃあ、言うな……俺……」
「……………………」
「俺、ダグトリオのこと、『ダグ』と『リオ』だからダグトリオだと思っていた時期があったんだ」
「なるほどな……『ダグ』と『リオ』だからダグトリオか。で、間違いに気付いたのは? あと、どうして気付いたんだ?」
「気付いたのは三年前だ。気付いた理由は、『ダグ』と『リオ』だと、一匹が必ず名無しになっちまう、って思ったからだ。それまではずっと『ダグ』と『リオ』でダグトリオだと思ってたんだ。今は反省している」
どうやら、若いダグトリオの右と左、或いは右と真ん中、或いは左と真ん中でなにやら思い出話でもしているようだ。片方の話は実に切実であり、私も身に沁みて分かることだ。『ダグ』と『リオ』でダグトリオ。この勘違いはしても仕方が無い。「コラッタ」の進化系が「ラッタ」だから、きっと「コダック」の進化系は「ダック」に違いないと勘違いするのと同等レベルの勘違いだろう。
「それにしても、あのピンのダグトリオは別の意味で迫力あるなー」
左が何気なく言った。その通りだ。私もそう思わずにはいられない。あれはどう見てもディグダです。本当にありがとうございましたと言われても仕方ないような見た目なのに、存在感だけでダグトリオに肩を並べている。まさにピンのダグトリオの中のピンのダグトリオだ。
「まったくだ。ピンのダグトリオなんて、滅多に見られるものでも無いからな」
「そうだな……あ、ちょっと待ってくれ」
「どうした? 何か見つけたのか?」
「いや……あの顔どこかで……あっ! 思い出したぞ!」
左が思い出したかのように、目を大きく見開いて言った。
「あれ、ピンのダグトリオだと思ってたら、幼馴染のよっちゃんじゃないか!」
「何……おお、確かにあれはよっちゃんだな。久しぶりに見る顔だから、すっかり忘れていたよ」
あのピンのダグトリオは、よく見ると幼馴染のよっちゃんだった。よっちゃんの本名は「ヨーデル・ブリュンスタッド・カーマン・バーンシュタイン・フラメントナーゲル・シュトロハイム・パブロ・レオポルド・ラングレー・フォン・ククルコルテアダムスチーヨ・ビビジランテ・ソンテネグロ・ホメストーニ・カルマンドーレ・ポポス」と言い、テストのときはいつも本名を書くだけで1分もかかっていた。ちなみにお父さんの名前は「鈴木三郎」である。
「よっちゃん……あんなに地味で目立たなくて、好きな食べ物のところに『マカダミアナッツチョコレートのナッツ部分』とか書くようなヤツだったのに……」
「ああ。よっちゃんは恥ずかしがり屋で、人に見られるのが嫌だからって夜な夜な家を抜け出して、起きてるときに一緒にいるとどきがむねむねするからって夜人の家に無断で忍び込んで寝顔を観察して満足して帰るような子だったというのに……あんな風格を得るなんて、大したものだ」
私は感心しきりで、よっちゃんもといヨーデル・ブリュンスタッド・カーマン・バーンシュタイン・フラメントナーゲル・シュトロハイム・パブロ・レオポルド・ラングレー・フォン・ククルコルテアダムスチーヨ・ビビジランテ・ソンテネグロ・ホメストーニ・カルマンドーレ・ポポス君を見ていた。
「そうか……なら俺は、お前だけにこの話をしよう」
「なんだ? お前にも何か人には言えないような話があるのか?」
私の後ろから、再び声が聞こえてきた。先ほど勘違いの話をしていたダグトリオの声だ。
「ああ。俺は少し前、二匹のダグトリオが一緒にいるのを見たんだ」
「そうか。それで、どうしたんだ? そいつらが階段を昇ったと思ったらいつの間にか降りていたとか?」
「それもあったな。確か、奥のほうにカリスマ吸血鬼がいたような」
「それがお前の話か? そんなの、別に恥ずかしがるようなことじゃ……」
「いや、違うんだ。この時俺は反射的に、『ああ、これはダグトリオなんだな。もちろん、性的な意味で』と思っちまったんだ」
「なるほど……確かに、それは人に言えた話じゃないな」
「ああ。まさかただ単に一緒にいただけなんて、夢にも思わなかった」
「それにしても、お前の『もちろん、性的な意味で』の『もちろん』って意味が分からないよな」
「俺もだ。思った直後に『もちろん』はいらないなと思った」
「うむ。後、『性的な意味で』の『性的な意味』もよく分からないな」
「ああ。俺も思った直後に『性的な意味』ってどんな意味だ? って自問自答したぐらいだからな」
「まあ、ダグトリオだと思った時点で、そいつはすでに敗北してるんだけどな」
「だな。『次にお前は「これはダグトリオだ」と思う』『これはダグトリオに違いな……はっ!』って感じで」
ふむ。彼らの言うことはよく分からないが、よく分かった。
「あと、こんなのもあるぞ。友達から聞いた話なんだがな……」
「どんな話だ?」
「友達が『これはダグトリオだ』『これはダグトリオだ』って百回ぐらい言われてから、小さな箱を手渡されたんだ」
「小さな箱か……あれだな、中にリボンのついたダグトリオが入ってて、実はそれは幼馴染の女の子が、自分が心臓病で死ぬ間際になんとかして好きだった自分に会いにくるために、魂だけをダグトリオに移植したものだったとかそういう展開だったら面白かったのにな」
「何その直通電話。まあ、残念ながらそういう展開じゃなかったんだが」
「じゃあ、どういう展開だったんだ?」
「いや、簡単だよ。箱開けたら、中にバンプレストが入ってたんだよ。ダグトリオだと聞いていたのに、バンプレストが入ってたんだ。ダグトリオだと思っていたのに、そうでもなかったんだ」
「物理的に入る物なのか? それは……」
「まあな。入ってたものは仕方が無い。そういうことなんだ。納得してくれ」
私も同じ疑問を抱いた。バンプレストは企業名だ。物理的に入るとはとても思えない。しかし、あのダグトリオが入っていたと証言しているのだから、やはり入っていたのだろう。そういうことにしておこう。世の中とはそういうものだ。
「……あれ? まだ付いてないの?」
今まで寝ていた右が目を覚ました。右はぼんやりした表情で、辺りをきょろきょろと見回している。
「ああ、起きたか右。そうだ。まだ目的地には到着していない。もうすぐ着くとは思うが」
「そうなんだ……ところで真ん中さん、一つ聞いてもいい?」
「ああ。何でも聞くといい」
「僕ね、さっき夢を見たんだよ」
「夢か……どんな夢だ?」
右はよく夢を見るらしい。そして、それを私が「夢判断」するのが日課になっている。どうやら、今日も何か夢を見たようだ。
「えっとね、僕の目の前に、ダグトリオが一匹いるんだよ」
「ふむふむ。特に変わったところは無いな」
「うん。でもね、よく見たらね……」
「よく見たら?」
「一匹はちゃんとダグトリオなんだけど、よく見たらもう二匹はコイルとドードーの片割れだったんだよ」
「それはまた妙な夢だな」
「うん。真ん中さん、これって、どういう意味なのかな?」
私は考えた。ダグトリオだと思ったら、三匹中二匹はコイルとドードーの片割れだった。これは何を意味しているのか。
まず考えられるのは、ダグトリオは地面タイプでありコイルに強く、そしてコイルは電気タイプでありドードーに強く、最後にドードーは飛行タイプであるゆえダグトリオに強い。ここから考えるに、まずはこの夢に「三角関係」という意味があるであろうことは容易に想像がつく。
そこからさらに発展させてみよう。「三角関係」という言葉から真っ先に連想されるのは、あの魔の海域「バミューダ・トライアングル」だ。あそこはたくさんの飛行機事故や船舶事故が多発する魔の地帯であり、近づくことは自殺行為だ。自殺行為。例えるなら、格闘ゲームで極太ビームに無敵時間の無いガードキャンセルをかけるようなものだ。このことから、この夢の本質は「ガードキャンセル」である可能性が高い。
まだ考察は終わっていない。「ガードキャンセル」があるなら、きっと「挑発キャンセル」や「ジャンプキャンセル」、それに「スーパーキャンセル」や「ロマンキャンセル」「フォースロマンキャンセル」、それに「ドリームキャンセル」もあるはずだ。ドリームキャンセル。訳すと夢を中断する。つまり右が見た夢は、「夢はいつか終わる……終わらない夢は、どんなに楽しい夢も、悲しい夢になるから……だから、夢はいつか終わらなきゃいけない……」という、この世に生まれてくることができなかった妹からのメッセージに違いない。
私はこれ以上無い正確な判断を下し、右に言った。
「右、お前にはきっと生まれてくることができなかった妹がいるんだ」
「ええっ?! そうなの?!」
「ああ。だから、妹のような子を見かけたら、無条件に大切にしてあげなさい」
「うん。ありがとう真ん中さん」
「なぁに。これぐらい、お安い御用さ」
私はそう言い、何気なく窓の外を見た。
「おや? あれはダグトリオか?」
私の視線の先に、ダグトリオらしきものが見えた。
するともう、そこは雪国だった。
おしまい。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。