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石竹市廃棄物処理場問題

基幹産業を失った町が、その後急速に衰退してしまうケースは決して珍しい事象ではない。元となる産業への依存度が高ければ高いほど、喪失からのリカバリーはより困難なものになる。これはいつ何時、どの地域で起きたとしても不自然なことではない。

地域の衰亡を放置しておくことは、即ちそこから人が流出していくことを意味する。魅力の無い土地に若者は根付かず、平均年齢の上昇と共に町の寿命が反比例して縮まっていく。気付く頃には既に手遅れになっている、それが実情である。

柱となる産業を失った場合、何らかの形で新たな別の産業を勃興させ、人を定着させなければならない。それは行政の使命であり、また地域住民にとっての切なる願いだ。地域の活性化のためには、時として大きな決断を伴う。本稿で取り上げるのは、数年前にある「決断」をした地方都市である。

石竹(せきちく)市。関東地方の最南部に位置するこの都市は、かつて巨大な自然公園である「サファリ・ゾーン」を擁する一大観光都市であった。サファリ・ゾーンには種々の希少性の高いポケモンが放し飼いにされ、見る者を大いに楽しませていた。

観光だけでなく、携帯獣を繰る人々にとっても、石竹市は大変魅力的な都市であった。サファリ・ゾーンの園長は、大胆にも公園のポケモンの捕獲を許可する施策を取ったのである。一定額の料金を支払い(全盛期でも五百円であったが、十二分に採算は取れていたという)、定められたルールと制限時間の中で、という制約はあったが、希少性の高いポケモンを捕獲できる機会とあって、大いに賑わいを見せた。

サファリ・ゾーンを基幹産業として、石竹市は著しい発展を遂げる。観光客相手の土産物店や飲食店が立ち並び、人の入らない日は無いと言われるほどになった。この目覚しい経済の成長を受けて、市は「栄えている都市」の象徴とも言えるポケモン・ジムの誘致に成功。さらには市のジムリーダーを務めていた杏氏が、ポケモン・リーグの重鎮としての立場を得るという、かつてない快挙を成し遂げた。

このように文字通り栄華を極めた石竹市であったが、しかし、ある時状況は一変する。サファリ・ゾーンの園長が、突如としてサファリ・ゾーンの閉鎖を宣言したのである。

園長の唐突な動きに、市の対応は後手後手に回った。園長に対して市の職員や関連産業の重役らが懸命の説得を行ったが、園長の決定を覆すことはついに叶わず、サファリ・ゾーンは閉鎖された。当の園長は閉鎖から間を置かず、蛻の殻となった石竹市から退去した。

一連の慌しい出来事の背後には、地価の高騰に纏わる投機筋の動きがあったと囁かれている。真相は定かではないが、何れにせよ何らかの利権が絡む事案であったことは想像に難くない。サファリ・ゾーンの園長も案件に介在したとする噂もあるが、噂の域を出ず真偽の確定には至っていない。

ほとぼりが冷めた頃、園長は石竹市より遠く離れた静都地方の丹波市にて、同等の規模を持つ新たなサファリ・ゾーンを開園した。何がしかの動きがあっても良さそうなものであったが、この件に付いてはマスコミもサファリ関係者も足並みを揃えるかの如く沈黙を守っており、背後にどのような利権の動きがあったのかは定かではない。

サファリ・ゾーンの突然の閉鎖は、同公園に依存していたあらゆる産業に致命的な打撃を与えた。観光客の足取りは完全に途絶え、日を追うごとにシャッターを下ろす店舗が増加。一年も立たない間に、市の産業はほとんど壊滅状態に陥った。

急速に衰退する市の産業と、それに伴う財政の大幅な悪化を受け、石竹市は大規模な梃入れを行うことを余儀なくされた。サファリ・ゾーンに代わる基幹産業の創出が急務となったのである。各方面から有識者を招いたり、市民に案を呼びかける等の懸命の取り組みが行われた。

しかし即効性のある妙案は無く、財政の逼迫はピークに達していた。石竹市は幾許かの議論を経て、ついにある決断を下した。

「廃棄物の処理場が作られたのは、サファリの閉園から一年半くらい経ってからでした」

サファリ・ゾーンの閉園前後に、とある廃棄物の処理ニーズが急激に増加しつつあった。廃棄物の発生に対して処理が追い付かず、全国的な問題となっていたのである。増え続ける廃棄物を速やかに処分すべく、何らかの手を打たざるを得ない状況に合った。

石竹市はここに着目し、その廃棄物の処理場を市に大々的に誘致するという動きに出た。廃棄物処理を新たな雇用創出の手段として見出すと共に、処理場を受け入れることにより得られる補助金を市の財政再建に当てようと計画したのである。処理場のニーズは極めて高く、石竹市には直ちに処理場建設の案件が持ち込まれた。

A氏(仮名)は、処理場建設計画の初期から深く携わっている人物の一人だ。A氏はサファリ・ゾーン閉園以後急速に衰退する石竹市を救いたいという思いで、市が掲示した廃棄物処理場の計画に賛同し、今日に至るまで様々な領域に携わってきた。計画の隅々までを知り尽くした、数少ない人物である。

「処理場の建設は、急ピッチで進められました。あの時から、反対する声もあったように思います」

財政破綻が目前に迫る中で、市は土地の所有者に立ち退き要請を行うなどして半ば強引に処理場建設の用地を確保し、アセスメントもそこそこに建設を開始させた。この拙速な石竹市の計画推進に関して反発の声が上がり、左翼系の市民団体が市長に質問状を送付するといった動きも見られた。

しかし、一方で市の計画推進を支持する勢力も大きなものであった。サファリ・ゾーン閉園以後の石竹市の衰亡ぶりを目の当たりにした市民からは、雇用創出と財政再建の機会となる処理場の一刻も早い建設を求める声が後を絶たなかった。石竹市はこれをバックに、廃棄物処理場の建設を力強く推し進めていった。

「処理場ができて、政府からの補助金で財政も持ち直して……久しぶりに、市が元気になったんです」

廃棄物処理場の誘致に伴う補助金は、逼迫していた石竹市の財政を大いに潤した。市は予算を組んで市民に積極的にサービスを提供する形で還元し、財政の建て直しに成功したことを幾度と無くアピールした。一時は財政破綻の可能性さえ取り沙汰された石竹市にとっては、まさに奇跡的な出来事であった。

建設された処理場は予定通りに稼動を開始し、稼動から半年も経たず、施設の稼働率は常時九十パーセント台を維持するほどにまで達する。好調な稼動ぶりを受けて国は石竹市に補助金を追加給付し、市は並行稼動させるための処理場を別途建設していった。

「今は、合計五つの処理場が稼動しています。あと三ヶ月で、もう一つも再稼動の予定です」

現在、石竹市には合わせて六つの処理場が存在している。最初期に建設された一つは、定期検査フェーズを迎えて半年の稼動停止期間に入っている。残る五つの処理場は、稼働率が日常的に百パーセントに及ぶほどの過密状態での処理を続けており、二十四時間止まることなく運転を続けている。

処理場を建設した効果により、石竹市の財政は安定期に入っている。現市長はこの成果をバックに、市長選にて三期連続でトップ当選を果たしている。市長はさらなる処理場の建設に意欲を見せており、水面下で候補地の選定が行われていると囁かれる。

このように石竹市の活性化に貢献した処理施設であるが、A氏は険しい表情でその実情を語った。

「道行く人に白い眼で見られている……そんな気がするんです。本当はそうでなかったとしても、そう思いこんでしまうんです」

廃棄物を取り扱う石竹市においては、先にも触れたが根強い反発の声も上がっている。市民団体は「廃棄場の撤去」を市に対して再三に渡り求めており、市側は対応に苦慮していると伝えられる。昨今も、処理場の建設推進派である現市長が市長選にてトップ当選を果たしたものの、開票結果を見ると建設反対派の候補が僅差で肉薄しており、まさに薄氷の勝利であった。石竹市民の処理場に対する不安・不満の声が高まっている証左であろう。

処理場への反発を強めるのは市内の人間だけではない。海外に本拠地を置く自然環境保護団体は、そもそも処理場自体の存在が自然環境に重大かつ深刻な悪影響をもたらしているという声明を発表。公称三百万人(関係者から、実数は六十万に満たないとの発言がある)の処理場存続反対署名を集め、新規構築計画の即時停止と現在稼動している処理場の早急な閉鎖を求めて石竹市に要望書を送付するほどの事態となっている。同団体は昨年末石竹市民全員に、処理場が稼動する様子を綴ったドキュメンタリー・ビデオの納められたディスクを配布するという行動に出るなど、圧力を強めている。

こうした動きに触発され、建設反対派はより力を強めている。先日、石竹市内で二千人もの参加者を集めたデモ行進が成功裏に終わったのは記憶に新しい。市としても意見の黙殺は難しい状況にあり、外部から環境問題に関する有識者を招くなど歩み寄りの姿勢を見せている。しかし、依然として反対派の声は収まるところを知らず、最終的には市長のリコールにまで発展するのではないかと噂されている。

一方で、処理場建設に賛成の立場を取るものも多い。特に、サファリ・ゾーン閉園後に基幹産業を失った商店主たちは、財政の逼迫・困窮の恐怖を身を持って味わわされている。彼らにとっては処理場が存続することによって国から助成される給付金の存在が代え難いほど大きく、処理場は右肩上がりで増え続ける廃棄物を処理する有益な施設であると主張している。

賛成派と反対派の議論はここ数年平行線を辿り続けており、決着の付く見込みは一向に見えない。処理場の扱いを巡って市を二分する事態となっており、話の上での些細な行き違いや見解の相違が切っ掛けとなり、暴力沙汰になることもしばしばである。処理場の賛成・反対で、同じ石竹市民が色分けされていると、旧来から石竹市に住む人々からは嘆きの声が後を絶たない。

「処理場をこれ以上作るべきなのか、そして、今稼動中の処理場を今度も動かし続けるべきなのか……私には、それが正しい道には思えません」

そもそも、石竹市の処理場は何を処理する施設なのか。

ここ数年の間、幅広く見積もっても過去十年以内の間に、その廃棄物の総量は爆発的な増加を続けている。ある試算では、日本国内だけで一週間に約九千トンもの廃棄物が新たに生み出されていると言われる。正確な統計が取れていない地域もあり、また統計に使用される係数も早急な更新が必要であるとの見解が出されているため、実数が先の試算を上回ることはほぼ間違いないと言われている。

圧倒的な質量もさることながら、廃棄物に対する課題は非常に難しいものがあった。性質上再利用が極めて難しく、これまで数多くの再利用プロジェクトが立ち上っては消えるということを繰り返していた。水に溶けにくく燃えにくいという高い耐久性に加え、通常の廃棄物のように圧縮して固めるという処理も難しい。単純な強度の高さもあり、処分に際しては莫大なコストを要する存在だ。

現在打ち出されている処理方式は、廃棄物を機械的に破砕し、粒状にして埋め立てるというものである。廃棄物の特性を考慮した、ある意味止むを得ない処理法であり、効率的とは言えないのが現状である。廃棄物を埋め立てた際に生じる自然環境への影響に対する懸念もあるが、現時点ではどの程度の影響をもたらすのかは未知数である。

「殻の砕ける音を毎日のように聞きながら、この先のことについて考える日々が続いています」

二十世紀末頃、静都地方の若葉市在住の宇津木博士により、ポケモンは卵生にて子孫を残すという発見がなされた。精緻に取り纏められた報告書により、ポケモンはある一定の枠組みの中で、どちらかの親の原種となるポケモンの子を宿した卵を産むことが分かり、各界に大きな衝撃をもたらした。

この宇津木博士の報告が為されて以後各地でポケモンの卵の発見例が爆発的に増加、一年も経たない間に、ポケモンの卵はもはや何の新規性も無い、ごく普通に見られるものとなった。これは、各地域のポケモン・ブリーダーがポケモン間で卵を産ませるための手法・技術を迅速に確立し、ポケモン・トレーナーが積極的にそのサービスを利用するようになったことが最大の要因と見られている。これにより、ポケモンの卵は数を急速に増やしていった。そこで持ち上がってくる問題が、卵が無事に孵化した後に残る「卵の殻」の取り扱いである。

石竹市の処理場が処理しているのは、ポケモンの卵である。

ポケモンの卵の殻は、本来であれば時間と共に風化し、自然へ還元される。ところが、近年発達したポケモンの産卵ビジネスにおいて、ポケモンの排卵を促進するために使われている特殊な薬剤が使用されるようになった。薬剤について、ポケモン自体への副作用は無いことが臨床実験で既に証明されているが、別の副作用として「産まれた卵の殻の成分が変質し、自然に還らなくなる」という現象が発生することが判明した。

つまるところ、何らかの形で人為的に、卵の殻の処分を行わなければならないということである。

「処理すべき卵の数がどんどん増えて、都度処理場を増設していって……その繰り返しです」

宇津木博士の報告により、ポケモンは種族によらず、ほぼ同一構造の卵を産むことが分かっている。そのため処理場では、ありとあらゆる卵を一箇所に集め、ある程度の質量に達するとまとめて破砕するという処理方式を採用している。元々のポケモンの種類に依存せず同じ方式で処理できるため、処理場は単純な構造で高い稼働率を上げることができる。一つの処理場に十五台の処理機が配備され、現在稼動中の処理場は五つ存在している。総合計で七十五もの処理機が、ほぼ休むことなく処理を続けているのが現状である。

そこに及んでさらに処理場を建設し、加えてその処理場には旧来の倍以上の処理機を配備するという計画があることから、ポケモンの卵がどれほど凄まじい勢いで廃棄されているかが分かる。そもそも卵の処理場は石竹市にしか存在しないわけではなく、国内で合わせて三十箇所に上る処理場の中の、比較的処理能力の高いものの一つに過ぎない。国内の処理場はいずれも稼働率が限界に達しており、各地で新規の建設計画が持ち上がっている状態である。

ポケモンの卵の処理については社会問題の域を既に超えており、国家としてどのように対峙していくかが問われる大問題となっている。ポケモンの卵を取り扱う業者に課税を行い圧力を掛けるという政策を打ち出した政党もあったが、ポケモン・トレーナーの育成に力を入れる文科省を初めとする省庁が一斉に反発、即時の取り下げを余儀なくされた。ポケモン・トレーナーとそれに付随する産業の規模は国家の基幹を支えるほどにまで成長しており、何らかの不利益をもたらすようなことは「国が傾く」(文科省関係者)と完全に忌避されている。

今や国家に多大な影響をもたらすまでになったポケモン・トレーナー達は、何故卵からポケモンを孵化させるのか。ポケモンの卵を取り扱うポケモン・ブリーダーによると、卵から孵化したばかりのポケモンは、野性のポケモンに比べて成長の伸び代が大きく、戦いに向いた体質や能力を得やすいためという。単刀直入に言えば、野生のポケモンをそのまま捕獲するより、卵から孵化して手塩にかけて育てる方が強くなるということである。

先述の理由により、ポケモンに卵を産ませるサービスを利用するポケモン・トレーナーが後を絶たない。しかもその母数は各地域で年々増加の一途を辿っており、それに伴ってポケモンの卵の数自体も増えることになる。

止まらないポケモン・トレーナーの増加については、ポケモンに関わらない産業の深刻な空洞化やドロップアウトしたトレーナーの社会的地位の不安定さなどにより別方面からも早急な対策を求める声が上がっており、国は何らかの措置を講ずることが求められている。そのため、いずれトレーナー自体の増加には一定の歯止めが掛かると考えられているが、廃棄物の増加傾向が直ちに収まるものではないとする見解が根強い。

根本的・抜本的な解決策はなく、処理場の稼働率を上げて対応するしかないのが、廃棄されたポケモンの卵に係る問題である。

――そしてA氏は、今後持ち上がってくるであろう「ある問題」に対する、深刻な懸念を吐露した。

「新しい処理場は……もちろん、卵の『殻』も処理します。それは、これまでの方針通りです」

「それとは別に、新しい処理機を導入する予定があります。卵の『殻』ではなく、別の廃棄物を処理するためです」

「何の処理を行うか、ですか? それは――」

 

「ポケモントレーナーの人が捨てるのは……ポケモンの卵の『殻』だけじゃありませんから」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。