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P@SSION★プリカちゃん

「きぃぃぃぃーっ! あんの泥棒猫ぉ~っ!」

かたかたと歯を震わせながら、プリカちゃんがおもむろに口走りました。トレードマークである桃色のふわふわボディを目いっぱい膨らませつつ、全身でもって昂ぶる感情をアピールしています。

プリカちゃんは今、身を焦がすような猛烈な怒りと嫉妬に燃えていました。

「何とかして、マリカちゃんからあの泥棒猫を引き離さなきゃ……!」

すっかり伸びきったハンカチを噛み締めながら、プリカちゃんは誓いを新たにするのでした。

 

プリカちゃん。ちょっと大人っぽい黒いリボンがチャームポイントの、おしゃまさんのプリンです。得意技はもちろん「うたう」。相手を眠らせるための「技」としても得意だし、そうでなく普通に歌うことも大得意です。むしろ、綺麗な歌声を披露することのほうが多いくらいです。

マリカちゃんはプリカちゃんの親で、プリカちゃんがタマゴの頃から面倒を見てきてくれた大切な存在です。普段からモンスターボールに入れたりせず、大切なパートナーとして心を深く通わせています。

そんなマリカちゃんとプリカちゃんの大好きなこと、それは。

「プリカちゃん、歌うよ!」

「うんっ!」

もちろん、歌うことです。正確には、マリカちゃんが楽器を演奏して、プリカちゃんが歌うという構図になります。マリカちゃんはどんな楽器でも弾きこなし、一度聴いた曲はすべてのパートを完璧にコピーできる天才少女でした。そこへ、小さな頃(具体的にはププリンの頃から)から地道に歌う練習を積み重ねてきたプリカちゃんが美声を重ねる。これぞ、最高の組み合わせです。

小さな頃から特訓してきたので、プリカちゃんは普通に人間の言葉を話すことができます。それもかなり流暢だったりします。言葉の意味やつながりもしっかり理解していて、マリカちゃんと正確に意思疎通ができるほどです。おかげで、プリカちゃんはマリカちゃんの家族からも「家族の一員」として認識されていました。

二人は町内の催し物や小さなイベントに出ては、美しい演奏技術と歌声、そこから紡ぎだされる絶妙なコンビネーションを披露していました。プリカちゃんはそれが楽しくて仕方ありませんでした。浴びせられる歓声、鳴り止まない拍手、そして何よりマリカちゃんと一緒に歌えること。そのすべてがプリカちゃんの喜びでした。

「ねーねープリカちゃん! わたしまた新しい曲作ったよ! 一緒に歌おうよ!」

「もちろん! あたし全力で歌うわ!」

二人をつなぐKEY WORD。それが歌でした。マリカちゃんと一緒に思いっきり歌を歌う、楽しい毎日がずっと続く。マリカちゃんのパートナーを努められるのは、自分一人だけ――プリカちゃんは、そう信じて疑いませんでした。

 

――おかしくなったのは、マリカちゃんとプリカちゃんの元に、一人の女の子がやってきてからです。

「マリカちゃん……その人、誰?」

日課の散歩から帰ってきたプリカちゃんの目の前には、マリカちゃんより一回り背の高い、ミニスカートの女の子が立っていました。マリカちゃんは女の子に親しげに寄り添って、いつもプリカちゃんに見せるような満面の笑みを浮かべています。一体、誰なんでしょうか。

戸惑いつつも、プリカちゃんは問題の女の子の特徴を整理し始めました。さっきも言いましたが、背は高いようです。少なくとも、マリカちゃんより一回りは高いです。髪型はかなり独特です。先端から二手に分かれて、地面に付きそうなほど長く伸びています。例えるなら――そう、ミミロップに似ています。カラーリングをミントグリーンにすれば、ほぼ完璧です。髪留めはひし形のダークピンク。耳にヘッドセットを付けているのも確認できました。

左腕には、液晶パネルのようなデバイスが装備されています。スペクトラム・アナライザー(スペアナ)でしょうか? そこから上へ辿ると、素肌に「01」という印字が見えます。衣装自体はノースリーブで、デバイスを装着するために黒いアームカバーを着用しています。中央には髪の色と同色の長いネクタイ。黒いタイピン二つで留めているのが分かります。足回りはブラックのロングブーツで武装。生地は薄いようです。見た目から得られる情報は、大方こんなところです。

「えへへっ♪ びっくりしたでしょ! すっごい人気で、うちに来てもらうまで大変だったんだよ~」

「初めまして! 貴方が、マスターのパートナーのプリカさんですね!」

「ち、ちょっと……あたしの名前、知ってるの?!」

「わたしが教えてあげたんだよ! これから、一緒に歌うパートナーになってくれるからね!」

「なんですと?!」

プリカちゃんがカッと目を見開きました。前方に身を乗り出して、マリカちゃんと謎の女の子に目を向けます。二人はプリカちゃんの様子が変貌したことに気付かぬまま、仲睦まじげに会話を続けます。

「今までできなかった曲も、これでできるようになるよ~♪」

「あわわわわわ……」

「はいっ! マスターのために、私、頑張ります!」

「はわわわわわ……」

「うん! わたしもうんといい曲を作って、いっぱい歌わせてあげるからね!」

うんといい曲を作って、いっぱい歌わせてあげる。この言葉に、プリカちゃんはガチで石化しました。一体どういうことだ? マリカちゃんがこのぽっと出のどこの馬の骨とも皮とも知れない正体不明のミミロップ似の女の子と歌う? しかも曲を作ってあげる? どういうことなんだ? と。

プリカちゃんが石化している間に、マリカちゃんとミミロップ似の女の子が楽しげに話しながらリビングを発ちます。

「じゃ、早速練習しよっか! 今から大丈夫?」

「もちろんです! 歌わせてください!」

「――ち、ちょっと……」

マリカちゃんの自室に向かう二人を、プリカちゃんはただ見つめ続けることしかできませんでした。

「……………………」

ばたん。マリカちゃんの部屋のドアが閉まってしまいました。プリカちゃんは口を半開きにしたまま、右腕を中途半端に前に突き出した状態で固まっています。呆然とした表情のまま、閉じてしまった部屋のドアをしばし凝視します。

プリカちゃんはおよそ二十秒ほど同じ体勢で硬直した後、ようやく動き出しました。

「な、な、な……な、なんなの~! あいつ、一体なんなのよ~っ?!」

――これが、プリカちゃんの苦悩の始まりでした。

 

「落ち着こうよあたし……焦っても仕方ないわ。あんなぽっと出のヘンなヤツに、マリカちゃんがパートナーを任せるはずないもの……」

ぶつぶつ呟くプリカちゃん。口では余裕を装っていますが、態度・口調・表情に余裕はちっとも感じられません。自分の部屋で――プリカちゃんには専用の部屋があてがわれています――うろうろうろうろ落ち着きなく動きながら、次にどう動くべきかを懸命に思案していました。

「Yo! プリカ、Do-したんDai?」

「あ、ゲロッパじゃない」

懊悩するプリカちゃんの前に、ゲロッパと呼ばれたポリゴン2が現れました。丸いサングラスをきらりと光らせ、ボリューム満点のアフロヘアーを揺らしながら、ふわふわとプリカちゃんに近づきます。どちらもゲロッパの趣味です。

ゲロッパはマリカちゃんと一緒に作曲を担当していて、マリカちゃんが愛用するキーボードタイプのシンセサイザーの調整を主な仕事にしています。他にも、マリカちゃんの楽曲にリアルタイムでリバーヴ・コーラスなどのエフェクトを付加したり、内蔵された音源を駆使して別パート(主にドラムパート)を担当することもあります。彼の位置付けは、マリカちゃん・プリカちゃんに続く三人目のメンバーといったところですね。ですから、プリカちゃんとの関係も深いんです。

「どうしたもこうしたもないわよ。見た? あのミミロップみたいなよく分かんない女の子」

「見たYo! なかなかイカしたCuteな娘だと思うZE!」

「ちょっとゲロッパ、それ本気で言ってんの?! 冗談じゃないわ! このままじゃ、あたしが歌えなくなっちゃうじゃない!」

プリカちゃんの危惧はそこにありました。例のミミロップ似の女の子が自分に成り代わってボーカルを担当して、自分がお払い箱にされること。それだけはなんとしても避けなければなりません。プリカちゃんの切実な思いが、そこにありました。

「So-So。さっきマリカChanの部屋で二人がTrainingしてる最中の風景を撮影してきたZE!」

「練習風景を? ねえゲロッパ、あたしにも見せて!」

「いいYo! Let's Play!」

ゲロッパはプリカちゃんの依頼を受けて、フラッシュメモリに記録した二人の練習風景を収めた動画を、目から壁に向けて投影し始めた。

「よーし! じゃ、まずは肩慣らしにこの曲から! 行くよ~! せーのっ!」

「さーいーたー♪ さーいーたー♪ ちゅーりっぷーのー はーなーがー♪」

「ふ、ふん! た……ただ、ただのど、どどっ、童謡じゃないっ!」

「あの娘は童謡、プリカは動揺ってKANJIだけどNEー」

「う、うるさいっ! とにかく、あたしがパートナーなのは変わらないもん! あんなの、す、すぐにお払い箱だわ!」

マリカちゃんの唯一人のPrivate Service。それがプリカちゃんの誇りでありアイデンティティです。そう簡単にパートナーのポジションを取られるわけがない。いやいや取られてなるものか。プリカちゃんにだって意地があります。

「すぐに……すぐに元通りになるわ……!」

腕組みをしながら言うプリカちゃんですが――やっぱり、どことなく余裕が感じられませんでした。

 

――マリカちゃんとミミロップ似の女の子が行う練習は、その後も続いています。

「いい感じっ! その調子っ!」

「サイコパワーを 心に 秘めて♪ はてしない道を 走る♪」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……!」

思いのほか上手にたたかうアイドルの曲を歌いこなすミミロップ似の女の子と、とても楽しそうなマリカちゃんの声。こっそり部屋の中を覗き込みながら、プリカちゃんはしきりに歯噛みしていました。単刀直入に言うとすごい悔しい。そんな状態です。

「くっ……! 焦っちゃダメ! すぐになんとかして見せるんだから!」

自室に戻ると、ベッドの上で寝転がっていたミミロップ人形(原寸大)をさっと拾い上げ、怨念をこめて握り締めます。ぎりぎりと首を締め上げながら、プリカちゃんが呪詛の言葉を口にします。

「すぐに分かるわ! マリカちゃんには、あたししかいないってことが!!」

ぎゅっ、と手に力をこめると、ミミロップ人形(原寸大)の体が歪んで、変わらないはずの表情が心なしかちょっと苦しそうになった――ような気がしました。

「ここにいても仕方ないわ……外で対策を考えなきゃ」

ミミロップ人形(原寸大)をベッドに放り投げると、プリカちゃんは部屋から出て行きました。

 

さて、外に出たプリカちゃんでしたが、これといってあのミミロップ似の女の子を追い払う名案が思いつくわけでもなく、ただ難しい顔をして歩くばかりでした。プリカちゃんは今、近くにある商店街にいます。

「どうすればいいかしら……」

実力行使に打って出るか、はたまた搦め手を駆使して頭脳プレーで追い出すか。いろいろと考えをめぐらせるものの、焦りと苛立ちが先に立ってしまい、うまく考えがまとまりません。こんな状態で何かアクションを起こしても、きっと失敗するだろう――プリカちゃんは自分にそう言い聞かせるのが精一杯でした。

晴れぬもやもやを胸の中で弄繰り回しながら、プリカちゃんがぽてぽて歩いていた時のこと。

「ねえ、ユンゲラーさん! スプーン曲げ見せてーっ!」

「ぼくも見せてーっ!」

通りがかりの紳士、もといユンゲラーさんが、子供のナゾノクサちゃんとサンドくんにせがまれて、得意技の「スプーンまげ」を披露しようとしていました。その様子を見かけたプリカちゃんが、すっとその場に立ち止まります。

「よかろう。私のサイコパワーを君たちに見せてあげよう」

ユンゲラーさんが「サイコパワー」という単語を口にした瞬間、プリカちゃんの脳裏に、あのミミロップ風の女の子の姿がふつふつとよみがえってきました。マリカちゃんと楽しそうに練習する光景も、合わせて一緒に。

「……………………!」

プリカちゃんの行動は、別の意味で迅速でした。

「サイコパワーですってぇ?」

「……なぬ?!」

スプーン曲げを披露しようとしていたユンゲラーさんからスプーンをひったくると、プリカちゃんがユンゲラーさんに思いっきりメンチを切りました。スプーンをひったくった手がかたかた震えています。ユンゲラーさんと取り巻きの子供達が、何事かとプリカちゃんを見つめました。

「見せてあげるわ……腕力(ハンドパワー)>超能力(サイコパワー)ってことを!」

「ち、ちょっと……」

両手でスプーンを持つと、プリカちゃんはありったけの力を込めて――

「ぜりゃああぁあっ!!」

「わぁ?! スプーンが半分に折り畳まれちゃった?!」

スプーンを豪快に二つに折り畳んでしまいました。ビビるくらい半分に折り畳まれています。見ていた子供達が、目を真ん丸くします。

「ぜーはーぜーはー……い、いつか、あいつもこんな風に折り畳んでやるんだから……!」

鉄クズと化したスプーンを放り投げ、息を切らせたプリカちゃんがその場から立ち去りました。

「すごいすごい! スプーンが折り紙みたいになっちゃった!」

「す、スプーンが……」

プリカちゃんの馬鹿力に興奮する子供達を尻目に、大切なスプーンを使い物にならない状態にされたユンゲラーさんがその場で絶望していました。

 

――プリカちゃんの悩ましい日々は、まだ続いているようです。マリカちゃんの部屋では、女の子が楽しそうに歌っています。

「GO MY WAY♪ GO 前へ♪ 頑張って ゆきましょう♪ 一番 大好きな……」

「タワシにでもなってなさいよぉおおぉぉおーっ!!」

ミミロップ人形(原寸大)にハイタッチという名前のウェスタンラリアットをぶちかましながら、プリカちゃんが部屋でキレていました。ハイタッチ(ウェスタンラリアット)を食らったミミロップ人形(原寸大)が壁に叩きつけられて、ぐったりとその場に崩れ落ちました。

ぶっ飛ばされたミミロップ人形(原寸大)を見つめながら、プリカちゃんがぜーぜーと肩(?)で息をしています。プリカちゃんの肩はどこって? それは聞かないお約束です。

「はー、はー……いけないわ、このままじゃおかしくなっちゃう……」

ここのところ、プリカちゃんはこんなことばかり繰り返しています。ぶんぶんと頭を振って、一旦気を取り直します。プリカちゃんの頭はどこって? それも聞かないお約束です。

「上手上手! この調子で頑張ってね!」

「はいっ! プロデューサーさんっ!」

「いつの間にかマスターからプロデューサーにクラスチェンジしてんじゃないわよーっ!!」

怒ったプリカちゃんが風船のような体を膨らませて、ベッドの上でぽよんぽよん跳ねています。燃え上がる感情はBurn on to Karie。燃え滾るような思いが身を包みます。

と、そこへ。

「あっ、プリカちゃん! トランポリン遊び? わたしも混ぜて~!」

「せっかくですから、私も一緒にっ!」

「だぁーっ!! 違うわよーっ!!」

プリカちゃんの部屋へやってきたマリカちゃんと女の子が、同じようにベッドの上でバインバインと跳ね始めました。

「プリカちゃん! これ楽しいですね!」

「あたしは楽しくなーいっ!!」

全体的に有耶無耶にされたまま、結局三人でトランポリン遊びを続けたのでした。

「ちくしょーっ! 二月と三月のバカヤローっ!!」

陰暦の二月は如月(きさらぎ)、三月は弥生(やよい)と言います。覚えておいてくださいネ☆

 

プリカちゃんの、とほほな毎日は続きます――。

「私 ついて行くよ♪ どんな辛い♪ 世界の 闇の 中でさえ♪ きっと あなたは 輝いて♪」

「あたしの苦しみはエンドレスなのよぉおおっ!!」

こんな日もあれば、

「曖昧3センチ♪ そりゃぷにってコトかい? ちょっ!」

「あんたにあげるニーソックスはないわーっ!!」

こんな日もありますし、

「ワンダーランド! ようこそ君には♪ フェアリーランド! 愛の魔法なの♪」

「なんで飛ぶのおおおぉぉん!!」

こんな日もありました。

「うぬぬぬ……気が変になりそうだわ……」

プリカちゃんの気が休まることは、しばらく無さそうです。

 

――それから、また少し後のこと。

「うがーっ! ハイパーテキストテンプレート(※拡張子が「.HTT」のファイル。昔のWindowsで使われていました)がなんだってのよーっ!!」

開幕早々、プリカちゃんは怒っています。切れ方がだんだんマニアックになってきました。ゴーゴーマニアック!

例によって、あの女の子とマリカちゃんが楽しそうに練習している光景を見たプリカちゃんは、顔を思いっきり膨れさせて外へと飛び出してしまいました。二人が何を歌っていたかは、多分想像が付くことでしょう。ええ、皆さんの予想通りです。ちなみに、今日のプリカちゃんのお昼ご飯はカキフライでした。

近くの青と白のストライプが目印のコンビニで買ったペットボトル入りの紅茶を握り締めながら――プリカちゃんはとても賢いので、自分で買い物もできます――、プリカちゃんは公園を闊歩しています。

(いったい、どうすればいいのよ……)

心はふわふわFloated Calm。風船のように安定しません。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、気が散って仕方ないのです。

「生麦生唯生あずにゃん、生律生澪生あずにゃん……」

そんな情緒不安定気味のプリカちゃんが若干、いや相当壊れた早口言葉を無意識のうちに呟きながら、公園を歩いていたときのことでした。

「……ぷわわ~♪」

ベンチに座……失礼、座っていなくて浮いていますが、とりあえずベンチでくつろいでいるフワンテさんが一人。ホッチキスで止められたような「バッテン」の口と、紐に結び付けられたハートマークが特徴です。

フワンテさんの傍らには、プリカちゃんと同じペットボトル入りの紅茶が置かれています。ついでに、筆ペンとボールペンの入った透明なペンケースも。多分どこかの学校で講義を終えて、一人で放課後のティータイムを楽しんでいるのでしょう。とてもへいおん! な光景と言えるでしょう。

「……………………」

くつろぎモードのフワンテさんの声を聞いたプリカちゃんが、うつろな目でフワンテさんを見つめます。

プリカちゃんの目に見えたもの、それは――ゆったりとしたふわふわな時間を過ごすフワンテさん・ホッチキスで止められたバッテン・汚れの無いピュアなハートマーク・放課後のティータイム・そして筆ペンにボールペン――まるで狙い済ましたかのようなアイテム群です。

「……!!」

プリカちゃんは、大方の予想通り速攻でブチ切れました。

「ふわふわしてんじゃないわよーっ!!」

「ぷわ?!」

突然叫ばれたフワンテさんが、とてもビックリした表情でプリカちゃんを見つめます。プリカちゃんはずかずかとフワンテさんに近づくと、しっかとそのヒモを握り締めました。

「なぁにが『ふうせんポケモン』ですってぇ?! なんなのよその分類は! 風船なのかポケモンなのかハッキリしなさいよ!! あぁん?!」

※プリカちゃんもふうせんポケモンです。

「ぷわわー!」

突然因縁をつけられてあわてたフワンテさんが、その場から飛び立とうとします。すると、思いのほかあっさり空に浮いてしまいました。プリカちゃんは体重が軽いので、フワンテさんでも簡単に持ち上げられたようです。

「ち、ちょっと! 待ちなさいよーっ!!」

「ぷわわー!」

「あたしをどこに連れて行く気なのよおおおおぉぉっ!!」

プリカちゃんはノーサンキュー! とばかりに体を振って抗議しますが、それも空しく、フワンテさんは順調にぐんぐん上昇して、空高く浮いていきます。

「ぷわわー!」

「ウボァー!」

「ぷわわー!!」

「ウボァー!!」

そしてそのまま、プリカちゃんはフワンテさんに天高く空の果て(※一般的に「あの世」と呼ばれている場所です)まで連れて行かれてしまいました。きっと、そこから戻ってくることはないでしょう。

めでたし、めでたし。

 

――さて、その後死に物狂いであの世から舞い戻ってきたプリカちゃんですが……。

「いいよー♪ 子供っぽさと大人っぽさがうまく出てて、すごく可愛いよ~♪」

「まだまだ! 芸能界はそんなに甘くありませんから!」

マリカちゃんと女の子の楽しい練習は、まだ続いているようです。ご覧の通り、二人は毎日とても楽しそうに練習をしているのですが、一方でプリカちゃんはと言うと。

「あたしは世界一不幸なポケモンだぁああぁーっ!!」

ミミロップ人形(原寸大)に怒りのメガトンパンチを何度も叩き込みながら、自分は世界一不幸だと嘆いていました。どう考えてもプリカちゃんに意味なく絡まれたユンゲラーさんやフワンテさんの方が不幸だと思うのですが、今のプリカちゃんにそれを言っても無意味でしょう。

「きぃぃぃいいいぃっ! ココにいるのはおジャ魔虫だってのよぉぉおおおぉっ!!」

全力メガトンパンチを三十発ほど叩き込んだプリカちゃんがミミロップ人形(原寸大)を投げ捨て、ベッドにぽふっと腰掛けます。ミミロップ人形(原寸大)が壁にバシっと叩きつけられ、首からぐったりと下へ落ちていきました。無惨です。

「マジョリカマジョリカ……落ち着くのよ。あたしだって歌えるんだから……きっと、必ず元に戻るわ……!」

不安を振り払うかのように体を震わせて、プリカちゃんが呟きます。とはいえ、何か根拠があるわけではありません。振り払っても振り払っても、不安は募る一方です。

「Hey! プリカ、さっきミミロップDollが吹っ飛んできたけど、何があったんDai? いつものプリカじゃNAIみたいだNEー」

「ゲロッパじゃない。どこ行ってたの?」

「HAHAHA! どこって、マリカChanのところSA! SynthesizerのTuningを終わらせてきたところだZE!」

「うぐぐぐぐ……」

ゲロッパは自分で歌を歌うわけではないので、今も変わらず出番があるようです。そんなゲロッパをうらやましげに見つめながら、プリカちゃんはしきりに歯噛みしました。

「いいわね、ゲロッパは。あたしはもうどうにかなっちゃいそうよ」

「So気にすんなTTE! またすぐにマリカChanと一緒にCoolでCuteなMagical Stageに上がれるSA!」

相棒のゲロッパから励まされますが、プリカちゃんはいまいち元気が出ないようです。

「はぁ……あたし、ちょっと出掛けてくるわ」

「OK! たまにはEscapeすることもTAISETSUだZE!」

ハンカチを振るゲロッパに見送られ、プリカちゃんはいつものように出かけていきました。

 

――で、プリカちゃんは今日どこにやってきたかと言うと、近くにある小さな池でした。

「よーし、今日は歩く練習だぞ! お父さんの後に付いてきなさい」

「はーいっ!」

池の周りでは、お父さんのニョロトノに連れられた、子供のニョロモが歩いています。仲睦まじい親子の、微笑ましいふれあいの様子ですね。

「ニョロモね……」

そんなニョロモの姿を、プリカちゃんがじっと見つめています。

「……………………」

ところで皆さん、「♪」マークを良く見てみてください。下の丸い部分がニョロモの体、残りの旗の部分がニョロモの尻尾に見えませんか? ニョロモはおたまポケモンです。ゲームや映像作品でも、オタマジャクシが「♪」マークの暗喩や比喩として使われることは多いですよね。

さて、お父さんのニョロトノの後ろについてよちよち歩く、まるで「♪」マークのようなニョロモを見ていたプリカちゃんが、虚ろな表情でぼそっと呟きました。

「……カエルになっちゃえばいいのに」

※なります(ニョロゾに進化させた後おうじゃのしるしを持たせて通信交換)。

ぶつぶつと呪文、じゃなくて呪詛の言葉を吐きながら、プリカちゃんは池を後にしました。

 

――プリカちゃんの受難は、まだまだ続きます。

「交わした 約・束 忘れ・ないよ♪ 目・を・閉じ 確かめる♪ 押し寄せ・た闇 振り払って・進むよ♪」

「そう! 悲壮感の中に力強さを! 気高さの中に心細さを!」

練習を重ねるマリカちゃんと女の子。二人はまさしくin a merry mood。とってもいい雰囲気です。楽しい中にも真面目さが垣間見える、そんな親しい二人の関係が伺えます。

で、我らがプリカちゃんはというと。

「あんたなんかもう何も痛くも怖くもないのよぉぉぉぉおっ!!」

体をいっぱいに膨らませ、ミミロップ人形(原寸大)の頭に大口を開けて噛み付いていました。クチートちゃんもびっくりの噛み付きっぷり。ミミロップ人形(原寸大)の首から上がすっぽりプリカちゃんの口の中に納まっています。どえらい光景です。

「カット……カットカットカットカットカットカットカットカットカットォ!!」

がぶがぶがぶがぶ繰り返し繰り返し頭に噛み付くプリカちゃん。その様子はまさにワ……なんでしたっけ? とにかくワなんとかの夜そのものです。何かこう根本的に取り違えているような気がしてなりませんが、ここは敢えて気にせず進みましょう。

「うぬぬぬぬ……! 血だまりでスケッチでもしたい気分だわ……!」

噛み付いていたミミロップ人形(原寸大)をペッと文字通り吐き捨て、腕組みをして考え込み始めました。なんとかして二人の関係に亀裂を入れたいのですが、そうそう上手くいくものでもありません。

困ったプリカちゃんは――

 

「……考えるのよ。あいつとマリカちゃんの関係を終わらせる方法を……!」

――いつもどおり、散歩に出かけました。困ったことがあると散歩に出かける。これはプリカちゃんの癖でした。今日も今日とて、あの女の子を追い払う方法を考えます。

けれどもやっぱり、そう簡単には思いつきません。マリカちゃんの楽しそうな様子を思うと、あまり無茶なことはできない。プリカちゃんはプリカちゃんなりに、そこまで考えていました。

「時間は待ってはくれない……握り締めても、開いたと同時に離れていく……!」

眉間に皺を寄せ、どこかの魔女さんのような台詞を吐きながら歩くプリカちゃん。おもむろに時間圧縮でもおっぱじめなければいいのですが。

と、そんな彼女の前に。

「はぁ~あ……」

「……あら、タブンネちゃんじゃない。どうしたのよ」

「あっ、プリカちゃん……」

プリカちゃんの親友の、タブンネちゃんが現れました。何やらお悩みの様子です。悩んでいるのはプリカちゃんも同じですが、ここは先輩のプリカちゃん。後輩の悩みを聞いてあげるのもお仕事でしょう。

というわけで、プリカちゃんが早速タブンネちゃんに尋ねます。

「何かあったの? 元気ないみたいだけど」

「うん……最近、いろんなトレーナーさんに狙われるようになっちゃって……」

「そういえば、タブンネちゃんって『経験値』が多いのよね」

タブンネちゃんをやっつけると、何故だかやっつけたポケモンがいつもよりぐーんと成長すると言われています。なので、ポケモンを連れ歩いているトレーナーたちに付けねらわれて、困っているとか。

「ふぅーん。そうね……あっ、いい考えがあるわ」

これを聞いたプリカちゃん。何か閃いたようです。

「そういうときは、相手を撃退すればいいのよ」

「でも、私攻撃技覚えてないし……」

「心配いらないわ。今流行の撃退法を教えてあげるから」

「撃退法?」

首をかしげるタブンネちゃんに、プリカちゃんがレクチャーします。

「まずは、目の色を赤に変えてみてくれる?」

「うん、それならできるよ」

プリカちゃんの指示通りに、タブンネちゃんが自分の顔にお化粧をしていきます。

――で、数分後。

「僕と契約して、魔法少女になってよ! ……これでいいのかな?」

「かーんぺきっ! 出会った瞬間にそれを言えば、そこらのトレーナーならさっさと逃げ出すはずよ」

そこには、色白で血のように赤い円らな目をした、可愛いけれど無表情なタブンネちゃんがいました。何を吹き込んだのかは分かりません、というか、言うまでもありません。これぞまさしくMask of Guilty。みんな逃げ出すこと間違い無しです。丸くカールした耳毛? がとてもそれっぽいです。

こんなの絶対おかしいよ。

「他の友達にも教えてあげるといいわ。必ず上手くいくと思うから」

「うん。プリカちゃん、どうもありがとう!」

何だかんだでタブンネちゃんも喜んでいるようです。走り去っていくタブンネちゃんを見送って、プリカちゃんが一息つきます。

「はぁ……あたしも早く何とかしなきゃ」

自分自身の問題も解決しなければと、プリカちゃんは再び歩き始めました。

ちなみにこの後、各地でタブンネちゃんをやっつけようとしたトレーナーが、タブンネちゃんの姿を見て恐慌状態を起こしたり、揺れた草むらからタブンネちゃんが飛び出してきた瞬間に泣いて謝罪するトレーナーが続出したり、挙句の果てに心臓発作を起こすトレーナーまで現れたりしたそうです。おかげで、タブンネちゃんの生息数はうなぎのぼりとか。よかったですネ☆

わけがわからないよ。

 

とまあ、タブンネちゃんの問題を解決したプリカちゃん。

「小さい 頃は♪ 神様が いて♪ 毎日 夢を♪ 届けて くれた♪」

「明るい曲も上達してきたね! すっごいよ!」

おちこんだりもしたけれど……

「があああぁぁあぁーっ!! にしん(鰊)ーっ!!」

あまり元気ではなさそうです(別の意味では元気そうですが)。

ミミロップ人形(原寸大)におうふくビンタを炸裂させ、今日も今日とてプリカちゃんが行き場の無い恨みをぶつけます。これだけ恨みが鬱積していれば、カゲボウズくんの一匹や二匹やってきてもよさそうなものですが、プリカちゃんがあまりに恐ろしいせいか、全然近寄ってくる気配がありません。ま、カゲボウズくんだって命が大事ですよネ☆

「はぁーっ、はぁーっ……おのれミミロップ娘……ただじゃ置かないわ……」

くたくたになったミミロップ人形(原寸大)を放り投げて、プリカちゃんが息も絶え絶え呟きます。これはもうよっぽど怒っているようです。うつぶせに倒れたミミロップ人形(原寸大)が哀愁を誘います。

「こうなったら……実力行使よ!!」

今まで我慢していたプリカちゃんですが、ついに動くようです。何故か部屋に立てかけておいたデッキブラシを手に取り、臨戦態勢に移ります。デッキブラシ装備! そんな装備で大丈夫か? 大丈夫だ、問題ない。

さあ、死闘は凛然なりて。例の女の子と直接対決に打って出るようです。プリカちゃんの怒りは膨らむばかりでFABLED METABOLISM。いよいよ限界です。武器のデッキブラシ片手に、プリカちゃんが部屋を出ようとします。すると……

「あ、プリカちゃん! お掃除するの?」

「えっ?!」

偶然前を通りがかったマリカちゃんが、プリカちゃんに声を掛けます。傍らには、あのにっくきミミロップ風の女の子の姿も。

「ちょうどいいよー♪ わたしもお掃除しようって思ってたところ!」

「いや、あの、これは……」

「それなら、私も手伝います! マスター、お手伝いさせてください!」

「うん♪ みんなでやれば早く終わるよね♪」

「ち、ちょっと……違うんだけど……」

マリカちゃんがどこからともなく掃除機を持ってくると、女の子の方も三角巾にマスク、ついでにゴム手袋まで装備して、お掃除の準備を万端整えてしまいました。

「レッツ・お掃除ターイムっ!」

「はいっ! 任せてください!」

「ち、違うよ! これは……!」

結局また有耶無耶にされて、プリカちゃんはマリカちゃん・女の子と共にお掃除をする羽目になってしまうのでした。

「違うって言ってるのにーっ!!」

プリカちゃんの叫びは、楽しくお掃除をする二人の前に空しくかき消されてしまうのでした。

 

すっかりピカピカになった家で、マリカちゃんと女の子はなおも練習を続けます。

「だんご♪ だんご♪ だんご♪ だんご♪ だんご・だ・い・か・ぞ・く♪」

「うんうん♪ いい感じいい感じ! 子供の歌みたいに歌うといいと思うよ!」

いい曲ですね。とても和みます。暖かい気持ちになれます。家族、いやひいては「人生」をテーマにしたあの作品に相応しい、優しさと大らかさに溢れた曲といえるでしょう。

一方、プリカちゃんは。

「ヒトデライズドーっ!!」

和みも暖かさも優しさも大らかさもへったくれもなく、いつものようにミミロップ人形(原寸大)に情け容赦なく連続キックを打ち込みまくっていました。目指せ64HITコンボ! 顔面が変形するほどの破壊力です。

「ぜーはーぜーはー……い、一体どうすればいいのよ……マリカちゃん、あたしのこと忘れちゃってるんじゃ……」

ミミロップ人形(原寸大)の顔面をむんずと踏みつけながら、プリカちゃんが息を切らしています。相当追い詰められているようです。この前いっしょに家のお掃除をしたので、忘れられているということはないはずですが。

とはいえ、こんな毎日が続くとプリカちゃんも参ってきます。お気に入りのマイクもサイン用のマジックも、最近はすっかりご無沙汰。気分が浮かないのも無理はありません。

「……出かけようっと」

なんだかいつものパターンの繰り返しですが、とにかくプリカちゃんは出かけることにしたのでした。

 

ぽてぽて歩くプリカちゃんですが、その心中はもちろん穏やかではありません。ざーざー五月蝿いBlue Noiseが、プリカちゃんの心に溢れています。ため息をひとつ吐くたびに、プリカちゃんの憂鬱は深まります。

なんとかしてあのにっくきミミロップ娘を追い払って、もう一度マリカちゃんと一緒に歌いたい――そのためのプランを懸命に練ってみますが、やっぱり妙案は浮かんできません。できるのは、頭の中であの娘をぎったぎたのぼっこぼこにすることくらいです。ミミロップ人形(原寸大)にしていることと同じように。怖すぎですネ☆

「くっ、ホントになんとかならないわけ……?」

行き交う人やポケモンでにぎわう商店街を、プリカちゃんが一人寂しく歩んでいたときのことでした。

「お父さーんっ! 待って待ってー!」

「あたしも置いてかないでーっ!」

「はっはっはっ。心配しなくても、すぐに追いつけるさ」

「あらあら。二人とも、そんなに焦らなくてもいいのに」

六人連れの家族のタマタマ一家が、楽しそうに歩いて(?)いるのが見えました。そんなタマタマ一家を目撃したプリカちゃん、つい反射的にこう一言。

「だんご……」

※タマタマはたまごポケモンです。

「いけないわ……幻覚が見え始めてる……」

タマタマがだんごに見え始めたプリカちゃん。いよいよ本格的にヤバくなってきたようです。とりあえず、幻覚が見えているのはマズいでしょうね。

「落ち着くのよ……見えているものに惑わされちゃダメなんだから……」

そう自分に言い聞かせて、プリカちゃんは再び歩き始めました。

その後、海でくつろいでいたヒトデマンさんを見て「ヒトデ」と呟いたり(※合っています)、プラスルちゃんとマイナンちゃんの姉妹を見て「双子」と呟いたり(※合っています)、うしおのおこうをもらって嬉しそうにしているマリルリさんを見て「うしお」と呟いたり(※合っています)、お昼寝をしていたウリムーくんを見て「ボタン」と呟いたり(※合っています)しつつ、プリカちゃんは家に帰るのでした。

タマタマ以外全部合っているのは気のせいですヨ☆

 

身も心もちょっとずつ蝕まれてきているプリカちゃんですが、そんな彼女の家では相変わらずマリカちゃんと女の子が、明るく楽しく元気よく練習を続けています。

「消える飛行機雲♪ 僕たちは見送った♪ 眩しくて逃げた♪ いつだって 弱くて♪」

「いいよいいよ~♪ これが歌えるようになったら、本番も大安心だよっ!」

切れ味のいいマリカちゃんのシンセサイザーの演奏と共に、女の子がとっても美しい歌声を披露します。二人とも絶好調です。で、その声はもちろん、お隣のプリカちゃんの部屋にも聞こえているわけで……。

「死ねヘンタイゆうかいまッ!!!」

大方の予想通り、プリカちゃんはミミロップ人形(原寸大)のみぞおちにメガトンキックをぶち込んでいました。まあ、マリカちゃんをさらった「誘拐魔」という見方は、無理をすればできなくもありません。かなり無理やりですけど。

ベッドに打ち上げられたヘンタイゆうかいま(ミミロップ人形(原寸大))を虚ろな目で見つめながら、プリカちゃんが大きな大きなため息をつきました。相当悩んでいるようです。

「あれはあたしの持ち歌なのにっ……!」

ぎりぎりと歯を食いしばるプリカちゃん。今まで女の子が練習に使っていたほとんどの曲は、もともとプリカちゃんの持ち歌でした。それをあの女の子が歌っているというだけで、もうハラワタが煮えくり返りそうです。今なら口からだいもんじも撃てます。対鋼用のサブウェポンです。

何も上手くいかない現実に、プリカちゃんは頬を膨らませて怒るのでした。

 

――とまあ、ストレスを溜め込んだときのプリカちゃんの行動なんて、皆さんご存知のように一種類しかないわけで。

「はぁ~あ……マリカちゃんと歌いたいなぁ……」

今日は海辺に足を運んだようです。傍らに紙パック入りのジュースを置いて、海を飛んでいくキャモメくんやペリッパーさんをぼーっと眺めながら、プリカちゃんは物思いに耽ります。プリカちゃんだって歌いたい。けれども、マリカちゃんという大切なNavigator無しじゃ歌えない。プリカちゃんの悩みは募る一方です。

プリカちゃんが砂浜に座り込んで何の気なしに「の」の字を書きながら、あれこれととりとめもない考えをこねくり回していたときのことでした。

「ママ! そこで待っててね!」

「いいわよ。さあチルチルちゃん、ママのところまで飛んでらっしゃい」

砂浜の右手に、近くに住んでいるエアームドさんと、チルットのチルチルちゃんの姿がありました。チルチルちゃんはエアームドさんの子供です。どうやら、これからチルチルちゃんが空を飛ぶ練習を始めるみたいですね。

ふわふわ羽をぱたぱた動かして、チルチルちゃんがゆっくり空へと浮かびます。

「ママ、いくよ! それーっ!」

「そうよ! チルチルちゃん、こっちこっち!」

よろよろとふらついていますが、チルチルちゃんは確かに宙へ浮いて、ちょっとずつエアームドさんの元へ近づいていきます。エアームドさんは前へ踏み出したい気持ちを抑えて、チルチルちゃんが自分のところまで来てくれるのを心待ちにしています。

「その調子よ! チルチルちゃん! ちゃんと飛べてるわ!」

「ママ! ボク、ママのところまで飛ぶよ! ママがゴールだからね!」

懸命にふわふわ羽を動かして空を飛ぶチルチルちゃん。そんな健気で可愛いチルチルちゃんと、愛に溢れたエアームドさんの様子を、プリカちゃんはじーっと見つめています。

「よいしょっ、よいしょっ……!」

「あと少し、あと少しよチルチルちゃん! さあ、ママのところへいらっしゃい!」

大きなはがねのつばさを広げ、エアームドさんがチルチルちゃんを出迎えます。チルチルちゃんは必死に羽ばたいて、ママであるエアームドさんのところへ飛んでいきます。

あと三メートル、二メートル、一メートル……

……そして!

「ゴールっ……!」

チルチルちゃんは、「ゴール」である大好きなママの胸へと飛び込みました。エアームドさんがチルチルちゃんをしっかり抱きしめて、愛しげに頬ずりします。

「ママ! ボク、ママのところまで飛べたよ! ちゃんと飛べたよ!」

「えらいわチルチルちゃん……! もう、こんなに飛べるようになったのね……!」

エアームドさんもチルチルちゃんも、とってもうれしそうです。血のつながりのない二人ですが、その姿はもう親子そのもの。チルチルちゃんのママはエアームドさん以外、考えられません。

「がんばったわね、チルチルちゃん。ほら、ごほうびのきのみジュースよ」

「ありがとう! ママも一緒に飲もうね!」

「うふふ。チルチルちゃんったら、甘えん坊さんなんだから」

二人は、れっきとした親子なのです。

「みすずーっ!!」

親子愛に溢れるチルチルちゃんとエアームドさんの様子を見て、プリカちゃんは隣に置いてあった紙パック入りのジュースを盛大に握りつぶしながら、感動の声を上げるのでした。

どんな叫び声やねん(関西弁)。

 

プリカちゃんの憂鬱は、いよいよもって深いものになっていきます。

「あ・き・ら・めずに♪ 消えるあ・し・ば・に・挑戦するけどす・ぐ・に・し・たに落ちるよー♪」

「ミミロップ娘が倒せないーっ!!」

プリカちゃんの動揺――。

「キラキラー♪ ダイヤモンドー♪ 輝くー♪ 星のようにー♪」

「バーカバーカ! バーカバーカ!!」

プリカちゃんの憤慨――。

「わら人形に♪ わら人形に♪ わら人形に♪」

「ごっすんごっすん五寸釘ーッ!!」

プリカちゃんの暴走――。

「どうにかしなきゃ……このままじゃ、ホントにあたしがお払い箱になっちゃうわ……」

このまま、プリカちゃんは消失してしまうのか……危機感だけが強くなっていく日々が続きます。

 

――さて、今日も今日とて女の子は練習を重ねるのですが、ちょっといつもと違う調子の曲を練習しているようです。

「Estuans interius ira vehementi(激しい怒りと苦い思いを胸に秘め)」

「Estuans interius ira vehementi(激しい怒りと苦い思いを胸に秘め)」

エストゥアンス・インテリウス・イラ・ヴェーヘメティ、エストゥアンス・インテリウス・イラ・ヴェーヘメティ……

「田代ース!!(田代ース!!)」

女の子の歌うあまりにも有名なラテン語歌詞の歌に、同じくとっても有名な替え歌の歌詞を重ねながら、プリカちゃんが釘バット(模造品)を装備してミミロップ人形(原寸大)を撲殺していました。とても生々しいです。

ぐったりして動かなくなったミミロップ人形(原寸大)を見下ろしながら、プリカちゃんがよろよろとよろめきます。

「いけないわ……その内本当に手を出しちゃいそう……」

最近のプリカちゃんの悩みっぷりはホンモノでした。この間なんて、マイクが包丁に、油性マジックが注射器に見えたほどです。「中に誰もいないじゃないですか」。最近のプリカちゃんの口癖です。そろそろここに病院を建てたほうがいいかも知れませんネ☆ 誰かそろそろ彼女にQuender Oui!

「くぅーっ……! なんであたしがこんな目に遭わなきゃいけないのよ! 世の中間違ってるわ!」

とりあえず物騒な釘バット(模造品)を立てかけて、握りこぶしを作ってわなわな震わせます。本当にどうにかしないといけない。何とかして、マリカちゃんのパートナーの地位を取り戻さなければ!

プリカちゃんは肩を落としながら、部屋を後にしました。

 

例によっていつも通り散歩に出かけたプリカちゃんが本日やってまいりましたのは、町外れにある小さな教会です。普段は訪れる人も少なくひっそりした場所なのですが、発した声がとても美しく響くので、プリカちゃんは一人で練習する目的で、ときどきここを訪れていました。

プリカちゃんが教会に足を運んでみると、中から声が聞こえてきます。どうやら先客がいるようです。

「誰かいるのかしら?」

扉を押し開いて、プリカちゃんが教会内部へ進入します。すると……

「~♪」

いつの間にか教会内部に設けられた小さな花畑の中央で、キレイハナちゃんが一人祈りをささげていました。何故内部に花畑があるのかは分かりませんが、美しい光景であることは間違いありません。

プリカちゃんの目には、教会の花畑で祈りをささげるキレイハナちゃんの姿が映ります。なんかもうアレですね。狙い済ました構図とは多分このことなんですね。タブンネ☆

「約束の地よぉぉぉぉーっ!」

「あっ、プリカちゃん!」

大ジャンプから刀を真下に突き立てながら落下していく例の技の台詞を発しながら、プリカちゃんがキレイハナちゃんにのしかかりを敢行しました。キレイハナちゃんはプリカちゃんの声で存在に気付いたようで、さっと後ろへ振り返ります。

「遊びに来てくれたんだね、プリカちゃん!」

「きいぃいーっ! あいつに絶望を送ってやるぅーっ!」

会話が成立していません。キレイハナちゃんはプリカちゃんがじゃれてきたものと思い込んで、彼女を空中でキャッチしました。プリカちゃんは軽いから仕方ありませんね。

「プリカちゃん、今日は英雄さんになりきるお遊び? 楽しそう!」

「あたしは神になるんだからーっ!!」

でもキレイハナちゃんは楽しそうなので、問題は無いでしょう。

「アクアブレス!」

「きゃっ♪ プリカちゃん冷たーい♪」

※バブルこうせんです。

こうして、プリカちゃんはただ単にストレスで暴れているだけとも知らず、キレイハナちゃんはプリカちゃんが英雄さんごっこをしていると誤解したまま楽しく遊ぶのでした。微笑ましいですネ☆

「あたしは思い出になんかならないわーっ!」

ちなみに、今のプリカちゃんの切実な主張でもあったりします。

 

何だかんだでキレイハナちゃんと遊んだ(プリカちゃんは暴れていただけですけど)後の、帰り道のことです。

「はぁ……」

ため息交じりのプリカちゃんが歩いていると、何やら前からやってくる影が。

「~♪」

長いネギを携え、鼻歌交じりに川原を闊歩するのは、カモネギくんでした。カモネギくんは武器兼非常食として、いつもネギを一本持ち歩いています。ご機嫌な様子を見ると、今日は活きのいいネギが手に入ったようです。

プリカちゃんの目に、ネギを持って歩くカモネギくんが映ります。

「ネ、ネギ……!」

カモネギくんにとっては、今プリカちゃんに会ってしまったのは不幸以外の何者でもありませんでした。だってプリカちゃんは今、ネギを見ただけであの女の子を思い出す状態になってしまっているからです。

ちょっと前に、マリカちゃんが女の子のためにと、模造品の長ネギを作ってあげていました。なんでも、その女の子のイメージアイテムだとか。マリカちゃんが手作りしたネギをうれしそうにかざす女の子を見て、プリカちゃんは一際ジェラシーを燃やしたものです。

「いやー、やっぱりネギは新鮮なのに限るなァ!」

「……!!」

歩いてくる不幸なカモネギくんと、あの女の子の姿がピッタリ重なるのは、時間の問題だったのでした。

「ネギがどうしたってぇ?!」

「……え?」

いつぞやの時と同じように、プリカちゃんはカモネギくんのネギをぱしっとひったくりました。カモネギくんは目を点にして、突然の暴挙に打って出たプリカちゃんの目を見つめます。

……で。

「ちっくしょーっ!! お前なんかぁああああーっ!!」

「う、うわぁーっ!! ボクの採りたてがぁーっ!!」

「あたしは生のネギでも構わず食っちまうんだぜーっ!!」

速攻で怒り心頭に発したプリカちゃん、カモネギくんのネギをガジガジと食べ始めてしまいました。ガジガジグシャグシャガリガリ。すっごい食べっぷりです。

「うおりゃああぁああっ!」

半分ほど食べた後、プリカちゃんはネギの残った部分を地面に叩きつけました。カモネギくんは突然の凶行に、ただあんぐりと口を開けて見ていることしかできませんでした。

「はぁ、はぁ……い、いつか本当に食ってやるんだから……」

プリカちゃんは口元を拭うと、すたすたとその場から歩いて立ち去ってしまいました。

「ボ、ボクのネギが……! い、一体ボクが何をしたのさ……」

あとに残された災難なカモネギくんが、半分だけになってしまったネギをとても悲しそうな目で見つめていました。

どう見てもやつあたり(威力102)です。本当にありがとうございました☆

 

――とまあ、プリカちゃんはプリカちゃんなりに、現状を打破しようとしていたのですが。

「どうすれば、いいんだろ……」

くたびれたミミロップ人形を相手に一人きりの大立ち回りを繰り広げたのも、ミミロップ似の女の子があのラテン語の楽曲を練習していた日が、最後でした。

「……………………」

マリカちゃんはあれからずっと、女の子と練習を続けています。こんなどうにもならない現実を前に、プリカちゃんはすっかり気が滅入ってしまったようでした。

「あたし……いらなくなっちゃったのかな……」

本当に――マリカちゃんは、自分のことを必要としなくなってしまったのではないか。

プリカちゃんの心は、折れる寸前に達していました。

 

外はあいにくの雨模様。今日のプリカちゃんは壁に寄り添って、生気の抜けた表情を見せています。

「……はぁ」

マリカちゃんはあの女の子に付きっ切りで、プリカちゃんが入る余地もありません。ずっと練習を続けているようです。プリカちゃんはどうすればいいのか分からず、ただ力なく壁にもたれるしかありませんでした。

「さあ、始めるよ……! 今日のが終われば、一つの区切りだからね!」

「……はいっ!」

そんな彼女の思いも露知らず、マリカちゃんと女の子の練習は、何やらいよいよ大詰めを迎えつつあるようです。

本日の楽曲は――。

「――今 動き始めた――加速する奇跡――ナゼか ナミダが 止まらナい……」

「そう……その調子。あなたの”ココロ”、マイクに、シンセに、曲に重ねて!」

これまでと少し毛色の違う、ドラマティックで詩的な楽曲でした。プリカちゃんは隣の部屋で、女の子の声に導かれて描き出される楽曲の世界に、ふわふわ漂っていました。

それはあたかも、風船のように。

「ナぜ 私――震える? 加速する鼓動――」

聞き覚えのある楽曲でした。少し前にマリカちゃんがインターネットの動画投稿サイトで見つけて、即座にプリカちゃんと一緒に練習を始めた記憶がよみがえります。

とてもいい曲だったことも、一緒に思い出しました。

(プリカちゃん! 柔らかいだけじゃ足りないよ! 芯の強さを見せて!)

(大丈夫! プリカちゃんならきっとできるよ! わたし、信じてるから!)

あの時マリカちゃんに言葉をかけてもらっていたのは自分。

「まだ! 少しピッチを上げて! 気持ちを伝えるには、もっと強さがいるよ! きっとできる! だから頑張って!」

「これが大詰め! これを歌い切れたら、新しい世界が見えるよ!!」

けれども、今そこにいるのはあのミミロップ似の女の子。

『フシギ ココロ ココロ フシギ』

『私は知った 喜ぶことを』

女の子の自信に満ちた声と、プリカちゃんの消え入りそうな声が、一つにシンクロします。

『フシギ ココロ ココロ フシギ』

『私は知った 悲しむことを』

別の色の声のはずなのに――不思議と一つに交わってゆきました。

プリカちゃんは生まれてからずっとマリカちゃんと一緒で、ひとときも離れたことはありません。マリカちゃんが、プリカちゃんの誕生に立ち会ったのですから――プリカちゃんは、マリカちゃんに生んでもらったといっても過言ではありません。

今になって、プリカちゃんはやっと気が付きました。

自分は、マリカちゃんと一緒に歌うために生まれてきたんだ、と。

『今 気付き始めた 生まれた理由を』

だから、プリカちゃんはマリカちゃんに放っておかれて、独りになるなんて考えたこともありませんでした。そんなことはありえないと、決めて掛かっていたのです。

独りぼっちがこんなにも寂しいなんて、今まで全然知らなかったのです。

『きっと 独りは 寂しい』

生まれてすぐ、プリカちゃんは「うたう」ことに目覚めました。マリカちゃんの演奏するおもちゃのピアノに、プリカちゃんが拙いけれど綺麗な声を重ねる。たったこれだけのことが、プリカちゃんには本当に楽しかったのです。

マリカちゃんがエレクトーンを買ってもらって、自分でお小遣いを溜めてシンセサイザーを買って――プリカちゃんはマリカちゃんの奏でる曲に合わせて声を重ねて、歌を紡いで。

歌と音と声に彩られた無数の記憶が、プリカちゃんの心を流れていきます。

『そう、あの日、あの時 全ての記憶に』

プリカちゃんが心の宝箱にしまっておいた、大切なすべての記憶に――

『宿る「ココロ」が 溢れ出す――』

歌うことへの喜びと幸せ。あたたかい心の欠片が、一つ一つ宿っていました。

「……………………っ!」

壁にもたれかかった、プリカちゃんの青く丸い瞳に、大粒の涙が溢れます。

揺れた小さな体を伝って、涙がカーペットへと落ちていきました。

「マリカちゃん……」

 

「……ごめんね。あたしじゃダメだったんだよね。歌えない曲があったんだよね。あの女の子の方が、歌、上手だもんね」

「でもね、あたし……感謝してるよ。ここに、あたしを生んでくれたことを」

「一緒に歌った曲、一緒に過ごした時間……マリカちゃんがあたしにくれたもの、みんなずっと大切にしてるから」

「あたし、ずっと……独りになっても、歌うよ……マリカちゃんが、あたしに教えてくれたから……」

「マリカちゃん、ありがとう……」

 

ぽつぽつ呟きながら――プリカちゃんが顔を伏せました。

脳裏によみがえるのは、マリカちゃんと過ごした楽しい日々の記憶ばかり。それはもう戻ってこないと知っていても、プリカちゃんは思い出さずにはいられませんでした。

「……………………」

……曲の歌詞をリフレインさせながら、プリカちゃんが独りで泣いていたときのことでした。

「Yeahhhhhh! KOKOROに響くDramaticでImpressiveでFantasticなMusicだったZE! SOREGASHIも思わずExe先輩のことを思い出してNAMIDAが出そうになったYo!」

一仕事終えてきたばかりのゲロッパが、扉をすり抜けて現れました。沈んだ様子のプリカちゃんに声をかけます。

「Hey! プリカ! 今日はやけにSilentだNE! Do-したんDai?」

「ゲロッパ……」

すっかりおなじみになったアフロヘアーにサングラスが、今日はやけに輝いて見えます。ゲロッパのいつものノリのいい声が、プリカちゃんには眩しく映りました。

「向こうはもういいの? まだ、練習あるんじゃないの?」

「HA-HA-HA! それならもう済んだところだZE! What? プリカ、泣いてたのKai? OnionならKitchenで刻みなYo!」

「馬鹿言わないでよ……タマネギの涙だったら、もうとっくに止まってるはずだわ……」

「Oh-Oh、なんだかプリカらしくNaiじゃNai! いつものプリカだったら、ここで『あんたにPatchを当ててゲロッパZにしてあげよっか? それとも火事のHouseに投げ込んであげるのがいい? 注射器型Missileで追いかけられるのも選べるけど?』って言いながらSOREGASHIの首をSIME上げてるところだZE!」

明るいゲロッパの調子に、プリカちゃんはいまいちついていけません。酷く沈んだ気持ちを抱えたまま、プリカちゃんは弱弱しく頭を振るのがやっとでした。

「今はそんな気分じゃないの……お願い、放っておいて」

「No-No-No! そういうわけにはいかないZE! 何せ、SOREGASHIにはプリカをマリカChanのところまで連れていくっていうMissionがあるからYo!」

「あたしを……? どういうことなの?」

ゲロッパはプリカちゃんの手を取ると、隣のマリカちゃんの部屋まで連れていきます。プリカちゃんは、マリカちゃんやゲロッパが何をしたがっているのか、よく分かりませんでした。

連れられるまま、プリカちゃんがマリカちゃんの部屋まで入りました。

「Yeah! Mission Complete! カワイコChan達! Main Heroineをお連れしたZE!」

「来てくれたね! 待ってたよ! プリカちゃん!!」

「マリカちゃん……」

「待ってました! 来てくれてありがとうございます!」

「……………………」

歓迎ムード一色のこの雰囲気に、プリカちゃんは戸惑いを隠しきれません。なんとなく、プリカちゃんの考えていた光景とは違って見えます。どういうことなのでしょうか。

それでも疑いを晴らせないプリカちゃんが、思わず声を上げます。

「ど、どうしたの……? これから、あたしの引退セレモニーでもしてくれるの?」

「HA-HA-HA! Jokeがキツいぜプリカ! これから、新しいCoolなUnitの立ち上げだってのにYo!」

「新しいユニット……?」

「そうだよ、プリカちゃん! プリカちゃんがリーダーの、新しいユニットだよ!!」

「なんですと?!」

一番最初とまったく同じ驚きの声を、プリカちゃんが上げました。ぐっと前に身を乗り出し、けろっと言ってのけたマリカちゃんの目をまじまじと見つめます。

「い、いいい一体、どういうことなの?! あ、あたし、全然分かんないんだけど?!」

「ふふふっ。プリカちゃんには言ってなかったからね。ゲロッパ! 見せてあげてよ!」

「OK! Let's Play!」

「……!」

以前と同じようにゲロッパが壁に映像を投影すると、そこには俄には信じられない光景が映っていました。

「いい調子だよ! 順調順調っ!」

「はい! でも、プリカちゃんにはまだ及びません! もっと練習させてください!」

「もちろん! 二人で一緒に歌うためには、たくさん練習しなきゃね! じゃ、行くよ!」

女の子とマリカちゃんの練習風景。そこで交わされていた会話に、プリカちゃんは目をまん丸くしました。

「プリカちゃん、デュオの曲が歌いたいみたいなんだ。でも、わたし楽器は弾けても歌はヘタだから……」

「任せてください! プリカさんとマスターが好きな曲を思いっきり楽しめるように、私、お手伝いします!」

「頼もしいよ! プリカちゃんも、きっとすっごく喜んでくれるよ!」

大きな瞳をパチパチと瞬かせて、プリカちゃんが映像と二人を交互に見やります。

「じゃあ、プリカちゃんの持ち歌で練習しよっか! プリカちゃんの声はわたしがいっちばんよく知ってるから、それに合うカタチを目指すよ!」

「分かりました、マスター! どんな声でも歌ってみせます!」

「うん! でも、無理をさせるつもりはないよ! 二人がお互いに、フルパワーで歌えるようにするからね!!」

プリカちゃんの前で繰り広げられる、マリカちゃんと女の子のやり取り。「<プリカちゃん>の声に合うようなカタチを目指して」女の子に指示を出すマリカちゃんと、「<プリカさん>が思いっきり楽しめるように」練習を重ねる女の子。

二人の目的はただ一つ。「プリカちゃんと一緒に歌うこと」でした。

女の子の持つポテンシャルを生かしつつ、プリカちゃんの声と合うように調律していく――自分の才能を存分に発揮して、マリカちゃんは素晴らしい歌声を生み出しました。

「……これ、ホントなの……?」

「Yes! That's True! Cut編集以外、SOREGASHIは手を加えてないZE!」

「じゃあ……まさか、二人とも……」

「そうだよ! プリカちゃんが新しい曲を歌えるように、ずっと練習してたんだよ♪」

「はい! 私、プリカちゃんと一緒に歌いたくて、たくさん練習してきました!」

「あたしの……ために……!」

プリカちゃんの中で、抱いていたわだかまりがすーっと解けて、風に舞って空へと消えてゆきました。マリカちゃんが女の子と付きっ切りで練習していたのも、女の子がひたすら歌う練習を続けてきたのも――

すべては、プリカちゃんのためだったのでした。

(そういえば……すごく、声がシンクロしてたような……)

先ほど、部屋にいたときのことを思い出します。プリカちゃんが、聞こえてきたあの楽曲に対して無意識のうちに合わせた声は、女の子の声と驚くほどシンクロしていました。それが引き金になって、プリカちゃんの心をより強く衝き動かしたのです。

それこそ、大粒の涙を流して泣いてしまうほどに。

「よかっ、た……あたし、もう、お払い箱になっちゃうんじゃないか、って、思って……」

「ごめんね、プリカちゃん。ビックリさせてあげようと思って、ずっと黙ってたんだよ」

プリカちゃんの目に、また涙が溢れました。けれども、それはさっきの涙とは、全然、全然違います。

まったく――違うものです。

「マリカちゃん……あたし、また歌っていいの……?」

「もちろん! プリカちゃんがいなきゃ、始まらないよ!」

マリカちゃんの力強い言葉が、プリカちゃんの気持ちを空飛ぶJETの如く、一気に高く高く引き上げます。Take me Higher! もう何も恐れることなどありません!

みんな、プリカちゃんのことを待っていたんですから。

「プリカさん!」

そして――あの女の子が、プリカちゃんの前に立ちます。プリカちゃんが彼女の目を見つめます。そこには、戸惑いも敵意も、怒りも悲しみも微塵もありません。

あるのはただ――

 

「一緒に――一緒に、歌わせてください!」

「……分かったわ! あたし、全力で歌う! 一緒に歌いましょ!」

「はいっ!!」

 

――一緒に歌えることの、喜びばかりです。

「Hey! プリカ! SOREGASHIも忘れてもらっちゃ困るZE!」

「分かってるわよ! あんたがいなきゃ、音に厚みが出ないもの!」

プリカちゃんはさっと涙を拭うと、お気に入りの黒いリボンを結びなおして、張りのある声で言いました。

「Yahoooo! Castは揃ったZE! ここらでそろそろ、Unitの結成式と行こうじゃないかYo!」

「そう来なくっちゃ! わたし、もう名前も考えてあるんだよ!!」

「何々?! 聞かせて聞かせて!」

「私も教えてくださいっ、マスター!」

得意げに胸を張るマリカちゃんが、すっ、と息を吸い込んで――

「わたしたち四人で作る、楽しくて素敵なステージ――だから!」

 

「――わたしたちは、『Stage 4』<ステージ・フォー>! 『Stage 4』だよっ!!」

 

「四人で作るステージ、だから『Stage 4』……それしかないっ! それしかないよマリカちゃん! あたし、すっごく気に入った!!」

「マスターと、プリカさんと、ゲロッパさんと、私で作るステージ……! 最高です! 最高に素敵です!!」

「So Cooooooool!! マリカChanのセンスにはDATSUBOUだZEEEEEEE! SOREGASHIもExcitingなStageに一役買わせてもらうYo!!」

マリカちゃん、プリカちゃん、ゲロッパ、そして女の子。みんなが揃えば、きっと素晴らしいステージを描けることでしょう。

「みんなーっ! すっごく楽しいステージにするよーっ!!」

『おーっ!!』

決意も新たに――「Stage 4」が今ここに誕生しました。

こうして、プリカちゃんは新しい仲間を得て、今までよりももっと楽しく歌を歌えるようになりましたとさ。

めでたし、めでたし。

 

 

 

 

「とほほ……あれ、すごく気に入ってたのになァ……」

「そこのカモネギ君、何かお探し物ですかな?」

「あれ? ユンゲラーさん。いやァ、いいネギが見つかったんですけど、食べられてしまって……」

「ほうほう、それはまた災難だ。私もお手伝いしましょう」

「あっ、ありがとうございます! 助かりますよ……おやァ? ユンゲラーさん、その鉄クズはなんです?」

「いや、これはね……いざこざがあって、折り畳まれてしまったんですよ」

「もしかして……スプーンですか?」

「察しの通りですよ。とほほ……」

――その代償は、ちょっと高くついたようですけどネ☆

 

「……ぷわわー」

「僕と契約して、魔法……あっ、フワンテさんだったんだね。ごめんごめん。トレーナーさんかと思ったよ」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。