「はぁ~あ。今年もまたこの季節か」
「まあ、季節は巡ると言いますしねえ」
とある寒い国の寒い街。その片隅に、一軒の小屋がありました。
「やぁ~れやれ。毎年毎年飽きもせず、よくやるぜ」
「年に一度の行事ですからねえ」
その小屋の中には、二つの影がありました。一つは人の形に近い影ですが、もう一つは……どうやら、トナカイのようです。
「まったく。この寒いのに、商魂だけはしっかりしてやがる」
「稼ぎ時ですからねえ」
人の形に近い影はグラスに何かを注いでは、しきりにそれをあおっています。トナカイはそれを横目でちらちら見ながら、無造作に積まれた草をちびちびとかじっています。
「少しはその商魂を防寒対策に割り当てろってんだ」
「寒いと体が動きませんからねえ」
人の形をした影はふんぞり返って足組みをし、何かこう不満そうな口調でつぶやいています。
「ったく。金なんかいくら稼いだっておっ死んじまったらおしまいなんだ。もっと楽に生きりゃいいんだよ」
「けれどもねえ、楽に生きようと思ったら、やはりお金は必要ですよ」
トナカイはそれを諌めるような諭すような、それでいてちょっとだけ皮肉を込めたような口調で、しきりにグラスを傾ける人影に相槌を返しています。
「あん? おめぇも拝金主義の下僕かぁ? そんなもん信じてても、いいことなんざねぇぞ」
「そういうわけでもないんですがねえ」
人影の絡むような口調にも、トナカイはまったく動じません。ちびちびと草をかじりながら、間の抜けたような抜けていないようなつかみ所のない声で、人影に返事をしています。
……しんしんしん。雪の降り積もる静かな音が、夜空をささやかに彩ります。
すでに白く染まった世界にも、雪は変わらず降り積もります。
そうして……静かに、聖なる夜は更けて行きます。
「……ったく。なぁにがサンタクロースだか」
「クリスマスといえばそれですからねえ」
人影は相変わらずグラスを傾けながら、不意に「サンタクロース」という単語を口にしました。
「そいつぁ毎年毎年十二月の二十四日だか二十五日だかに現れて……」
「二十四日が一般的ですねえ」
グラスを大きく傾けて中身をぐいと一気に飲み干すと、人影は饒舌になって続けました。
「家の煙突だかベランダだかから中に入って……」
「煙突が一般的ですねえ」
再びグラスにとくとくと何かを注ぐと、右手に持っていたビンをどん! とテーブルに叩きつけるように置きました。
「ガキどもの眠ってる枕元にある靴下だか手袋だかにプレゼントをぶちこんで……」
「靴下が一般的ですねえ」
ビンのゆれが納まるのを見届けてから、再びグラスを手に取ります。
「それが終わったらトナカイだかキリンだかの引くそりに乗っかって……」
「それはトナカイしかないですねえ」
手にしたグラスを口に近づけて、味を確かめるように短く舌を出すと、すぐにグラスへ口を付けました。
「で、その日の内に世界中のガキどもにプレゼントを届ける人間様……ってわけか」
「そういうことになりますねえ」
口につけたグラスをまた大きく傾けて、中に入っていた透き通るような透明の液体を、ぐぐいと一気に飲み干しました。
「かーっ! くだらねえ! そんな人間がいてたまるかってんだ!」
「確かに、現実的ではないですねえ」
飲み干したグラスをどん! とテーブルへ置くと、人影らしき影は首を大きく左右に振りました。
「大体サンタクロースなんざ、人間の妄想の産物にすぎねぇだろうが」
「せめて空想といってあげましょうよ」
不満げな表情を露にすると、再びビンを自分の下へ手繰り寄せます。
「コカインだかなんだか知らねえどっかの飲み物会社が勝手にデザインして、それで体よく金儲けに使ってるって話じゃねぇか。けっ。そういうやつぁ飲みすぎで骨まで溶けちまえばいいんだよ」
「それ、都市伝説らしいですけどねえ」
都市伝説というのは、元々は噂話に過ぎなかった話に尾ひれがどんどんついて、いつの間にか「本当にあった話」のように語られるようになったお話のことです。
「なんだぁ? サンタクロースだのサザンクロスだのの格好なんかして、それでたっかいもん売りつけて、人間様はウハウハってか?!」
「そういう商売も多いですねえ」
開けっ放しのビンを片手で持ち上げると、中身をグラスへ勢いよく注いで行きます。
「やれサンタクロースが皆さんに幸せをお届けしますだの、やれサンタクロースからの愛のプレゼントだの、うざってぇことこの上ねぇ」
「見ず知らずの人からの突然のプレゼントは確かにあまりいい気はしませんねえ」
トナカイはあくまで自分のペースを守って草を食みながら、人影の吐く悪態にきちんと応対しています。
「何がサンタからの贈り物だ! 何がサンタからのプレゼントだ! んなもん、ありゃしねぇんだよ」
「今日は一段と荒れてますねえ」
人影はビンの中身を注ぎ終えると、今度はそれを半分ほど一気に飲み干しました。
「当たり前だろうが! ついこの間なんざグリーンランドだからクリーブランドだか忘れたが、そんな辺鄙なくそ田舎で『国際サンタクロース協会』だのなんだのとほざきくさった団体ができたとか聞かされたんだ。気分がいいわけねぇ」
「ここも十分辺鄙だと思いますけどねえ」
まだ中身の残ったグラスをどん! とテーブルの上に叩きつけて、人影は吐き捨てるように言いました。
「けっ! プレゼント一つ満足に用意できないくせに、見せ掛けだけはきっちりしてやがる」
「過剰包装された商品を思い起こさせますねえ」
トナカイの返事はどこまでも落ち着いていて、ともすれば人影が逆上して起こりかねない返事です。けれども人影はトナカイの言葉にはあまり興味を示さずに、ただ、自分の心情を吐露することでいっぱいのようです。
「あんな見せ掛けだけのくそ団体は直接出向いてぶっ壊してやりたいが、あいにくそういうわけにもいかないしな」
「割と過激派なんですねえ」
人影はグラスに残った半分をぐいっと飲み干すと、今度は静かにグラスを置きました。
「おうよ。昔は運動だの闘争だのでならしたもんよ。今じゃそっちはすっかり錆び付いちまったがな」
「意外な過去ですねえ。初めて聞きましたよ」
トナカイはのっそいとした動きで人影に顔を向けると、あまり驚いた様子もなく返事をしました。
「まあ、そいつぁまた今度聞かせてやるぜ。今は……そう。サンタクロースとかいうスカした野郎の事で脳ミソが煮えくり返りそうなんだ」
「はらわたですねえ」
トナカイはやんわりと人影の間違いを訂正すると、また草を食み始めました。
……しんしんしん。静かに、けれども確実に、白い雪は世界を染めて行きます。
白く染まった道を往く人、来る人、帰る人……様々な人が、この夜を過ごしています。
……聖なる夜は、まだ始まったばかりなのです……
「大体、人間如きにサンタクロースとかいうヤツができるわけなんざねえんだ」
「いろいろと無理な要素はありそうですよねえ」
人影はやにわにビンを手に取ると、もうグラスに注ぐことはしないのか、直接口に近づけました。
「欲しいもんをどうやってその場で調達するってんだあ?! 超能力でもできんのかよ、人間様はよお」
「できるひともいるみたいですけどねえ。スプーン曲げたりとかそういう感じでねえ」
そのままビンを斜めに傾けると、やにわに中身を飲み干していきます。
「かーっ! トナカイの引くそりで空を飛ぶとか抜かしやがるが、どうやって飛ぶってんだあ? ああん?!」
「ジェットエンジンでも搭載すればなんとかなるかも知れませんけど、それだと動物虐待ですよねえ」
ごくっ、ごくっ、と、ビンの中身が喉へと滑り降りていく音が聞こえます。
「大体人間がこんなくそ寒い中でそんなちんたらやってたんじゃあ、凍えておっ死ぬのが筋ってもんだ」
「寒いところにずっといるのは確かに危険ですねえ」
トナカイは立ち上がって大きく伸びをすると、尚もビンを傾ける人影に顔を向けました。
「けっ! やってらんねーぜ。サンタクロースなんざ、いやしねえんだよ」
「あんまり飲みすぎると、体に毒ですよ?」
そう言うとぱかぱかと歩き出し、部屋の隅においてあった袋にごそごそと顔を突っ込みます。
「バカ言うなってんだ。これは俺の燃料だよ。ね・ん・りょ・う!」
「はいはい。分かりましたから、そろそろ準備してくださいね」
トナカイの言葉に、人影はさっと立ち上がります。さっきまで掴んで離さなかったビンとグラスは、テーブルに置いたままです。
「ちっ……それじゃ、そろそろ行くか」
「そうですねえ」
人影はよたよたと歩いて、外へとつながるドアを目指します。その、脇には……
「おい、リストはちゃんとできてるか?」
「ええ。昨日のうちにきっちりと」
……白くて大きな袋を一つ、大事そうに抱えています。
「上出来だ。やっぱり俺の相方にゃあ、お前しかいねえ」
「何年一緒にいると思ってるんですか。貴方の性格ぐらい、ちゃんと分かってますよ」
トナカイは先にドアを開けて外へ出ると、外に置いてあったそりへ自分の体をつなぎます。人影はそりへどっかと腰掛けると、袋をその隣に置き、シートベルトを腰に巻きつけます。
「ったく。俺も好き者だぜ。まずは……南からだな」
「南は……やれやれ、年々要求水準が高くなってますねえ」
人影は大きく腕……いえ、「翼」を広げると、大きな風の到来を待ちます。
「いい風が吹いて来やがった……頃合だ。今年も夢ん中のガキどもにプレゼントを届けにいくとすっか!」
「いい風ですねえ」
「この羽で空を飛べるのも後何年か知らねえが、俺の目の黒いうちはサンタクロースとかいうくそ野郎に俺のシマを荒らさせやしねえぜ」
「確かに、もうかなりになりますよねえ」
いい風が吹いてきました。人影は翼で風をつかむと、その翼を大きく羽ばたかせ――
「すーっ……」
大きく息を吸い込むと……
「いいか!? よく聞け! クリスマスにプレゼントをぶち込んで歩いてるのはなあ、サンタクロースとかいう吹けば飛んじまうような妄想野郎じゃねえ! この俺、デリバードのニコラウスと、オドシシのヴィクセンの二人だ! その辺りを耳の穴かっぽじって聞いとけよ!」
「毎年恒例の行事ですねえ。その雄たけび」
――空高く、飛び上がりました。
「いやっほう! メリークリスマスだ! くそ野郎ども! いくら世知辛い世の中でもな、今日ぐれえはいい夢見ろよ!」
ニコラウスとヴィクセンは空高く飛び上がって、そのまま――
――雪の空へと、消えてゆきました。
今宵……皆様に素敵な夜のあらんことを――We wish your Merry Christmas.
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。