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はがねのつばさ

ぼくのつばさは、まだやわらかい。

大きな木の上にある巣で、ぼくはお父さんと一緒に暮らしている。木漏れ日の差し込む、あったかい場所だ。

「おはよう、お父さん」

「おはよう、ツバサ」

ぼくの名前は、「ツバサ」という。空高く飛べるようにと、お父さんが付けてくれた名前だ。

空を飛べるようになるために、ぼくは毎日特訓をしているのだ。

「お父さん、今日もいい天気だね」

「そうだな。よく晴れていて、飛ぶにはいい日だ」

お父さんがぼくの一歩前に出て、ガシャンと翼を大きく広げる。

陽の光を跳ね返してキラキラと輝く、大きな大きなはがねのつばさ。

「ツバサ。お父さんは食べるものを探してくるから、ここで待ってるんだぞ」

「うん。分かったよ、お父さん」

朝の風を受けて、お父さんが巣から飛び立つ。ぼくはお父さんの背中を、見えなくなるまでじっと見送った。

お父さんが帰って来るまで、ぼくはここでお留守番だ。

「なにか面白いことは無いかなあ」

巣のなかには、ぼくが遊べるようなものは何もない。せいぜい、この間お父さんと散歩をしているときに拾った、蝶のサナギの抜け殻くらいだ。

退屈だなあ。そう思って、ぼくが何気なく巣の下を覗き込んだときだった。

「……」

ぼくの巣がある木の根元に、小さな女の子が一人、ぽつんと立っていた。真っ白いワンピースを身につけて、二本の足でしっかりと立って、じっと木を見つめている。

ぼくのいる巣に目を向けながら、女の子は上に向かって細いつばさを伸ばして見せた。ぐーっとぐーっと伸ばして、まるでぼくを迎え入れるような姿勢になった。

「ぼくといっしょで、まだやわらかいんだ」

女の子の細いつばさにはまだ羽も生えていなくて、空を飛ぶことなんてとてもできそうになかった。ぼくのつばさもまだふにゃふにゃで、やっぱり空なんて飛べやしない。

でもきっといつか、ぼくもお父さんみたいに風を切って空を飛べるようになるはずだ。だって、ぼくはお父さんの子どもだからね。きっと、お父さんみたいになれるんだ。

だから、あの女の子も同じ。大きくなったら、光り輝く「はがねのつばさ」になるんだ。並んで飛ぶことだって、追いかけっこだって朝飯前だ。一緒に遊べたら、どんなに楽しいだろう。

「早く大きくなって、ぼくと一緒に遊ぼうね」

ぼくは一声鳴いて、女の子に呼びかけた。

 

 

「お父さん、お父さん」

「どうしたんだい、ツバサ」

お父さんが持って帰ってきてくれた木の実を食べながら、ぼくはお父さんに女の子の話をした。

「留守番をしてるときに、女の子がここに来たよ」

「ほう、そうなのか」

女の子が木の下でぼくをじっと見つめていたこと、ぼくと同じでまだ小さい子どもだったこと。そんなことを、ぼくはお父さんに話して聞かせた。

「ぼくと同じで、まだつばさができてなかったよ」

「なるほど。ツバサと同じ、子どもなんだな」

大きな大きなつばさをガチャガチャと揺らして、お父さんはぼくの話のひとつひとつに頷いてくれる。

ぼくが、あの女の子と遊べるようになりたい、と言うと、お父さんは、じゃあ、早く大きくならないとな、とぼくに返した。

「ぼく、空を飛べるようになりたい。お父さんみたいに大きくなったら、ぼくも空を飛べる?」

「もちろんだ。早く大きくなれるように、しっかりご飯を食べるんだぞ」

「うん。わかったよ、お父さん」

ちょっと苦い味のする木の実を、ぼくは口いっぱいにほおばって食べるのだった。

 

 

それから、少し時間が経った。

「ツバサ。お父さんはご飯を取ってくるから、ここで留守番してるんだぞ」

「わかった。ぼく、ここで待ってるね」

お父さんはいつものように朝早くから巣を出て、お父さんとぼくが食べるご飯を探しに行った。ひゅーん、と風に乗って飛んでいくお父さんの後ろ姿を、ぼくは見えなくなるまで追いかけていた。

一人になってから、ぼくは自分のつばさを見つめる。

「まだ、ちょっと赤いなあ」

ぼくのつばさには、あちこちに赤い色が付いている。朝の冷たく澄んだ風になでられて、ちょっとくすぐったい感じがした。

ひとつ、ふたつ、みっつ……ぼくがつばさに付いた赤いもようを数えていると、誰かが近くの草を踏みしめる音が聞こえてきた。

「もしかして」

ぼくが巣から身を乗り出して、木の下を覗き込む。

見えたその先には、この前巣の近くまで来た女の子の姿があった。前と同じワンピースを着ていて、ゆっくりこっちに歩いてくる。

女の子が近づいてくるにつれて、ぼくはあることに気がついた。

「……あっ。あの子、つばさにキズがある」

小さなつばさに、引っかいたような赤い筋。そんなキズが、いくつもいくつも付いていた。真っ白い肌に、血で線を引いたような赤いキズが、くっきり目立って見えている。

ぼくは思わず、ぼくのつばさに視線を移した。

「ぼくと同じ、ぼくと同じだ」

ぼくのつばさ。そこに付いた赤い色は、女の子と同じ引っかいたようなキズだ。風にさわるとくすぐったくて、まだ少しひりひりする。

ぼくと女の子には、同じようにつばさにキズがあった。

同じ、同じなんだ。

「ぼくと同じように、あの子もがんばってるんだ」

ぼくは女の子の目を、一時も離さず見つめ続けた。瞬きもせずに、じーっと見つめ続けた。

 

 

「お父さん。ぼく、今日いいことあったんだ」

「ほう、どんなことだ?」

お父さんの持って帰ってきてくれた、少しすっぱい木の実を全部食べてから、ぼくはお父さんに女の子の話をした。ぼくと一緒で、つばさにキズが付いていたって話だ。

ぼくの話を聞いたお父さんは、いつものように大きくうなづいて見せた。

「そうかそうか。女の子も、ツバサと同じように頑張ってるんだな」

「うん。ぼくと同じだったんだ」

「いいことじゃないか、ツバサ。それなら、今日も頑張るか」

お父さんの言葉に、ぼくは頷いた。お父さんがしゃきっと立ち上がると、ぼくの前にどんと立つ。

「よし、ツバサ。翼を広げなさい」

「うん。お父さん、これでいい?」

「いいぞ。少し痛いけど、我慢するんだぞ」

つばさを広げたぼくに向かって、お父さんがきらりと光る大きなつばさを、しゃっと振り下ろした。

一瞬冷たい感じがしたかと思うと、それはすぐに、火が付いたみたいな痛みに変わった。

「いたっ」

「痛いか、ツバサ」

「うん、いたいよ、お父さん」

「そうか。それでいいんだぞ」

お父さんは頷いて、またつばさを振り下ろす。

ぼくのつばさに深く切れ目が入って、お父さんのつばさが赤く染まった。

「いたいっ、いたいよ、お父さん」

「頑張れ、ツバサ。これも、ツバサのためだ」

何回も、何回も、お父さんはぼくのつばさを切っていく。小さな切り傷、大きな切り傷。たくさんの赤い筋が、ぼくのつばさに作られていく。

ぼくが時々足を折ってしゃがみ込むと、その度にお父さんはぼくを立たせ直した。

「お父さん、もう止めてよ」

「まだだ、ツバサ。もう少しやらないと、強い翼にはならないぞ」

「本当に?」

「そうだ。傷つけば傷つくほど、ツバサの翼は立派になるんだ」

つばさに付いた真っ赤な血を払って、お父さんはまたつばさを構えた。ぼくはお父さんの言う通りにして、痛いのをこらえてつばさを広げる。高く振りかぶってから、お父さんはぼくのつばさを深く切りつけた。

いちごのように赤い血が、ぼくの体に降り注いだ。

 

 

それから、また少し経ったあとのことだった。

「いつものことだが、ツバサ。留守番は頼んだぞ」

「うん。分かったよ、お父さん」

お父さんは食べ物を探しに、一人で巣から飛び立った。もう見慣れた光景だけど、でも、お父さんが出ていくときは、やっぱり少し寂しい気持ちになる。

夕方くらいまで、ぼくは一人でお留守番だ。

「早く帰ってきてくれたらいいのになあ」

巣の中でつばさを広げて、ぼくは大きく伸びをする。たくさんのキズが付いたつばさは、まだお父さんのように硬くはないけれど、前に比べるとずいぶんしっかりしてきた気がする。

お父さんに切られるのは痛いけど、でも、これもお父さんみたいな立派なつばさを作るためなんだ。

「今日もがんばるぞ」

ぼくがつばさをたたんで、ふと下に目を向けたときだった。

「あっ」

「……」

ぼくの目に飛び込んで来たのは、あの時の女の子の姿だった。いつもと同じワンピース姿で、木の根元までゆっくり歩いてくる。ぼくは思わず、はっと息を呑んだ。

女の子がだんだん近付いてきて、姿がはっきり見えるようになると、ぼくはあることに気が付いた。

「やっぱり、ぼくと同じだ」

ぼくと同じように、女の子のつばさもキズだらけだった。前に会ったときよりも、もっとキズが増えている。ぼくみたいに、つばさを立派にするためにがんばってるんだ。

よく見ると、赤いキズに混じって、青いアザもたくさんできていた。叩かれた後にできる、丸くてうっすら青いアザが、あちこちにぽつぽつと姿を見せている。

「そうか。切ってもらうだけじゃだめなんだ。叩いてもらわなきゃいけないんだ」

お父さんはぼくを毎日のように切りつけている。それだけでも大丈夫だと思ってたけど、女の子のつばさには叩かれてできるアザがあった。きっと、切られるだけじゃなくて叩かれてもいるんだ。

女の子に負けないように、ぼくもがんばらなきゃ。

「叩かれるのは怖いけど、ぼくもがんばるよ。一緒に空を飛ぼうね」

ぼくは声をあげて、女の子に呼びかけた。

お父さんが帰ってきたら、このことを伝えなきゃ。

 

 

持って帰ってきてくれた甘酸っぱい木の実をすっかり平らげてから、ぼくはお父さんに声をかけた。

「お父さん、お願いがあるんだ」

「どうしたんだい。言ってみるんだ」

「お父さん、ぼくを叩いてほしいんだ」

「叩く?どういうことだ?」

ぼくは朝にやってきた女の子が、つばさにアザができるまで叩かれていたことを話した。たくさん叩かれて、丸くて青いアザがたくさんできていたことを、お父さんに話して聞かせた。

お父さんは、ぼくの話の一つ一つに深く頷いて、ちゃんと納得してくれたみたいだった。

「そうか、そうか。確かに、叩いた方がもっと強くなるな」

「うん。だからお父さん、ぼくのことをうんと叩いてよ」

「いいぞ。じゃあ、いつものように翼を広げて、お父さんの前に立ちなさい」

言われた通り、ぼくはお父さんの前に立つ。キズのいっぱい付いたつばさを広げて、ぼくはお父さんの目をじっと見つめた。

「いくぞ、ツバサ。痛くてもこらえるんだぞ」

「うん」

「これも、ツバサのためだからな」

お父さんが左のつばさをタテに構えて、大きく息を吸い込んでから、ぼくのつばさ目掛けて勢いよく振り下ろした。

バシンッ、と大きな音が響いて、切られたときとは違う、しびれるような痛みがつばさを駆け抜けた。

「うぐっ」

「続けるぞ。つばさをちゃんと広げるんだ」

右のつばさを振りかぶって、ぼくに叩きつける。

はがねを叩きつける鈍くて重い音が、静かな夜の森の中で木霊した。

「うっ……あっ……!」

「我慢だ、ツバサ。お父さんのようになるには、もっともっと耐えるんだ」

両方のつばさを振り上げる。ぶんっ、と風を切る音が聞こえたかと思うと、すぐさまぼくのつばさにはがねが叩きつけられる。痛みの上に、痛みが覆い被さった。

タテ・ヨコ・タテ・タテ・ナナメ・ヨコ・タテ……四方八方から、ぼくのつばさは叩かれ、殴られ、だんだんと腫れ上がっていく。

「これで……こうだっ」

叩かれていくうちに、ぼくはつばさから感覚が消えていくのを感じた。しびれが痛みを上回って、つばさがなくなったような感じがした。

そしてまた、お父さんのつばさが空を切る音が、ぼくの耳に飛び込んできた。

 

 

季節を一つまたいで、辺りの木々が衣替えを始めた頃だった。

「ツバサ。いつものように、留守番は頼んだぞ」

「うん。お父さん、気をつけてね」

お父さんはいつもと変わらず、ぼくに留守番を頼んで、食べるものを探しに出かけて行った。

今はいい季節だから、食べるものは簡単に見つかるって、お父さんは言っていた。お父さんの言う通り、最近は夕方になる前に、食べ物をたくさん持って帰ってきてくれる。だから今日も、早く帰ってきてくれるはずだ。

「でも、留守番はしっかりしなきゃ。ぼくが巣を守るんだ」

お父さんの代わりに、ぼくが巣を守る。そう思うと、ぼくはとてもやる気になるのだった。

張り切って留守番をしながら、落ちていく木の葉を追いかけてひまつぶしをしていたぼくの目に、また、あの光景が飛び込んできた。

「あっ、あの子だ」

白いワンピースの、あの小さな女の子。しばらくここに姿を見せていなかったけれど、今日は来てくれたみたいだった。

いつものようにぼくのいる木の根元までやってきて、ぼくのことを見つめ始めた。ぼくは巣から身を乗り出して、女の子の姿を視界にしっかりと収める。

「来てくれたんだね」

声をあげると、女の子は少しだけ背筋を伸ばして応えてみせた。ぼくはつばさを広げて、女の子に見せてあげた。

お父さんに毎日のように切られたり叩かれたりして、ぼくのつばさはキズとアザでいっぱいになっていた。ひりひりずきずきとあちこちが痛むけど、ぼくがお父さんみたいになるためには、これが必要なことなんだ。

「……」

ぼくがつばさを見せると、女の子が少しうつむいてから、ぼくに向けて両方のつばさをまっすぐ伸ばした。

女の子の伸ばしたつばさを見て、ぼくはまた、女の子のつばさに異変が起きていることに気づいた。

「あれは、こげた跡?」

小さなつばさに点々と作られた、赤いキズでもない、青いアザでもない、黒い点のような模様。少し焼けた肌の上に、黒点は一際目立って見えた。

ぼくはそれを、別の場所で見たことがあった。近くに雷が落ちて木が燃えたとき、飛び散った火の粉が別の木に作った、こげた跡だった。

「そうだ、火だ。火を使ったんだ」

女の子がつばさにこげ跡を作っていた理由を、ぼくはすぐに見抜いた。女の子はつばさに火を当てて、もっともっと強くしようとしているんだ。

ぼくのお父さんも、火は苦手だって言ってる。つばさが焼けて、怪我をしたこともあるって聞いた。だから、とても危ないことなんだ。

でも、ぼくもやらなきゃ、一緒に空を飛べるようにはなれない。だって、あの女の子がやっていることなんだ。それはきっと、女の子のお父さんかお母さんが、女の子のためにしていることにちがいない。

「ようし。ぼくもやるぞ、お父さんにお願いするんだ」

ちょっと難しいお願いだけど、お父さんならきっとやってくれるはずだ。ぼくが空を自由に飛べるように、火を使ってつばさを焼いてもらうんだ。

「見ててね、ぼくも同じようにしてみせるから」

女の子に追いつけるように、ぼくもがんばるぞ。

そう声をあげたぼくを、女の子はじっと見つめていた。

 

 

思った通り、お父さんは夕方頃に帰ってきた。持って帰って来てくれた、熟した甘い木の実を食べ終わってから、ぼくはお父さんに話を切り出した。

「お父さん、またお願いがあるんだ」

「よし、分かった。言ってみなさい」

「火を使って、ぼくのつばさを焼いてほしいんだ」

ぼくがそう言うと、お父さんは少しビックリしたみたいで、目をまん丸くしてぼくを見返した。

「火を使って?本当に言っているのか?」

「だって、あの女の子がやってたんだ。だから、ぼくもやらなきゃ」

「けれど、ツバサ。お父さんやツバサは、火にはとても弱いんだ。それは前に教えただろう」

「うん、知ってるよ。でも、ぼく、やってほしいんだ。お父さんみたいに、立派なつばさが欲しいんだ」

ぼくが何回もお願いすると、お父さんは腕組みして少し考え始めた。

けれどそのあと、いつもみたいに何度も大きく頷いて、閉じていた目を開いた。

「そうだな。火に強くなるのも大事なことだ。偉いぞ、ツバサ」

「お父さん、やってくれるの?」

「ああ、やってあげよう。少し準備をするから、待ってるんだぞ」

お父さんは巣から、口にくわえられるくらいの小さな小さな木の棒を、何本も取り出した。

それを何に使うかは、ぼくも知っている。木の棒を何かに擦り合わせると、簡単に火が付くんだ。火は木の棒がなくなるまで燃えつづけて、簡単には消えないようになっている。

「ツバサ。またいつもみたいに、翼を広げて立つんだ」

「うん。分かったよ、お父さん」

ぼくはいつもお父さんに叩かれたりするときみたいに、つばさを目いっぱい広げて立ち上がる。

お父さんがくちばしでくわえた木の幹に燃える棒を擦り合わせると、棒の先っぽがごうっと燃え上がって、赤々とした火が着いた。

「いいか、ツバサ。火を押し付けられるのは、切ったときより、叩かれたときより、ずっと痛いぞ」

「うん」

「切ったときや叩いたときと違って、お父さんには痛さの加減が分からない。本当に、いいんだな」

「うん。それでもぼく、こらえるよ」

ぐっと力を込めて、ぼくは巣の足場を踏みしめた。

そしてお父さんが、ぼくの左のつばさに、燃えた木の棒を押し付けた。

「あっ……熱っ、熱いっ」

切られたときとも、叩かれたときとも違う、鋭くあとを引く痛みが、ぼくのつばさに広がっていく。燃える棒を押し付けられた部分から、火の粉が木の幹を焼いたときと同じ黒い煙が立ち昇るのを、ぼくは自分の目で見た。

あまりにも痛くて、熱くて、苦しくて、ぼくは思わず気を失いそうになる。

「まだ始めたばかりだぞ、ツバサ。おとなしくして、姿勢を保つんだ」

「うっ……ぐぅっ……」

お父さんは目の前が暗くなりかけたぼくをはがねのつばさで叩いて、無理やり立たせ直した。ぼくはふらつく足に力をこめて、倒れまいと体を支えた。

一度燃える棒を離して、お父さんが今度は右のつばさに棒を押し当てた。

「いたいっ、あついよっ、お父さんっ」

「まだだ。もっともっと翼を焼かないと、火には強くなれないぞ」

火の消えかけた棒を、きちんと火を消しきって遠くに投げ捨てると、お父さんはすぐに新しい棒をくわえた。

迷わず火を着けて、勢いをつけてぼくに押し付ける。

「耐えるんだ、ツバサ。これも、ツバサのためなんだ」

「そ、そうだ……ぼ、ぼくはっ、お、お父さん、みたいに……」

気が遠くなりかけたぼくのまぶたに、あの女の子の姿が浮かんでくる。今ここでがんばらなきゃ、一緒に空を飛んで遊んだりすることはできない。

ぼくはもう一度つばさを大きく広げて、お父さんの前に立った。お父さんはくちばしにくわえた棒を振るって、ぼくのつばさに火の粉を振りまく。

ぼくのつばさが焼けるにおいが、辺り一面に広がっていった。

 

 

木の葉がすっかり落ちきって、冷たい風が吹きすさぶ季節になった。

お父さんが少し前から食べるものをたくさん貯めておいたおかげで、暖かくなるまで食べ物には困らなさそうだった。

「寒いね、お父さん」

「そうだな。ツバサは、初めての冬だからな」

時々強い風が吹くと、お父さんがそっと風からぼくを守ってくれる。ぼくは巣の隅で、つばさを折りたたんでじっと座っていた。

あれから、ぼくは毎日のように叩かれて、切られて、火を着けられている。キズと、アザと、ヤケドの数が増えていく度に、ぼくのつばさがお父さんのように硬く強いものになっていくのを感じる。

「もう、目は大丈夫か」

「うん。朝になったら、ちゃんと開けられるようになったよ」

ちょっとだけ変わったこともある。ぼくはつばさだけじゃなくて、顔とか体とか背中とかも、お父さんに叩いたりされるようになった。そうやると、つばさだけじゃなくて、体全部が強くなるってお父さんは言うんだ。

あちこちがぎしぎしと音を立てて、ちょっと気を抜くと突き刺すような痛みが走る。風に真っ正面から当たったら、体がばらばらになるんじゃないかと思うくらい痛かった。

「暖かくなれば、ツバサも一人前になれるぞ」

「ほんとに?」

「ああ。あと少しの辛抱だ」

ぼくはお父さんと一緒に身を寄せ合って、まだ来る気配の無い、あったかい季節を待ち続けている。

早くあったかくなればいいのに。ぼくがそう考えながら、小さく身を震わせていたときだった。

「おや?あれは、人間の子か」

「えっ?」

お父さんが声をあげて、巣から身を乗り出した。ぼくもつられて、木の下をぐーっと覗き込む。

すると、そこにいたのは。

「あっ。お父さん、あの子だよ」

「あの子?」

「ぼくがいつも話してた、あの女の子だよ」

こんなに寒いのに、いつもと同じ薄手の白いワンピースを着た女の子が、ぼくたちのいる木の根元までやってきていた。

ぼくは女の子の姿を見て、あっと思わず声をあげた。

「お父さん、お父さん。見て、見てよ」

「どうしたんだ?あの子がどうかしたのか?」

「よく見て。ぼくと同じで、あちこちにキズがあるよ」

女の子は、今のぼくとそっくりだった。つばさだけじゃなくて、顔や、足や、頭にもいっぱいキズがある。キズだけじゃなくて、アザやヤケドもいっぱいあった。

ぼくは体が痛いのも忘れて、飛び上がって喜んだ。

「同じだよ。あの子も、ぼくと同じだ」

「ほう、ツバサのように、あちこちを鍛えているんだな」

「そうだよ。ぼくと一緒なんだ」

うれしかった。ぼくと同じように、あの女の子もすごくがんばってる。体中ぼろぼろのキズだらけで、今のぼくそのものだった。それが、すごくすごくうれしかった。

あったかくなれば、ぼくはお父さんみたいに空を飛べるようになる。だからあの子も、空へ行けるようになるに違いない。

「うれしいなあ。ぼく、一緒に飛ぶのが楽しみだよ」

「そうだな。あと少しで、ツバサも一人前になれるぞ。あの子と一緒に、空も飛べるだろう」

「うん。そうだよね、きっとそうだよね」

巣の中ではしゃぐぼくを、お父さんが優しく撫でてくれた。

女の子はぼくとお父さんの様子を、震える体でじっと見つめていた。

 

 

「東の方へ行けば、ツバサの好きな苦い味の木の実がたくさん見つかるぞ。一度行ってみるといい」

「ありがとう、お父さん」

あたたかい木漏れ日が、巣に差し込む。ぼくは陽の光をいっぱいに浴びて、巣の裾にしっかりと立つ。

ぼくの後ろには、お父さんがどっしりと座っている。

「ツバサが一人前になってくれて、お父さんはうれしいぞ」

「えへへっ。ぼく、立派なつばさになったよ」

「ああ。ツバサはもう、一人前の鋼鳥だ」

ぼくは大きくつばさを広げる。ガシャン、という乾いた音が聞こえた。

光を反射してキラキラ輝く、硬くて軽いはがねのつばさ。それが、今のぼくのつばさだ。

大きさはまだお父さんよりも小さいけれど、それ以外はみんな、お父さんと同じだ。硬くて鋭くて、それでいて中は軽い。刀のように風を切って、葉っぱのように風に乗ることができる。

「それじゃあ、ツバサ。お父さんとツバサの分のご飯を取ってきてくれ」

「よぉし。ぼくに任せてよ」

ぼくはつばさを羽ばたかせて、風をつかむ準備をする。いい風が吹いてくるまで、少し待つことにしよう。

「そうだ、お父さん」

「どうしたんだい、ツバサ」

もうすぐ飛ぶ、その段になって、ぼくはあることを思い出した。

「あの子は、もう空にいるかな?」

「あの、人間の女の子か?」

「うん。あったかくなったから、あの子も空を飛べるようになってるはずなんだ」

お父さんは、ぼくにこう答えた。

「ああ。きっと今頃、空高く飛んでいるはずだ」

今、ぼくが飛ぼうとしている空。そこに、きっとあの子もいる。

ぼくは期待に胸を高鳴らせながら、ちょうど吹いてきた心地よい風に、すっとつばさを預けた。

「お父さん、ありがとう。ぼく、行ってくるね」

「ああ。気をつけてな」

両足を強く強く踏みしめて、ぼくは風に乗って飛び立つ。

 

あの子のいる、この広い空へ。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。