ここは31番道路。ヨシノシティとキキョウシティをつなぐ、ジョウトでも穏やかな感じの道路。日中は駆け出しのポケモントレーナーたちの戦いの場としても使われている。
普段はこの上なく穏やかな場所であり、人・ポケモン両方にとっての「落ち着ける」ポイントである。無論、ヘンな騒動が起きたりすることもないし、ヘンな人が来ることもない。あえて言うなら、暗闇の洞穴からたまに間違ってソーナンスが顔を出すぐらいで、それもすぐに戻るので事件になることは少ない。
……そんな中。
「大変だーっ! みんなーっ! 聞いてくれーっ!」
一匹のポッポが小さな羽根をばたつかせ、一生懸命に走り回っている。何やら慌てた様子で、皆に伝えたいことがあるようだ。
「どうした?」
「どうしたのかしら……」
「何かあったのか?」
皆がそれに気付いた様子で、草むらや岩陰からひょっこりと顔を出す。顔を出したのは、コラッタ・レディバ・キャタピー・イトマルといった。この辺りに住んでいるポケモンたちだ。それも一匹ではない。ざっと見て、五十匹はポッポの声に反応し、その方向に耳を傾けている。
こんなことは滅多にないのか、皆神妙な面持ちだ。
「どうしたんだよ。そんなに慌てて……」
「はぁっ、はぁっ……み、みんな! 聞いてくれ! た、大変なんだっ!」
「とにかく落ち着いて、順番に話してちょうだい」
一匹のコラッタとレディバがポッポに駆け寄り、恐ろしい形相で息をしているポッポをどうにか落ち着かせようとしている。当のポッポはまさに息も絶え絶え、精根尽き果てた表情で、皆に何かを伝えようとしている。
「い……今さっき37番道路のロコンから聞いてきた話なんだけど……」
「ああ、あいつか。それで、どうしたんだ?」
「あ、あいつの話によると……」
「よると……」
「昨日、『あの場所』に入ったトレーナーがいたみたいで……」
「……! ちょっと待って! それってまさか……」
周囲が一気にざわつく。どちらかと言うと、「まさかそんなことが」「嘘だろおい」的な空気が流れている。皆、それが冗談であって欲しいと願っているような感じだ。
「それで、あいつがわざわざお前に知らせて来たって事は……!」
「あ、ああ……そ、その通りだ……!」
「嘘……そんなことって……!」
レディバが顔面蒼白で言う。どうやら、よほど大変なことらしい。
「おいおい……マジかよ……!」
「どうすりゃいいんだ……俺たちなんかじゃ、ろくな『歓迎』もできやしないぞ」
「ぐぬぬ~……困ったねぇ。どうすればいいのかなぁ?」
「それで、一体どの方が来られるのかしら……」
「なあ、一体誰が来るんだ?」
キャタピーがポッポに近づき、問うた。
「ああ。どうやら……」
「どうやら……?」
「……エンテイ様が来られるらしいんだ……」
この言葉に、周囲は慄然とした空気に包まれた。
……エンテイ。それは炎ポケモンの中の炎ポケモン。炎ポケモンの中ではさして珍しくない四速歩行タイプ(他にもポニータ・ギャロップ・ガーディ・ウィンディ・ブースター、考えようによってはマグマッグ・マグカルゴだってそうだ)であり、炎ポケモンの中ではさして珍しくない攻撃重視の能力値を持ち、炎ポケモンの中ではさして珍しくない「かえんほうしゃ」「だいもんじ」の使い手だ。まさに……まさに、炎ポケモンの中の炎ポケモンと言えよう。
「そんな……こんなのどかで平和で何もないところに、あのエンテイ様が来られるなんて!」
「どうすればいいんじゃ……わしらじゃ、エンテイ様を満足に歓迎することもできんぞ」
「これって、いわゆる『ぴんち』って状況だよね……」
「うん。大ピンチだよ。体力ゲージが赤点滅状態で、超必殺技が出し放題の状態だよ」
「こらまずいな~……うちらでなんとかする方法、無いかなぁ?」
「そうは言っても、相手はあのエンテイ様だぞ? 中途半端なことじゃ、かえって失礼かも知れない」
「たい焼きでも出したらどうかな?」
「何言ってるんだよ。そもそも俺らにたい焼きなんか作る技術がないじゃん」
「大体、エンテイ様だったら最低でもモノホンの鯛を出さなきゃまずいっしょ。たい焼きなんか出したら、出したやつがたい焼きにされちまう」
「ううむ、どうしたものか……」
皆難しい顔をして、これからここに来るというエンテイをどう「歓迎」するかを考えていた。
エンテイ・スイクン・ライコウ。この三匹の伝説のポケモンたちは、普段はエンジュシティにある「焼けた塔」の地下にその身を潜めている。しかし、一度実力のあるトレーナーと邂逅を果たせば、まるでそれを挑発するかのように、ジョウト中を走って走って走りまくるようになる。ここまでは、知っている方も多いだろう。何せ三匹の図鑑の説明にまるでコピペでもしたように「だいちをかけめぐる ポケモン」と書かれているのだから。
問題はここだ。彼らはただ駆け巡るだけなのでいいかも知れないが、駆け巡られる側にとっては一大事だ。何せ相手は伝説のポケモン。いくら図鑑の説明がコピペ風味だからといって、手加減は禁物だ。普通のポケモンと伝説のポケモン。それはクリープの入っていないコーヒーと入っているコーヒー、あるいは福神漬けのないカレーとあるカレーぐらいの差がある。まさに天と地ほどの差だ。
「とりあえず、皆でどうやって歓迎するかを考えようじゃないか」
「それがいい。とにかく、できることから始めよう」
「賛成!」
「さんせい!」
「さんせー!」
皆は一致団結し、この苦境を乗り越えるために力をあわせることを誓った。
「それじゃあ、皆案を言ってみてくれ」
まとめ役となったコラッタが、皆から意見を集う。
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
皆の士気は高い。ほぼ全員が挙手をした。ちなみに手の無い者(例:キャタピー・ビードル)は基本的に見学だ。ある意味、ラッキーな連中である。
「よし……じゃあ、レディバ!」
「はいっ! 私はエンテイ様のために、皆で何か凄いことをすればいいと思います!」
「凄いこと……というと?」
「そうですね……例えば、一人対百人で大立ち回りを繰り広げるとかです。もちろん、途中から棒を使ってそれを支点にくるくる回って敵を蹴散らして、最後には一人の方が大空を飛んでどこかに逃げるんです」
「それいいね! 採用っ!」
コラッタは地面に「百人スミス」と書きつけた。まずは一つだ。
「他に意見のある人!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「よし……それじゃ、オニスズメ!」
「おうっ! 俺はやっぱり、何か凄いものを作ったらいいと思うぜ!」
「凄いもの……というと?」
「そうだな……例えば、高さ5mぐらいの雪だるまとか、或いは消しゴムのカスで作った雪だるまとかがいいと思うぞ!」
「それもいいね! よし、採用っ!」
今度は地面に「なんでもいいから雪だるま」と書きつけるコラッタ。順調だ。
「他に意見のある人!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「よし……それじゃ、コラッタ!」
「はいっ! 僕は、エンテイ様が喜ぶものを出してあげればいいと思います!」
「喜ぶもの……というと?」
「はいっ! 例えば、でっかいキャンプファイアーとかです! エンテイ様は炎ポケモンですから、きっと炎は大好きだと思います!」
「そうだよね……よし、それも採用っ!」
コラッタは歯で地面に「燃え燃えで萌え萌え」と書きつけた。いい感じに案が集まってくる。
「他に意見のある人!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「よし……それじゃ、そこのマダツボミ!」
「はいっ! あたしはやっぱり、エンテイ様が感動するよな、そんな演劇か何かがいいと思うわ!」
「感動するような……というと?」
「そうね……例えば、石になっちゃった人がその人の好きな人の涙で復活するとか、教会で大好きな犬と一緒に天に召される少年の話とか、七年間昏睡状態だった女の子が奇跡で覚醒する話とか、あの海どこまでも青かったとかそういう感じです!」
「さすがだね……よし! それも採用だっ!」
地面に「感動のアンビリバボー」と書きつけるコラッタ。このペースで行けば、きっとエンテイ様も納得するような歓迎ができることだろう。
「よーし! 案はこれぐらいにしよう! みんな! それぞれチームに分かれて、今から準備だ!」
『はいっ!』
それからエンテイが来るという一週間後の月曜まで、31番道路のポケモンたちは皆、決死の思いでそれぞれの準備にかかっていた。
「アンダーソン君!」
「……………………!」
「……いや、ネオと言うべきかな」
「消しゴム足りねーぞ! 誰か持って無いのか?!」
「そう言えば、キキョウにあるヘンな塾に消しゴムがいっぱいあるらしいぞ!」
「よし分かった! ちょっと借りてくるっ!」
「木を集めて集めて集めまくれーっ! エンテイ様はこんなのじゃ満足しないぞーっ!」
「隊長ぉーっ! 木が足りませーんっ!」
「仕方あるまい……こうなったら、別の道路にも応援を頼めぇーっ! 事態は一刻を争うぞーっ!」
「ああ、パトラッシュ……来てくれたんだね……」
「最後のお願い……ボクのこと……忘れてください……」
「いややーっ! うちこんなんいややーっ!」
その光景は、必死かつ決死であり、なおかつ異様だった。
「31番道路のポケモンたちが何か必死に準備をしている」
その噂が流れるのに、時間は必要なかった。あっという間に噂は広まり、周囲の道路に生息するポケモンたちも物珍しさにそこへ加わるようになっていった。
「行くぞーっ! すべてはエンテイ様のためにーっ!」
「炎帝(エンテイ)! 炎帝(エンテイ)! 炎帝(エンテイ)!」
そして、その日は来た。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
皆、この日のためにすべてを捧げ、すべてを犠牲にしてきた。皆の表情はまさに、百戦錬磨の強者たちといったところだ。
「総員確認ッ!」
「はっ! 第一斑! 百人組み手、通しリハーサル成功ッ!」
「次、第二班ッ!」
「はっ! 第二班! 消しゴムの残骸による高さ五メートルの雪だるま、建造完了ッ!」
「次、第三班ッ!」
「はっ! 第三班! 百人のポケモンを囲んでのキャンプファイアー、設置完了ッ!」
「次、第四班ッ!」
「はっ! 第四班! 演劇『青空に消えた冬の花火~パトラッシュの逆襲~』通しリハーサル成功ッ!」
「全班準備完了確認! ではこれより、待機体勢に入れッ!」
『YES SIR!!』
皆が待機体勢に入る。後は、主賓のエンテイ様がここを訪れるのを待つばかりだ。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
全員が整列して、三十分が経った。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
全員が整列して、一時間が経った。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
全員が整列して、二時間が経った。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
全員が整列して、三時間が経った。
三時間半が経過したが、エンテイ様は未だにここを訪れる気配が無い。
「……ちょい遅くね?」
「うん。もうそろそろ来てもいい頃だよね」
「う~……眠たくなってきたおー」
「どうしたんだろ? エンテイ様……」
皆がダレ始めてきた、ちょうどその時だった。
「おーいっ! 大変だーっ! みんなーっ! 聞いてくれーっ!」
最初にエンテイ様が来ることを皆に教えたあのポッポが、再び慌てた様子で31番道路に姿を見せた。羽を激しくばたつかせて、とても急いでいる。
「あっ、ポッポだ」
「きっとエンテイ様が来たんだよ」
皆がポッポの近くへと歩いてゆく。
「どうしたポッポ。ついにエンテイ様が来られたのか?」
「いや……実は……」
「どうした? 実はライコウ様だったとかそんなオチか?」
「それだったら、キャンプファイアーは止めないとね」
「いや、違うんだ。実は……その……」
「どうしたの?」
ポッポはしばらく考え込んだ様子で、少しうずくまっていたが、やがて顔を上げ、こう言った。
「その……エンテイ様に会ったっていうトレーナーが『そらをとぶ』を使っちゃったみたいで、今度は43番道路に行くんだって……」
次の日、31番道路に「アンチそらをとぶの会」なる謎の組合の看板が立てられていた。
おしまい。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。