Basic Informations:
- Subject ID:
- #73571
- Subject Name:
- おしゃべりバチュル
- Registration Date:
- 1993-04-25
- Precaution Level:
- Level 1
Handling Instructions:
発見した携帯獣#73571は基本的に同一の部屋へ収容し、監視カメラを使用して常に様子を観察してください。部屋には個体の数と同じだけの電話線を引いた上で一般的な家庭用電話機を設置し、自動音声によるランダムに様々な音声番組を流し続けてください。音声番組はどのようなものでも構いませんが、携帯獣#73571はポップミュージックの番組を特に好む傾向にあります。携帯獣#73571の食事が完了したことを確認したら、担当局員は受話器を元の位置へ戻してください。収容中の個体はいずれもおとなしく反抗の意志を少しも示していないため、現状以上のセキュリティ対策は必要ありません。
携帯獣#73571の性質のため、電話機は受信のみ可能な改造が施されています。過去に携帯獣#73571が通常の電話回線を使用したことで拠点内に小規模な混乱が発生した事案があるため、携帯獣#73571に局内の通常回線を使用させないようにする必要があります。拠点内で固定電話を使用して不審な長時間の電話をしている局員を見つけた場合、携帯獣#73571が収容違反を起こしていないか直ちに確認してください。
Subject Details:
案件#73571は、一般的な個体とは異なる特性を持つバチュル(携帯獣#73571)と、それに掛かる一連の案件です。
当局が携帯獣#73571の存在を確認したのは、1993年2月上旬に当局の電話窓口へ寄せられた「母親がこちらの連絡していない時間帯に『息子と話をしていた』と言っている」という通報によってです。局員が通報者を伴ってジョウト地方ヒワダタウン在住の母親の元へ向かい、双方からヒアリングを実施しました。母親の口ぶりはしっかりしており、認知症などの兆候が見られなかったことから、何者かが実際に母親へ電話を掛けたものと考えられました。後の調査で電話の発信元は通報者の電話であることが分かり、通報者の電話機を監視する措置が取られました。
通報者の電話機を監視して3日後、一体のバチュルがどこからともなく現れました。バチュルが下から受話器を押し上げて発信状態にすると、前脚を操作して電話帳に登録されていた通報者の母親の電話へダイヤルする様子が確認されました。バチュルは通話口に口から伸びた触手のような器官を挿入すると、以後じっとして動かなくなりました。この段階で母親の家に待機していた局員が母親に確認すると、母親は「確かに孫の声だ」と応えました。代理で応答した局員は、電話機を通して母親の孫に当たる人物が話しかけていることを確認しました。通報者の家で待機していた局員がバチュルを捕獲すると、母親の孫に当たる人物の声は聞こえなくなりました。局員は一連の事案を案件として登録、裁定委員会は案件立ち上げを承認しました。
携帯獣#73571は、電気エネルギーではなく電話機へ送られてくる音声信号を主食とするバチュルです。食性が異なること以外には、一般的なバチュルと外見的にも内面的にも、後述する一点を除いて大きな違いはありません。身長や体重、身体能力についてもほぼ同じですが、受話器を持ち上げる必要があるためか、同じ総合レベルの一般的なバチュルの個体に比べてやや筋力が発達しているようです。ただし、あくまで一般的なバチュル個体と比較した結果であり、バチュル本来の非力さを補うものではありません。
音声信号を主食とする食性から、携帯獣#73571には特異な能力が備わっています。架電先の相手が「長く話をしたいと考える人物」の音声信号を精巧に再現することができ、論理的で矛盾の無い会話を行うことができます。これは携帯獣#73571が一般的なバチュル個体と異なり、大きく発達した知能を持っていることを示しています。会話は音声信号を直接電話回線へ流すことへ行われるため、外部へ音として現れることはありません。
長く会話を行うことで可能な限り多くの食料を得るため、携帯獣#73571は相手が喜んで話したがるような会話を展開します。ある事案では、中学生の少女に対して事故で亡くなった友人を装って電話を掛け、3時間以上に渡って会話を行ったという記録が存在します。この時通話相手になった少女が不審に思った形跡は無く、通話後は高い満足感を示していました。この件は少女の母親から当局へ通報され、局員は食事を終えて休んでいたバチュルを捕獲することに成功しました。担当局員と母親の間に持たれた協議により、少女には本件について秘匿することで合意しました。
携帯獣#73571が音声信号をエネルギー源としている理由は不明ですが、信号を得るための方法自体は一般的なバチュルが電気エネルギーを摂取するものとほぼ同じであることが分かっています。携帯獣#73571がどのように会話を行っているのか、また会話の相手にどのようにしてなりすましているのかは現在調査中です。
[1993-11-12 Update]
携帯獣#73571の模範的な収容姿勢と、特性として持つ高度な会話技術を鑑み、携帯獣#73571を用いたカウンセリングが提案されました。携帯獣#73571を収容している拠点では一人一日一時間を限度として、専用回線を使用して携帯獣#73571に電話を掛けることが許可されます。通話内容については記録されず、どのような会話でも自由に行うことができます。携帯獣#73571には事前に教育を行い、通話相手と近しい人物(家族/友人/恋人等)にはなりすまさず、善意の第三者として振る舞うよう伝えました。すべての携帯獣#73571個体は、この通達を忠実に守っています。
相手を喜ばせ、また気持ちを落ち着かせる会話を得意とする携帯獣#73571とのやり取りは、局員のストレス軽減に大きく寄与しました。士気と職務効率の顕著な向上が確認され、ほとんどの局員がこのカウンセリングに高い満足度を示しています。携帯獣#73571についても主食となる音声信号を安定して得られることを歓迎しており、また一部の個体についてはこの職務そのものに満足感を持っているとの結果が得られました。携帯獣#73571を正規の局員として雇用すべきという意見が提出され、裁定委員会は前向きな検討を行うとの回答を示しました。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。