Basic Informations:
- Subject ID:
- #114355
- Subject Name:
- 女工キャタピーと夕和紡績常磐工場
- Registration Date:
- 2006-03-29
- Precaution Level:
- Level 2
Handling Instructions:
本案件で取扱対象となるキャタピーの個体群は決してモンスターボールに収容せず、常に外へ解放しておくようにしてください。新たにキャタピーを収容した支局は、速やかにジョウト地方ヒワダタウン第二支局への移送手続きを実施してください。移送に際しては対携帯獣用の移送手順では無く、対人用の移送手順を適用することを欠かさないようにしてください。従わない場合は、管理局の倫理委員会の定める罰則規定に沿って処罰される可能性があります。
ジョウト地方ヒワダタウン第二支局に所属する局員は、受け入れたキャタピーを標準的な対人収容室へ移動させてください。対象から申し出があった場合には、支局内にある庭園を散歩させることを許可します。同じくカウンセリングの申し出があった場合も、支局に常駐するカウンセラーが対応に当たります。収容した対象同士の交流は、局員の監視の下であれば自由に行わせて構いません。丁重に取り扱っている限り、対象が脱走する可能性は無いと見られています。
食事は一日三回、管理局が小児収容対象向けに定めた献立のものを、分量を1/4にして配給してください。食事は事前に申請を受けた人数分だけ、支局に隣接する給食センターで調理します。決して携帯獣向けの食事を与えてはいけません。従わない場合は、管理局の倫理委員会の定める罰則規定に沿って処罰される可能性があります。
可能であれば対象から手順F-114355に沿ったヒアリングを実施し、対象が勤務していた紡績工場についての情報を収集することに努めてください。これまでのところ実際に紡績工場が存在するか、また通常の手順でアクセスが可能かは不明ですが、得られた情報に矛盾する点は見当たりません。ヒアリングに際しては対象の意思を尊重し、発言を強制するようなことがあってはなりません。従わない場合は、管理局の倫理委員会の定める罰則規定に沿って処罰される可能性があります。
Subject Details:
案件#114355は、かつて「夕和紡績常磐工場」なる未知の工場に勤務していたという特異なキャタピーの個体群と、彼らが勤務していたという工場の「夕和紡績常磐工場」、及びそれらに掛かる一連の案件です。
2005年の11月中旬頃、カントー地方トキワシティ第五支局にて勤務する局員から「フィールドワーク中、三角巾とエプロンを着用している負傷したキャタピーを保護した」との連絡がありました。局員がキャタピーを第五支局まで緊急搬送した後、必要な処置を施す過程でキャタピーの持つ特異性が明らかになり、案件としての立ち上げが決定されました。
本案件で保護対象となるキャタピーは、発見時には必ず三角巾とエプロンを着用していることを除けば外見こそ通常の個体と明確な差異はありませんが、通常の個体と比較して知能が飛躍的に発達しており、人語による発話・対話が可能です。会話レベルは非常に流暢なもので、強いヒワダ訛りが見られます。対話に際してはこちらが標準語を用いても問題なく受け答えが可能です。知能レベルは個体により若干上下しますが、概ね十代前半の人間の子供と同程度です。
最初期に保護された個体は当初非常に警戒心が強く、管理局による説得には相応の労力と時間を必要としました。しかしながら、対話の過程でこの種のキャタピーの異常個体群に関する様々な貴重な情報を得ることに成功しています。以下はキャタピーを保護した局員(以下「局員A」と表記)が実施した第6回目のヒアリングについて、録音した音声から局員Aの許可を得てテキストへ書き起こしたものです:
---------- 録音開始 ---------- 対象#114355-1: あっ、[局員A]さんや。こんにちは。 局員A: こんにちは、[局員Aが対象#114355-1に付けた愛称]ちゃん。昨日はよく眠れた? 対象#114355-1: うん。なんか、はじめてぐっすり寝れた気ぃする。朝もお昼もちゃんとしたご飯食べさしてもろたし、ほんまにおおきにな。 局員A: こちらこそ、ごめんなさいね。キャタピーだからポケモンのための食事を与えればいいって、みんなそんな風に思い込んでたわ。私も含めてね。あなたが言ってくれたおかげで、こっちも助かったの。 対象#114355-1: うちらこないな見てくれやけど、モノノケのご飯は合わへんのやわ。ぜいたく言うて堪忍な。 局員A: いいのよ、気にしないで。必要な手続きは済ませたから、今日からはきちんとした食事を提供できるわ。それと、昨日お願いされた引越しの件だけど、来週にはヒワダへ行けることになるわ。私も付き添うから、安心してちょうだいね。 対象#114355-1: ほんま? うち、ヒワダへ行けるん? 局員A: ええ。ずっと行きたかったって、そう話してくれたわよね。私も見に行ってみて、[愛称]ちゃんならきっと気に入ると思ったわ。山と緑に囲まれた、空気のおいしい町よ。 対象#114355-1: うれしいわあ。うちの好きやったフミコお姉ちゃんがそこ行ったことあって、ごっついええ場所やって教えてもろたから、ずっと行ってみたかったんよ。行けたらうち、フミコお姉ちゃんのお墓も作ったるねん。 局員A: そうね……私にも手伝わせて。それとね、他にも[愛称]ちゃんの友達が見つかったら、会わせてくれるそうよ。さっき上司が承認してくれたの。 対象#114355-1: [局員A]さん。[局員A]さんの「上司」って、監督のことなん? ここは監督のこと「上司」って呼ぶん? 局員A: 立場は近いけれど、少し違うわ。[愛称]ちゃんの言う「監督」って、どんな人だったの? 対象#114355-1: えっと、[局員A]さん……今、監督ここにおれへん? どっかで見とったりせえへん? あの望遠鏡で見てたりせん? (※注釈1:対象の言う「望遠鏡」とは、収容室に取り付けられた監視カメラのこと) 局員A: 大丈夫、見ているのは守衛さんよ。[愛称]ちゃんがまた急に苦しくなったりしたときに、すぐ駆けつけられるようにするためのものなの。 対象#114355-1: そっか……堪忍な、[局員A]さん。それで……せや。あのな、監督めっちゃ怖い人やねん。みんなめっちゃ怖がっとった。普段は工場(こうば)に全然出て来うへんで、なんか箱から声出して、皆手ぇ抜いたらあかん、勝手に休んだらあかんってずっと叫んどってん。 局員A: あなたたち女工が工場で働くのを、どこかで監視していたのね。 対象#114355-1: せやねん。えっとな、それでな、昨日[局員A]さんから訊かれたことやねんけど……。 局員A: [愛称]ちゃんがどこから来たか、ということについてね。 対象#114355-1: うん。うち思い出したねんけどな、なんか最初目ぇ覚めたんが、工場の中にあった医務室を大っきくして、それから布団の数増やしたみたいな場所やってん。そこで触覚になんか付けられて、この辺(追記:個体は首筋を強調していた)から薬も入れられとった。もっと前のことは全然覚えてへんけど、でも、緑がいっぱいある場所におった気ぃする。 局員A: なるほど……よく思い出してくれたわ。ありがとう。 対象#114355-1: ううん。うち今働いてへんし、それやのにご飯食べさしてもらってるから……いつもやったらこの時間、うち工場で糸紡いどったんやなあ。うち、ほんまに休んでてええんかな。 局員A: ええ、たっぷり休んで、食事をしっかり食べてくれれば、それでいいのよ。それと……もう一度確認するけれど、[愛称]ちゃんは工場で糸を吐いて、それを紡ぐって仕事をしていたのよね? 対象#114355-1: せやで。うちと同じような子がずらーって並んで、みんな糸吐いとってん。それで言われた通りに巻いたりとかして、出来上がったら箱へ入れていくんよ。朝の7時から夜の10時までやって、休憩は一日二回で30分やったわ。みんなしんどいしんどい言うとった。うちもしんどかった。 局員A: 本当に大変だったわね。よく逃げてきたわ。 対象#114355-1: 前も言うたけど、うち仕事しとる時急に胸痛なって、糸に血ぃ混ざってもうてん。糸は白ぅにせんとあかん、血ぃ混ざったらあかんって言われとったねんけど、我慢できひんかって。 局員A: それで、監督に見つかったの? 対象#114355-1: うん。別の部屋呼ばれて、棒みたいなのんでめっちゃ叩かれてん。何べんも叩かれて、あんまり叩かれるから、最後の方痛いんか痛ないんかよう分からんかった。せやけどこのままやったら死んでまう思て、部屋の鍵開けたまま出て行ったん見て逃げたんよ。そしたらな、知らん間に木ぃいっぱい生えてるとこに出て、それで[局員A]さんに拾ってもろてん。 局員A: ……危ないところだったけれど、助かってよかったわ。しばらくは私たちと一緒にいることになるけれど、そんな扱いはしないし、私がさせないわ。この間は[局員B]がつまらないことをして怖がらせちゃって、本当にごめんなさい。 (※注釈:局員Bは4日前、事前に同意を得ること無く対象#114355-1をモンスターボールへ収容しようとして、上司である局員Aから厳重注意を受けている) 対象#114355-1: うちも暴れてごめんな、[局員A]さん。みんなと全然違う見てくれやから、うちのことヘンや思うの分かるし、多分いっしょにおるん嫌やと思ったからやろうけど、でもな、あんな狭いとこ嫌やねん。怖いねん。外に出しとってほしいねん。 局員A: [局員B]にはきつく言っておいたわ。あなたの個人的な理由で動くのはやめなさい、収容違反よ、って。ずいぶん反省してたみたい。 対象#114355-1: おおきにな、[局員A]さん……えっと、なんか思い出したら、また話するな。もしかしたら、[局員A]さんらの役に立つかも知れんし……。 局員A: 無理しなくていいわ。今はゆっくり体を休めた方がいいもの。 対象#114355-1: うん……あっ、ありがとう。 局員A: どうかしたの? [愛称]ちゃん。なんだかちょっとそわそわしてるけれど。 対象#114355-1: あのな、今何時やろって思て。もうご飯食べてだいぶ経つし、1時になったら、うち工場へ戻……あっ。 局員A: ああ……。いいのよ、[愛称]ちゃん。これからは工場へは戻らなくていいの。安心して。 対象#114355-1: せやった。うち、もう戻らへんでええんや。もう1時になる前に、工場まで戻らんでええんや。 ---------- 録音終了 ----------
管理局ではこれまでに、13体のキャタピーの特異個体を収容しています。キャタピーは全員♀で、最初期に保護された個体(対象#114355-1)とほぼ同様の特徴を持ちます。対象#114355-1は個体群の中でも比較的年長に入るようであり、後に保護された個体の多くは対象#114355-1を「お姉ちゃん」または「姉ちゃん」と呼んでいます。いずれの個体も現在の収容状況について高い満足度を示しており、当局に対して協力的な姿勢を見せています。
キャタピーの特異個体群が証言する「夕和紡績常磐工場」なる工場は2006-03-20現在も未確認のままですが、彼女たちの証言は一貫していて矛盾したところが無く、同じ事柄について語った場合はすべての証言が一致します。
夕和紡績常磐工場はカントー地方トキワシティ近辺に存在すると推定される巨大な紡績工場で、敷地内に宿舎や娯楽施設、医療機関も備えているとのことです。工場内は幾つものセクションに分けられ、それぞれで製糸に掛かる作業を分担して実施していたようです。彼女たちがいたのは製糸の工程におけるもっとも初期の工程を担うセクションで、吐き出した糸に最低限の加工を施して次のセクションへ回付していたと思われます。証言によると、同じ境遇のキャタピーが少なくとも千名近く働いており、過酷な労働環境故に死亡した個体も少なくないとのことです。逃亡に成功した個体は、対象#114355-1のように懲罰を受けている最中に抜け出したか、夜間の消灯後に脱走した者がほとんどです。
これまでのところ、「夕和紡績」なる製糸会社が存在している、あるいは存在した記録は見つかっていません。キャタピーの異常個体群をどのようにして確保しているのかも不明です。保護した女工たちの証言を組み合わせて確認した限りでは、通常の個体に何らかの方法で高い知性と知能を持たせた可能性が濃厚ですが、彼女たちがかつて別の携帯獣であったか、もしくは一般的な人間であった可能性も現状では否定できません。加えて別の女工の証言は、一般にも名の知られている大手衣料メーカーや総合商社が、何らかの形で夕和紡績と取引を持っている可能性を示唆しています。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。