*前書き*
このお話を執筆するに当たって、以下に列挙する記事/ツイートを原案とさせていただきました。
- 1)海外の共同創作サイト「SCP Foundation」にて、Tanhony様が投稿された記事である「SCP-1319」。
- http://www.scp-wiki.net/scp-1319
- 2)上記1)の記事を、csshow様が日本語に翻訳し、「SCP Foundation 非公式日本語訳wiki」に投稿されたもの。
- http://ja.scp-wiki.net/scp-1319
- 3)流れ水(@flumen_aquarium)様が2015年4月27日 17:42に投稿された以下のツイート。
- https://twitter.com/flumen_aquarium/status/592609863252844544
この場をお借りして、心より感謝申し上げます。
Basic Informations:
- Subject ID:
- #131900
- Subject Name:
- キリンリキの『けんか別れ』
- Registration Date:
- 2011-10-19
- Precaution Level:
- Level 2
Handling Instructions:
携帯獣#131900-1及び携帯獣#131900-2は個別の携帯獣として管理し、それぞれに対して個別に養育担当者を割り当ててください。少なくとも4人以上のレベル3セキュリティクリアランスを保持する局員から承認を得ない限り、携帯獣#131900-1と携帯獣#131900-2を引き合わせたり、同一のフロアに収容したりしてはなりません。両者は互いに対して非常に強い敵意を持っているため、予期せぬ事故や収容違反を起こす虞があります。現在は事故防止のため、携帯獣#131900-1はジョウト地方エンジュシティ第四支局に、携帯獣#131900-2はジョウト地方エンジュシティ第二支局へ収容されています。物理的な距離が相応に離れているため、偶発的な接触の可能性は無視できるレベルにまで低下しているものと考えられます。
携帯獣#131900-1は通常のキリンリキと食性が共通するため、十分な量の牧草と果実を日々与えてください。詳細については、基礎資料リポジトリに存在する携帯獣標準養育手順書の番号203「キリンリキ」を参照してください。一日のうち10:00と15:00の2回それぞれ一時間ずつ、収容されているジョウト地方エンジュシティ第四支局の敷地内を散歩させるようにしてください。携帯獣#131900-1の養育を担当する局員は、極力携帯獣#131900-1に接触しないようにしなければなりません。これは携帯獣#131900-1との接触が人体に影響を与えるわけではなく、携帯獣#131900-1の気分次第で接触に不快感を示し、局員に攻撃の意志を見せる可能性があるためです。
携帯獣#131900-2は通常のキリンリキと食性が著しく異なっています。携帯獣#131900-2には一日に3度、新鮮な獣肉または魚肉を500g程度与えてください。携帯獣#131900-2は魚肉よりも獣肉を好みますが、健康管理のため一日に獣肉が与えられる回数は最大でも2度までに制限されています。夜間(夏期は20:00以降、冬季は18:00以降を目安としてください)外出する事を好むため、局員が同伴して支局の敷地内を散歩させてください。携帯獣#131900-2の散歩は概ね30分以内に終了します。携帯獣#131900-1と同じ理由で、携帯獣#131900-2には極力接触しないように振る舞うべきです。興奮した際の攻撃性は携帯獣#131900-1よりも強いものになります。
参考人#131900-1及び参考人#131900-2と定期的にヒアリングのセッションを設け、携帯獣#131900-1と携帯獣#131900-2が現在の状態に至るまでの経緯の確認と、当局によるその後の経過観察結果を報告してください。参考人#131900-1及び参考人#131900-2については両者の関係が改善したことが認められたため、同時にヒアリングを実施することが望ましいです。両者の言い分を分け隔て無くノートへ記録し、ヒアリングの終了後に整理を行います。
Subject Details:
案件#131900は、未知の事象により特異な状態に陥ったキリンリキ(携帯獣#131900)と、それに掛かる一連の案件です。
2011年8月下旬頃、後に参考人#131900-2と認定されるジョウト地方コガネシティ在住の16歳の女性が、最寄りの支局であるジョウト地方コガネシティ第七支局の窓口へ「キリンリキが2つに分裂した」という緊急通報をしてきたことにより、本件は管理局の知るところとなりました。参考人#131900-2からヒアリングを実施していた最中、後に参考人#131900-1と認定される17歳の男性から「2つに分かれたキリンリキに襲われている」という通報があり、当局は2件が明確に関連しあっているものと断定、携帯獣#131900の確保に乗り出しました。延べ10名の人間の局員と6名の携帯獣の局員が動員され、携帯獣#131900は成功裡に捕獲されました。
携帯獣#131900はかつて何ら異常な点の無い正常なキリンリキでしたが、参考人#131900-1及び-2の申し出通り、未知の理由により二体の生命体に分離しています。携帯獣#131900は正常なキリンリキの前半身と同じく後半身に分かれており、黄色い地肌と黒い地肌が重なり合う中心の地点で完全に切断されたような状態になっています。当局では前半身部分を携帯獣#131900-1、後半身部分を携帯獣#131900-2と認定し、異常な携帯獣として収容する事を決定しました。
携帯獣#131900-1は、先述した通りキリンリキの前半身に当たる携帯獣です。後半身が無いため、常に這うようにして移動します。自分の半身が無いことに苦痛や困惑を示している様子はまったく見受けられず、また各種の検査においてもそれらの兆候は見受けられません。一般的なキリンリキが行使できるほとんどの技能を行使することができますが、後半身が物理的に必要になる行動、例えば後ろ脚で身体を支えて前足で地面を揺らすといったものは行使できません。携帯獣向けのデバイスは例外なく対象を「キリンリキ」と認識し、解剖学的に正常なキリンリキ向けに作られた処理を正しく実行する事ができます。
携帯獣#131900-2はキリンリキの後半身、すなわち肌の黒い部分に当たる携帯獣です。携帯獣#131900-1とは異なり、こちらは二本足で立って歩くことができます。半身が無いことに違和感を覚えていないのは携帯獣#131900-1と同様です。キリンリキが行使できる技能のうち、所謂サイコキネシス系に属する技能は行使できませんが、二本の足のみで小規模な地震を起こしたりすることが確認されており、物理的な能力は携帯獣#131900-1を上回っています。各種デバイスは概ね「キリンリキ」と認識しますが、一部のものは認識エラーを起こします。認識エラーを起こすデバイスはいずれも携帯獣の構成について厳密なチェックを行っているものであり、これは正常な動作であることが確かめられています。
かつて同一の存在であったにもかかわらず、携帯獣#131900-1と携帯獣#131900-2は互いに対して非常に強い敵意を抱いています。事案初期に局員が保護のために駆け付けた際は両者が激しく噛み付き合うような状態であり、放置しておけば互いを殺傷しかねない状況でした。保護に当たった局員は携帯獣#131900-1及び-2に対して個別に対応する事を提案、それぞれに数名の局員が当たることで捕獲を成功に導きました。その後現在の収容手順が制定され、地理的に離れた拠点へ個別に収容することでほぼすべての問題が解決されました。
従前の解剖学的に正常なキリンリキだった頃の性格的特徴は、携帯獣#131900-1にも携帯獣#131900-2にもまったく受け継がれていません。参考人#131900-1及び参考人#131900-2の証言によると、携帯獣#131900-1と携帯獣#131900-2に分離する以前のキリンリキは穏やかで知的な性格であり、人に対してなれやすい性質だったとのことですが、携帯獣#131900-1についても携帯獣#131900-2はいずれも気性が荒く攻撃的で、一部の親しい者を除いたほとんどすべての局員に強い警戒心を抱いています。
当初参考人#131900-1及び-2は混乱が激しく、経緯について説明することが困難な状態でしたが、後に参考人#131900-2が平静さを取り戻し、現在に至るまでの経緯について局員に語りました。
以下は局員が参考人#131900-2にヒアリングを実施した記録の一部を、局員の許可を得てテキストに書き起こしたものです:
---------- 記録開始 ---------- 局員A: キリンリキの件について、詳しくお聞かせ願えますか。 参考人#131900-2: あんなことになるなんて、思ってなかった。[携帯獣#131900のかつての愛称] ちゃんが、2つに分かれるなんて……あたしと [参考人#131900-1] がケンカしたせいで、あんなことに…… 局員A: 失礼ですが、[参考人#131900-1] さんとはどのような関係ですか。 参考人#131900-2: 兄です。下の方の。 局員A: ご兄弟であることは理解しました。しかし、「下の方」とはどういうことでしょうか。 参考人#131900-2: もう一人兄がいたんです。[参考人#131900-1及び-2の兄の名前。個人名に付き秘匿] って名前です。3つ年上…… [参考人#131900-1] から見ると2つ年上で、大学に通ってました。けど……一ヶ月くらい前に、交通事故で死んじゃって。 局員A: それは……お気の毒に。 参考人#131900-2: あたしと [参考人#131900-1] が束になっても全然かなわないくらい強いトレーナーで、全国大会でベスト8に残ったこともあるんです。将来はプロになるって言ってて、もういくつかの会社から声も掛かってたんです。そのすぐ後だったから、すごくショックで。 局員A: もしかして……昨年のジョウトリーグ秋大会で、ヘルガーを破って優勝した、あのキリンリキのトレーナーですか? 参考人#131900-2: あ――そうです! 知ってたんですね…… 局員A: 偶然、あの時の試合を観戦していたのを思い出しました。つかぬことをお伺いしますが、あなたと [参考人#131900-1] さんの間で2つに分かれたキリンリキというのは――。 参考人#131900-2: そうです。あの時、兄が戦わせていたキリンリキです。兄がまだトレーナーになったばっかりの頃に仲良くなって、それからずっと一緒にいたんです。 局員A: そういうことだったんですね。では――キリンリキが2つに分かれるまでの経緯を話してくださいますか。 参考人#131900-2: 兄が死んでお葬式が済んでから、兄の持ち物の整理をしてたんです。あまり物を買わない性格だったから、3日くらいでほとんど整理がついて、それで最後に残ったのが、兄の連れてたポケモンで。 局員A: その中に、あのキリンリキも居たと。 参考人#131900-2: そうです。あたしも [参考人#131900-1] も、どうしてもキリンリキが欲しかったんです。兄が大切にしてたポケモンですし、すごく強いのも分かってましたし。 局員A: となると、[参考人#131900-1] さんと取り合いになる。 参考人#131900-2: [局員A] さんの言う通りです。すごい言い争いになりました。あたしの方が兄に可愛がってもらってたとか、[参考人#131900-1] の方がトレーナーとして目を掛けてもらってたとか。最後の方は、兄が運び込まれた病院に先に着いたのはどっちだったとか、そんな、ホントすごくつまんないことで延々とケンカして。 局員A: キリンリキは、その様子を見ていたのですか。 参考人#131900-2: ずっと見てました。寂しそうな目をして、あたしの側へ来たり、[参考人#131900-1] の近くへ寄ったり、どうすればいいのか分からないみたいで。でも、その時のあたしは、とにかくキリンリキが欲しくて。 局員A: その後、どうなったのですか。 参考人#131900-2: キリンリキはあたしのだ、キリンリキは俺のだ、って言い合ってた時に、急に……「バリッ」って音がして、キリンリキが2つに分かれたんです。 局員A: それで、今のような形に? 参考人#131900-2: はい。どういうこと? っておろおろしてる間に、キリンリキがキリンリキ同士でケンカを始めて、止めようとした [参考人#131900-1] にも噛み付いたりして、もうどうしようもなくなって、それで…… 局員A: 我々に通報した、ということですね。 参考人#131900-2: そうです。その通りです。 ---------- 記録終了 ----------
このヒアリングから数週間後、参考人#131900-1にもヒアリングを行う機会が設けられました。このヒアリングは上記の局員とは別の局員が担当しましたが、今回担当した局員は事案の背景について予め理解していました。
以下は局員が参考人#131900-1にヒアリングを実施した記録の一部を、局員の許可を得てテキストに書き起こしたものです:
---------- 記録開始 ---------- 局員B: 今回の事案について、何か思うところがあるとのことですが。 参考人#131900-1: 俺、いろいろ考えたんだ。キリンリキがなんで2つに分かれちまったのかってことを。話したからってどうにかなるってわけじゃねえけど、でも、誰かに話したくて。 局員B: お聞かせ願えますか。 参考人#131900-1: あのさ、[局員B] さん。「北斗の拳」ってマンガ、知ってるかな。 局員B: 名前は知っています。詳しい内容までは、読んだことがないので分かりかねますが。 参考人#131900-1: そこにさ、国王やってる親父と、その子供の3人の兄弟が出てくるんだ。だいぶ後半なんだけど。兄弟だけど平等にって言って育てられて、誕生日とかにも一つの物を3つに分けてもらって。イメージできるかな? 局員B: 続けてください。 参考人#131900-1: 3人が大きくなったときに、親父がロバだったか馬だったか、とにかく動物をプレゼントしようとしたんだ。今までみたいに。 参考人#131900-1: けど、そいつは生き物だから分けられない。取り合いになって無理に分けようとして、それでそいつを死なせちまった。分けられない物を取り合って、結局ダメにしちまったんだ。 局員B: あなたが仰りたいのは、つまり――。 参考人#131900-1: 分かるだろ? キリンリキは俺と [参考人#131900-2] が取り合ったから、2つに分かれたんだ。バカみたいにつまらないこと言い合って、兄貴が死んだばっかりだってのにケンカして、そんなことしてたから、あいつは2つになっちまったんだ。 局員B: キリンリキがあの様な状態になったのは、あなた方に原因があると。 参考人#131900-1: 俺にはそうとしか考えられねえんだ。あいつは、キリンリキは、俺たちがケンカしてる目の前で2つに分かれたんだ。 参考人#131900-1: キリンリキはケンカばっかりしてる俺と [参考人#131900-2] を懲らしめるために2つになったのか、それとも律儀に俺たちの両方に付いていこうとして千切れたのか、今はもうどっちか分からねえ。けどどっちにしろ、俺たちは間違ってた。俺と [参考人#131900-2] は、あんなくだらない言い争いなんてするんじゃなかったんだ。 局員B: [参考人#131900-2] さんからも、同じ意見を頂いています。私たちが間違っていた、と。 参考人#131900-1: 違いねえ。昨日面と向かって話したんだ。こんなつまらねえケンカは止めよう、天国の兄貴が安心できねえって。遠回りになっちまったけど、俺と [参考人#131900-2] はケンカを止めたんだ。 参考人#131900-1: けどよ……俺たちが仲直りしても、もう元には戻らねえんだな。 局員B: 元に戻らない、というのは、どういうことですか。 参考人#131900-1: あいつが――キリンリキが、ああやって「けんか別れ」しちまったってことは、取り返しが付かねえんだな、って。 ---------- 記録終了 ----------
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。