Basic Informations:
- Subject ID:
- #142790
- Subject Name:
- 置き換えられた記憶
- Registration Date:
- 2015-04-02
- Precaution Level:
- undefined [審議中/暫定:Level 1]
Handling Instructions:
本件については、各地域の心療内科医から月次でレポートを受領することになっています。受領したレポートは案件別サーバに保管され、本案件に関するセキュリティクリアランスを保有する局員のみが内容を参照することができます。レポートには個人情報、または機微情報に該当する内容が含まれるため、特別な理由が無い限り複写は許可されません。紙媒体への複写が必要な場合、様式F-142790に所定の内容を記入し、ワークフローを回付してください。
現時点では本件について言及した受診者について特別な対応は必要ないと考えられていますが、提示された仮説のうち一部のものが立証された場合において、監視を含む個別対応が必要になる可能性があります。これまでのところいずれの仮説についても正しいことは証明されていませんが、同時に覆すだけの根拠も存在しません。現状を踏まえ、新たな仮説を提示することは広く歓迎されています。
警戒レベルについては現在も審議が続けられており、具体的な設定値については意見が分かれています。しかしながら、警戒レベルを設定しないまま案件に対応することは困難なため、現状は暫定的にレベル「1」(異常性はあるが危険性は低い)を設定しています。この警戒レベル設定は事前の予告なしに変更される可能性があります。
Subject Details:
案件#142790は、ここ数年(遅くとも2010年頃から)各地で見られるようになったある種の記憶改変現象と、それに掛かる一連の案件です。本案件の実態については不明な点が非常に多く、この概要は不正確である虞があります。
これまでのところ、この事象は概ね8歳から14歳頃にかけての少年または少女にのみ発生しています。対象がかつて訪れたことのある場所について再訪したり別の形で目にしたりした際、一様に「ここは自分の知っている場所ではない」と発言することで事象が明らかとなります(事象#142790-1)。記憶の中にある風景と現実の風景が著しく乖離し、記憶に混乱を来します。対象はその時の出来事、例えば食事をしたことや、何かを購入したことなどは鮮明に思い出すことができ、この点については対象と行動を共にしていた者の証言とも一致します。
対象が語る当時の記憶の最大の特徴として、記憶にある風景の中には携帯獣が一切登場しません。そればかりか、携帯獣の写真や携帯獣をモチーフとしたキャラクターなども例外なく出現しません。これまでに得られた情報を総合する限りでは、対象の記憶においては携帯獣の概念そのものが存在しないと考えられます。対象が訪れた場所にいかに大勢の携帯獣が存在していようと、決してその姿を表すことはありません。
おそらくこれに関連する事象が対象に発生します(事象#142790-2)。対象がしばしば携帯獣の存在を認識できず、姿を見ることも声を聞くこともできなくなります。精密検査で視覚や聴覚に異常が無いことが確認されていても、この事象は無関係に発生します。現在のところすべての対象でこれは一時的なもので、長くとも十時間ほどで再び携帯獣を認識できるようになります。対象は携帯獣を認識できなかった際の出来事を正確に記憶できず、往々にして「眠っていた」「夢を見ていた」と答えます。
事象#142790-1及び事象#142790-2について説明するために、局員からいくつかの仮説が提示されました:
- 仮説1:単純な記憶の混濁
- ごく単純に記憶が混濁し、携帯獣に関する情報が欠落したという説。この仮説は最初期に提起されたものですが、ヒアリングを重ねるに連れて携帯獣以外の記憶は差異はあれどそれなりに整合性が取れており、携帯獣に関する記憶のみが欠落する理由が見当たらないため、仮説としては適当でないとの判断が大勢を占めています。しかしながらこの仮説の提起は、仮説2及び仮説3が提起される契機となりました。
- 仮説2:携帯獣の存在しない異常な領域が存在する
- 実際に携帯獣が完全に排除され、かつあらゆる場所からランダムに接続される異常な領域が存在するという説。事象#142790-2はここを訪れた際の副作用により認知機能に異常をきたしていると解釈されます。この仮説は事象#142790-1及び事象#142790-2の双方を説明できますが、対象と行動を共にしていた人物(主に両親や祖父母)に影響が現れないことの根拠が不足しています。可能性として、一定以下の年齢の人間にのみ影響を及ぼすことが考えられます。
- 仮説3:何らかの特異な事象により記憶が置き換えられた
- 対象は携帯獣のいる場所で行動していたが、何らかの事象の影響を受けて記憶からその情報が欠落したという説。仮説2と同様、特異な事象の影響を受けて事象#142790-2が発生するようになったというものです。これは今現在もっとも有力であると考えられている仮説です。記憶に影響が出るトリガーとなる事象を明らかにするため、これまでに収集されたレポートから対象の行動履歴を解析する作業が続けられています。
管理局では、本案件に関するさらなる仮説の提起を歓迎しています。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
以下は、カロス地方ミアレシティ第六支局に在籍するアレクシア・レンフロ主任研究員が提起した、案件#142790に関する第四の仮説です。
- 仮説0:子供たちが見ているものが真実であり、置き換えられているのは我々の記憶である
- 端的に言い表すなら、この仮説は案件報告書の本文に記載した仮説3を反転させたものです。対象が見たという「携帯獣のいない街」こそが言わば真の姿であり、何らかの理由によって我々――携帯獣の存在を知覚できる者すべての記憶が入れ替えられているという可能性を提起するものです。
この仮説では、通常我々が目にしている携帯獣は実在せず、それに付随するすべての情報や物体は存在しないという立場を取ります。我々は本来存在しないものと共に暮らしているという、ある種の集団催眠に掛かった状態にあるというものです。正確には、催眠によって偽装された知覚をほぼすべての人間が共有していると言うべきです。その催眠が一時的に外れたのが、携帯獣のいない風景を目にしたという子供たちということです。
仮説の立証は困難か、または不可能です。一般的な論証法において、携帯獣は間違いなく実在しているとせざるを得ず、存在しないという結論を導き出すことはできません。しかしながら、入力となる我々の「認知」及び「記憶」そのものが歪められている、即ち「携帯獣は実在する」という無意識の前提が我々すべてに存在している場合、あらゆる論証法は脆弱な根拠しか持ちえず、適切な解を得ることは不可能になります。
もしこの仮説が正しい場合、実在しないものは携帯獣のみであると判断することは極めて困難です。我々の記憶/認知そのものが信頼できない以上、すべての存在の実在を疑わざるを得ません。先述した通りこの仮説は検証することができませんが、反証もまた不可能に近いと言えます。
アレクシア主任研究員はこの仮説の提出後、案件管理局を退職しています。現在の所在については明らかになっていません。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。