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第六話「再現」

「見つからないな……」

「うん……どこに行っちゃったんだろ……」

あれからさらに三十分ほど、商店街からさらに範囲を広げて駅の方まで足を伸ばしてみたが、みちるの足取りはようとしてつかめなかった。

「もう家に帰ってるんじゃないか?」

「うーん……でも、わたしはなんかまだ帰ってないような気がするんだよ」

「そりゃあ……どうしてだ?」

「なんとなく、だよ」

「……まぁなあ。ただ、俺もそんな気がする……」

遠野のことを心配して探していたはずなのだが、いつの間にか俺や名雪の間にも、小さな不安感が広がりつつあった。この街はそんなに広くない。ましてや名雪の話だと、みちるはまだ小さな子供のはずだ。それがいなくなったとあっては、あまりいい気分ではない。

「とりあえず、もう少し探してみようぜ」

「うん」

と言って、俺たちが歩き出そうとした……

……その時だった。

(ざっ)

「……………………?」

「どうしたの? 祐一……」

「……いや、何でもない」

後ろから誰かが付いてきている様な気がした。後ろから、見つめるような視線を感じたのだ。

「悪い。行こうか」

「うん」

名雪に言って、再び歩き出す。

「……………………」

「……………………」

(ざっ)

「……………………」

やはり、視線を感じる……

……この視線、どこかで感じたような気がするんだが……

「……………………」

「祐一……?」

「悪い。ちょっと待っててくれ。すぐに戻る」

俺は名雪をその場に待たせ、元来た道を引き返した。

 

「……………………」

俺は視線を感じた方向に向かって、ゆっくりと歩いていった。商店街からはずいぶんと離れ、人が隠れられそうな場所はほとんどない。

……とは言え。

(あれぐらいの小さい子供だったら、電信柱の影とかに隠れただけでも相当分かりづらいからな……)

そう。俺はこの時、なんとなくではあるが、視線の主が誰か、予想がついていた。それが何故俺や名雪を追いかけてきているのかは分からなかったのだが。

(遠野や佳乃だと何か都合の悪いことでもあるのか?)

俺は歩きながら、じっくりと周囲を見回す。こう見えても、「誰かに見られている」といった類の感覚はかなり鋭いほうだ。勘違い、ということも考えられたが、今はこの感覚に頼ることにした。

「誰かいるのか?」

俺は声をかけてみた。周囲に人はいない。いるとすれば、さっきからずっと俺と名雪を付回している「あいつ」だけだ。

「……………………」

予想通り、反応はない。確かに、今までじっと黙って追いかけてきていたというのに、ここで急に素直に現れれば、そっちの方が不自然だった。

「……………………」

俺はまた歩を進める。相変わらず、そいつがそこにいるという確実な証拠はなかったが、感覚的に間違いなく、誰かが俺たちを付回していたのだ。今この状況でそんなことをしそうなヤツは、あいつ以外に考えられない。

「……………………」

……とは言え、どうして俺たちを追いかけてきたのか、という疑問は残ったままだ。名雪とは面識があるようだが、果たしてそれだけでひょこひょこ付いて来るようなものなのだろうか。

「……………………」

大体、どうして遠野や佳乃から逃げ回る必要があるのだろう。そこがまったく分からなかった。

 

「……………………」

俺はしばらくその場に立ち止まり、相手の出方を窺う。誰かいるのは間違いないが、今ここで焦って飛び出せば、向こうも走って逃げてしまうだろう。そろそろ日も落ちようとしている。できれば、穏やかに事を運びたい。

しばらくすれば、向こうから焦れて動いてくるだろう。そういつまでも同じ場所に隠れているわけにも行かない。

「……………………」

俺は真っ直ぐに立ち並んだ電信柱を見ながら、そいつがどこに隠れているのかだけでも突き止めようとした。

「……………………」

時間だけが流れる。そろそろ、名雪も心配し始める頃だろう。できることなら、早く事を終わらせたい。

俺は一つ、賭けに出てみることにした。

「……やっぱりいないか。気のせいだったみたいだな」

わざと聞こえるように言って、その場から立ち去ったふりをする。相手には俺が満足に見えていないだろうから、今度は俺が近くの物陰に隠れ返す。相手が不用意に近づいてきたところに出て、そこでしっかり捕まえよう、という算段だった。

俺は歩きながらそっと横道に入り、物陰から大通りをじっと見つめる。

「……………………」

それから、ほんの少しだけ間を置いて。

「…………来たな」

……それは、ゆっくりと姿を現した。

低い身長に、それに不釣合いなほど長い赤紫色のツインテール。

間違い、なかった。

 

「……………………」

そいつはきょろきょろと周りを見渡しながら、ゆっくりと歩いてゆく。俺が横道に隠れていることなど、まったく気付いていない様子だ。

「……うー……」

小さく唸り声を上げ、困ったような顔をしている。やはり、何か家に帰れない事情でもあるんだろうか。

「……どうしよう……これじゃあ帰れないよぅ……」

……どうやら、本当に何か家に帰れない事情があるらしい。それなら、遠野じゃなくて佳乃にわざと見つかって、事情を聞いてもらえばいいと思うんだが……そう言うわけにも行かないのか。

「……困ったなぁ……おねーちゃんに、なんて言えば伝わるだろ……」

遠野に何か言い出しづらい事でもあるらしい。それなら尚更、遠野と仲が良い佳乃を通せばいいと俺は思う。佳乃なら、きっとちゃんと事情を聞いてくれそうな気がした。

……それにしても、さっきから妙に引っかかるな……何が引っかかってるのかは分からないが、とにかく、猛烈な違和感と……

……何か、既視感を感じずにはいられない……

「……………………」

そう言えば、似たようなことが前にもあったような……

 

(……いつまでもここにいるわけには行かないな。今がチャンスだ)

俺はそう思い、ゆっくりと横道から体を出した。あいつはまだ気付いていない。

問題は、どうやって接触するかだ。あいつと俺には面識がない。いきなり近づけば、きっと逃げ出すだろう。ならば、逃げられないようにすればよい。

そこで。

(目隠しをしてやろう。こうすれば、逃げようにも前が見えなくて逃げられなくなるはずだ)

どうせ口で言っても聞かない相手だ。ちょっと強引だが、とにかく今はあいつに接触し、この場にとどめておくことが先決に思えた。

(そろり、そろり……)

ゆっくりと背後から近づいていく俺。どうでもいいけど、やっていることがヘンタイゆうかいまじみていることには目をつぶって欲しい。俺だって分かってるんだっ。

そのまま歩き続け、十分近づいたところで……

(ばっ)

「そらっ」

「わっ?!」

後ろから目を塞いでやった。予想通り、じたばたと暴れている。

「わ、わ~! 目、目が見えない~っ!」

「そりゃそうだ。俺が隠してるんだから」

「は、離しなさいよ~っ!」

「駄目だ。俺は遠野に言われて、お前を連れ戻しに来たんだ」

「あうーっ……嫌よぅっ。戻らないんだからっ」

「……はぁっ?!!」

ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て。

……今こいつ、なんて言った?

「あうーっ……さっさと離しなさいよぅ!」

「お、お前……」

「まこ……じゃなかった。み、みちるを甘く見ると、ただじゃ済まさないわよぅ!」

……………………

思わず固まる俺。全身が硬直する。

(ぱっ)

思わず、手を離す。

「あぅーっ……もう、なんてことするのよぅ! あんた一体……」

そのまま、目が合う。

……そして。

「……だ、誰かと思ったら……ゆ……」

「……………………」

 

「ゆーいちぃっ!」

 

……「みちる」が知るはずのない、俺の名が呼ばれた……

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。