私の弟のシズは、何にでもギモンを持ちたがる年頃の園児である。
ポロックは機械の中でどういう風に作られているのか不思議に思えば、私のポロックメーカーを分解(という名の破壊を)して調べようとしたり、私のポワルンはどうして天気によって姿を変えるのか謎に思えば、私からポワルンを借りてひたすら“にほんばれ”と“あまごい”と“あられ”を指示しまくって、ポワルンをへとへとにさせたり(しかも家の中でそれをやらかしたのでカーペットが悲惨なことになって、母親に叱られたり)、とにかく思ったことをすぐ実行に移してしまうクセがある。
私自身毎回振り回されるのはゴメンなので、弟にまず、「疑問を覚えたら私に聞くこと」という約束を取り付けさせた。おかげで、被害は少なくなったけど、代わりに「シキ姉ちゃんなんで?」という言葉がシズの口ぐせになった。
シズのギモンの答えを探すのに、シキ姉ちゃんこと私は、弟と図書館に行くことが増えた。私としても知らない知識(ポロックのレシピやポワルンの習性などの情報)を得られたりと、シズのギモンに対してまんざらでもないのが現状だった。
ポワルンの姿が太陽の姿になるぐらい、日差しの強いある夏の日のこと、わが弟シズは泣きべそをかいて帰って来た。
どうやらシズは、今まで手に入れた知識を友達に披露していたそうで、“物知りシズ”というあだ名までもらってずいぶんと調子に乗っていたようだ。そんな弟のダーテングとなった鼻をへし折る出来事が起こる。
シズが言うには、友達の一人がこんな質問をシズにしたらしい。
Q.夏の終わりはどこなのか?
なんでもその子は夏休みについてギモンを持ったらしい。なぜ夏休みが終わっても暑い日があるのに、夏が終わりということになるのだろう。夏休みが終われば夏は終わりなのか、だとすると余った暑い日は秋ということでいいのか……などと話はめぐっていき、シズなら分からないかと白羽の矢が立った。でもシズはその場で答えを見出すことが出来ず、「シズ君でも知らないことがあるんだね」と言われてしまった。そのことがとても悔しかったらしい。そこで素直に分からないですませばいいものの、シズはこう言ってしまったらしい――――「調べてくる!」と。
どん詰まった弟は私に助けを求めた。
「シキ姉ちゃん、夏に終わりはあるの? あるとしたら、どうしたらわかるの?」
事情を聞いた私は頭を抱える。それからまず辞書を引いてみた。
辞書にはこう記されていた。
・なつ【夏】 四季の一つ。ふつう6~8月の三か月。
「ふつう、ってアバウトな……」
「えーっと、8月31日23時59分59秒まで、とはちがうよね、シキ姉ちゃん。ふつうって書いてあるし、ふつうじゃないときはこれじゃわからないよ」
確かに。さて辞書があてにならないとすると、どうしたものか。
四季の移り変わりというものは、確かに存在しているはずだ。それを見分けるいい方法があればいいのだけれど……ん、見分ける?
私は自分のバッグの中を漁り始める。そして、シズにある便利機器を見せつけた。
「じゃーん! ポケモン図鑑! これであるポケモンについて調べるよ!」
「なんのポケモン? なんのポケモン?」
ポケモン図鑑に目を輝かせる弟に、私は一呼吸置いて、その調査対象の名前を言った。
「ずばり、シキジカ!」
「シキジカどんなの? まさか四季のポケモン?」
「正解!」
正解という言葉にはしゃぐシズ。こういう所はまだまだ単純な園児である。
そんなシズを置いておいて、ポケモン図鑑でさっそく調べてみる。
「あ、見て見て、ほら季節によって体毛とにおいが変わるポケモンだって! ぴったりじゃない?」
これで解決、と喜ぶ私にシズは、その下にある説明を指さし、さらなるギモンをなげかける。
「でも姉ちゃん。季節が変わったとき以外にも、気温や温度によって体の色は少し変わっちゃうって、もし暑い日と涼しい日がかわりばんこに来たら、どうするの? 色がころころ変わっちゃうの? あと、姉ちゃんシキジカもってないじゃん」
言われてみれば。その辺りはどうなっているのだろう。そして、それを確かめる手段は今の私には持ち合わせていなかった。進化後のメブキジカについても調べて見たが、季節の移り変わりとともにすみかを変える、というところにシズは引っ掛かりを覚えた。
シズとしては、この周辺での夏の終わりを見極める方法を探しているみたいだ。そうじゃないと納得できないようである。
とりあえず今家で思いつく限り出来る最後の手、秋のはじまりである立秋をカレンダーで調べてみる。
「8月7日って、夏休み真っただ中だよ?!」
「それ私も思ったわ」
案の定ばっさり切り捨てられた。
だけど、流石にこれ以上は難しい。この調べた中では、立秋が一般的で、シキジカの体毛が無難な答えなのだろう。シズもそう考えているようではあるが、どこかまだ腑に落ちないみたいだ。
私はふと、シズに質問した。
「ねえシズ、あんたにとって夏ってどういうイメージ?」
シズはしばらく唸ってから、こう答えた。
「日差しが強くて暑い」
……そうか。夏をそういう風に感じているのか、この子は……それならば、手はある。
「シズ」
「なに、シキ姉ちゃん」
「名案、思い付いたよ」
「本当!?」
目を輝かせるシズに、私はペンとカレンダーと、モンスターボールを渡す。
「貸してあげるから、その子で調べてきなさい」
「この子……は、ポワルン?」
「そう、ポワルン。シズにとっては、日差しが強くて暑い日が夏なんでしょ? だったらポワルンが太陽の姿になってる日をカレンダーでチェックしていって、しばらく普通の姿から変わらなくなったときを見つければ……それがシズにとっての、夏の終わりよ」
柄にもなくウィンクをしてみせると、シズは大きく何度もうなずいた。
それから弟は帽子を被り、夏の終わりを探しにポワルンと炎天下に飛び出していった。
私はクーラーのきいた家の中でごろごろしながら、静かにくつろいだ。
ギモンの答えはきっと、夏の終わりになれば分かるだろう。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。