吹雪く南半球の荒れた海に伊号6潜は急速浮上した。
「艦長!!艦が持ちません!!」
「もう少しだ、この3週間を無駄にさせるな!!あと5分持たせろ!!」
艦橋に上がるハシゴを上がりきると、先任が風に負けないように大声で叫んできた。
「セレビィをあの島へ届けるんだ。それだけ出来れば、任務完了だ!!」
艦の周りでは派手に水柱が上がっている。応戦の為に砲座についたはずの乗組員は、波にのまれたのか砲弾の破片で吹き飛ばされたのか見当たらない。彼の代わりに、ハッチから別の乗組員が飛び出すと撃ち始める。
「ダメです!!浮力が足りません!!沈みます!!」
先任が叫ぶ。
二ヶ月前。夏の盛りに戦争は終わった。私と、私の指揮する潜水艦伊号6潜は駐屯する赤道直下の南洋の島で、接収を受け勾留を受けていた。乗組員、それに共に艦を動かし戦ってきたポケモン達は、収容所の中で今後の処分を待っている。ただ、戦争に負けた我々は何をする気力もなく、南洋の陽の元で無為に過ごしていた。
そんなある日、敵の監視の兵から面会者が来たと通知を受けた。駐屯しているだけなので、特に知り合いはいないのだが?と首を傾げながらも、簡素な面会室に行く。
そこには、島の女の子が座っていた。年の頃は12~3歳ほど。見覚えのない子だった。
「お願い。セレビィを助けて!!」
監視の兵士が部屋を出て行った途端、少女は面会室のガラス越しに必死に訴えてきた。
「お願い。時間がないの!!」
「お嬢ちゃん落ち着いて……。話を詳しく聞かせてくれないか?」
収容所での唯一の楽しみの煙草に火をつけ、少女に向かい合うように座る。
「おじさんは、港で泊まってる伊号6潜の艦長さんでしょ?」
「そうだよ?」
ふぅーと、紫煙を吐き出しながら返事をする。
「艦長さんにお願いがあるの。セレビィを助けて欲しいの」
右手の人差し指と中指の間で煙草がゆっくり燃えていき、細長い紫煙が天井まで登っていく。
「具体的にどうして欲しいのかな?」
「艦長さんは、セレビィの祠を知っている?」
「ああ。村の奥の森の祠だよね?」
「お参りしてたでしょ?」
煙草を口に挟むと記憶を手繰り寄せる。この島に来てから何かと、乗組員一同で験を担ぐ為に何度かお参りしていた。
「確かにね」
「長老も、艦長さんにお願いしようって」
「長老?」
煙草の先の灰が自然と床に落ちる。
「そう。この島のセレビィはあの祠にいる。そして、年に一回風と共に飛んで来る鳥ポケモンに乗って南極の孤島に行くの。だけど、戦争の間。風が吹いても鳥ポケモンは来ない。世界では人が、ポケモンが死んでいく。それで、セレビィは死にかけている」
煙草の火を消すと、少女の話を聞く姿勢を見せた。なぜ、その時そうしたのか今では思い出せない。
「セレビィは冬の南の孤島で時について考えるの。それで、力を取り戻して、次の一年を過ごす。これはこの島の伝説」
「戦争は終わったよ。もう誰も死なない……。来年になれば、鳥ポケモンも来るんじゃないかな?」
「それじゃあ、遅いの。島を占領してる人達、セレビィを実験の為に連れて行こうとしている。今は長老や若い衆が頑張ってるけど、占領軍の人たち武器を使って連れて行くつもり」
「それで、私に何をして欲しいんだね?」
もう一本煙草を箱から出すが、火をつけずに指で挟んだまま少女の返事を待つ。
「今夜、艦長さん達を脱走させる。艦長さん達が鳥になって!!」
「おいおい、ここでそんな事を言ったらまずいだろ?」
「大丈夫。ここの兵士達は私達の言葉も、艦長さん達の言葉もわからない」
「だけど、艦はもう半年以上整備をしていない。動くかどうか……」
この一年、ろくに補給品が届いてない。おかげで、艦の整備も満足にできないまま敗戦となった。エンジンも三ヶ月回してない。動くかわからない。
「心配しないで。島のみんな、占領軍の物資を盗んで艦長の潜水艦を整備しておいた。エンジンも動く。だから……、鳥になって!!」
火の付いてない煙草を指先で回しながら少し考える。
「5分待っててくれるかな?乗組員とポケモン達に相談させてくれ」
「うん!!」
全乗組員とポケモン達の収容されている長屋に戻ると、私は皆の前で少女の話をした。参加は自由としたが、夏の陽で頭のネジが外れてしまったのか全員が賛成した。
「艦長!!この島の住人には迷惑をかけ通しだったんです。恩返しをする時じゃないでしょうか?」
「補給が途絶えた我々の面倒も見てくれました。逆に島民は空襲で亡くなった人もいます!!やりましょう!!」
そこからは、話が早かった。面会室に戻って少女に了解した旨を告げると。
「ありがとう!!」
それだけ言い、部屋を飛び出していった。
手筈は整えられていた。その夜、収容所は襲われ、私達伊号6潜の乗組員とポケモン達は脱走した。桟橋まで行くと、エンジンがかかった伊号6潜が待っていた。そして、ぐったりとしたセレビィを抱える昼間の少女が。
「艦長さん。この子をお願い」
「わかった」
セレビィを受け取る。私の後ろでは先任以下全乗組員が、神妙な顔でその光景を見つめている。
「艦長さんにお願い。血を流さないで。この子が悲しむから……」
「わかった。努力するよ」
「……ありがとう。生きて帰ってきてね?」
「この島のみんなこそ死ぬなよ?」
「大丈夫。島の男とポケモンは世界一だから!!」
「よし、じゃあ行ってくる!!総員乗艦。出港手順は省くぞ!!」
「おー!!」という掛け声と共に各自、ハッチに飛び込み持ち場に走っていく。
私は、セレビィを軍医長に渡すと艦橋の上に立ち、手際良い動き見守った。少しブランクがあるが、良い動きをしている。
「占領軍が来る。島のみんなは逃げてくれ!!」
舫綱を解くと、手伝ってくれていた島の住人に向かって叫ぶ。すると、住民達は我々に手を振りながら、蜘蛛の子を散らすように桟橋から消えていく。
「先任!!微速前進!!ずらかるぞ!!」
伝声管に向かって叫ぶ。
「艦長!!占領軍の司令から『無駄な抵抗はやめて、セレビィを渡し降伏せよ』です」
伝声管から通信長の声が。
「『馬鹿め』と返してやれ!!」
伝声管に叫び返す。艦は徐々に加速していき、港になっている入江から外海へ漕ぎ出した。
「陸上に戦車!!」
私の横にいる見張りが指をさす。
「無視しろ!!先任、潜行可能か?」
「海底まで30m。行けます!!」
「潜行!!潜望鏡深度!!」
艦橋にいる4人の見張りがハッチに飛び込む。私は誰もいない事を確認し、ハッチに飛び込み重いハッチの蓋を閉める。
「ハッチよし!!」
叫びながら、発令所までハシゴを滑り降りる。艦が潜行を始め、前かがみになり沈んでゆく。と同時に、戦車が砲撃してくる。艦が爆発のあおりを受けて左右に揺れる。
「こちらの位置を把握し兼ねてるみたいですね」
「ひとまずは安心だ。追っ手は来ているか?聴音、現状はどうだ?」
発令所の艦首側でヘッドフォンをかぶるピクシーと、聴音員に周りの状態を確認させる。
「ピースケは半径30Km圏内に音はないと言ってます」
ピースケはピクシー。この艦の耳で、その敏感な耳は数々の戦いで私達を救ってくれた。ペアを組む聴音員とは、身振り手振りで話ができるくらいの間柄だ。
「ふむ?警戒体制のまま沖合まで進むぞ。先任は上空の哨戒機に注意。逆探も上げておけ」
「了解!!艦長!!」
ここまで指示を出しておけば、後は先任が上手くやる。私は、「休める者はその場で休むように」と艦内放送で告げて発令所を後にした。
私は、預かったセレビィの容態を確認しに医務室に来た。
「容態はどうだ?」
「だいぶ衰弱していますが、点滴をしたので少しは回復するでしょう。ただ、セレビィを診るのは初めてですからどうしたものか」
牛乳瓶の底のような厚い丸眼鏡をかけた軍医長が、カルテを書きながら薬品の瓶を眺めている。
「どの薬を使ったものか、見当もつきません……。正直、生きたまま目的地まで連れて行けるよう努力しますとしか言えません」
軍医長は私に椅子を勧め、私の方に向き直った。
「で、艦長は私達の命を賭けるだけの事はあると?」
「勝手な判断だが。私は、人やポケモンを殺す事に数年をかけてきた。それで、私の我儘だが、何か役に立ちたいという気になったんだ」
「まあ、艦長らしいですね。我々も、人殺しでなく人の役に立ちたい。その気持ちは変わりません」
「我儘ですまん」
軍医長は眼鏡をかけ直すと、笑いながら。
「我々は艦長についていくと決めたんです。文句は言いませんよ」
「物好きな連中だ」
私は机に腰を下ろし、艦長室を見渡す。艦内では医務室を除けば唯一の個室だ。
机の上の航海日誌をを手に取る。今までの航海日誌は接収されたので、2週間前に島を脱走した時点からの記載しかない。
この2週間、南氷洋の孤島へ航海しているが、追撃がなく妙に恐ろしい。
何もないので、航海日誌も単調な内容しか記載してない。帰る場所のない中、皆よく耐えて当直をこなしている。我々の希望は、少しづつだが元気を取り戻しているセレビィだ。
そのセレビィは、ライチュウのサスケに背負われ艦長室を訪ねてきた。まだ自力では動き回れないので、艦のポケモン達に背負われ艦内を見て回っている。
「今日は艦長室の見学か?」
セレビィはこくんと頷く。
「そうか。じゃあ、お客さんにはお茶をおもてなししないとな。サスケも飲むか?」
サスケはセレビィを折りたたみ椅子に座らせてあげると、腕や指を動かしたりする。
「わかった。わかった。ぬるめの温度だな」
私はサスケのジェスチャーに反応する。彼の為に私はぬるめの温度でお茶を入れると、湯飲みに注ぐ。その光景をセレビィは不思議そうに眺めていた。
「どうぞ。お二人さん」
サスケは受け取ると満足そうにジェスチャーをする。セレビィはそれをじっと見ている。
「お気に召してくれて嬉しいよ。セレビィはどうだい?」
セレビィは湯飲みをそっと持つとゆっくり飲んで、満足げに笑った。そして、サスケに何かを話しかける。サスケはそれを聞き、私にジェスチャーで教えてくれた。
「紙と鉛筆が欲しい?」
セレビィが頷く。
メモと鉛筆を渡すと、器用に鉛筆を掴み点と線を書き始めた。
「モールス信号か……。いつの間に覚えたんだ?」
セレビィは笑顔で、『昨日までに覚えた。みんなと話したかった』と書いてよこした。
「そりゃ、嬉しいが。どうして?」
サスケも頷く。セレビイは何事かつ呟きながら、点と線を綴る。
『この潜水艦のポケモンも人間も、言葉に不自由していない。私も会話に混ざりたい』
「ははは。確かにお前さんもこの艦の家族だし。一匹蚊帳の外っていうのは、失礼な事をしてしまった」
私が笑いながら右手を差し出すと、セレビィは握手で答えてくれた。
続いてサスケも手を出して、セレビィも手をだす。そのまま2匹は何事か喋り始めた。さすがにポケモンの言葉まではわからない。ただ、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
そのまま、2匹で楽しそうな会話を眺める。
お茶のおかわりを3つの湯飲みに注いで、私は艦長室の一角に掲げてある写真に目をやる。そこには、この艦の甲板で全乗組員が集合している写真が掲げてある。中の何人、何匹かは鬼籍に入っている。
「この艦にも家族が増えたよ。また写真でも撮りたいな……」
亡くなってしまった乗組員たちに向かって呟く。
『家族?さっきも言っていたけど、なぜ私が家族なの?』
私の前にメモ紙が差し出される。
「私にとってはこの艦の人間もポケモンも家族なんだ。長い航海を共にする家族なんだよ」
『だから、サスケやみんなはあなたの事を“親父さん”と言うの?あなたは皆の父親?』
「父親ではないな。艦長を親父さんと言うのが、みんな染み付いているというか……。まあ、渾名だよ」
私はそう言うと、集合写真を壁から外してセレビィに渡す。
「みんな家族だ。今はもういないのもいるが……。私の大切な家族だ。そして、お前さんも私の家族だ。この艦の全乗組員の家族になったんだ」
そう言われ、セレビィは感慨深げな顔をして写真の乗組員やポケモンたちの顔を一つ一つ確認している。
セレビィはしばらく写真をじっと見て、気が済んだのか私に返してきた。私は受け取ると写真を元の場所に戻す。机まで戻ると、セレビィとサスケが小さな写真立てを持って話し込んでいた。
『これも家族?』
「私の妻と娘だ。まあ、ずっと手紙が届かないからなあ、今頃どうしているかな?」
『会いたい?大事な人?』
「そりゃあなあ。ただ、この艦の乗組員も同じように大事だし、死んでしまった者達にも会えるなら会いたい」
サスケも同意する。
「みんなで、故郷の土を踏めるのが一番だがなあ。まあ、戦争だからな……。仕方ないで済む問題ではないんだが……」
セレビィが沈痛な面持ちで、私の家族の写真を見つめている。時化た話をしてしまったかな……?
『船のみんなが家族?』
今度はセレビィは、椅子の肘掛をトントンと叩いて質問してきた。
「そうだな。みんなとは苦楽を共してきた。同じ釜の飯を食って、何ヶ月も何ヶ月も航海して、危ない時もお互いに励ましあってきた仲だからな」
サスケが補足するように、何かをセレビィに語りかけている。
「時には喧嘩もするが、喧嘩ばかりでは艦は動かない。お互いがお互いを認め合って、補い合う。まあ、そんな感じの家族だな。60人と45匹の大家族だから大変だがな」
私がそう言うと、サスケが笑いながら私の頭を軽く叩いてきた。
「まったく、大家族の家長も大変だ。おかげで髪が真っ白だよ」
家族写真と今の私を比べると、頭が真っ白になっているのが一目瞭然だ。そして、その私の頭を叩き続けながら、サスケが意地悪な笑みを浮かて何か喋っている。
『艦長は31歳?』
「ああ、若輩者だが艦長になった途端これだよ。手間のかかる子供達や、小姑達が多くてね」
相変わらず、意地悪な笑みでサスケが何か言っている。今度は私にもわかるようにジェスチャー付きだ。
「海軍大学出の青二才艦長で悪かったな……。おかげで、一人前の艦長になれたよ。頭は白くなるし、出世は遠い夢になるしだったけどな」
『艦長は、この船に乗ることを後悔している?』
私とサスケが笑いながら冗談を言い合っている光景が不思議らしく、首を傾けながら質問された。
「いやいや、後悔なんてしてない。まあ、自虐だな。出世コースから外れようが、最初は艦のみんなに馬鹿にされていようが、今じゃ自虐も言い合える大事な家族だ」
『ケツの青い若造が、5年で親父になった。すぐに呆け始めるぞって?』
「サスケ~。お前、なんちゅうこと言いやがって。冗談も過ぎるといい加減怒るぞ!!」
そう言うと、サスケに頭をおもいっきり殴られ、あっかんべーをされる。そして、私の手がサスケに届く前に、脱兎の如く艦長室から飛び出して行った。
「まったく。サスケのやつ」
叩かれた頭を撫でつつ、飲み残していたお茶を飲み干す。
『家族の概念は難しい』
「私もそう思う。この艦の誰とも血のつながりはないが、それでも人生において側にいてほしいし、このまま側にいたい連中だ。故郷で待つ娘に言ったら、嫉妬されそうなセリフだな」
『血が繋がっていても家族。繋がっていなくても家族。家族が大事……』
「まあ、この艦の乗組員とポケモン達には故郷の土を踏ませて、それぞれ皆の親兄弟に再会してもらいたい。艦長としての務めだ。ま、その前にお前さんを送って故郷に帰るとするよ」
『……。ありがとう。Bon voyage!!良い航海を』
「ありがとう。快適な船旅を楽しんでくれ」
セレビィはお茶を飲み干し返してきた。そして椅子から降りようとするが、足元がおぼつかない。
「医務室まで誰かにエスコートしてもらおう」
艦内電話の受話器を上げ、士官室を呼び出す。丁度、おあつらえ向きの奴が暇をしていたので呼び出す。
『ありがとう。自分の体がまだ思うようにいかない……』
「気にするな。誰しも体調の悪い時はある。それにな、船酔いしてからが船乗りの第一歩だ。艦内で体調が悪くても悪い事じゃない」
30秒程で、全速力で艦長室に飛び込んできた奴がいた。
「失礼します!!三船少尉、参上しました!!」
「急にすまい。この子を医務室まで送って行ってくれ。セレビィ。彼が、最終的にお前さんを島まで届ける。仲良くしてやってくれ」
「不肖私が、艦載機にて島までお送りします」
律儀にセレビィに敬礼をする。どこまでも真面目な奴だ。
「すまんな。島に接舷する方が見送りもしっかり出来るんだが、精密な海図がなくてな。近海まで行って水上機で送ることにした」
『ありがとう。よろしくお願いします』
セレビィもぺこりと頭をさげる。
「ちなみに、サスケは少尉の相方の航法士だ。あいつとも仲良くしてやってくれ」
『うん。家族だしね』
『至急!!艦長は発令所へ』
当直の通信長の声が艦内放送から聞こえる。睡眠から急速に覚醒し、艦長帽を手に取って発令所に向かう。
「報告!!」
隔壁の円形ハッチをくぐり、通信長に報告を求める。
「ピースケの報告ですと、方位150に音源。徐々に接近中。との事です」
「艦種、隻数はわかるか?」
聴音員席に座るピースケは手信号で、『詳細不明。2隻以上確実。3時間後に接触の可能性』と返してきた。
艦の斜め後方なので、自艦のモーター音が邪魔をして詳しく音源が探れない……。このまま後方に回り込まれると、音の補足自体が難しくなる。
「深度80まで潜行。進路240。速度そのまま」
「了解。深度80。進路240。速度維持。シュノーケル、潜望鏡下げ」
これで、音源は真横に来る。ピースケの耳ならば、詳細を聞き分けられる。艦が前かがみになりながら、微かに右に傾いて右旋回しつつ潜っていく。頭上では潜望鏡とシュノーケルが下がってくるモーター音がする。
「敵ですか?」
先任も発令所に入ってくる。時計を見ると、現地時間は夜中の1時。
「わからん。ピースケが確認中だ」
サスケやセレビィと雑談をしてから4時間しか経ってないのか……。できれば、何事もなくやり過ごせればいいのだが。
5分……。
10分……。
『艦種判明。駆逐艦6。速度14ノットから18ノット。本艦に直進中』
ピースケの手が動いて、聞こえた事を伝えてくる。
「見つかってますかね?」
「燃料の関係で、欺瞞航路を取ってない。目的地は、島民を尋問すれば分かるだろう……な」
帽子をかぶりなおし、先任と通信長と海図台の前に立ち追跡中の艦隊との位置関係を確認する。
「島民の皆さん。無事ですかね?」
「わからん。が、今は依頼に集中するしかない」
通信長の発言に心では同意しつつ、その場の全員に対して気を引き締めるような言葉を選ぶ。
「このままですと、2時間程で捕捉されます。今ならまだ相手の聴音の探知範囲外です。ヴァルター機関を使って逃げますか?」
「過酸化水素水の残量は?」
ヴァルター機関は過酸化水素水を使い、水中で重油を燃やす非大気依存機関。カロス東方のある国の科学者の考え出た画期的な機関だが、過酸化水素水の扱いの難しさと、大出力が得られる代わりに大飯喰らいで長距離の移動には向かない欠点がある。
「100%です」
「そうか。しかし、今は使い時ではないな……」
ここで、一時的に逃れても目的地が分かっていれば、最終的にかち合う。ここは、深く静かに身を潜めてやり過ごす方がいい。ヴァルター機関、23ノットの全速で200浬。今後を考えて、とっておいた方がいいだろう。
「今回は見送る。切り札は取っておこう」
私は艦内マイクを手に取る。
「艦長より全乗組員へ、本艦は2時間後に敵艦隊が接近する。艦内静粛に保ち、手空きの者は睡眠をとり酸素消費を抑えるように」
「深深度潜行。深度200。進路戻せ」
「了解。深度200。進路戻します」
1時間半が経った。
微かに、遠く後方から『ピーンッ!!ピーンッ!!』という探針音が耳にも聞こえてきた。
「探されてますね……」
配管だらけの天井を見上げながら先任が呟く。
「探し物はなんですか?見つけにくいものですか?私は、ここですよ」
「艦長。さすがにそれはまずいのでは……」
「まずいかな?」
先任と天井を見上げながら小声で冗談を言い合う。
「聴音。報告」
通信長が痺れを切らして、聴音員に状況報告を求める。今、外の世界を一番知っているのはヘッドフォンをしている聴音員と相棒のピースケだけだ。
「本艦のスクリュー音に被ってますが、微かに機関音が聞こえます。探針音は本艦を捕捉してはいないようです。全方位に対し発信しています」
こちらを捜索しながら、予想進路を進んでいるという事か?
「長短織り交ぜてますね……。ピースケがそう言ってます。波長の長い探針音と、短いのがランダムで発信されてるようです」
「長短?」
「長短……。そうか!!」
突然、通信長が叫ぶ。
「静かに」
先任と私が通信長の口を押さえる。
「失礼しました。長短の意味がわかったんです。聴音、聞き取れる範囲で良いから、探針音の長音と短音をメモしてくれ。多分、モールス信号だ」
真意はともかく、ピースケはヘッドフォンをしっかりと耳に当てて、鉛筆でメモ紙に点と線をつけていく。内容が長いのか距離が遠いせいで判別しづらいのか、時間がかかったが一通りの内容が記されたメモ紙が渡された。
『発:捜索艦隊司令。宛:ブルーホエルオー“伊号6潜”。交信求む。漁業用通信7ch』
通信長がモールス信号を解読する。
「超近距離用の民間無線で、500m圏内の電波範囲です」
「そんな距離だと、攻撃されたら瞬殺されるぞ……」
通信長の説明に先任が苦い顔をする。私も艦をそんな近距離に近づけるのは、選択肢としては採り難い。が、わざわざ民間無線の周波数帯で、しかも超近距離で“交信求む”と言うのも気になる。
「先任。浮上だ。潜望鏡深度につけ」
「艦長?本気ですか?」
「相手が、何か耳打ちをしたいんだろう。降伏勧告なら、軍用通信で通告すれば良い。降伏勧告を耳打ちするなんて聞いた事ない。多分、相手も味方に交信を知られたくないのだろう」
私が自信たっぷりに説明する。本当は不安はあるが、艦の長たるもの自分の決断に迷いを見せてはいけない。
「了解です。もしもの為に戦闘配置をしてくださいよ?」
「了解だ」
小言を言いつつ、フォローを入れてくれる先任には感謝だ。私は艦内放送用のマイクをとる。
「総員戦闘配置。潜望鏡深度に浮上する。艦内静粛を保て」
私の発言で、静かに艦内が慌ただしくなった。今まで眠っていた者、雑務をしていた者達が音を立てずに配置場所へ走っていく。その間、艦は艦首を持ち上げゆっくりと浮上していく。
「総員配置につきました。隔壁閉鎖完了」
先任が報告してくる。配置に着くまで40秒。まあまあな成績だ。
「現在深度180」
「追跡艦隊、進路変わらず接近中。ただ、まだ捕捉はされてはいません」
航海長と聴音員からそれぞれ報告が入る。
『電池残量78%。機関異常なし』
伝声管からは機関長の報告が届く。後は、潜望鏡深度の19.5mまで上がるだけ。
ピーッンという音が段々本艦の周りに集中してきた。
「捕捉されました。敵艦隊散開して本艦を囲んでます。相変わらずモールス信号を発しています」
捕捉されたという報告に、発令所内の一同緊張の色が濃くなる。
「本艦からも返事をしておこう。聴音、本艦の探信儀で『交信求む』と伝えろ」
「了解」
本艦からもピーッンという音が発せられる。隠密行動が原則の潜水艦ではあまり使わない装備だが、いざという時に役立つので搭載している。今回の場合はいざなのか不明だが。
「囲まれました。敵艦より『浮上を待つ』と返信です」
「了解した」
聴音員からの報告と同時に、耳が痛くなるほど奏でられていた甲高い音が止んだ。
「現在深度100」
航海長が冷静に深度を読み上げる。艦にかかる水圧が徐々に弱くなる。それに伴って、今まで締め付けられていた所が圧力から解放されて、『メキッ!!』と嫌な音を立てる……。
潜舵と横舵が徐々に水平になり、ピタリと深度19.5mで止まる。
「潜望鏡深度です」
「了解。夜間潜望鏡に電探、逆探、短波檣も上げろ」
私の指示で、潜望鏡が上がり先任が取り付く。電探員が電探の電源を入れると、オシロスコープの画面内に300m圏内で反応が6つ出てきた。逆探も同様だ。
「周波数合わせました。交信可能です」
通信長が無線用のマイクとヘッドフォンを渡してきた。
「こちら、伊号6潜。交信求む」
ノイズがヘッドフォンを流れ。
『追跡艦隊旗艦“スチュワート”より、ブルーホエルオーへ。貴艦内のセレビィを渡して、直ちに来た道を戻る事を求める。今なら、私や上級司令部の判断でとりなせる』
ブルーホエルオーとは、本艦の敵方での渾名だ。南洋の澄んだ青い海で活動するために、青色を含んだ塗装をしていたのと、ヴァルター機関を使いドルフィンジャンプで派手に浮上するが為だと言う。
「愚問だ。ポケモンを、実験の為に連れて行かせる訳にいかない」
『我々も、実験に関して違を唱えている。しかし、政治的判断なのだ。軍人として逆らえない』
「だが、島の駐留軍指令はセレビィ捕獲に積極的なようだが?」
『彼は、政界入りを目論んでいる。我々は別ルートで阻止を試みている。信じてセレビィを渡して引き返してくれ』
通信内容は、敵国語を話せる士官達が翻訳して艦内に伝えてくれている。私は一呼吸おいて、発令所内を見渡す。
私を見る目は、様々だ。だが、意見は一致していると信じたい。
「温情はありがたいが、受け入れかねる。私たちはセレビィを送り届けると約束した」
『残念だ。我々は貴艦より先に現地に向かう。この通信は無かった事にしてくれ。Good Luck!!』
「Good Luck!!スチュワート」
短い交信は終わった。艦内では小さな歓声が上がっている。
「敵艦隊、包囲を解いて増速中」
「探知範囲外まで、監視しろ」
あの司令官は信頼に値するかもしれないが、念には念を入れて行動を監視する。常に最悪の状況を想定に入れておく。これが、艦長になって学んだ事だ。
決断が正しいかは終わるまでわからない。艦は戦闘配置を解いて、当直が8時間おきに交代する日常に戻った。目標の島まであと一週間。
南半球は北半球と違って冬の終わり。だが、南氷洋の季節は短い夏を除けばほぼ冬だ。現に、充電の為に浮上した今も、吹雪の中で目的地を目指している。
「ここ4日、天測ができてないですね!!」
「ああ!!こうも天気が悪いと、直進するだけで一苦労だ!!」
先任と、波かぶる艦橋で叫びながら会話をする。私たちの周りでは、手すりや備砲、艦尾のカタパルト等に付着した氷を叩き割る作業が行われている。氷を取らないと、重量配分が狂って転覆しかねない。だが、吹雪く嵐の中行うは危険がつきまとう。全員命綱着用で、艦首から艦尾までハンマーを持った男達やワンリキー達が氷を叩き割り、ラッタ達がその前歯で削り取ったりしている。本当は炎タイプのポケモン達にも作業して欲しいが、彼らを水びたしの環境においても活躍は見込めそうにない……。ブースターやヘルガー達は、甲板作業でずぶ濡れになった防水コートと防寒着を乾かしてもらっている。ここに来て、乗組員たちやポケモンが風邪で倒れられたら敵わない。
「航海長の予想だと!!明日には!!島に着くらしい!!艦内整備は今日中に終わらせろ!!」
「了解です!!総点検は2時間後には終わります!!」
私は大きく頷くと、ポケットから煙草を取り出し火をつける。
「点検終了後は、手空きの者から順に休みを取らせろ!!」
「了解しました!!点検終了後、2時間ほど潜行して休息を取らせます!!」
水中なら波の影響は少ない。バッテリーの消費を抑えたいが、嵐に揉まれて体力を使った連中を少しでも休ませてあげないといけない。
「大波がくるぞー!!総員何かに掴まれ!!」
艦首で指揮をとる甲板長が大声を出す。と同時に、艦の艦橋をも超える大波が通り過ぎる。
「流された者はいないかー!!点呼しろー!!」
艦橋から先任が点呼を促す。
「煙草が流された……」
後を頼むと先任に言い、私は発令所に戻る。
発令所内も、機器の点検作業が行われている。そのまま、艦尾から艦首まで順に艦内巡視をする。
最後に、今回の要の飛行機を点検しに行く。私は、独立した水密区画になっている飛行機格納筒に入る。艦橋の後方に張り出している飛行機格納筒は、人とポケモンが少しでもいると身動きが取れないくらい狭い。ハッチから頭を出して進捗を確かめることにした。
中は、遊覧飛行用の小型複葉機を改装した水上機が翼を畳んだ状態で固定されている。その周りには、三船少尉にサスケ、整備員が寿司詰め状態でエンジンやフロートの水密検査、翼の強度の点検、計器類の調整をしていた。
ふと、操縦席を見るとセレビィが座り作業を見守っている。セレビィは艦長室を訪ねてきてから、サスケと仲良くしている。この前は、余暇を潰すために開催したクイズ大会にも2匹で参加していた。艦内でセレビィが人間ポケモン問わず仲良くしているのは、サスケが足がわりに連れまわしているからだろう。
「少尉、調子はどうだ?」
「機体は万全です。しばらく操縦していないので、良い天気であることを期待します。吹雪の中を飛ぶのは初めてなので」
場所が場所で狭いので、機体の影から三船少尉の声だけ帰ってくる。
「サスケが、てるてる坊主を作ったそうなんで『晴れは間違いなし』だそうです」
「そうか。じゃあ、良い天気に恵まれて良い飛行ができるように祈っておこう」
「ありがとうございます」
声しか聞こえないが足を揃える音がしたので、多分見えない私に敬礼でもしたのだろう。真面目なやつだ。
艦内巡視は終わった。後は、待ち構える艦隊をかいくぐってセレビィを島に送るだけ。
艦長室に戻った私は、航海日誌に『正直、生きて帰れるとは思っていない。ただ、セレビィに気を使わせないようにして過ごしている。セレビィの思いは知らないが、我々は人知れずこの極寒の海で水漬く屍となるだろう。出来れば、少女との約束を守って生きて帰れればとも思うが、対潜ハンター相手に生還は期待出来ない。ここまで付き合ってくれた乗組員、ポケモン達には申し訳ない気持ちで一杯だ』と記し、ロッカーにしまい鍵をかけた。
翌日、現地時間午前10時。伊号6潜は深度50を3ノットの微速で進んでいる。
「前方海域に、3隻一組で巡回中の駆逐艦が6隻います。距離推定30~40Km」
「目的地に到着。盛大なお出迎えだ」
聴音員の報告にしかめ面を私は呟く。
「総員戦闘配置。迅速に動け」
海図台にの前にいる先任に伝える。先任は艦内マイクを手に握ると私の指示を艦内に伝える。
「航海長。現在判明している海流はあるか?」
海図台に移動して、発令所に飛び込んできた航海長に質問する。
「大雑把な海図なので推定ですが、海底の地形的にこの先、北方向への海流があるはずです」
そう言いながら、推定される海流を海図に書き込む。海図には、先任が敵艦隊の位置を記している。
「海流の流れに乗れた場合、島の北東方向へ回り込めそうだな」
「そうですね。後は、洋上が荒れているので、比較的浅い深度の方が、波の雑音に紛られそうですね」
先任が気象状況の張り紙を見て呟く。波の高さ8メートル以上。
「では、海流の予想される地点まで行き、海流があればそれに乗って無音接近する。無ければ、近づくだけ近づいて突撃あるのみだ」
私は海図にプランを書き込んでいく。
「……、以上の予定で本艦は島に接近する。戦闘よりも島への接近を優先する。現在、敵艦隊は二組に分かれ、島の50海里手前で本艦を待ち構えている。艦載機の航続距離をもってすれば現地点でも発艦可能だが、吹雪で機位を失う恐れがある。1cmでも島に接近するつもりで機敏に動いてくれ。以上だ」
私は艦内マイクを先任に渡す。
「全隔壁閉鎖。非常時以外は別命あるまで隔壁は開けてはならない。艦内静粛を保て」
先任はそっとマイクを元の位置に戻す。
「艦長、海流に乗りました」
「よし。機関停止。航海長、A地点への到達時間を計算してくれ」
A地点は海流の終点の島の北東海域。航海長は算盤を弾いて、計算を始める。
「先任。発射管、1番から4番に信管を外した魚雷を装填。5番6番は時限榴弾弾頭魚雷装填。後部7番8番はパターン走行魚雷を、これも信管を外して装填」
「信管を外すんですか?」
「ああ、殺生はご法度だ」
「酔狂ですね。了解です」
先任は笑いながら伝声管で前後の発射管室に命令を伝える。
「艦長、A地点までは3時間後です」
想像以上に速い。流される距離は実に30海里ほどだ。速度にして時速10ノットで流されることになる。
「海流が異常に速いです。海上の波の高さもこの流れのせいでしょう。海流の本流に入ったら艦の均衡を上手く取らないと、艦が流れに揉まれてしまいます」
「航海長の腕に期待しているよ」
「ご期待に沿えるよう頑張ります」
「艦長、飛行機格納筒の三船少尉からです」
伝声管に張り付いている伝令が私を呼ぶ。
「どうした?」
「三船です。申し訳ないのですが、セレビィがいません」
「格納筒にいないのか?」
「はい。隔壁を閉鎖する時まではいたのですが、気がついたらいなくなっていまして……。申し訳ございません!!」
「わかった。セレビィは私が探すから、発艦準備を進めてくれ」
「了解です!!よろしくお願いします!!」
伝声管を離れると、心配そうな顔をしている先任に「少し、任せる」とだけ伝え、心当たりのある場所に向かう。
艦長室の鍵を開けて中に入る。
予想通りセレビィはいた。どうやって入ったのか?艦内で誰も見かけないとなると、あとは艦長室くらいしかない。
セレビィは、これまたどう開けたかわからないが、ロッカーの鍵を開けて航海日誌を読んでいた。
「面白い事でも書いてあったか?」
『……』
「全部読んだんだろう?」
『私の為に貴方達を死なせられない』
「……」
『私の家族だから。私を降ろして』
「その体で、水温5度の海を100Km以上泳ぐのか?」
セレビィは両手をぎゅっと握りしめている。
「書いてある通りだ、私達も島の大人達も犠牲は避けれないと最初から考えていた。ただ、お前さんと女の子には隠しておくつもりだった」
『あの子は純真だった。私は、薄々気が付いていた』
セレビィは指先で机をコンコンと叩く。
「なら、降ろせとか言わないでくれ」
『何故?』
「家族を極寒の海に放り出すなんて……。それに、何人、何匹かは生き残れるかもしれない」
『それで良しとするしかないと?』
机を叩く強さが強くなってくる。
「すまない……。航海日誌に書いてある通りだ。士官一同考えられる限りの方法を航海中に考えたが、こうするしかないようだ」
『何故、貴方達は死ぬとわかっていて戦う?』
「ああ……。時代の狂気なのか、闘争本能という物を未だに捨てられないのか……」
『私は戦争を止めようと、何回も仲間と歴史に介入した。この戦争は何回介入しても始まった。酷い終わり方をした時もある。私は、人類に失望した。人類に協力するポケモンにも失望した』
「そうか」
『だけど、家族の概念を今回理解した。そして、私を家族と言ってくれた貴方達を私も家族と思っている。だから死んでほしくない……』
机を叩く音が小さくなっていく。セレビィは泣いていた。
「私も家族には死んでほしくはない。最善を尽くす。だから……」
私はセレビィに駆け寄り、軍医長から渡されていた睡眠薬を注射した。手荒な事はしたくないが、軍医長に用意してもらって正解だった。
軍医長にセレビィを預けて私は発令所に戻る。
「セレビィを受け取ったと、三船少尉の伝言です」
先任がハッチをくぐって戻ってきた私に伝える。
「では、行くか」
「A地点着。海流から逸れます」
「了解、航海長。機関再始動、微速前進。潜望鏡深度。聴音、敵艦隊は?」
艦尾から小さくブーンとモーターの回る音がしてきた。
艦は艦首を上げて浮上を開始する。
「相変わらず、二組で巡回中。近い方は、15分後に艦の真正面5Km地点を通過します」
「気がつかれている様子は?」
「今の所はないですが、盛んに探針音を出してます」
先任と海図台を覗き込み敵艦隊との位置を確認する。目の前の一組は北西方向へ進んでいて、まもなく本艦正面に来る。もう一組は本艦の南側20Km地点を北上している。
「先制出来そうだな」
「はい、艦長」
「聴音、前方の一組の位置を適宜報告。詳細な位置と速度、針路を割り出せ」
13分後。潜望鏡深度に浮上したが、海面はとんでもなく波が高く、艦橋の上端が水面から顔を出してしまう瞬間もある程だ。そして、艦も波に揉まれる。
「ダメだ。吹雪いて時化て一寸先も見えない。潜望鏡降ろせ」
「聴音頼りですが、諸元入力完了です」
先任が魚雷管制盤を操作している。
「ピースケの耳を信じて、始めよう。1から3番発射管発射用意」
「発射管外扉、内扉開きます」
先任は1から8まで番号の書いてあるスイッチの内、1から3番のスイッチを押していく。
「発射10秒前」
ストップウォッチを手にする水雷士がカウントダウンを始める。
「……3、2、1。発射」
「発射!!」
シュッ!!と言う圧搾空気が魚雷を押し出す音がして、艦首から3本の魚雷が飛び出していく。
「命中まで1分半」
艦内が張り詰めた空気になる。
「1から3番管に信管を外した魚雷を再装填」
「了解」
先任は伝声管を通して指示を出す。
「機関室。ヴァルター機関準備」
機関長に準備を促す。
魚雷を再装填中の水雷科員を除けば、艦内は静かだ。命中までの1分半は実に長い。当たるのか、外れるのか……。緊張する時間だ。
「時間です」
水雷士が命中想定時間を伝えるが、音の伝播に時間がかかるのは水中も変わらない。数秒の間があき。
「命中2。最後尾の敵艦は外しました。被弾した2隻は減速し回避運動中」
波の音が酷いので、ピースケの耳でないと詳細がつかめない。聴音員が翻訳して報告してくる。
信管は外しているが、船殻に魚雷が刺さったまま全速を出す馬鹿はいない。それに波も高いので、傷口が広り沈没しかねない。被弾した2隻は敵戦力から外していいだろう。
「もう一組の3隻がこちらに向かってきます。被弾しなかった1隻は、被弾した2隻の周りを警戒中です」
「よし。今の隙に一気に駆け抜ける」
ピーッン!!
後方から探針音?
「後方に機関音多数!!射撃音。ヘッジホッグ対潜弾!!」
「急速潜行!!全速!!面舵一杯!!」
とっさに指示を出す。ヘッジホッグ対潜弾は、艦の前方にばら撒く小型の爆雷で、水圧信管ではなく接触信管なので、必ず爆発する爆雷と違い命中しなくても、海中が爆発音でかき乱されない利点がある。
「間に合いません、左舷側に着水音多数」
聴音員の報告とほぼ同時に、左舷で多数の爆発音がし、艦内のいたる所で浸水が始まった。
「デコイばら撒け。浸水を止めろ!!」
先任がダメージコントロールの指示を出す。
「各所。報告!!」
「前部発射管室浸水!!」
「左舷倉庫浸水」
「兵員室漏水多数!!」
「発令所浸水!!」
「前部電池室漏水!!塩素ガスが発生!!」
「飛行機格納筒及び機関室、後部発射管室異常なし!!」
艦体の左舷前部に被害が集中している。
「艦内空調停止。電池室の漏水を優先。発令所より前の乗組員はガスマスク着用。艦長、電池室に向かいます!!」
先任が指示を一通り出し、隔壁のハッチを開け電池室に走っていく。
「聴音、後方の艦隊の規模はわかるか?」
「戦艦級の機関音と巡洋艦級の機関音が2つ?後は、駆逐艦多数。……次のヘッジホッグがきます。……これはデコイを狙ってます」
ひとまず撒いたが、派手な浸水音がしているのですぐに見つかるだろう。しかし、この荒れる海で、転覆の危険を冒しても機関を止めて待つとは……。セレビィをそこまでして手に入れたいのか?
「機関微速。深度150を維持しろ」
浸水と戦うゴーリキーと操舵を代わった航海長に指示を出す。
「……了解」
水温5度の海水を真上から浴びる航海長は、寒さに震えながら舵輪を握りしめている。発令所内は工具や角材を抱えたポケモンや人間が、静かに手早く浸水と戦っている。
「艦長、敵戦艦から探針音で『浮上降伏せよ。5分待つ。進路を000へ』です。勿論、捕捉されました」
聴音員からの報告。後方から駆逐艦達が本艦を包囲するように扇状に広がりながら接近中らしい。頭上ではシャンシャン、シャンシャンと無数のスクリュー音がしている。それと同時に、喧しい位にピーンッ、ピーンッ!!と甲高い音が集中し神経を逆撫でする。
「先任からです。『電池室漏水阻止。前部発射管室の応援に向かいます』」
発令所は浸水が止まらないが、塩素ガスの発生が止まったのは良かった。安心したのも束の間、頭上で爆発音が立て続けに起こり艦が前後左右に揺らされる。
「右舷に展開する駆逐艦群からの爆雷です」
「調定深度が浅いから威嚇だろう……。だが、時間稼ぎもできないな」
「通告時間まで、後2分」
どうしたものか……。
「聴音、包囲網に穴はないか?」
「方位000と、島の方向がガラ空きです」
島の方向?目的地をガラ空きにする理由は……?
こう考えている間でも、右から左から爆雷が降り注ぐ。威嚇が徐々に本気になってきている。艦が前後左右に絶え間なく揺れ続け、ダメージが艦を蝕み、艦は水圧に押しつぶされていく。
「艦長!!前部発射管室のハッチが変形して発射管室に入れません!!」
発令所と艦首部を結ぶハッチから先任が顔を出す。
「発射管室と連絡はつくか?航海長、次の爆雷の爆発後、深度ちょい上げ、進路を島へ向けろ」
伝声管前の伝令と、航海長に同時に指示を出す。どんどん忙しくなる。
「こちらの声は届いているのですが、返事が聞き取れません」
「代われ」
「発射管室聞こえるか?」
トントンと微かに何かが聞こえる。
『し、ん、す、い、と、ま、ら、ず。わ、れ、わ、れ。ぎょ、ら、い、そ、う、て、ん、ちゅ、う。こ、う、う、ん、い、の、る』
「おい!!お前ら、浸水阻止をしろ!!魚雷は放っておけ!!」
『す、い、ら、い、ちょ、う。せ、ん、し。に、ん、げ、ん、み、な、じゅ、う、しょ、う。ぽ、け、も、ん、の、い、じ、み、せ、る。が、つ、つ』
がつつ?ヌオーのガッツか?あいつが指揮をとっているというのか?
「先任!!隔壁をぶち破ってもいい、前部発射管室の浸水を止めろ。あいつら魚雷装填中だ!!」
「りょ、了解!!」
浸水が止まれば何度でも魚雷は装填できる。冠水する前に水を止めないと、艦のバランスも取りにくくなる。
「前部バラストタンクから後部バラストタンクに移水。ツリム均衡を保て」
1番から3番までの発射管の装填中のランプが、装填済になる。
「艦長、時間です!!」
「本艦を囲むように爆雷投下音!!」
「聴音!!探信儀で島方向を探れ!!」
ずぶ濡れのピースケが探信儀のスイッチを入れる。
ピーンッという音が本艦から発せられる。
「航海長?生きてるか?」
操舵席で舵輪を握る航海長は腰の辺りまで水に浸かっている。
「モチです。少し寒いので、暖房を所望しますが……」
「善処しよう。機関全速と共に、上げ舵最大」
「了解」
「前方に防潜網です。島を囲むように展開しています」
それで、島側はガラ空きなのか。普通は水上艦が通れる程度の深さは開けるが、敵も避けているということは、海面まで展開しているか機雷を敷設しているのだろう。
などと考える暇もなく、至近距離で爆雷が連続で爆発する。太鼓が耳元で鳴っているではすまない。艦が爆圧に振られて、自分の体が浮いているのか、壁に当たったのか天井にいるのか全くわからない。
しばらくし、揺れが少し収まる。頭をぶつけたのか、酷く後頭部が痛い。電球が何個も割れて暗くなった発令所内を見渡す。何人何匹かは気を失っている、可哀想だが治療している余裕はない。
深度は250mまで沈んでしまった。一層酷くなった浸水で、胸の辺りまで水に浸かりながら伝声管に向かう。
「機関室?」
「艦長?」
よかった、機関長は無事だ。
「ヴァルター機関全速。行けるか?」
「モチのロンです。いけます」
発令所は、色々な機材が元の場所に収まっていないが、動力源が問題なければ行けるかもしれない。
「先任?すまない、発令所へ戻ってきてくれ、人手が足りん!!」
「……はい。艦長」
海水に浸かっていた航海長がよろよろと起き上がると、舵輪に取り付き右手の親指を立てる。
「三船少尉?」
「生きてます!!サスケもセレビィも無事です。浮上後5分で飛べます!!」
「準備を進めてくれ」
伝声管で、各所に確認を取る。何処も彼処も浸水中だ。
「前部発射管室冠水……。全タンク放出でギリギリ浮上できます」
先任が、暗い顔で報告するのは灯りが少ないせいだけではない。
「先任。後部7番8番発射管用意。深度50で後方の艦隊に発射、走行パターンは任せる」
「了解」
「海中の音がクリアになります。敵探針音来ます」
「ヴァルター機関全速。上げ舵一杯。全タンク放出!!」
2ノットを示していた速度計が急激に速度を上げ、23ノットを指す。そして、60度もの角度をつけて海面へ猛進していく。
「本艦の外殻が剥がれる音がします。敵艦隊、本艦の加速についてこれません」
「ヘッジホッグがくるぞ。先任、5番6番発射管の時限榴弾弾頭魚雷用意。発射後5秒で爆破だ。聴音、着水音に注意!!」
「着水音!!」
「5番6番直上に発射!!」
「5番6番発射よし!!」
シュッという音がして5秒後、頭上で爆発音が連続した。炸裂した魚雷の破片が、本艦に向かってくるヘッジホッグを巻き添えにし爆発させる。再び海中は轟音に包まれた。
騒音で、五里霧中な海中を全速で浮上する。外殻の損傷のせいで、艦がバラバラになりそうなくらい揺れる。計器は何個も壊れているが、生き残っている深度計が50mを指す。
「7番8番発射!!」
傾いた発射管制盤のスイッチを先任が押すと、艦尾から魚雷が滑り出す。周りは音の渦で状況がわからない。あとは海面に飛び出して、三船少尉たちを大空に旅立たせるだけ。
艦内は滅茶苦茶で地獄絵図だ。機械も人も、ポケモンも。
発令所内の浸水も血の色で真っ赤になっている。
「砲員で動ける者は、艦首備砲ハッチと艦橋ハッチに集合。浮上するぞ!!」
満身創痍の伊号6潜は、最後の力でドルフィンジャンプをし海面に飛び出す。そのままの勢いで防潜網を無理やり乗り越え、右舷で機雷が爆発しても島に向かって全速で進んでいく。
「艦長!!艦が持ちません!!」
「もう少しだ、この3週間を無駄にさせるな!!あと5分持たせろ!!」
艦橋に上がるハシゴを上がりきると、先任が風に負けないように大声で叫んできた。
「セレビィをあの島へ届けるんだ。それだけ出来れば、任務完了だ!!」
艦の周りでは派手に水柱が上がっている。応戦の為に砲座についたはずの乗組員は、波にのまれたのか砲弾の破片で吹き飛ばされたのか見当たらない。彼の代わりに、ハッチから別の乗組員が飛び出すと撃ち始める。
「ダメです!!浮力が足りません!!沈みます!!」
先任が叫ぶ。もう少し、もう少しで目的の島なんだ……。吹雪に霞む先に島影がうっすらと見える……。そして、艦首が徐々に下を向いていく。
「艦尾カタパルト準備よし!!」
波かぶる艦尾方向から三船少尉の叫び声が聞こえる。振り向くと、頭から血を流した三船少尉が手を振り風防を閉めた。さらにその後方の吹雪の向こうでは、7番8番管から発射した魚雷が敵艦隊をかき乱しているのか陣形が乱れている。
今しかない。
「発令所、艦首バラストタンクに移水。艦尾を上げろ!!カタパルトを波から守れ!!」
「了解!!」
伝声管からは軍医長の声がする。
「航海長はどうした?」
「先に逝きました。移水開始します」
軍医長が淡々と言う。
艦首が勢いよく沈み始めた。艦尾のカタパルトが波の上に出る。
「発艦!!」
先任が叫ぶと、旧式な複葉機が勢いよく飛び出し、旋回して島を目指す。が、敵も黙って見送ってくれない、艦隊からの対空砲火が襲い三船機は黒煙を噴きながら島に墜落していった。
艦首から伊号6潜は急激に海中に没する。
そこには、島の女の子が座っていた。年の頃は12~3歳ほど。見覚えのある子だった。
「お願い。セレビィを助けて!!」
監視の兵士が部屋を出て行った途端、少女は面会室のガラス越しに必死に訴えてきた。
「お願い。時間がないの!!」
「お嬢ちゃん落ち着いて……。話を詳しく聞かせてくれないか?」
収容所での唯一の楽しみの煙草に火をつけ、少女に向かい合うように座る。
「おじさんは、港……」
ん?
私と少女は既視感に、お互い固まる。
「セレビィは南の島で冬を過ごす?」
「艦長さんは今夜、私に帰ってくると約束する?」
お互い、強烈な既視感を感じる。
村で爆発音がした。私と少女は近くの窓まで走って外を見る。
村の奥の森で煙が上がる。煌びやかな鳥ポケモンが、旋回しながら炎を吐いている。攻撃的な行動なのに、その姿はとても美しい。そのポケモンは何回も地上の何者かに攻撃を繰り返した後この収容所に向かってきた。
私は中庭に出る扉を開ける。少女は面会室の外へ飛び出して行く。
金網越しに少女とポケモンを迎える。私の周りには乗組員やポケモン達が集まる。皆の目が点になっている。
鳥ポケモンは、ホウオウだろう。美しい姿の背中には、セレビィがちょこんと座っている。
セレビィは敬礼をし、胸を叩き振り返りもせず南の方へ飛び去っていった。
我々は、返礼で見送る。私は胸ポケットに違和感を感じ、手を突っ込むと紙切れが出てきた。
『ーー・ーー ーー・ ・ー・・ ・・ ・・ー・・ ・・ー』
「ありがとう、ね」
ちょっと前まで極寒の海にいた気がするので、この残暑は体にこたえる。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。