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(株)アール・ミキサーさんの「夏の終わりに」(作者:箱飴さん)

 夏の初めに、僕は大切な相棒を失った。


 僕が生まれた日、黒い五つ星模様の赤い体に眩しい太陽の光をまとってうちの縁側にポケモンが降りてきたらしいことをばっちゃんが言ってた。レディバだからレティと母さんが名付けた。生まれた時から何をするにもいっしょ。同じ年ごろの子供がいない村だったから、レティは僕の遊び相手で、家族で、なんでも話せる相棒だった。朝はあさつゆを取りに出て、父さんの畑仕事を手伝って昼ごはんを食べたら少し寝て、夜は星いっぱいの空を眺めて過ごした。難しい話をすると「でぃ?」と首をかしげるんだけど、それがまた面白かった。


 春に十回目の誕生日をむかえた僕は、ポケモントレーナーとして旅に出ることがしきたりで決まっていた。いよいよ外の世界へ出るんだと明るい未来を想像している時だった、レティが死んでしまったのは。


 事件より二週間ほど前から、レティは落ち着きがなくて飛んで降りてを繰り返し、食欲も旺盛になっていた。父さんが

「もうすぐ夏だし、進化の前触れだろうな」

 と言うので、なるべく自由に動き回れるよう寝る時以外は雨戸を閉めずに縁側を開けっぱなしにしていた。進化したらどんな姿になるんだろう、今より大きくなるのかな。なんてわくわくが止まらなくて、僕もそわそわしていた。


 そして事件当日の夜。辺りには雷鳴がとどろき、灰色の嫌な雲がどんどん広がってきていた。流石に雨が吹き込んでしまうからと雨戸を閉めようとしたら、何かに呼ばれるようにレティが隙間から飛び出してしまった。僕は慌てて後を追いかけるように家を飛び出し、星灯り一つない土砂降りの暗い闇を、雷の閃光を頼りに無我夢中で走った。


 だけどレティはどこにもいなかった。泣きわめく僕を父さんが抱きかかえて家に連れ帰ったそうだけど、正直あんまり覚えていない。

 翌朝レティは黒焦げの状態で見つかった。進化の途中だったであろう透き通るような薄い羽が中途半端に広がっていて、その光景が目に焼き付いて離れない。


 それからの生活、いや人生はどうしようもないくらい真っ白だった。

 夏も本番に入り暑さも増してきた頃、畑には例年通りキマワリが遊びに来たし、ばっちゃんが井戸の水でカイスの実と好物のサイコソーダを冷やしてくれたし、川でウパーやハスボーがのんびり歌っていたし、夕暮れ時になれば生ぬるい風にフワンテとフワライドがさらわれていたけれど、どの景色も味気ない世界になってしまって、僕の居場所はどこにもないような気がした。


 ある日ばっちゃんが縁側で手をすり合わせて

「ああ、今年もきてくだすった。ありがたやありがたや鈴音サマ鈴音サマ」

 と頭を下げながら呟いていた。

 鈴音サマというのはチリーンのことだ。毎年村にやってきて、涼しげな音色を響かせながら家々を回る。おかげで村人たちは暑さをしのぐことができるから、神様の御遣いと言われている。時折気まぐれで願いを叶えることもあるらしい。

 チリーンはばっちゃんからもらったお礼であろうキッサキみぞれ玉を口いっぱいに頬張って、ご機嫌な様子で帰っていくところだった。

 その背中に(もう一度レティに合わせてください、どうかもう一度……!)と心の中で必死に願掛けをした。叶わないなんて、うっすらわかっていたけれど。


 夏も佳境に入る頃、僕は自分の部屋に閉じこもっていた。というのも村にはもう一つしきたりがあって、相棒が決まらないまま十歳を迎えた場合、ゴーストタイプのポケモンと旅立たなくちゃいけないことになっている。

 なんでも外の世界を見ることなく死んでしまった村の子供たちの生まれ変わりらしく、連れていくことが供養なんだとか。

 でも僕はゴーストポケモンなんか嫌いだ。畑で悪さするし、夜中便所に行こうとするとおどかしてくるし、いい印象がちっともない。そんなのを連れていくくらいならこのまま村から出ない方がましだ。


 嫌だ嫌だと駄々をこねまくり旅立ちの準備も中途半端なまま夏も終わろうとしていたころ、僕の元にポケモンがやってきた。朝、雨戸をあけると、すーっと音もなく降りてきたそいつは抜け殻みたいなやつで、頭の上に輪っかを浮かばせていた。

 直感した。これはレティだ。死んで、ゴーストポケモンになって戻ってきたんだ! そっと抱きしめるとカサッと音がしたから、慌てて離した。

「ありゃま!えらいのがきたねぇ」

 起きてきたばっちゃんが驚きすぎて腰を抜かしていた。話を聞いたら、こいつはヌケニンというレティと同じ虫ポケモンで、その上やっぱりゴーストポケモンなんだとか。

 父さんと母さんも起きてきて、ヌケニンを見るなりびっくり驚いて顔を見合わせていた。僕がこいつと旅に出たいと言ったら大人がわらわら集まってきて会議になってしまったけれど、村のおえらいさんも、ゴーストポケモンを連れていくならよしと許可をくれた。

「一緒に行こう、レティ」

 僕が笑うと、鳴かないし表情も変わらないけれど、ヌケニンは頷いてくれた。


 夏の終わりに、僕はヌケニンのレティと旅立った。これから出会う色鮮やかな世界を共に生きていけるんだと思ったら、不思議と勇気が湧いた。


 僕が旅立った直後、季節外れの大嵐が村を襲い川が氾濫、家々は流されてしまい、甚大な被害が出た。もちろん僕の家も流されて、父さんも母さんもばっちゃんも行方不明になった。市は治水の目的でダムを建設、村はダムの底に沈んでしまったのだと、数年後遠い遠い血縁の親戚から聞かされた。

 その時、もう僕の元にレティはいなかった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。