1.ハンティング(パイレーツ・オブ・アローラ)
「艦長!! 獲物です!!」
見張りの大声に起こされた私は愛剣を腰に下げて船尾楼へ急ぐ。
狩りの始まりだ!!
「艦長!! 奴です。『黄金のゴーゴート』です」
船尾楼に上がると副長から望遠鏡を渡される。水平線に見え隠れするのは、ここ数ヶ月追いかけていた財宝運搬船『黄金のゴーゴート』号。拿捕して持ち帰れば、報奨金と財宝の一部が分け前にもらえる。美味しい仕事だ。常夏の海の上。遮る者は何もない。
「総員配置につけ!! 狩りの時間だ!!」
太鼓が鳴らされる。マストには次々と帆が張られ、風の力を得た『血塗れアズマオウ』号は獲物に突進していく。甲板では、ポケモンや乗組員たちがマスケット銃を3本のマストの上の見張りに上げ、片舷7門、両舷合わせて14門の大砲に弾が込める。
見張りは狙撃手に、ポケモンは接舷戦闘要員に、乗組員は砲手に。配置はものの1分で完了した。
これは、まだモンスターボールが無かった時代。ポケモンと人が生身で向き合い共に生死を分かち合っていた時代の話。ポケモンを従えられる人間は、ポケモンに実力を認めさせないといけない。人もポケモンも命を張り合って共に生活していた。
「副長。信号弾。『停船せよ。逆らえば命はない』」
「了解!!」
副長の合図と共に船首楼から信号弾が空に舞い上がる。
少しして、拒絶を意味する信号弾が水平線から昇るのが見えた。
「殺戮の時間だ!!」
命乞いは無意味だ。
戦いは一方的に終わった。先住民から奪った財宝を過積載していた財宝運搬船は船足も遅く、すぐに追いつき、追いつかれた相手は追ってきた相手を知って狂乱状態だった。なんの抵抗もなく接舷すると切り込み隊が乗り移り、あとは生きているものは全て殺した。
私達は無傷の船と財宝を手に入れ、回航要員を『黄金のゴーゴート』号に残し、2隻になった船団で意気揚々と帰国の途についた。
私は船尾の艦長室で寛ぐ。天窓は開け放たれ。常夏の刺すような陽の光が切り取られて入ってくる。仕事は終えた。すぐ横では、20年以上の付き合いの付き人のターニャが縫い物をしていた。
「ターニャ?」
「何? ユリア? まず、言う事は?」
私の名前はユリアーナ・サーリ・ヴィスコンテ・ディ・サンリモ。要するに、子爵です。ただ、今の時代、海洋国家の子爵なんて土地の上がりじゃ食っていけません。なので、国の許可をもらって私掠船の艦長をしています。
「えー……。艦長服を一着ダメにしてすみませんでした……」
「よろしい」
付き人のターニャとは子供の頃からの仲なので二人でいるときは互いにタメ口で話す親友。
小さい時に奴隷として売られていたターニャを、私が一目惚れしてお母様に買ってもらってその後自由の身にしてもらった。それから私の付き人として、私の護衛や身の回りの世話もしてくれている。
「で? 何?」
「いやさ、なんだかあっけなかったなって」
もちろん仕事の話。果敢な抵抗を期待していたんだけど。財宝船の乗組員は船長から末端まで大混乱の末に、うちの乗組員達に殺されていった。ポケモン達は戦意はあったけど、調教師たるトレーナーが戦意喪失状態で満足に戦えるわけがない。みんなうちのポケモン達が殺してしまった。
「名前が売れてきたんじゃないの? 皆殺し『血塗れアズマオウ』号の名前が」
「まあ、抵抗したやつを生かしておく慈悲は持ち合わせてないからね」
「おかげで、こっちの損害は0。ドクターも『暇だ……』ってボヤいてたよ」
ターニャがドクターの真似をする。
私は爆笑しながら私のファイアローのサラを撫でる。サラの浴びていた返り血はさっき落としてあげた。綺麗になって羽のツヤも見栄えする。
「帰国前にどこかでのんびりしたいね」
「ユリア? あんたねえ、あの足の遅い船連れて歩いてるだけで、うちら賞金首なんだから」
まあ、賞金首だし。財宝の横取り考えているやつもいるだろうね。でも、こんな陽気のいい海なんて故郷以来だな。嵐吹く海域を何個も越えてきたからいい陽気に気が緩む。サラを撫でながら海図を覗き込む。
『アローラ近海』
『血塗れアズマオウ』号の今の位置が書き込んである。『血塗れアズマオウ』号は3本マストのジャッカスバーク。縦帆と横帆が半々に張られたバランスの良い船。そしてなにより、小型快速舵の効きも良い優秀船。武装は片舷7門と船首船尾に2門ずつの計18門の大砲を持っている。足の遅い低武装の商船には砲火力と速度で圧倒し、高火力鈍足の軍艦からはその速度と『風読み』異名を受け継ぐ艦長たる私の采配で逃げる。完璧な海賊稼業に向いた軍艦。
「まあ、帰国って言ってもあと何ヶ月もかかるんだし、状況が許せばもう一仕事くらいできるんじゃない?」
「なら、派手にドンパチやろーじゃないの? ね? ターニャ」
陽光は刺すように痛く、潮風も生暖かい。それでいて、そこまで暑さを感じない。
貿易風を捉えた『血塗れアズマオウ』号は後続する鈍足の戦利品を急かしながらも、勝者の余裕見せながら航海をしている。
見渡す限り何もないようだけどアローラ諸島が近くにあるせいか、ちらほらと漁民の船が漁をしている。漁民の網に舵が絡まると厄介なので距離を取りながらも、牧歌的な風景を船尾楼の手すりに腰掛けつつ眺める。
ふと、船首の方を見る。何というわけじゃないけど風の性質が変わって気がした。
すると、数瞬前まで何もなかった進路上の海面に濃密な霧が発生していた。
「艦長!!」
「わかってる!! 配置につけ!! 怪しいぞ!!」
見張りが叫ぶと同時に、私も叫ぶ。太鼓が鳴らされ非番の乗組員が配置について、ポケモン達も配置に着く。後ろを行く『黄金のゴーゴート』号にも信号弾で警告して臨戦体制を取らせる。
ふわーっと、霧に飲み込まれる。そして霰粒が降ってくる。
「副長。怪しい。とりあえず、ポケモンを甲板下へ」
どう見ても、霰なんか降ってくる天候でも風でも気温でもない。人為的な物を感じる。人も霰が当たって痛いけど、ポケモンはなぜか霰によるダメージがバカにならない。安全な場所に下げる。
「了解しました」
副長がポケモンを下に下げるように指示を出している。
その間、私は考える。
霧の発生する条件は、気温差。海面温度に対して、気温が急激に下がると空気中の水蒸気が霧になる。現に、霧の中に入ってから気温がぐんぐん下がっていくのが感じられる。赤道付近のアローラ諸島でこの気温は異常だ。とすると、この先に何者かが待ち構えている。
霧の中での戦闘……。
相手もこちらが見えないのなら?
「艦長!! 前方から“だくりゅう”!!」
「舵中央!! 乗り越えろ!!」
副長が叫ぶ。
「馬鹿野郎!! 艦を沈めるつもりか!! 面舵一杯!!」
私の命令は艦内では絶対。操舵手は私の命令に従う。普通は大波がきたら、波に船首を立てるのだけど、どうも怪しいと直感が告げる。艦は急速に右へ旋回を始める。続く『黄金のゴーゴート』号も舵を切り始めた。
「何故!?」
「この波で本艦の進路を固定する気だ。波に突っ込むと両舷から砲火を浴びる!! ターニャ!! 左舷砲戦。合図があり次第、砲撃銃撃。とりあえず左舷に撃って!!」
「りょーかい」
船尾楼で控えていたターニャが、砲甲板へ急ぐ。手空きの乗組員も、一度は避難したポケモンも左舷に群がって攻撃に備える。
「波が来ます!!」
「砲撃用意!!」
“だくりゅう”の技が船腹にヒットする。フレームが軋みをあげるがなんとか持ちこたえるも、船体が波に煽られて急激に傾く。
「取り舵一杯!!」
波に対して舵を左に切る。『血塗れアズマオウ』号は船体が横にスライドするように滑る。
「左舷に船!! 大きい!!」
「撃て!!」
爆音が船体を包む。7発の砲弾と大小数十発の銃弾に、ポケモンのありとあらゆる技が、左舷で船首をこちらに向ける船に吸い込まれる。
「舵戻せ。面舵。波に乗って逃げるよ!!」
あのまま、謎の船と交差するように『血塗れアズマオウ』号と『黄金のゴーゴート』号は霰の降る霧の海域から脱出した。
「ドクターの話だと、死者はいませんが重症者が数人です。ポケモンは霰でだいぶダメージを受けてます。艦体は、銃弾が何発かと、砲弾が1発。船匠が修理中です」
夕方、安全を確認して。艦の状況を調べていた副長が報告に来た。
船乗りたちが好んで連れているポケモンは、大抵力仕事ができる格闘系か、海のポケモン達と対峙できるように電気系のポケモンが多い。その両方とも霰によるダメージは防げない。
「咄嗟の事でしたが、なんとか切り抜けられて良かったです」
「んー。まだ来るな。こちらの手に対して、すかさず反撃してくるような連中だしね」
船尾楼で副長と2人で相談している。
「狙いは、うちらの抱えた荷物だろうね」
私はそう言って後方を見る。重そうな船足で、ひとまず『黄金のゴーゴート』号はついてきている。
「挟み撃ち狙ってくるって事は、2隻以上。船のサイズは……」
「艦長。あの船なんですが……」
掌帆長が見張りを一人伴って船尾楼に上がってきた。
「こいつが見覚えあるってんで、連れてきやした。ほら、艦長に説明しろ」
「はい!! えっと、この艦に乗る前に商船に乗っていたんですが。この海域の海賊に出会った事があるんです」
私は眼を細める。
「えっと、その。その時は軍の護送船団だったのでやり過ごせましたが……、手口が同じでした」
「具体的に?」
「はい。その時確認したのは、4隻のフリゲート艦です。どこかの国に所属している感じはありませんでした。今回と同じように霧が突然現れてそこから姿を現しましたが、その時は軍の戦列艦が追い払いました」
「武装は? ポケモンは? 乗組員は何人くらいだった?」
副長が矢継ぎ早に質問攻めにする。私はそれを制して。
「砲門の数は?」
「24門前後でした」
「わかった。下がっていいよ」
敬礼すると掌帆長と見張りは砲甲板に降りていった。24門前後の大砲を持つ船4隻……。
「私達の8倍近くの大砲を持っているのかあ。普通ならずらかるけど……。今回は荷物が多いしな……」
船尾楼にいる一同で後ろを振り返る。捨てて国に帰るのは採算が合わない。なんとか持って帰りたい。とすると。再度追撃をしてくるであろう4隻から逃れなくてはならない。
「しかし、何一つ島のないこの大洋で、そうやすやすと我々を見つけられますかね?」
海図で一番近い陸地であるアローラ諸島を指差しながら、副長は淡い期待を込めた眼で私を見る。
「見つかるんじゃない? 今回だって、前触れはないよ? 私達の海賊手順は?」
「空から鳥ポケモンで捜索の後、接敵……」
「海で荒事する連中は大抵、空からか海からか見張ってるもんだけど。今回はそんな予兆はなかったよね?」
勿論、私達が見落としていた可能性もあるけど、大抵は気がつくし私達も気がつかれて逃げられた事もある。逆に、私達が気がついて追っ手やライバルから逃げるのは常套手段。という事で、どうしたものかな……。
「ターニャ?」
考えを整理しようと、艦長室に戻ってきた。どうにも腑に落ちない。
何が腑に落ちないかというと、海賊のくせに艦隊を組んでいることと、海賊にしては重武装ということ。艦隊組んで重武装すれば仕事の効率は上がるけど、反対に給金を含めた維持管理費などが私達のような小型艦に比べて跳ね上がること。しょっちゅう大物を襲ってないと採算が合わない。
だけど、採算が合わないからって出港を見送っても意味はない。たとえ乗組員を切り詰めても船の維持費は大きさに乗算されて増えていくわけだし。港に泊めておくだけでもお金はかかる。ならば、的確に大物を狙わないといけない。その為には、艦隊を散開してなおかつ、空海から見張りを立てて、獲物を見つけ次第順次集まって襲う。
「だよね?」
「まあ、通常の手順だね」
本を読みながら、ターニャは私の独り言に答える。
普通、そんな手順を踏んでいたら、事前に獲物も察知する。特に『血塗れアズマオウ』号のような快速船だと、察知した瞬間から逃走にかかっても十分逃げれる。なのに、予兆もなく艦隊が隊列を組んで襲いかかってくる。そして、異常気象。
「これは何かある」
「私は止めないけど、お宝はちゃんと持って帰らないとダメだよ?」
「撃退していい?」
「人を殺せるならいいよ。ただ、骨折り損のなんとやらにならないなら」
勝算は今はないけど。ここで逃げ回ってもお荷物のせいでいずれ追い詰められるわけだし。
「いっちょやったるかね」
「で、どうするのさ?」
「一晩寝て考える」
「悠長だねユリアは。ほんといつも……」
2.血塗れの甲板
翌朝、陽が舷側の窓から差し込む。私は飛び起きると、望遠鏡片手に船尾楼に駆け上がる。
「見張り。付近に漁船はいるか!!」
「はい!! 艦長!! 方位060に!!」
私は望遠鏡をその方向に向ける。そこには、アローラ近海で良く見かける漁船が朝から漁をしていた。
「転舵!! あの漁船の横につけろ」
「はい!! 艦長!!」
操舵手が威勢良く答える。舵輪が周り船の進路が変わる。甲板では、風を捉え直す為にマストの向きを掌帆長が指示している。
「万事快調。よしよし」
「艦長? 朝からなんですこの騒ぎは?」
まだ眠たそうな副長が士官室から上がってくる。
「売られた喧嘩の落とし前をつける為にね。下準備だよ」
「では、いつものように念入りにネチネチとやる気ですか?」
「そうよ? 私に喧嘩売って楽に死なせるわけないでしょ?」
望遠鏡で再び漁船を見る。彼らも急接近してくる2隻の船を見ている。
さて、どう料理してあげようかな?
「船首砲威嚇射撃。射撃後、『停船して両手をあげろ』と指示しろ」
船首の2門の大砲が火を吹く。漁船の近くに派手な水柱が上がって、漁師たちは驚きながらも帆をたたんで両手をあげた。
「副長。漁民をこっちに全員しょっ引いてきて」
船尾楼から、こっちの船縁を見上げる漁民を指差して副長に指示を出す。
「ターニャ? 準備は?」
艦長室の天窓を開けて室内で待機しているターニャに声をかける。
「とっくに。すぐ行く」
「あいよ」
その間、手荒に連行された漁民達の目には敵意と恐怖が見え隠れしている。
私は、漁民達を横一列に並ばせる。1人1人顔を覗き込んで表情を読み取る。8人の漁民達は覗きこまれるたびにぎょっとした顔をしつつも、精一杯の抵抗か敵意をあらわにした表情を作る。私はそれを笑顔で返して、全員覗き終わったところで8人の前に立つ。
「さて、お聞きしたいことが幾つかあるんですけど? 船長さんはどちらかしら?」
船長は誰かは見抜いているけど、これはじわじわと追い込む作業。ま、他の7人に顔色伺われてる小柄の男が船長だろうね。
「……。俺だ」
予想通り。
「そう? じゃあ、早速質問。返事しなかったり、こっちが満足しなかったら殺すから」
「ちょっと待て、そう言われる……」
「死ぬ? 答える?」
「答えたら、船に返してくれるのなら答えられる事は答えよう」
少し考える仕草をする。もちろん演技ね。
「考えておいてあげる。じゃあ、早速。この辺を根城にしている海賊がいるみたいだけど? 知っている?」
船長の目が少し曇る。残りの7人は船長の様子を見守っている。
「……、ああ。大物狙いで有名な奴がいると聞いている」
「ふーん? 戦力は詳しく知らないよね?」
「我々は漁民だぞ? そんな事聞かれても」
「ターニャ。端の男の指」
後ろに控えていたターニャがすっと、指定した男に近づくと指を切り落とす。男は悲鳴をあげてのたうち回る。
「戦力は?」
「……知らない」
船長は脂汗をかいている。本当に知らないなら、慌てふためいて必死に許しを請うはず。そうしないのなら、何かしらは知っている。
「ターニャ。右腕」
ターニャは慣れた手つきで、指を切られた男の右腕を落とす。男は悲鳴も上げずに、痛みと戦い始めた。出血を少なく、痛みを最大限に。拷問はこうでないといけない。
「戦力くらいは知っているでしょ? 同じ海域で仕事しているんだから?」
「知らない!!」
「ふーん? じゃあ、知ってそうな所から聞こうかな?」
私はわざと背を向ける。
「あの霧はなんなのかしらね? 霰も降ってくるし?」
「俺は……」
「知っている!!」
急に振り返って船長に詰め寄る。船長は怒りのこもった目で私を見つめ返す。やっぱり何か知っている。
「霧の原因は? あの霰は何!?」
船長の耳元で怒鳴り声をあげる。
「ターニャ!! 四肢はいらないから残りの3本も!!」
「ん」
哀れな男は切り刻まれていく。
残りの6人は恐怖の表情を浮かべ、船長を見つめる。
「霰が降るくらい気温が下がるから、霧が発生する。船乗りなら常識。でもここは、極洋じゃない。そんな寒さとは無縁の、常夏の島々と太陽の海域? わかる? あなたは知っている? 次はないわよ?」
次の獲物を指差す。ターニャはナイフ片手に待機する。うちの船員達もその男を囲む。
「さて、霰の原因は? その海賊の戦力は? 知らないとは言えないよね? その顔は知っている顔だもんね?」
船長に優しく微笑みかける。
船長の目は甲板で血を垂れ流しながら、苦悶の表情を浮かべる男に注がれる。
「霰の原因は、アローラに稀にいるキュウコンだ」
「キュウコン?」
「ああ、奴らの中には極稀に霰を降らせ天気を変える奴がいる」
なるほど、キュウコンと言えば炎系だけど? ここじゃ、何かが違うみたいね。常識とは違うこともあるということかしら?
「で? そのキュウコンを連れた海賊は、どんな戦力を持っているのかしら?」
「……。フリゲート艦4隻。乗組員達は、水と氷のポケモンの使い手ぞろいだ」
「なる……」
私は大きく頷いてみせる。
「ついでにも一つ質問。海賊の索敵担当はいるのかしら?」
「知らない」
船長の目が一瞬泳ぐ。
「結構。ターニャ、次」
次の男の指が切り落とされる。
「知ってるでしょ? あなたも、あなたの船員達も? だって、あなた達漁民が索敵担当でしょ?」
「何を根拠に……」
「根拠? 索敵の基本ね。等間隔で並んで連絡を取り合う。ここの海域の漁師達は、散開して漁をする。で? 風向きに関係なく、帆が変な角度で張られていたりする。つまり?」
船長の瞳を覗き込む。
「つまりね、等間隔で広範囲の視界を確保して、帆の張り方や向きで連絡を取り合っている」
「なぜ、私達が海賊なんかの手伝いをしないといけないのだ?」
「……。ま、漁をしている邪魔をしないとか。強制徴募を免除してもらうとか? 上納金の免除とか? そんなもんでしょ?」
私は腰の剣を抜く。
「……」
「正解? みたいね。よし!! こいつらを切り刻んで船に戻すよ!!」
「待て!! 約束が……」
「違う? 何が違うの? 約束を交わした覚えはないよ? 考えてみたけど、約束に値しないから殺すね」
それだけ言うと、剣を横にはらって船長の両脚を切断する。そして、右手左手。耳。鼻。目。最後は首。私の周りでも、残りの男達が切り刻まれて、ミンチになっていた。
「副長。船に戻して」
「宣戦布告ですね?」
「喧嘩売ったことを後悔させてあげる」
3.Murder's Sunshine
それから数日。私達は漁船という漁船を片っ端から拿捕しては、漁民を殺して回った。
等間隔で漁をしているおかげで、探す手間が省けて大量だった。ついでに漁民の金品も奪って一石二鳥。海賊稼業様々。
「今日、何隻目?」
「15隻目ですね。日の入りも近いので、漁民も逃げ去って行きましたね」
副長が帳簿を片手に答える。拿捕した船の船名、殺した数、奪った物などが記載されている。
「そろそろこの海域の索敵網に穴ができるから、連中も本腰上げてくるだろうね」
「動きますか?」
「そろそろ支度するかね……。『黄金のゴーゴート』号を呼び寄せて。夜中の間に準備するよ」
「了解」
朝。相変わらず朝日ですら刺すような陽の光が窓から入ってくる。
私はハンモックから起きる。
すでに、ターニャが起きていて、お茶を用意してくれていた。
「ありがとう」
お茶を飲みながら、ターニャが髪を梳いてくれるのに身を任す。
「徹夜お疲れ。首尾はどう?」
「バッチリかな? とりあえず、誘いに乗ってくれればいいけど。風が変わると全てが無駄になるから、その前に来てくれるといいな」
身繕いを済ませて、簡単な朝食を摂り。愛剣とライフル銃を手に船尾楼へ上がる。
「副長!!」
「来ましたよ!! 艦長の予想通り、朝日の方向から1隻、後方からもう1隻」
副長が嬉々として報告してくる。
ひゅー!! という音と共に、朝日の方向の船から信号弾が上がる。
「仲間を呼んでる。じゃあ、あの2隻を吹き飛ばしますかね?」
「了解!! 総員戦闘配置!! 総帆を張れ!!」
太鼓が鳴り響く。あらかじめ待機していたせいか、乗組員もポケモンもすぐに飛び出すと配置に着く。
「曳き綱切れー!!」
掌帆長が号令すると、船尾に結んであったロープが切れる。ロープの先には『黄金のゴーゴート』号。
「取り舵!! ずらかるよ!!」
操舵手に命令する。『血塗れアズマオウ』号は快足を生かして、2隻の海賊船と『黄金のゴーゴート』号を置き去りに逃走を計る。
2隻の海賊船は『血塗れアズマオウ』号に追いつけないと見るや、財宝船の方に目標を変え飛びついていく。そして、信号弾を打ち上げる。多分、私達の進む水平線のその先でもう2隻が網を張っているのだろう。
「『黄金のゴーゴート』号挟まれました!!」
見張りが叫ぶ。
「餌に食いついたな」
副長が余裕たっぷりに頷く。一晩かけて用意したのは『黄金のゴーゴート』号の財宝を『血塗れアズマオウ』号に移して。ありったけの火薬と重量物を『黄金のゴーゴート』号に移す作業。今は無人の『黄金のゴーゴート』号の船倉ハッチを開けると。
轟音と共に、『黄金のゴーゴート』号は跡形もなく吹き飛び、船内に計算して並べた砲弾や、様々な重量物が2隻の海賊船を削り取る。
「チャオ!! 素敵な花火をありがとう!!」
後方に向かって叫ぶ。あの2隻が助かる術はない。
さて、お次は本命の狐の乗った船。血で染めてあげる。
「水平線に靄が!!奴らです!!」
「同じ手は使ってこない、今度は舵を切るな!! 奴ら縦列で突っ込んでくるはず。横っ腹見せたら舷側ぶち抜かれるよ!! 突っ込んできたら舷側こすりながら両方に接舷斬り込みと行くからね」
操舵手と副長に指示を出す。
「はい!! 艦長!!」
「短期決戦。勢いで圧倒する。ポケモンの体力消耗が激しいから、指示役はポケモンに船内突入を優先させて」
砲甲板で待機する乗組員に作戦を説明する。作戦といっても斬り込むだけだけどね。
「斬り込み隊はポケモンの突入口の確保。ポケモンが出てきたら、一度引いて笛を鳴らすこと。笛がなったら、砲手はブドウ弾を相手の甲板にぶっ放して」
火薬はもうほとんどない。大砲はあと数発づつしか打てない。船体破壊より殺傷優先の小型の砲弾がカートリッジに詰められているブドウ弾の雨で、相手の乗組員とポケモンを殺してしまおうという訳。で、先行してくる船は掌帆長の一団が制圧。続く多分旗艦と思われる船は水夫長一団で制圧する。人数的に絶対不利なので、相手が手を打てないうちに制圧する。
全速で霧に向かって突撃していく。霧の向こう側はわからないけど、多分僚船2隻が消し飛んだ驚きに満ちた状態の連中がいるだろう。それにおまけして、もう一つドッキリを用意してあるんだな。混乱の極致でむなしく死んでね。
それじゃあ、お次は刺客を放つとしますか。
「行くよ」
私は船尾楼に待機する3人に合図する。1人はターニャ。あとの2人は、暗殺専門の傭兵。
私を含め4人は、それぞれ鳥ポケモンに乗ると大空へ飛び上がる。
一団は、全速で霧に突っ込んでいく。するとすぐに、先頭のマストの先端が見えた。私が手を振ると暗殺者2名はマストへ飛び移る。背後に悲鳴を聞きながら私とターニャは、その船の後方にいるはずの旗艦を目指す。
ちょっと飛ぶと、すぐにマストの先端が見えた。霰の礫が痛いけどそれを無視してマストへ飛び移る。私を乗せていたサラは霰のダメージを避けるために上空へ消えていった。隣のマストで悲鳴が上がる。多分ターニャが早速仕事をしたのだろう。私も負けてられない。
見張り台に飛び移ると、その場にいた2人の見張りの首にナイフを突き刺す。そのまま首を切り落として、甲板へ落とす。甲板は霧のせいでよく見えないけど、驚きの声とともに。
「敵襲だマストに登れ!!」
と、引きつった叫び声が聞こえた。
「今更遅いけどね」
私は、マストと帆桁を結ぶロープを切る。支えを失った帆桁は甲板に落下して、さらなる悲鳴が上がる。
「よしよし」
私はロープを伝ってターニャが降りたマストとは逆側のマストに移る。そこでも、見張りを音もなく殺して首だけ下に落とす。あとは帆桁をこちらも切り落として、船の行き脚を止める。
「ひゃっほー!!」
そのまま滑車につながれたロープを切って、ロープの切れ端を握ると甲板まで一気に降りる。
甲板上は落ちてきた帆桁が舷側や大砲を破壊していた。もちろん、ついでに不幸な人間やポケモンが下敷きになっていたりしていた。そんな風景を一瞥すると、私は船尾楼めがけて駆け出す。ターニャも船尾楼に向かっているはず。とりあえず、出会う人間は殺してポケモンは殺せるのは殺して、殺せないのは与えられるだけのダメージを与えて突き進む。
甲板上は、霧でよく見えない上に、何人侵入したのかもわからない有様。あちこちで同士討ちも始まった。ただねえ、同士討ちが始まると、流れ弾がとんでもないところから飛んでくるから嫌なんだよね……。とか思いながらも、5人目の人間の首を撥ねたところで剣が折れてしまった。よく切れるからお気に入りだったんだけどな……。と思いながら、視界に入ったトドゼルガに剣を投げる。ちょうど口をおきく開けて、技を出そうとしていたところだったから喉に突き刺さって、その勢いで脊椎を切ったみたい。トドゼルガが甲板上で死のダンスを始める。巨体に何人かが潰されて、さらに悲鳴が上がる。
「さてと……。気持ちを入れ替えて」
腰から2本目の剣を抜く。こちらは陸戦用の作りのしっかりしたやつ。折れる事はないし、重たいだけあって、切れ味が落ちても鈍器として使える。さらに、落ちていた手斧も拾って船尾楼に向かう。
ふっと、背後に風を感じてしゃがむ。直後に私の首のあった場所を船乗りがよく用いる細身の剣が音もなく通り過ぎる。振り向いて斬りかかる暇はない、そのままバックステップで剣の持ち主の顎に頭突きを食らわす。怯んで2〜3歩下がったところに、拾った手斧を投げて頭を二つに割る。
ただ、ゆっくり手斧を回収する暇はなかった。また背後に気配がしたけど、今度は避けるのも斬り結ぶのも間に合わない。
次の瞬間、血しぶきが降ってきた。
「油断しすぎ」
「ごめんターニャ」
「まだ謝ることがある」
「艦長服の洗濯お願いします……」
お互いに背中を預けながら、徐々に船尾楼に向かう。敵もこっちが少人数だと理解してきたみたいで、私たちに群れてきた。
「モテるねうちら」
「むさ苦しい男は嫌い」
「同感」
で、そろそろ私達も危うい感じ? いいかげん、斬り込み隊が乗り込んできてほしいんだけどなあ? 副長は上手くやっているのかな?
なんて事を考えつつも、1人2人と血祭りに上げていく。
『ヒュー!!』
霧の中から笛の音が聞こえた。私とターニャは咄嗟に伏せる。
轟音と共にブドウ弾が船上を引き裂く。船上で立ち上がっていた者は、上半身を無数の弾丸が引き裂きミンチになっている。
「酒、池、肉、林、って感じ?」
「ユリア。意味が違う」
油断なく身を起こすと、手近で虫の息の人間とポケモンを楽にさせてあげる。そうこうしているうちに、船がぶつかる衝撃が伝わってきて水夫長たち一団が乗り込んできたみたいで、甲板上で人とポケモンの上げる雄叫びの数が増した。
私とターニャは後ろを見ることなく、船尾楼を駆け上がる。
霧に霞んでいるけど、船尾楼にはこの船の船長や高級士官たちが抜刀して待ち構えているのが見えた。そして、その最奥に私の知るキュウコンとは違った毛並みのキュウコンがいた。色はうっすらと青く、何も知らなければ色違いのキュウコンにしか見えない。
「綺麗……。欲しいなあ」
「ユリア……」
後ろから殺気が……。いけないいけない。目的を忘れるところだった。切り掛かってくる一団を丁寧に一人づつ殺していく。ポケモン達も襲ってくるけど、回し蹴りして砲甲板へ突き落とす。後は砲甲板の水夫長達が処分してくれるだろう。
「さて、船長さん? 私達を『血塗れアズマオウ』号と知っての所業かしら?」
「知らずにやったかと思ってるのかい? お嬢ちゃん?」
舵輪の側で剣を片手に船長は不敵に笑う。
「だったら、最後くらいは覚悟してたでしょうね?」
私は血の滴る剣を船長の喉元に向ける。後ろでは、油断なくターニャが投げナイフを構えている。
「ふん!! 小娘共と思って油断したのは認めよう。だが、負け通しというのは性に合わないんでな。ここで道連れに死んでもらう!!」
船長が懐から火種の容器と、ランタンの油を取り出して甲板に叩きつける。
「業火に飲まれて死ぬがいい!!」
「遠慮しておくよ」
船尾楼で火の手が上がる。私とターニャ、船長とキュウコン以外は手出しができなくなってしまった。
私は血塗れの剣で船長の胴を薙ぎはらう。船長は真正面から剣で受け止める。血と脂で私の剣は滑ってしまい、なかなか船長を攻めきれない。ターニャが助け舟を出そうとしているけど、キュウコンの攻撃に阻まれて動きが取れないみたい。困ったな?
「どうした、小娘!! 早くしないと下の船長室に火が広がって、火薬が爆発するぞ? 急だったから船尾楼くらいしか吹き飛ばせないが、お前が道連れなら大戦果だ!! ハハハハハ!!」
「あー、それならご心配なく」
「なんだと?」
「随分と舐められたもんだね私も……。仕方ない」
私はもう一度船長の間合いに飛び込んで切り結ぶ。
「じゃあ、さようなら」
互いに切り結んでいるのに夢中になっているように見せかけて、足元にマスケット銃の弾を転がしておいた。そこで船長の足を払う。転ばないように、船長が踏ん張ったところで私は短銃を取り出すと、眉間に当てて引き金を引く。船長の脳の中身が甲板に飛び散る。その中身も炎に焼かれて一瞬で火葬される。
「ユリア。逃げる!!」
ターニャに呼ばれて船尾楼から砲甲板へ跳躍する。着地の瞬間に振り返ると、よくあんな場所で戦っていたなと思うほどの大火災になっていた。その紅蓮の炎の先にキュウコンは静かに座っていた。
「みんな伏せろ!!」
私が叫ぶと、敵味方問わず伏せる。
船尾楼が直後に大爆発を起こして消し飛ぶ。そして、霰の元凶が死んだせいか急速に空が晴れわたり、南洋の陽気で刺すような陽の光があたりを覆う。
「後片付けだ。全部処分しな!!」
私は叫ぶと剣を片手に殺戮を楽しむ。
血塗れの甲板を掃除しながら、拿捕した船を引き連れて帰路につく。
4隻の海賊船の旗艦は使いものにならなくなってしまい、2隻は爆破してしまったけど。都合良く1隻残った。敵のいなくなった海の上で、血の染み付いた甲板を掃除する。その横では、『血塗れアズマオウ』号から財宝がこの船の船倉にしまわれていく。
「いい天気すぎるね」
「血がすぐ乾いてなかなか落ちない」
ブラシをかける私の横で水をまくターニャが愚痴を言う。
「ま、また嵐の海を越えて帰らないといけないんだから。太陽をしっかり拝んでおこう」
「洗濯物も乾くしね」
少し刺々しい言い方をされたけど、気のせいってことで。帰りも、美味しい獲物が転がってないかな?
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。