服というものは使っているとどうにもボロくなるものでありまして、私は三月にいっぺん、服を繕いに人里へ降りるのであります。
真っ暗な月のない夜。私はねぐらから立ち上がり、人里へ向けて歩き出しました。
そこで出会ったのは友人のコソクムシ君です。
「やあどうしたんだミミッキュ君。こんな月のない夜に」
「やあコソクムシ君。そろそろ私の服も擦り切れて中身が見えそうだろう?人里へ服を繕いに行くのさ。」
「君のような寂しがり屋が一匹で人里へ行くとは、心もとない。僕もついていこう。」
「君のような臆病者に言われるとは心外だか、それも面白そうだ。一緒に行こう。」
そうして、私は友人のコソクムシ君と二匹で人里へやってまいりました。
まず私が立ち寄ったのは布屋であります。ここの主人は私がたまに布をもらいにやってくることを承知していますので、月のない夜には窓の鍵を開けて、あんばいのよさそうな布を部屋の隅の木箱に入れてとっておいてくれるのであります。
「ほう。これは君の目指すところのピカチュウの服を繕うのにちょうどよさそうじゃないか。」
「そうだろう。どうしてここの主人は私の好みをよく存じているのだよ。」
「それではこれをいただいて、早速服を繕おうじゃかいか。」
「まあ待て。君はどうにもせっかちでよろしくない。ここに紙とスタンプ台があるだろう。私の手形をこの紙に押しておいてゆくのだ。」
「ミミッキュ君。どうしてまたそんなに面倒なことをするんだい。せっかくの布が汚れてしまうかもしれないじゃないか。」
「コソクムシ君。元来私は人間と仲良くしたいと思っている。人の間では何かをいただいたらこのように印を残すことになっているのだ。私もそれに倣って、人間に理解のあるポケモンだと思われたいのだよ。」
「なるほどわかった。それじゃあ僕も印を残すとしよう。日頃友人がお世話になっているのだから僕も印を残すのが道理だろう。」
そうして私は手に墨をつけて手形を押しました、
コソクムシ君はスタンプ台の上に体を押し付けると、紙の上に飛び乗ります。
見事な手形と魚拓――この場合虫拓だろうか――が出来上がったので、私たちは満足して布屋を後にしました。
次にやってきたのは井戸であります。
「ミミッキュ君。ここで何をするというんだい。」
「コソクムシ君。私はここまで歩くとどうしようもなく喉が乾くんだ。だからここの井戸の水をほんの少しいただくのだよ。とてもおいしい水だから君もいただいてはどうだろう。」
「残念だが、僕は真水が苦手だから、そこに実っている木の実をいただこう。」
「それは迂闊なことを言ってしまってすまなかった。その木の実は熟れて水気も多そうだ。――ああ、なんておいしい水なんだ。いいかいコソクムシ君。いただいたらお礼をするのが決まりなのだ。私はいつもこのゴーストZを井戸の桶の中に置いて行くのだよ。」
「ミミッキュ君、僕も木の実をいただいたのだからお礼をせねばなるまいね。どれ、君がいつもお世話になっている井戸だもの。友人の僕も何か残していこう。」
そうして私は闇色に輝くゴーストZを懐から取り出し桶の中に投げ入れます。
コソクムシ君も蛇腹になっている腹の隙間からぽろりと真珠を落とします。
そうして満足した私たちは井戸を後にしました。
最後にやってきたのは一軒の民家であります。この家の主人もやはり私がやってくることを承知しているのか、いつも決まって月のない夜には窓の鍵をこっそり外してくれているのです。
キイイ――……。
お邪魔いたします。
コソコソコソ、カサカサカサ……。
もう真夜中の時分ですから足音を潜めて縫い物部屋へ入ります。
「さあ、早速繕おう。」
「ミミッキュ君。君は手で布を縫おうとしているね。ここにミシンというものがあるじゃないか。僕は君が裁縫について堪能で、知識も豊富なことを知っているぞ。僕は少しだが知っていて、これは人間の作った機械なのだが、これがあればそれは早くそして綺麗に布を縫えるというじゃないか。それを知っていて君は使わないのかい。」
「コソクムシ君。私は手縫いの味わいと温かさと言うものを好んでいてね、確かにミシンは早く綺麗に縫えるが、私はこの手で縫った服が好きなのだ。それにだよ、この真夜中の時分、ミシンの音がしては寝耳にうるさくてかなわんだろう。だから私は静かで味わいのある手縫いで作っているのだ。」
「なるほどわかった。こいつを使えば君の服ももう少し長持ちするだろうかと思ったが、君がそこまでこだわっているならば何も言うまい。」
「では私はこれから服を繕うから、君は廊下で待っていてくれたまえ。いくら友達の君でも私の中身を見られてしまっては、私も何をしてしまうかわからないからね。」
「あいわかった。全く物騒な男だよ。では僕は廊下で待つとしよう。」
そうしてコソクムシ君が廊下に出たのを見て、私はボロくなった服を床に脱ぎ落します。
今日のような闇夜でなければ、月明かりが私の中身を明るく照らし、誰かに見られてしまうかもしれませんが、そのような心配はありません。
ショキ、ショキ、ショキ……。
――まだなのかい?
――まだ布を切ったばかりさ。
ちくちく、ちくちく、ちくちく……。
――まだなのかい?
――まだ頭を縫っているところさ。
――ごそごそ、ごそごそ、ごそごそ……。
――まだなのかい?
――今、頭に綿を詰めているところさ。
愛らしい目玉、笑顔を浮かべた口は黒マジックをお借りします。
思わず触れてしまいたくなるような真っ赤なほっぺたを赤いマジックでかいて……。
――さあ、できあがり!
「どうだい、私の新しい一張羅は。」
「ややあ。その大きな頭に丸い目は、この闇夜でもはっきりわかるくらい大きくて素敵じゃないか。君は裁縫の達人だね。これできっと、君が願うところの、人間の友達もできるだろう。」
「ああ、私もそんな未来が見えた気がするよ。」
「よし、それでは森へ帰ろう。そろそろ夜明けも近いだろう。」
「待ちたまえコソクムシ君。君はいつもそう、危険を察知すると行動が早い。私はいつも裁縫部屋をお借りしたお礼に、部屋の掃除をしていくのだ。この家は子供が大勢いて掃除の手が回っていないようだからね。」
「なるほど恩返しというやつか。どこまでも義理堅い男だよ、君は。どれ、いつも友人がお世話になっているご家族だ。僕も手伝うとしよう。」
私は古い服を水で濡らし固く絞ると、床を丁寧に拭いていきます。
――キュッキュ、キュッキュ、キュッキュッキュ……
「ああ、だめだよ、そんなんじゃあ。まったく君は、掃除と言うものをわかっていない。」
私が床を吹いていると、コソクムシ君がすっくと立ちあがります。
すると、コソクムシ君は目にも止まらぬ速さで部屋中を駆け抜けます。
私はいつも不思議なのですが、コソクムシ君がこう、ものすごい速さで走り回ったあとはピカピカきれいなのです。
「僕が床を磨くから、君は窓を拭いてくれ。」
「あいわかった。床は掃除屋の君に任せよう。」
――キュッキュ、キュッキュ……
――ウイイイイイイイイイイイン!
――キュッキュ、キュッキュ……
――ウイイイイイイイイイイイイイイイン!!
そうして、あ――っという間。
部屋中どころか、家中の隅々がピッカピカ。
床も窓も鏡のようにピッカピカ。
「ややあ。さすが君は、掃除の達人だねえ。これはこの家の主も大喜びだろう。」
「そういう君は、恩返しの達人だねえ。」
「ピッカピカで、気持ちがいいねえ。」
「ピッカピカは、気持ちがいいねえ。」
そうして、ピッカピッカの笑顔になった私たちは、親切な家を後に、森へ帰ります。
ねぐらに着く頃には、ちょうど爽やかな朝日が私達を照らします。
「ああ、やっぱり君のピカチュウの服はいい。どんな人間だって君と友達になりたくなるさ。」
大きなあくびをして、コソクムシ君はカサカサと自分のねぐらに帰っていきました。
ああ――コソクムシ君。
どんなにたくさんの人間と友達になれたって、私の一番の友達は君だから。
今度は君の姿をした服を繕うことにしよう。
それで君と一緒にピッカピカになれるなら、それ以上の喜びはないだろう。
君の背中をどこまでもどこまでも見送って、見えなくなった頃。私も眠りにつくのでありました。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。