みんな僕を嫌う。不気味だ、怖い、僕を見ると呪われる……僕なんて、いない方がいいんだ。
だから僕は闇に紛れてひっそりと暮らす。
生きているか死んでいるかも曖昧で、いつからここにいるのかさえ思い出せない。
寂れたお店のすみっこで、僕は今日も眠る。
何も考えたくない。
視線を感じて目が覚めた。
目の前に、何かがいる。
――こんなところでなにしてるの?
――べつに、なにも
彼は雨宿りさせてほしいと言った。
そういえば、外から雨の音が聞こえる。ここから出たことがない僕には関係ないけれど。
そんなの、僕に聞く必要なんてない。勝手にすればいい。
そう言ったら彼は、そっか、とだけ言って、僕の隣に腰を下ろした。
僕が怖くないの、そう聞こうとしたけれど、そういえば真っ暗なんだからお互い姿は見えていないんだ。それに、聞かなくたって答えは分かっているんだから。
しばらくすると寝息が聞こえてきて、僕も目を閉じた。
誰かがそばにいるなんて初めてなのに、いつもよりもずっと心地よかった。
翌朝、目が覚めたら彼はいなくなっていた。
それが何故だか悲しくて。
もう一度会いたいと、思った。
彼との再会は、意外に早く訪れた。
――あれ、いないのかな
お店の扉を開け、見えた姿、聞こえた声にびくりと反応する。思わず木箱の影に隠れて、彼の方をちらりと見る。
鮮やかな黄色の体。
真っ赤なほっぺ。
尖った耳。
僕とは正反対の、まぶしいひかり。
見惚れている内に、彼はお店を出ていってしまった。
彼と話がしたい。彼に僕を見てほしい。そのひかりで、僕を照らしてほしい。
でも、真っ黒で、汚くて、不気味な僕を見たら、きっと彼だって……。
ふと、床に落ちた布切れを見つけた。
彼とは似ても似つかないくすんだ黄色の布。でも、そうだ、これがあれば……。
落ちていたハサミ、腐り落ちた木の実のトゲ、糸は布をすこし解して。
切って、縫って、赤いほっぺは僕の力で布に浮き上がらせて。
くすんだ黄色と赤、先端が歪な耳。
でも僕自身よりは、ずっとマシだ。
――それ、僕?
再び会った彼と、夕日に照らされ相対する。
久しぶりの外は、秋の風が吹いていて、布きれのはしっこがぱたぱたと揺れる。
――上手だね
――君に、会いたくて
――そっか
彼は頭を撫でてくれた。そこには何もないのだけれど、彼が撫でてくれたという事実の方が重要だ。
偽りの姿でもいい。
彼に見てもらえるのなら。
ふと、彼の耳の付け根に目がいく。この間は気付かなかったけれど、そこにはボロボロの小さな青い布が巻き付いていた。
――しばらく、ここにいてもいいかい?
行くところがないんだ、そう言って彼はちいさく笑った。
彼の主人は随分前に事故にあって、今も意識不明らしい。主人には身寄りがいなくて、たった一匹の手持ちだった彼は野に離された。というよりは。
――主人はモンスターボールを持っていなくてね。僕は正式には彼の手持ちじゃないから、そばにいることすら許されないんだ
肩を落とす彼にそっと寄り添う。
――主人にはコセキっていうものが無いから、メンキョを作れなかったんだ
彼が耳の付け根に手を伸ばす。
――この飾りは主人が縫ってくれたんだ。僕が主人の相棒である証だって
それっきり、彼が主人のことを話すことはなかったのだけれど。
雪が降り始めたある日、彼はぽつりと言った。
――やっぱり、寂しいよ
ぱちりと静電気がはぜる。
――僕だって、独りだったんだ
バチバチとひかりが弾ける。
――置いていかないで……
悲しげな表情に、思わず手が伸びていた。
そのひかりに触れた瞬間、激しい頭痛に襲われる。
独りで膝を抱える少年。
その体は痩せ細り、傷だらけで。
いつの間にかそばにいたのは、小さなピチュー。
木の実を分けてくれた。
雨風を凌げる場所を教えてくれた。
ずっと一緒にいてくれた。
ピカチュウに進化した時、僕は自分の服の切れ端で作った耳飾りを送った。
同じ色。
それだけが、君と僕を繋ぐ目に見える証。
街の雑踏の中、踏み出した一歩。轟音。
気付いた時には目の前に大型トラックが迫ってきていて。
その瞬間、僕は腕の中にいた相棒を歩道に放り投げた。
そうだ、僕は。
布きれを脱ぎ捨てる。
彼のまばゆい光に照らされて、体が溶けてゆく。
彼が、涙をこぼした。
誰にも愛されなかった僕のそばに居てくれた、大切な相棒。
「ありがとう……迎えに来てくれたんだね」
長い、長い夢を見ていた。
目を覚ました時、胸の上には僕のピカチュウが居て、傍らにはくすんだ黄色の布きれが落ちていた。
「ぴか、ぴかちゅっ……!」
僕に手を伸ばす相棒を抱き寄せる。
独りにして、ごめんね。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。