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「咲く色に翼は染まる」(作者:上條さん)


「お前に、見送ってほしいんだ」

 愛しい彼がそう笑うから、わたしは頷くしかなかった。





 人の手が最小限にしか入っていない花園で、翼を藤紫に染めて。途端に、心身に満ちるチカラが変わるのを感じた。はじめての変化に戸惑いを隠せなかっただろうわたしを見て、あなたは、綺麗だねと言った。それまでの薄紅色の姿のときにもらっていた「可愛い」という言葉とは違う鮮やかさの声色に、本当は飛び上がって喜びたかったのだけれど、今の姿には合わないからと必死で我慢したものだ。

 新たに手にした霊力は、超能力ほど万能ではなかったけれど、でも、だからこそわたしは彼の願いを叶えられるようになったのだ。



 それからは、鍛錬に明け暮れる毎日が始まった。新たな姿の新たな舞は、直ぐさましっくりと馴染んだけれど。もっと洗練させて、もっと可憐に、もっと優雅に。もっと、もっと、あなたに喜ばれるように。

 今はもう無くなってしまった、わたしの生まれ故郷。それを模した庭は、元は彼の母が、彼のために用意したものらしい。彼が寝床の中から、彼の目を楽しませるように。彼を慰められるように。

 その中心で研鑽を積むわたしを、彼はいつも見守ってくれた。穏やかな笑みを浮かべながら、傍らにいるエルレイドに支えられながら。



 その日の鍛錬を終えて、彼の待つ寝室へと戻ろうとする廊下、その途中。

「イロハ」

 彼がくれた名前を口にするのは、けれど彼ではない。

「……軽々しく呼ばないでくれる」

 このエルレイド、シルヴィオは、サイコパワーで彼の手伝いをするために連れてこられたポケモン。つまりそれは、かつてのわたしの役割だ。

 嗚呼、憎らしい。妬ましい。本当なら、ずっとわたしがおそばにいたのに。彼の不自由な半身の代わりに、わたしがいたのに。

 今のお役目と両立できないのは、重々わかっている。それでも、嗚呼、恨めしい。

「最近やたらと、野生のゴーストタイプが庭に入り込んでいる。何か知らないか」

「そうだったの……さあ、なんででしょうね」

 惚けてはみたが、当然気付いている。そして、目の前のエルレイドも、それに気付いている。わたしが庭に蔓延る招かれざる客を、敢えて知らぬふりをしていることを。けれど、わかっていない。理解していない。何故、そのようなことを許しているのかを。だからわざわざ聞きに来たのだ。

「俺は相性が悪い。お前にも手伝ってもらうぞ」

「わたしはわたしのお役目で忙しいですから……」

「掻っ攫われるわけにはいかないだろ」

 嗚呼、なんだ。そんなこと、

「言われるまでもない」

 そう吐き捨てて、寝所へと向かう。これ以上話すことはない。シルヴィオも、無駄だと悟ったのか、呼び止めることはなかった。奴が事態に気が付くのは、思ったよりも早いかもしれない。止められる筈も、ないけれど。



 日に日に弱っていく彼は、けれどいつだって優しく微笑んでいる。美しいねと囁いてくれる。透き通ってしまいそうな彼の魂のほうが、よほど美しい色をしているのに。

 わたしは鍛錬を続けた。重苦しい曇天の夜も、満点の星空の夜も。彼は、体に悪いからと止めるエルレイドに少しだけ、と言って、毎夜わたしを見守ってくれた。ちら、と目をやれば、力無く、それでも彼は笑みを浮かべている。

 愛おしかった。わたしのものだと、強く、強く想った。



 そんな、影が犇めき合う夜を幾度も、幾度も重ねて。そして訪れた運命の日。星がとても、とても綺麗な、新月の夜。あなたにお役目をもらった、一年前の今日。この日にしようと、ずっと決めていた。

 彼は今夜も、わたしを見下ろしている。その表情はどこか穏やかで、きっと彼もわかってくれているのだと、思った。

 藤紫の舞に惹かれて、夜空には無数の影が集っていた。底冷えの夜が、また一段と寒く感じられる。今日は一段と数が多い。それでいい。それがいい。

 わたしは構わず、舞い続ける。見送りの舞を。約束の舞を。

 重苦しくなる空気を感じるたび、わたしの心は歓喜に打ち震えた。この甘美な優越感、そのためにわたしは、彼を他のゴーストタイプたちに、そう、見せびらかしていた。疎ましそうにわたしを見る、あいつらの顔と言ったら! 外敵から守られる彼に、下賤な輩は手を出せない。彼はわたしのものだから。わたしだけのものだから。


 霊力を強めていく。頭の中に、あの日の声がリフレインする。

「お前に見送ってほしいんだ」

 優しい声音。柔らかな笑み。撫でてくれる指先。忘れない。忘れない。

 嗚呼、やっと。やっと、叶えられる。


 ざわめき蠢く影たちをせせら笑い、舞い続ける。鎮魂の舞を。葬送の舞を。

 わたしの、そして周囲の様子がおかしいことに気が付いたのだろう。シルヴィオが駆け寄ってくるけれど、もう遅かった。

 霊魂を引き寄せる舞に乗せて、わたしの持つ最大の霊力を放つ。約束を守るため。愛しい彼との、掛け替えのない約束を果たすため。


 視界の端で彼が崩折れ、倒れ込むのが見えた。





 嗚呼、愛おしい人。

「わたしが、送り出してあげますね」


 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。