ミミッキュというポケモンがいる。
ピカチュウの布を被っていて、その理由は大きく分けてふたつ。
ひとつ。彼らは光に非常に弱く、日光を浴びて傷付くのを防ぐため。
そしてもうひとつの理由は、人間と仲良くするため。
光に弱い中身は恐ろしい姿で、見た者は病気になるとか、呪われるとか言われている。それらを理由に人はミミッキュを避けるが、ミミッキュ自身はそれを避けたいらしい。
それはなぜか。彼らはとても寂しがりやで、人間と仲良くなりたいと考えている。だから人気者のピカチュウの皮を被っているのだ――。
馬鹿馬鹿しい。俺はぼけっと見ていたテレビを消した。大部屋の癖に俺以外誰もいない病室は静かで、ベッドに寝そべっていた体を起こして伸びをする。窓からは午後の日差しが差し込んでいる。この時間帯のテレビはつまらない番組ばかりだ。
売店でも行くかと、スリッパを履いて病室を出た。
しゅりしゅりと響くスリッパの音をBGMに廊下を歩く。ふと、先ほどテレビでやっていたミミッキュ特集を思い出した。
何故テレビはたくさんある可能性の中からひとつだけ、さもそれしか存在しない様に放送するのだろう。事実のねじ曲げでっちあげ、頭が痛くなる。
ミミッキュが布を被る理由なんて、一匹一匹違って当然だろうに。
日差しから身を守ることについては共通事項だろうが、人と仲良くなりたいだのさみしがりだの……それ以外の理由で布を被っているミミッキュにとっては迷惑な話だろう。
あの放送を利用して、人間に危害を加えようとするミミッキュだっているかも知れない。そしてそれが報道されたら、純粋に人間と仲良くなりたいミミッキュは可哀想な目にあってしまう。
別にピカチュウの布である必要も無いだろう。ネッコアラでも、シズクモでも、トゲデマルでもいい。
大体光に弱い中身だって、全て同じなのだろうか。確認出来ない以上、本当に恐ろしい姿をしているのかすら分からない。
では一体何を持ってしてミミッキュと言えるのだろうか。
そもそも本当にポケモンなのか。
ゴーストタイプなのだから、もしかしたら……。
考え事をしながら廊下を売店の方向に曲がった途端、俺の足元を何かが抜き去る。
その後を追って看護師が走って行く。
振り向くと、くすんだ黄色い布を食わえたピカチュウが個室に入っていくのが見えた。
売店で買ったパイルジュースを飲み終えゴミ箱に空き缶を捨てる。靴を履き替え外に出ると、照る日差しが積もった雪を溶かしていた。
ラナキラマウンテンのふもと、カプの村にあるこの病院には、ハイナ砂漠での調査中に怪我をして搬送されてくる作業員がほとんどだと聞く。だから今の季節には患者は少ないのだろう。
病院の庭を一巡りしていると、窓から先程のピカチュウがベッドの少年に抱きついているのが見えた。
近くのベンチに積もった雪を払い落とし、そこに腰かける。
あの病室の患者は確か、秋頃から眠り続けていたのではないか。看護師が噂しているのを聞いたことがある。目覚めたのか。中々に興味深いな、後で話を聞きに行こう。俺がここを離れる前で良かった。
「こんな所にいたのか。病室にいないから探したぞ」
低く、深い声。顔を向けると俺の連れがそこにいた。
「明日には退院なんだ、少しくらいはいいだろう」
「せめて上着を着ろ。全くお前は……ほれ」
奴は自分のしていたマフラーを外し、俺の首に巻いた。そのまま俺の隣に腰かける。
「今日は何を考えていやがったんだ?」
「ミミッキュの定義について」
「まぁた小難しいこと考えてんなー。この間はなんだったか」
「メテノから見る色違いの可能性」
「……んなこと考えながら歩いてっから海に落ちたんだろーが。あそこにはハギギシリがいんだぞ」
「そんなことでは無いだろう。メテノの色数から見るに他のポケモンにだって複数の色違いがいたっておかしくないし、そもそも色違いというのが人間の勝手な……」
「はいはい……食われなくて良かったな」
頭をぽんぽんと撫でられる。
「あ、食わないといやお前、病院の飯ほとんど食ってねーらしいな」
「美味くないんだ、当然だろう」
「馬鹿野郎。飯作るのにどれだけ手間かかると思ってやがんだ、それを残すとは」
「俺はお前の作った飯しか食いたくないんだ。それ以外の物を食わなくてはならないのならば最低限、飢え死にしないだけ摂取する。嗜好品は別として」
「はぁ……ったくお前は本当に……」
「明日が待ち遠しい。早く調査に戻りたい」
「何か分かったのか」
「住民の話によると、潰れたスーパーがあった所は、守り神にとって大事な場所だったらしい。太陽と月に近いラナキラを守るために姿を見せていたという話と照合すると、あそこには聖域とも呼べる何かがあったのではないだろうか」
「聖域なあ……」
「ならば次にやることはスーパーができた当時の状況を知っている人物を探し出し……へっくし!」
言葉を遮ったのは俺自身のくしゃみだった。
「ほれ見たことか」
「うう……寒い……」
寒さには強い方だが、流石に真冬に薄着でじっとしているのは堪える。やはり上着を着てくるべきだったか。
「お前は頭良いのか悪いのか分かんねえな……ほれ」
腕を広げられ、その中に収まる。
「暖かいな」
「そりゃどーも、とっとと病室戻るぞ」
「もう少しだけこのままで居させてくれ」
「退院伸びてもいいのか?」
「……戻る」
「よーし」
院内は先程の少年が目覚めたことによりにわかに騒がしくなっていた。話を聞くことは無理そうだ、明日に回そう。
冷えた体を暖めるために布団に潜り込む。
「必要ない物は今日中に持って帰るんだったか」
「ああ、頼む」
がさごそと、奴が戸棚から取り出した物を紙袋に詰めていく。
「……ウラウラの守り神は、物臭らしい」
「へえ」
「その守り神が鉄槌を下す程のことをしてしまったということだろうか」
「そうなんじゃねえの。お前が言うように聖域をぶち壊したとかな」
一通り済ませたのか、奴は布団をめくると俺の額にキスを落とす。
「ま、細かいことは退院してから考えろ。お前が戻ってくんの、待ってるから」
奴はそう言って紙袋を持ち、病室を出ていった。
本当にいい男だ。助手としてスカウトして正解だったな。だが何故額にキスをしたのだろうか。恋人でも無いのに。
俺を悩ませる事が、またひとつ増えた。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。