私は、十一歳の時にカントー地方からアローラ地方に引っ越してきた。
引っ越しを終えた翌日には、この地方に慣れる間もなくポケモンを受け取り、そして島巡りの試練なるものに挑戦することとなった。不安もあったけれど、好奇心のおかげで不安なんて消し飛んでしまうようで、様々な人達と出会いながら様々なキャプテンが繰り出す試練を終え、島の試練を終えたらその島を治める島キングや島クイーンとのシングルバトルによる大試練。
それを繰り返してすべての試練を終えたあと、今までは大々試練というすべての島キングと島クイーンに連続で挑む儀式が待っていたのだが、今年は違う流れとなった。
なんと、私の旅を見守ってくれたククイ博士が、このアローラ地方にポケモンリーグを築いてくれたのだ。山のような数のスポンサーと交渉したのだろう、そこかしこに広告が打たれ、開会式のスペシャルサンクスにも目で追いきれないほどのスポンサーの数がずらりと並び。
途方もない苦労の末に開催されたポケモンリーグは、私とククイ博士の一騎打ちの後、私の優勝という形で幕を閉じた。
私はアローラの初代チャンピオンとなったのだ。
しかし、私の冒険は終わらなかった。国際警察との極秘任務で未知の生物と戦うことになったり、バトルツリーと呼ばれる大樹で戦いに明け暮れたり。国際警察の件はすでに終わったことではあるが、バトルツリーに関しては現在進行形である。
元イッシュの四天王のギーマや、ホウエンで名を馳せたトレーナー、ミツルなどの強豪トレーナー、そしてカントー出身の伝説のトレーナーであるバトルレジェンドのレッドやグリーン。それらは、アローラでチャンピオンとなった私の鼻っ柱をへし折るような強さで私を圧倒したのだ。
アローラなんて狭い場所で天狗になっていた私は弱さを思い知らされる。私は改めて自信を鍛え直す必要性を感じ、パーティーの強化のためにもとある場所へと訪れた。
その場所というのは、リリィタウンからマハロ街道を登り、そうしてつり橋を渡った先にある戦の遺跡。アローラ地方にある四つの島の一つ、メレメレ島の守り神とされているポケモン、カプ・コケコがいる遺跡である。
このポケモンは、まだ旅を始める前の私を助けてくれたり、危険な生物がアローラに侵入してきた際には、それを島民に危険が出ない場所へと隔離するために戦ったりと、島の守り神として良く仕事をしているポケモンで、性格は気まぐれで好戦的。
そのため、私がチャンピオンとなった時は、命を助けてくれた恩返しも兼ねて、全力で戦ったものだ。恩返しとして彼と戦った際は、それはもう生き生きとした表情で楽しそうに戦っていたのを思い出す。私のポケモン相手にあれだけ積極的に拳を振るうことが出来るのならば、バトルツリーでも大暴れしてくれるはずだ。
戦の遺跡の奥にある祭壇へと向かい、私は頭を垂れてカプ・コケコへの祈りをささげる。
「カプ・コケコよ……今日は、お話が合って参りました。なんて、ちょっと堅苦しいかな? えっと、ですね……子のアローラ地方にはバトルツリーっていう施設があるんです。ポニ島に。そこでは……」
私が言いかけると、ふと強い気配を感じて頭を上げる。さっきまでそこにはいなかったはずのカプ・コケコが音もなくそこに居た。
「カプゥゥゥゥコッコォォ!!」
私が彼に気付くと、彼は甲高い声を上げて私を威嚇する。そして私の目の前に寸止めのパンチを放つが、あくまで私を傷つけるための意思は感じられず、早く戦えるポケモンを出せと言わんばかりの態度だ。
「もう、話を聞く気はないんですか? 相変わらず戦うのがお好きなんですね」
私は苦笑しながら、腰のベルトに取りつけているモンスターボールに手をかける。出すのはもちろん、私が旅を始めた時からのパートナー、ジュナイパーのモフである。
チャンピオンとなった翌日、初代ポケモンリーグチャンピオンの私を祝うために開かれた祭りを抜け出し、このポケモンに挑んだ時もこの子に戦ってもらったんだ。
その時は、Z技を利用してかろうじて勝てたが、恐らくそれが無ければ私達は負けていただろう。けれど、あの時以上に成長したモフならば、そんな物に頼らずとも負けはしないはずだ。
「モフ、守り神が相手だよ、気を引き締めておいで」
言いながらボールよりモフを出し、私は走って安全な場所へと退避する。
「モフ、足元に影縫い!」
カプ・コケコのタイプは電気・フェアリー。四本の足から強い電磁波を発生させて、常にふわふわと浮かびながら生活しているこのポケモンは、多くの電気タイプのポケモンがそうであるように、雷のように素早く動き、攻撃を繰り出してくる。
そしてその攻撃も、戦闘を始めると同時に周囲に電気を張り巡らす特性・エレキメイカーのおかげで非常に高められており、モフのように電気タイプに耐性を持つポケモンでなければ一撃で倒れてしまうこともありうるわけだ。手ごわいなんて言葉では片付かないほどの驚異である。足を狙って機動力を下げるのもそのためだ。
そして、手ごわいポケモンだけに、このポケモンを仲間に引き入れることが出来れば、バトルツリーで勝ち進むだけの足掛かりになる気がするんだ。好戦的なカプ・コケコならばきっと気にいる施設だろうし、なんとしてでもスカウトを成功させるんだ。
モフは自身の矢羽を引き抜き、大きな翼を弓に、首から垂れ下がるお下げ髪を弓の弦に見立てて矢を放つ。風を切る音さえ聞こえない矢がカプ・コケコの影を狙うが、その態度の攻撃に当たってくれる守り神ではない。カプ・コケコは蛇のように曲がりくねる矢を跳躍でかわして、その俊足でモフへ飛び蹴りを浴びせんとする。
「モフ、伏せて!」
何も道具を持っていない今のカプ・コケコならば、アクロバティックな飛び蹴りは威力もなかなかのものになるだろう。効果抜群のその一撃を受け止めるわけにはいかず、その攻撃を体を伏せることでモフが避ける。
空を切った足が地面に近づくや否や、カプ・コケコは跳ね返るように切り返して、今度は自身を守る鳥の顔を模した仮面のような殻を閉じ、仮面の嘴部分で串刺しにせんとばかりに突進を仕掛けてくる。
「鋼の翼でいなして!」
スパークだ! と思う前に私は指示を飛ばしていた。電気を纏った突進は、モフにとっては効果はいま一つではあるが、それでも麻痺をしてしまえば状況は一気に不利になる。そうならないよう、モフに指示を飛ばすと、モフは突撃してくるカプ・コケコの仮面を翼で弾き、その反動で自分も半歩踏み込み攻撃を逸らす。
「手を緩めないで!」
カプ・コケコはバランスを崩してたたらを踏み、しっかり踏み込みながら振り返ったモフは、振り向きざまに影縫いを撃つ。カプ・コケコは脚を退いてそれを避けようとするも、少々遅れて矢羽が足を掠めた。
血液が石畳の上に散るが、しかしそれに目もくれずにカプ・コケコはマジカルシャインで反撃する。桃色の光が彼の仮面からほとばしり、私もその強烈な光の余波を受けて、思わず伏せて退避する。指示をする暇もなかったが、モフはそれを翼をかざすことでしのぎ、分厚い羽毛で眼球などの急所を守る。
「いたたたた……ちょっと、守り神なんだからもう少しレディに気を使いなさいよ!」
私がカプ・コケコに文句を言うも、彼は悪びれずに一瞥すらせず跳躍してモフに飛びかかる。
モフは体を守るために構えた翼を元の位置に戻す際に、返す翼で風を起こし、空中から襲い掛からんとするカプ・コケコを押し返す。その際、着地するまで体勢を立て直すことに気を取られており、モフの素早い追撃に対応できない。モフは影縫いをカプ・コケコの影に見事命中させ、ようやく守り神に大きなダメージを与える。
「モフ、前を狙って!」
影を穿たれたカプ・コケコは痛そうな顔を浮かべながらモフの出方を見た。モフは冷静に敵を見据え地面に向けて矢を放つが、やはり無造作に矢を放ったところで当たる相手ではないので、モフはカプ・コケコが立つ位置よりも少々前方の地面を狙い、石畳を砕くことで飛礫がカプ・コケコへと飛ばす。
「来るよ! 気を付けて!」
その飛礫を飛び越える形でカプ・コケコは大きく跳躍、天井に着地するとともに、仮面を合わせて盾にしながら弾けるように地面へと急降下。たまらずとっさに身を引くモフだけれど、落ちて来たカプ・コケコの仮面に脳天をどつかれ、膝が崩れて尻もちを付く。クリーンヒットではないが、かすっただけでも十分な威力、タダでは済まない。
その一撃……恐らくブレイブバードと思われるその技は、カプ・コケコにとっても捨て身の一撃だったらしく、仮面を地面に叩きつけたカプ・コケコが立ち上がるまでわずかな間が生じる。
「モフ、左前からくるよ! 真っ向から受け止めるの!」
モフは脳を揺さぶられたことで一瞬の前後不覚。モフが我に返った時にはカプ・コケコの蹴りがモフの顔面狙っていたが、モフはあえてその蹴りに額を合わせる。体を構成する骨の中では最も強力で丈夫な頭蓋骨に当てさせられて、カプ・コケコは脚の痛みに顔をしかめる。
ジュナイパーに進化して飛ぶ事が苦手になった分、骨密度は上がっている、受けきるだけの強さはある。
しかしながら、飛行タイプを纏った蹴りを喰らったモフも、そのダメージは計り知れない。嘴を食いしばり、尻もちを付いたまま矢羽を放つと、カプ・コケコの足を矢で穿つ。
それに怯んでいるその隙に、モフは後ろへと跳躍して、目にもとまらぬスピードで仮面の隙間から胸を狙う。数本の矢羽が刺さり、あとがなくなったカプ・コケコは、腕の仮面で胴体を守りながら捨て身の突撃を敢行する。
鋭い嘴を向けながらのブレイブバード。ここまで来たら、もう指示は必要ない。モフは翼で思い切り相手を打ち付け、腕についた仮面を逸らす。足の怪我も相まってバランスを保てなくなったカプ・コケコの背中に矢羽を突き立て、何とか振り返ったその瞬間に、カプ・コケコの細首を足爪で握り締め、上半身を石畳の上に叩きつけた。
こうなってしまえば、モフの心ひとつでカプ・コケコの首を握り潰すなり自由自在。モフが生殺与奪の権利を握ったところで、この勝負は勝ちだろう。
「カプ・コケコよ……いま、私たちはポニ島にあるバトルツリーという施設に挑戦しています。そこは、巨大な大木に抱かれるようにして作られたバトル施設でして、連日のように強者たちによるバトルが行われているんです。
私もモフも、貴方と始めて戦った時より経験を積んで強くなったつもりではありますが、そんな私でも勝ち進めることが出来ないほどの強者もいます。それらに勝つために、貴方の力を借りたいのです。
戦いが好きなあなたであれば、悪くない話であると思います。貴方のために、住み心地の良いボールも用意しました。よろしければこの中にお入りいただきたいのですが……モフ、離して」
モフをカプ・コケコから放すと、カプ・コケコは抵抗せずに軽く放られたゴージャスボールに当たる。
すんなり入っていったカプ・コケコはそのまま大した抵抗もすることなくボールの中に収納される。
「ありがとうございます、カプ・コケコ」
カプ・コケコは私の話に興味を持ってくれたのか、それとも敗者は勝者に従うという野生の掟を守ってくれているのか、すんなりと私の手持ちに入ってくれた。
私はすぐに彼を出すと、モフと彼にオボンの実を渡し、きずついた体をいたわるように傷薬を塗ってあげる。体から痛みが引いた二人にポケマメも食べさせ、腹が膨れたところで私は二人をポケリフレを始める。
「モフ、今日はよく頑張ってくれたね。また明日も頑張ろう」
モフはハグをするとこちらに頭をこすりつけて甘え、私の手の甲にキスをしてくれる。
「うん、ありがとう。それじゃあ次は……貴方ですね」
カ プ・コケコは最初どう反応したものか分からなかったようだが、仮面を清潔な布にクリームをつけて磨いてあげると、安心したのか胸に腕の仮面を押し付けてきた。
このエロポケ殴ってやろうか……いや、いやらしい意味はないはずだ、きっと。悪戯好きなポケモンでもあるし、きっとこういう反応をすると女はオーバーリアクションをするというのをどこかで知ったのだろう。反応すると調子に乗る可能性があるから無視だ無視。
目論見が外れたのか、カプ・コケコはうんともすんとも言わないエレベーターのスイッチを押すかのように執拗に胸を触るが、うん……これは無視して正解だったようだ。
とにもかくにも、私に対して悪戯を仕掛けても大丈夫な仲というくらいには認識してもらっているらしい、いい事だととらえよう。
他のメンバーであるアローライチュウのワッフルや、マッシブーンのキンニク、シャワーズのエリマキ、エンニュートのイヤラシなどを紹介し、遺跡の周りで遊ばせた。
ワイワイ遊んでいるうちに日も暮れてしまったため、ボックスに預けているポケモンを紹介するのは後になりそうだ。特に、デンジュモクのデングズマさんはカプ・コケコの特性と非常に相性がいい。きっと仲良くなれるはずだ。
家に帰ってみると、なんだかちょっと不安になってしまう。ゲットする前は強いポケモンが欲しいくらいにしか考えていなかったが、しかしこれって結構罰当たりな行為なのではなかろうか?
もしかしたらこの島の島巡りの試練や祭事などを取り仕切る、島キングのハラさんあたりにものすごく叱られるんじゃないかという嫌な未来が思い浮かぶ。
怖くなって、私はパソコンを開き、ネット上でカプ・コケコをはじめとする四体の守り神に付いて調べてみることにした。
出てきたのは、アローラの守り神たちが人類と関わって来た歴史が羅列された『超』がつくほど長いウェブページばかり。案外面白いものだ。
特に目を引いたのは、西洋人がこのアローラに訪れてからの守り神たちとのかかわりだ。
アローラの全島を統一した大王、バクガメハはアローラを訪れた西洋人の安全を保障する代わりに、外国からのアローラへの侵略を防いでもらう契約を取り付けた。そして、その過程で西洋との交易で取り入れたポケモンを繁殖させ、その力でアローラ全島を統一したのである。ガブリアスのように海を越えることが出来ないようなポケモンがこんな孤島にも生息しているのはその影響なんだとか。
そして、そのバクガメハ大王の子であるバクガメハ二世は、妻や親せきと協力してこれまで禁忌とされてきた様々な行為を『無意味』と断じて破って行ったのだ。例えばそれは神聖な行為、伝統的な行事、そういったものを行うことで身分を、優位性を保ってきた古の守り神や神官たちの地位は落ち、これにより守り神たちの存在は身近なものになっていったそうだ。
もともとは、『カプ』というのは禁忌を意味する言葉だったそうで、神は神聖不可侵な存在だったことを窺わせる。私の故郷の神は割と人間と良く交流していたようだけれど、世界的には神に近づこうとしてはならないというのが神に対する一般的な考えなのだろう。
そうやって守り神と人間がかかわりを深くするようになってからは三〇〇年も経っていないのだとか。それを機に人間と関わり始めるようになった守り神たちは時に戦争に駆り出されることもあり、何千ものポケモンや人間を殺す事態にもなった。その惨状に嫌気がさしたアローラの守り神達は人間同士の争いに力を貸すことがなくなっただとか。
しかし、守り神としての仕事は今でもきちんとして遂行している。
この地方にはなぜか(恐らくルナアーラやソルガレオが出産もしくは産卵、里帰りのために別世界と行き来していた影響だろうが)異世界からの訪問者が多かったらしく、それらを積極的に排除したのはこの守り神たちだったとか。
私が捕獲したマッシブーンや、デンジュモクをはじめとする異世界の訪問者、ウルトラビーストは以前もアローラで発見されていたらしいが、守り神たちが排除していたおかげで今まで噂程度にしかならない存在だったのかもしれない。
他にも興味深いところはたくさんある。やれカプ・コケコが不良グループ同士の抗争に乱入して、面白そうに暴れまわっていたこと。カプ・ブルルがスーパーマーケットのメガやすを壊滅させただとか、カプ・テテフの鱗粉がドーピングとして検出されないことから、それを服用してスポーツ大会に出場した男が、大会後に多臓器不全で死亡したとか、妻の病気を治すためにカプ・レヒレに会いに行った男性がカプ・レヒレと結婚することと引き換えに妻の命を助けた事など。
特に、最後の出来事には大きく目を引かれた。カプ・レヒレと結婚? シンオウ地方以外でもポケモンと結婚なんてするんだと。私は本来の目的を忘れて、その長いウエブページの中にある『守り神たちとの婚姻』という項目を見つけ、それを読み進んでみる。
アローラの守り神達は人間と関わり合うようになってからの二百と数十年の歴史の中で何度か人間と結婚していたらしい。嘘か本当か、バクガメハ二世は、アローラの守り神達とも(正室や側室があるのだろうか?)結婚しており、バクガメハ三世は人間とポケモンの混血だったとか。
今のところ、それを裏付ける証拠もないため、守り神との間に子供を作ったという伝説は民衆に権威を示すための嘘だったという説が根強いそうだが……現存する王族の末裔は、四天王やキャプテンを務める少女、アセロラが残っているくらいだが、もしかしたら彼女もわずかにポケモンの血が残っていたりするのだろうか……? いや、さすがにありえないか。
さらに読み進めてわかったのは、アローラの守り神達と結婚する条件は、『ゲット』することらしい。アローラの守り神達は性別がない(両性具有)が、大体見た目通りの性別の異性を好むらしい。例えば女性的な見た目のカプ・テテフやカプ・レヒレは男性を好み、カプ・ブルルやカプ・コケコは女性を好むとか。
平時の時はそういった性別の好みを優先し、情勢が不穏な時は個人的な好みよりも王として軍の強さを活かすことが出来る、知略に長けてカリスマのある者を選ぶという。その際、性別にこだわることはまずないとされている。
最近はこのアローラ地方が観光地となったことで、ポケモンと結婚するということがタブー視される価値観が強まってきたために、その文化も薄れてきており、最も最近アローラの守り神と結婚した男性は、先ほどのカプ・レヒレと結婚した男性くらいらしい。
妻は病気を克服し、ポニ島に住む数少ない島民からの貢物や献金で子供を育てながら強く生きたが、かつての夫はカプ・レヒレが作り出す霧に阻まれて逃げることも叶わず生涯をポニ島で終えたのだとか。
「へぇ……歴史のいたるところで結婚をしていたんだなぁ……ん?」
一つ、妙な記述を思い出す。結婚の条件は『ゲットすること』だと。そんなに昔からモンスターボールなんてあったのかなと思ったが、バクガメハ二世は当初西洋の交易商が持ち込んできてくれたぼんぐりをモンスターボールに加工してアローラの守り神達を捕まえていたそうだ。
もちろん、簡単に捕まる彼らではない。戦闘センスはもちろん評価基準の一つだが、私みたいに守り神に勝つほど携帯獣(ポケモン)を鍛えたり、生身の肉体でポケモンに打ち勝つなどをしなくてもよく、前述の通り人格や知識なども評価基準だ。
守り神たちは絶対に捕まりたくないような相手の前には姿を見せることもしないそうで、逆に惚れた人間の前では自分からボールやそれに準じたものを差し出すことすらあるのだという。
なので、有事の際でもないのに人の前に姿を見せるということは、捕まってもいいと考えているのはほぼ間違いないとされている。それはつまり、結婚するかどうかを考えているという意思表示でもあるそうだ。
「えーと、これはつまり、私もゲットしてしまった以上は……結婚しなきゃいけないってこと……? えぇぇぇぇぇぇ!?」
なんだか、怒られること以上に困った結果になってしまいそうだ。え、つまりこれって私はポケモンと結婚しなきゃならないの? それヤバくない?
守り神が結婚した際は、島民たち総出で祭りを行い、それを祝う。前述のカプ・レヒレの例など、本人が望まずに結婚させられる例もよくあるのだが、その場合も本人の気持ちに関係なく祭りは行われるそうだ。
「マジ……? マジなのこれ?」
「ミヅキ、どうしたロか?」
「どうしたもこうしたもないのよ、ロトム図鑑! このままじゃ私困ったことになるのよ」
「路頭に迷うロト?」
「そんなダジャレ言ってる場合じゃないの! もう、あんたに構っている暇はない!」
私は読み進める。アローラの守り神達は人間の前に姿を現す時は精神体であり、本体はそれぞれを奉る遺跡に残されているトーテムだそうだ。精神体はその本体への一方通行のワープが可能らしく、有事の際にはゲットした主人の手を離れて島の外敵と戦うのだという。
そして、それはすなわち離婚だそうだ。
カプ・コケコのように結婚して人間とともにあっちこっちへ赴き、時には長い航海についていく守り神もいれば、カプ・レヒレのようにずっと遺跡で引きこもっていることもあるなど、結婚後の生活も様々だそうで。
あぁ、ゲットしても周りの人に怒られることはなさそうだなと安堵する一方で、下手すればこのままカプ・コケコと結婚しなければならないのではないかという重責がのしかかる。
カプ・コケコはかっこよさとかわいさを兼ね備えたポケモンだとは思うけれど、だからと言って結婚なんてしたくない。
「どうしよう……こうなったら、カプ・コケコを遺跡に逃がすしかないか……怒るかもしれないけれど、カプ・コケコは自分が怒っている理由もすぐに忘れるっていうし、数日我慢すれば大丈夫だよね……」
そうと決まればすぐ決行、と思い騎乗用のリザードンを呼ぶことが出来るライドギアを手に、私は外へ出ようとするが……
「ミヅキー。貴方、一体どこへ行くのー? こんな時間に」
そう、今はもう深夜である。
「いや、ちょっとお散歩に……」
「何言っているのよミヅキ? あんたチャンピオンだし、そりゃどんなポケモンが襲てきても危険じゃないかもしれないけれど、夜更かしはお肌にも悪いし、太るし、月のものもひどくなるわよー?」
「もう、そういうのはいいから! デリカシーがないね」
この様子じゃ、『珍しいポケモンの目撃情報がある』だなんて言い訳も通用しなさそうだ。ウルトラビーストが現れた時はそうやって深夜でも家を抜け出したが、その時はきちんと目撃情報の画像を見せられたから何とかなったのだ。嘘をつくわけにもいかないし……。
「わかったよ、散歩に行くのは止める」
明日、朝一で戦の遺跡に行って、カプ・コケコを返しに行こう。私はポケモンと結婚だなんてごめんである。
翌日、私は戦の遺跡へ向かう道、マハロ山道を歩いていくと……そこで、この島のイメージカラーである山吹色の服を着た体格の良い白髪の老人とすれ違う。アローラ相撲の親方でもあるこの人は島キングのハラさん。恐らく戦の遺跡にお参りに行ってきた帰りなのだろう。
「おや、ミヅキ。戦の遺跡へのお参りですかな? 守り神への感謝をささげるとは、若いのに感心ですなぁ」
「えぇ、まぁ……そんなところです」
「おや、後に連れているのはカプ・コケコですかな?」
「え」
「なるほど、カプ・コケコをゲットしたのでの実家に御挨拶という事ですか。これはこれは、ミヅキは若いのにもう結婚とは案外おませなことですなあ」
後ろを振り返ると、カプ・コケコがいつの間にかボールから出ているではないか。
「これは早速お祝いの準備を始めなければいけませんなぁ!」
「え、待って!」
いくらなんでもハラさん気が早すぎるよ!
「ミヅキー!」
この声は……私の親友にしてライバル、そしてハラさんの孫であるハウ君。いつもは彼と会うと心が躍るような気分だけれど、今日ばっかりは嫌な予感しかしない。
「カプ・コケコと結婚したんだってー!? 俺、ミヅキのお祝いするー」
あぁ、嫌な予感的中!
「あら、ミヅキちゃん。私より先に彼氏どころか結婚相手を見つけるだなんて、そっちの方もチャンピオンの風格があるのね」
ちょっと恨みがましい大人の女性の声。四天王であり、アーカラ島の島クイーンであるライチさん(彼氏募集中)だ。
「そうか、逆に考えれば私もカプ・テテフを篭絡すれば結婚相手が見つかるのか」
ライチさん、その手段はダメ! 貴方には夜のルガルガン♂がいるでしょ!!
「わー、ミヅキは守り神と結婚するんだー? もしやこれはミヅキも私と同じ王族になるってことかなー?」
王族の末裔にして、島巡りのキャプテンや四天王を努める少女、アセロラちゃん。やめて、ものすごく生々しい。
「よう、アローラのチャンピオン。ポケモンと結婚するだなんて、ポケモン愛にあふれているな! レッド、お前もそろそろ結婚したらどうだ? ピカチュウと!」
元カントーの(数日だけ)チャンピオン、グリーンさんのとてもありがたい言葉……ありがたくねーよ!
「……………」
レッドさん、何かしゃべってよ! そこで黙って金のたまを差し出さないで!
「ゴシュジン……オレ、キンニクデゴシュジンイワウ」
キンニクが、自慢の上腕二頭筋を見せつけながら言う。祝ってくれる気持ちは嬉しいけれど、今この状況で祝われてもなんも嬉しくない!
こうして、私はアローラ地方中の人から祝われ、盛大な結婚式を終えて、ついにカプ・コケコと二人きりの夜を迎える。
「ミヅキ、今夜は寝かせないよ」
カプ・コケコは私の耳元でそっと囁き、私を抱きしめる。
「あら、カプ・コケコ。私は貴方の前では常にしびれっぱなし、常時エレキフィールドだから、眠るなんて出来やしないわ」
私たちは熱い口付けを交わして……
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
私はベッドから飛び起きる。どうやらひどい悪夢を見ていたようで、汗はびっしょり、運動なんてしていないはずなのに心臓がバクバクと脈打っている。
「なんだ夢かぁ……」
そういえば、前触れもなくいろんな人達が集まって来たり、最後はマッシブーンが喋っていたし、よくよく考えれば現実では起こりえないことだ。夢で良かった……けれど、実際アレに近いことになりそうだから笑えない。あんな状況になったら穴があったら入りたいを通り越して、ダムがあったら沈めたくなるレベルだ。
そうだ、夢と同じくハラさんは毎日早起きをしてカプ・コケコにお参りをしているのだ。そうなると朝一で行くのは逆に危険……本当ならこんなことは早く終わらせてしまいたいものだが、逆に昼まで待ってから遺跡に赴いたほうが安心かも知れない
まだ外は夜明けも来ていない。今から起きていてもやることはないので、とりあえず寝よう。今度こそ夢は見ないように注意しないと。
そうして翌日。私は母が呼ぶ声で目が覚める。
「ミヅキー! 博士来てるわよー」
ククイ博士? いったい何の用なんだろう……子の人、私にロトム図鑑をくれたり、島巡りの試練をずっと見守ってくれた、第二の父親のような存在なのだけれど、一応他人なのに勝手に家に入ってくる困った人である。悪い人じゃないんだけれど、もう少しデリカシーはないかなー……
ともかく、寝起きのままの姿で会うのもなんなので、最低限の着替えと身づくろいを三分で終えて、博士に会う。今日は誰にも会いたくなかったけれど、邪険にするわけにもいかないしね。
「ククイ博士、おはようございます」
「やぁ、ミヅキ君。ロトム図鑑から連絡があってね。カプ・コケコをゲットしたって聞いたよ」
あ、ばれてる。
「早速技を見せて欲しいって言いたいところだけれど……まずはハラさんに報告しなきゃね! 生きているうちにカプ・コケコとの婚約の儀式が出来るだなんて知ったら、ハラさん喜ぶぞー。安産祈願の舞って知ってる? ケンタロスに乗って狭い柵の中をぐるぐる回る儀式なんだけれどさ。ポケモン預かり屋さんの前でトレーナーがやっているのもその一種なんだけれど、本来はケンタロスの上に二本の足で立って行うものなんだってさ」
嬉しそうに語る博士をよそに、私は頭の中も目の前も真っ白になるのであった。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。