あるところに、男の子がいました。
男の子の家族には、一匹のジジーロンがいました。
ジジーロンは最近体の調子が悪く、食が細く痩せこけてきていました。
心配になって夜も眠れない男の子の耳に、こんな噂が入ってきます。
メレメレ島の海つなぎの洞窟を超えた先に、魔女が住んでいる。
その魔女はどんな毒も効かず、どんな病にもかからない、不死身の魔女だ。
魔女は不死身だからどんな毒や病の治し方も知っている。
この噂を聞いた男の子は大喜び。
ジジーロンをモンスターボールに入れ、海つなぎの洞窟を超え、誰もいない海岸にたどり着きました。
「魔女!魔女はどこですか!僕のジジーロンを助けてください!」
男の子が大声で叫ぶと、目の前の砂がみるみるうちに大きく膨れ上がりました。
大きな砂の山には、こちらを見つめる恐ろしい目が2つ。
男の子を飲み込みそうな、大きな大きな真っ黒な口までありました。
魔女とは、スナバァのことだったのです。
男の子は震えあがり身動きが取れなくなってしまいました。
「なにもまあ、そんなに怯えるんじゃない。私は人間を食べたりなんてしないよ。お前はどうして私のことを知っているんだい?」
魔女は人間の言葉で優しく語りかけてきます。
男の子はびっくり。
男の子は、魔女の噂のこと、魔女は不死身でどんな毒もどんな病気も効かないから、どんな病気の治し方だって知っていると聞いたことを話します。
それを聞いて、今度は魔女が、それはもうびっくり。
「私のことが、そんな噂になっていたのかね。その噂は、半分正解で、半分間違いだ。どういうことか、知りたいかね?」
男の子が頷くと、魔女は語ります。
――私は昔から心優しい性格で、傷ついたものを放っておけない性分でね。
傷つき怯えて、震えているポケモンがいれば、太陽と海の香のするこの温かい砂で抱き寄せ、穏やかに眠るまで添い寝してあげたものだった。
ある日、群れからはぐれたヒドイデが一匹やってきた。
親の顔が恋しくて、夜の海に向かって一匹泣いていたそいつを私は優しく抱いて眠った。
ヒドイデの毒が全身に回り苦しんだが、ヒドイデを心配させたくないから一晩でそれを治した。
またある日、ケガをしたヤトウモリが一匹やってきた。
喧嘩の弱かったそいつは、メス争いに負けてボロボロだったから、心の痛みを忘れられるよう優しく抱いて眠った。
ヤトウモリの毒と焼けつくような熱が全身を腐らせたが、ヤトウモリを悲しませたくないから一晩でそれを治した。
また別のある日、腹をすかせたベトベターが一匹やってきた。
そいつはなんでも食べたから、海のごみを好きなだけ食わせてから優しく抱いて眠った。
ベトベターが寝ぼけて私の体を食うもんだから、そいつのよだれで私の全身はドロドロにただれたが、ベトベターの笑顔が見たかったから一晩でそれを治した。
不思議なもんで、そうやっているうちに、私はどんな毒にも、どんな病にもかからなくなった。
自分の体のことだってわからないんだから、人の体のことなんて知ったこっちゃないよ。
話を聞いた男の子はひどくがっかりしました。
魔女には誰かの病気を治す力などなかったのです。
落ち込む男の子に、魔女は語り掛けました。
「だが、私は心優しいから、もしかしたらお前のジジーロンの力になってやれるかもしれない。お前のジジーロンと一晩だけ二匹きりにさせてくれないかね。」
男の子は喜んでジジーロンをモンスターボールから出しました。
そして、次の日必ず迎えに来ることを約束し、ジジーロンを置いて家に帰りました。
「さて、ジジーロンや。見たところお前さんのその様子は、病気ではないね。いわゆる老いというやつだ。かくいう私も、もう先の短い老いぼれだ。この歳まで沢山のポケモンを愛し愛されてきたが、みんな自分の家族を見つけて出ていっちまった。ここで一匹、時間の流れるままに死のうと思っていたが、どうにも決めきれずにいる。お前さんはどういうつもりだい、聞かせておくれ。」
ジジーロンは、真っ白に濁った眼で魔女を見ます。
「私が愛し、私を愛した家族に看取られながら死ぬのが一番の幸せだ。」
ジジーロンは静かに砂浜に横たわると、魔女を優しく抱き寄せました。
「だが最後に、沢山の者を愛した独りぼっちの老いぼれを思いながらいくのも悪くない。」
魔女は初めて、誰かに優しく抱かれました。
両目からじわじわと涙が溢れ、魔女はただの老婆になりました。
次の日、男の子が見たのは優しい笑顔を浮かべたまま眠る2匹の姿でした。
そういえは、魔女の噂を教えてくれたのは、いったい誰だったのでしょうか。
男の子はいつまでたっても、思い出すことができなかったのでした。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。