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「龍を釣る人」(作者:来來坊(風)さん)

「来てしまった……」

 男の口から出たその言葉は、全くその場所にふさわしくないものだった。

 早朝のアローラ地方、メレメレ島はボートエリア。カントー地方から一時的にホウエンを経由するフェリーからは、リゾート地であるアローラ地方に期待ふくらませるカントーの都会人が、その心を弾ませながら降りてくるのが当然の光景のはずだった。

 だが、その男はため息と共にボートエリアに降り立った。よく見ればその服装も、いわゆる都会人がバカンスに心躍らせて羽目をはずしたような原色を基調としたものではない、年季の入った少しよれたスーツ、地味な色のキャリーバッグに、革靴。

 その様子だけ見れば、左遷か、もしくは望まぬ単身赴任でアローラ地方に赴任してきた運の悪いサラリーマンそのものだが、彼は自ら望んでアローラ地方に足を踏み入れたのである、背中に担がれた細長いバッグがその証拠。

 男の名はタカツ。カントーの大手企業、シルフカンパニーに勤めている。そして彼は、カントー地方やジョウト地方では知る人ぞ知る釣りジャンキーだった。

「まさか本当に来るとはね」

 我先にとボートエリアを後にした観光客達に逆らい、ボートエリアに呆然と立ち尽くすタカツにそう声をかけたのは、アローラ地方を中心に活動しているポケモン学者であるククイだった。呆れているような口調ではあったが、その表情は明るかった。

「自分でもちょっと呆れてるよ」

 タカツも笑ってそれに返した。

「さあ、行動は早いほうがいい。早速僕の研究所に向かおう。靴はもう履き替えていたほうがいいよ、僕の研究所は海辺にあるからね」

 ククイのその言葉に「羨ましい環境だなあ」と返したタカツは、その場でキャリーバッグを開く。ククイは、その中身を見て苦笑した。




「さあ、入ってくれ」

 ククイの研究所に「お邪魔します」と、とりあえず一礼して入ったタカツは、その中にある水槽に目をやった。大きな水槽の中では、一匹のラブカスがのんびりと泳いでいた。

「ラブカスか、久々に見たよ」

「そんなに珍しいものではないだろう」

 タカツは「ここを使ってくれ」とククイが指定したソファーに、乱暴に引き抜いたネクタイを投げ捨てながらそれに答える。

「まあ好んで狙うポケモンじゃないけど、最近数が減ってるよ。ウロコの需要が昔に比べると上がってきてるから、メチャクチャやられるんだよね。上手い人がやればラブカスに傷をつけることもないんだけど、そんなこと考えない連中もいるんだよ」

 なるほど、とククイは納得して、白衣のポケットからメモを取り出し、その情報を書き込んだ。確かに、最近ではアローラ地方でもラブカスのウロコを見る機会が増えていた。

 タカツは、その釣りの腕と、水棲ポケモン達に対する造詣の深さから、ポケモンの研究者達と独自のコネクションを持っていた。研究者の中には、実際に野生のポケモンと触れ合うフィールドワークは座学よりも重要な研究だと言う考えもあり、暇さえあればそれを行っているタカツは、時に研究者達から意見を求められることもあった。

 ククイはからかうように「タイムリミットはいつまでなんだい?」と質問する。

「明日早朝のフェリーに乗らなきゃ辻褄が合わなくなる。馬鹿みたいな話だよ、一日かけてアローラまで来て、たった一日釣りをして、また一日かけてカントーに帰るんだ」

 タカツはキャリーバッグを開き、その中にある衣服に手を付けた。アローラの気候と、バカンスの雰囲気に真っ向から対立するような、長袖であまりにもダサいシャツ。動きやすさにのみアピールポイントを振り切ったような、これまたあまりにもダサいパンツ。最後にやたらめったらにポケットにまみれた、当然のようダサい浮力材入りのジャケットに手を通した。

「本気だね」と、ククイが大きく笑う。

「これは皮肉でもなんでもなく、タカツさんのその熱意には敬意を表するよ」

「無理やり作った一日なんだ、本気でやらなきゃ死んでも死にきれない。長期休暇までは、長すぎる」

 カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ地方に存在する大体のポケモンを釣ったと言っていいタカツの次なる目標は、アローラ地方のあるポケモンだった。そのポケモンは非常に釣る事が難しいポケモンとして知られ、釣り人達のステータスの一つとなっていた。

「あくまで『研究目的』として、今日一日に限ってビーチサイドエリアでの釣りの許可はもらったいる」

 そう言ってククイは、首紐付きのネームプレートをタカツに差し出す。

「そのネームプレートを持っている間は、君は僕の助手と言う体だ」

 なるほど、とタカツはそれを首にかける。

「その代わり『ハギギシリ』以外のポケモンは全てリリースすること、釣った『ハギギシリ』も、必ず僕に譲渡することが条件だよ」

「オッケイオッケイ、僕も釣った後にどうこうは考えてないさ」

 タカツが思いを馳せていたポケモン、それははぎしりポケモンのハギギシリだった。

 ハギギシリは主にアローラ地方に生息する強力な水棲ポケモンの一つで、サメハダー対策としてアローラ地方各地のビーチに放流されている。

 元々タカツは、今から三ヶ月後にある長期休暇を利用して、アローラ地方に訪れる予定だった。そのためのフェリーのチケットも既に取っているし、ホテルの予約もしてある。

 しかし彼は、その有り余る釣りへの情熱と、一日でも早くハギギシリを釣りたいと言う渇望から、仕事をやりくりしてまとまった有給休暇を取り、今日たった一日のために、アローラ地方に先乗りしたのである。そして、彼はその為に大きなリスクを冒していた。

「ククイさん、どうかこの事は妻には内密に」

 そう、タカツは今回の渡航を、家族である妻に内緒にしていた。否、内緒にしているだけならばまだ可愛げがあるだろう。彼は妻に、『今日から三日ほどホウエン地方への出張だから』と、嘘までついていたのである。

 勿論彼だって、わざわざ嘘をつきたくてついたわけではない、タカツはどちらかと言えば愛妻家に分類して良いタイプの夫であるし、妻もタカツの趣味にある程度の理解は示している。

 だが、今回のこればっかりはこうするしか無かった。何故ならばそんな計画は一喝のもとに一蹴されるに決まっているからである。何故三ヶ月後に行くことになる地方に、莫大な渡航費を払ってタカツだけが行く必要があるのか。しかし、一日も早くハギギシリを釣りたいという気持ちは当然ある。その板挟みに悩み抜いたタカツが吹っ切れて出した結論が、これだった。

 眉をひそめて両手を合わせるタカツに、ククイは笑って手を振る。

「いやなに、僕も同じ妻帯者という身分、君の気持ちはよおく分かるよ」

 ククイは、タカツのそんな性分をなんとなく理解できていたし、結婚という制度の不自由さも、よく理解していた。今回のタカツの計画に関して、ククイはお人好しだと言っていいほどに協力していた。

「実は、その代わりに協力してほしいことがあるんだ」

 ククイの提案に、タカツは快く答える。

「なんだい、できる範囲ならなんでするよ」

 ククイがそれに答えようとした時に、研究所の扉をノックする音。

 お、と、ククイは時計を見て「さすが、予定よりきっちり十分早い」と言いながら、その扉を開く。

 その先に居たのは、少し浅黒の肌をした細身の少年だった。

「アローラ」

 少年は両手で丸のような弧を描いて、そう言った。ククイもそれを返す。

 タカツは、それがアローラ地方の伝統的な挨拶であることは知っていたので、見よう見まねで両手を動かして、「アローラ」と返した。

「タカツさん、紹介しよう。彼はイリマ、ここメレメレ島のキャプテンだ」

 はあ、と、タカツは困惑の意を含んだ生返事をした。アローラ地方の伝統の一つに、キャプテンという立場があることは、殆ど雑学のような知識として知ってはいたが、彼等がどんな役職なのかという詳しいことまでは全く知らなかったし、少なくとも、釣りをするという行為とは全く関係がないだろう。

 だがまあ、紹介されて悪い気がするわけではない、タカツはその困惑をとりあえず思考の脇に押しやって、「よろしく」と、彼の手を握った。

「イリマ君、彼がタカツ、数少ない『ハクリューを釣り上げた公式記録』を持つ釣り師だよ」

 ククイのその言葉に、イリマは目を輝かせ、尊敬を込めた眼差しでタカツを見る。タカツは、照れくさそうに頬をかいた。

 ククイの言葉通り、タカツは、ドラゴンポケモンであるハクリューを、ポケモンでの戦闘を介すること無く釣り上げた、公式的な証明を持つ男だった。

 タカツさん、と、ククイは言う。

「彼を、今日の釣りに同行させてほしいんだ」

 なんだ、そんなことか、とタカツは思った。よく見れば、イリマはタカツと同じように、釣りに適した服装をしていた。タカツに比べればだいぶセンスが洗練されているので、すぐには気づけなかったが。

「大歓迎だよ」と、タカツは笑顔で答える。

「今日の釣りはちょっと沖の方でやるから、もしもの時のために、パートナーは居たほうがいいからね」

 ありがとうございます。とイリマが頭を下げる。

「見たところ準備万端のようだけど、釣り竿は持っているのかな」

「はい、友人に見繕ってもらいました」

 イリマはそう言って、扉の影から一本の釣り竿を取り出した。

 タカツは、その釣り竿をひと目見て、それの特異性にいち早く気づいた。タカツはその竿を、見たことがなかったのだ、それはつまり、その竿が市販品ではないことを意味している。

「ちょっと、見せてもらってもいいかな?」

 イリマは素直にその竿をタカツに差し出す。タカツは二、三度小さくをそれを振って、感嘆の声を上げた。

「これは驚いたなあ。とんでもなくいい竿だ」

「そうだろう」と、何故かククイが得意気に笑った。

「スイレンと言う、アローラの釣り職人が一から手掛けた竿なんだ」

 その言葉を話半分に、タカツは竿の先端の柔らかさをチェックしながら続ける。

「オーダーメイドでここまでのものを作るのはとてつもない技術と、釣りへの造詣の深さがないとできやしないよ。最近は釣具メーカーの技術力も上がってきて、オーダーメイドの価値は下がりつつあるんだけど、これはすごい、市販品じゃ追いつけないクオリティだね」

 タカツはここでようやく、ぽかんとしているイリマの存在に気づいて「ああ、ごめんね」と謝る。

「ハギギシリというポケモンは、ちょっと生態が特殊で、良い竿じゃないとハギギシリの存在に気づくことすら難しくなるんだ。具体的には先端の柔らかさと、強い引きにも負けない粘りが必要で、それらは例えばそこら辺の安竿じゃあ賄えない、もしイリマ君が持ってきたのがそういう竿だったら、僕の予備を貸してあげようと思っていたんだけど」

 タカツはもう二、三度その竿を短く振る。

「この竿なら文句なしだ。いや、僕が持ってきている竿よりも実用的かもしれない。一生ものだよ」

 はい、と返された竿を、イリマは受け取った。彼はスイレンの作る釣り竿が釣り人の中で評価されていることはよく知っていたが、まさかカントーでも随一の釣り師らしいタカツがここまで絶賛するとは思ってはいなかった。もしかしたら自分は、とんでもないものを手にしているのではないかと思った。

「あとは」と、タカツがイリマの装備を見る。そして、彼の長髪に気がついた。

「帽子は?」

 指摘に、イリマはハッとしたように頭を抑えた。

「すみません、忘れていました」

「いいよ、いいよ」

 タカツは慌てるイリマを制して、彼はキャリーバッグの奥から、未開封のビニール袋に包まれた、新品のキャップを取り出して、その包装を乱暴にはいだ。

「僕の予備をあげよう」

 それを受け取りながら「いいんですか」と言うイリマに、タカツは笑って手を振った。

「いいよ、釣具屋の帽子なんて、ただで一杯貰ってるから」

 ありがとうございます。と言ってそれを被ったイリマを見て、ククイは笑いを悟られないように、手を口元にやった。

 たった一つ、釣具メーカーロゴがでかでかと入ったキャップをかぶるだけで、どうして人間はここまでダサくなることができるんだろう。




 メレメレ島、ビーチサイドエリア、タカツは早くも、イリマの同行を許可して良かったと思っていた。

 観光客と現地人の区別無く、ビーチサイドエリアにいる人々は当然、ビーチをビーチとして楽しむための雰囲気や、格好をしているものだ。

 そこに突然、タカツのような、全身をダサさで固めたような男が、釣り竿と、異臭のする巨大な折りたたみ式バケツを担いでくれば、その疎外感たるや凄まじいものがある。圧倒的な少数派である現実に、タカツは戸惑った。

 ところが、その隣にイリマがいることで、ビーチサイドエリアに漂っていた警戒感は、なんとなく薄まった。現地人らしき人々は気軽にイリマに話しかけ、イリマはそれに「研究目的ですよ」と答える。彼の顔の広さに、タカツは早くも救われていた。

「よし」と言って、タカツは異臭のする巨大なバケツを砂浜におろした。

「これに少しばかりの砂を加えるんだ」

 タカツはその場にかがみ込んで、砂浜を両手ですくってバケツに放り込んだ、イリマも頷いて同じように砂を加える。

 ビーチサイドエリアにいた現地人の、好奇心の強い若者が、その異臭にちょっとだけ顔をしかめながら、それは何なのかと質問する。

 タカツは、先程イリマにしたものと同じことを再び説明する。

「これは撒き餌ですよ、玉にして海に放り込むことで、ポケモンを誘うんです」

 その若者は更に、その臭いについて質問する。

「水棲ポケモンは臭いに敏感なんですよ、だから人間にとってはちょっと嫌な臭いのほうが、ポケモンを呼び寄せる」

「砂を加えるのは、どうしてでしょうか?」

 その質問は、イリマからのものだった。それに答えるより先にタカツは砂を入れるのをやめ、このくらいでいいだろうと言った。

「砂を入れることで、玉に重さを加えるんだ、そうすると、海の底まで撒き餌が沈んでくれる。ハギギシリと言うのは砂の中に潜っているポケモン、つまり底にいるポケモンだから、そこまで届いたほうがいいんだ」

 鉄製のヘラのようなもので巨大バケツをかき混ぜると、乾きかけの泥のような粘り気のあるドロドロが、やはり異臭を放つ。

「これはハギギシリの大好物であるシェルダーのエキスの臭いなんだ」と、解説した。

 こんなものでいいだろう、とタカツが手を止めたところで。イリマが「あ」と、何かに気づいたように小走りして、何かを拾って戻ってきた。

「タカツさん、ナマコブシですよ」

 イリマが両手に乗せていたのは、なまこポケモンのナマコブシだった。水分が抜けてちょっと小さくなりかけているそれは、小さく鳴き声を上げた。

「おお、いい傾向だね」

 タカツは嬉しそうに目を細めた。

「ナマコブシは、砂を柔らかく、綺麗にしてくれる。ハギギシリも砂地にいるポケモンだからね、ナマコブシがいる環境は、ハギギシリにとっても住みやすい」

 はい、とイリマはそれに同意して、ナマコブシを沖に放り投げた。ナマコブシ投げの存在を聞いたときにはタカツも驚いたが、たしかにしっかりと考えてみれば、それは理にかなっている。

「それじゃ、早速始めよう」

 タカツは腰についているモンスターボールを海に向かって投げた。

 現れたのは、くらげポケモンのドククラゲだった。

「今日もよろしく」と、タカツが言うと、彼は何のためらいもなく触手で撒き餌入りの巨大バケツと、道具入れを持ち、頭の上にひとまず置いた。彼は、タカツが沖などで釣りをする時に船の役割を担うパートナーだった。ちなみに戦い下手で、対戦においての強さは殆ど無い。

「では、僕も」

 イリマは何やら特殊な機械を空に掲げた、タカツにはその原理がいまいちよくわからないが、その機械から現れたのは、のりものポケモンのラプラスだった。ご丁寧なことに、甲羅にイスがセッテイングされている。

「便利だなあ」

「ライドポケモンと言って、アローラ地方ではこっちのほうが主流ですよ」

 イリマはヒラリとラプラスに飛び乗り、一生ものの竿をタカツから受け取る。

 タカツも少し靴を濡らしながら、ドククラゲの頭に乗った。そして、不自然なことに気づく。

「おいおい、ヤキモチ焼くなよ」

 ラプラスを眺めていたタカツに嫉妬したドククラゲが、触手を利用して、イスのような何かを作っていた。




「よし、ひとまずここにしよう」

 ビーチサイドエリアの遊泳ラインを少しだけ越えたあたりのところで、タカツはドククラゲを停止させた。見晴らしがよく、ビーチサイドエリアから極端に離れているわけでもない。もし自分達になにかがあっても、ビーチサイドエリアの人々が気づいてくれる可能性があった。

「底に海藻も無さそうだし、平坦な砂地が広がっている。僕がハギギシリなら、悪い気はしないね」

 アローラの海は綺麗だな、とタカツは思っていた。こうして上から覗くだけで、海の底の状況がある程度わかってしまう。

 彼は柄杓を使って巨大バケツの中から撒き餌を掬い。バケツのヘリを使って少し固めた後、叩きつけるようにそれを海に放り込んだ。

「最初にちょっと多めに撒いて、後は五分おきだ。ヒンバス釣りのように釣れなかったら軽快にポイントを変える釣りもあるけど、ハギギシリのようなポケモンを釣る場合には、どっしりと腰を据えてやるよ」

 イリマはそれに頷く。

 更にタカツは、道具箱を少し漁って、仕掛けを取り出した。

「今日する釣りは、君達トレーナーが普段やってるタイプの、ポケモンを釣り上げて、対戦で弱らせるものではない」

 え、とイリマは驚いた声を上げた。彼の知っている限り、ポケモンを釣るということは、そういうものを指していると思っていた。

「僕はトレーナーとしてはヘボだから、そんなに器用なことはできないんだ。代わりに、ポケモンを水中で暴れさせて、体力を消耗させてから釣り上げる。仕掛けのボールに入ったポケモンをね」

 まだそれを把握しきっていないイリマに、タカツは説明する。

「野生のポケモンに、モンスターボールから逃げられたことはあるだろう?」

 はい、とイリマは頷く。

「あれはポケモンがモンスターボールの中で暴れるからだ。だから体力のあるポケモンほど捕まえづらい。だけど、水の中で、釣り糸の出し入れを調整すれば、ポケモンをいくらでも暴れさせることができる。そして、暴れて体力を消耗したところで、糸を巻いて、釣り上げる。要は、ポケモンの代わりに、釣り人自身が、ポケモンと体力勝負を行うと考えればいい。だから仕掛けも、普段トレーナー達が使っているものとはちょっとだけ違うんだ。トレーナー達の釣り仕掛けは、釣り上げるまでポケモンを逃がさないけど、この釣り仕掛けはポケモンが反発すれば割とかんたんに逃がすようになっている。その代わりに、ポケモンが観念してしまえば、バトルを介さなくてもゲットできるようになっているんだ」

 なんとなく、頭で理解することはできたが、イマイチ実感がわかない、というのがイリマの正直な感想だった。

「ま、やってみれば分かるよ」


 この釣りは、難しいな。とイリマは感じていた。

 竿先に反応があれば、それに合わせて竿を立てる。そこまでは今まで自分が行っていた釣りと大して変わらない。

 だが、難しいのはその後、ポケモンとの力勝負、体力勝負の部分だ。

 イリマの実感的には、かかったのがコイキングやラブカス、ヨワシならば簡単だ。それらはいとも簡単に力勝負に負け、ボールの中に入ってくれる。

 だが、かかったのがケイコウオやサニーゴだった場合にその難易度は格段に上がる。大きくしなった竿を無理やり立てれば、たちまちそれらのポケモンは仕掛けから飛び出してしまう。多少暴れさせ、疲れたところを釣り上げるというプロセスのコツを掴めば、それもできるようになったが、そもそも今日の狙いであるハギギシリと言うポケモンを考えれば、それらのポケモンも所詮は小物なのである。

 その証拠に、タカツはなんでもないようにケイコウオやサニーゴを釣り上げ、何も惜しむこと無くそれらを海に返す。ちなみに彼はドククラゲの他にママンボウも所持しており、彼女はドククラゲの周りを泳いでいる。タカツとの駆け引きで疲弊したポケモンを、癒やしの波動で元気にしてから海に返すのが仕事だった。

「どう? 慣れた?」

 イリマがラブカスを釣ったのを見て、タカツがそう声をかけた。

「ええ」と、イリマは答える。

「難しい釣りですね」

「いやいや、上手いもんだよ。センスあるよ」

 更にタカツは「あとは、反応の仕方だね」と続ける。

「ハギギシリと言うポケモンは、水棲のポケモンでありながら、超能力も操れる。これが厄介なんだ」

「と、言うと?」

「いいかい、例えばラブカスやコイキング、ケイコウオなどのポケモンは、基本的に真っ直ぐ進むことしかできない。だからそれらのポケモンが仕掛けに食いつけば、竿先は派手に反応するし、それに合わせるのも簡単だ」

 たしかにそうだ、とイリマは頷いた。竿先に対する反応は、今まで自分が行ってきた釣りと大して変わらない。

「ところがこのハギギシリの厄介なところは、超能力を操って、水中でホバリングのように自らの体勢を維持できるところなんだ、ハギギシリは水棲ポケモンでありながら、水中でとどまることもできるし、バックすることもできる」

 イリマはなるほど、と感嘆の声を上げた。確かに超能力を操るハギギシリなら、水中での動きを操ることもできる。それらは対戦においてはあまり重要視されていない情報なので、気にしたことがなかったのだ。

「だから仕掛けをチョンチョンとつつくだけでエサを持っていける、まるで竿に反応がないのに気づけば餌がなくなっていると言う状況がハギギシリ釣りでは頻繁に起こるんだ。僕も結構釣りをやっているけど、ハギギシリとその仲間ほど餌を取るのが上手いポケモンはいないよ」

 そして何より、と更に続ける。

「彼等はその気になれば念力でエサを奪うこともできる。だからこっちもそれの対策をしなければならない」

 イリマは耳を傾ける。

「対策は、定期的に仕掛けで海の底をトントンと叩くことだ。餌が動き続ければハギギシリも念力でそれを狙うことができないし、餌をつつきづらくなる、そうしてしびれが切れてちょっと欲張ったところで合わせるんだ。ハギギシリは普段砂に潜っているから、それを刺激する狙いもある。ハギギシリ釣りは、忙しい釣りなんだよ」

 なるほど、とイリマは一旦仕掛けを上げた。すると餌がなくなっている。おかしい、それらしき反応はなかったはずだ。

「実はさっきから僕の竿にも怪しい小さな反応がいくつかある。この下にハギギシリいるのは、殆ど間違いないと言っていい」

「ここからが本番ですね」

「そういうこと」


 それからしばらく、二人はトントンと底を叩いたり、タカツのアドバイス通り仕掛けを弛ませて底に完全につけてみたり。竿を激しく上下させて餌を目立たせたりしては見たものの、ハギギシリが食いつくことはない。

「すこし、休憩しようか」

 タカツは仕掛けを落としたまま竿を小脇に抱えてそう言った。イリマも同じように竿を小脇に抱え「そうですね」と笑う。

「水分と食事はこまめにとったほうがいいよ、体力勝負だから」

 不自然なほどに多いポケットの中からスポーツドリンクのボトルを取り出したタカツは、ドククラゲの触手を介してそれをイリマに手渡す。潮風を吸い込み続けていた二人の喉はカラカラだった。

「ありがとうございます」

 イリマはそれで喉を潤すと、今朝タカツにあったときから聞こう聞こうと思っていたことを切り出す。

「この竿を見繕ってくれた友人……スイレンさんが言っていました。ハクリューを釣ることは、とても難しいことだと」

 タカツは、不意に向けられた賞賛に、照れくさそう笑う。イリマはさらに続ける。

「ずーっと昔から、釣りを愛する人の最終的な目標が、ハクリューであると彼女は言っていました。彼女の自慢は、赤いギャラドスを釣り上げたことがあることですが、それと同じくらいすごいことだと」

 ふうん、とタカツは赤いギャラドスという言葉に反応した。突然変異などの影響で、普段とは色の違うポケモンが現れることはよく知られている。特に赤いギャラドスは、その神秘性から、様々な媒体で紹介されていた。

 釣り人というものは、手柄を少しばかり膨らませるものだ、タカツは釣り人のそのような習性をよく理解していた。そして、だからこそ釣り人の自慢話は話半分で聞かなければならないこともよく理解している。

 だが、どうもそのスイレンという釣り人の話には、信憑性があるような気がした。彼女がとても優秀な釣り人であることは、彼女が手掛けた竿を一振りすれば十分に理解する事ができるし、赤いギャラドスを釣ったなど、膨らませた話にしては大きすぎる。

「タカツさん、ハクリューを釣る事って、どういうことなんですか? その、僕も上手くは言えませんが、こう、とてもすごいことを成し遂げたわけじゃないですか。そういう時、どんなことを考えているんだろうなって」

 その質問は、タカツが幾度と無くされてきたものだった。だからこれに関しては、彼の中ではっきりとした答えがあった。

「ハクリューと言うポケモンはね、難しい難しいと言われているけど、実はそんなに釣り上げるのが難しいわけじゃないんだよ」

 タカツの答えに、イリマはとても驚いて目を見開いた。そして、沈黙をもってしてその次の言葉を催促する。

「確かに、ハクリューを釣り上げることそのものがそのまま釣り人としてのステータスになるのは間違いない。自画自賛になってしまうけど、僕もそれはすごいことだと思っていたし、今も思っている」

 ただね、と続ける。

「一度仕掛けに食らいついてしまえば、なんてことはないんだよ。そりゃあコイキングやラブカスを釣り上げるように簡単に行くわけじゃない、多少の技術は必要だろう。だけど、例えばギャラドスのようなパワーで竿をへし折るわけでもなく、キングラーのように釣り糸をぷっつり切ってしまうわけでもなく。今狙っているハギギシリのように、めちゃくちゃ反応しづらいわけでもない。素直に食いついて来る部類のポケモンだ。だけど、難しいと言われているには言われているだけの理由がある」

 タカツは底で一呼吸置いて、竿を二、三度しならせた、反応が無いことを確かめてから続ける。

「ハクリューが仕掛けに食いつくという事自体が、奇跡のような確率なんだ。そもそもドラゴンポケモンのハクリューは、食性などの生態がまだあまり研究されていない上に、何処に生息しているかすらもあやふやなポケモン、多くの水棲ポケモン違って陸地でも移動できるから、住処を移動させることもできるからね。そして、単純にその数が少ない。一人の釣り人が釣り糸を垂らしたその元にハクリューが居るという確率が、殆ど無いんだよ」

 僕は運が良かったんだ、と続ける。

「ちょうどサファリゾーンで釣りのイベントが開催されている時、偶然糸を垂らした先に、ハクリューがいたんだ。ただ、それだけの話なんだよ」

 イリマは、相槌を打つことができなかった。何という言葉が、タカツにふさわしいのか直ぐに判断することができなかった。本人は運が良かったと言ってはいるが、ただそれだけの問題ではないことくらい分かる。たとえ謙遜だとしても、それだけのことを成していながら、それを運が良かったと割り切ることができる事が衝撃的だった。

 照れくさかったのだろう、タカツは沈黙を嫌った。

「キャプテンというのは、どのような役職なんだい?」

 イリマもまた、その質問を幾度となくされてきた。

「アローラ地方には、島巡りという伝統があります。子供が一人前のポケモントレーナーに成長するための儀式のようなもので、彼等はアローラの四つの島をめぐりながら、幾つかの『試練』を乗り越えなければなりません。僕達キャプテンは、その『試練』を司る役割を持っているんです」

 なるほど、とタカツが頷く。

「こっちで言う所の、ジムリーダーに近いのかな?」

「はい、役割としては近いと思います」

 へえ、と、タカツは感心したように声を上げる。今でこそ釣り人ではあるが、タカツもかつてはトレーナーを目指しジムに挑戦することもあった。それ故に、ジムリーダーの偉大さというものは、よくわかっている。

「ジムリーダーなんて、それこそ誰もがなれるものじゃないよ。その若さで、君はすごいね」

 それはお世辞などではなく、タカツの本心だった。

 だが、イリマはその言葉に、苦笑を返す。しかし、それをタカツに不思議がられることはなかった。

 何故ならば、その瞬間に、イリマの小脇に抱えられていた竿が、グンと大きくしなり、海に吸い込まれそうになったからだ。

「引いてる!」

 それに気づいたタカツがそういう頃には、イリマは既に両手で竿を支えていた。当然ながら、今までにはなかったその感覚を真っ先に感じたのはイリマ本人だった。イリマが慌てたために、海に落ちそうになったドリンクボトルを、すんでのところでドククラゲの触手が拾った。

「糸を緩めて!」

 タカツが急いで仕掛けを巻き上げながらイリマに指示を出す。仕掛けに食いついたポケモンが暴れて、タカツの仕掛けとイリマの仕掛けが絡んでしまって、元も子もないからだ。

 イリマはタカツに習っていたとおりに、リール(糸を巻き取るために竿にセッティングされている道具)を操作して糸を海に吸い込ませる。最初は暴れさせるために、あえて糸を出す。それでいて、竿先は程よくしならせ、糸の張りを維持し、仕掛けに食いついたポケモンの体力を消耗させていく。

 今、仕掛けに食いついているポケモンは、これまでのコイキングやラブカスなどとは違う。明らかにガツガツとした強烈な引き、あまりの引きの強さに、イリマがライドしているラプラスも、ヒレを動かさなければ流されてしまうようだった。

「ここから長いけど、頑張るんだ」

はい、とイリマははっきりとした返事を返したが、その長さをイマイチ把握はしきれていなかった。

「巻いて!」

 タカツの指示を聞いてイリマは糸を巻く、たしかに今は、竿先に力を感じない。なるべく素早く、リールを巻く。

「緩めて!」

 イリマは、その指示を聞いて直ぐに糸を緩めたつもりだったが、一瞬、また竿先が大きく、グーンとしなった。

 危なかった、とイリマはほっと胸をなでおろす。だが、その後直ぐに再び「巻いて!」と指示され、慌てて糸を巻く。

 思っていたよりも、これは大変だぞ、とイリマは気づいた。しかし、よくよく考えてみれば、長くて当然なのだ。

 トレーナーは、ポケモンを弱らせるという行為を、ほぼ完全に手持ちのポケモンに頼り切っている。それは当然だ、野生のポケモン相手に、人間一人が太刀打ちできるわけがない。イリマが司っている『試練』は、その現実を、新人トレーナー達にしっかりと分からせる役割のあるものだった。

 ハギギシリがどれだけ強力で、どれだけ竿をしならせる力があるポケモンであろうと、釣り上げてポケモン同士の対戦をすれば、造作もなくゲットすることができるだろう。

 この釣りは、ポケモンと人間が、直接的に体力を取り合い、駆け引きを行う。トレーナーという存在を排除した、より原始的な戦いであるのかもしれない。

 そしてイリマは気づいていた。先程から的確に指示を出しているタカツは、イリマの竿先の動きを見てから指示を出しているわけではない、彼は、仕掛けの先にいるであろうポケモンの動きをある程度予測して指示を出しているのだ。

 人間を遥か大きく凌駕した力をポケモンが武器にしている事に対し、タカツは集中力と、経験から、ポケモンの動きを読むことで、なんとか同じ土俵の上に立っているのだろう。

 仕掛けの先のポケモンと、イリマタカツ連合の戦いは、もうしばらく続いた。その正確な時間は、まだ二人にはわからない、大海原に浮いているだけの二人は、それを把握する手段を持たないからだ。

 思っているよりも短い時間が、二人の集中力によって、長く感じているだけなのかもしれない。思っていたよりも長い時間だったのに、あまりにも集中していた二人にとっては、短かっただけなのかもしれない。とにかく二人は、仕掛けの先にいるポケモンを釣り上げるために、糸を巻いたり、緩めたりを繰り返していた。

 そしてついに、チカチカと太陽の光を反射する仕掛けの先のモンスターボールが、ほんのすこしの所に見えるようになっていた。

「巻いて……よし、巻いて」

 だるさと、しびれのある両腕でなんとか竿を支えながら、イリマはタカツの指示通りにリールを巻く。自分が疲れているということは、相手も疲れているということだろう。イリマだって優秀なポケモントレーナーである、その程度のことならば分かる。事実、竿先から伝わる仕掛けの先のポケモンの力は、弱々しかった。

 釣れる、とイリマは確信していた。あれだけ戦ったのだ、釣れないほうがおかしい。

 そして、もう殆ど水面というところまで、モンスターボールが巻き上げられる。

「緩めて!」

 タカツのその叫びは、唐突だった。唐突過ぎて、イリマは一瞬その指示への理解が遅れた。

 仕掛けはもうほとんど巻き上げられている。もうほんの少しだけリールを巻けば釣り上げることができる。いや、リールを巻く必要すらない、ちょっとだけ竿を立てればそれでいいだろう。

 ちょっと警戒しすぎなのではないだろうか、仕掛けの先のポケモンの力は確実に弱まっている。暴れる力なんて殆ど残っていないだろう、いないに決まっている。早く釣り上げたい、釣り上げてしまいたい。

 イリマは、竿を立てた。

 その時、モンスターボールが暴れ、大きく沈み込んだ。イリマの予想外の力だった、当然竿は大きくしなり、イリマは反射的にそれに負けないように両腕に力を込めてしまった。そして、それが愚行であることに気づき、糸を緩めるためにリールに手をやる。

 しかし、もう遅かった。

 グン、と竿が大きく振られ、イリマはラプラスごと大きくのけぞる、それまで保っていた力の均衡が、一方的に終わったことを物語っていた。

 勢いで飛び出した仕掛けの先にあるモンスターボールには、何も入っていなかった。

 イリマとタカツは、慌てて海を見る。

 二人は、慌てふためくように海の底に逃げていくハギギシリの姿を、ハッキリと見た。やはりあの強い引きは、ハギギシリのものだった。

「釣られる前の、最後の抵抗だったね」

 タカツは、特に怒るでも、落胆するでもなく、いつもどおりの調子で言った。

「よくあることだよ、気にすることはない。僕がもうちょっと早く気づけばよかったね」

 タカツにとってそれは、なんでもないことだった。釣れる直前にポケモンがバレる(仕掛けから逃げること)なんてことは、彼自身が非常によく経験していたし、それによって大物を逃した釣り人も数多く見てきた。

 しかし、イリマにとっては別だった。初めて本格的な釣りを経験する彼にとって、狙いの大物を直前になって逃してしまったことの落胆は大きい。

 しかもそれは、明らかにイリマ自身のミスによるものだった。熱心にアドバイスを送っていたタカツの指示にしっかりと耳を傾けていれば、少なこともあの時にバレることは無かったのだ。最後の最後、カントーでもトップクラスの熟練者であるタカツの指示よりも、自身の感覚を優先してしまった。この釣りを初めて一日もたっていない自分が、熟練者の好意を無下にしてしまったのだ。

「しかし、良いものが見れた。このポイントには、確実にはハギギシリがいるんだ、それだけで、モチベーションになるよ」

 タカツは、イリマが落ち込んでいることに気付いた。落ち込むことは何もないのになと思った、誰だって、このくらいのことはあるんだ、むしろ、このような経験の積み重ねの先に、自分のような釣りジャンキーが存在するのだから。

「ちょっと休憩して、昼ごはんでも食べようか。お弁当でも、買ってくるよ」

「いえ、僕が買ってきます!」

 イリマはそう言うが早いか、釣り竿をドククラゲに預け、ぷいと沖に背を向けた。タカツの「あ、お金……」という声が聞こえてはいたが、それに振り返る余裕はなかった。

 彼は打たれ弱かった。一人になって頭を冷やす時間が欲しかった。自身を優しく励ましてくれるタカツの顔をどうやって見ればいいか考える時間が欲しかった。




 軽めの昼食を挟んだ後に、二人は再び糸を垂らしていた。しかし、これと言って興奮できるようなあたりはない。

 ごくたまに、小さなあたりがある程度、しかもそれは大抵が小さなコイキングやラブカスのもので、合わせたその時の竿のしなりで、小物だと気づいてしまうようなものだった。

 バシャバシャと、タカツが撒き餌を水面に叩きつける音だけが、イリマには聞こえていた。

「反応が、無くなりましたね」

 イリマは、ついそう漏らしてしまった。

「飽きたかい?」

 タカツは笑ってイリマを気遣う。ここまで当たり(竿先の反応のこと、獲物が仕掛けに食いついたときなどに起こる)が無いと、初心者は飽きてもしょうがない。

 だがイリマは。いえ、と、強くそれを否定した。

「まだまだ、頑張ります」

「そうとも」

 タカツは仕掛けを巻き上げ、餌がまだ取られていないことを確認してから、再びそれを底まで落とす。

「良い釣り人というのはね、釣れるまでやめない釣り人のことを言うんだ。何度バラしたって何の問題もない、そうしてミスを少しずつ修正していって、最後に狙いのポケモンを釣るのが、良い釣り人だよ」

 イリマは、その言葉を受け入れるのに時間をかけた。そのくらい、自分の価値観とは離れている言葉だった。

 勿論、その言葉自体が間違っていると思っているわけではない。限り無く正しい意見の一つであろうとは思う。だが、イリマはその生き方に対する実感がない。イリマは、今の己の立場が、数多くの成功のもとに成り立っていることを理解していた。彼は、エリートだった。イリマは、失敗が怖かった。それを受け入れて、成長するという過程、その実感が掴めない。

 タカツは、それが出来ているのだろう。

 この人は、自分の先にいる人なんだろうと思った。

 タカツさん、とイリマが言う。

「何故、ククイ博士が、僕にあなたを紹介してくれたのか、わかった気がします」

 ククイからタカツの存在と来訪を知らされた時、イリマは、何故パートナーとして自分を選んだのだろうと思っていた。

 ハクリューを釣ったタカツという存在に全く興味が無いわけではない。しかし、自分は釣りのド素人、多少水棲ポケモンに対する知識がないわけではないが、熟練者であるタカツには劣っているだろう。

 そもそも、釣りに関してはスイレンというアローラでもトップクラスの存在がいるはずだった。彼女ならばタカツの足を引っ張ることないだろうし、アローラの海に対する知識も、段違いのはずだ。なのに何故、タカツのパートナーとして自分が選ばれたのか。

 ククイはきっと、イリマの心の中にある焦りのようなものを、感じ取っていたのだろう。

「僕の悩みを、聞いていただけませんか?」

 タカツは、イリマの言葉にキョトンと首を傾げていた。

 他人から悩みを相談されることがないわけではない。しかしそれらはすべて釣りに関してのことばかりだった。例えばあのポケモンを釣るのにはどの餌が良いのか、とか、この竿であのポケモンを釣り上げることはできるだろうかとか、あのポケモンを釣るのに必要な糸の太さはどのくらいだろうか、とか、そんなもの。勿論タカツはそれらに関してはほとんど完璧な答えを返すことが出来た。

 しかし、どうもこのイリマの雰囲気を感じるに、その悩みは釣りの事では無さそうだった。

 ベタ凪だった。波はほとんど無く、バランスをとることに苦労しない。

「僕が答えられそうなものならね」と、撒き餌を水面に叩きつけながらタカツが答えた。

 イリマは、二、三度竿を振り、何も先に食いついていないことを確認してから、一つ息を吐いて、言う。

「キャプテンは、一生の役目ではありません。長くて二十歳まで、短ければ、今日しまキングが僕以外のトレーナーをキャプテンに任命すれば、それまでの任期です。そこだけは、他地方のジムリーダーと大きく違います」

 なるほど、とタカツは頷く。

「その後どうするかは、自分達に決める権利がありますし、決める義務があります。そして、その為に行動を始めてるキャプテンもいます。僕の友達でもあるカキと言うキャプテンは、将来ダンサーになるために、自分でアルバイトをして留学資金を今から貯めていますし。この竿を作ってくれたスイレンさんは、家業の漁師を継ぐために、仕事の手伝いをしています。キャプテンだけではありません、ハウと言うトレーナーは、おじいさんの後を継いでしまキングになるために、新しく新設されたアローラポケモンリーグのチャンピオンになるために、日々自らを鍛えています」

 随分と、自立しているんだな、とタカツは思った。

「キャプテンという立場は、言い訳にはなりません。しまキングやしまクイーンは、そのような人間性も考慮して、キャプテンを選んでいるのです。僕は、彼等を裏切ってしまうかもしれないことが、怖くて仕方がありません」

 イリマは、そこで一泊置いた。タカツは、まだ何も言わない。それを確認してから、続ける。

「僕は、まだ何もしていません。何をすれば良いのかも分かりません。僕は、自分が何をしたいのかも、まだよくわかりません。それが怖いんです、自分がこのまま周りに流されてずるずると主体性のない何かになるかもしれないことが怖いんです。カキくんや、ハウくんと見えている世界が違うかもしれないという事が、怖いんです。僕は、どうしたら良いのでしょうか? 何を見つければ良いのでしょうか?」

 言い切って、イリマは黙ってしまった。

 タカツは、じっと考え込んだ。仕掛けで底をトントンと叩くことも忘れていた。

「申し訳ないけど、僕にはわからないよ」

 タカツは、釣り以外の事で咄嗟の嘘がつけない男だった。そして、歳上としての見栄を張るような事ができるほど、図々しい性格でも無い。

 ただ、自らの答えが、将来性のあるトレーナーの人生に関してしまうことを考えて、自らの人生経験からは、それのハッキリとした答えを出せないことを素直に表すことしかできなかった。

「僕は、ずるずると周りに流されることすらできなかったからね。僕はバッジを二つしか持っていない、それ以上持つことができなかった、おそらく今でも、三つ目を手に入れることはできないだろう。僕の生まれはフスベシティと言うド田舎なんだけど、その町始まって以来の、落ちこぼれだった。君のようなエリートの悩みは、理解することも難しいし、安易にそれに答えることも出来ない」

 ただ、と続ける。

「釣りに例えていいのならば、答えることができるかもしれない。それでもいいかな?」

 イリマは、はい、と元気よく答えた。

 タカツは一つ咳払いをして続ける。

「ハクリューを釣り損ねてしまう釣り人の多くは、ハクリューが仕掛けの先にいるかもしれないということに興奮して、自らを見失ってしまうから、結果としてハクリューに逃げられてしまうんだ。ハクリューを釣り上げるという栄光、その先にある賞賛、尊敬、名声、それらを意識してしまって、突然、自分を信用できなくなる。普段ならば絶対にしないであろう力勝負をしかけてしまったり、逆に力勝負をするタイミングを逃し続けて、弛ませきった糸が、水中で他の障害物に絡まったりしてしまう」

 さっきの自分と似ている。とイリマは思った。早く楽になりたくて、結果を急いだ自分と。

「大切なのは、自信なんじゃないかなと、僕は思っている」

 タカツは更に続ける。

「仕掛けに掛かったポケモンが、コイキングやラブカスのような小物でも、それらを一つ一つ釣り上げるという経験が、大きな物事を成すときの自信になる。上級者が自信を根拠に落ち着いてさえいれば、ハクリューは釣れる。すべての経験は、自信となって、目的につながっている。そういう考え方も、あるんじゃないかな」

 自信、とイリマはその言葉を胸の中で復唱した。

「成すべき事なんて、すぐには見つからないし、それがかならず叶うとも限らないんだ。僕だってかつてはトレーナーとして、チャンピオンというものに憧れたさ、だけど、その夢は叶わなかった」

 イリマは、少し胸が傷んだ。タカツは笑っていた、だが、僅かにではあるがそこには、悔しさのような感情が、確かにあった。

「でも、夢がそこで潰えるわけじゃない。運命的なものなんだ。自分がやりたいと思うことは、向こうから勝手にやって来る。いつか来るそれのために、今は目の前にあることをとりあえず経験して、大きな物事を成す自信につなげればいい、それは、無駄じゃない。イリマ君のやっていることは、無駄じゃないんだ」

 無駄じゃない、タカツがはっきりと言ったその言葉に、イリマは、自分の胸に突き刺さってる巨大なネジが、僅かに緩まったような気がした。

 タカツのその理屈が正しいかどうかは、分からない。所詮タカツは、そのトレーナーとしての人生で大きな成功を残したわけではないからだ。

 しかし、イリマが彼の言葉で、救われたのも事実だった。イリマ程の立場があるトレーナーの、皮肉とも取られかねないような悩みに、タカツが向き合ったことは、事実なのだ。

 タカツは撒き餌を水面に叩きつける。イリマは「ありがとうございます」とタカツに頭を下げ、もう一つ質問する。

「タカツさんは、何故、ハクリューを釣ろうとしたのですか?」

 ふふ、とタカツは笑った。タカツにとって、その質問も多くされていたものだった。だが、タカツはその質問に対し、常にチグハグなことを答えていた。たまたまですよ、とか、やっぱり釣り師としての最終的なものはこれですからね、とか、手っ取り早くカネになるからですね、とか。

 だが、それらすべては、その場で笑いを取るためのフェイクだった。本当の理由は、まだどこでも語ったことがなかった。

 タカツは、この子にならいいだろうなと思った。否、この子にこそ、本当の理由を言わなければ、フェアじゃないだろうと思った。

「僕の故郷にはね、龍の穴という洞窟がある。そこはドラゴンの住処で、一族の長に認められたものしか入ってはいけなかったんだ。だけど、ある日僕はこっそりとそこに忍び込んだ、そこで見たのが、洞窟の中の湖を泳ぐハクリューだったんだ、そいつは僕を見ると、僕に飛びかかるように一つ跳ねて、水の底に消えた。僕は神様を怒らせてしまったと本気で思って、泣きながら家に帰った」

 一泊置いて、一人で笑う。

「その後何年かして、神様の正体を知った。その時僕は神様がポケモンだったことに落胆したけど、同時に、ポケモンならば触れ合うことができると思った。だけど、僕にトレーナーとしての度量はこれっぽっちも無かった。そこで目をつけたのが、釣りだった。そして、やってみるとこの釣りというものが、楽しくて楽しくて仕方がなかった。ただ、それだけだよ」

 やっぱりこの人はすごい、とイリマは思った。一度挫折したにも関わらず、諦めずに別の方向から、夢を叶えたのだから。

「僕も、そのような出会いをすることができるんでしょうか」

 イリマは、絞り出すようにそう言った。まだ、不安が完全に払拭されたわけではななかったのだ。

 タカツは、イリマの方を向いて、その目をしっかりと見据えて答える。

「釣れるまでやるんだよ」

 その時、竿を持つタカツの手が、竿先の小さな反応を感じ取った。タカツはイリマに意識を割いていたが、彼の右手は機敏にそれに反応した。酸味のある木の実を見れば、意識せずとも口の中に唾液が広がるのと同じように、タカツの右腕は、少しでも竿先から不審な反応があれば反射的に竿を立てるようになっていたのだ。

 立てられた竿は、大きくしなっていた。

「オッケェイ!」

 それまでの雰囲気を吹き飛ばす、あまりにも不似合い、不釣り合いな、大声だった。その声はビーチサイドエリアにまで届き、なんだなんだと水着の人々はどよめいた。

 タカツはドククラゲの上に立ち上がり、竿を寝かせてそのしなりを確認する。しかしリールを操作する手は冷静に、糸を緩め続けていた。あまりの動きの大きさに跳ね飛ばされた信じられないほどにダサいキャップは、ドククラゲがキャッチした。

 これだけの豹変を見せられれば、流石にド素人のイリマも竿先のポケモンが小物ではないことには気づく、仕掛けと仕掛けが絡まないように、彼は急いで自らの仕掛けを巻き上げた。餌は無くなっていた。

 糸を徐々に緩めながら、タカツは時折竿をしならせて、食いついたポケモンのサイズを確認しようとする。しかし、あまりにもそのポケモンが引きすぎるから、まだそのサイズを測れないでいた。

 イリマは、これはハギギシリでは無いかもしれない、と思った。自分の仕掛けにかかった時に比べれば、引きがあまりにも強すぎるようなきがする。考えられるのは、ギャラドスのような大型ポケモン、進化後ということを考えれば、浅瀬には滅多に姿を見せないがネオラントという事も考えられる。

「ギャラドスやネオラントじゃないね!」

 イリマのそんな不安を読み取っていたのか、タカツはイリマに叫ぶ。イリマがそう感じても不思議ではない事を、タカツもその引きから理解していた。

「どうしてわかるんです!?」

 それに答えることが、邪魔になったりはしないだろうかと不安になりながら、イリマはそう問う。

「引きのリズムが違う、リズムで分かるんだ」

 そう言うと、タカツはリールを二、三度巻いて、再び糸を出す。

「それに、それらのポケモンはあんなに繊細な当たりはしない」

 タカツは糸を止めた。グンと大きく竿がしなる。しばらくそれを維持して、再び糸を出す。

 戦っている、と、イリマは瞬きすることも忘れて、タカツとその竿先を食い入る様に見つめる。

 この人がトレーナーとしては落ちこぼれだなんて、信じられない。今、この海で、この人ほどポケモンを理解しようと勤めている人間なんて、他にいるのだろうか。

 たった一人、あえて一人で、タカツはポケモンと戦っている。

 タカツがリールを巻き始める、素早く巻いているとは言えないような速度だったが、タカツのことだからこの速度にも何かの狙いがあるのだろう。

 タカツが糸を緩めれば、そう指示されたかのように、ポケモンが暴れ、水中に引き込む、しかし、タカツがそれを読んで糸を緩めてしまっているものだから、仕掛けを振り切ることは出来ず、いたずらに体力を消耗する。

 それを見越して、再びタカツがリールを巻く。その繰り返しだった。いや、本来ならばその繰り返しをすることすら難しいのだろう。

 やがて、僅かにではあるが、仕掛けの先にあるモンスターボールが見える位置にまで仕掛けは巻き上げられた。しかし、タカツは惜しむこと無く、必要とあらば糸を出す。

 しかし、その竿先のしなりが徐々に緩やかになってきていることは、イリマにも容易に見て取れる。

「よし、よし、よし」

 タカツがリールを素早く巻き始める。終りが近いのだろうとイリマは思った。

 だが、ここで安心するのは良くないことを、イリマはよく知っている。

 もう仕掛けがすぐそこ、手を伸ばせば届くというところに来たところで、イリマは再び糸を緩める。

 直後に、ボールは再び暴れ、少しだけ深く沈んだ。

「やった!」と、イリマは思わずガッツポースを決めながら叫んだ。恐らくそれは最後の抵抗、ボールのなかのポケモン最後の抵抗のはずだ。タカツはそれを上手く透かした。

 タカツはゆっくりとリールを巻く、もはや竿先のしなりは殆ど無かった。

 しかしその時、何かが破裂するような音と共に、ポケモンが仕掛けの先のボールから飛び出した。バレたのだ。

 だが、二人は、ポケモンをばらしてしまった落胆よりも先に、ボールから飛び出したポケモンの姿に釘付けになった。

 そのポケモンは、ハギギシリだった。少なくともその姿形を見れば、図鑑などでよく見るハギギシリのはずだった。

 しかし、それはあまりにも巨大すぎた。通常ハギギシリというポケモンは、大きくても一メートル程度、だが、二人が見たハギギシリの姿はそれを軽く凌駕する大きさだった。丁度イリマと同じ程度の体躯だった。

 深く、深く潜っていくその巨大なハギギシリを、二人はしばらく眺めていた。

 そして、二人はようやく、ハギギシリをばらしてしまったということを思い出した。タカツは仕掛けを巻き上げながら笑う。

「やれやれ、格好つかないな」

 そんな事はない、その時イリマはうまく言葉に出来なかったが、本気でそう思っていた。

 あれだけのポケモンと、戦っていたのだ、そして、もうほんの少しで、明確な勝利、釣り上げるという明確な勝利まで後一歩だったのだ。

「うわあ」

 巻き上げた仕掛けを見たタカツは、恐れと落胆を混ぜたような声を上げる。

「見てよこれ」

 それを見て、イリマもぞっとした。

 先程までハギギシリが入っていたはずのモンスターボールは、下半分が、噛み砕かれたかのように綺麗に無くなっていた。

「きっと内側から噛み砕いたんだろう」

「そんなことって」

 それはおかしいはずだった。内側からモンスターボールを噛み砕くなんて、聞いたことが無い。本来そうならないためのモンスターボールなのだから。

「ハギギシリの中には、とびきり頑丈な顎を持つ種類もいると聞く。あれだけの巨大さならば、あり得なくもないんだろうね。と言うより、事実こうなっている訳だから、それ以外に考えようがない。まあ、ククイ君にはいい土産話が出来ただろう、イリマ君という証人もいるしね、逃した魚がでかいだけと笑われることはない」

 やれやれ、とタカツは道具箱から予備の仕掛けを取り出しながら笑う。

「これだから、やめられないんだよなあ」

 その後二人は、日が落ちるまで釣りを続けたが、再びハギギシリが仕掛けにかかることはなかった。



 翌朝、メレメレ島ボートエリア。

 大きなあくびをしながら、タカツはキャリーバッグを引きずっていた。これから再び一日かけて、カントーに帰るのだ。

 傍らには、ククイとイリマが居た。たった二人、タカツのアローラ来訪を知る二人だった。

「じゃ、お世話になりました」

 タカツはククイに頭を下げる。アローラでの衣食住その他もろもろは、全てククイに頼りっぱなしだった。

「アローラに来るときにはいつでも気軽に声をかけてくれ。あなたはいつも興味深い研究資料を提供してくれる」

 タカツの目論見通り、ククイは噛み砕かれたモンスターボールに猛烈な興味を示した。

 ククイによれば、恐らくそれはハギギシリのサイコファングという技によるものだという、バトルにおいても強固な光の壁やリフレクターなどの防御壁を噛み砕いてボロボロにする技で非常に強力なのだという。

 しかし、それによってモンスターボールに被害が出たという報告はこれまで無く、希少な現象と言えるらしい。

「タカツさん」

 イリマが一歩前に出てタカツに問う。

「また、アローラに来るんですよね」

 タカツは笑ってそれに答えた。

「当然だとも、釣れるまでやるのさ」

 イリマはその言葉に安心したように笑うと、更に続ける。

「僕も、ハギギシリを狙ってみようと思います」

「難しい釣りだよ。当たりを取るのも難しいし、釣り上げるのにも経験が必要だ」

「はい、わかっています。でも、僕も釣れるまでやってみようと思います」

「その心意気だ」

 タカツはイリマの頭を撫でた。

「釣れたら、手紙を書きますね」

「楽しみにしているよ。住所はククイ君が知っている」

 ハギギシリは釣れなかったが、まあ悪くない一日だったのかもしれないと、タカツは思った。



 それから数ヶ月後、長期休暇を利用して夫婦でアローラ旅行に向かう数日前、タカツは彼の妻にしこたま怒られていた。

 その間には、タカツに宛てられた一通の封筒があった。

 勿論、タカツの妻が彼に無断でそれを開いたわけではない、基本的には豪傑で、ギャラドスにすら睨み勝ったことのある肝の据わった女性ではあったが、人の物を無断で見るようなことはしない。

 だが、彼女は人一倍感が鋭い、ある日唐突に届いたアローラ地方の消印が押してある封筒と、数ヶ月前の明らかに不自然な出張が彼女の中で一つの形となってしまった。何よりタカツには、釣りのためなら何だってするという数多くの前科がある。

 開けなさい、とタカツは妻に詰め寄られた。タカツはまだ使ったことのない言い訳はどれがあっただろうと頭を回転させながら、封を開く。

 その中には、二枚の便箋と、一枚の写真があった、それを見て、タカツは思わず頬を緩めてしまった。

 その写真は、ハギギシリを両手で抱えたイリマが、笑顔で写っているものだった。彼は本当に、釣れるまでやめなかったのだ。

 そして、助かったとも思った、経験上、妻は子供の笑顔に弱かった。

 そしてもう一つ、イリマが抱えているハギギシリは、悪くないサイズではあるが、あの日あそこで見たほどのサイズではない。まだ誰も、あいつを釣ってはいなかった。

 楽しみだな、とタカツは思いながら。その写真を妻に見せ、なんとかその場を取り繕おうとするのだった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。