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「僕の体験手記」(作者:ルキエさん)

「ねえ、今日の新聞読んだ?」

「当たり前じゃん。ニュースでもやってたよ。これで十人目でしょ?」

「やばいよねー。警察何やってんのって感じだよねほんとに。」

ライモンシティを歩いていると女性二人が大きな声で会話しているのが耳に入ってくる。

またこの話だよ。今日だけで何回目だろう。どうして人はこうも大々的に取り上げられているニュースの話をするのが好きなのか。全く理解できない。

 そんな事を考えながら歩いていると、上の方から僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。

「トーモーキーー!」

 声が聞こえる方を向くと、一匹のポケモンが猛スピードで急降下してくる。そのまま衝突するかと思ったけど、車のドライバーなら寿命が縮むんじゃないかってレベルのギリギリで止まった。風圧が凄くてこけそうになるのを飛んできた無免許運転ドライバーが慌てて支えてくれる。

「クイン、何かいいことでもあったの? かなり興奮してるけど。」

 僕が呆れ顔で聞くと、ジュナイパーのクインは待ってましたと言わんばかりにこう言った。

「例の連続殺人事件の犯人の居場所が分かったんだ! 情報通の奴らに聞いて回ったから間違いないって!」

 ……さっきのは訂正。どうやら人だけじゃなくてポケモンも話題になっているニュースの話が好きみたいだ。

 僕が行きたくないって顔をすると、クインは歩いている僕の視界から消えないように器用に後ろに飛びながらその気にさせようと巧みでもない話術で僕を説得しようとあれこれ言っている。木に頭をぶつけるよう誘導してみようかな。

「それで、何処に居るかだが……迷いの森らしい。警察も手掛かりが無くて捜査が進んでいないらしいから犯人捕まえたら大金貰えるぞきっと。な、いいだろ? アローラでは敵なしだったんだ。余裕で捕まえられるさ。」

 敵なし、ねえ。本当にそうならいいんだけど。

 僕は生まれてから四、五年前までアローラ地方に住んでいた。クインと出会ったのは更に三年くらい前。両親とマリエ庭園に遊びに来ていたら怪我をしているモクローを偶然僕が見つけてポケモンセンターに連れて行ったんだ。両親は反対しなかったし、モクローもおやがいないみたいだったからモンスターボールに入れて晴れて僕がおやということになった。そのときにクインって名前をつけてあげた。クインは直ぐに一人で何処かに遊びに行ってしまう。その度に三流ゴシップ記事のような話を持って帰ってくる。今の連続殺人犯の居場所みたいなね。

 クインが家に居るときは外に遊びに行ったりした。クインが勝手に突っ込んで行って野生のポケモンとバトルしたり、トレーナーに勝負を挑んだりとクインにかなり振り回されたのもいい思い出かな。モクローの頃は負けてボロボロになる事も多かったけど進化して経験を積んでいくと負ける回数も減っていっていつの間にか近くに住んでいるトレーナーの人や、家族で遊びに行った際に勝負した人達にも負けないレベルになっていた。

 そして、父さんの転勤でアローラからイッシュに引っ越した。それからは、僕は基本家でダラダラ過ごしていたけど、クインは相変わらず何処かへ行ってはどうでもいい土産話を僕に聞かせてきた。

 だから、こっちに引っ越してからのクインの本当の戦績は知らない。本人曰く負けなしとの事だが、知らない人に勝負を吹っかけて迷惑を掛けないでほしい。クインから「また連勝記録伸びた。」と聞くと、僕はいつも心の中で、「うちの馬鹿がご迷惑をお掛けしました。」と謝っている。

 僕たちの過去話はさておき、問題は如何にしてクインのやる気を削ぐか、だ。

 結論から言うと、無理。絶対に不可能。自由と好奇心の権化と言っても過言ではないクインの暴走を止めることのできる人やポケモンを僕は知らない。

 はぁ、一人で勝手に捕まえたらなんて言えないしなあ。相手は連続殺人犯でしょ? 相手の正体は分からないから一人で行かせるのは危険だよね。仕方ない、クインは自信しかないみたいだし乗ってあげようか。

「分かったよ。行けばいいんでしょ行けば。但し、危ないと思ったら逃げるよ。それでいい?」

「流石トモキ。話が分かる人間は好きだぞ。じゃあ、今日の夜に迷いの森に乗り込むから準備しといてくれよ。」

 それだけ言ってまた何処かに飛んで行ってしまった。本当に自由だなあ。さて、何を準備すればいいのか分からないけど街をウロウロして時間潰ししよっと。

 あ、クインの頭を木にぶつけさせるの忘れてた。まあ、いっか。


時刻は午前0時。迷いの森の入口までやって来た僕たち。邪悪な妖気が溢れてきそうなくらい不気味な雰囲気が入るのを躊躇わせる。

「クイン、本当にこんなところに居るの?」

「心配するなって。確かな筋からの情報だから安心しろ。」

 それで安心しろって言われてもねえ。これで何も収穫が無かったらクインを焼き鳥にしてやる。


「次、右。次も右。次はまっすぐ。次は……」

「最初からおかしいと思ってたんだが指示がおかしくないか?」

クインが何か言っているけど無視。僕の考えではこれでいい筈。

 僕たちは迷いの森を木に飛び移って移動している。理由は、地面を歩いていると上と下両方に注意しながら移動しないといけないこと。もう一つ、クインは狙撃が得意だ。相手の正体が分からない以上、真正面から戦うのは避けた方がいいと思った。

 そんな訳で、僕は今クインにおんぶされながら指示している。僕に木から木へと飛び移れなんて無理。だって人だもん。

 クインは文句を言いながらも僕の指示通り移動してくれている。お陰でやらかしても何とかなりそうだ。

 しばらく進むと、今までの殆ど何も見えない木々ばかりの景色は終わって、月明かりが差し込んでいる明るくて広い場所に出た。奥には何処から持ってきたのかボロボロのキャンピングカーが停まっていて、僕が双眼鏡で中を覗くと、生活していた痕跡が見えた。

「確かに、何か居そうではあるね。」

 緊張しながら待つこと数十分。意外にも早くそのときはやって来た。

 僕たちが来た道から歩いてくる影。一歩、また一歩と足を踏み出す毎に徐々に姿が顕になる。

「人だね。」

「そうだな。」

 お互いそれだけ言って黙ってしまう。しょうがないじゃん。有名人でもないし、何処にでも居るような普通の男の人なんだもん。

「それじゃあクイン、お願い。逃げられないようにするから太ももを狙ってね。」

「了解。百パーセント、必中だ。外しはしない。」

 うっわー、フラグにしか聞こえない。

 ……まあ、当たるんだけどね。クインが放った矢は綺麗な放物線を描いて吸い込まれるように犯人と思われる男の人の太ももに突き刺さった。痛む筈だけど、何人も殺してきただけの事はある。怯まず矢が飛んできた方に向かって銃を撃つ。しかし、既にそこに僕たちはいない。

 そのくらいは予想済みだ。一発目が命中するのを確認したら反撃される前に移動して二発目、三発目と視えているというアドバンテージを利用して確実に追い詰めていく。

 そして、血を流しすぎたのだろうか。男の人はあっけなく倒れて動かなくなった。

 暫く待ってからクインと一緒に慎重に近づいて脈を確認しようとする。すると、不思議な事が起こった。僕が触れようとした瞬間、男の人が消えた。何の前触れもなく突然。更に不思議な事が起こる。一緒に確認に来たクインの姿もいつの間にか消えていた。

「クイン!? 何処に居るの、返事して!」

 しかし、クインからの返事はない。一人取り残された僕を嘲笑うかのように月の光が僕を照らしている。

「とりあえず、一回この森を出て警察の人に探してもらうしか……」

 ない、と言う前にヒュンッ、という音が静かな空間を支配した。次の瞬間、僕は後ろから何かが体を貫く痛みを感じた。

「ああ、やっぱり君だったんだ。」

体から力が抜けていって地面に倒れる。小さく呟いたのに今回は返事がある。

「やっぱり、って事は気付いていたのか。」

 意外だな、と何年も聞いてきた声が答える。

「ただの推測で違っていてほしいと願ってたけど、残念。」

呼吸が荒くなり、弱々しい声でしか喋る事が出来ない。

「そうか。じゃあ聞かせてくれ。お前が考えている今回の事件について。」

 死にかけの人に何言ってるんだろうこの馬鹿は。まあ、静かに死を待つよりはマシだよね。

「分かったよ。今回の事件は無差別殺人だと思ってる。被害者に共通点はないみたいだし。犯人はクインともう一人、ゾロアークかな。さっきの男の人は消えた、というより幻を見せられてたんだよね。クインとゾロアークがどんな関係なのかは知らないけどモクローの頃から何処かに行ってたのはゾロアークに会いに行ってたから、なのかな? クインが怪しいと思い始めたのは最近からだよ。犯人の居場所云々だって僕を殺すための嘘じゃないかって何となく思ってた。だから最初に嫌な顔したんだけど、知ってた?」

 僕は言いたいこと言って満足なんだけど、どうもクインは納得していない。

「まあ、さっきの幻の時点でゾロアークって事は分かるか。ゾロアークとの関係か、単純だ。助けてもらったんだ。群れから追い出され、どう生きていけばいいのか分からず死にかけていたところをゾロアークが拾ってくれた。勿論、全てゾロアークが仕組んだ事だと分かっている。それでも、救ってもらったことには変わりない。で、トモキの推理は間違っていない。逆によくそこまで分かっているな、と感心したくらいだ。聞きたいのはどうして嘘だと分かっていて此処まで来たのか、と動機だ。」

「言わなかったって事は分からないって察してよ。本当に馬鹿だなあ。動機についてはさっぱり。無差別殺人の時点で考えるのを諦めてたから。それについてはどうなの?」

「馬鹿は余計だ。動機か。ゾロアーク曰く、『ただの暇つぶし』だそうだ。付け加える部分があるとすれば、『一方的に信頼していてそれを知った時の絶望が見たい』だ。ああ、安心してくれ。これ以上は誰も殺さない、トモキで最後だ。」

 そっか、暇つぶしか。そんな理由で殺人なんてしたら色んな方面の方々から怒られるよ。って、何考えてるんだろ。もうすぐ死ぬ奴の思考とは思えないね。

 無防備に背を向けて飛び立とうとしているクインが最後に聞いてくる。

「まだ、答えてもらってないことがあったな。どうして嘘だと分かっていて此処まで来た?」

 馬鹿のくせにいらないことは覚えているんだ。言っても誰も得なんてしないのにね。でも、知りたいなら教えてあげるよ。

「そうだね。ゾロアークの筋書き通り僕を殺せるクインは幸せ者だな、って思っただけだよ。」

 そうか、と短く言ってクインは飛んでいった。

 喋り過ぎて疲れたな。目を閉じると、今までクインと過ごしてきた日々がフラッシュバックされていく。これが走馬灯ってやつなのかな。

 クイン。頭を木にぶつけさせて。それが僕の最後のお願いだから。














「って、幸せな訳あるかーーー!!!」

「嘘!? 僕としては超幸せなんだけど?」

「黙れ! 勝手に人殺しにしやがって、許さんぞ!」

「体験談を基に書いてるんだから……ね?」

「ね、じゃない! 今、こうやって生きている時点で体験談ではない!」

「分からないよ!? あの後奇跡的に生きてた僕が数年後にクインと再開して抱き合うシーンがあるかもしれないじゃん!」

「かもって言ったな!? この文章が嘘だと認めたな!? しかも、最後のあれは何だ! どうでもいいことをお願いするな!」

「どうでもよくないよ! 最後のあの文章を書くためにクインは僕を殺したんだから!」

「酷い!」

 結局、僕が書いた体験談(大嘘)はクインの手によって消されちゃった。まあ、バックアップしてあるからこうやって投稿されてる訳なんだけど。クインは詰めが甘いなあ。ほんと、一回頭をぶつけたら馬鹿も治るんじゃないかな、なんて。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。