ラナキアマウンテン。そこは島巡りの締めくくりの場所であり、アローラの若者への試練の象徴であった。しかしとある博士の計画により、その地はアローラ発のポケモンリーグとして生まれ変わり、ポケモンバトルへの自由の象徴へと進化した。カントーからやってきて島巡りを始めた少女が初代チャンピオンの座につき、挑戦者が訪れては負けて帰っていく。だがもう敗者たちの表情に、かつての島巡りによる挫折や絶望はない。挑戦者は島巡りなんて達成しなくていい。神に認められなくてもいい。若くてもいい。年をとっていてもいい。アローラ出身じゃなくてもいい。ただ力あるものが挑戦して、己とパートナーのゼンリョクをもって戦えばいいのだから。
「おれもみんなも腹ごしらえオッケーだねー。今日こそユヅキに勝ってみせようねー」
夜の帳が下りてきたラナキアマウンテンに、今日も一人の挑戦者が訪れる。ほがらかな笑顔が印象的な浅黒い肌の少年は、メレメレ島におけるしまキングの孫であり、名前をハウという。ハウにとってアローラの初代チャンピオンは友人であり、しまキングである祖父に勝った自分にとっての超えるべきライバルなのだ。大好物のマラサダを仲間たちみんなで食べた後、いざ最後の草むらを抜けて工事現場のようなエレベータに走り出す。とその時、上にあったエレベータが、ハウが操作する前に降りてくる。そこに乗っている人物を見て、ハウは普段のほがらかな笑顔のまま言った。
「グラジオってさー、止まってるときはそのポーズしてないとダメなのー?」
ファスナーだらけの黒服に、金の髪しかめっ面で額に手を当てた珍妙なポーズで降りてきたのは、アローラチャンピオンと自分と一緒にエーテル財団へ乗り込み、今は倒れたエーテル代表を務める少年、グラジオだ。彼もまた自分と同じ、アローラチャンピオンに時折挑んでは敵わずに帰っていくものの一人である。
「フッ……つまらないことを聞くな。ここではそんなことよりも話すべきことがあるはずだ」
はぐさかされたように思えるが、まあハウにとってもどうでもいいことである。
「またミヅキに負けたんだねー。グラジオも懲りないよねー」
「違う」
今上のエレベータから降りてきたということはそういうことだと思ったのだが、鋭く否定するグラジオ。グラジオが見栄っぱりのカッコつけなのはいつもの事だが、ハウだって何回も挑戦して負けているからお互いさまである以上、ここで嘘をつく意味はない。
「俺は今からあいつに挑戦するところだった。そうしたら下にお前の姿が見えたからここに来た」
「えーわざわざおれに会いに来たの?」
ちょっと意外そうな顔をするハウ。ハウにとってもグラジオは友人の一人ではあるが、あまり面と向かって話すことはなかった。大抵はチャンピオンのミヅキやリーリエが間に入っていたからだ。
「……お前とは、結局最初に会ったあの一回しか戦っていないからな」
「そういえばそうだねー」
で、それがー? とハウは首を傾げる。相変わらずグラジオの言葉は必要以上に少なく、わかりにくいと思う。
「フッ……にぶいやつだ。ポケモントレーナー同士が出会ったらやることは決まっているだろう」
グラジオは額に当てていた手を腰にやり、モンスターボールを構える。ハウはちょっとびっくりしてたじろぐような姿勢になった。
「えー! おれ今からユヅキとバトルしに行くところなんだけどー。また今度じゃダメなのー?」
「その次がいつになるかわからん。……オレはお前と決着をつけたいと思っていたからな。ユヅキと戦いたければ、オレを倒していけ」
「決着をつけるって、あの時勝ったのはグラジオでしょー?」
「いいや、今は一勝一敗だ」
「なんでそうなるのー? おれさっぱりわからないんだけど」
どうしてもグラジオには譲る気はないらしい。困ったふうに頭の後ろを掻くハウ。グラジオとバトルした記憶は本当に一回しかないのだが。
「……一年前、俺たちとユヅキの3人でエーテルパラダイスに乗り込んだ時の事を覚えているか?」
「そんなの忘れるわけないよー」
あの時、奪われたコスモッグを助けるため3人で乗り込んだことは一生忘れないだろう。スカル団と繋がっていたエーテル財団、優しそうに見えたおばさんの本性、ウルトラビースト、リーリエの決意はハウの記憶に強く残っている。ついでにグラジオのノープランっぷりも。
「ならあの時、お前がスカル団のボスと戦った時のことも覚えているよな?」
「あー、おれあの人とはもうバトルしたくないよー。壊す壊す言ってて楽しくないし危ないし……」
「お前ならそうだろうな。だが楽しいかはともかく……お前は、勝った。オレと違って」
グラジオの眼が一際鋭くハウを見る。ようやくハウにもグラジオの言いたいことがわかってきた。
「そういえばグラジオは負けてたんだっけー。だから一勝一敗ってこと?」
「そうだ、あの時はそんなことに拘っている場合ではなかったが……あの一件は解決し、一度傾いたエーテル財団も安定した。リーリエも無事にカントーでジムバッジを集めた。これで心置きなくお前と決着をつけられる。最初に戦った時とは違う、お前のゼンリョクを見せてもらうぞ」
「グラジオは心置きなくでもおれの心の準備は出来てないんだけどー。別にゼンリョクでやる理由もないしねー」
「突然挑まれた勝負にはゼンリョクを出せないと?次代のしまキングとして認められつつあるハウともあろうお方が」
「その言い方気に入ってるのー?」
エーテルパラダイスに乗り込んだ時も変な眼鏡のおじさんにそんな言い方をしていたことを思い出す。ペースの合わないハウにグラジオは少し沈黙する。
「……相変わらず調子を狂わせるやつだ」
「それリーリエとユヅキが調子を合わせてくれてるだけだと思うよー」
ハウは自分がのんびりしたペースで喋ること自体は自覚しているが、グラジオの調子に合わせられる方が凄いと思う。
「そう、リーリエだ。お前、リーリエに手紙を送っているな」
「そうだけどー?」
「リーリエは俺にも手紙を送ってくるが、今ではすっかり6匹の手持ちを揃えているそうだ。アローラに戻ってきたらオレやユヅキ、お前ともゼンリョクのバトルがしたいと書いてあった」
「おれにもそんな感じの手紙来たよ、それでー?」
グラジオはボールを持ったまま額に手をやり、そのポーズでハウを睨んで言う。
「今はもうはっきりとした強さを持っているのに、他人のゼンリョクに応えようとしない……そんな『弱い奴』にリーリエとバトルさせたいとはあいつの兄としてオレは思わないな」
「……へー、随分言うねー。リーリエとバトルしてみたかったらゼンリョク出せってことだよねー」
一瞬、ハウの表情が真剣そのものになった。自分の相棒が入ったモンスターボールに手をかける。リーリエとは勝負してみたいし、本気のハラに勝って祖父に認められた今弱い奴と呼ばれて黙っているつもりはない。
「……どうやらやっとその気になったようだな」
こころなしか嬉しそうに聞こえるグラジオの言葉。期せずしてハウもグラジオも、ユヅキとリーリエが仲間にしたこの地の伝説を象徴するような美しい満月を見上げる。
「まあ、ユヅキに挑戦するつもりだったからバトル自体は出来るしねー。まったく、こんなに月が青いのにー」
「なればこそだ。あいつやリーリエの存在を感じられるほどこんなに月が青いから……」
「なんかー長い夜になりそうだねー」
「……ああ。悪くない夜になりそうだ!」
ハウは尻尾をサーフボードのように乗りこなすライチュウを、グラジオクロバットを繰り出す。ライチュウは満腹になったお腹をポンポンと叩き、マニューラは自分の羽根でいったん体を覆うようにした後一気に開いて威嚇した。それぞれトレーナーに似たのだろう。アローラのライチュウは電気・エスパータイプ。クロバットは毒・飛行タイプ。相性は完全にクロバットの不利だ。
「やはり初手はそいつか。読み通りだな」
「読み通りー? ライチュウ相手とわかっててクロバット出すなんて、ミスしたんじゃないのー? まずは『10まんボルトー』」
「このオレがミスだと? ハッ、とんだロマンチストだな! 『とんぼがえり』!」
ライチュウの頬袋から大量の雷撃が飛び出す。だがクロバットは四枚の羽根を羽搏かせ、電撃をかいくぐり横合いからぶつかっていった。鳥というよりはもはや虫の域の旋回力だ。ライチュウがよろけ、尻尾の上から落ちそうになる。そしてクロバットは次の攻撃が来る前にボールの中に戻っていった。
「へー。なんかさっき言ってたあの危ない人みたいなやり方するねー」
「……そうだ、今のはグズマの戦術をヒントにした。そのライチュウに虫タイプの技は効くだろう」
グラジオが倒せず、ハウが勝ったスカル団のグズマ。虫使いである彼のエースポケモンは強力な攻撃力に加え、致命的なダメージを受ける前にボールに下がっていく性質を持っている。それをグラジオなりに取り込んだ技だった。
「だがこの程度だと思うなよ? 出てこいマニューラ!」
「ライチュウ、『でんこうせっかー』!」
紅いとさかを鋭い爪ではじきつつ現れるマニューラに対し、今度は電撃ではなくサーフボードのような尻尾を電磁力で操作し、予測不能のジェットコースターのようにぐるぐる動きながら隙を伺うライチュウ。だがマニューラはキザに腕組みしたまま動かない。しびれを切らしたライチュウが後ろから尻尾ごと突っ込もうとすると――目にも留まらぬ速さで振り向き、パチンッ!!っと激しい音が鳴った。少し離れたハウの耳でさえ少し震えたほどだ。敵の目の前でひるまされたライチュウは、とどめの『つじぎり』を受けて倒れる。
「そして『ねこだまし』。……これも誰の得意技かは島巡りをしたお前ならわかるだろう」
「あの警察のおじさんのだよねー。ライチュウありがとー」
尻尾から転覆するように落ちたライチュウをボールに戻してやりながらハウは答える。悪タイプによる『ねこだまし』の使い手と言えばウラウラ島のしまキング、クチナシのものだ。
「……んー」
「どうした? まだまだお前のゼンリョクはこんなものではないはずだ」
グラジオに促されても、少しハウは沈黙したままだった。随分久しぶりにバトルしてみて、今までなんとなく思っていたことがようやく言葉になりつつあった。
「なんかさー、グラジオって変わったよねー」
「……どういう意味だ」
グラジオは否定せず、ハウの言葉を待った。ハウはいつも通りおおらかにゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「最初会った時はなんかだれにも頼らないー俺とこいつだけで強くなるーって感じで、おれやユヅキや他の奴なんてあんまり気にしてないと思ってたけどー。今は違うよねー。ユヅキに挑戦しておれにもバトルを挑んで、他の人の強さを真似して……うん、やっぱうまくは言えないー」
「……そうかもな」
どことなく、嬉しそうな声だった。それは他人に認められたからか、それとも今自覚できたからか。ハウには、グラジオの考えることはよくわからない。
「でも、それはおれも同じだもんねー! おれのゼンリョクはこれからだよー、いけーケケンカニ!!」
真っ白い巨大な鋏の腕を持ち上げて、糸のような細い目でグラジオをマニューラを見据えるケケンカニは、グラジオも四天王の座で見たことがある。ハウの祖父であるハラのエースポケモンだ。それと同じポケモンをハウが連れている。
「そいつは……なるほどな、それがお前のしまキングの孫としての覚悟か」
「覚悟とかは知らないけどー、じいちゃんの想いに応えられるようになりたいなーって思ったらこいつにいてほしかったんだよねー」
ただでさえ偉大な存在の子供はそれと比較されるものだ。同じポケモン、しかもエースと同種を連れていればなおさらだ。最初に会った時は自分は弱いから負けても仕方ないというような態度を取っていたあの時とは大違いだ。
「だがそいつの動きは速くない! マニューラ、『つじぎり』だ!」
「いくよ、『アイスハンマー』!」
マニューラが素早さを生かし、鋏の死角から切りつけようとする。だがケケンカニはそれに構わず思い切り大きな鋏を振り上げると、一気に地面に叩きつけた。大樹に積もった雪がいきなりなだれ落ちたように氷が地面にぶつかり、『じしん』のような衝撃が起こる。グラジオがバランスを崩したが、ハウは慣れっこと言わんばかりに笑顔で平然と立っていた。。
「一時的に足場を崩したくらいで止められると思ったか?」
「いいやー? でも関係ないもんねー」
何?とグラジオが警戒してマニューラを見る。マニューラはケケンカニの後ろで爪を振りかぶっていたところだった。もう少し踏み込めば切り裂ける。なのにマニューラの足は動かない。だるまさんが転んだで振り向かれた時のように、制止している。地面を伝わった氷が、マニューラの足を凍り付かせていた。
「このまま、『ぶんまわすー』」
「クッ……」
ケケンカニが動けないマニューラをそのままダルマ落としをするように鋏を振り回して、マニューラを吹っ飛ばす。格闘タイプに非常に弱いマニューラは一撃で倒れた。
「マニューラさえ凍り付かせるほどのパワー……あのしまキングにも劣っていないな」
「すっごいとっくんしたからねー」
穏やかな笑顔の裏に、どれほどの努力を積んだのだろう。あるいは努力ではなくすでに楽しいことに含まれているのか。いずれにせよ、ハウも周りのゼンリョクを受け止めて強くなっていることは明らかだった。
「だがそうでなくては面白くない。行くぞルカリオ、『はどうだん』!」
「っと、いきなりー!? 『ストーンエッジー』」
ボールからクラウチングスタートを切るように出てきたルカリオは波動を放つ。ケケンカニは咄嗟に震脚で地面の岩を隆起させて防いだ。
「拳を振り上げる隙も与えるな、『ラスターカノン』!」
ケケンカニがもう一度『アイスハンマー』をするより速く『しんそく』で懐に潜り、零距離での鋼の波動をぶつける。ケケンカニが吹っ飛ばされてその白い体が地面を転がった。
「さすがにあのしまキングほどの対応力まではないらしいな」
「うう……そこはさすがに経験がちがい過ぎるよー。戻ってケケンカニー」
にやりと笑うグラジオ、ちょっと悔しそうな顔をするハウ。まだまだ偉大なしまキングと全く同じ、とはいかないようだった。
「じゃあネッコアラ、お願いー」
「さあ、次はどう出てくる……」
次にハウは常に眠ったままのポケモン、ネッコアラを繰り出す。ルカリオが波動弾を撃つ。それに先んじてネッコアラが寝たまま持っている木を投げて『ふいうち』する。それに気を取られたところに、本物の『じしん』が凄まじい勢いで土を隆起させルカリオを直撃した。グラジオはポリゴンZを出し、有無を言わせず『はかいこうせん』で抱いた木ごとネッコアラを吹っ飛ばす。反動で動けないポリゴンZをハウのシャワーズが『ハイドロポンプ』で打ち抜き、水没した機械のように機能停止になったポリゴンが沈む。最初に出てきたクロバットが『あまえる』や『つぶらなひとみ』による妨害を受けながらも『クロスポイズン』でシャワーズを毒まみれにし、必死で攻撃した隙をシャワーズがまた『ハイドロポンプ』で倒した。そして、シャワーズも毒で倒れる。
「これでお互い、残り一匹……」
「もうすぐ決着だねー、怨みっこなしだよー?」
ハウはジュナイパーを、グラジオはシルヴァディを繰り出す。最後の勝負も長引かないであろうことはお互い察していた。何故ならエース同士の勝負であり、またZ技も残しているからだ。
「……この一撃で、決着をつけてやる」
「それはこっちの台詞だよー。ただのZ技じゃない、ジュナイパーだけのZ技も使えるようになったしねー。ようやくユヅキに一つ追いつけたよー」
アローラの最初の3匹の最終進化は特殊なZ技を持つ。それを使えるのはアローラチャンピオンである少女とそのガオガエンだけだった。だが今は違う。その特別な技がどれだけ強いかはグラジオとシルヴァディも身をもって知っている。グラジオは目を閉じた。目の前にいる自分の相棒の存在を感じ取る。こいつは元々ウルトラビーストに対抗するためのポケモンであり、ありとあらゆるタイプに変化することでどんな強大な敵にも有利に戦うことを目的としたポケモンだったし、グラジオもその強みを生かすことが重要だと考えていた。だが、周りのトレーナーやハウ、ユヅキのどんな不利な状況でも立ち向かうみんなを見て新たな答えにたどり着いた。周りのゼンリョクに自分の相棒と立ち向かうには、ただ有利であるだけではだめなのだと。
「ならばオレも、オレとシルヴァディだけのゼンリョクで応えてやるだけだ……来い!」
今のシルヴァディは、タイプを変更するためのメモリを装備していない。あるのは本来のノーマルタイプであるZパワー。それをシルヴァディの技に開放して、放つ。Z技につけた名の意味はシルヴァディの役割の破壊、その意志はシルヴァディの存在意義への革命。
「『シャドーアローズストライク』!」
「『マルチブレイクレボリューション』!」
無数の影の矢弓がシルヴァディに飛んでくるのを、鳥ポケモンのような掴むための爪に悪ポケモンのような抉るような爪、その他さまざまなタイプの特性を現した爪が具現化しして矢弓を全て叩き落としながら、シルヴァディ自身が高速で体当たりしていく。ジュナイパーも矢を打ち終え、その身をもって突撃した。最後は、お互いのゼンリョクを持った衝突。そしてその結果は――
「フッ……なにもないな」
「うーん、勝てなかったかー」
がっぷり四つに組み合い、ぶつかり合い、全く同じタイミングで両者ともダウン。ボールに戻して、グラジオはこの勝負への高ぶりを現すようにがくんと体をかがめ、ハウは悔しそうに手で頭をかいた。勝者のいない戦い。それでも両者の表情には、確かな笑顔があった。
「決着は次に持ち越しだな。……まあ、それも悪くない関係だ。じゃあな!」
「あーまたやるの?……まー、楽しかったからいいけど。またねー!」
わざわざバトルの感想を言い合うほど、グラジオとハウは仲良しこよしではない。お互いにポケモンセンターで回復させた後、それぞれの場所へ帰っていく。それでも二人には、同じ目的を持って戦う同士でありライバルだ。このバトルも特別なものではなく、いつか自分を変えてくれたチャンピオンを倒すその時までの一つの過程に過ぎない。その時を目指して二人の、アローラの若者たちのゼンリョクのバトルは続いていく。続くったら、続く。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。