アローラ!
私の名前はミヅキ。
カントーからアローラに引っ越してきて、ククイ博士にポケモンを貰って島巡りをして、無事に帰ってきたトレーナーだ。
一言でまとめちゃったけど、山あり谷ありの島巡りだった。それはもう、自伝が書けそうなくらい色々あって、話が長くなるからこれ以上は言わないけど。
今はメレメレ島の自宅に帰ってきて、のんびりしている。先日、カントーへ行くと言ったリーリエとお別れしてきたくらいだ。
そんな私は今、パソコンの前で、別の意味で頭を抱えていた。
「アローラの小話かぁ…」
お母さんがどこで仕入れてきたのか、こういう企画の存在を教えてくれてページを閲覧したんだけど、アローラ地方にまつわる小話を投稿するコンテストらしい。ナントカ杯って書いてある。
既に公開されている小話はどれもレベルが高くて、話なんか書いた事のない私にはハードル高すぎて書く前から既に心折れそう。
でも新しい事にチャレンジしてみたくて、何とかギリギリブラウザの×ボタンを押すのは思い留まった。
「折角だからリーリエとの思い出を題材にしようかな…」
ついこの間まで一緒に旅をしていた友達の事を思いながら、島巡りの記憶を一つずつ振り返っていく。
でも良い話は思い浮かばなくて、たまたま背後にいた、島巡りでも参謀役として活躍したヤレユータンをチラリと見たが、残念ながらアイディア出すのは手伝ってくれないようだった。目を閉じて静かに瞑想している。
一番の相棒、ガオガエンは…外でトレーニングに勤しんでるし多分この手の相談は向いてないだろうな…
そう思って、頑張って題材になりそうな思い出を引っ張り出す。
…うん、やっぱりあの時の思い出にしよう。
一人で大きく頷いて、キーボードを叩き始めた。
***
「ニャビ、ひのこ!」
トレーナーの指示通りに、ニャビーが火の玉を放つと、野生のオニスズメに直撃し炎が弾けた。
ここは2番道路の草むら。ちょうど野生のオニスズメとの一戦が終わったところ。
本当はリーリエと一緒に町を出発したんだけど、早く次の目的地に辿り着きたくてウキウキしてたら、先に上ってきちゃったみたいで、ゆっくり上ってくるリーリエを待つ間、こうやって次から次へと野生ポケモンと戦っては経験値を稼いでいた。
多分リーリエの事だから、道中素通りしたハウオリ霊園とかきのみ畑とか見てるんじゃないかな。
そんな風に思っていたら、遠くから真っ白いワンピースが歩いてくるのが見えた。
「リーリエ!早くー!」
「ま…待ってくださいー!ミヅキさーん!!」
思いっきり手を振って呼び掛けたら、悲痛な叫び声が返ってきた。序盤から私を見失ってはならないと、出来る限り急いで上ってきたようだ。息切れてるよ、リーリエ。
私の目的地はこの先にある。メレメレ島、キャプテンイリマの試練の場所だ。名前を…茂みの洞窟って言ったかな。その入口で待つと言われたので、こうやって2番道路を駆け上がってきたのである。
まぁちょっと、はやる心が抑えられなくて、先に一人で上ってきちゃったんだけど。
足元でニャビーが同意といった感じで頷いた。
「はぁはぁ…、そんなに急がなくても試練は逃げないですよ…!」
「えぇー、早く試練に挑みたいじゃん。ねっ、ニャビ?」
足元のニャビーがYESと言わんばかりに楽しそうに鳴いた。ククイ博士から貰った初めての相棒、ニャビーのニャビ。私と同じで何事も楽しむ性格の持ち主だ。
そんなわくわくが止まらない私とニャビを見て、ようやく追いついたリーリエが大きく深呼吸してため息をついた。旅のしょっぱなからこんなに走ると思わなかったみたいで、既に息が上がっている。でも、この先の試練が楽しみで仕方のない私が気づく事は無かった。
はぁはぁ…と肩で呼吸するリーリエが何度か深呼吸して呼吸を整えると、ふと私に質問をぶつけてきた。
「前から気になっていたのですが…、ミヅキさんのニックネーム、少し単純すぎませんか…?」
「…そうかな?」
言っている意味が分からなくて首を傾げてみせる。ニャビーのニャビじゃ駄目?
「いえ、そうではなくて…もっと良い名前があるのではと思ったのです…!」
「えぇー、分かりやすくて良いと思うけど…」
少しムッとしてみせたが、リーリエがぐっと拳に力を込めて詰め寄ってきた。いつにも増して力強い目と予想外の気迫に、思わずちょっとのけ反ってしまった。纏うオーラが怖いよ。
顔をぐっと近づけて、リーリエが力説し始める。
「やはりポケモンさんにはもっとカッコいい名前を付けてあげるべきだと思います!単純が駄目とは言いませんが、ミヅキさんは安直すぎです!」
「た…例えば…?」
「そうですね……、フランソワ、とかどうでしょうか!?」
フランソワ!?
自分にネーミングセンスがあるとは思っていないが、リーリエも結構相当なものだ。いや…っていうかフランソワって何!?それどこから来たの!?何の影響!?
予想の斜め上をいく回答に、私は思わず口をあんぐりと開けて固まってしまった。リーリエのどうだ!と言わんばかりの胸を張った姿も凄いが、ごめんフランソワの出所が気になって突っ込めない。
足元のニャビーの鳴き声で我に返ると、今度は私がリーリエに詰め寄った。
「駄目だよ、それじゃあニャビーだって画面の向こうの人が分かんないじゃん!」
「画面の向こうって何ですか!?画面の向こうって!!」
今度はリーリエからの激しいツッコミをくらう。もう息を切らしていたことなんて忘れて突っかかってきている。
そんなツッコミは華麗に無視して、私は足元で毛繕いしている相棒を抱きかかえた。炎タイプであるためか、抱きしめるだけで温かい。ニコニコしながら甘えた声で鳴く姿に一目ぼれして選んだ子だ。
私の超絶可愛いこの子の事を一言で分かってもらうには、やっぱり分かりやすい名前じゃなきゃ駄目だと思うんだ。
「だってさあ、名前ってその子を表す大切なものだよ?私のニャビーって分かってもらうには、『ニャビ』って名前が一番よく分かるじゃん。」
「で…ですが…」
反論しかけた言葉を気迫で遮った。
「もー!くどいよリーリエ!もしこの子が『ゴンザレス』とかいうニックネームだったら、ニャビーだって分かってもらえないじゃん!!」
…ゴンザレス。
何ゆえゴンザレス。
どこから来たのかゴンザレス。
頬を膨らませて口を尖らせながら文句を言ったら、明らかにリーリエが脱力したのが分かった。どこに脱力したのかは分かんない。
…いや、フランソワよりゴンザレスの方がまだ良くない?ニャビーの最終進化形を思い出してみてよ。
私は更に言葉を続けた。
「それに、最近他のポケモンの名前を付けるトレーナーもいるらしいし。例えば、めらめらスタイルのオドリドリに『イベルタル』とかつける人もいるんだよ?他のポケモンの名前をニックネームにされるの可哀想じゃん。リーリエだって、『ミヅキ』ってニックネームつけられたら嫌でしょ?」
「それはそうですが、もう少し工夫があっても良いと思います。」
ふくれっ面の私に、同じようにムッとしたリーリエの反論が重なる。これはもう好みの問題なのだが、残念ながら私もリーリエもそこまで大人じゃないから、どちらも自分の意見を引っ込める気配はなかった。
しばらくバチバチと火花が飛び散って、お互い睨み合いっこするが、やがてこれ以上は歩み寄れないと判断して、胸中に溜まる思いを乗せて大きく息を吐き出した。
気持ちを切り替えて、胸の前で抱いていたニャビーを、両手で高く持ち上げる。私の頭の上ではニャビーが嬉しそうに尻尾を振っている。
「良いの!ニャビーのニャビ。もう決めたんだから!」
ね、ニャビ!と呼び掛けるとニャビーが嬉しそうに尻尾を振って一声鳴いた。
そんな私達の笑顔に、リーリエが観念したように大きくため息をついた。帽子の下から覗く表情は諦めにも似た笑みだ。
「ミヅキさんが良いのなら仕方ないですね。」
「そうそう。」
「でもゴンザレスはナシです。」
「…リーリエのフランソワもナシだよ。」
お互いのネーミングセンスを評価し合うと、思わず吹き出してしまった。
意外と似た者同士なのかもしれないと思った。生まれも育ちも立ち振る舞いも正反対だけど。
「さぁ、早く茂みの洞窟に向かおう!」
「…はい!」
そう爽やかに声を掛けると、リーリエもまた、気持ちを切り替えたように力強い返事で頷いた。
***
「…ふぅ…」
ここまで一気に書いて、私はキーボードを打つ手を止めた。やや脚色しているが、確かこんな思い出だったはず。何度か読み直して、自分の記憶と整合性を取る。
投稿ページには、本文の入力の他に、タイトルとマスクネームの入力が残っている。
「タイトルは…ニックネームへのこだわりっと…、マスクネームはどうしようかな…」
カチャカチャと入力していた手を止めて思案していると、背後で瞑想していたヤレユータンがスッと手に持つ葉っぱの扇を目の前に差し出した。
葉っぱで視界を遮られて驚き振り向くと、ヤレユータンは何も言わずに私を見つめていた。
その目を見れば言いたい事は大体分かる。ヤレユータンのヤレさんは、困った時にいつも知恵を貸してくれる私の参謀役だもの。
名前ひとつ思い浮かばない私の代わりに案を出してくれた事に感謝して、手を動かし始めた。
「マスクネームは―…」
独り言のように呟き、間違いがないよう何度も読み返してから、ドキドキしつつも『投稿する』ボタンを押した。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。