町に住んでいるとは言え野生なんだが、飯をくれるという条件で、最近出来たカラテとやらの道場に顔を出すようになった。
人間もポケモンも、そこでは等しく稽古に励んでいる。
なーんか、改まったような動きをして、実践向けじゃないよなあ、とか最初は思っていたけれど、俺もちょっとやってみれば、生まれてからずっと我流の動きには色々無駄があったりする事も分かったりして。
人間って、色んな事考えるんだなあ、と感心している。
型に嵌っていても、無駄の無い動き。力がちゃんと伝わる動き。
そういうのって、かなり重要な事だ。
現に、一番の親友のゾロアークに勝てる事もちょっと増えた。
一通りの稽古。体を温める準備運動、型をしっかりと覚える運動、それから実践、めげずに挑んで来るリオルやら、とにかく攻撃的に挑んで来るゴーリキーとかをあしらって。
それから美味しい昼飯の時間。
中にワカシャモの内臓のペーストが入ったサンドイッチを食べる。
最初はええ、となったけど、敗者がこうなるのはまあ、当たり前な事なのかもしれない。
町の中で暮らすようになってから、その感覚は結構薄れている。
そんな事を思う隣で、俺の進化前の姿であるリオルが口を汚しながら食べている。何だか兄になった気分になる。悪くない。
野生はいいぞ? まあ、町の中で暮らす以上、色々とルールに縛られはするが、それ以上に好き勝手に生きられるからな。
ま、最初からトレーナーのポケモンとして生まれたなら、そんな選択肢はないか。
野菜も混じったサンドイッチ、二つ目に手を伸ばす。
テレビでは、アローラとか言う遥か遠く、南国の事を話していた。
人間の言葉はそんなに分からないけれど、何となく、どういう事を言っているのか位までは分かる。
でも、テレビの中の人は波導までは読めないから、耳の感覚だけで察するしかないんだけれど。ゾロアークはどうやって言葉を理解するに至ったんだろう。
マラサダとか言う甘そうで美味しそうなパンっぽいもの。でも、テレビの中の人は辛そうな表情をしてる。なんだあれ。
他にもZ定食とかいう巨大な飯を紹介してたり。
ライチュウだけどライチュウじゃない、変なライチュウが居る。
何だあのナッシー!? ストライクとかに首ちょん切られそうだ。ストライクじゃなくても、強い衝撃受けたら一気にお陀仏じゃないかあれ。
ロコンって炎タイプだったよな? サンドも地面タイプだったよな?
アローラってどういう場所なんだこれ。
行ってみたいなあ。
でも、どうやって?
レポーターが森の中に入って行き、何やら危険そうな看板が立ち並ぶ中、護衛役としてか、ジャラジャラ音を鳴らすドラゴンポケモンが出て来た。
パンチで戦うような姿だけど、そういや、他のドラゴンポケモンでそういうようなの居たっけ。
うーん。俺の知る限りじゃ居ないかな。
―――――
船旅はもうやだ。帰りもそうなのかな。
ああ、本当に、いやだよ。
ゾロアークはどうしてこんなにはしゃいでいられるんだか。
何度吐いたか分からないし、酔い止めの薬を何度貰ったか分からない。
つらい。
見知らぬ土地とは言え、やっと陸地が見えて来た事に本当にほっとする。
島が少しずつ大きくなってくる。
はやく着いてくれ。
とにかく、はやく。後ちょっと。
頑張れ、俺。頑張れ、後ちょっとで、着くんだ。
うぷ。おえ。
あー……。
高級サメハダースープが海に溶けていく。
俺以外にも船酔いに掛かっている道場の人達は多いらしく、遠征と言う名の観光はひとまずお休みとなった。
ゾロアークはいつの間にか仲良くなったリオルと海で遊んでいる。何か黒とピンクの変なものを投げていると思ったら、そこから白い何かが飛び出して反撃されていた。
あれ、ポケモンなのか?
かなり小さいけど。
道場の船酔いに掛かってない人がやってきて、俺とゴーリキーにジュースを渡してくれた。
「大丈夫か? ――――けど、元気出せよ」
少し聞き取れなかったが、まあ、暫くしたら元気になる。
あ、このジュース凄く美味い。
うん、美味い。一瞬で飲み終えるのちょっと勿体ないけど、飲んでしまう。
ああ、我慢できない。すぐ空っぽになってしまった。
もっと欲しいけど、半ば勝手について来たようなものだからなあ。
ま、元気になれそうだ。
元気になってきてから、砂浜でちょっとまたリオルと手合わせしたり、ゾロアークとそこそこ本気で戦ったり。
おい、ポケモンでガードするって何だお前。って、その出て来た白いの何だ。拳っぽい形だけど。
え? 内臓? え? それ本当?
地味に痛いし。
あーもう、まあ、もういいや。
何か萎えた。いや、楽しいけどね。
知らない事だらけだ。
「……ぶっし」
暑いな。
完全に元気になって、色々美味しいもの食べて、ヤドンのしっぽとか変なものからマラサダも食べて。一息吐いてから観光次いでに人里離れてゾロアークと一緒に森の中に行ってみる。
色んな波導が感じられて、そして時折姿が見えるポケモンはほぼほぼ全部見たことのないポケモン。
敵意とか警戒心とかもあるけど、こっちから手を出さない限り攻撃はして来なさそうだ。
南国とだけあって、木々も良く生い茂っている。
鳥が優雅に踊っていたり、どでかいクチバシを持った鳥が空を飛んでいたり。
首に鋭い岩を生やした四つ足のポケモン。良い匂いを醸し出す果実のようなポケモン。
綺麗な花のようなポケモン。ストライクとお似合いのような感じだけど、あれ、虫タイプか草タイプか分からないな。
草タイプだったら、正直ストライクとは相性とても悪いよな。
……? ピカチュウ、じゃない。
なんだこいつ。でも怖いから近付かないでおこう。おい、ゾロアーク。
え、仲良くなりたいみたいだって?
とは言えなあ。
まあ、波導はそんな敵意とか全くないけど。
その妙なポケモンと一旦分かれて暫く歩いて行くと、道場で見た看板があった。
リングマとかゴロンダとかそれに似たような体型のシルエット。赤い文字で何やら書かれてて、多分危険って意味だろうな。
あ、ゾロアーク、さっさと行くなって。一応こういうの見ておいた方が良いんじゃないか。ここは全く知らない場所なんだし。
そのゾロアークの目の前に唐突に変なポケモンが出て来た。でかくて体は黒っぽい。とても太い足と手。顔はピンク色の、口がどこにあるか分からない、妙な体つきの……看板と見比べて、シルエットは全く一緒。
え。
波導からは全く敵意とか感じられないけど。危ない。体がそう告げている。
ゾロアークはぽかんとしている。
その変なポケモンの腕が唐突に動いた。
ばきっ。
そんな音と共に、ゾロアークの首が変な方向にねじ曲がった。腕の一振りで。
ゾロアークはそのまま倒れて、動かなくなった。
え。
嘘。
ずん、ずん、とそのまま俺の方に歩いて来る。
ゾロアーク? ゾロアーク? おい、動いて。ちょっと。ねえ。
え、何が起きてるの? ちょっと、待って。
ゾロアーク、ゾロアーク!
腕が振り上げられる。顔は真顔のまま。波導は、全くの平常。それは、飯を食べる時と同じような。
振られた腕が眼前に迫って来る。
後ろに跳んで、転んだ。とても強い風切り音だった。掠った鼻から、つー、と血が出始めた。
や、やめて。
立ち上がれない。助けて、誰か。足が、腕が、動かないんだ。
助けて。
振り下ろされる腕。
食べたものが一気に全部口から出た。血もどろどろと出て来る。
首を掴まれて、持ち上げられる。
抱き締められて、締められて、ばきぼきと骨が折れた音がした。
あ、あ、あ、あ。
どうして。
どうして?
アローラって、こんな場所だったの?
アローラなんて来なければ良かった。付いて行かなければ良かった。
どうして、嫌だ。
鼻のすぐ下に見えなかった口があんぐりと開いて。
血に塗れた牙と真っ赤な舌と、その奥の真っ暗い喉が近付いて来て。
何故か鼻をぺろぺろと舐めて来た。
……え?
ぺろぺろ、ぺろぺろ。
…………これ、夢だ。
―――――
起きて、目の前には俺の鼻を舐めてるゾロアークが居た。
道場の中。昼寝の後。ゾロアークも勝手に入って来ている。
あー…………嫌な夢だった。本当に。何であんな夢見たんだろう。
人間だったら汗びっしょりって感じなんだろうな。心臓はばくばくしていて、毛がほぼほぼ逆立っていた。
様子を見て来るゾロアークを抱き締めて、ゾロアークの鼓動がちゃんとあるのを感じて、俺自身、生きている事を実感した。
……あんなポケモン、あんな妙なポケモン、居ないよなあ?
怖かった。本当に。
アローラには絶対行かない。
あんな怖い場所、行きたくない。絶対に。夢だったとしても。
道場に戻ると、もう既に昼からの稽古が始まっていた。
その中に新入りと思われる、肌の焼けた男性が一人。
ちょっとしてから、稽古が一旦止まって、一番偉い人が話し始める。
「今日からここで皆と稽古をする、アローラから来た――――」
アローラ?
何か嫌な予感がする。
「――――。あそこに居る二匹は、野生だが実力は上々だ。手合わせも良いぞ」
「はい。――――、よろしくお願いします。パートナーのキテルグマと共に頑張ります」
そう言って、投げ出されたボールの中からは夢で見た姿とほぼほぼ一緒なポケモン。
えっ。
何これ。
ずんっ、と音を立てて着地してから、そのキテルグマもぺこりと頭を下げた。
俺は騙されないぞ! あんなナリをして、皆を……いや、それ夢の中の話だった。
「では……まず、あそこのルカリオと一戦交えてみますか?」
え、何それ。
ちょっと、待って。
まだ心の準備が。
早いって場所が空くの。
まだ起きて時間経ってないんだって。
水? ああ、助かるけどそういう事じゃなくって。
え、やらなきゃいけないの?
俺の同意は? ちょっと、待って。待ってって。
あーあーあーあー。
やるしかないの。
そうなの。
あー、はい。
そうですか。
そうですか。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。