「最近出来たアローラ地方のポケモンリーグなんですけどね」
「初代チャンピオンはなんと、カントー出身なんです」
そう言って彼女は私を半ば強引的に、アローラ地方に連れて行ったのだった。
* * *
「研究者として、ポケモントレーナーとして!これほどの機会を逃すわけにはいきませんよ!」
メレメレ島、ハウオリシティ。
今私はとある研究者に連れられ、ショッピングモールの中にあるレストランにいる。
どうやらここはポケモンバトルを取り入れたバイキング形式のレストランのようで、料理を求めてトレーナー達の熾烈な争いが起きている。
正直、何故普通に落ち着いて食事をさせようとしないのか不思議でならない。
一方、当の研究者本人は山盛りのマトマパスタを口いっぱいに頬張り目を輝かせる。
……これで4皿目になるが、彼女の食欲はとどまる事を知らない。
「ですから、アローラ地方を知っているミケさんに是非案内をしてほしいんです」
「案内ですか」
マトマパスタを勢いよく啜っていく。着ているポンチョや白衣にソースが飛び散らないか、少し気になる。
そして相変わらず、食べる勢いは止まらない。実は彼女はカビゴンなのではないか?と思いたくなる。
私、ポケモントレーナーのミケは目の前でマトマパスタを一心不乱に啜る学者(の卵)――ハクヨウさんに連れていかれるかのようにアローラ地方にやってきた。
目的はアローラ地方のポケモン、環境についての調査。そしてこれは彼女の個人的な目的になるが――
初代アローラリーグチャンピオンとのバトル、そしてアローラ地方のグルメを探すことだ。
「ごちそうさまでしたっ」
そして公私混同の野望を抱いたハクヨウさんが、5杯のマトマパスタを平らげ満足そうに手を合わせた。
……少し物足りなさそうな顔をしていたのは、気のせいだと思いたい。
* * *
ショッピングモールを離れ、次に向かったのはリリィタウンだった。
ここには島巡りを行うトレーナーにとっての関門、島キングのハラ氏が住んでいるという。
ハクヨウさんはハラ氏から島巡りについてを知るために氏の家で話をしている最中。
一方の私は、ハラ氏の孫であるという少年にバトルを挑んでいた。
聞けばハラ氏の孫――ハウ君は島巡りを達成したトレーナーであり、この地方のポケモンリーグ初代チャンピオンと共に旅をしていたという。
島巡りだけでなく、何度もリーグに挑戦するほどの実力の持ち主。それを聞いてトレーナーの端くれである私もつい腕前を見たくなるものだ。
勝負はまさに圧倒的、と言うべきだったろうか。
お互いに最後のポケモンが後一撃で勝負がつく――そんな状況でハウ氏のポケモンは今まで見た事のない物を使ってきた。
それは、島巡りの試練を達成したトレーナーが貰えるという、Zクリスタル。ポケモンの力を増大させ、通常の技を見違えるほどに強化するという代物。
彼のポケモンのアシレーヌが巨大な水泡を作り――気が付けば、私のメタグロスははるか後ろに弾き飛ばされ倒れていた。
ああ、これがアローラ地方のトレーナーの実力か。そう心の底から痛感した。
「さすが島巡りを成し遂げたトレーナーでしたよ。アローラ地方はあんな強いトレーナーが多いのでしょうね」
「へえ。じゃ、私もそのうちポケモンリーグ行ってみようかな?」
ハラ氏から話を聞き終わったハクヨウさんと合流した後、私達はアーカラ島に向かう事になった。
聞けば島巡りは4つの島で行われているらしく、メレメレ島はその1つらしい。
それならすべての島を調べてみたい、ハクヨウさんはそう言ってアーカラ島行きの船に乗り込んだ。
……いつの間にか買ってきていたマラサダを抱えて。
ガイドによれば、アーカラ島にはメガやすという大型のスーパーマーケットがあるとか。
彼女がそのことを知れば、間違いなく飛びつくだろう……
* * *
アーカラ島についた私達は船着き場でライチという女性に出会った。
聞けばアーカラ島の島クイーンであり、ハラ氏から連絡を受けて私達が来るの待っていたとのことだ。
立ち話も何だから、とライチ氏は私達を連れてコニコシティへ向かう。
どうやらそこには評判の定食屋があるらしく、ライチ氏お気に入りの店だとか。
「定食屋ですか!」
……ハクヨウさんが目を輝かせているが、見なかった事にしよう。
「Z定食スペシャルでーす!」
ウエイターがライチさんとハクヨウさんが注文したZ定食スペシャルを持ってくる。
ボリュームは私が注文したZ定食肉とはとても違うため、本当にこれを食える人がいるのか少々疑ってしまう。いや単に私が小食なだけなのかも知れないが。
体格のいい男性が食べるのであれば少しは納得が行くのだが、今からこの圧倒的なボリュームの定食を食べるのが女性2人だからどうしても不安になる。
従業員の話ではあの初代チャンピオンですらこのスペシャルを食べきれなかったとも聞く。ライチ氏はともかく、いくらハクヨウさんでも――
「わっ、すっごい美味しいですよこれ!大学だとないんですよこういうの!」
「でしょう?こう、家庭的で心にしみこむ味がたまらないのよ」
「…」
……どうやら私の不安は外れたみたいだ。
しかし、どうしても納得が行かない。彼女はここに来るまでにマラサダやマトマパスタを平らげている。私もそれをちゃんと見ていた。
何故ハクヨウさんはそれだけ食っておいてあの量を食べられるのか……もしや彼女はカビゴンか何かなのだろうか?
そう考えているうちに、彼女の器に盛られていたZ定食スペシャルは残り半分となっていた。
「あれ?ミケさんどうしたんですか?」
「あ、いえ。何でもありませんよ」
……ストレスが溜まると大食いする人なのだろうか。
食事と共にライチ氏から島巡りやアローラの文化や風習などを聞いた後、ハクヨウさんの提案もありロイヤルアベニューへ向かった。
激安の殿堂が売りの店だとガイドブックには書いてあったが、果たしてどれだけ安いのか……
「わっ!凄いですよこれ!この袋麺タマムシデパートだともうちょっと高いやつですよ!」
「あ、ミケさん!見てくださいこのナマコみたいなポケモンの抱き枕!可愛いー!3つぐらい買っちゃおう!」
「えっ!マトマスナック1袋3円!?すっごーい!あ、ポフィン詰め合わせとフエンせんべいもある!」
「……あの、ハクヨウさん。そんなに買うと後が困りますよ」
もうツッコミどころがありすぎる。というかその抱き枕そんなに買ってどうするんですか。
「何言ってるんですかミケさん!激安ですよ、激安!タマムシやコガネのデパートにはこんなに安くないんですからいっぱい買っちゃいましょう!」
「はぁ……そうですね」
ハクヨウさんは興奮収まらぬまま店の奥へ走って行ってしまった。これは店を出るまで相当時間がかかりそうだ。
とはいえせっかくこのような店に来たのなら、私も何か買っていきたいものだ。さて、何にしようか。
「おや……ヤドンテールのペッパーサラダ、ヤドンテールのキッシュ……?」
ガンテツ氏に見せたら渋い顔をされそうだ。アローラ地方はヤドンの尻尾を食用とする文化でもあるのだろうか。
「ミケさん!」
商品が山積みになったカートを持ちながらハクヨウさんがこちらに駆け寄ってくる。
「どうしました?」
「ちょっと足りなくなりそうなので、お金貸してください!2万円ほど!」
「ダメです」
* * *
色々買い物を済ませた後、ライチ氏から島の守り神についても知るべきだと言われた私達はウラウラ島へと向かった。
ライチ氏曰く、この島には過去に守り神とされているポケモンの逆鱗に触れたために滅ばされた村があるという。
ハクヨウさんもこのウラウラ島の調査には乗り気であるため、ライチ氏からウラウラの島キングに連絡を送っておくとの事だ。
マリエシティで合流出来る、との事だったが……
「よう」
街中を歩いていた所、突然声をかけられる。
アローラ地方の警察官が着ている制服と同じであるため、警官であることが一目で分かった。
歳は30代後半か40代辺りと見た所だろうか。
「あの、もしかしてあなたが……」
「ああ。一応、この島の島キングやってるクチナシってもんだ」
どこかだるそうな話し方をするこの男性が、ライチ氏の言っていたウラウラ島の島キング――クチナシ氏のようだ。
「あんたら、この島に起きた事を知りたいんだって?」
「はい。あの、不謹慎かも知れませんが……以前、この島は守り神に滅ぼされた村があるとか」
ハクヨウさんがそう尋ねると、クチナシ氏は私達に背を向けてどこかへ向かおうとする。
「来な。今からそこに案内してやる」
「これは……」
クチナシ氏についてきて到着したその場所は、まるでギャラドスが暴れた跡のかと思うような光景だった。
どれも原型を残さず崩壊した家屋、風化して野生ポケモンの住処になった建物、寂れて誰も近づかなくなっている商業施設……
クチナシ氏の話によれば、ここはカプの村と呼ばれているとのことだ。
元々は別の名前があったのだが、この島の守り神――カプ・ブルルの怒りを買ったことで跡形もなく滅ばされた。
だからここはカプに滅ばされた村――カプの村、と呼ばれるようになったらしい。
「あの……どうして守り神は怒ったんですか?」
「色々説はあるんだがね。俺はあれが一番頭に来たんだと思ってる」
そう言ってクチナシ氏が指さした方角には、寂れた商業施設があった。
「あんちゃん達、アーカラはもう見てきたのなら知ってるかも知れねえが――あれはメガやすだよ」
「え」
「メガやすって、あの……」
私がそう言うとクチナシ氏が頷く。
「元々はこの辺りでやってたんだ。だが経営が上手く行かなかった上に、カプ・ブルルが怒って村を滅ぼしちまった」
「じゃあ、ここにあったメガやすは……」
「真っ先に村が滅んだ原因にされた。それで完全に経営が上手く行かなくなって閉店したんだ。まあ、今は島巡りの試練として利用してるがね」
クチナシ氏は渋い顔をしてそう話す。
「まあ、今はアーカラでそこそこ頑張ってるって聞くが……怒らせた相手が守り神サマだ。これで終わりってわけでもなさそうだがな」
「あの……アローラ地方ではそんなにその守り神って大事なんですか?」
「ああ。昔から根強い信仰があるんだ」
そう言って、クチナシ氏は私達に今のアローラの現状を、島の守り神についてを話してくれた。
* * *
クチナシ氏の話を聞いた後、島巡りのゴール地点であるポニ島に向かうその途中。
船内でハクヨウさんは珍しく悶々とした表情を浮かべていた。
「私、この島の事を軽く見てました」
「ん?」
「カントー地方は、アローラ地方ほど根強い信仰とかはないんです。いえ、私がまだ見かけてないだけなのかも知れませんが」
「ミケさんは、どう思ってますか?アローラの事を」
少し思いつめたように、ハクヨウさんはそう問いかける。
……ポケモンについて研究をしている彼女には、何か思う物があるのだろうか。
事実、私もこのアローラ地方について感じる事はいくつかある。
しかし、この地方に住む人たちはそれを当たり前だと感じている。だから、それを口に出してしまうのはお門違いなのではないかと思ったが……
そう尋ねられたのなら、少しは言っても問題はないだろう。
「いい地方ではありますが――実力主義的だと、感じました。ですが――」
「それと同時に、人もポケモンも、お互いに協力し合っているような――そんな感じはしました」
私がそう言うと、ハクヨウ氏は驚きの表情を隠せずにいた。
「えと、ありがとうございます。そういう意見、色々新鮮です」
「それはどうも」
「まだ色々、気になる所や疑問とか、残ってますけど――今回の調査でそれを解決したくなりました。だから、次の島での調査も頑張ってみます」
少し悩みが晴れたのか、嬉しそうな顔に変わる。
「研究者として、見た事のない世界はまさにパラダイスですからね!」
俄然やる気が湧いてきたのか、段々とハクヨウさんの声に力がこもってくるのが分かる。
ああ、これは調査が長引きそうだな……
* * *
ポニ島、海の民の村。
この村は他の島とは異なり、船で旅をする人々が作り上げた村だという。
そのためか村のあちこちに船が停泊してあるのが見受けられる。
「おお、よく来たのう。わしがこの島の島クイーン、ハプウじゃ」
私達を出迎えてくれたのは島クイーンのハプウ氏。
聞けば島キングであった祖父が亡くなり、その跡継ぎとして彼女は島クイーンになったため、まだ日が浅いらしい。
とはいえ島クイーンになるために島巡りをしていたらしく、その実力は確かなものであるとか。
……それにしても、妙に古風な話し方をする女性だ。
「クチナシから話は聞いておる。アローラ地方について色々知りたいそうじゃな?」
「はい。それで4つの島を回って、色々調査しているんです」
「うむ、それならまずはナッシー・アイランドを見るのが良いじゃろう!」
そう言ってハプウ氏は私達を連れてコイキング型の船に連れていく。
どうやら、この船の持ち主が連れて行ってくれるようだ。
「わ!凄いですよミケさん!ナッシーの首がすっごいですよこれ!」
「首が……首が長いですね」
ナッシー・アイランドと言うだけあり、タマタマとナッシーをあちこちで見かける事が出来る。
最も、ナッシーはアローラ特有の姿――所謂リージョンフォームの姿であるため首が異様に長い。
ハプウ氏によれば、この姿こそナッシー本来の姿であると聞くが……ジョウトで暮らしてる私にはとてもそうは思えない。
「ほれ、こっちじゃ」
ハプウ氏は慣れた足つきで島の坂道を昇っていく。
そして登り切ったその先には――何やら古びた台座があった。
そこには何かを置いてあった形跡があるが、今は何も置かれてはいない。
「ここには太陽の笛、月の笛と呼ばれるものが置いてあったのじゃ。そしてここが、かつての大試練の場所だったのじゃ」
「かつては?」
「うむ、今は大峡谷で試練を行っておる。機会があれば行ってみるとよいぞ」
ハプウ氏に連れられてナッシー・アイランドを回ってしばらく経ち――再び海の民の村に戻った私達はこれまでの調査をまとめていた。
いつの間にか書いていたハクヨウさんのレポートも、随分と分厚くなっている。
「うん、これだけあればいい発表が出来るかな」
「それは良かった。では、調査も一区切りつけてカントーに戻りましょう」
私がそう言って船に戻ろうとしたその時、ハクヨウさんが私の腕をつかむ。
「何言ってるんですか!まだ色々気になる所があるんですから、調査は続行ですよ!」
「は?」
「言ったじゃないですか、見た事のない場所は私にとってはパラダイスだって!この地方はまさにそれですよ!」
そう言った彼女は目を輝かせて突然立ち上がる。
「ミケさん!ボディガードお願いしますね!」
「わ、私も調査に付き合うんですか?」
当然です!と彼女は断言する。
ああ……これは断れない雰囲気か……
それを見ていたハプウ氏も思わず笑いだす。
「元気があってよろしいのう。じゃが、あちこち歩いて腹も減っておらんか?」
「あ、そういえば少し……」
……ここに来る途中でマトマスナックやカレー麺を貪っていたが、何も言わないでおこう。
「では少し腹ごしらえをしてから大峡谷に行こうではないか。ここのZヌードルはとても旨くておすすめなのじゃ」
「わあ!賛成です!ミケさん、行きましょ!ね!」
「ははは……分かりました」
1泊2日か日帰りの旅行になるかと思いましたが、これは長くなりそうだ……
まあ……たまにはこういうのも、悪くはない、か?
続く?
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。