数年前、アローラ地方では、エーテル財団の代表が、美しい生物を求めた結果、異世界に住む危険な生物に見惚れてしまい、その生物に出会うために様々な悪事を働いた。
アローラ地方の守り神の上に立つ神獣とされているポケモン、ソルガレオとルナアーラの幼体であるコスモッグを拉致し、そのポケモンが持つ次元を超える力を利用するために非道な実験を繰り返していた。最終的には、その力の暴走により次元を渡る目的を大きく逸脱した異次元への穴が開き、異世界の生物が多数この世界に放たれてしまった。
それらの危険生物は、国際警察に秘密裏に捕らえられ、一人のトレーナーの元で管理をされていたのだが、このたびそのトレーナーが繁殖に成功した種をいくらか研究所に提供してくれることとなったのだ。
自宅に二匹預けていたら、段ボールを食べて勝手に繁殖していたカミツルギ。電気が豊富に流れる地面で二匹を放して様子を見ていたらいつの間にか卵を持っていたデンジュモク。アブリボンとともに花園で遊ばせていたら卵を持ってきたマッシブーンなど。交尾の最中は無防備になるため、周囲に敵がいない状態で行うのだろう、そのトレーナーも確認できなかったそうで、結局危険生物……ウルトラビーストと呼ばれるポケモンの生態は謎に包まれたままだから、これからの研究のためにもと、ストレスを与えないように配慮することを条件の提供だ。
その研究所では甲殻類。キングラーやシザリガー、イワパレスやグソクムシャ等、様々な甲殻類を研究している。この研究所に提供されたのはウツロイドだ。テンガロンハットのような頭部にクラゲのような触手が生えた、半透明の見た目のポケモンで、水タイプの一つでもついていそうな見た目だが、石英質の体はむしろ水晶やガラスのような素材なのだ。それは普通ならば柔軟性が低く割れやすい素材であるため、ボスゴドラなどのように全身が岩に覆われていようとも関節だけは岩に覆われていない、というのが普通なのだが。
ウツロイドは前述の通り触手を持ったポケモンで、その体の全体が鞭のようにしなやかに動く。触手は切り取っても再生するらしいのだが、その切り取った部分はすぐに普通のガラスのようにもろい素材になってしまうことから、生体には何らかの力が働いているのだろう。研究者たちは興味津々だ。
他にも、ウツロイドが用いる神経毒は、体が全力を越える力を出せるようになり、いわゆる猛火や激流、根性などの特性が発動したような状態になり、強烈な高揚感をもたらすだとか、その毒の力で本能的にウツロイドを守るように仕向けるだとか、この生物に備わった未知の力は研究者たちを虜にしてやまない。
だが、実験用に提供された個体は卵から生まれた一匹のみ。これでは満足な研究もままならないため、まずは繁殖実験を行わなければならない。
◇
研究所職員の日記。
・ウツロイドは、そのトレーナーによるとこれも甲殻類の一種であるマケンカニ及びケケンカニに特に興味を示していたようである。昼夜を問わず、雌雄を覆いかぶさろうとしては嫌がられていたそうだ。それは求愛行動というよりは明らかに寄生のための行動だったため、トレーナーは大事に至る前に厳しくしつけて寄生行動をやめさせ、エーテル財団が提供した専用の隔離施設にて普通の交尾を繰り返すこと数ヶ月でようやく子供を授かったそうだ。
ポケモンの中では数ヶ月も生殖に時間がかかることは珍しいため、本来のウツロイドは普通の交尾による生殖は難しいのかもしれない。ならば、どうすれば繁殖できるのかについてだが、やはりトリガーとなるのは寄生だろうか。
これまで、トレーナーや極秘裏に研究していたエーテル財団の職員らによると、ウツロイドはこんなクラゲのような体に見えて本当はキングラーなどと同じ甲殻類であり、ツボツボと遺伝的に近いのである。脚も体節も退化したためこのようにクラゲのように見えなくもない外見をしているのだ。
この生物が甲殻類を宿主として選ぶのも、実は自分と近い遺伝子を持つからであろう。人間などにも寄生することは出来るようだが、やはり一番興味を示すのは甲殻類である。
・ならば、とキングラーの雌個体を与えてみたら、ウツロイドは喜んでその個体に取りついていた。寄生されたキングラーは次第に落ち着きがなくなり、そわそわしだして、よく見知った研究員にも威嚇を繰り返し警戒するようになる。しかし、一日も経てばそれは収まり、バトルで遊ばせストレス解消をする際も、必要以上に相手を傷つけようという意思は見られなかった。
寄生されたことで精神に変調をきたし、一時的な興奮に陥っていただけだろうか。
・キングラーはウツロイドにケイ素を補給するためか、通常の食事に比べて砂をウツロイドへと運ぶようになった。砂によっても好き嫌いがあるようで、ケイ素分を多く含ものを好む様だ。
・寄生されたキングラーは、メロメロや誘惑に反応しなくなる。どうやら生殖機能をウツロイドにより退化させられたらしく、ホルモンの関係で雄の求愛には一切反応しなくなったようで、また雄も彼女からフェロモンが出ていないのか求愛行動を積極的にすることがなくなった。
生殖機能を阻害することで、無精卵や精液を生み出すための栄養をウツロイドに提供しているのだろう、全く恐ろしい生物だ。
・寄生されたキングラーは寄生後一週間で多数の幼体を生み出した。雌雄の別は今のところ確認できない。さらなる解析が必要か。
・多数の幼体は少しずつ成長しているし、変態もしている。通常のポケモンは多少成長することはあっても、変態やフォルムチェンジは一気に行うはず。そこがポケモンと動物の大きな違いの一つであるはずだが……この生物には当てはまらないのだろうか。
それともこれは、ポケモンと普通の動物とで分化しきれていない原始的な種であるという事であろうか? 成長の段階によって名称を変える必要がありそうだが、ポケモンの研究に慣れた研究者たちは『名前どうするかぁ?』と困惑気味だ。
専用の隔離施設で生まれた個体は最初から成体のウツロイドの形状をしていたため、大型の卵であれば進化を伴った孵化が出来るのだろう。
・観察を続けていると、幼体の成長に明らかな差がみられる。ある程度変態したウツロイドたちは女性の握り拳ほどの大きさになったが、多くの個体はここから成長しない。一部の限られた個体のみ、光に包まれての急激な変態、つまるところの『進化』を行い我々のよく知るウツロイドとなった。
すると、小型の個体はその大型の個体に殺到し、その一部が『合体』する。どうやら、エンニュートやビークインのように、雌のみが進化を可能とするらしい。
・残された小型の個体を調べてみると、体のほとんどは生殖器官(精巣)であった。まだ数が少ないため大型の個体を解剖することは後回しとなるが、小型の個体は雄、大型の個体は雌であると仮定できる。これより、図鑑に登録された少女のような外見のウツロイドはクイーン体と呼称。その前段階である雄の最終形態をハニー体と呼称する。
・また、キングラーに寄生したウツロイドの子供は、キングラーの遺伝的要素を持って生まれている。ポケモンはこうして異種のポケモンと交わることで本来は覚えることが出来ない技を覚えたり、色んな病気への免疫を獲得することが出来るわけであり、ウツロイドもそうしたことが可能なようだ。
近親相姦を繰り返せばいずれ種を保てなくなることを懸念していたが、多種との交配が可能なためウツロイドの近親相姦による遺伝子の濃縮の心配はなさそうだ。研究員たちもホッと胸をなでおろしている。
・ハニー体の個体はクイーン体に進化する個体がいなくなるとともに、急速に死亡していった。クイーン体と合体した個体は生きているというべきか雌に寄生しているというべきか、存命ではあるようだ。クイーン体は最終的に三体ほど……これが野生では多いのか少ないのかはわからない。ハニー体の死体はクイーン体の個体が食していたので、死体は今後捕食によって処理するものとする。
普段から世話をしている研究員には友好的で、そういった恥ずかしい部分を覗かれても警戒する様子はない。生殖器は戦闘となれば急所になる場所だが、そこを覗かれて警戒しないということは、我々研究員は安全と認識してくれている証拠だろう。
余談ではあるが、こんな見た目でも非常に知能が高く、少女のような外見も愛らしく、空中を泳ぐように浮遊する姿も優雅である。研究とは無関係なところでも割と人気で餌やりの際に芸を仕込む者もいるくらいだ。エーテル財団の元代表が夢中になったのも納得がいく。
・そうこうしているうちに、最初に提供された個体が再びキングラーに卵を産ませた。
そして、ウツロイドに寄生されたキングラーの雄個体が、雌の特徴を有し始めている。どうにもウツロイドは寄生したポケモンの性別を雌に近くする能力があるようだ。
・キングラーは雄個体であっても雌個体と同じようにいつくしむように卵の世話をしていた、性転換されたポケモンは身体的のみならず精神的にも雌の特徴を有するようになるようだ。二世代のウツロイドたちの子供、つまるところ孫の孵化も間近なので、これからの研究もはかどることだろう。
・一晩のうちにハニー体の個体が数匹減っている。監視カメラを確認したところ、生きたままクイーン体に捕食されているところを発見したため、逃亡の心配はないようだ。減っている数と捕食された数も一致している為、問題はない。
孤島に作られた研究施設とはいえ、海でも陸でも、それこそ空でも生きられそうな生物だ、逃げだしたりしたら大変だ。
この研究所では危険生物を扱うようになってから、ICカードをかざし、4ケタのパスワードの入力をしなければ外に出ることすらできない設定になっている。今回はなんともなかったが、念のためそのセキュリティを破られないように職員には周囲の確認を徹底させないと。
・繁殖実験を行ったことでキングラーが明らかにやせ細っている。今までと同じ量の食事をさせているだけでは足りないのだろう。ウツロイドによる宿主の酷使具合は深刻なようだ。野生下では絶対に食料が足りなくなるだろうが、やはり限界を超えた力を出させることで不足した分の栄養を補うのであろうか? 野生化すると危険な生物ナタメ、解放された空間に放すことが出来ないから、これに関しては研究は難しそうだ。
最初に寄生された個体は衰弱死寸前となり、ウツロイドはその個体に興味を無くして離れていった。衰弱した個体へは栄養価の高い特別調合のポロックを液状にして投与し回復を待つことにする。
・衰弱した個体は体力が回復するとともに、ウツロイド以外への生物に異常なほど怯えた様子を見せる。職員からスプーンで餌を受け取ることも出来なくなったため、トレーに盛って食事を出すことにする。
ウツロイドを見ると安心したように落ち着き、その上早く寄生して欲しいとばかりにハサミを下げている。まだ栄養状態が回復していない状態では危険なため、しばらく隔離しておく必要がありそうだ
・隔離していたキングラーがボールに入ってくれない。入れてもすぐに強引に出て来てしまうため、しばらくはボールをポケモンセンターでも使われているロッキング仕様に変更。ロックを掛けることでポケモンが勝手にボールから出るのを防ぐことが出来る。
このキングラーは三七レベルであるが、念のためレベル八〇相当のバンギラスにも対応した超高硬度仕様にて監視する。
・キングラーはボール内で腕がもげても暴れ続けているようだ。腕がもげること自体は珍しくないが、明らかに異常な様子に他の研究員たちも困惑気味だ。可愛い見た目の割に、ウツロイドが残す爪痕は相当に大きなものらしい。
・キングラーは多量の餌の供給によりある程度回復し、他の寄生されている個体も餌を変えることで体重の減少を防ぐことが出来た。衰弱し寸前のキングラーは、単なるえさ不足。ひいては我々の世話不足だったようだ。
・試しに他のポケモンに寄生させてみる。キングラーなどの甲殻類と一緒の場所だとあまり興味を示さないので、隔離した一室にてラッタに寄生をさせたところ、ラッタの脳内では異常な量のドーパミンが分泌されていたことが確認される。嬉しい時や楽しい時に分泌される物質であり、ウツロイドに寄生されると気分が良くなりそうだ。
他にはポケリフレや性交渉時に分泌されるオキシトシンという物質が大量に分泌されている。虹色ポケマメを二個以上食した時と同レベルの分泌量であり、これほどの量となると、ほぼ初対面であっても無条件にトレーナーを信頼するほどだ。人間にも効果があり、これを投与した人間はひどくお人好しになるという研究結果が報告されている。
こんなものが脳内に大量に分泌されていたら、ウツロイドを嫌がらなくなるわけである。
・久しぶりにウツロイドに寄生されたポケモンにバトルをさせてみる。トレーナーから預かったウツロイドの個体以外はバトルをさせたことがないので、研究を抜きにしても楽しんでもらえるといいのだが。
遊び程度ではあるがラッタもバトルをさせたことがある個体のため、ストレス解消にもってこいかと思っていたのだが、ラッタは職員のポケモンと対面した際、ありえないほどの狂暴性を発揮して相手のポケモンに攻撃を仕掛けた。二五レベルほどのラッタとまだ一五レベルにも満たないウツロイドが三〇レベルほどのフーディンをてこずらせるほど暴れまわったのだから驚愕というほかない。
倒れたラッタはアドレナリンが異常なレベルで分泌されており、痛みも疲れもほとんど感じない状態になっていたようだ。しかしながら、この現象は最初に提供されたウツロイドの個体と、それに寄生されたポケモンでは起こらなかったことだ。
まだ、遊びのバトルと生命の危険がある殺し合いの違いを理解していないという事であろうか? 繰り返し遊びのバトルをさせればウツロイドも寄生したポケモンに無茶をさせることは少なくなるかもしれない。
・前回と違い、今回はトレーナーから提供された、人に慣れたウツロイドと、その子供であるラッタに寄生したウツロイドをバトルをさせる。流石に同族と戦うこともあって、危険が無いことを理解してくれたのかラッタと、それに寄生したウツロイドも狂暴性は低めだった。
やはり賢いポケモンだし、意思の疎通も上手いのだろう。親子でじゃれ合う姿はなんだかほほえましさすら覚えた、
・ラッタへの変化は大脳旧皮質に及んでおり、ウツロイドは三大欲求である睡眠欲、食欲、性欲、及び排泄よくと同等の欲求を宿主に与えるようだ。麻薬中毒の患者やギャンブル中毒の患者にも麻薬やギャンブルがそれらの欲求と同等か上位に達するが、つまりラッタは食事や睡眠と同じくらいにウツロイドを求めているようだ。
死刑囚あたりの人間でも研究用に寄こしてくれないかなーと思っているが、さすがにそんなことはないだろうな……ちょっと残念だ。
キングラーに大脳旧皮質は存在しないはずだが……ポケモンによって影響を及ぼす部位を器用に決めているのだろうか? それが本能的なものなのか、それとも計算づくなのかは分からないが、ますます面白い生物である。
・目前から注文していた研究用の個体が届いたため、陸上以外のタマゴグループのポケモンでの実験を開始する。
まずは虫グループのポケモンとしてモルフォン、人型グループのポケモンとしてミミロップ、怪獣グループとしてヤドラン等たくさんのポケモンへの寄生をさせてみる。タマゴグループごとにどんな反応を見せるのか、今から楽しみである。
どうでもいい事だが、ヤドランは二重に寄生されることになるな……ヤドキングにした方が面白かったかもしれないが、王者の印が必要な分割高なのでそんなことはしないが、一度その光景を想像すると、何だか笑いがこみ上げてくる。
・ウツロイドはウツロイド同士や、宿主との意思疎通をテレパシーのようなもので行っているようだ。サイコキネシスを使える生物であるため、多少はエスパー系の能力にも心得があるのだろう。
それにより知識の共有が出来るため、親の個体から子の個体へと迅速に知識を与えることが出来るほか、宿主の思考を読み取ることで疑似的に他の生物の考えも読み取れるようだ。
・ウツロイドに寄生されたポケモンの協調性が明らかにあがっている。特にそれが顕著なのはミミロップだ。ミミロップは群れを作らず単独で暮らすポケモンだからか、マイペースで協調性がなく、餌を他のポケモンの分まで食べてしまうような個体だと業者から報告を受けていたし、この研究所に届けられた直後は実際にそんな感じであった。
しかしながら、ウツロイドに寄生されてからは他のポケモンと餌を分け合う姿すら確認されている。オキシトシンの大量分泌の影響だろうか、それともウツロイドはウツロイドに寄生されたポケモン同士を仲間と認識していて、ミミロップに『お願い』をしているのか。
そのどちらもという可能性もあるだろう。
ウツロイドに執心していたエーテル財団の代表というのは独善的な性格をしていたというが、それはどこかでウツロイドに寄生されて、どこかでウツロイドを引きはがしたことで生じた反動だったのではないだろうか?
現に、キングラーはウツロイドが離れた時にひどく錯乱していた。人体実験の一つでもしたいところだが、それが出来ないのが悔やまれる。
・まずいことが起こった。モルフォンと、それに寄生していたクイーンの個体が研究所から逃げ出した。この研究所は外部からも内部からもテレポートは不可能だし、部屋の内部をテレポートで移動することは可能であるものの部屋の隔壁を閉め切ることで部屋間のテレポートも不可能だ。
そもそも、この研究所にテレポートが出来るポケモンはいない……そう思っていたのが間違いだった。職員の餌やりを終えて帰る最中、モルフォンがテレポートをしたのだ。この研究所の飼育スペースからその他のスペースへは二重のドアで区切られている為、外へのテレポートは不可能だが、ウツロイドは職員が第一のドアを開けた際にテレポートして、二つのドアに囲まれた空間に入り込み、音を立てずにじっと待ってから第二のドアが開いた瞬間に飛び去って行ったそうだ。
危険生物隔離エリア以外のセキュリティは貧弱なため、隔離エリア以降はそのままドアやガラスをパワージェムで割って外に飛び出したようだ。
悠長にこんなことを考えている場合ではないが、ウツロイドはすでに廃盤となって久しいカントー地方の使い捨て技マシンでしかテレポートを覚えないはずのポケモンにテレポートを覚えさせたのだ。
脳の潜在能力を引き出すという点ではこれほど素晴らしいものもないが、しかし喜んでいる場合じゃない。すべての研究を一時中止し、他にもテレポートを覚える可能性があるヤドランは処分することが決定された。
・研究所から逃げ出した個体は無事捕獲される。テレポートを防ぐために挑発をし、黒い眼差しで逃走を封じての大捕り物。この時のためにトレーナーとしてもエリートな研究員を一人雇っていたが、本当に有難い。これにより翌日から研究が再開されるが……あれから一週間、酷く疲れた。
逃げ出したモルフォンはひどく興奮しており、よく見知っているはずの職員に対しても極めて攻撃的であった。危険な状態のため、ウツロイド共々殺処分となった。
・研究所の外で、ウツロイドに寄生された野生のポケモンを発見。すでに野生化しており、職員に対してもひどく警戒し、攻撃的な個体である。比較的低レベルだったため職員のポケモンで殺処分を終えたが、すでに島中のポケモンに蔓延している可能性ありこの研究所が存在する島ごとの焼却処分が決定された。
研究所そのものは耐火性能が高いため、焼夷弾をばら撒いた後も内部は無事なはず。森林に囲まれたこの島を焼き払うのは心が痛むが、放置していると島どころか外の生物にまで蔓延する可能性がある。
先日の実験から、人に慣れていないウツロイドは寄生したポケモンを必要以上に狂暴化させる性質をもつため、もしもあんなのが野生化したら大変なことになるぞ。
・すでに海の生物への寄生も確認された。周辺の海をルカリオが波導によって捜索しているが、海は空気よりも質量が大きいせいか波導の精度が良くない。サメハダーの嗅覚を利用して海の捜索もされているが、果たしてどれだけの効果があることか。
◇
とあるポケモンレンジャーの日記
・甲殻類の研究所から逃げ出したウツロイドの捜索に出ていたサメハダーが消息を絶っている。機動力の高いサメハダーがもしウツロイドの手に落ちたとすれば、もはや手のつけようもないのでは?
このままじゃ世界単位で大変なことになると研究者は言っている。そんなものを何で逃がしたんだ
・ルギアが大暴れしていた。あんなポケモン、生まれて初めて見た。なんというか、力強くて美しくて、立っていられないほどの威圧感。法律で個人の所有が認められている100レベルを大きく上回る218レベルという驚異的な個体だった。
そんなポケモンを見ることが出来たのは一生ものの感動だ……だけれど、嬉しいと感じられる状況じゃない。怒り狂ったルギアは周囲に大嵐をまき散らし、船酔いが酷い……そしてそれ以上に、ルギアが目の敵にしていたポケモン、ウツロイドの量があまりに多い。ルギアは勝利したが、あそこにいるだけが全てではないはず。
・ウツロイドの逃亡から三ヶ月。付近の無人島がウツロイドの巣になっており、そこに踏み込んだ部隊との通信が途絶えた。ルギアもあれ以降何度か姿を見たが、一度敗北しそうになってからは深海に逃げて姿を見ることがなくなってしまった。
・部隊との通信が復活。生き残った隊員の証言によると寄生した隊員の様子がおかしく、『素晴らしい気分だからお前も寄生されてみろよ!』と勧められたらしい。拒否すると血走った目で組み伏せられ、普段からは考えられないほどの力で押さえつけられたそうだ。その隊員はサイキッカーだったため、覆いかぶさった隊員をサイコキネシスで撃退、逃亡したが、その島にいる隊員の救出は不可能だろうと断言していた。
研究者たちは、麻薬中毒患者が麻薬を求めるように、隊員たちはウツロイドへ寄生されていない生物を寄生させるように努力するという。ウツロイドは研究所に居た時のように食料に恵まれ、安全な状態では寄生への衝動は薄くなるし、職員の言うことも良く聞く。しかし、野生化したウツロイドの個体は食事も満足に取れるわけではないため、寄生を控えようだとかそんな気づかいはなく、ただただ本能的に次々と寄生し、繁殖しているようだ。
・ウツロイドに寄生されたポケモンレンジャー隊員への殺害命令が出たが、人員を増やして島に再上陸してもその姿は見えない。最悪の事態だ、恐らくさらに宿主を獲得するために、どこか大きな島へと渡ったのだろう。研究所は物資の補給のために港や空港もある大きな島まで、ラプラスで一時間の距離である、確かレンジャー隊員の中にはなみのりが使えるシャワーズがいたはずだ……飛行タイプのポケモンでももちろん何とでもなるはずだ。地元警察には住民に戒厳令を敷き、有志のポケモントレーナーとともに迎撃態勢を整えるように命令する。しかし、もはや上陸され、どこかに潜伏していてもおかしくはない。
隊員も訓練されたレンジャーだ、もしもの時のために身を隠したり、ジャングルの中で生き伸びる術は持っている。ウツロイドに寄生されてもそれらの知識を失うわけではない。ウツロイドの厄介な点は、寄生した宿主を操り人形にするのではなく、忠実なしもべにすることだっていうのがひしひしと感じる
・行方不明になっていたレンジャー隊員がウツロイドから解放され、衰弱及び発狂した状態で発見される。ウツロイドが宿主から離れたことで禁断症状を起こしてしまったようだ。
精密検査の結果レンジャー隊員生殖機能を失っており、ペニスの萎縮及び、男性でありながら胸部……要するにおっぱいが大きくなるようなことになっているらしい。そしてうわごとのように俺の子供……とか、ウツロイド……とか口にしているようで、およそ人間らしい表情を見せてはない。
子供ってなんだ? 男は妊娠しないはずだろ、本当にそんなことを言っているとしたら、一体どんな風に脳を弄られたっていうんだ? 何にせよ、同時にウツロイドの幼体や、ウツロイドに寄生されたポケモンも周囲に確認されている。あの島はもう終わりだろう。
・島民の一斉避難及び島の一斉浄化が行われた、危険生物の繁殖というわけの分からない理由で故郷を追われる人間はみな泣いていたが、もう手遅れじゃないのか? レンジャー隊員が襲われた島もの周囲にはまだ海のポケモンがウツロイドに寄生されているし、いずれ他の場所でも見つかると思われる。
俺にそれを判断する権限はないが、もう手遅れで、抵抗をやめたって変わらない気すらしてくる。
・世界中のポケモンレンジャー及び軍隊が掃討作戦に参加するようだ。ウツロイドの驚異はすでに世界の危機であり、種の存続の危機として認識されている。それにより諸国の治安が心配だが、背に腹は代えられないと言ったところか。これで終わってくれ、頼むよ……こうなったら休暇がないとかそんな些細な問題じゃない。
・今までウツロイドが発見された場所からは遠く離れたところにある人口700百人ほどの小さな島がウツロイドの手に落ちた。どうやら空を飛べるポケモンがウツロイドを運んだのだろう。
すべての人間がウツロイドを受け入れており、外部の住人が入り込むのを拒んでいる。この状況では焼夷弾による浄化作戦も不可能だということでレンジャーたちが島民を捕らえようとするのだが、ここで不味い事態に遭遇した。
島民たちの指揮のもと、ウツロイドもポケモンも組織的な行動を可能としている。研究者曰く、ウツロイドはもともとテレパシーによる意思疎通が可能で、宿主に『お願い』をすることで間接的に操っている(ただし宿主はお願いを基本的に断らない)そうだ。
しかし、宿主はお願いを考えなしに実行するのではなく、人間達はウツロイドのお願いにかなうために、自ら考え、論理的にウツロイドの考えを実行するのだ。平たく言えば、人間はウツロイドの力を最大限発揮できるように作戦を立てて抵抗した。
組織的に動く、人馬一体の攻撃は恐ろしいもので、限界を超えた力を発揮し、多少の痛みを感じることなく武器を持って殴りかかってくる人間と、その上でリフレクターや神秘の守りを張りつつ、サイコキネシスや十万ボルト、パワージェムなどの技で攻撃するウツロイドは、訓練されたレンジャーですら手を焼いた。
しかも、島民のうち80パーセントが戦いに参加したのだ。ポケモンレンジャーの手にかかれば民間人を制圧するのはたやすいが、それは民間人に戦う覚悟、戦う気概がないからである。訓練を受けていないとはいえ、限界を超えた力を出しながら死を恐れずに向かってくる兵隊が550人以上。野生のポケモン達も相手となり、ウツロイドに最も有効な地面タイプの攻撃である『地震』を、宿主が代わりに受け止めてくれるのだから、倒せるはずがない。
想定以上の事態にレンジャーも退避せざるを得なかった。
さらに驚いた情報は、一部の人間がサイキッカーに目覚めたり、拳から電気や炎を放ったりなど人間離れした能力も使いだしているそうだ。ごくまれにそういう人間はいるけれど、しかし700人程度の人口しかない島で何人も使えるだなんてことはありえない。
技マシンでテレポートを覚えるポケモンがウツロイドを脱走させたというが、潜在能力を解放させる力というのは本当のことらしい。しかし、モルフォンがテレポートを覚えるだなんて、俺はウツロイドの件が無かったら一生知る機会もなかっただろう。
・どこかから現れたジガルデが世界中からジガルデセルを集めて、ウツロイドが支配する島を襲撃。その際現れたジガルデは、レベル測定不能。300レベルまで測れる奴なのだが……それ以上のレベルとは恐れ入る。
しかし、負けた。島には、滅びの歌を使えるポケモンも、呪い、毒々、怨念、その他いろいろな技を使えるポケモンが住んでいる。小さなポケモンの力だ、300レベルという常識の外にいるポケモンには滅びの歌すら致命傷にはならなかったが、数重のゴーストタイプのポケモンを一斉に攻撃した際、道連れと怨念を一斉に発動し、体力を削りPPも削り。満身創痍となったジガルデにはさらに大量の搦め手が殺到し、ついにジガルデは落ちた。
その後ウツロイドに寄生された様子が上空カメラから確認されている。
・ジガルデがカロス地方にウツロイドを連れて帰還。ついに先進国にウツロイドが上陸してしまう。
自国に待機していたレンジャー隊員が対応に当たるも、300レベル越えのジガルデとウツロイドの大群相手にはどうにもならなかった。首都であるミアレシティが阿鼻叫喚の大災害に見舞われている。
その際大きなポニーテールのような特徴的な頭部を持った謎の白紫のポケモンがミアレに駆けつけ、圧倒的なサイコパワーで次々とウツロイドをひねり殺している。しかし、多勢に無勢なのか、ウツロイドの怨念戦法は健在だったのだろうヒメリの実を食べて辛くも逃亡した
あとで知ったが、あれはミュウツーというポケモンのようだ。しかも、メガシンカした姿だそうで、ポケモンレンジャーの中でも一部のトップレンジャーにしか知られていない形態なんだとか。
で、そのとてもとてもお強いはずのミュウツーとやらが手も足も出ない相手を、俺達でどうしろっていうんだ?
・ジガルデは自身のセルをウツロイドの苗床にすることで、急速に個体数を増やしていった。それによりパーフェクトフォルムを保つことが出来なくなり、犬のような10%フォルムまで退化していたが、その分ウツロイドは大繁殖して二週間のうちに感染していない人間はいなくなった。
そうこうしているうちに、ネットでウツロイドは素晴らしいと称賛する人間がネットの掲示板やPikaTubeに投稿する様子が見られるほか、ついにテレビ放送でウツロイドを称賛する内容が流されることとなる。
全世界の人間が恐怖に怯えており、レンジャーや軍隊が出払っていることもあり、根も葉もないうわさが流れて治安が世界中で悪化している。だが、世界がもう取り返しがつかないことはもはや研究者じゃない俺でもわかる。人間だけに寄生するならともかく、あらゆるポケモンに寄生するこいつを一体どうしろと?
糞ったれ、研究者の奴ら全員死んじまえ!
・ディアルガに時間を戻してもらえないかとか、そんな計画が持ち上がっている。もう神頼みしかすることがないのか? カロスはもうすでに壊滅状態だ。避難を開始したもの、自殺したもの、籠城する者、様々だが、籠城した場合窓やドアなんて簡単に割られて寄生される。もう終わりだ、世界は。
・俺達の上官曰く、寄生されたらすぐさま自爆スイッチを押して死体を残すなとのお達しだ。俺の宗教は自殺禁止なのにな……あぁ、でもなんだ? テレビでウツロイドを勧めてくる奴は楽しそうだ。寄生されたらもういっそのこと身を任せてみる方が楽しそうだ。
ドーパミンだかオキシトシンだかポリフェノールだかしらないが、明日死ぬなら麻薬をやってみたいって思ったことはある。もう、どうにもならないならいっそそれでいいのかな。
・カロスではすでにウツロイドと人間の共生関係が始まっている。ウツロイドは生殖機能を無くすことが出来るらしいけれど、すべての人間の生殖機能を無くしてしまうと、人類はたちまち滅びてしまう。
と、いうわけで40歳以降の人間及び約80%の男性は苗床に。若い女性は繁殖用に残しておくようだ。繁殖用、という響きに反発の一つでも覚えそうなものだが、研究者曰くそれが出来る奴はかなりの賢者だという。例えるなら、一生かたくなに肉を食わないベーガンかつ、セックスもしないような即身仏だとか。ヨガの修験者や断食したまま死ぬことが出来るような奴じゃなきゃ逆らえないんだとさ。
ウツロイドはもはや睡眠と食事に匹敵する欲求なわけだ。栄養にさえ問題なければ永遠に点滴や粉ミルクを食して生きられるか? チョコレートも分厚いステーキもいらないか?
セックスなんてしなくたって生きていけるが、年頃の中学生男子が自慰もせずにいられるかってもんだ。ウツロイドのために行動をしないということは、食事は一生点滴、セックスなしで生活するに等しい行為だ……研究者の説明だが、俺には一生点滴が食事だなんて無理な話だ。ウツロイドに寄生されるってそんなにいいもんなのか?
・レンジャーたちはディアルガの捕獲に成功。本来ならば友好的に頼むべきところだが、今回は緊急事態ということでかつてギンガ団だとか言うのがやったように、赤い鎖でディアルガを捕縛、操って過去に戻ったそうだ。しかし、逃げ出したヤドランを速やかに殺処分して帰還すると、モルフォンが逃げ出したことになっているし、やけになってディアルガの時の咆哮で研究所を潰しても、他の研究所がウツロイドを逃がしたことになっていたそうだ。
いや、もともとは孤島の研究所ではなく、本来はウツロイドが生き延びることが不可能な極寒の地、グリーンランドの研究所でウツロイドを逃がしたとか言う話らしい……それで、極寒の地の研究所を壊した結果が今の孤島の研究所だそうだ。
言っている事の意味がいまいち訳が分からんが、歴史を改変しようとしても、歴史の修正作用とか言うのが働いていて、どうあがいてもウツロイドが世界を支配する結末に行きつくとか、そういうことを言いたいらしい。
それどころか、エーテル財団の代表を殺してもこの未来に行きつき、無駄だったそうだ。未来を変えるにはよほど過去までさかのぼらないと無理なのか? もしかしたら、ディアルガに真摯に訴えていたら、喜んで過去を変えるのを手伝ってくれたかもな……赤い鎖とやらを使ったおかげで非協力的になってしまったのだとしたら、笑えない。
・ついに俺達が待機している地にも大量のウツロイドと宿主たちがやって来た。上官の命令は絶対で、自決用の爆弾を固く握りしめらされる。どうせ勝てやしないんだと、俺は隠れて自決用の爆弾の信管を抜いて出撃することにする。寄生されて仲間を襲うようになったとしても知ったことか。
・すげえ、なんだか十時間くらい睡眠して、森林のさわやかな空気と眩しい日差しを浴びてジョギングしているようなさわやかな気分だ。それに、どんな女を抱いても、香りのよいシャンプーで体を洗ったばかりのウインディに寄りかかっても得られなかった満足感がある。時代はモフモフじゃない、プニプニだ、ウツロイドだ!
・そういえば、男は少なくても繁殖には問題ないからという理由で、ウツロイドに去勢されるんだっけ? カロスではすでに過半数の男性の生殖機能が失われているそうだが、別に必要ないなぁ……栄養を与えればウツロイドはセックス以上の快感を俺に与えてくれるし。一回十万越えの高級ソープ嬢よりもよっぽど気持ちいいのが、起きている間ずっと続くんだ。
老人がバタバタと衰弱死しているみたいだけれど、別にウツロイドの繁殖に役立たなそうだし、構わないか。高齢化が問題も一気に解消したし、貧困国の民族紛争や宗教紛争も収まっているらしい。ウツロイド様様だ。
・いまだに抵抗を続けている地域に、降伏勧告を行うように上官から命令が下る。極力相手を殺さないよう、非殺傷兵器を携行させられる。頼りないが、ウツロイドの付いてきてくれるし、たとえ俺が死んでも変わりはいる。
あー、でもやっぱり生き残りたいなぁ……これが終わったらウツロイドも俺に卵を植え付けてくれるかもしれないし。卵は体内で宿主から栄養を貰って成長し、孵化する直前に産卵を促すフェロモンを分泌するそうなのだが、それを浴びた人間は口からよだれを流しても気に留めてられないくらいに快感に打ち震えるのだとか。
今のままでも十分気分がいいけれど、やっぱりそれを体験してみたくなるじゃないか。
エンドルフィンが脳内で分泌されて、そのおかげで天国のような気分になるのだと。老人は本当にそのまま天国に行っちゃうようだが……ウツロイドの役に立ったんだ、今までの世界では絶対にありえなかったような誇り高い死を迎えられたのはいいことだ。
・攻め込んだ街の制圧完了。住民には銃を向けた時に、怯えた目をしていたのが心が痛む……しかし、あと少しの辛抱だ。仲間になればその素晴らしさが分かると説得して、ウツロイドを取り憑かせた。
俺の頭についているウツロイドは喜んでくれたようで、俺の脳内がオキシトシンフィーバーだ。あぁ、イッシュの伝説のポケモン、レシラムに抱かれたらこんな気分なのかなぁ……幸せだなぁ。
まだまだ降伏していない地域はある。早くウツロイドに卵を植え付けてもらうために頑張ろう。
・最近胸が大きくなって来た。まさか男でもブラジャーをつけるのが当たり前な世界になるだなんて思いもしなかった。ウツロイドのことは好きだけれど、これに関してはちぃおっと恥ずかしくて少々恨みたくなるぞ。でもまぁ、ウツロイドとの共存が始まってから生まれた子供が中学生になるくらいには、もうブラジャーは男女ともにつけるものという認識が一般的になるだろうから、それまでの辛抱かな。
ウツロイドの子供、早く生まれるといいなぁ。
・世界が各国がウツロイドを受け入れるようになってからもう八ヶ月……近々大統領が、世界ウツロイドデーを制定し、その日に合わせて各国の首脳とともに国際式典を行うそうだ。そういえば、ウツロイドが研究所から逃げ出してもうすぐ二年か……あの時は怒りと恐怖を覚えたものだが、今は戦争もなくなり、先進国での少子高齢化もなくなり、それに伴い食料事情もある程度改善の兆しを見せている。
戦争の分を食料生産に回したおかげもあるだろうが、人類が食事の質を求めなくなったことが大きな要因だろうか。肉を食べるには草食の動物を太らせる必要があるが、動物を成長させる段階で多くのエネルギーが無駄になってしまう。その分の栄養素を植物で取れば、食料事情は大きく改善されるのだ。
もちろん動物性たんぱく質を取らないと、それはそれで健康に悪いらしいが、ウツロイドのおかげで人類は虫を食べることに嫌悪感を抱かなくなった。ポケモンレンジャーやってた頃は訓練中に食わざるを得ない事なんて日常茶飯事だけれど、確かにウツロイドと共存する前はいまいち好きになれなかった。あれって随分と効率のいい蛋白源らしい……よく知らないけれど。
まぁ、虫なんてクラブやシザリガーとそう変わらないし、むしろ今までなぜ虫を食べなかったのだろうかと、昔の人類に疑問がわくくらいだ。
◇
ウツロイド感謝デー
全人類が固唾をのんで見守るウツロイド感謝デーの式典が始まった。各国首脳人は頭に見るからにつやのあるウツロイドを背負っており、栄養状態のよさをうかがわせる。そういえば、この一年で各国の首脳陣からは老人が消えて、若い政治家が増えた。ウツロイドと共生するにはそれなりに健康状態が良くなければいけないのだから、体が衰えていた老人が体調を崩すものが多いのも当然か。
何にせよ、今日は記念すべき日。人類の滅亡の始まりかと思われたが、本当は新たなる時代の始まりであったあの日から二年後。
「我々人類は、二年前まで様々な道具を作り、ポケモン達と協力しながら文明を発達させてきました。その過程で我々は、ペストを克服し、結核を克服し、天然痘を根絶し、様々な医療の発展とともに寿命を延ばし、栄華を築いてきました。
しかし、我々にはどうしても根絶できない病気があった!」
大統領は力強く語る。
「それは、戦争です! 古くは領地を奪うため、食料を奪うため、自身の信じる神の正しさを示すため、資源を奪うため、我々は戦争という名の病気で多くの家族を失い、同法を失い、そして本来ならば兄弟であるはずの地球の友を敵とみなして殺してしまった。そんな恐ろしい病を根絶する方法は、人の気持ちを変えるだけで済むはずですが、しかし、今日に至るまで人類が気持ちを一つにすることなど夢物語でしかありませんでした。
しかし、そこに舞い降りたのが、我らのウツロイドなのです! この少女のような外見の生物は、我々に争いの愚かさを教え、友愛のすばらしさを解いてくれた、異世界より来たりし現代の天使なのです! この天使の到来で、人類は有史以来初めて戦争という病を克服しました。
軍を解体し、余剰の労働力は食料生産とウツロイドのケアに回され、また生産性の少ない老人が迅速に天へ旅立つことで、少子高齢化の解消、食料事情の改善、世界を苦しめる問題は解決に向かっております!
まだ、人類に蔓延る問題は星の数ほどありますが、ウツロイドが愛の力で人間の果てしない欲求を抑制し、人々は他人へ親切にすることを覚えました。
経済の格差も改善し、貧困層の根絶に向けて世界は動き出しています。国の間で石油や天然ガス、貴金属にレアメタルなどの資源の独占も起こらず、世界中の資源はウツロイドの名のもとに分配されて、我々人類は未だかつてない平和な時代に突入しました。いずれ、残された問題を解決するべく、協力する体制は整っております!
今ここに、ウツロイドと共に歩む人類の新たな夜明けを、ウツロイドへの最大限の感謝で始まりにしましょう! さあ皆さん、ご一緒に!」
大統領の後ろにある画面には、でかでかとウツロイドに対する感謝の言葉が記されている。
「ありがとう、ウツロイド!」
大統領の言葉とともに、各国の首脳陣からも、周りを埋め尽くす観衆からも声が上がる。石英質のウツロイドが並ぶ会場を臨む上空カメラでは、太陽光を反射してウツロイドたちが煌めいていた。
「ありがとう、ウツロイド!」
「ありがとう、ウツロイド!」
「ありがとう、ウツロイド!」
「ありがとう、ウツロイド!」
皆が声高に感謝の言葉をウツロイドへと送る。世界は融和の光に包まれたのだ。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。