「詩的な感想は時として人を傷つけるのよ」
なんて、彼女はもっともらしく言うけれど。
アタシはそんなことないと思う。
そう伝えたいのに、彼女はアタシの言葉が分からないから、ただアタシの頭を撫でる。
「うんうん、ニャビーもそう思うよね」
しかも同意したことになってるし。
***
「ってことなんだけど」
ニャビーは困ったように大げさに溜め息をつく。
「ヒトとポケモンの齟齬って、これからもっと大きな問題になっていくのかもしれないわ…」
ニャビーはそう言うと、ぶるる、と全身の毛を震わせた。
よくニャビーは自分のトレーナーを嘆くが、本当は似た者同士なのではないかと僕は思っている。
でもそれを言うと絶対に引っかかれるから、僕はただ言わないで頷くだけなのであった。
「ほんとにもう、イワンコのトレーナーと交換してもらいたいくらいよ」
うーん、それは勘弁していただきたいな。似た者同士に思えるとはいえ、僕はニャビーは好きだけどニャビーのトレーナーは何となく苦手だから。
***
「これってやっぱり僕が変なのかな」
「いや、至って普通だと思うぞ」
オレがそう言うと、イワンコはホッとしたような表情になった。
「良かったあ」
何かありそうな顔をしているから聞いてみたらコレだ。
「例えるなら友達のお母さんが苦手なようなモンだろ」
「あ、その考えしっくりくるね、さすが」
褒められて悪い気はしない。
が、イワンコはニャビーを「どういう意味で」好きなのかは聞けない。
「素早いし強いし。僕もグソクムシャみたいになりたいな」
違う。臆病者だ。
ニャビーと仲がいいイワンコに嫉妬することさえもできない、本当の臆病者。
でもそんなことは口が裂けても言えない。
「そういえばグソクムシャって基本的に一匹ルガルガンだけど、他にどのポケモンと仲がいいの?」
そういうことも聞かないでくれ。
***
「…ってイワンコに言われた」
「わたくしでいいのでは?」
わたくしがそう言うと、グソクムシャは、それは絶対言いたくないとばかりに首を振った。
「まあ失礼な…」
「そ、それはスマン」
泣きそうになりながら謝るこの姿、イワンコに見せたら幻滅しそうね。
「お、お前だって分かるだろ、オレがそんなキャラじゃないってこと」
「分からないわ、そんなこと」
そっぽを向くと、本当に困ったようにオタオタし始める。
そんなグソクムシャがいろんな意味で好きだけれど、グソクムシャには他に好きなポケモンがいる。
「…なんとなくムカつくわね」
そのポケモン、わたくしの息吹で凍らせてあげたいわ。
「ス、スマンって。ほら、さっき拾ってきたモモンの実やるからさ…」
別の意味でその言葉を捉えたグソクムシャが、慌てながら小さなモモンの実を取り出してきたのを見たら、さっきのイライラが何となく無くなっていくような気がした。
「フフ…ありがと」
グソクムシャからモモンの実を受け取って食べると、いつもの甘味が口の中に広がる。
「…言葉って、難しいわね」
「?!他に何か気に障ったか?!キュウコン!」
また焦るグソクムシャが面白い。
「いえ、何も」
ここは安心させておこう。
わたくしは首を振り、残りのモモンの実を食べた。
「ポケモン間でさえ齟齬が生じるのだから、ヒトとの間だともっと大変そうね」
「ああ、イワンコが言っていたがニャビーがそれで苦悩しているらしい。可愛いよな」
訂正。わたくしのイライラはやっぱりMaxよ。
***
「もう、どうすればいいと思います?」
「そのポケモンなんかやめて自分と一緒にいてほしいって伝えれば?」
至極真っ当なことを言ったつもりだが、キュウコンは「なんてバカなことを言うんですか!もう!」と怒って冷凍ビームをかましてきた。
「ちょ、間一髪で避けたけど私のこと何タイプだと思ってるの!」
「飛行タイプですわ!」
「弱点なのあんたも知ってるでしょ!」
「知ってるけどイラっと来たから良いのです!」
二匹してギャーギャー言っていると、いつの間にか私のトレーナーが来て間に割って入った。
「はいはい、仲がいいのは分かったけど喧嘩しないの」
「だってキュウコンが!」
「わかったわかった。ごめんねー、キュウコンちゃん。この子またなんか変なこと言ったんだよね。でもつよーいキュウコンちゃんの冷凍ビームだとこの子ポケセン送りになっちゃうからほどほどにしといてね~」
私のトレーナーはそれだけ言うとまた元の場所へと戻っていった。
「…驚きましたわ」
その後ろ姿を見て、キュウコンがぽつりと呟いた。
「あなたのトレーナーは、あなたとわたくしの言葉が分かるのですか?」
「…うーん?何となく分かるみたいよ」
付き合いが長いからなのだろうか。
逆に、私も私のトレーナーが何を考えているかってのは何となく分かる。
そう言うと、キュウコンは何かを悟ったように頷いた。
「…杞憂、なのかもしれませんわね」
「杞憂?何が」
「いえ、こちらの話ですわ」
キュウコンはオホホ、と笑うと、そろそろ帰るわね、と言って背を向けて歩き出した。
が、ふと思い立ったように振り向いた。
「ああ、一つだけ言い忘れていましたわ、ツツケラ」
「何よ」
「今のこと、あまり他のポケモンには伝えない方がよろしくてよ」
…なぜ?
***
「なんでだと思う?」
「そりゃー自分のポケモンが言ってることが全部分かるトレーナーなんて、それこそ一握りしかいないからだろ」
そんなものなのかなー、とツツケラは呑気に首を傾げた。
こいつはかなりのほほんとしているし、何よりトレーナーに絶対の信頼を寄せている&トレーナーもツツケラを信用しているから想像ができないらしい。
「おめでたい頭してんなお前」
思わずそう言うとタネマシンガンが最高回数で飛んできた。
「あぶねえ!」
「酷いこと言うからでしょ!」
「本当のことだろうが!」
「…もう一回タネマシンガンを受けたいようね?」
あ、やばい。
この口調になるツツケラは「マジ」だ。
「ごめんごめん、言い過ぎたわ」
とりあえずそう言うと、ツツケラはまだ怒っていたが、「分かればいいのよ」ととりあえずタネマシンガンを発射する準備を止めたようだった。
「でもさあ、言葉が分からなくても…ある程度ニュアンスとか分かるようなものじゃないの?」
「まあ大体はそうだな」
大半のトレーナーはそうだと思う。
だが、そうじゃないトレーナー…分かろうとしない奴等も一定数は確実にいるのだ。
具体例はあげたくもないが。
そう言うと、ツツケラは悲しそうな顔をした。
「なんで分かろうとしないんだろうね」
「分かりたくもねえんだろ」
「…なんで?」
「俺等がキライだからじゃねえの?お前、キライな奴等を理解しようと思えるか?」
「…思えない」
「そいつらも同じなんだろうよ」
「それでも、やっぱり人もポケモンも理解し合おうとする方がいいと思うな…」
ツツケラは泣きそうになりながらそう呟いた。
「…キレイゴトな感想は時としていろんな奴を傷つけるぜ、気をつけろよ」
思わずそう吐き捨てると、ツツケラは気がついたように頭を下げた。
「…ごめんね、ルガルガン」
「別にどうってことはねえよ」
そう、別にどうでもいい。
俺のかつてのトレーナーが俺を憎んでいることを思い出したなんて、本当にどうでもよかった。
***
私には、後悔していることが一つだけある。
「イワンコ!遊ぼう!」
「ワン!」
物心ついたときから一緒にいたイワンコ。
ご飯も、遊びも、お風呂も、寝るときも、全部一緒だった。
イワンコは私の全てと言っても過言ではなかった。
だけど。
「あれ、イワンコ…?」
朝起きるといつも私に首の岩を押し付けるイワンコが、その日はいなかった。
珍しいな、と思いつつリビングへの扉を開けると、そこには見たこともないポケモンと血塗れの父と母がいた。
「…え?」
あの衝撃的な光景は今でも夢に見る。
息も絶え絶えな両親と、真っ赤な返り血を浴びた…ルガルガン。
駆け寄ってきた真っ赤な目をしたルガルガン。
「来ないで!!!」
思わず叫ぶと、ルガルガンは意外にもそのまま立ち止まった。
「あなたが父と母を…?!」
問うと、ルガルガンはゆっくりと首を振った。
だが、私はそれを信じることができなかった。
だって、ルガルガンは血で真っ赤だったから。
父と母には大きな切り傷があったから。
…この辺りには、ルガルガンなんて生息していなかったから。
「うそつき!!来るな!!」
また近寄りかけたルガルガンを言葉で制し、私は駆け出し、隣の家へと助けを求めて、そのまま気を失った。
次に目が覚めたとき、私は病院にいた。
父と母は幸いにも一命を取り留めた。
そしてあの時の話を二人から聞き、私は大変な誤解をしているということに気がついた。
それは、あのルガルガンはいつも一緒にいたイワンコだったということだ。
家に侵入したラッタに父と母がやられそうになったときにイワンコが庇い、ルガルガンに進化。返り討ちにしたのだと言った。
だから、ルガルガンはウソをついたわけではなかった。
私が信じなかっただけだったのだ。
私は退院してからルガルガンを探し回った。
だが、もう二度と会うことはできなかった。
「後悔しているのよ」
そばにいた娘に話しかける。
「一目でいいから、会って謝りたいけれど」
「…けれど?」
「たぶん、もう私のことなんて思い出したくもないでしょうね」
ため息をつくと、娘は居心地が悪そうに身じろいをした。
どういう反応をすればいいか迷っているのが見て取れる。
それは人同士だから、ではなく、私が娘を、娘が私を理解しようと・分かり合おうとしている証拠でもあると思う。
「ルガルガンはそれでも私のことを今でも思ってる、なんて慰めてくれる人がいるけれど、こういう詩的な感想って時としてその人をかなり傷つけるのよね」
「慰めが胸に突き刺さるパターンってやつね、あるよね」
娘が頷く。
「あなたは、パートナーが思っていることをちゃんと理解しようとしてね。信じてあげてね」
「任せて。私とニャビーは一心同体よ」
娘はそう言うと、昼寝から起きようとしているニャビーを撫でるのであった。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。