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天文学的なふたり

「おはよー」

「はよー」

チセが来た。いつも通りに挨拶、うん、いつも通りだ。何も変わってない。変わってる方がビックリするからいいか、変わらないのはいいことだ。

「今日は寝坊しなかったね」

「それ、うちがねぼすけみたいじゃん」

「実際ねぼすけだし、リコ」

「えー、違うしそれ」

うちはリコ、向かって立ってるのはチセ。見た目は……うーんなんだろ、いちいち説明するの面倒くさいし、なんか好きに想像してくれればそれでおっけー。うちがリコで相手がチセ、それだけ分かってればいいかなって感じだし。どんな見た目してるかなんて、言葉だけでちゃんと伝えるなんてできっこないしね。まー、うちみたいに最初から「知ーらない」って放り投げちゃうのもよくないけど。

なんとなーく時計を見てみる、近くに置いてるデジタル時計。七時五十六分、もうちょっとで八時になる。時間が分かると、日付もちょっと気になる。チセに訊いてみよう、それが一番早いから。

「今日何日だっけ? 何月何日」

「んー、あ、あったあった。九月十四日だって」

「ほえー。いつの?」

「2986年、って書いてる」

「ジャスト三十年かー」

2986年、ここ「しらさぎ」の壁に取り付けられたカレンダーは、間違いなくその数字を現してる。2986年、何回見ても同じ。目をこすったり瞬きしたりしてみても、やっぱり2986年のまま。や、そんなことで一年増えたり減ったりしたら逆に怖い、怖いって。

しらさぎ。宇宙船に鳥の名前付けるのって流行ってたのかな、空を飛ぶしその辺にあやかったのかも。外装も白だったし。けどそれは関係ないか、スペースシャトルとかって大体全部白いし。なんでだろうなー、黒い宇宙船とかあってもいいのになー。うちは黒の方が好きだし。あーでも、宇宙出たら黒だと目立たないか。お互いぶつかって事故っちゃうとかあるかも知れない。

わりといい宇宙船らしい、前にチセが言ってたから多分そう。細かいことは分かんないけど、広いし快適だしいいとこなのは間違いない。いいとこっていうか、他と比較できるようなところがないから感覚になっちゃうけど。比較する機会あるかな、ないような気もする。今いるところがいるところだし。

真っ暗、見渡す限りずーっと。地球から空を見た時は星とかちょこちょこ見えて、宇宙に出てみたら辺り一面キラキラしてるのかなとか思ってたけど、そんなことなかった。ホントに何も見えない、星のひとつさえ。前も後ろも右も左も全部真っ暗な中にいて、うちらが前に進んでるのかどうかも微妙だ。進んでるんだと思うけど、進んでるって感覚はあんま無い。どこまで行っても変わり映えしないなー、外見てても退屈だ。

「んじゃ、いつもの人員点呼」

「やるの?」

「一応やっとこうよ一応」

「やるかぁ」

「いちばーん、山田リコ」

「二番、坂口チセ。いじょー」

「乗組員、二人しかいないからすぐだね」

「やっぱやる意味なくない?」

「こーいうのはカタチが大事なんだってば」

宇宙船「しらさぎ」の乗組員はうちとチセ、だけ。他には誰も乗ってない。途中で降りたとかじゃなくて、出発する時からずっとそう。最初からチセと二人きりで旅してる。ハッキリここに行きたいってのがあるわけじゃないし、正直旅してるっていうより流されてるって言った方がいい気もするけど、まあ旅してるんだと思う。

こういう風にどこかへ行きたいって、うちもチセも考えてたのは間違いないから。

「よく眠れた?」

「寝た寝た、ぐっすり。たぶん夢も見てない」

「あー、夢見てたらなんか寝てた感じ薄いもんね」

「はちゃめちゃな夢だと特に」

「風邪引いて寝込んでる時とか」

「あるある。スケールだけでっかくて全然意味分かんない夢」

「そーいう賑やかな夢だとさぁ、寝てるはずなのに疲れちゃうんだよねー」

賑やかな夢、しばらく見てないな。見たいわけじゃないけど、ただ見てないってだけ。今の現実に何か不満とか心配とかがあるわけじゃないから、夢がどんなのでも気にしないんだけど。

「うちらさー」

「うん」

「ここで寝るの、三十回目くらい?」

「んー、たぶんそう。だいたい三十回目だと思う」

「じゃああれかぁ、出発して一ヶ月経ったくらいかな」

「えーっとぉ」

チセが持ってたスマホを見る。この「しらさぎ」の中にあったやつだ。地球から持ってきたのもあるけど、カバンの中に入れっぱなしだった気がする。ここじゃスマホで暇つぶしとかしなくていいし、そうなると全然触らなくなっちゃうっていうか。前はしょっちゅう触ってたのにな、主にチセとLINEするために。LINEより直に声掛けた方が早いからちっとも使わなくなっちゃった。

スマホをあちこち弄ってたチセが顔を上げてうちを見る。うちもチセを見た、目をまっすぐチセに向けて。

「あー、惜しい。ちょっと惜しい」

「二十九日、肉の日とか?」

「ううん。八百七十年と三十日だ」

「えーっ、それ全然惜しくなくない?」

「惜しくなくなくもない」

「どっちか分かんない」

「惜しいってこと」

「惜しいかなぁ」

「細かいことは言いっこなしで」

あー、そうだった。

この船、一回寝るとそれだけで三十年くらい経つんだったっけ。

 

「これってさ」

「うん」

「朝ごはんだよね?」

「朝ごはんだよ」

「けど外朝っぽくなくない?」

「朝っぽくはないね」

たまごサンドをほおばるリコに相槌を打って、自分もフレンチトーストをかじる。甘い味がじゅわっと口の中いっぱいに広がる。食べ慣れた味、って言ってもそろそろ間違いじゃない頃だと思う。朝ごはんはいつもフレンチトーストにしてるから。あ、でも今って「朝」なのかな。「しらさぎ」の中は明るいけど周りは相変わらず真っ暗だし、夜じゃんって言われたら夜だねって言うしかなくない気もする。

「朝っぽくないけど、うちらの中では朝だよ」

「そっか。うちらが朝とか昼とか決めちゃっていいんだ」

「神様にでもなった気分だ」

「おー、神様かー。地球の神様、こんなとこにいるうちらのことも見えてるのかな」

「地球の神様だし見えないっぽくない?」

「見えなさそう。他のとこ見るので手いっぱいとかで」

うちらこうやってたまごサンドとかフレンチトーストとか食べてるけど、どっちもうちらが作ったものじゃない。「しらさぎ」が作ってくれたやつ。部屋とか食堂とかにあるタブレットをぽちぽちして「あれ食べたい」って入れてちょっと待つと、こうやって出来立ての料理が出てくるわけ。味付けの細かいところまで注文聞いてくれて、その通りに作ってくれるからすっごい便利。うちにも欲しかったってくらい。

ただ、あれかなー。この間カレー食べたくなって注文して、食べて普通においしかったんだけど。おいしかったんだけど、自分ん家で食べてたのとはちょっと違う味だったなー、って。うちのやつローリエ入ってたのと、あと他にもお母さんが味付け変えてた気がする。そういうのまでは再現できないみたいだ。これ別に不満とかじゃなくて、そういうものかあって思うだけだけどね。

「これってさ、うちらが食べてるものってさ」

「うん」

「材料とかってどっから持ってきてるんだろうね」

「あー、材料かぁ」

「どっかにいっぱい貯めてあるんだと思うけど、何頼んでも出てくるし」

「コーヒーゼリーとかも出てきたもんね」

「里芋の煮っ転がしとかもそう」

「リコってああいうのも食べるんだって思った」

「ちょっと前にお母さん作ってたなあって思い出してさー」

コーヒーゼリーとか里芋の煮っ転がしとか、フツーの宇宙船には積んでないと思う。そういうのまでいっぱい積んでたら、他に大事なものが積めなくなっちゃうし。じゃあ、うちとリコが食べてるものはどこから来たのか、どういう風にして作られたのか。ちょっと気になるけど、ハッキリしたことは分かんない。ただ――。

「うちらの食べてるもの、材料とかもどっかで作ってる、って聞いた気がする」

「えっそれすごくない? 何にもないところから里芋とか出てくるんだよね」

「らしいよ。どうなってるのか全然分かんないけど、前に偉い人が言ってた」

「そっかぁ。いっつも思うけど、この宇宙船ヤバいよね」

「うん。うちもヤバいじゃんって思ってる」

「何がどうなったらこうなるのかちんぷんかんぷんな場所いっぱいあるし」

リコの言う通りだと思う。なんでこんなに上手いことできてるの? って首をかしげることもちょくちょくある。考えてみるけど、元から理科とか得意じゃなかったからすぐ行き詰っちゃう。で、今都合よく動いてるからいっか、で終わらせちゃうところがある。それでいいのかなー、とか思わなくもないけど、考えたって分かんないことは分かんないからどうしようもない。

うちは他のこと――リコのこと考えるので手いっぱいだし。手いっぱいっていうか、頭いっぱいっていうか。

「あ」

「何?」

「チセさ、昨日何食べたっけ?」

「昨日っていうか、三十年前だけどね」

「時間の感覚狂っちゃうよね」

「もう今がいつなのかとかさっぱりだし」

「で、食べたもの」

「思い出す必要ある?」

「昨日食べたもの思い出せなかったらボケ始めてるってテレビで言ってたし」

「それは聞いたことあるけど」

「あ」

「どうしたの」

「ピーマンの肉詰めと赤魚の煮付けだった」

「あれだよね、リコっておばあちゃん的な食べ物好きだよね」

「えー、うちおばあちゃんじゃないし」

「里芋とか赤魚とか。どっちもお醤油で煮てるし」

「気のせい」

「気のせいじゃないってば」

リコはいつもなんとかの煮付けとか何々の煮物とか食べてる。おばあちゃんっぽい感じがする、好みとか味覚とか。うちはそういうの食べないから分かんないけど、リコが好きって言うならそれでいい。リコが好きなものだって言うなら、きっと悪いものじゃないって思うから。リコが好き、っていうのが何よりの証拠になるし。

「今ってさ、今頃ってさ」

「うん」

「料理ってどうなってるのかな」

「めっちゃ進歩してるかも、超音波で料理したりして」

「電子レンジがそうじゃない?」

「超音波じゃないけどあれなんとか波だっけ」

「確かマイクロ波とかそーいうの」

「そっかぁー、どーだろね。料理って概念なくなってるかも」

こういうしょうもない話にもリコはちゃんと乗ってくれる。そうするといつの間にかしょうもなくなくなってて、意味のある話になってる。

この流れが、うちは好きで、好きで。

「うちらがやってたみたいなご飯の作り方、記録とかに残してたりして」

「学校で縄文時代にどういうもの食べてたかうちらが勉強したみたいに?」

「そーそー、あんな感じ」

「あー、ありそうな気がする。だってもう八百何年も前だし」

「だよねぇ、だよねぇ」

「昔の人はわざわざご飯食べてたのか、大変だなあとか言って」

「それじゃあどうやって栄養取ってるんだろ」

「あれだよ、食べ物イコール料理になってて、自分で調理しなくなってたりして」

「それとかさ、全部すり潰されておかゆみたいになってるとか」

「食べるのめんどくさいから、注射とか点滴みたいに栄養取ってたりするかも」

「味気ないなあ」

「ディストピアご飯だ」

「うちらの方が豊かな食生活してる可能性あるのかー」

「なくもないかも」

ほんと、どうなってるんだろうな。八百年、八百七十年ってすごい時間だから、その間に何があったのか全然見当も付かない。想像もできない。地球にいた頃は一週間後のことだって想像付かなかったのに、その何倍、何百倍も先なんだもん。考えようったって無理だ。

今こうやってこの場所で、うちとリコがふたりでいる。それが一番大事だし。

「てかさ」

「うん」

「宇宙人もご飯食べたりするのかな」

「あっ、それ気になるかも」

「気になるよね」

「それもそうだし、宇宙人ってなんか区別があいまいだよね」

「行ってみたらさ」

「うん」

「うちらも宇宙人だしね」

「宇宙にいるしね、こうやって」

「宇宙人だ」

そっかぁ、うちら宇宙人かぁ。実感湧かないけど、自覚してみるとちょっと不思議な気分だ。うちもリコも、宇宙人だからって何か変わるわけじゃないけどね。ただどの枠に入るかってだけで、中身はちっとも変わんない。

「うちらが宇宙人かどうかは置いといてさ、他の星にいる生き物が何食べてるのかは気になるよね」

「なるなる。何も食べずに生きてる、ってことはあり得ないと思うし。光合成とかはあり得なくもないけど」

「光合成で必要な栄養全部取れたら楽そうだよね」

「それならうちと違ってダイエットとかしなくてよさそう。うらやましいなぁ」

「リコってダイエットとかしてたっけ」

「言われてみれば得にしてない。ちょっと食べ過ぎないようにしてるだけ」

「ここだとなんでも好きなように食べられるから気を付けないとね」

「ホントにね。気を付けてるけど時々おせんべいとか頼んで食べちゃうし」

リコの味覚はやっぱりなんかおばあちゃんっぽい。おやつにおせんべい食べるのとかもう「まさにそれ」って感じだし。悪いとかじゃなくて、リコだなーって思うだけ。そういうところもひっくるめて、リコはリコだって理解してるつもりだから。

「宇宙人いるって前提で話してるけどさー」

「宇宙人」

「そもそもうちらの他に生き物いるの? ってところからだよね」

「今まで一回も会ってないもんね、よその人に」

「人もそうだし、人以外の生き物にも会ってないし」

「まあねー。でもさー」

「でも?」

「いたらいたで、どうしようってなりそうな気もするけどね」

「それもそうだ。たぶん言葉とか通じないよね」

「絶対通じないし。向こうはテレパシーとかで会話してるかも知れないし」

「うちら超能力ないからねー」

よその星の人、会ってみたい気もするし、別にいいかなって気持ちもある。どっちだっていいのは、本当に一緒にいたい人がすぐ近くにいるから。だからよその人のことは、正直どっちでもよくなる。

リコもこんな風に考えてたらいいな。

目を見つめながら、ふとそんなことを考えた。

 

「チセさあ」

「うん」

「これちゃっちくない?」

「ちゃっちいよ」

「普通あんな血の出方しないよ、ぶしゃーって噴水みたいに」

「ま、映画だしねー」

「映画だけどさあ」

映画観てる。チセが観たいって言うから。何観たい? って訊いたらホラーだった。「悪魔のはらわた」とかいうなんかぐちょぐちょしてそうな題名のやつ。すっごいお金かけてるとかじゃない、なんていうかちゃっちい感じがする。安上がり感ありありの映画。名前は「悪魔のはらわた」だから悪魔っぽいのかと思ったらそれっぽいのはちょっぴりしか出てこなくて、ホッケーマスク被った殺人鬼が出てくる。音量調整ミスしてなくない? ってくらいうるさい電ノコを振り回して暴れてる。

怖い感じはあんまりなくて、妙に暗くない? とか、血の量やばくない? とか、やっぱ音うるさくない? とか、そういうことばっか考えてる。

「これあれ? ほらあの、ジェイソンってやつ? マスク被ってるし若い子殺しまくってるし」

「違うよ、全然違うよ」

「えー違うの」

「違うってば。ジェイソンはチェーンソー使わないし」

「使わないんだ、すっごい使ってるイメージあったのに」

「一回も使ってないよ。そっちはレザーフェイスの武器だし」

「誰それ、ジェイソンの知り合い? いとこ?」

「そうじゃないよ。全然別の殺人鬼」

別の殺人鬼だーとか、さらっと言ってくる。さらっと言うような事じゃないよね、物騒だ。でもチセが言うんだったらきっとそうだと思う。チセって物知りだし、今まで言ってたことほとんど全部合ってるから。だからチセの言うことは信じるようにしてる、これは間違いない。

そんなことあれこれ考えてたら、不意打ち気味にテレビから「キャーッ!!」とでっかい悲鳴が聞こえてきた。

「ひえっ」

「うわ声でかっ」

「びっくりしたー、びっくりしたってば」

「こういうでっかい音とかで怖がらせようとするのナシだよね」

「殺人鬼よりこいつの声の方が怖いって」

「それはある、うちも思う」

「だよね。ズルいよねでかい声」

うちらが今いるのは宇宙船「しらさぎ」の資料室。資料室っていうけどそんなに広くなくて、あるのはでっかいモニターとタブレットが四つくらい。資料何もないじゃんって思うかもしれないけど、そうじゃない。資料室から繋がってるらしいでっかいコンピューターにいっぱい資料が収められてて、うちやチセが「何か見たい」って言えばそれを探して見せてくれる。探してくれるのはAIで、ホントに賢くなんでも探してくれる。うちらより絶対賢い。間違いない。

世界中から映画とか絵画とか、音楽とか映像とか、本とか写真とか、あとインターネットのホームページも。そういうのがものすごくたくさん集められてる。どれくらい? うちにも分かんない。とにかく山ほど集められてて、今までに作られた芸術とかそういうの、もしかしたら全部集められてるのかも知れない。ホントにたくさんあって、見たことも聞いたこともないようなものがいっぱいある。知ってるモノの方が絶対少ない。

「この小学生が描いたっていう絵とモナリザが一緒に入ってるの、なんかちょっとウケる」

「一緒くたになってる感すごいよね」

「説明見てみよ。一応なんかのコンクールで入賞した絵だって書いてる」

「そういうのまで集めてるんだ。手当たり次第だ」

「手当たり次第だね、手当たり次第だ」

「リコさ、手当たり次第って言葉ツボってるでしょ」

「ちょっとツボった」

誰もが知ってる芸術家の絵から、どう見ても一般人っぽい人の絵まで。うちがツボってる「手当たり次第」って言葉がピッタリの光景だ。前に調べた時は、うちが小学生の時同級生だった子の絵も入ってるの見つけたっけ。絵がうまい子だったのは覚えてるけど、こーいう場所で「再会」すると不思議な気分になる。

とりあえず、それくらい、この「しらさぎ」の資料室は充実しまくっている。何がどれだけあるのかとか全然分かんない。分かんないって言ったけど、数字は出てる。収蔵品の総数は――「十兆点」以上、らしい。映画とか音楽とか絵とか、もろもろを全部合わせた数字がコレだって例のAIが教えてくれた。教えてはくれたけど、ちょっと数字が大きすぎてちっとも実感が湧かない。

それこそ、うちらが地球を発って九百年くらい経ってるって言われるのと同じように。

「ここにあるものってさ」

「うん」

「たぶんうちらが毎日籠もって見続けてもさ」

「うん、うん」

「全部見るとか絶対無理だよね」

「百パー無理。うちらが百人いても足りないよ」

「だよね、そうだよね」

「そもそもだけどさ」

「うん」

「どうやってこんだけ集めたのか知りたいよね」

「ホームページ見てるだけでも終わらなさそうだもんね」

「人類の歴史の集積だね」

「リコ、たまには難しいことも言うじゃん。でもそうだ、人の生きた証みたいなもんだし」

どういう風にしてここに集めたのかも気になるし、ここに集めた理由も同じ。単なる暇つぶし用って感じはしない。なんだろ、なんていうか、「人類が創ってきたもの」全部をかき集めて押し込んだみたいだ。なんでそうする必要があったのか、こんなにたくさんの資料を集める必要があったのか。裏にある訳を想像したら、うちにだって分からないわけじゃない。

やっぱ滅亡しかかってたんだなぁ、人類って。宇宙へ飛び出す前のことを考える。空はいつも暗かったし、ニュースもそれに合わせてどよーんとしてて。やれ移住だの、地球の再建だの、雲をつかむような話が当たり前にされてたっけ。真面目に人類って存在がこの世から消えてもおかしくないくらい、地球は無茶苦茶でてんやわんやしてた。うちとかチセはたまたま平和だっただけ、そういうのは割と感じ取ってた。だからこう、歴史っていうか、生きた証っていうか、そういうのを残して保存しときたかったんだろうね。お葬式で使うお棺に、亡くなった人といっしょに思い出の品を入れておくみたいに。

「そーいう崇高な目的でこの資料室って作られたと思うんだけど」

「うん」

「今うちらが観てるのはB級ホラーなわけだ」

「だね。あ、殺人鬼に見つかりそう」

「こんなのでいいのかなー、なんだかなー」

「別にいいじゃん、この映画も歴史のひとつになってるわけだしさ」

「んー」

「これも人類が生きてた記録のひとつ、ってことで」

「中で人バンバン死んでるけどね。あ、女の子の顔面に斧ぶっ刺さって死んだ」

「ナイスショットだね」

「人の生き死に軽すぎない?」

「そういうのを娯楽として気軽に楽しめるって思えばなんかそれっぽいっしょ」

「そーいうもんかなあ。そうしておこうかなあ」

深く考えたってしょーがない。あるものはある、だからうちらはそれを観ればいい。何もかも全部手付かずのまま放っておくよりずっとマシだろうし。

このホラー映画撮った人だって、たぶんうちらみたいにあーだこーだ言いながら観て楽しんでくれれば、って思ってたはずだから。

 

「『移住用』って書いてる」

「宇宙のどっかに移住するためなのかー」

「それにしてはいろいろ揃いすぎてる気もするけど」

「備えあれば憂いなしってやつだよ」

「まー宇宙だもんね。何あるか分かんないもんね」

「今周り何にもないけどね。星もいっこもない」

この宇宙船はどこかへ移住するために作られたらしい。地球じゃないどこか、宇宙にある別の星へ。そんなところあるのかな、ないような気がする。今まで見つかった星ってどこもかしこも人間が住めるようなとこじゃなかったって聞いてたし。その点地球ってすごい。空気あるし、水もあるし、太陽から遠すぎず近すぎず。超優良物件だ。都会でこーいう物件探したら目玉飛び出るようなお金になるやつだ。

地球レベルでいい星がお金でどうにかなるかっていうと、ちょっとどうにもならなさそうではあるんだけど。

「うちら以外に宇宙に移住したって人いるのかな」

「そもそもだけどさ」

「うん」

「うちらって宇宙に移住してるのかな」

「まあ宇宙に住んでるようなものだと思うよ、うちは」

「そっかぁ。なんか実感湧かない」

「だよね」

「なんていうか、全部が地球にいた頃の延長って感じで」

「うん」

「特別『宇宙にいるんだー!』って気持ち無いもんね、九百年くらい飛んでるのに」

「まーその内起きてるの一ヶ月くらいだしね」

なんとなくでこの「しらさぎ」に乗って、「行っちゃおうか」って気持ちで飛び出した。だから「何が何でも宇宙に脱出するぞ!」とかじゃ全然なくて、地球と地続きのままって方が近い。やらないけど、今いきなり入り口のドア開けたらフツーに地球に繋がってるんじゃないかって気がどこかでしてる、やらないけど。でもそう思う。現実感がない。今は宇宙にいるんだ、もう何百年も飛んでるんだって実感が、全然。

リコと一緒にいるっていうのは、揺るがない実感としてあるんだけどさ。

「この『しらさぎ』ってさ」

「宇宙船だよね」

「そう。すごい遠くまで行くことを想定して作られてるって」

「太陽系とかよりも?」

「余裕。余裕でぶっちぎって、今まで全然知らなかったところまで」

「ていうかさー」

「うん」

「それだけ飛べる宇宙船作っちゃうのがすごいよね」

「確かに。いろんな意味ですごい」

技術的にもすごいし、何考えてそこまで作っちゃったのかとか考えると、すごいとしか言えない。すごい、だけで片付けちゃっていいのかな、とか思わなくもないけど。

「すごいよね。何百年って飛んでも全然平気、びくともしないってところとか」

「実際もう九百年くらい飛んでるしね」

「九百年、九百年かぁ」

「何回も言ってるけどさ、全然実感ないよね」

「ちっともない。やっぱり一ヶ月くらいしか経ってない気がする」

「タブレットに出てる飛行距離とかもそうだけどさ、数字が大きすぎて実感が湧かないよね」

何事も大きすぎたり遠すぎたりすると実感が持てない。この「しらさぎ」みたいに、今いる宇宙みたいに。うちとリコくらいの距離感、それくらいが一番実感ある。

「ねーチセさ、この『しらさぎ』さ」

「うん」

「点検? メンテナンス? とかってどうやってるんだろ」

「なんかね」

「うん」

「全自動でやってくれてるみたい」

「ほえー、全自動かぁ」

「実際うちら何もしてないじゃん」

「なんにもしてない」

「だからね、全自動」

「人間が何かしたりしなくてもいいんだ」

「この前調べてみたらさ、一応できるみたいだけど、しなくてもいいようになってるって書いてあったよ」

何かしようって思ったとしても、こんなに大きい宇宙船だし、機械の知識とか全然無いし、結局何もできないっていうのがオチだと思うけど。まあ、何かしなきゃいけないっていうなら知ってなきゃまずいけど、何もしなくても大丈夫だっていうなら、それはそれでいっかな、って。

「全部お任せだもんね、ご飯とか寝るのとかも」

「あと行先も」

「うちら、どっか行きたいとか目標あるわけじゃないしね」

「ない。全部なりゆき任せだ」

「だから何もしなくてもいいっていうか」

「どっか行きたいならアレだよね、船の操縦とかしなきゃいけないし。おもかじいっぱーい、って」

「宇宙船でも面舵とか取舵って言うのかな」

「操縦室? にあるの、どっちかって言うと車のハンドルみたいだったけどね」

「どっちでもいっか。ホント何もしてない、ちょっと窓ガラスとか拭いたくらい?」

「それアレじゃん、ホコリかと思ったら遠くに見える星だったってやつじゃん」

「あーそれそれ、アレはちょっとウケた」

「ホコリにしか見えなかったしね、遠すぎて」

よく漫画とかで「宇宙のチリにしてやるー」とか言い回しあるけど、あの時のはホコリと見間違えたから、ホントの意味で「宇宙のチリ」だったっけ。宇宙のチリ。

「うちさ、間違って窓ガラス拭いたけどさ」

「拭いたけど」

「基本的に全部お任せだもんね。掃除とかも」

「全自動だよね、全自動」

「たまに何か走ってるじゃん、カーリングのアレみたいなの」

「確かにカーリングの石に似てる」

「アレがホコリとか吸ってくれてるんだよね」

「そうそう。そういうのも全部なんか中央にあるっていうコンピュータがコントロールしてくれてるっていう」

「うちらのご飯作るのとかもやってくれてるんだよね」

「やってるやってる」

「あいちゃんがその辺全部面倒見てくれてると」

「そうそう、あいちゃんに全部お任せ」

この宇宙船「しらさぎ」を管理してるのは人工知能、いわゆるAI。名前は付いてないんだけど、うちらは勝手に「あいちゃん」って呼んでる。「AI」で「あい」だし、何か声出す時は全部女の人の声だからちゃん付けで呼んでる。うちと、リコと、それからあいちゃん。この三人で宇宙を旅してる、っていうとなんかちょっといい感じだよね。あいちゃんがいるとキチッと締まるというか。自分でも何言ってんのかよく分かんないや。

「あいちゃん、生真面目だよね」

「超が付くマジメちゃんだもんね」

「全部正確でさ、一秒も遅れたりとか早いとかないし」

「うちらのことあいちゃんが見ててくれるからね」

「だから安心して三十年とか寝てられる」

「そう、ぐっすり」

「寝てる間の健康管理もバッチリだし」

「もう何もかも完全完璧って感じだよね」

そう、あいちゃんは完全で完璧だ。いろいろ抜けてるうちらとは違う。うちらがのびのび暮らせてるのはほとんど全部あいちゃんのおかげだし。ただ、その、完全で完璧なあいちゃんだけど、一応欠点というか、できないこともある。

「あとはさ」

「うん」

「うちらの会話に混ざったりしてきたらいいのになって思う」

「そういうことしないよね」

「こっちから訊いたら答えてくれるけどさ」

「自分から声掛けてくるっていうのはないよね」

「そこだけかなー、残念っていうか、項だったらいいのになって思うトコは」

「喋ったら面白そうなのになー」

「うちらに足りないモノ持ってるよね、あいちゃんは」

こうやってうちらがアレコレ話していても、決してあいちゃんが加わってくることはない。じーっと静かに話を聞きながら、この「しらさぎ」を動かすために必要なことを休まずにやり続けている。

どれだけ遠くまで飛んでいっても、うちがこの宇宙船で話をする相手は――リコ。やっぱり、リコひとりだけみたいだ。

 

「今さらだけどさー」

「うん」

「夏休みでもないのに学校行かなくていいって変な感覚だよね」

「ちょっとそわそわするよね」

「まあここに学校自体無いけどね。図書室っていうか資料室はあるけど」

「ねーリコさー、もしここで勉強したいってなったら、やっぱりあの資料室使うのかな」

「あそこしか勉強らしいことできるところなさそうだし、あそこだろうね」

学校行かなくていいから勉強もしなくていい、地球を出てから一ヶ月ちょっと――実際のところは九百三十年と一ヶ月ちょっと経った今でも、あんまり実感が持ててない。チセの言う通りそわそわするっていうのが本音。ホントはしなきゃいけないことをしてない時に感じるアレ、アレに近い感じがする。

ただ、うちにとって学校が特別な場所だったのは、勉強ができる場所だから、って理由じゃなくて。それとはまた違う理由があったからで。

「学校かぁー、あんまり経ってない気がするのになんか懐かしい気がする。リコは?」

「分かる。それにうちらさ、前はほら、学校でしか会えなかったから」

「そうだったそうだった。お互い家遠かったしね」

「遠かったっていうか、方向正反対だったしさ」

「どっちも校区のギリギリくらいだったっけ」

「うん。うちが東の端っこで、チセが西の端っこに家があって」

「だいたいそんな感じだったかなー」

学校に行けばチセがいる、だから学校に行ってた部分みたいなのがある。あるっていうか、それが一番大きかったって、今なら思う。

「今はいつでも一緒だからね」

「ここにはうちらしかいないからね。あいちゃん以外は」

「部屋とかいくつかあるけど大体同じとこにいるし」

「二人きりなのに別々の部屋ってのも寂しいしさ」

「うちらあんま使わない部屋とかあるよね。なんか勿体ないかも」

「あー、それはちょっとあるかも」

ここではうちとチセはいつも一緒にいて、離れることは滅多にない。せいぜいトイレ行くときとかくらい。それは嬉しい、嫌なこととか一つもない。ないんだけど、ないんだけど。

だけど。

時々、ホント時々、ひとりで通学路を歩いて、チセに会える学校まで歩いていくときの感覚が――少しだけ、ほんの少しだけ、懐かしいなって思うことも、まったくないわけじゃない。今はもちろんいいけど、前には前の良さがちょっとあった、っていうか。

「弘子ちゃん」

「弘子ちゃん?」

「あ、うん。うちらのクラスにいたさ」

「最後に会ったの、五月くらいだったよね」

「うちもそう。なんかちょっと話した気がする」

「なんて言ってたかな、あ、思い出した」

「何?」

「月に行くって。家族みんなで」

「そういうことかぁ」

弘子ちゃん、いたなあ。うちと似たタイプの子だったような気がする。クラスの中だと結構話してた方だったと思う。チセみたいにいっつも話してる、ってほどでもなかったけど。LINQの番号交換したりもしたっけ、メッセージとか写真とか送れるアプリ。お互いちょくちょく雑談もしてた気がする。

「弘子ちゃん以外にもいたじゃん、クラスの子」

「いたよねー。今になって思い出したけど」

「今まであんまり話さなかったもんね、なんか」

「ちょっと前、ほんのちょっぴり前まで同じ場所にいたのになー」

「あっという間だね。時間の流れってやつだ」

「まあ、九百年ちょっと経ってるのは間違いないし」

みんな今どうしてるかな、そう思いかけて、もう九百三十年くらい経ってる、ってことを思い出す。どうしてるも何も、なんにもしてないとしか言えない気がする。時間経っちゃったからね、ちょっとイメージできないくらいの長い時間が。もうすぐ千年って考えると、ますます現実感がない。ホントにそんなに経ってるのかな、やっぱり一ヶ月くいじゃないって感じの方が強い。

「最後の方は散り散りになっちゃってたもんね」

「夏休みの前辺りだね」

「みんなあちこち別のとこ引っ越してったからなー、月とか火星とかもろもろ」

「教室も人まばらだったし」

「だんだん人減って空いた席増えてくの、寂しかったっけ」

「うちらが最後に学校行った日、先生も居なくなったって別の先生に言われたしね」

寂しいなあって思って、同時にしょうがないか、って気持ちも湧いてきた。地球やばいって小学生くらいの頃からずーっと言われてて、うちらが中二になった頭くらいから本気でヤバいって言われ始めて。うちも漠然とヤバいって思ってた、だけどやっぱりしょうがない、死ぬときは死ぬときだ、みたいに考えてて。

だけど、チセの顔を思い浮かべたら――もうちょっと、今の世界でいっしょに生きてみたい、そういう気持ちが湧いたのを思い出した。それ今、ここにいる。

「避難してる人多かったしね」

「みんな地球が爆発するー、みたいなテンションだったし」

「爆発するって言われたらさ、まあ避難するよね」

「また地球で会おうね、とか挨拶してさ」

「したした。結局できなかったけど」

「それでさ」

「うん」

「よく考えたらさ」

「うん」

「うちらが今ここにいるのも避難って言えなくもないかも」

「あー、まー、うーん、確かに」

チセの言う通りだと思う。ここにいるのは避難してきたからだ、って。何から逃げてたんだろう、爆発するって言われてた地球? 表向きはそうだと思う。ホントのところはどうなのかな、うちが本当に逃げたかったのはなんだろ、何から自由になりたかったんだろ、どういう風にするのが一番いいって思ったんだろ。

たぶん、その答えが――今、何なんだって思う。

「これね、もう何回も言ってるけどさ」

「うん」

「全然実感湧かないけど、九百三十年とか経ったんだよね、うちとチセが宇宙に出てから」

「ほんとにね。体感ではやっぱり一ヶ月ちょっとなんだけど」

「だよねー。起きてる時間がそれくらいしかないからかな」

知らない間にものすごい時間が経っていって、フツーに生きてたら絶対辿り着けないような時間と場所に今、うちとチセは立っている。ビックリするようなことだと思うんだけど、それにちっとも実感が伴ってないせいで、今までの人生の続きでこうなってるって気持ちしか持てない。でも、まあ、別にそれでもいっかな、って。うちらに何かしなきゃいけないことがあるわけでもないし。

「九百年かぁ」

「九百年だよね」

「こんだけ経っちゃったら、さすがにみんなもう埋まっちゃってるかも。土に」

「フツーに考えたらそうだよね」

「今思ったんだけどさ」

「うん」

「まだお墓作る習慣とかってあるのかな」

「あると思うけど」

「三回忌もやってたりするのかな」

「宗派によるんじゃない?」

「そういう問題かなぁ」

「ちょっと違うか」

「習慣残ってるのかなって」

「どうだろうね、そもそもうちらの人いるのかって話だけど」

「あーわかる」

うちら以外の人間は、もう誰も居なくなってるかも知れない。

って考えると、なんかちょっと面白いな、とかそういう気持ちが湧いてきた――そんな気がする。

 

また資料室にいる。ヒマだって思う時は大体ここにいて、気が済むまで時間をつぶしてる。リコといっしょにいる割に、何にも話をしない時間の方が長かったりする。お互い別々にマンガ読んだり、小説読んだり、動画観たり。自分がしたいって思うことを好きなようにやってる。同じことをしてるわけじゃない、ただひとつの部屋の中にいるだけなんだよね。

でも、それでいい。うちとリコで一緒に何かしてるって感覚がハッキリ持てるから。

「チセー」

「なにー」

「呼んだだけー」

「バカップルか」

「生きてるかどうか気になっちゃって」

「ずーっと静かだったもんね」

「たまに声出して確認したくなることなくない?」

「それはあるかも、ちょっと」

うちらの「しらさぎ」にはそんなにたくさん部屋があるわけじゃない。他の部屋はご飯食べたり外の様子見たりするような感じの場所で、暇つぶししたいなーって時に向いた部屋はこの資料室くらい。だから起きてる間はほとんどここにいて、収蔵されてる作品を勝手に見たり聞いたりしてる。そのために用意された部屋だろうなって雰囲気だし、別に間違った使い方はしてない、と思う。

まだ読んでない本とかいくらでもある。ホントに、誇張抜きでいくらでも。昔読んだ本、名前だけ聞いたことある本、知らない本。無限ってことはなくて絶対に数決まってると思うんだけど、でも総数がどれくらいなのかとかは全然分かんない。一生かけて毎日二冊とか三冊とか読み続けても全然追い付かないのは間違いない。うちは結構本読んでるけど、ここにある本全部読むーとかは絶対無理だし。

「あー、詰まっちゃったぁ」

「何それ、パズル?」

「たぶんパズルかなー。上から落ちてくるのを指で揃えて消す感じ」

「前やってたのとは違うやつ?」

「違うゲーム。うちも違いよく分かんないけど」

今リコがやってるみたいにゲームで遊ぶこともある。本とか絵とかと一緒にゲームもたくさん収蔵されてるんだよね、この資料室。見ただけで大昔のやつだって分かる超単純なテニスみたいなゲームとか、去年……っていうか九百六十一年前だけど、うちらが宇宙に出てくる前の年に発売されたものまでなんでも網羅されてる。ほとんどのゲームはちょっと遊んでみて、難しいなー、とか言って終わりだけど、たまに面白いのが見つかって延々遊んだり、ってこともまあまあある。

ここにはうちら二人しかいないから、三人以上でやるゲームは遊べないんだけど。

ゲームやってるリコからちょっと目を離して本に目を向け直す。開いたページの右端の行、ちょうどここから新しい段落が始まるってところに、思わず目に留まるフレーズが置いてあって。

(母なる地球)

母なる地球、大地の恵みがどうのこうの、とか書いてあるのが見えた。久しぶりに見た言葉かも、そんな気持ちが湧いてきて、思わず口を突いて出てくる。

「地球、かぁ」

「えっ? チセ今何か言った?」

「うん、地球って言った」

「あー、地球かぁー」

「同じこと言ってる」

「いいじゃん別に」

「別に悪くないってば」

なんとなく「地球」って呟いたら、リコもまた「地球かぁ」って言った。何も思わない、ってわけじゃないよね。うちとリコはそこから飛び出してきて、もうすっごい遠くまで来て、帰るのは多分無理ってところまで来たわけだし。後悔とかは全然してないけど、でもどうだっていい、何も感じない、っていうのとは違う。

「もう地球に居ないんだよね、うちらって」

「周り宇宙しかないしね」

「よく考えたら地球にいる時からそうだったんだけどね」

「けどほら、地球空気あるし。その違いはでかいって」

「まあそれもそうだ」

「宇宙に出て長いしね、もうちょっとで一千年」

「世紀に直すと十世紀だ」

「すごい、数字小さくなったのに元より長く経ったように感じる、十世紀」

「だってほら、二十一世紀の終わりとかみんな言いまくってたじゃん」

「小学生のときだっけ」

「そうあれ」

「あったねー、あったあった」

「夜とかすごいライトアップされてキラキラしてたし」

「今じゃ星ひとつ見えないもんね」

「ホントに。どこ見ても完全に真っ暗だ」

宇宙には星がいっぱいあって、それが永遠に続いてる。地球にいる時はそんな風に思ってた。実際のところはどうだろ? 外を見てみる。何にも見えない。ただ真っ暗な闇が広がってるだけ。宇宙ってこんな感じだったんだ、今の率直な感想はそう。どこまで続いてるんだろ、端っことかあるのかな。あったとして、うちらが生きてる間に辿り着くか怪しい。たぶん無理だと思う。

うちらは宇宙の端っこを探しに出かけてるわけじゃないから、あってもなくても変わらないけど。ただ、リコがすぐ近くにいればいいかなって感じで。

「千年くらい里帰りとかしてないわけだよね、うちら」

「里帰り、確かに里帰りしてないね」

「一応地球が故郷だしね、そういう意識全然ないけど」

「当たり前すぎてそんな風に考えたことなかったし」

「空気みたいなものだよね」

「地球、空気いっぱいあるし。確かにそうだ」

「うちらが住んでた所とかどうなってるかな、まだあるかな」

「さすがにさ、こんだけ帰ってないと気になるところあるよね、ちょっとだけ」

「まーでももうすぐ十世紀経つんだよね、もう跡形もなくなってそう」

「自分ちの近くに千年も変わってない場所とか無かったもんね」

千年どころか百年、百年どころか十年だって、何もかもそのままだった場所なんてなかった。うちとリコがいるここだけは、千年ちょっと変わらずにそのままだけど。ここはちょっと特別だから、まあいいかなって。

「でもさー、あれだよね」

「あれって?」

「ずーっと里帰りもせずにさ、こうやって遊んでてさー」

「うん」

「親不孝者だよね、うちらって」

「親不孝者かあ」

親の顔がちらっと浮かぶ。まだちゃんと思い出せることに自分で驚いた。今まで全然頭に浮かんでこなかったから、もう完璧に忘れたと思ってたのに。忘れたんじゃなくて、ただ思い出さなかっただけなんだなって。別に嫌いだったわけじゃないし、わざと思い出さないようにしてたとかじゃない。ただ、別に思い出さなくても良かった、それで全部ちゃんと回ってたから。

うちがいなくなってからどうしただろうな、ちょっとだけ考えたりもする。

「確かにそうだ、親不孝者だ」

「まあ、だからって今から帰るってわけにもいかないしね」

「帰るのにまた千年かかっちゃうし」

「合計二千年、途方もないよね」

「途方もないよ」

「やばいことやっちゃってるわけだしね、こーやって宇宙船勝手に乗ったりして」

「怒られるだけじゃ済まなさそうだね」

「絶対済まない、逮捕とかされる」

「中学生だからセーフ、とか」

「たぶんないよ、たぶん」

まあでも、どうにかなっただろうし、きっともう気にすることなんてない。そう思ったらどうでもよくなって、またリコのことだけ考えるようになって。きっとまたこうやってたまに思い出して、それからすぐ忘れてくんだろう。

それで、そういうのが――きっとだんだん増えていくだろうな、って。

 

「すっきりしたぁー」

「やっぱシャワーは気持ちいいね」

「寝る前にはちゃんと浴びとかなきゃね」

ドライヤーで髪を乾かす。今日はそろそろ寝ようってことになって、チセと二人でいっしょにシャワーを浴びてきた。宇宙船にはうちらが使うのには広すぎるくらいのお風呂場? シャワー室? みたいなのがあって、いつでもあったかいお湯に浸かったりシャワーを浴びたりできる。水とかどうやって持ってきてるんだろ、循環させてるのかな。それともどっかから作ったりしてる?

千年住んでみたって、この宇宙船は分かんないことだらけだ。

「今日もお疲れさまー」

「特に仕事も勉強もしてないけどね」

「それは言わない約束だってば。それに資料室で本読んでたじゃん」

「リコはずっとゲームばっかしてたし」

「頭を活性化させるためだよ、ボケ防止のためだよ」

「ボケるには早すぎるってば」

寝る前はいつもこんな感じだ。いつもと何にも変わらない、お互いただしょーもないことばのキャッチボールをするだけ。それだけなんだけど、この後寝るって分かってるとなかなかやめられなくて、だらだら夜更かししちゃうことがしょっちゅうある。宇宙にいて周り真っ暗だから朝も夜もないけど、うちらの中では夜だからいいってことにしとこう。そうしよう。

もうちょっとしたら寝よう、って思ったときに、ふと思い出した。ちょっと前にあったこと、大したことじゃないけど、さらっと忘れる感じでもないようなこと。

「チセさ」

「なにー」

「一週間くらい前だけどさ」

一週間、ってうちは言ったけど、ホントのところはもっと長い。たぶん二百年と十年ちょっとくらい経ってる。けどそのうち起きてるのは一週間だけだから、チセには一週間前で通じる。実際どれくらい時間経ってるのかなんて、起きてる時間と比べたら大したことないし。

「目覚ましタイマーちょっと遅かったこと?」

「それ、そのこと」

うちらが使ってるベッド――というかきっとベッドじゃなくてカプセルだと思うんだけど、うちとチセはベッドって呼んでる。それには目覚ましのタイマーが付いてて、次に目を覚ます時間を好きなように設定できる。まあ別に変わった機能じゃないよね、普通のベッドにも付いてるし。うちらはそれでいつも一番早く起きる設定にしてて、起きる時はだいたい同時に起きるようにしてる。

ただ、一週間前のあの日はいつもとちょっと違ってた。

(うちが先に起きて、チセは眠ったままで)

うちは普通に目が覚めたんだよね、いつも通り。で、いつもはチセの方がちょっと早いから、もう起きてるよねって思って「おはよー」って言った。でも返事がない。あれ? と思ってチセのカプセル見てみたら、まだ中で寝てた。

こんなの初めてだった。うちだけが起きて、チセが寝たままとか。逆も一回もない、いつもチセの方がちょっとだけ先に起きてたから。そのまま待ってみたけど、なんにも変らない。ずーっとチセの顔見てたっけ。うちは穴が開くほど見てるんだけど、チセの方はさっぱり。すやすや寝てて、起きる気配なんて全然なくて。

「あったねー、あれ」

「そう。うちが先に起きてチセが寝たままだったやつ」

「寝る前に起きる設定一日間違えちゃっただけなんだけどね」

「そうそう。途中で気付いたんだけど」

「あれだよ、細かく調整できるからちょっと間違えちゃって」

「その割には一日がっつり間違えてたじゃん」

「たまにはそういうこともあるよ、たまには」

まあ、言われてみればその通りだ。うちだって目覚まし時計の設定間違えたことくらいあるし、どうってことない。どうってことないはずなんだけど。

「ずっと起きないかと思った」

「あー」

「声掛けても全然起きそうになかったし」

「うん、全然聞こえなかった。ぐっすり」

「普通聞こえると思わなくない?」

「だって冷凍睡眠だし、聞こえないってば」

「そりゃそうだけど」

いつもいるはずのチセがいない、ただそれだけなんだけど、ただそれだけ、って言うには大きすぎたと思う。どんな時でも一緒にいて、それで何百年もやってきたわけだから、いきなり一人になって落ち着くはずなんてない。いつも通りにしろって言う方が無茶だって思う。

「独りでご飯食べてたりしたけど、なんかおいしくなくてさ」

「ずーっと二人だもんね、もう千年くらい」

「んー、その内起きてたのは一ヶ月くらいだけど」

「だからさ、うちさ」

「うん」

「このままずーっと独りなのかな、とか思ったりして」

想像してみる。宇宙船にうち一人、チセはいつまで経っても起きなくて、うちだけの時間をずっと過ごす。何千年も、ヘタしたら何万年も独りぼっち。想像すると、ちょっとどころじゃなくゾッとする。時間の感覚麻痺してるのはうちもチセもお互いさまだけど、でもそれでも万単位になってくるとやばいって気持ちがぐんぐん湧いてきて。チセがいるから、今まで「しらさぎ」で何百年とか平気で過ごせてきたんだなって、あの時初めて実感した。

結局あれは起きる日が一日違ってただけだったけど、もしそれが一日じゃなくて一年、一年じゃなくて一世紀だとしたら? 時々そんなことを考えるようになっちゃった。でも、不吉な事をアレコレ考えてると現実になるよ、って昔おばあちゃんから聞いたから、あんまり考えないようにはしてる。もっと前向きに捉えよう、あの時起きたのを良いことだって考えるようにしよう、そう思ってる。

「だから、チセ」

「うん」

「うちの方が一日年上ってことで」

「えっ、何それ」

「起きてる日がうちの方が一日長かったから」

「まあ、うん。それはそうだけど」

「でしょ? うちが年上だよね」

「年上ってなんか違くない?」

「えーっ、年上ー?」

「うちの方が若干長生きしてるから」

「生まれた日同じだし、生きてる時間自体は変わらなくない? 一緒じゃん」

「起きてるか寝てるかの違いは大きいよ、重大な違いだよ」

「違うけどさー」

「というわけで、うちがお姉ちゃん」

「それはおかしいってば」

「いいからいいから」

うちの方が一日長生きしてるから、年上。何も間違ってない。うちの方が一日だけお姉ちゃんなんだ、そう思うと、なんだか意味もないのに楽しくなってくる。別にお姉ちゃんだからどうってわけでもないけど、お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。肩書のパワーってすごい。

こういう小さなことでも楽しいって感じられる方が、何百年何千年って続く宇宙旅行には大事だなって思うから。

 

朝起きたらすぐシャワーを浴びて、ドライヤーで髪を乾かす。髪の毛がフワッとしたら、リコと二人並んで歯を磨く。それが済んだら着替えて資料室に行くのがいつもの流れなんだけど、今日はその途中でリコが急に口を開いた。

「服」

「服?」

「うん服」

「服がどうしたの?」

「今着てる服だけどさ」

「うん」

ぴっ、とリコがうちを指さす。うちとリコは同じ服を着てるから、わざわざ指差さなくてもいいんだけど、リコはいっつもこうやって指を差すクセがある。うちらの服のことを言いたいのは間違ってないから、別にいいって言ったらいいんだけども。

「これさ、学校の制服だよね」

「学校の制服だよ、宇宙に出る前から着てたやつ」

「だよね。で、うちらはこれをずっと着てる」

「他の服あんま着ないもんね、寝る時にパジャマ着るくらいで」

「うん。昔から全然変わってない」

「昔って言っても一ヶ月ちょっと前だけど」

「千二十年と一ヶ月ちょっと前だよ、だいぶ昔だよ」

「起きてる時間の方が短いしなー」

「まあ感覚的には一ヶ月くらいしか経ってないよね、やっぱり」

気付いたら十世紀を超えてるんだ、って今さらだけど思う。十世紀ってすごいよ、千年だから。うちらが地球にいた時の千年前って言ったら、いい国作ろう鎌倉幕府とかそれくらいの時代だったし。それだけ昔って考えたら、やっぱり途方もない。天文学的な数字だ、意味合ってるのか分かんないけど、とにかくでっかい数字だし天文学的だってことにしとこう。ほら、うちら宇宙にいるし。

天文学的な時間を、うちとリコはふたりでいっしょに過ごしてる。もっかいそれを、改めて確かめる。

「なんでこれ着てるのかな、うちもチセも」

「考えたことなかったなー」

「うちら以外に着てる服見る人、宇宙船にいないしね」

「あいちゃんは?」

「たぶん見てるけど、何着てても何も言わないし」

「もしかしたらダサいって思ってたりとか」

「あいちゃんに限ってそれはないよ」

「ないかー、うちもないと思ってた」

「ないよね」

「ない」

「てか、別に制服でいなくてもいいのにね」

「何着ててもいいはずなんだけどね」

別に他に着る服がないとかじゃない。あいちゃんに言えばどんな服も作ってくれる、一瞬でパパッと。パジャマとかもそうやって作ってくれたし。だから他にも服はいっぱいある。というか、今着てる服も前着てた制服そのものじゃないし。

「同じ制服だけど、同じじゃないんだよね」

「え、どゆことそれ」

「分かんない?」

「うん分からん」

「ほら、毎回新品になってるじゃん、制服」

「あー、ホントだ。言われてみればそうだ。畳んで袋に入れてある」

同じだけど同じじゃないっしょ? うちが重ねると、そいえばそうだ、リコも納得する。服は毎回作り直されてる。寝て起きるとまったく同じデザインのものが机の上に置いてあって、すぐ着られる状態になってる。毎回完璧な新品、洗濯したとかじゃない。前にミートソースのスパゲッティ食べてる時にちょっとソースハネちゃったんだけど、次の日起きたら跡形もなく消えてたし。

「ま、寝るたびに三十年経つからね」

「お手入れするより作り直した方がお手軽で早いのかも」

「なんかちょっとだけもったいない気もするけど」

「それはうちもちょっと思う。気にしなくていいんだろうけど、ちょっとね」

別の服、着てみよっかな。そう思うことも時々ある。うちも思ってたし、リコも同じこと考えてたみたいだ。

「ねーリコ」

「んー」

「他の服とかさ、あいちゃんに作ってもらってさ」

「うん」

「着替えてみたりする?」

「どうしよっかなぁー」

うちはそう言ってみたけど、リコはあんまり乗り気じゃない。正直、うちもホントに着替えたいとかじゃなくて、ただ言ってみただけっていうのが本音だったし。

それで、リコの答えは。

「ここ、うちらしかいないし、別にいいかなって」

「やっぱそう思う?」

「うん。他に誰かいるなら気にした方がいいかもだけど」

「それもそっかぁ。うちもそう思ってた」

「だよねぇ」

「あれだよ、裸だと寒いからなんか着てた方がいいかもだけど」

「まあね。でも、それだったら別に制服でいいよね、ってなるもんね」

やっぱり特に着替えなくていいか、うちらの間でそういう結論が出た後に、リコが一言つぶやいた。

「どんな服着ててもさ、チセはチセだし」

あっ、これだ。って気持ちになった。リコの言葉で全部納得できたっていうか、うちが思ってたのを上手いこと言葉にしてくれたっていうか。そうだよね、何着ててもうちはうちだし、リコはリコだ。どんな服着てるかなんて、ちょっとした違いでしかない。

「それはそうだ。うちはうち、リコはリコだ」

「だよね。まあ、気が向いたら着替えくらいはするかもだけど」

「向くかなー、気」

「んー、たぶん向かない」

うちも向かない気がする。今のままで何か困ってたりとか、嫌だとかってこと何もないし。

リコが隣にいて、うちとリコが分かり合えてれば、もう全部それでいいかな。それが、嘘偽りのない今の気持ちだから。

 

「あ」

「どしたのリコ」

「見て見て、レーダーに反応ありって」

「えっ」

「あいちゃんがメッセージ送ってきた」

「うわホントだ。なんか星とかあるかもって書いてる」

「これさこれさ、今までで初だよね」

「初だよ。ファーストコンタクトだ」

「まだコンタクトしてなくない?」

「してなかった」

しらさぎは往く。ふたりを乗せて。

「行ってみる?」

「他に行きたいとことかもないしね」

「てか、どこ行こうって決めてたとかないしね」

「決めてない決めてない」

「うし。そいじゃ行ってみよう」

「行ってみよう」

果てのない宇宙を、終わりのない旅路を。

「うちらさ」

「うん」

「どこ行くんだろうね」

「ねー。分かんないね」

「分かんないよねー」

「ま、どこでもいっか」

「どこ行っても変わんないしね」

「変わんない」

「よし、ほいじゃ行ってみよー」

「おーっ」

どこまでも、どこまでも。

 

いつまでも、いつまでも。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。