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第三十一話「アカイイト」

「……せっかくの休みだってのに、俺はどーして外にいるんだ……?」

「何よぅ。たまの休みなんだから、外に出るぐらい別にいーじゃない」

今日は土曜日。俺は今、真琴と一緒に当ても無く散歩をしている。今の時刻は午前九時。健全な男子高校生なら、例外なく夢の中であんなことやこんなことをして愉しんでいる時間だ。なのに、俺は今外にいる。どういうことだっ。

「休みの日ぐらい、ゆっくり寝かせてくれてもいいだろ」

「休みの日なんだから、外に出なきゃ勿体無いわよぅ」

俺が外にいる理由はただ一つ。「休みの日なので外に出ないと勿体無い」という謎の理論を振りかざす真琴に、ベッドから盛大に叩きだされたからだ。今日はばっちし寝ようと思って、昨日はわざわざ今日の三時に寝たというのに(俺は何をするにも全力を尽くすタイプだと思う。しかも無駄に)、こんなに時間に起こされたんじゃまったく意味が無い。

「休みの日はゆっくり寝るのが基本だろ……」

「……はぁ。やっぱりゆーいちはダメよぅ。そんなんだから、いつまで経っても朴念仁って言われるのよぅ」

「お前、使い方思いっきり間違えてるからな」

「あうーっ! そんなのどーでもいいじゃないっ!」

「よくねぇ」

朝っぱらからいつものやり取りをする俺と真琴。外を出歩いている人間は本当にまばらだ。

しかし、どうして俺と真琴なんだろうか。いや、別に真琴と一緒にいることが嫌なわけじゃないんだけど、普通はここに、もう一人一緒に歩く人がいるもんなんだが……

「お前、どーして名雪も起こさなかったんだよ」

「あぅ……起こそうとはしたわよぅ」

「……で、結局びくともしなかったわけか」

真琴の揺さぶりや呼びかけ程度で起きてくれたら、きっと俺も苦労しなかったと思う。しかし、それにしてもだ。俺が来るまで秋子さん、どうやってあいつを起こしてたんだろう……

「……やっぱり、ジャムか?」

「あ、あぅーっ! そ、それだけは嫌よぅ!」

「いや、それ以外考えられないぞ。うん。やっぱりジャムだ」

「あうーっ! ジャムの生贄になるのはゆーいちだけでいいわよぅ!」

隣で何かわーわー言っているが、気にしない。

 

とりあえず商店街をほっつき歩きながら、散歩を続けてみる。散歩をしているうちに、次第に目が冴えてきた。

「朝はやっぱり人が少ないな」

「うん」

休日、しかも早朝といっていい時間だけあって、人の流れは無いに等しい。商店街に入っている店はそろそろシャッターを開け始める頃だが、それとてここに人の流れを作り出すにはあまりにも微力だろう。普段の商店街とは、まるで別世界のようだった。

「……………………」

「……………………」

この雰囲気が効いたのか、俺も真琴もいつもの軽いやり取りが出来ずにいた。が、俺は「それも悪くない」と思った。押し黙っている真琴など、滅多に見れるものでもないからだ。

「……………………」

俺が言うのもどーかと思うが、真琴は口を開かなければなかなかいい線をいっていると思う。そして冷静になって考えてみると、こいつは俺のある意味妹的存在である。普通「妹」という言葉から連想されるイメージは「病弱」「おとなしい」「童顔」といった言葉だ。うん。どれもこれも実に妹妹している。

でも真琴はどうだ。水瀬家の中では間違いなくトップクラスの健康優良児だし、おとなしさとは無縁の世界に生きているし、顔はむしろお姉さんっぽい。ある意味正反対の極致だ。

これはある意味貴重だ。こんな妹が他にいるだろうか。いやいない(断定口調)。そんな妹(仮)を、俺は持っているのだ。これは天の恵みと言わずして何と言うのか。ああ、少年時代に妖狐と巡り合わせてくださった神様。とりあえず今の瞬間だけは感謝します。ビバ! 妹!

(……そうだ。真琴は俺の妹なんだから、やはり『あの呼ばせ方』を定着させるべきだよなっ)

俺はそう考え、そして、

「よーし! 真琴ぉ! 今日からは俺のことをおにいちゃんと呼べ!」

と元気よく言い放ったところ、

「……って、あれ? 真琴? おーい、真琴ー」

俺の隣にいたはずの真琴が、忽然と姿を消してしまっていた。辺りを見回してみるが、その姿はどこにも見えない。何か面白いものでも見つけて、ふらふら歩いていってしまったのだろうか。

「……しょうがないな。よーし。おにいちゃんが探してやるからなー。アハハハハハハ……」

俺は爽快な笑みを浮かべながら、とりあえず元来た道をムーンウォークで引き返した。前を向いたまま後ろに歩いて行く俺。きっと周囲の視線を独り占めしていること間違いない。

(……って、これじゃただのヘンタイじゃねぇかっ! っていうかムーンウォークって何だよ!)

ふと我に返り、普通の表情で普通の歩き方をして、元来た道を引き返した。

 

「おっ。いたいた」

真琴はすぐに見つかった。誰かと話をしているようだ。

「おーい、真琴ー。そんなとこでどーしたんだ?」

「あっ、ゆーいちぃ!」

「ったく何やって……って、お前は……?」

「にははっ。祐一さん、おはようございます」

見るとそこにいたのは、意外や意外、観鈴だった。こんなところで、しかもこんな朝早くから、一体何をしているのだろう。

「……………………」

「……あれ? 祐一さん、どうしたのかな?」

……いや、ちょっと待て。ひょっとしたらこれは罠かも知れない。ここ最近、顔と中身が一致しないことが多かったからな。ここは一つ、調べておくに限るな。

「道頓堀」

「えっ?」

「食い倒れ人形」

「えっ? えっ?」

「バースと掛布」

「えっ? えっ? えっ?」

「かに道楽」

「えっ? えっ? えっ? えっ?」

「……うーむ。どうやら今日はモノホンの観鈴みたいだな」

これだけ関西人の血が騒ぐ(と一般的に言われているが実際にはどうなのかは分からない)名称を挙げられてもビクともしないんだから、これは間違いなく本物だろう。やはり、一日経つと入れ替わりは元に戻ってしまうらしい。

「分かりやすくて助かるな。ホント」

「う……うちは観鈴ちんやでー。晴子さんとは一味違うよやでー」

「いや、もう分かってるし。やっぱりイントネーションおかしいし」

「が、がお……」

今更反応しても遅い。というか、わざわざ反応する必要は無いと思うぞ、観鈴。

「で、お前、こんなところで何やってるんだ?」

「えっと……これから、ちょっと佳乃ちゃんのところに行く途中なの」

「……佳乃のところに?」

「うん。大事なお話があるって、佳乃ちゃんから聞いたから」

「……………………」

佳乃に観鈴……そう言えば、この二人には何かあったような気もするなぁ。

「それでだ。真琴、お前、どうして観鈴と話してたんだ?」

「えっと……この前、ぴろが逃げた時に、この人が見つけてくれたから」

「そうなのか?」

「うん。あのねこさん、ぴろっていうお名前なんだね。すごくかわいい」

「そ、そうか……?」

名前の元ネタを知らせでもしたら、真琴も観鈴もきっと物凄くびっくりするだろうな。まさか俺が、ロシアに古くから伝わる家庭料理からその名を取ったなんて、この二人ではきっと気付きすら

「にははっ。なんだか、ロシアに古くから伝わる家庭料理の『ピロシキ』みたいな名前だね」

「……って、えええっ?!」

「あぅーっ……ぴろは食べ物じゃないわよぅ」

観鈴が思いっきり正解を言い当ててきた。思わず大きくのけぞる俺。何気に一言一句そのまんまだ。ひょっとしてエスパーですか? スプーン曲げたりとか出来ますか? あ、髪の毛を自分の意志で自由に短くしたり長くしたりできるから、あながち間違って無いかも。某サイコソルジャー(歌って踊れる女子高生アイドル)も毎年長さが激しく変わってることだし。

それはさておき(特にサイコソルジャーとかその辺)、

(こいつ、こう見えて実は恐ろしく鋭いんじゃないか……?)

この観鈴の中身は本当に観鈴だろうか。改めて不安になってきた。

俺は不安を拭い去るために、改めて観鈴の姿をじっくりと眺めてみた。髪の毛……いつもの金髪ポニーテールに、水色のリボン。顔……いつもと変わりなし。胸……良好(?)。服装……いつも通りのピンクのワンピース。手……星の彫刻。

……って、星の彫刻?!

「観鈴っ、お前、その手に持った謎の物体は何だ?!」

「あ、これ? 昨日ね、聖先生のところから帰る時にもらったの」

「何だそりゃ? 彫刻か?」

「うん。すごくかわいい。にははっ」

そう言って、星型の彫刻を抱きしめる観鈴。一体どこにそんな可愛さがあるというのだろうか。俺から見るとむしろ恐怖すら感じさせる造形をしてるんだが。なんかこう……うん。クトゥルー神話にでも出てきそうな感じ。読んだことないから当て推量で言うけど、きっとそんなに間違っても無いだろう。あはは。

「と、とりあえずだ……それ、誰にもらったんだ?」

「えっと……知らない子。『プレゼントです』って言われて、もらったの」

「……あのなぁ。知らない人からいきなりそんなもん受け取るなよ……真琴じゃあるまいし……」

「何よぅ! 真琴は知らない人からヘンなものなんてもらったりしないわよぅ!」

「お前なら確実にもらいそうだ」

「あうーっ!!」

隣でじたばたしている真琴の頭を人差し指で押さえ、俺は観鈴に視線を戻す。

「で、ちゃんと耳に当ててみたか?」

「えっ?」

「ほら、爆弾とか仕掛けられてたらカチコチ言うじゃん」

「大丈夫だよ。こんなに可愛いから、きっと大丈夫」

「バカ言えっ。世の中にはなあ、猫の入った鞄に爆弾を仕掛けるような極悪なデザイナーだっているんだぞっ」

「が、がお……」

「ったく……お前見てたら、肝心な時に青じゃなくて赤のケーブルを切りそうな気がしてきたぞ」

「み、観鈴ちん、ぴんちっ」

今日の観鈴は妙に鋭かったり、かと思えば滅茶苦茶抜けてたりしている。どこまでも安定しないやつである。

 

「それじゃあ、気をつけてな。佳乃にもよろしく言っといてくれ」

「うん。祐一さんに真琴ちゃんも、また今度ね」

「うん。ばいばーい!」

観鈴はそう言って、霧島診療所のある方向に向かって歩いていった。ちなみに、例の星の彫刻はなんだかんだでしっかりと持ったままだ。あんなののどこに惹かれたのだろうか……すごく気になる。

「それじゃ真琴、俺たちも行くか」

「うん!」

そう言って、歩き出そうとした……

……その時だった。

 

「にょ、にょわーっ! ひ、人が倒れてるーっ! しっかりしろーっ! 傷は深いけど深くないぞーっ! よく分からなかったけど分かりましただぞーっ!」

 

聞き覚えのある声が、俺たちの耳に飛び込んできた。最後の方は混乱していて何かよく分からないものが混ざっていたが、前半を聞く限り、なにやらとても大変なことが起きてしまったらしい。しかもその場に、俺も真琴もとてもよく知る人物が居合わせているようだ。

こんな状況、放って置けるはずが無い。朝早く起きたのは、何かの運命だったのかも知れない。

「……真琴、行く方向変えるぞ!」

「……うん!」

俺たちはすぐに、踵を返した。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。