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黄金姫フラン・S・ドレイクの輝かしい鉱石。第一話『商機を掴むために』

作者:四鹿

「野郎ども! ダダリンを降ろせ!!」

 夜の港町に、ホエルオーよりも巨大な船が来航する。アンカーが海に飛びこんで、がっちりとその船体を固定した。

「ペリッパー、バウスタジアムに手紙を持っていけ! ルリナに挨拶を怠ると後が怖いからな! ニャイキング、荷物のチェックは済んだな? ヨシ、すぐに運び出せ!」

 船の着いた桟橋によく通る高く若さを感じさせる女性の声。海賊船長のような意匠の赤い服に、羽根飾りのついた大きな三角帽子。その声に従う数多のポケモンと乗組員。彼女は乗組員たちにこう呼ばれる、船長フランと。

「さあレジエレキ、港を照らせ! どんな灯台よりも眩しく、エネルギーさえあれば太陽だって超えてみせる輝きを見せてやれ!」

 船の一番高いところから、鋭いフラッシュが一瞬町中を照らした。町を歩く人が一瞬眩しさに目を瞑り、そして一斉に船へと目を向ける。注目を集める儀式が成功したことに船長は満足し、三角帽子から溢れる金髪を機嫌よく揺らした。

「ようこそ船長フラン、お待ちしておりました。此度も物資の運搬、ありがとうございます」
「ハッ、それがわたし達ドレイク商会の仕事だからな! 適正な金さえもらえれば頼まれた物はどこからでも持ってきてやるさ」

 船乗りの男が歓迎の挨拶する。船長フランもそれに笑顔で応じ、挨拶の握手を交わした。
 ドレイク商会とはガラル地方の海運会社であり、船長フランはその社長令嬢に当たる。

「いつも通りわたしの相棒、レジエレキの充電を頼みたい。今1kwhいくらだ?また値上がりしているとは思うが」
「……そうですね。ただドレイク商会とは長い付き合いですから、前と同じ値段で構いません」

 ブラックナイト事件からおよそ3年。ガラルが誇る地下エネルギープラントは司令塔を失ったことで電力不足は深刻な問題になりつつあった。その影響でポケモンリーグもダイマックス無しの試合が増えたと船長フランも聞いている。

「払うなら正規料金だ。わたしは商人としてモノもカネも受け渡すが、誰かから恩を買うつもりはない」

 しかし、即答で断った。

「……失礼ですが、それではかなりの金額に」
「タダより高いものはない。わたしの好きな言葉だ。知っているだろう?」
「畏まりました」

 船乗りは恭しく頭を下げて充電の用意に向かう。それを見送って船長フランは指笛を吹くとレジエレキが電光石火でフランの横に移動した。その軌跡が帯電して、空気の揺らぎを放っている。全身が電気のレジエレキだからこその現象だ。

「レジエレキ! しっかり食べてこいよ。この船の動力はお前だからな」

 その体を、フランは優しく手袋越しに撫でた。見た目は歴史を感じさせる皮手袋だが、中身はゴム製で作ってある。レジエレキと触れ合うための特別製だ。
 当のレジエレキはぴょんぴょんとホッピングして喜びを表現する。それだけでもテスラコイルを思わせる電力が迸るが、フランは平然と手帳を取り出してスケジュール確認を始めていた。

「今日から2日間の積み下ろしと積載。次の目的地はカントーか……」

 そう呟いた時。さっきレジエレキが放ったフラッシュよりも強く大きな光が、海の向こうから波のように押し寄せてくるのが見えた。

「なんだ……!?」

 もう太陽は完全に沈み、灯台の光や船のライトとしても規模が大きすぎる。津波のように、町全体を飲み込む勢いで謎の光が迫りくる。


「野郎ども! 今すぐ物陰に隠れろ、荷物を壁にしてもいい! なるべくまともにあれを浴びるな!」


 船長フランが、誰よりも早く大きく声を張り上げた。レジエレキが電光石火で船体に隠れ、ニャイキングや乗組員たちは荷物を降ろして隠れる。
 指示を優先したフラン当人は服に着いているマントで顔を隠し、謎の光が体を、町全体を通過していった。

「……わたしの体に異常はないな」

 光が見えなくなり、再び夜の帳が下りる。直後に発生したのは──人間たちの阿鼻叫喚。

「船長フラン! ニャ、ニャイキング達が……石になっちまいました!」
「私のエルレイドもです!」
「イワーーーーーーーーーク! ……あれ、無事だ!?」

 周りを見渡せば、さっきまで元気に動き回っていたポケモンが鉱石のような物質に包まれて固まっていた。ポケモンバトルの氷漬け状態に似ている。町中から動揺の声がこだまする。

「レジエレキ!」

 指笛を吹く。すぐにフランの側に戻ってきた。すぐに体を調べ、異常はないことに安堵するフラン。

「野郎ども! 今すぐ各自手持ちをチェックだ、石化以外の症状が出ているならすぐに報告しろ!」

 指示を出しながら、フランは考える。
 石化現象の原因は何か?──あの謎の光だ。
 謎の光はどういう現象か?──知らない、聞いたこともない。
 石化していないポケモンは?──確認できるのはレジエレキ、及びその近くにいたポケモンのみ。
 なら、今やるべきことは……

「レジエレキ、範囲はバウタウン全域、高さは2m! 1000V、放電<<ディスチャージ>>!」
「なっ……正気ですか船長フラン!」
「私は正気だ。そしてこれは私の商機だ! やれレジエレキ!」
「はい!?」

 船長フランの号令によって、レジエレキが光ではなく電気を町中に拡散する。間違っても感電死が起こらないように、静電気に当たったような刺激がフランと町中の人間、石化したポケモンに行き渡る。

 効果は明白だった。

 動画を逆再生したかのようにポケモン達を包む鉱石が剥がれて元の状態に戻っていく。人々の驚きと安堵の声が聞こえてきた。

「やはり……どういうカラクリか知らないがレジエレキの電流がこの石化への特効薬らしいな」
「す……すげえ船長!」
「安心するのはまだ早い。野郎ども! SNSで『ポケモン 石化』で検索してあの光がどこまで影響しているか今すぐ調べろ!」

 乗組員たちが一斉にスマホで調べ始める。フランはその間町のポケモン達を観察していた。謎の光に関する手掛かりがないかどうか探るために。

「おっと、ここでレイジングウェイブのご登場か」

 そこへ、バウスタジアムジムリーダーのルリナが急ぎ足で近づいてくるのが見えた。こんな時でもモデル歩きは変わらないのを見て小さく笑う。

「正直、石化が起こった時はあなたの仕業ではないかと疑いましたが……バウタウンの人間としてお礼を言います。町の危機を救ってくれてありがとう。船長フラン」

 町を代表する人間としての、丁寧な所作。それをフランは笑って受け流した。

「ヤハハハッ、10年前にレジエレキが町中の電気食って停電させたことまだ根に持ってたのか! シンオウの港町じゃ日常茶飯事らしいぞ!」
「ジムチャレンジの直前にあんなことされたら怒るに決まってるでしょ!? デンジくんじゃないんだから!」

 一瞬で打って変わって荒れ狂う波のような激しさを見せるルリナに、フランが舌を出しながら耳を塞ぐ。こほん、と咳ばらいをするルリナ。

「船長フラン! この石化、ほとんど世界中で発生してるらしいです!」
「カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ、イッシュ、カロス、アローラ……わたし達の交易する地方では全て石化してます!」
「ただ、どうやら一部被害を免れたポケモンもいるみたいで……」

 乗組員たちの報告を聞いたルリナが驚く。船長フランはにほう、と口の端を歪めて。こう質問した。

「……被害を免れたポケモンは岩か電気タイプに偏ってはいないか?」
「あっ、言われてみれば ……岩タイプのポケモンにはあまり影響が無いようです!」

 フランが確認した限りレジエレキとイワークは無事だった。ポケモンが石化するといっても元から鉱石や岩石でできたポケモン、そして全身電気のポケモンならあるいは被害を免れたかもと考えたのだ。

「パルデア地方はどうだ? 他の地方に比べて明確に被害が少なかったり、しないか?」
「えっ……!?」

 乗組員たちが検索する。結果として確かに石化しているポケモンこそいるものの、その報告件数は明らかに少ないことがわかった。

「やはりそうか! パルデア地方は何かの拍子に鉱石で包まれるポケモンが多いと聞いている。何か耐性があるんだろう!」
「よくこの短時間でそこまで考えられるわね……」
「謎の光は水平線よりさらに向こうから飛んできた。私たちが移動してきた海にあんな光を発生させるものがあるとは思えなかった。以上、ガラルの水域で起こった現象ではない。地理を考えるとパルデアあたりが光の発生源な可能性は考えていたさ」

 フランの脳は世界地図が丸ごと入っている。あの光が世界中を巡ったとして、バウタウンの海辺の方から光が真っ先に届いたとすれば大雑把な光の発生源は推測できる。

「今後の予定が決まった。ここでの取引が完了次第、この船はパルデアに向かう!!」
「しょ……正気ですか船長フラン! 次はカントーへ向かうはずじゃ!?」
「馬鹿を言え。世界中でこうなっていて治せるのは現状レジエレキだけだぞ? 直ちに復活させたこの町はともかく、他の港でまともな取引などできるものか」

 ポケモンの存在は社会文明にも大きく貢献している。それが突然機能停止したとあっては、世界の動きそのものが鈍る。

「……任せていいのね?」
「お前にはジムリーダーとしての役目があるだろ? 何、この掴んだ商機を逃しはしないさ。今のわたしはドレイク商会の船長フランだからな!」
「ジムチャレンジ時代は”金色の狂姫”と呼ばれたあなたが、立派になったものね……」
「……パパがいなくなる前の昔の話よ。とはいえ、言い訳はしないけどね」

 少し申し訳なさそうにウインクするフラン。しかし一瞬で元の調子に戻る。

「ともあれ、ガラルのことはお前に任せた!」

 お互いにフッと笑った後、ハイタッチ。ルリナはジムに戻り、フランは船に戻る。
 超特急で荷物を降ろさせたあと、フランは乗組員を甲板に集める。深夜の海、灯台の光すら消えた闇黒の中。フランの背後に控えるレジエレキだけが眩い光を放っている。

「これからこの船は謎の光の発生源、パルデアへと向かう! 海にどれだけ石化したポケモンがいるかわからん。警戒を怠るなよ!」
「しかし船長フラン、何も俺たちで解決しなくてもいいんじゃ……」

 フランが軽く指を振る。レジエレキが小さな電撃を怠惰な船員の足元に落とした。

「わたし達はレジエレキのおかげで石化現象の被害を免れた。そして解決するために行くべき場所も定まっている。これは絶対的なアドバンテージだ。ポケモンの大半が石化されるという世界の危機を救うことは決して無理難題ではない」
「フラン船長にも、英雄願望があったんすね……」
「わかってないな。言っただろう、これは商機だと」

 にやり。船長フランは船乗りやルリナの前で見せなかったあくどい笑顔を浮かべた。

「わたし達が、ドレイク商会が世界を救ったと世に知れ渡ればどうなる?」
「はいっ! 私たちの正義の行いにみんなが感謝し褒めたたえます!」

 別の乗組員が元気よく手を挙げて返事をした。頷くフラン。

「そう、今までは私たちは公正な取引でカネとモノを売ってきた。だがこれからわたし達は世界に恩を売る! 人間を、愛すべきポケモンを、世界を救われたという絶対に返すことのできない恩をな!!」

 おおっ、と乗組員たちからどよめきが起こる。

「世界を救った船が来るとなれば、どこの港も大歓迎状態だ。全ての港が、世界がわたし達に便宜を図ってくれるようになる! あとはこちらから正当な取引をするだけで大儲けだ! 想像するだけで楽しくならないか? 考えただけでワクワクが止まらないだろう!」
「世界を救っても居丈高にならず、普通の取引を続けるだけで相手は余計に恩を感じてくれる……そういうことですね!」
「その通り! 私たちは世界中に恩を売って売って売りまくり……この商機に、正気で、勝喜をこの手に掴む!」
 
 ぐっと拳を掲げるフラン。乗組員たちも高揚とともに右手を挙げた。
 元より船上で船長の命令は絶対だ。だが自分たちがどういう利益の為に行動しているかは明確にすることで商船としての行動を明確に打ち出して見せる必要があったのだ。

「わたし達はカントーからアローラまで、七つの海を越えてきた。そしてこれよりガラルから新天地……パルデアへと向かう! 野郎ども! 出航だ!!」

 ダダリンが海底から引き揚げ、ニャイキングが持ち場に着き、ペリッパーが船上を飛ぶ。レジエレキの莫大な電気エネルギーを動力にした船が、動き出す。
 それは確かにポケモン石化現象を止め世界を救うための船出だった。

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