たとえ、誰からも信頼されなくても……ひとりでもやっていける。
だってオレは、旅するポケモントレーナーなんだから。
◎
「そろそろ、平原に出ますよ」
タクシードライバーのオジサンの声でふと目を覚まし、窓の外を見る。
山間を抜けたその平原の第一印象は、鬱陶しくなるほどの青い空が広がる場所だなと思った。
「この景色はこの地方の名所のひとつなんですよ」
「はあ……めっちゃ青いですね……」
ふとその青さが若い自分に重なって気持ちが沈んでいると、ボールの中のあの子がカタカタと動く。
空と似たブルーの身体のシャワーズ、シャワは外の蒼天が気に入ったようで見入っていた。
ため息を深く吐くと、気分が悪いと勘違いしたのかドライバーさんが気を利かせてくれる。
「お客さん、途中で休憩していくか?」
「……お願いします」
休憩がてらシャワにもっとこの景色を見せてあげよう。
そんな軽い気持ちで降り立った場所でオレは……半分後悔することになる。
それほどまでに、それほどまでに。
彼女との出会いは、この先のオレの旅路を大きく狂わせることとなる。
◎
先に気づいたのは、タクシードライバーさんだった。
白く大きな翼を持つ野生のトゲキッスが空を8の字に飛んでいるのをちらと目にしたオジサンは、血相を変え声を上げる。
「な……悪いお客さん!!」
「え、うわああ!!」
急停止して車両から飛び降りたオジサンは草むらに入り、トゲキッスを見上げて顔を青くしていた。
「ちょっと、トゲキッス珍しいからって何も降りなくても……」
「違う、問題なのはトゲキッスもだが、その背中の上だ……!」
背中? 言われて見てみると何かがトゲキッスの上にしがみ付いているのが見える。
「女の子……?」
女の子がトゲキッスの背中に彼女の手持ちと思われるメッソンと一緒に乗っていた。
新米トレーナーのような少女は、メッソンに何度も技を指示している。
けれどメッソンは涙目でそれどころじゃない。
「知っている子ですか?」
「うちの娘だ……」
「それは……大変ですね」
早く助けないと、と焦るドライバーさんにオレは、ずっと被っているキャップ帽をさらに目深に被り、鋭い言葉で制止していた。
「いくら娘でも、トレーナーとポケモンの戦いに親が入るのは、干渉するのはちょっと待ってください」
戸惑うオジサンに、冷静に言葉を選び直す。
「これは……あの子の戦いです。あの子の挑んだ戦いなんです」
――――少女はまだ、諦めていなかった。
あの小さな少女の奮闘する姿を見て、家を飛び出てこの地方までやってきた自分を重ねる。
そうだ、あの子もオレも、もう旅するポケモントレーナーなんだ。
自分を信じて、自分で決めて戦っている。それは簡単に誰かに茶々を入れられていいものじゃない。
だから……だから!
「子供でも、彼女のことをもう少し信じてあげてください。いざという時はオレが助けに入ります。だから――――見守ってあげてください」
気が付いたらオレは、見知らぬ子のために頭を下げていた。
責任問題に発展するかもしれないのに、説得していた。
でも何故かこうしない方が、後悔すると強く思ったんだ……。
大きなため息が聞こえた後、声をかけられる。
「顔、上げてくれ」
「……はい」
「ギリギリまで見守る。それでいいか」
「……十分です!」
キャップを深くかぶり直し、相棒のシャワーズ、シャワの入ったボールを握りしめ、トゲキッスと少女とメッソンの動きをよく見る。
トゲキッスはだいぶ苛立ちを募らせていた。メッソンは指示を聞ける状態じゃない。
それでも少女は諦めずにゼロ距離でモンスターボールをトゲキッスの背中に叩きつけた。
光線に包まれ一度ボールにしまわれるトゲキッス。
必死にボールを抑える彼女。しかし一瞬でトゲキッスは飛び出した。
当然、少女とメッソンは空中に放り出される。
「シャワ!」
構えていたボールを少女たちの落下地点に投げ技を指示。
「たきのぼり!!」
吹き上げる水流の柱をクッション代わりにして、少女の落下スピードを抑える。
ゆっくり降りてくる少女とメッソンをオレは急いで受け止めた。
「シャワ、ありがとう。お手柄だ」
シャワの頭を撫でながら、上空のトゲキッスを警戒する。
どうやらまだ怒ってこちらの様子を伺っているようだった。
髪が水にぬれてぐしゃぐしゃな女の子が、気がつく。
「う……ん……」
「だいじょうぶ?」
「……ええ、だいじょうぶ……メッソンは?」
「ここに」
泣きつくメッソンを見て心底安心したのか、強張った身体から力を抜きながら彼女は礼を言う。
「……あの、ありがとうございます」
「いいよお礼は。それよりまだトゲキッス、挑む?」
彼女の目が、再び白き翼を捉える。バッグの中のボールの残りを数え、傷薬などのチェックもしていた。しっかりしている子だ。
深く息を吸って、彼女は返事をする。
「まだ、挑みます」
選んだのは、チャレンジ続行だった。
「……がんばれ」
オレとシャワは、一歩引いて少女とメッソンを見守る。
(さあ……どうする?)
常に上空を気にしつつ、まずメッソンの手当をする少女。
目を逸らさないことで、相手にプレッシャーを与え続ける。
それから彼女は小声でメッソンに作戦を伝えた。
メッソンが心配そうに見上げる。彼女は「大丈夫」と笑った。
その姿を見たメッソンの目に闘志の火が、灯る。
「行くわよ、メッソン……みずでっぽう!!」
細く鋭く早く、飛距離を伸ばした水鉄砲がトゲキッスを狙う。
初めの一発は軽やかにかわされた。
当ててみろ、と言わんばかりに挑発するようにくるりと旋回して飛ぶトゲキッス。
けれど彼女たちは冷静に確実に狙っていき、ついに翼に一撃を当てる。
翼を濡らしたトゲキッスは静かに落下を始め……いや、違う。羽を畳み、力を蓄えていた!
あの光り輝く力溜めは、ゴッドバードの構え……!!
とっさに少女の方を向くと、すでに少女はメッソンを抱きかかえて構えていた。
メッソンの手には、モンスターボールがセットされている。
水鉄砲の方こそが……トゲキッスへの挑発。
彼女たちは攻撃のタイミングを、待っていたんだ!
「来るわよ、メッソン!! さあトゲキッス――――勝負よ!!!」
トゲキッスが着地寸前で翼を広げ、一気に滑空して少女に突っ込む。
神々しく凄まじいエネルギーをまとったゴットバードで襲いかかった!
「まだ……まだ……!」
引きつけて、引きつけて、ギリギリまで引きつけた彼女たちの反撃の一手が、今……放たれる!
「今よメッソン!!」
メッソンのみずでっぽうがモンスターボールを射出し、至近距離のトゲキッスの脳天ど真ん中を狙い撃った!!
トゲキッスが閉じ込められたボールが草むらに落ち、揺れる。揺れる。揺れる。
そして……ボールがカチッと音を立てた。
メッソンが両手をあげてそのままひっくり返る。
彼女もテンパりつつ、メッソンと喜びを分かち合う。
「つ、つかまえ、た……トゲキッス、ゲットよメッソン!!」
「おめでとう、お見事」
「ありがとう!」
眩しい笑顔を浮かべる少女たちに、遠くでドライバーさんがほっと胸を撫でおろしていた。
オレたちも気疲れして草原に座り込む。
シャワと見たその空は、どこまでも青く広がっていた。
◎
頃合いを見てドライバーさんがやって来て、少女の名前を呼び祝福する。
「おい、ビビ。やったじゃないか……!」
「げ、クソオヤジ……居たの?」
「相変わらずひっでえなあ……まあ、おめでとさん。快挙だぞ」
「……どうも。ま、あたしとメッソンにかかったらこんなものよ!」
得意げな少女、ビビとメッソンにオジサン苦笑い。だいぶ心配していたから苦笑いもでるよね……。
そんなオジサンにさっさとそっぽ向いて、スタスタとこちらに歩み寄る彼女たちはオレたちに名乗った。
「あたしはビビアン。こっちはメッソン。さっきは助かったわ。ところで、シャワーズ使いのあなた様はどちら様??」
「あ、ええと……オレは……」
目を輝かせるビビアンの視線に耐えられず、キャップ帽を目深に被り顔を隠す。
そして、本名を伏せてあらかじめ用意していた名前を名乗る。
この地方で初めてその名前を名乗る相手が、彼女たちだった。
「オレは……ウォーカー。ウォーカーと呼んでくれ。こっちは相棒のシャワ。一応……よろしく。ビビアン、メッソン」
「ウォーカー様! シャワ様! こちらこそよろしくお願いね!」
「様付けはちょっと……」
「そうなると、どうお呼んだら……あら?」
彼女の手持ちに新しく追加されたトゲキッスが、勝手にボールから出てくる。
それから大きく羽ばたき――――気づいたらオレのキャップをくわえて、奪いさっていた。
「あ、こら!!!」
「トゲキッス! ウォーカー様の帽子を返しなさ……い??」
「あ……しまっ……!」
羽ばたく風に、隠していたオレの長い黒髪が流される。
「女の、方???」
目を丸くするビビアンとメッソンとオジサン。シャワはアクアリングで、風でぼさぼさになった髪を整えてくれる。トゲキッスはご機嫌そうに目元を細めていた。こんにゃろう……。
「いろいろ、あるんです……このことはヒミツにお願いします」
「わ……わかりましたわ! お姉さま!」
「わかってない、わかってない……」
興奮しているビビアンに、トゲキッスから帽子を取り戻してと頼み追い払う。
追いかけっこしている彼女たちを頭を抱えながら見ていると、ドライバーさんが「差支えのない範囲でいいんだが」とたずねて来た。
「お嬢ちゃん……じゃなかった、ウォーカーさん。正体隠してまで、この地方に来なきゃいけない理由でもあったのか?」
「正体は、バレたら色々面倒だから隠しているんです……この地方には、四天王のひとり、とある方を訪ねに来ました」
「四天王……」
「その人に会えば、いろいろと……アイツらが隠してきた秘密がわかると思ったんです」
「秘密?」
「ええ、秘密です。オレは……その秘密を暴きに、この地方に来たんです」
シャワを抱きかかえ、空を見上げ宣言したオレに、ドライバーさんはひとつの提案をした。
「事情は知らないが……だったらこの地方のジムに、ポケモンリーグに挑んでみたらどうだ?」
「ジム……リーグ……」
「四天王も忙しいだろうしさ、実力をつけて直に挑んだ方が、話せる時間増えるかもしれないぞ」
「そう、ですよね……どうしようかな……」
「――――ぜひ、挑みましょうよ!」
悩むオレに、トゲキッスから取り返してきた帽子を渡して背中を押すビビアンとメッソン。シャワも乗り気になってきている。
答えを出していないのは、残るはオレだけだった。
渋るオレに、ビビアンは手を差し伸べる。
「あたしも挑むから、一緒に挑まない? ポケモンリーグに!」
きらきら輝くその新人トレーナーのビビアンの瞳に魅入られて、
気が付いたら、オレはその手を……取っていた。
「…………挑むよ。一緒に、挑もう」
「ええ! その意気よ、ウォーカー師匠!」
「し、師匠?!」
「マスターの方がいいかしら?」
「どっちもダメ! って、もしかしてついて来るの??」
「一緒にといったじゃないの! 当然ついて行くわ!」
「ええー……」
やいのやいの言い合っているオレとビビアンを、ドライバーさんは笑いながら見守っていた。
「そうと決まったらオヤジ! 車出して!」
「ねえ、本当について来るの? ねえ??」
「旅は道連れって言うからな、諦めも肝心だぜ!」
そしてポケモンたちをボールに戻し、タクシーに三人とメッソンで乗り込み、次の目的地へ向かった。
こうしてオレは、新人トレーナーのビビアンと一緒にポケモンリーグを目指すことになる。
これからの旅が、嫌でもにぎやかになる気配しかしなかった……。