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リザードンを超えろ

作者:湯豆腐




(△△年12月発行、『栄光の木陰』126ページ)


 前項でも触れた通り、ジムチャレンジで鮮烈なデビューを飾ったダンデはそのまま史上最年少チャンピオン(当時)となる。ここからブラックナイトを鎮めた『英雄』との決戦に敗れるまでの間、彼がガラルに無敗の王朝を築き上げたことは皆さんご存知の通りである。
 冒頭でも説明したように、本書は栄光に立ち向かった名脇役達を取り扱っている。栄光そのものである彼の偉業については他の書物を参照して頂きたい。ダンデや『英雄』のファンからすれば物足りない内容だろうがご容赦願う。

 彼がチャンピオンに就任した翌年、ガラルは打倒ダンデで一致団結していた。ダンデ少年の見せた才能の煌めきは、目の肥えたバトル関係者をもってしても今までにない時代の到来を予感させたのである。これはトレーナーだけには限らなかった。生産界もダンデとリザードンが今後のガラルを牽引すると確信していたのだ。
 予感は的中することとなる。この年、彼のリザードンは六十三戦に出場し(選出率は百)百十二撃破の二十一アシスト、被撃破は零を記録する。言うまでもなく撃破王であり、五十戦以上での被撃破零は未だ破られぬアンタッチャブルレコードである。「撃破王のパーティーはチャンピオンになれない」という通説は彼らの前に迷信と化した。ステルスロック戦術の広まった翌年以降は流石に力尽きる場面も増えたが、それでもダンデの引退まで年度代表ポケモンの座を明け渡すことはなかった。この時代、最強のトレーナーとはダンデであり最強のポケモンとはリザードンだった。

 プロトレーナーが打倒ダンデを叫ぶ中、ガラル全土の牧場も「リザードンを超えろ」をスローガンにポケモンの生産に着手した。トレーナー達もこの流れを歓迎し、有力なトレーナーの多くが自ら牧場へと足を運んで生産を依頼した。この年に産まれたポケモンでは後のカジリガメ(ルリナ)が、翌年ならばセキタンザン(マクワ)が有名だろう。二人の現役時代を知るファンならば思い出深いポケモンの筈だ。
 この二匹を見てわかる通り、トレンドは「岩」であった。リザードンを対策するのだから当然だろう。トレーナーからの生産依頼も多くが岩ポケモンであり、素質の高い岩ポケモンが産まれたという噂が流れるとその牧場へ見学者が殺到した。
 そんな中、一風変わった依頼を出した男がいた。カブである。
 スランプによりマイナー降格の屈辱を味わったホウエンの雄は、ダンデの瑞々しい才気に触発され復調、秘めた実力を発揮しつつあった。この年の入れ替え戦に勝ちメジャー復帰を決めると翌年も好成績を収め、次の年にはシーズンを勝ち抜いて久しぶりのタイトル戦へと駒を進める。そこで世紀の名勝負と謳われた「リザードン決戦」を演じるのである。

 まだ寒さの厳しい二月、カブの姿はハイビス牧場にあった。家族経営の小さな牧場で、ティーチギという男が切り盛りしていた。
 燠火のような人だったよ。後年、カブはティーチギをそう振り返った。





「お昼ご飯、できたよ」

 シャリンの声でティーチギはソファーの肘掛けに乗っけていた頭を起こした。眠ってはいない。奇妙なもどかしさが燻って、微睡みすらやってこなかった。
 午前の作業は全て終わっている。集牧までは多少の書類作業があるだけで、昼餉まで一休みしようと横になったのだった。

「またそんな格好で。風邪を引くよ」

 シーツすらかけていないティーチギを見てシャリンが呆れたように言った。七つ歳下で、二十五になる。働き者で、ポケモン達にも根気強く接することができた。だから嫁に貰ったのだが、周囲からは器量良しを掻っ攫ったとよく冷やかされた。
 指先が悴んでいる。春はまだ遠く、吐く息が白かった。何度か揉み手をして、それから居間に入った。多少マシになったが、居間も寒かった。暖房は入れていない。その方が外気温の変化にすぐ気付けるからだ。

「バウ牧場さん、今年の軸はカムカメに決めたんだって。足が速くて力の強い雌を探し回ってるよ」

 うどんを啜りながらシャリンが言った。行儀が悪い、などという言葉は牧場にはない。繁忙期など唾を飛ばして喚きながら間食を済ませることも多々あった。

「あの話、どうするの?」

「なんだ、あの話って」

「メロンさんだよ。タンドンの生産依頼、受けるの?」

「さあなぁ」

「さあじゃないでしょ。やるんなら、主軸になる雌のタンドンを探しに行かなきゃいけない時期だよ」

 春に配合してできたタマゴをじっくりと育て、夏頃を目処に孵化を目指す。気候の寒冷なガラルではそれが一般的な生産スケジュールだった。一匹の雌は四月から六月にかけて大体二十から三十回ほど配合と産卵を行う。この母親となるポケモンの質が、産まれてくる子供に大きな影響を与えるのだ。
 ハイビス牧場の昨年の主要生産ポケモンはロコンで、タンドンの生産をするのなら新たな雌を探す必要があった。

「メロンさんがセキタンザンってイメージが湧かねえんだよな」

「息子さんが来年デビューするって言ってたじゃないか。聞いてなかったの?」

「息子ねぇ」

「麒麟児って評判だよ。ウチのポケモンを使って貰えるならありがたいけど」

「そりゃそうだ」

 答えて、つゆを啜った。ため息を吐いたシャリンが食器を片付けるのを見ながら、ティーチギは机に散らかっていた数枚のプリントを手に取った。
 ガラル生産牧場協会の会合で配られたものだった。「リザードンを超えろ」というスローガンがでかでかと描かれ、その周りには岩ポケモンのイラストが散りばめてあった。二枚目からは岩タイプの生態や生息地、捕獲を生業とするトレーナーの紹介、配合するための雄のポケモンをリースする牧場の連絡先などが載せてある。
 三枚目まで義務的に目を通してから、ティーチギはプリントを丸め屑籠へ放った。燻っているもどかしさは、晴れるどころかますます強くなっている。
 元々、考えるのは得意ではない。持ち込まれた依頼をこなすことに専念する方が性に合ってはいるのだ。タンドンを生産してくれと依頼が来ているのだから、さっさと優秀な雌のタンドンを探しにいくべきだ。
 そう思っても、ティーチギは腰を上げなかった。
 昨年のダンデの活躍が目蓋の裏に焼き付いている。人とポケモンが一体となって、その才気と若い活力で並み居るベテラン達を薙ぎ倒していく様は痛快だった。彼らは全く新しい風をガラルに吹かせたのだ。
 それに対する大人達の答えが、岩タイプまみれになった対戦環境なのだろうか。リザードンを超えろというスローガンの意は、リザードンの弱点を突けということなのだろうか。
 頭がこんがらがってきた。厩舎の掃除でもしようと立ち上がったティーチギを、シャリンの声が呼び止めた。

「ティーチギさん、お客様」

「客?誰だいったい」

「カブさんだよ、ジムリーダーの」

 言われて、まだそこまでの歳でもないのに白髪混じりの男を思い出した。
 二度、依頼を受けてポケモンを生産したことがある。どちらもカブの手持ちになるような質の子は産まれなかったが、五匹がジムトレーナーの手持ちとして三シーズンほどを戦い、引退後はマクロコスモス系列の会社でポケジョブの先導役をやっている。丁寧に扱われたのが見ていてよくわかり、印象は良かった。

「カブさんというと、こっちもタンドンかな」

「きっとそうだよ。ね、メロンさんのと合わせて受けようよ」

「そうだなぁ。ジムリーダーが二人。生産者冥利に尽きるってもんだしなぁ」

「よし。ガラル鉱山で活動してる捕獲専門のトレーナーさん、今のうちに調べておくね」

「待て待て、茶でも出してくれ」

「ん。待ってて」

 ティーチギは玄関へ行き、カブを居間へ招き入れた。相変わらずのユニフォーム姿にタオルを下げている。

「防寒設備のない家で申し訳ない。今、暖かい茶を淹れてますんで」

「いや、僕の方こそアポも取らずに来てしまって。ジムリーダー同士で話をする機会があったんだが、そこでメロンさんがハイビス牧場にタンドンを依頼したと聞いてね。いてもたってもいられず、駆けてきてしまった」

「お茶が入りましたよー。カブさん、外は冷えたでしょう?こちらをどうぞ」

「うん、ありがとう」

 律儀に話を切ると、カブは湯呑みを傾けた。

「美味しい。もう一杯頂いてもいいかな」

「はいどうぞ。ティーチギさん、私は下がっていますから必要になったら呼んでくださいね」

 一度目配せをしてから、シャリンが居間を出ていった。苦笑して、ティーチギはカブと向き合って座った。

「話は、生産の依頼ですかね」

「うん。ちょっと言い辛いんだけどね」

「メロンさんの方が先でしたので、カブさんにお渡しできる子は二番手になってしまいますが」

「ハイビス牧場さんはもうタンドンと決めてしまったのかい?」

「いや、それはまだ」

「良かった。実は、僕がお願いしたいのはヒトカゲなんだ」

 ティーチギはカブを見つめた。カブが、照れ臭そうに頬を掻いた。

「ヒトカゲ?」

「うん。無理かな?」

「いや、無理ってことはありませんが。しかし」

「言いたいことはわかるよ。僕も随分迷っていたんだ。例えばセキタンザンで『じょうききかん』をちらつかせながら読み合えばそれは強い。きっととても有効だ。でも、もう決めた。そうしたくなったんだよ」

「リザードンで、チャンピオンに挑むと?」

 カブがこくりと頷き、はにかんだ。

「格好いいと思ったんだ。彼とリザードンを見ていて格好いい、こうなりたいと思ってしまった。子供っぽいかもしれないけれど」

「しかし、今ガラル中がリザードン対策に気勢をあげているんですよ。その対策はそのまま、カブさんにも牙を剥きます」

「もちろんわかっている。楽な道のりではないだろうね」

「それでもやりますか」

「岩タイプを使った対策を否定する気はないよ。でも、僕はこうだからね」

 炎のようなユニフォームを引っ張りながら、カブは続けた。

「真っ向からやってみようと思うんだ。僕は、リザードンでリザードンを超えてみたい」

 ティーチギは腕を組み、目を閉じた。様々な考えが頭の中を過ぎていった。合理的ではない。利口なやり方はもっといくらでもある。
 わかっていても、頭が、心が熱かった。
 目を開いた。考えは決めていた。

「シャリン、おい、シャリン!」

「どうしたの?」

「チケットを手配してくれ。行き先はカントーだ。ああそれとパスポート、あとメロンさんに電話!」

「何をお電話すれば?」

「断りの電話だよ。今年はヒトカゲに決めた。申し訳ないが、タンドンは生産できないと」

「あらら。はぁーいわかりました」

 苦笑しながらシャリンがスマホロトムを取り出し、部屋を出ていった。カブがぽかんと口を開けている。

「なんて顔してんですか」

「しかし、依頼しておいてなんだがいいのかね?」

「よかないですが、決めてしまいましたからね。ハイビス牧場はカブさんに乗りましたよ」

 ティーチギが向き直ると、カブも居住まいを正した。

「チャンピオンのリザードンは強力だ。しかし、僅かに鈍いと俺は見ました」

「凄いね。そこまで見ていたか」

「ヒトカゲと言えばカントーです。俺は向こうの牧場で、臆病で一等足の速いヒトカゲを探します。それで、足なら絶対に負けないヒトカゲを生産しますから」

「わかった。スピードを活かす戦術は任せてくれ」

 頷いて、ティーチギは自らの手を見つめた。指は滑らかに動いている。
 今年の冬は、もう悴むこともなさそうだ。

 


 
 顛末を先に記しておこう。
 カントーに飛んだティーチギは、紆余曲折の末に一匹のヒトカゲをハイビス牧場へと連れ帰る。後にリザードン決戦の片割れの母となるその雌のヒトカゲは、臆病ながら戦いを忌避しない気性と類い稀なスピードを併せ持った素晴らしいポケモンであった。
 彼女とリザードンは決戦の翌年、契約時の付記条項に従い母子ともどもカントーへ渡る。長々距離であることを考慮して、通信システムではなく船旅になった。極端な時差にポケモンが体調を崩すことが多かったのだ。
 港には多くのファンと我々取材陣、それからカブとティーチギの姿があった。駆けつけたダンデと握手を交わした二人は、晴れやかな表情で二匹の旅立ちを見送った。母はオーキド研究所に、子はカントーチャンピオンのワタルの手持ちとなり長く活躍した。
 次項では、この二人と二匹の出会いから別れまでを詳しく紹介していく。


(△△年12月発行、『栄光の木陰』131ページ)

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