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Hope Packer Chapter.1 “託せし願い! 友を想う冒険者!”

作者:アディーンミール


 平穏や小さな日常は、いとも簡単に砕けてしまうもの。
 たとえ偽りであったとしてもしがみつく、その者が如何に多い事だろう。

 誰もが絶望に喘ぐ事無く、幸せに暮らせる世界。
 そんな理想は端から存在しなかった。

 繰り返し起こる自然災害、留まる節目を知らないお尋ね者ポケモン達による犯罪の横行。
 現実とはこれらが厭でも突き付けられるもの、今に始まった事ではない。



 志あるポケモン達は、これらの現状に良しとしなかった。
 彼女もまた、その少数に当てはまるのだろう。

 不安に満ちあふれ先行きも不透明な、しかしながら草木や花が青々と成長するその世界……の一角を。
 草の生い茂る平らな路を突き進むように、バンダナを被り、灰色の毛並みとしっぽを特徴とした、大きなリュックサックを背負ったポケモン。
 チラーミィの者は、目的の街へと歩を進めていく。



 あたしは、今を活きる。
 探険隊にもお尋ね者にも染まらない、ただのしがないバックパッカー。
 一匹の旅ポケモンとして。



 ∴



「やっと辿り着けた。此処が、集いの中央都市……」

 石の敷き詰められた路上で立ち尽くし、あたしは目元に手をやり到着した都市の風景を暫し見つめていた。
 此処ならば、探し求めている者の手掛かりを掴みやすいかもしれない。

 立ち並ぶ建物、住み慣れた住民達の気配。比較的綺麗に舗装された街路に反響するであろう、マーケットの店員の掛け声も。
 屋根の上には旅の留まり木代わりに休憩をしているひこうポケモン、マメパトやキャモメ達の姿も見受ける。
 同様に、他の旅ポケモンと思わしき者の姿も。

「当の目的を果たす前に、まずは宿の確保かな」

 タウンマップの取得はそれからでも大丈夫。
 故郷を離れ、旅路を重ねて野宿も経験している手前、物資の確認並びに身なりの整容にもいい加減目を向けないと。 
 仮にもチラーミィ一族たるもの、毛並みが自然物に於ける不格好なアクセサリー塗れと云うのも、些か体裁が保たないだろう。
 あたしは宿屋を示す看板の掛かった建物に視線を定め、意気揚々と歩いていった。



 ∴



「おや、こんにちは旅のチラーミィさん? 此処に御泊りかい?」
「こんにちは――えぇ、よろしく。暫く何日か御厄介になるつもりよ」

 到着した宿屋は清潔をウリとしており、来訪者を温かく迎えてくれる空間として一つも申し分ない。
 宿の店主からの一声にさらりと挨拶を交わしながら、あたしはリュックサックのポケットの一つから手製の財布を取り出すと。
 銅貨、銀貨。そして紙幣。木のカウンター上にそれぞれ置いて、宿泊料の勘定を以て取引を果たした。

 あたし達ポケモンが使用しているお金、俗に云う通貨――“ポケ”と呼ばれる、生活に於いて必須なもの。
 よくダンジョンなどに落とし物として無造作に置かれているのもある当たり、軽い小遣い稼ぎとしておまけの収穫をしていくのもさもありなん、だろうか。 

「“チナ=コースフェルト”です、と……」

 宿の記帳に、何を思うでもなく羽ペンで自身の名前を書き記す。
 そう、これがあたしの名前であり本名。

 どのような立場、目的であろうとも。常に自分に正直であれ。

 巷の犯罪に手慣れた許しがたき者の中には、偽名を上手く転がす手段で以て、その場しのぎとばかりに事なきを得る。
 旅の途中で聞いていた事だが、ウソにウソを重ねるようであたし自身は好き好まない。

 誇りを見失わないと心の中で反復しながら、書き終えた記帳を受付に知らせるなり宿室のカギを受け取っては。
 あたしはリュックサックを背負い直し、指定された宿の一室に向けて再び歩き出した。



 ∴



「きのみと飲料は当分保ちそう。ふしぎだまも、節約してたからかさばる事は無い、ね」

 軽くシャワーを浴びて、身なりを整え終えてから数分後。
 宿の一室にて、あたしはリュックサックからそれぞれ出していた物資の確認を行いながら、深く安堵のため息を付くだろう。

 旅の始まりはいつだって、順風満帆に行かないのは頷ける。
 周囲に注意を配る上で、時として望まぬ逃亡や戦いを強いられる事もあったものの。
 今でも命がこうして繋いでいるだけ、あたしもまだまだ運は尽きていない。

「……あの子の両親たっての御願いだもの、泣き寝入りなんて真っ平ごめんよ」

 ポケットから出すに至っている、傷んだ桃色の布切れを右手で一つまみ。
 そして視線を布切れから天井に移しては、ふっと今日に至る思いを馳せていた。



 ∴



 現在着いている中央都市から、かなり離れている“湖畔の見える丘の村”が、あたしと彼女――チルトの生まれ育った故郷の地。
 今から数十日前に起こった故郷における事件の、被害者の一匹の救出。
 旅の主軸がこうならば、後から付いてくる目的は。
 旅がてら行き交うポケモン達から度々聞く事となった犯罪情勢からなる、独自な“各地巡りの真実探し”とも繋がるだろう。



 発端は、刹那に“いあいぎり”を掛けられるが如くに近かった。



 あたしのトモダチであるパチリスの子、チルト=ノイナー。
 どこか風変わりな物言いをするおっとりとした、純粋で思いやり深いポケモンの一匹。

 家族ぐるみの仲良しな付き合いもあり、あたしとチルトは末永い親友の誓いを交わす上で、平穏なる生活を続けていこうとしていた。
 ――村に物見遊山ついでにやってきていた複数のポケモン達によって、彼女が連れ去られる形で行方不明になるまでは。

 当時、花畑牧場にてチルトにせがまれひなたぼっこと駆り出されていたあたしは、何時ものように将来を語らっていた。
 冒険と云う字が一言も掠らない中でも、成長して大人になった時にどのように活躍をして行こうか。

『わたしは、どんな時でも他のポケモンを思いやれる様な、強くて優しい手を持てる……そんなパチリスになりたいの』

 夢見がちで、現実味の無いチルトのほわほわした受け答えに時折苦笑いしながらも、静かに変わらぬ友の絆と幸せとを包み込むようにしてたっけ。 

 今となっては、悔やんでも悔やみきれない。
 追い掛けた所で、あたしが石の出っ張りに躓き倒れてしまい――ただ、伸ばした手は虚空を掴むしか出来なかった。
 目を離したりしていなければ、あの時。トモダチの悲鳴と涙とを、防げたかもしれないのに。



 ∴



 加害者たちは直接、あたし自身の眼で見た訳ではない。

 その代わり、証拠足り得る品の一カケラを落としていったのを、みすみす放っておくものか。
 先程の桃色の布切れに目をやり、きっと睨み付ける。

 生地にはおおよそ、描かれている大樹のポケモンの絵。
 前の所持者が何を思っていたかは定かではないが、色合いの異なるバツ印が乱雑に、塗りたくる様にして上書きされているのを確認できた。
 第三者のポケモンからしたら、端から見てもどう云った意味を持つのかなんて見当も付かないだろう。
 しかし途方もなく小さな旅立ちのキーとなったそれを、あたしは強く握り締め。

「待ってて、チルト。遠回りにはなるだろうけど、必ずアナタを助け出すから」

 友を拉致したあのポケモンたちの正体を突き止め、可能であれば然るべき報いを受けさせる。
 どんな形になろうとも、一度決めた目的を果たしてみせるのだ。
 この言葉と共に、バンダナの結び目をもう一度締めていった。



 ∴



「さて、買い出しだね。幾種類のタネは補充していくべきかしら……ん?」

 外で何やら喧噪の声が聞こえる。それも、複数の怒鳴り声と足音も合わせて。
 あたしは深く息を吸い込む上で一室の窓に近寄り、そっと外の様子を覗いて見てみると。

 都市の街路を、落ち着きなく首を左右に振りながらも慌てて駆けていく、荷物バッグを肩に掛けた一匹のコジョフーの姿が。
 両手には保管器の様なケースを持っていた様だが……と、怒声を上げながら追い掛けるであろう複数のポケモン達も見受けた。
 遠くから見ていても、眼光鋭いに等しい人相の悪いポケモン。いずれも、進化後である事が分かる。

「何だろう、追われてる?」

 すれ違ったであろう住民に、短いながらも謝りを入れて駆け去るぶじゅつポケモン。
 対して、同様の住民にぶつかったのにも謝りもせず悪態を付きながら、追跡を再開する大人数の進化後たち。

 きな臭さが、風と共にあたしの第六感に火を駆り立てる。
 肝心の保安官達は、まだ気付いていないと見て良いのだろうか?

「……被害が出たとなったら、都市の皆が不安がっちゃうわ。大ごとになる前に止めないと!」

 双方がどのような経緯で今に至っているかは想像しか出来ない。
 しかし、一匹に対して“ふくろだたき”をして行くようなやり方はタイプ別における得意な戦い方があると云えど、少数の者からしたら見ていて気持ちの良いものでは無いだろう。
 だったら、自分が助けるべきポケモンは――



 ∴



 あたしは決意を固めるなり、窓を一旦閉めては。
 既にリュックサックから出して仕分け確認を終えていた道具の内、ふしぎだまとタネ数個。
 ばくれつのタネやふらふらのタネと云った、遠近兼用に扱える代物を取り出しては、軽業の如く左手でキャッチ。

 そして素早くチャックを閉め、必須品の荷物入れを背負い直し。
 そのまま空いてる右手でドアを開けるなり、喧噪の現場へと向かって行くだろう。
 念の為、宿屋を飛び出す際に一室のドアのカギは厳重に掛けておく慎重さも忘れない。

「状況をよく注意して見なきゃ、特に相手との距離は。それに例え、どのようなタイプであっても観察は大事……」

 二足走行ながら、あたしは冒険の心得を繰り返し呟いていた。
 例え、相手のポケモンより戦う力が劣っていたとしても、自分には“道具の知識”が他の者より手慣れている。
 事態を切り抜けるには、単にわざのみに絞る必要は無いだろう。
 生き抜く為には必要な、戦術の一つなのだ。

 攻撃への対象、支援する上での対象。差し向けるべき鉾先を間違えるべからず。
 あたしは左手にある道具群のうち、ばくれつのタネを右手に移し替えては―― 勢いよく現場入りを果たす。

 どんな理由であろうとも、多人数で寄ってたかって的を絞った一匹をいたぶっていくやり方。
 そんなの、とても認められるものじゃない。

「見て見ぬふりなんてしない! 手に届く範囲の困ってるポケモン、助けてみせる……!」

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