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王の剣 王の盾

作者:飯地 修羅衆



 十四年前、この国は新たな王族の誕生に沸いた。ザシアンとザマゼンタの双子は十四年間、厳しくも大切に育てられ、あと一年で成人となる。成人の儀にの際は、ギルガルドの近衛兵を一人宛がわれるとともに、過去に近衛兵を勤め上げたギルガルドの亡骸を継承することになる。
 手入れされたギルガルドの亡骸は、剣をザシアンが咥えれば、それは山をも切り裂く刃となり、盾をザマゼンタが身につければ、隕石をも受け止める盾になるという。
 当然、王族の近衛兵になるということは生涯生活に困らない賃金や多大な名誉を得られるという面もあり、そういうものを求めて選抜試験に集まったギルガルドも少なくない。しかし、多くのギルガルドたちはザシアンやザマゼンタが伝説のポケモンだから。王族だから仕えるというわけではなく、その顔立ち、その振舞い、その体格、その雰囲気、そういったものを観察して、心の底から使えたいと思ったからこそ、ここに集まったのだ。この日選抜試験に訪れたエクセルもその一人である。

王子と王女は、十二の年を迎えた頃に公務の一環として従者を連れての旅に出ていた。その時、街をあげての歓迎会の際に見たザマゼンタの王子。彼を一目見たときに、左右の鞘が疼いた。あの時の感覚は鞘が盾となった今でも覚えている。生憎、王女であるザシアンをその眼で見ることは叶わなかったが、彼女の評判もいい噂しか聞かない。
 きっと、他のギルガルドたちも同じように王族に惚れてきたのだろう。眼付き、顔つきはなんだか熱に浮かされているようにすら見える。自分以外もやる気満々で目を輝かせている様子は、自分の目が間違っていないという証拠のようで、少しだけ嬉しかった。
 しかし、それとは裏腹に、会場の雰囲気は少し物々しい。皆、あまり話しかけようとしないし、何だかよそよそしい。全員が敵同士ということを考えれば当然なのかもしれないが、何十ものギルガルドがいても、話しているのはほんの数人だ。皆様子をうかがってばっかりで空気が死んでいる。

 そんな冷え切った雰囲気を解消してくれたのは、試験官と思わしき勲章付きのギルガルドであった。
「選抜試験に集まった者たちよ! 時間だ! 我の名はレーヴァ! 近衛兵の選抜試験の予選における試験官を担当するものだ!」
 レーヴァの声は威風堂々としており、強い風が吹いてもその音にかき消されることはないだろう。よほど大声を出すのに慣れた、高い位の役職であることが伺える。
「今回行われる選抜試験では、来年成人を迎える王子と王女の近衛兵を決めることは、皆知っていよう! 近衛兵となり、この国の政を司る王の身を守り、共に戦うことは、我らギルガルドにとって最高の誉であり、生涯を捧げるに値する仕事である! ここに集まった候補生たちはその価値を理解し、体を鍛えて備えた猛者であろう! ならば、その力を存分に示し、王にふさわしい存在であると証明せよ!」
 試験官の演説が終わると、周囲のギルガルドが沸き立つ。
「それでは、皆の物! まずは整列しろ! 私の目の前から、そこのタブンネのところまで、程よく隙間を開けてだ。タブンネのところまでいったら折り返してジグザグに!」
 試験官に言われるままギルガルドたちは整列する。その並びが何を意味するのかと思っていると、試験官は『1,2,3,4,5,6,7,8,1,2,……』と、候補生の鍔を叩きながらカウントしていく。周囲には番号が書かれ、簡易的な柵に囲まれたフィールドが8つあるのでその意味はなんとなく分かった。
「さて、集まった者たちは指定された番号の場所へ行ってもらう。第一の試験は単純明快、その場所で最後まで立っていたものが二次試験を受けることができる。近衛兵の仕事は強さだけが全てではないが……強くなければ務まらないものでもある。悪いが、ここで敗れたものにチャンスはないと思ってくれ。各自、振るって戦うように!」
 試験官の話を聞き終えたエクセルは指定された3番の柵へと向かう。戦う人数は9人か10人といったところ。3番の柵の中には10人のギルガルドがいる。
「お前みたいなお子様がこの試験に参加しているとは驚きだなぁ。ママの柄でも握っていたほうがいいんじゃないのか?」
 その中には何というか、ガラが悪くいかにも下品そうなギルガルドもいた。
「あー……そういうプレイが好きなんですか?」
「てめぇ……これから舐めた口を利きやがって……決めたぜ、まずはテメェから始末してやる」
 エクセルは構うのも面倒くさいので適当にあしらう。その態度がガラの悪いギルガルドを苛立たせるのだが、どうせこれから倒す相手なのでどうでもよかった。
 小さく簡素なバトルフィールドに散らばってみても、ガラの悪いギルガルドはじっとエクセルを睨んだままだった。対してエクセルを始め他のギルガルドは周囲の目線や体勢を確認して警戒している。この時点で実力の差が如実に現れているようだ。
「それでは、戦闘開始!」
 試験官の合図とともに、集まったギルガルドが一斉に動き出す。
「へへ、それじゃあ」
 当然、柄の悪いギルガルドも動き出したのだが、やることは隙だらけの一刀両断だ。スピードだけはそれなりにあるが、何のひねりもない大ぶりな技、他の搦手を混ぜないことには戦い慣れた者に当たる攻撃ではない。エクセルが構えた盾で相手の剣の腹を叩き、その太刀筋をいなす。横に逸れた斬撃が地面に当たると、剣の腹を叩かれた衝撃で悶絶している柄の悪いギルガルドの後頭部をさらに盾でぶん殴り、戦っている最中のギルガルドの間に割って入らせた。
 飛び込んだその先で、柄の悪い男はシャドークローとアイアンヘッドに巻き込まれてあえなくノックアウト。突然の乱入に驚いているギルガルドに、半ば不意打ち気味にエクセルが切りかかり、対応しきれなかったそいつもブレードフォルムのままエクセルの攻撃を受けてしまい、一撃でノックアウトだ。
「くっ……こいつ、ガキの癖にやりやがる!」
 不意打ち気味にやられたギルガルドと対面していたギルガルドは、エクセルに向けて盾を構えてシールドフォルムにチェンジする。
「くるなら、こいや!」
「遠慮なく!」
 エクセルはじりじりと距離を詰めてくる相手の盾を掴み、下後方へ引っぱり重心を崩すことでよろけさせる。押されても押し返せるよう、体重を前に預けて攻撃を防ごうとしていたギルガルドは、重心を傾けていた方向に力を加えられて、前につんのめる。そうしてさらけ出された隙だらけの背後に向かって、エクセルのシャドークローが背中を切り裂いた。シールドフォルムが全身に纏っているバリアが彼を守るが、それでも急所への一撃は相当応えたようだ。立ち上がろうと足掻くも体に力は入らなかった。
 そうして三人倒したところで、残っていたのは有象無象のみ。、残ったギルガルドも軽くあしらい、エクセルは勝利する。
「……ふう、まぁこんなものか」
 選抜試験は王国の各地で行われ、その合計参加者は千人を超えるという。あの日見たザマゼンタに仕えるために、こんなところで苦戦するわけにはいかないのだ。


 他のバトルフィールドではすでにほとんどの場所で勝負がついていた。大体の生き残りは傷を負っていたが、エクセルの他にも二人、無傷のギルガルドがいる。一人は女性のギルガルド、しかもエクセルと同じでまだ子供だ。もう一人は、まだ戦闘中なのだが、彼の刀身の綺麗なこと。磨き上げた後、攻撃されていないのはもちろんだが、あれは攻撃すらしていない。実際、あのギルガルドは相手の攻撃をひらりひらりとかわし、いなし、相手はまともにぶつかりあうことすら敵わない。つまるところ、刀身を攻撃に用いずとも勝てるだけの実力があるようだ。相手の息が上がってきたところで、自分の盾を某氏のように柄にひっかけて両手をフリーにすると、相手の盾を両手でつかみ、ハンドルのように捻って奪い取ってしまう。
「ほーらこちょこちょこちょ」
 そして、盾の裏側をくすぐって挑発する。
「や、やめ……」
 盾を奪われたギルガルドはかなりくすぐったいらしく悶えていたが、くすぐっているほうは急に真面目な顔になる。
「降参しないと、盾の裏側にシャドークローしちゃうけれど、どうする?」
 盾の表側は強固なギルガルドだが、盾の裏側は皆、敏感で脆い。当然、シャドークローなどされてしまえば無事では済まない。結局、盾を奪われたほうは負けを認め、勝者は煌めく刀身のギルガルドとなった。
「いやぁ、君たちすごいね。そっちの女の子はまだ体が小さいのに大胆かつ繊細な斬撃がとても美しい。そして少年、君は防御が上手いな。相手の攻撃を的確に受け流して反撃に繋げている。いやぁ、君たちと当たらなくてよかった……予選で潰れちゃつまらないからね。俺はデュラン、よろしくな!」
 煌めく刀身のギルガルドに言われ、エクセルはぞっとした。
「俺の戦い、見てたんですか? ……どうやって」
「どうやってって? 戦いながら見てたに決まっているじゃないか」
 まるで、当たり前のことであるかのように言って、そのギルガルドは微笑む。無傷の少女も驚き、そのギルガルドを睨んでいるようであった。


 ともあれ、無事に一次試験を突破したエクセルたちは、明日も二次試験が行われることになる。エクセルはあのデュランという男の顔を思い出し、もっと強くならねばと素振りに勤しんでいた。
「はぁ……もうすっかり夜になってきたし、今日は体を研いだら明日に備えてゆっくり休むか」
 もっと体を鍛えたいところだが、明日に疲れを残してはいけない。そろそろ眠る準備をしなければと川に訪れたエクセルの耳には同族が刃を研ぐ音。恐らく先客がいるのだろうと思ったエクセルは、誰だろうかと覗いてみる。
「あ、これは……女の子の……」
 河原に置かれていたのは女の子の盾であった。ギルガルドはゴーストタイプ。夜空に星が一つでも光っていれば夜眼が利いてしまい、異性の盾の裏側がはっきりと見えてしまう。
「ちょっと、何覗いてるのよ!」
 思わず目が離せなくなっていたエクセルに影打ちが飛んできた。
「痛ったぁ!」
 不意打ちに対応できず、エクセルは悲鳴を上げる。
「五月蠅い! 乙女の盾の裏を覗いておいてその言い草は何よ!?」
「見られたくないなら表を上にしておいておけばいいだろ」
「乾かしてたのよ!」 
 また影打ちが飛んでくる。今回は盾で受け止め、事なきを得た。
「えぇい、とにかく、俺は悪くないからな!」
「逃げるなー! このスケベ男!」
 憤る彼女から、エクセルは逃げるようにして川上へと消えていく。
「女の子の盾……初めて見ちゃった……あんなふうになってるんだ……」
 血のつながった家族もおらず、同族の女性を知らなかったエクセルに、間近で見る女性の盾はあまりに刺激が強い。初心な彼は、生で見たその光景に睡眠不足に陥ってしまうのであった。


 選抜試験の最中は禁欲しようと考えていたエクセルだったが、その決意は一日で瓦解してしまい、エクセルは男の嗜みをしてようやく眠れについた。今日はあの少女と顔を合わせる事になるであろう、気まずい思いをしながら二次試験に臨む。
 その日は、集合場所につくや否や、参加者たちはくじ引きを引かされた。エクセルの番号は4……
「皆、くじ引きは引き終えたな? 二次試験は不思議のダンジョンへの挑戦をしてもらう。同じ番号のもの同士、ペアを組んで4日以内に不思議のダンジョン、灰浴びの山を攻略するのだ!」
「ダンジョンを攻略って……」
 エクセルは呟く。この試験会場のすぐ近くに不思議のダンジョンはある。だが、それは火山のダンジョンであり、ギルガルドの弱点である炎タイプと地面タイプがわんさかいるダンジョンだ。パートナーと上手く連携できなければ命の危険すらある。
「あのー……4番は誰で……」
 エクセルが呟くと、昨日の少女がこちらを見ており、エクセルと目が合った。
「まさかあんたも4番なの?」
「う、うん……」
「はぁ……あんたか……」
 重いため息が漏れた。昨日は自分も不注意だったと反省しているエクセルだったが、ここまで露骨な態度だとちょっと傷つく。
「えっと、俺はエクセル……昨日はごめん。君の盾を……」
「五月蠅いわ! あーもう、私はカリヴィア……せいぜい足、引っ張らないでよね」
 せっかくペアを組むというのに、とても気まずい空気だ。こんなんで、不思議のダンジョンをクリアできるのだろうか、エクセルは心配であった。

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